物理的なメディアが消滅方向に向かったことにより、カメラにおけるフィルムと同じ運命を辿るだろうという予想は全くおかしくはなかった。
しかし、ここで、カセットテープがカルチャーとして、存続というか、復活している状況がある。クロームテープやメタルテープなどの高音質タイプのテープは生産されていない。これは高性能カセットデッキの生産ラインやノウハウが消滅したのと似た部分かもしれない。それでも普及タイプのカセットテープやピンチローラーやカセットヘッドのクリーナーなどは、現行品として生産されており、ネットショップで買える(相変わらず、この製品の内キャップは外しにくい。半世紀前から)。一方で、高性能カセットデッキのメンテに必須とされていたヘッド専用の消磁器は、もう現行品は売られてない。
AIイラストサイトが、猫とカセットテープデッキだとおっしゃる画像。完全に謎機械。ちなみに猫の方はチコに近い体毛をスクリプトで頑張ったが、こっちもなかなか難しい。
この子は割と可愛く描かれた。 それでも、新規のテープ発売と継続販売製品の改良が起きている。磁気研究所がオーディオ用カセットテープの国内生産を発表したのは、2021年3月。そして、マクセルなども、普及型の製品の生産は止まっていない。流石に今の若い世代が知らないいわゆるtype IIやtype IVなどの高性能テープ製品は消えてしまったが、生テープは今や普通にネットで買えるし、先の磁気研究所の製品も加わった。私の評価としては、カセットハーフやハブの作りはしっかりしている。音質はノーマルテープとして酷くない。普通に使える。磁性体がヘッドを汚しやすいとの評判もあるが、私はそういう印象は持たなかった。
果たして、全盛期、普通に生ものとして生産されていた磁性体が、下手すると半世紀近く保存されていてどの程度まともに当時の性能を発揮するかわからない、既に生産が終了したクロームテープやメタルテープと違って、息の良い新鮮な生テープが買えるということで、このマクセルのノーマルテープを割り切って使うことにしたが、私の手元のカセットデッキでは、これらのテープで録音された音楽、とてもまともな良い音を奏でている。 なお、マクセルのURについては2020年に改良型になり、S/N比ダイナミックレンジとも旧型に比べて良くなっている(向実庵 (kou-jitsu-an)ーレポート・マクセル UR 新しくなって音が変わった) ということに今更ながら、驚いてしまった。 今回、カセットデッキで録音再生試験しよと思って、要らなくなったカセットテープ、未使用分も含めてを廃棄処分になってるものをあちこちからもらってきた。講演や会議資料など、ほとんど、当時も今も音楽向きではないとされているこれ。1本だけ間違ってクロームテープが混ざっていたが、120分、150分、みたいに長時間録音用の何度も視聴するに向かないものが大量に出てきた。間違ってもメタルテープなどは入っていない。処分された方のそれには入っていたと思うが、今更高性能テープ獲得に血道をあげずとも、とりあえず十分な音が鳴っているので、元々今のカセットデッキフリークでもないなと自覚しながら使っている。
磁力研究所のカセットテープ。新製品だが、なんか昔よくあったカセットの英語教材みたいなデザインのラベル。
磁性体汚れが割とひどいと聞いたが、今のところ特にネガは感じない。Fleetwood MacのライブLPを、一旦デジタル化してスクラッチノイズを除去したソースからデジアナ変換しながら録音した。 CDが音楽ソースとしてメインとなった時代以降、私自身、カセットへの録音はしなくなった。むしろ音楽をどこでも聴きたい人間は、手軽に持ち出せて、車中でもしっかり作動するCDプレーヤーに投資していた記憶がある。カセットテープの方は、会議や特別な生録などを別にしてほぼ使命が終了した時期だと思う。その後、録音機はMD/DACテーププレーヤが中継ぎになり、すぐに安価なmpg/PCM録音機、さらにはノートパソコンで動くソフトがその役目を担うようになった。今、ほとんどの人は会議の録音ならスマホ&アプリを使うだろう。アマチュア、セミアマチュアの音楽の録音現場では、TEACの子会社であるTASCAMやYAMAHAの充実した録音機材、PCMレコーダーが活躍しているだろう。いや、意外と映画の撮影現場などで、オープンリールはまだ現役という話も聞いた。オープンリール用のテープメディアを製造している会社も健在だ。 話が逸れたようだが、アナログ録音については、ノウハウがたくさんあるし、それが追い込んだアナログベースの音質は、例えようもなく深く高性能な世界に到達していたので、そのノウハウや人員も一挙に消えることはない。ちょうど写真の世界がそうであったように、デジタル音声技術で、そのアナログ時代に開発した技術がすべて代替可能になる状況を見て消えていくのか、それがいつになるのか、何しろ、カセットテープもだがLPレコードが盛り返したりしている状況なので、私にはちょっとわからない。音楽に連なる世界に選択肢が多いのは、ある意味豊かな状況に思える。
ピアノの音は、ワウフラッターチェックにもダイナミックレンジのチェックにもわかりやすいので、デッキが来ると一番最初に録音してみる。Kieth Jarret / The Köln Concertは、最初に出たCDは、名曲でファンが多い、Part IIcが削られていた。最初の頃は、あれを1枚に入れることができなかったのだ。
それで、酔狂とは思ったが、カセットデッキの補強をした、TC-D5がいつまで動くかは博打だし、修理はとんでもなく費用が掛かる場合がある。次に入れたマニアが見向きもしないTEACのオートリバースのdolby B/C、dbx搭載機種も、実際に悪くない音で鳴ってしまう。もちろん、安価なノーマルテープだが、レンジの狭さを感じる音ではない。可聴域はドロップせず詰まったりしていないのだ。ノスタルジー補正もあり、デープに録音して、レーベルも最低限の手間をかけてこうやって打ち出して、くるくる元々のレーベルを芯にして巻いて体裁を整えたものを作ってみたりした。学生時代を思い出す、アナログオーディオ遊びだ。 LPレコードをソースとして、アナログーデジタル変換した24bit/48kHzのデジタルデータを、アプリケーションでスクラッチノイズや帯域のイコライジング補正をやったものを再びデジアナ変換でテープに入れてみたりしている。想像以上に良い音で聴こえる。しかし、カセットデッキを久しぶりに使うようになって、カセット全盛期の時と何が違うかというと、LPやFM放送には頼る必要がない、圧倒的な音源の音質の高さだ。私の横で、音楽を聴きながら寝てしまうチコはもうそこにはいない。
カセットテープ復活の理由については、私が十分な分析ができるとは思ってないが、背景にあるものとして、音楽ソース自体のコモディティ化は一員としてあるかもしれない。好きなアーティストの音源は動画付きレベルのものまで、サブスクリプション型サービスで、ほとんど視聴可能になった。いつでも、どこでも、という状況だ。一方で、思い入れのあるアーティストの作品はそれらを通してスマホ、パソコンで共有できるので、それしか知らない世代にはそれで十分だろう。ポケモンもコレクションは電脳空間の中だ。話が逸れるけれど、最近、自分の論文の別刷を専門行政官に渡したら、「すいません、翻訳ソフトでざっと読みたいので、古い方は、ちょっと有料になってて手に入らないので、pdf版で共有さえてもらえませんか?」って言われて、ああ「共有」って言葉が今は使われるんだな、流石に若いなって思ったりした。
今の時代、カセットテープデッキを手に入れてそれを試聴する意味はあるかと言われると、上の世代ならなおさら好意的に見たとしたら、それをあまり知らない世代が特殊なちょっと変わった楽器を鳴らしてみたくなる以上の意味を見出せない人もいると思う。
種のノスタルジーとして、旧車を維持してそれを楽しむのと似たようなものかもしれないが、音というのは不思議なもので、めちゃめちゃいい音で鳴ってるなって思うだけで、めちゃめちゃいい音で鳴っているオーディオ装置になるのだ。な… 何を言っているのか わからねーと思うが おれも 何を言っているのか わからなかった…。だ。少なくとも、その領域で楽しめる機材であれば、カセットデッキなどなんでも良いと思われるが、思いの外、いい音でなるのに驚くというのが、良い部分かもしれない。特にワウフラッター性能が高く、dolbyBを超えたdolbyCを持ち、ヒスノイズがほぼ抑え込まれたソースとして流していると、平凡な耳の持ち主なら、ヘッドフォンで丁寧に視聴しない限り、判別はかなり苦労すると思う。少なくとも、スペックが出ているそれなりの性能のカセットデッキであれば、悪い音として切り捨てられるようなレベルの音源なんてものではなく、え?これカセットなの?って思うくらい、十分以上のクオリティを持っている。
なお、高性能ヘッドフォンとヘッドフォンアンプでデジタル音源を当たり前のように音楽試聴するのがスタイルの人は、違和感はあるかもしれない。個人的な資質によるが、アラが色々目立ちすぎるかもしれない。
少し思うこととして、カセットテープは、音楽ソースのリアルフィギュア化みたいなところはあるのかもしれない。ポケモンもあのカプセルの代わりに、microSDカードにデータとして入ってます、だと、誰もうれしくないかもしれない。それは、まあ、コピーして作れるという部分は法的に自分以外で楽しむ領域を超えるとグレーゾーンを越えるのはともかく、CDやLPともちょっと違うだろう。初めてその音質に触れた世代は、特定方向のオーディオファンでなければ、試聴するには十分な音質であると知るだろう。他に、親世代のFMエアチェックなどからの膨大なソースは既に廃棄されたものもあるだろうけど、残っていたりする微妙なタイミングでもある。彼らが、それをデジタル化して残そうと思ったりしたら、凝った人間なら、少なくともそれなりのクオリティで再生したいと思ったりする場合だってある。それは多分、LPレコードではでかすぎて、CDも大きさは中途半端。手にして弄り回したりしないディスクではなく、くしゃみで飛び散るMicroSDカードでもない。ポケットに入り手で握れる、ポケモンじゃなくてプラスティックの塊としてのカセットテープは、スマホの中に入るジャケットサムネイルと音楽データではなく、カセットテープはお気に入りのアーティストの音楽そのもののキャラ化、物質化というアドバンテージもあるのかも。それを放り込むと音楽が聞こえる。その音質も、先人の努力のおかげで、最高水準でなくてもそこそこの音で聴ける。そう考えると特異なオーディオ装置とメディアという気がしてきた。上の世代は、デジタルオーディオ世界でその存在を忘れて捨て残った過去の資産もある。ノスタルジーとして手頃な大きさと形。
まあ、こんなストーリーなのかどうか知らないし、各自の目的と思惑で構わないだろう。
ただ、試聴するためのハードウェアがここでちょっと問題になる。
1970年代の高級デッキとなると、ディスクリートの集積で10kgもあったりする。整備性は最悪機械的な部分、ドアのダンプなど、これ、長く使えば壊れるよなぁっていう仕掛けが多い。フィーリングによる高級感演出とトレードオフだった、シリンダー空気クッションのものは、半世紀を経て、大抵ダメになっているし、メーカーによっては必ず壊れる基盤みたいなのはある。「SONYタイマー」と良くいわれたが、他のメーカーも凝った仕掛けのものはメンテなしで使い続けること自体不可能な製品。思わぬ出費をしないために、情報収集は必要。
LPプレーヤーは、全盛期の製品なら、ターンテーブルと直結されたスピンドルを持つかプーリーを介して繋がってモーターにより、一定速度で回転すること、トーンアームは機械的に共振を最小化して、インサイドフォースに抗するキャンセル力を発生するバネか電磁石の制御を持つ、後は簡単な回路による、出力というパーツが確かであれば、問題のない構造で、「マイクロフォン」的な出力信号を平坦に補正するイコライザーアンプも音質にこだわらなければ大した回路を必要としない。
カセットテープの再生装置は、かつて作られたものは、とても機械制御的なカラクリとアナログ的なディスクリート回路(個別部品)の組み合わさった複雑な塊で、高級機であるほど、長くノーメンテナンス状態では、使用に耐える構造を持っていない。複雑な電子と機械動作の組み合わせによる「
ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」だ。そんなのわざわざ維持して、メンテして使用できる個体を何十年も正常に動くように維持できるのかとなると、他のヴィンテージオーディオのアンプやLPプレーヤー、スピーカーなどと比べると圧倒的に難問だ。
で、上記のオーディオ装置は一応、現行商品も生産されて販売されているが、音質にこだわらないラジカセレベルだって、今のデジタルオーディオになれた人向けの製品が生産できるのかって考えると、ちょっと無理ゲーな気がする。そして、それは実際にそういう話になっている。
使い物になる新品のカセットデッキを探すと、もちろん今は、選択肢などない。
TEACは現行デジタルオーディオ製品もまともなものを作っているメーカーだし、ここのTASCAMブランドのデジタルPCM録音機は、「現代のカセットデンスケ」として使える製品群で、その中でもDR-100IIIはお気に入り、自分の研究領域と重なる超音波域の録音まで可能にしていて、圧倒的に安価で、高性能な製品だ。
でここがTEACブランドとして出している現行商品として唯一のものがある。kakaku.comでも話題になってたが、そのスペックは過去の高性能機と比較しても相当落ちる。大体、1980年台のステレオラジカセのレベル。おそらく、こだわりによる造り込みとは無縁な時代になって、特に合理的な大陸や台湾のサプライヤーのモジュールがそのレベルで頭打ちなのだろう。ワウ・フラッターなど測定のフォーマットが変わったなどと言われるけど、実際にピアノの音がふらつかずに聴けるのかギリギリの値だ。実機については、信頼できるyoutubeのアカウントからレポートが出たらそれを見たらいいと思う。海外ので幾つか視聴評価を見たが、この分野のフリークが全盛期の日本メーカーの高性能機に基準を置いているために、非常に厳しいことはさておきつ、なかなか辛らつだ。今のカセットデッキフリークは、究極の集まりみたいなところがあって、特にTEACマニアは、1990年代以降、海外生産になってからの同社のカセットデッキすら全く評価していない人たちもおられるので、まあ、そうなるわな。
それでも保証の効く新品として購入できる製品として、選択肢として選ぶ人の覚悟がレビューのコメントに出ている。精密機械制御と凝りに凝ったディスクリート回路やオリジナルLSIチップで構成されるカセットデッキは、生産インフラと技術と人が消滅したら、もはや再現できない。
往年の名機に比べると音質が悪いとしても、今、現行品として生産されているカセットデッキがなくなった時が、とりあえず、カセットテープの歴史の区切りかもしれない。
追記ーダラダラ書きすぎてて、肝心のテキストが抜けていた。CDからのダビングテープで、特にワウ・フラッターチェックに最初に利用もしている。有名なKeith Jarrettの「ケルン・コンサート」。彼も体調の不調から現役を引退してしまった。脳卒中を2回発症して麻痺状態となり、2020年10月の時点でも左半身が部分的に麻痺してしまったとのこと。とても残念。自分にとって彼はクラシック音楽とジャズを結んでくれた人で、プログレやロック中心であった私がその後、広大なクラシック音楽空間にも楽しみを見出せるようになった飛行石そのものみたいな人。自分の知人、友人の大学オケのメンバーにもファンは多かった。
このシリーズ、かなりつらつら書いてきているのだが、なぜか、この#2だけが物凄く読まれているのがちょっと不思議。とりあえず、以下はこのシリーズのエントリと直リンクと概要。 どれも適当なベタ打ちで、防備的に書いているのでTypoも多く、気がついたら修正している。丸ごとコピーされない暗号仕様?みたいなものでもあるのでお許しいただきたい。
Edit | Del現在のカセットデッキを取り巻く状況
中古カセットデッキを手に入れるための基礎知識
現在のWalkmanタイプのカセットプレーヤー
中古カセットデッキのアジマス調整、メンテナンス周辺
廉価イヤフォン性能とカセットデッキをカセットプレーヤーにする
Walkmanタイプのカセットプレーヤーとポータブルカセットデッキ
ワウフラッターと中古カセットデッキ
カセットデッキのヘッドの種類と調整の話
中古カセットデッキでは何をどう選定するか