日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

手話教室が開かれます

2017-05-31 10:00:00 | ï¼ˆç†ï¼‰ã®ãƒ–ログ

 今日はお知らせを。6月18日(日)から、全11回の手話教室が東京朝鮮中高級学校(JR十条駅徒歩約10分)の多目的ホールで開かれます。
 
 主催するのは、在日同胞福祉連絡会の「同胞障がい者音楽サークルTutti(トゥッティ)」。Tuttiは、在日同胞障がい者に対する福祉活動を10年以上行ってきた団体で、障がい者とその家族、朝鮮大学校の生徒ボランティアが中心になって運営されています。
 
 活動の過程で同胞のろう者(聴覚に障がいがある人)と出会えたものの、ボランティアメンバーの中に「日本手話」ができる人が少なく、これまでさまざまな支障があったそうです。同胞ろう者をサポートするためには同胞健聴者の手話者育成が急務だと考え、Tuttiの新たな取り組みとして今回の手話教室開催に至りました。

 在日同胞であれば誰でも受講が可能、受講料は1回(2時間)につき1000円。定員は15人です。ポスターの日程の部分には(12時15分開始)と書かれていますが、申込者の要望で第1回目は午前10時からに変更されるとのことです。
 手話のことを朝鮮では손말(ソンマル、ソンは手、マルは言葉の意)といい、韓国では수어(スオ、手語という漢字語)といいます。特に朝鮮で使われている手話は日本手話との類似性が高いため、機会があれば朝鮮ろう者たちとの交流も広がるかもしれません。

 日刊イオでもこれまで何度か手話のことを取り上げてきました。

 ●「手話講演会に参加して」(理)
 http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/4d16db82b7714d0b8d4dfa669dc0a87e
 ●「漫画『わが指のオーケストラ』、 是非読んでください」(S)
 http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/fb1b6cea18f4b4f8fcf1bba538c84448

 興味を持たれた方は、いちど問合せしてみてはいかがでしょうか。
 参加希望の場合は、名前、性別、年齢、住所、電話番号、メールアドレス、所属団体(学生の場合は学校、学年)を明記し、メールかFAXにてお送りください。質問のみの連絡も受けつけています。
※メール([email protected])、FAX(03-3221-5918)

 申込は6月10日(土)までです。(理)

乗馬に初挑戦

2017-05-30 10:00:00 | ï¼ˆæ„›ï¼‰ã®ãƒ–ログ
だいぶ前の話しになるが、GW中、実家の近くに乗馬クラブがあるのを初めて知り、3家族で遊びに行った。
そこで人生初の乗馬を体験!
そもそも乗馬をするつもりは毛頭なかったのだが、500円というワンコインで場内を一周できるというので、乗ってみよう!という気持ちになった。

馬に跨ると、思いのほか目線が高い!
あまりの見晴らしの良さに、自然と笑顔になるのだ。
同時に、バランスを取りつつ馬にまたがるのが難しかった。
馬と息を合わせないといけないということがなんとなくわかった。
と同時にテレビで見掛ける騎手の人はすごいな~と心底尊敬した。
馬を乗りこなすには日々の鍛練と信頼関係がないと無理だろうな。。。と。



他馬に人参を食べさせてあげたり、やぶさめを観覧したりと意外に乗馬クラブでおおいに楽しめた。


何よりも大自然の中で馬に跨がっていると、日々の疲れも吹っ飛ぶほど、リフレッシュできた。
もし、実家でいまも暮らしていたら、この乗馬クラブに通っていたかもしれない、と思うほど、楽しかった。
東京でも、機会があればまた馬に触れ合いにでかけたいと思う。(愛)

次回9月、証人尋問予定/九州無償化裁判第13回口頭弁論

2017-05-29 10:00:00 | ï¼ˆï¼³ï¼‰ã®ãƒ–ログ
 九州無償化裁判第13回口頭弁論が5月25日、福岡地裁小倉支部で開かれた。
 42の傍聴券を求め、裁判所には126人が集まった。




 
 前回の裁判から右陪席(傍聴席から向かって左側)の裁判官が交代したことに伴い、今回の法廷では改めて原告本人の意見陳述が行われた。
 提訴時は九州朝鮮高校の生徒であり現在は県内の朝鮮学校で教員をしている原告の1人が、在学当時の経験や朝鮮学校への思いなどをのべた。

 今回、原告(朝鮮学園)は被告(国)の第8準備書面に反論する第21準備書面を提出し、弁護団を代表して清田美喜弁護士が書面の要旨を法廷で陳述した。
 清田弁護士は、九州朝鮮高校の不指定処分や規則ハ号の削除は、就学支援金を申請したのが朝鮮学校であるがゆえの結論ありきの処分であり、いずれも後付けにすぎないとし、被告が繰り返す主張に再度反論した。
 さらに、朝鮮高校生徒たちにとって高校無償化が適用されることは、日本の学生と同じように自分たちの学ぶ意欲も日本国がサポートしてくれるという自信と励ましになるが、逆にそれが自分たちだけに支払われないということは、生徒たちに「あなたたちは朝鮮学校に通っているから、在日朝鮮人だから、他の日本の学生と同じように就学支援金を受け取ることはできない」といったメッセージを発するものとなると強調した。
 「アイデンティティとは、人が何ゆえに自分を自分であると思うかということであり、原告らにとってはその答えの一つが、自分は在日朝鮮人であるということです。 … その原告たちを在日朝鮮人であるがゆえに差別すること、朝鮮学校を差別することは、原告たちが『これが自分だ』と思っているまさにその部分を否定し、傷付けるものです」

 また、文部科学省の「初等中等教育局財務課高校修学支援室」が高校無償化法に関連し各朝鮮高校への調査を行っていることから、原告は無償化法制定から朝鮮高校除外に至るまでの事情について同支援室室長への尋問実施を求める求釈明申立書を提出した。
 申立書では、▼2009年8月30日の衆議院総選挙以降から朝鮮高校が不指定処分となった2013年2月20日までの同室長名と在任期間、▼2012年12月26日の自民党政権発足直後に文科省の担当者が、朝鮮高校の指定・不指定に関して下村文部科学大臣に説明した際に用いた資料の開示、▼修学支援室長が交代する際に作成されているはずの引継ぎ文書の開示などを要求した。
 
 これに対し被告は、回答書3を通して修学支援室長の名簿と在任期間については答えたが、下村文科大臣への説明で使われた資料に関してはうやむやな回答に留まった。また室長交代時の引継ぎ文書については回答がなかった。
 これらの資料の開示については、原告弁護団が改めて必要性などを文書で提出し、国が回答することとなった。







 法廷終了後、裁判所の別室で原告・被告の代理人と裁判所による進行協議が行われ、今後の裁判の進行について話し合われた。
 この裁判を主な担当が、左陪席から右陪席の裁判官(今回新たに加わった裁判官)に代わったことなどもここで報告された。原告側は、裁判官に何度も要求している朝鮮高校への訪問についても、もう一度アピールした。

 その後の裁判報告会では、弁護団事務局長の金敏寛弁護士がこの日の裁判手続きや各地裁判の状況、今後の流れについて説明した。
 安元隆治弁護士は、修学支援室に関する求釈明申立書について補足し、「他地域に比べて裁判の進行が遅いが、民事訴訟では控訴審になると新たな事実の主張や証拠の提出が難しくなるため、今の段階でできる限りのことをやっておくことが後の真相解明においても非常に重要だ」と話した。

 次回の第14回口頭弁論は、9月14日(木)14時から行われる。
 その間、双方の代理人と裁判所で進行協議を行い、最終段階となる証人尋問をどのように行うか、具体的に検討される予定だ。(S)



マンガ「沸点」~普通の人々の小さな革命

2017-05-26 09:52:06 | ï¼ˆç‘›ï¼‰ã®ãƒ–ログ


 5月になると韓国で民主化を勝ち取った故郷の人たちを思い出す。

 8歳の夏、京都の祖父の家で見たグラビアには、心臓が止まる思いだった。息絶えた学生の写真。顔は血にまみれ、ページを繰ると慟哭する母親が棺を叩いていた。光州民主抗争が起きた1980年5月―。

 韓国における1980年代の民主化闘争を描いたマンガ「沸点」(ころから、2016年、1700円+税)を紹介いただいた。

1977年生まれの韓国の漫画家・チェギュソクさんが描いた傑作で、2016年に日本で翻訳出版されている。

 主人公・ヨンホは大学生。この時代の誰もがそうだったように反共教育を受けて育った青年だ。
 朝鮮戦争期に保導連盟によって実母を殺されたヨンホの母親は、息子が学生運動にかかわることを、心配してばかり。農業と日雇い労働で家族を養っている父親も、パルゲンイは大嫌い。反共体制のもとでの物言えぬ社会。この閉塞感のなかで、学生たちは疑問を持ち、声をあげていく。しかし、その声は幾度なくかき消され、家族を大きく動揺させる―。その揺れの先は本書に詳しい。

 訳者は「九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響」を書いた加藤直樹さんで、2015年9月、安保法案をめぐる攻防のさ中の中で、「沸点」を紹介するなら、今だ、と思ったそうだ。

 原作者のチェ・ギュソクについて、加藤さんはこう紹介している。

 …チェ・ギュソクは、87年の「6月民主抗争」を、先人の苦労話や壮大で勇ましい革命英雄譚として語ることはしない。そうではなく、あくまで無名の人々の苦悩と模索の物語として描いている。

 …多様な人々が合流するとき、そこから生まれる熱が1987年6月の路上を沸騰させ、韓国の政治と社会を大きく変えたのである。こうした視点が、同じように路上に出た21世紀の「キャンドル世代」の共感を呼んだのではないだろうか。

 世の中は、一人ひとりの模索や小さな”革命”の連鎖反応を通じて変わっていく。そのことは、いつの時代でも、どこの国でも変わらない…

 警察の催涙弾に倒れた延世大学の李韓烈さん、拷問で命を落とした朴鐘哲さん、無名の女工たち…。

 故郷を揺るがした過去の出来事が走馬灯のようによみがえる。

 民主化政権の今後を見通すためにも、幅広い世代に読んでいただきたい。(瑛)

大阪モアパレード2017

2017-05-24 10:00:00 | (相)のブログ
 

 朝鮮学校裁判支援アクション「Moreパレード2017」が5月18日夕、大阪市内で行われた。
 会場は、学校法人大阪朝鮮学園が大阪府と市を訴えた補助金裁判と国を相手取った無償化裁判の口頭弁論が行われてきた大阪地方裁判所からもほど近い中之島水上ステージ。学校関係者や児童・生徒たちの保護者、地域の同胞たち、そして日本人支援者らこの間、裁判に関わってきた人々約400人が一堂に会した。
 モアには、英語のmoreと朝鮮語の모아(集める、集まる)という2つの意味がかけられている。「子どもたちの笑顔と明るい未来のためにみんなのちからをもっともっと(More)集めて(모아)あきらめずに最後まで闘いましょう!」(宣伝チラシより)
 18時45分から集会が行われた。支援団体代表や朝鮮学校に通う児童・生徒たちの保護者、学校教員らが登壇し、それぞれの思いをマイクでアピールした。

 

 その後、19時15分からパレード開始。中之島水上ステージから西梅田公園までの道のりを、横断幕やプラカードを掲げてスローガンを叫びながら約1時間にわたって歩いた。

 

 

 沿道からパレードの隊列にカメラを向けながら、当事者、支援者らの変わらぬ熱い思いを再確認した。
 2ヵ月後の7月28日には、2013年1月の提訴以来、4年以上にわたって続いてきた大阪無償化裁判の判決が言い渡される。(相)

文在寅大統領の5.18記念辞に思う

2017-05-23 09:15:20 | ï¼ˆK)のブログ
 5月18日、韓国の光州で5.18人民蜂起の37周年の式典が行われた。
 新しく大統領に選ばれた文在寅大統領が出席して記念辞を行った。在日韓国青年同盟のホームページで全文が翻訳・公開されている。http://hanchung.org/archives/2356

 ぜひ全文を読んでいただきたいと思う。その中で文大統領は次のように語っている。
 「私はこの場ではあえて申し上げます。新たに出帆した文在寅政府は、光州民主化運動の延長線上に立っています。1987年6月抗争と国民の政府(金大中政権)、参与政府(盧武鉉政権)の命脈をつないでいます。」
 記念辞では、「光州精神を憲法的に継承する、真の民主共和国時代を開きます。」とものべている。「五月の死と光州の痛みを自分のものとしながら、世の中に知らせようとした」人々の名前を挙げて追悼したことも心にささった。

 式典ではまた、李明博、朴槿恵政権時代には正式に歌われなかった、光州人民蜂起の精神を凝縮した歌『あなたのための行進曲(님을 위한 행진곡)』も、文大統領と共に合唱された。9年ぶりだという。

 記念辞を、北との交流・友好を進め、6.15共同宣言、10.4宣言を誠実に履行して行くという大統領の決意の表れだと受け止めたい。
 開城工業地区の再稼動や金剛山観光の再開などがいつなされるかなど、注視したい。そして、6.15時代の再来を期待したい。

「コッソンイ」ポスター制作中

2017-05-22 10:00:00 | ï¼ˆéº—)のブログ
ただいま毎年恒例の朝鮮新報主催「作文コンクール コッソンイ」のポスターを製作中です。
今年もイラストを担当します。

毎年、ポスターのテーマを設けていますが、いいアイディアは中々すぐには浮かばないものです…。
制作チームから出た様々な意見やアイディアを絵に起こしていき、形にしていく作業は毎回楽しいです。

今年は今までとは少し変わった作風になっていると思います。
全国のウリハッキョの子どもたちに早く届けられたらといいなと思い、ペンを走らせる日々です。

ポスターが完成したら、またブログでお知らせします!(麗)

日本軍性奴隷被害者の李容洙ハルモニが広島初中高を訪問

2017-05-19 11:25:12 | ï¼ˆï¼³ï¼‰ã®ãƒ–ログ


 日本軍性暴力被害者である李容洙さんが昨日、広島朝鮮初中高級学校を訪問した。
 この間、結成から5年を迎えた「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」が韓国から李さんを招き、広島の数ヵ所で証言集会を開いている。李さんは過去にも数回広島に訪れたが、同校に足を運んだのは今回が初めてだ。

 学生用のチョゴリを着て過ごす女子生徒たちを見ながら、「かわいい。昔着ていた頃を思い出す」と懐かしむ李さん。女子生徒たちが寄って来ると、チョゴリのコルムを整えてあげ、手をさすりながらやさしく話をかけた。



 体育館には中級部、高級部生徒たち、教員、保護者、地域の同胞や日本の方が集まり、李さんを歓迎。生徒の1人から李さんに花束が送られた。
 同校の声楽部と舞踊部が舞台で公演も披露した。

 李さんは生徒たちとの出会いを喜び笑顔を見せながらも、一息つき、従軍「慰安婦」とさせられた自身のつらい過去を話した。
 李さんは1928年に大邱で生まれ、15歳の時に日本軍に連行され大連や台湾で性暴力を受ける。大連で500人の兵士と自分を含めた5人の少女で船に乗せられた時のこと、台湾の慰安所で抵抗し電気拷問を受けた時のこと、また、生き延びて家へ帰った後の辛い経験などを話した。
 「あまりにも哀しくて悔しくて、言えないこともある」。
 それでも「正直でいたい」と、これまで語ったことのなかった話も生徒たちに伝えた。



 「私は『従軍慰安婦』ではありません。『李容洙』です。アボジ、オモニが付けてくれた名前があります。『慰安婦』にさせたことを日本政府に謝ってほしい。公的謝罪と国家賠償を求めています。当然のことです」
 2015年12月の韓日両政府による「合意」に対しても怒りを見せた。「『合意』を新聞で知った。私は協議したことはない。あんな嘘の『合意』をして、日本には法がないのか」。

 「若者たちが主役だ。あなたたちがしっかりしないといけない」。生徒たちにはこう繰り返した。
 生徒たちは、従軍「慰安婦」の被害者から直接話を聞くのははじめてだったという。中級部生の1人は、「想像するととても恐かったけど、あった事実をもっと知りたいと思った」と感想を話した。(S)
















イオ2017年6月号完成!特集は「イルムー私の証」

2017-05-18 10:00:00 | ï¼ˆæ„›ï¼‰ã®ãƒ–ログ
イオ2017年6月号が完成しました!

6月号の特集は「イルムー私の証」。
イルムとは朝鮮語で「名前」という意味です。
特集では朝鮮民族と名前にまつわるいろいろな話を紹介します。
また、今どきの名前の付け方や、各自の名前にまつわる意味なども探ります。これから子どもたちに名前をつける際に参考にして頂ける特集となっています。

特別企画は「トンポ スタンプ図鑑」。
すでに日常の会話として普及されているツール、ラインスタンプですが、多くの同胞たちもラインスタンプを作っています。
特別企画では、ラインスタンプを作っている同胞をスタンプとともに紹介しています。

その他、現役引退をした安英学さんのインタビュー
「interview 夢は叶う―の言葉を信じて  安英学 15年間の選手生活を語る」や

千葉朝鮮初中級学校への補助金を不当な理由で打ち切った千葉市、日本人有志と同胞たちの抗議集会の模様を伝える記事
「千葉市、朝鮮学校に補助金不交付 「『慰安婦』の絵、交流に適さず」と不当決定」、
ほか「不可視化される被害者を見つめて 性差別撤廃部会 4.23アクション/シンポ「日本軍『慰安婦』問題と朝鮮半島の分断」など
今月号も盛りだくさんの内容でお届けします。

私も子どもが産まれる前は、真剣に子どもの名前について悩んでいました。
オッピョンを開いたり、画数を調べたり。
朝鮮半島の名付けの流行りがどんなものか、すごく知りたかったのですが、その時は人づてで聞くのが精一杯でした。
今回の特集では、北と南、両方のイマドキの名付けも掲載されています。

ぜひご一読ください!(愛)

東京無償化裁判、判決は9月13日に

2017-05-17 09:54:46 | ï¼ˆç‘›ï¼‰ã®ãƒ–ログ









 62人の東京朝鮮高級学校生が提訴した東京無償化裁判が5月16日、ついに結審の日を迎えた。98席の傍聴席を求めて東京地裁に並んだ人は197人。11時から開廷した第14回口頭弁論は「弁論を終結します」という裁判長の発言に続き、判決の期日が発表され、あっと言う間の閉廷だった。判決は9月13日の14時に言い渡される。

 2014年2月に提訴、同年4月2日から始まった口頭弁論はいくつかの山があった。まず10月1日の第3回口頭弁論では、原告の朝鮮高校生2人が意見を陳述。原告の顔が見えないよう遮へい措置が取られるなか、傍聴席にも2人の悔しさや裁判に挑む決意が切々と伝わってきたことを思い出す。傍聴席の最前列に座るご両親は、わが子の一言一句に耳をそばだて、その姿を見守っていた。

 この裁判で国側が言ってきたのは、不指定になった責任は朝鮮学校側にあるということ。しかし、それが「事実ではない」ことを暴いたのが東京弁護団の功績だろう。

 東京弁護団は、「文科省が、規定ハを削除したのは無償化法に照らして違法」という一点に絞り、闘ってきた。まずは、文科省の内部文書の開示を請求。開示された文書を通じて、文科省が拉致問題を口実にして朝鮮高校を排除したこと、朝高排除のために規定ハを削除したことを明らかにした(第9回口頭弁論、16年3月2日)。
 ※詳細は過去のブログ http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/3b274eaa8ffdea572b0477fe6b369070

 さらに文科省役人の証人尋問が実現したことで、国の主張は大きく崩れた(第12回口頭弁論、16年12月13日)。
※詳細は過去のブログ http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/fc2ec27c81058528254e3ac3c58a0e3f

 国側は朝鮮高校不指定の理由を「規定13条に適合するに至らなかった」としていたが、その主張は後付けで、朝鮮学校を外すために規定ハを外したことが判明したのだ。

 「規定ハの削除による朝高排除は、政治的外交的配慮にもとづいてなされたもので、高校無償化法の下では違法。私たちが求めているのは、国会が制定した法律の正当な解釈であり、これを行うのは裁判所だ。裁判所が通常の解釈をしていただきたい」―。前回の第13回口頭弁論で喜田村洋一弁護団長が述べた通り、文科省が法律の趣旨をねじまげ、朝高生の学ぶ権利を奪った事実を日本の裁判所が直視し審判を下せば原告勝訴は間違いない。






 参議院議員会館で行われた報告集会では、4人の弁護士が登壇し、3年3ヵ月にわたる裁判を振り返った。





 弁護士として初めて担当した事件が京都朝鮮学校襲撃裁判だったという康仙華弁護士は、「在特会が行ったことは、朝鮮民主主義人民共和国や総聯を支持する朝鮮学校に対しては何をしてもいいということだった。無償化から朝鮮高校を排除した国の真の理由もそこにあると思っている。このことが許せないという思いで裁判を闘ってきた」と話した。

 報告集会をいつも仕切ってきた李春熙弁護士は、「段階を踏むたびに、国の証言は辻褄が合わなくなっていった。勝利への確信は強くなっている」と手ごたえを語った。




 2003年提訴の枝川裁判の弁護団に名を連ねた金舜植、師岡康子の両弁護士は、原告に名乗り出た朝高生や保護者たちに思いを馳せながら、提訴からの日々を振り返っていた。

 金弁護士は、「大阪、愛知で無償化裁判が始まるなか、生徒たちとディスカッションしたことが思い出される。子どもたちは、自分の力ではいくら頑張ってもどうにもならない政治的な理由で無償化から排除された。それでも、生徒たちは、自分たちが手を挙げることで、歴史を変えられるという決意をもって原告になってくれた」とその勇気を称えた。「試されているのは、法律を誠実に執行する義務を怠った行政の在り方。裁判を通じて、審判の対象は国の行いだと示すことができた」。

 師岡康子弁護士は、「朝鮮バッシングを続けるために朝鮮学校を叩くという流れの中に、無償化排除、補助金外しがあり、この流れを止めるためには、どうしてもこの裁判に勝たなくてはならない。保護者の皆さんには心配をかけたが、とにかくこの裁判で勝つことが弁護団の責任だと思っている」と決意を伝えた。

 残るは判決。恐怖と不安を抱えながら裁判を闘ってきた原告、家族たちの姿も印象的だった。

「裁判を始めた当初は、なぜ子どもが矢面に立たなくてはならないという思いばかりでした。けれども、裁判を重ねるなかで、この裁判は絶対負けられないと思えるようになった。このように思えたのも、子どもたちが原告になってくれたからこそ。自分たちが歴史を変えると勇気を出し、第一歩を踏み出してくれた。仮に自分がその立場に置かれたなら、それができたのかな?と思うことがある。できないだろう、やらないだろうと…。原告の子どもたちに感謝したい」。第3回口頭弁論で意見陳述に立った生徒の母親はこう話してくれた。



 この日の報告集会を盛りあげたのは、パフォーマンスを披露してくれた東京朝高美術部の生徒たち。白いビニール傘で顔を隠しながら、思い思いに無償化から自分たちをはじいたこの社会の「理不尽」を語っていく。

  ここに朝鮮と日本を隔てる概念的な壁がある…
  壁のなか、相手の姿も見えない状態…
  壁をうちやぶって真の和解と理解を獲得しよう…

 最後は「ガッツだぜ!」と力強く呼びかけ、会場を沸かせた。

 長谷川和男・共同代表は、9月13日の判決の日を、「歓喜の大集会」にしようと呼びかけ、200人を超える人たちで法廷を埋め、抗議の意思を示そうと呼びかけた。また、7月19日に判決を迎える広島無償化裁判、28日判決の大阪無償化裁判にも連帯していきたい、各地の朝鮮学校にも足を運び、支援を続けたいと語った。

「多くの仲間を獲得していく、一人ひとりの意識を変えていく運動を」-。判決の日まで世論を盛りあげていく決意は力強かった。(瑛)

ついに今年、証人尋問へ―愛知無償化裁判第23回口頭弁論

2017-05-16 10:00:00 | ï¼ˆç†ï¼‰ã®ãƒ–ログ
 昨日、愛知無償化裁判の第23回口頭弁論が名古屋地裁でありました。愛知朝鮮中高級学校の高級部2年生のほか、同胞、支援者ら151人が傍聴券を求めて列をなしました。今回、原告側弁護団は準備書面25、26、27を提出。法廷では中島万里弁護士が準備書面27の要旨を陳述しました。その他、次回以降の弁論に必要な手続きがなされました。



 続いて報告集会へ。ここではまず、弁護団に新たに加わった2人の弁護士が紹介されました。吉田悟弁護士と青木有加弁護士です。



 吉田弁護士は学生時代、仲の良かった在日朝鮮人から就職や進学の際に立ちはだかる「壁」について聞き驚いたということを話しながら、「今回、無償化の対象から朝鮮高校が外されると聞いて、歴史の時計の針を無理矢理戻すような憤りを感じた。少なからず力になれれば」と弁護団に加入した思いを話しました。



 青木弁護士は、弁護団の金銘愛弁護士と司法修習生の時代から友人だったといいます。もともと差別や支配の問題について自分自身が行動して関わらなければいけないと思っていたところに金弁護士や弁護団の先生たちに声をかけられ、無償化裁判に携わることを決めたそう。「訴訟がかなり佳境を迎えていて自分にできることは限られているかもしれないが、弁護士という仕事の特性を生かして裁判に関わり、私の人生においても大事な行動としていけたらいいなと思っています」と意気込みをのべました。

 続いて、裵明玉弁護士が今後の裁判の流れについて解説。愛知でもついに証人尋問の段階へ進むこと、弁護団から証人の申請をしたことなどが話されました。現在、証人尋問の期日は9月13日(水)の10時から17時までを予定しています。



 弁護団はここに、原告である当時の愛知朝高生から3人のほか、山本かほり・愛知県立大学教授、成嶋隆・日本教育法学会理事長を証人として立たせる申請をしました。また、被告側からは下村博文・元文部科学大臣と文科省の官僚への尋問も申請。次回、第24回口頭弁論で、採用されるかどうかが決まるとのことでした。

 次に、中島万里弁護士が準備書面27について解説しました。朝鮮学校を無償化制度から除外した国の行為は、平等権を定めた憲法14条に違反するという内容です。



 中島弁護士は、「皆さんの素朴な思いとして、朝鮮学校だけが無償化制度から除外されて生徒たちに就学支援金が支給されていないことは不平等だ、不公平だというのがあると思います。今回提出した書面は、皆さんのそうした素朴な思いがベースになっています」と前置きし、解説を始めました。以下、概要をまとめます。

 憲法14条1項には、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」と規定されています。差別感情にもとづいて朝鮮学校だけを排除するというのは当然違憲であり、その主張は準備書面17ですでにしています。国はそれに対して「差別ではない」という反論をしているため、この準備書面27ではさらに踏み込んで、仮に国に差別目的がなく、別の目的で朝鮮学校を排除したのだとしても憲法14条1項に違反しているという主張をしました。
 憲法14条には、ある対象を他の対象と「区別」するのであれば、それが合理的な区別でなくてはならないという趣旨が込められています。
 「合理的」か「不合理」かを判断するには、区別した目的や方法に不自然な点や無理がないかということを様々な証拠や条件から見る必要があります。弁護団は、朝鮮学校の生徒のみを排除した過程を分析的に分けていくと4つの過程があり、それぞれに不合理な点があると指摘しました。
 4つの過程とは、▼就学支援金を支給するに値するかどうかの審査申請を愛知朝鮮学園がしたにも関わらず、実質的に審査を開始しなかったこと、▼期間を必要以上に引き延ばし、審査を遅延させたこと、▼朝鮮学校が就学支援金の支給を受けるために必要な根拠となる省令ハを削除したこと、▼朝鮮学校に就学支援金を支給しない決定を下したこと(不指定処分)―です。
 まず、審査を開始せずに止めていたという点。国はその目的について、「審査会のメンバーが延坪島事件の発生で報道や世論に影響され、公正な審査を行わない懸念があるため」と説明しています。しかし、無償化法の関連法令ではそもそも不公正な審査が行われないようにする仕組みを設けているため、審査を止める必要がなかったと弁護団は主張しました。よってこの点では、審査を止めた目的の面からも審査を止めたという手段の面からも、国の行為は不合理だったと強調。他の3点も、同じように目的と手段において被告側の不合理な点が論理的に暴かれていきました。
 省令ㇵの削除の点では、国はハを削除した当時、「ハに基づいて支給を求めている学校がなかった」という旨の発言をしていたことが分かりました。朝鮮学校は一貫して就学支援金の支給を申請しているので、明らかな虚偽となります。他にも、省令の内容に欠陥があったというような理由をのべていますが、事実関係を調べると発言に矛盾があります。万が一、欠陥があったとしても省令ㇵを改定すれば解決するのでは。削除はどう見ても過剰な手段であり、やはり国のいう目的、手段いずれも不合理だと一刀両断されました。
 中島弁護士は最後に、「当時の政治家は明らかに、政治目的で朝鮮学校を排除するということを言っていた。訴訟になってから、国は一生懸命それを取り繕って排除を正当化しようとしていますが、その内容にはすでに無理があり、破たんしています」と厳しく話していました。

**
 裁判に何度も足を運んで、いつもなるほどなと頷かされています。今回は国側の逃げ道をさらに塞ぐ、とても力強い書面だったと感じました。

 報告が終わった後、朝鮮高校にも差別なく無償化適用を求めるネットワーク愛知の事務局から、『トトリ通信』の宣伝がありました。無償化裁判に関する「今さら聞けないQ&A」など、現在の状況がよく分かる内容がまとめられています。これはHPでも閲覧することができるので、ぜひご覧になってみて下さい。
トトリ通信→http://mushouka.aichi.jp/totori

 次回、第24回口頭弁論は7月12日(水)14:00から名古屋地裁であります。傍聴するための抽選券は13:30に配布締切です。この日は愛知中高が試験期間に入るため、たくさんの人へ呼びかけをしているそうです。お近くの方はぜひご参加を! 証人尋問がどうなるかの結果、また裁判官が朝鮮学校に検証に訪れるか否かの決定もこの日に分かります。(理)


朝鮮学校補助金不交付問題、千葉駅前で街宣

2017-05-15 10:00:00 | (相)のブログ
 

 既報のように、千葉市は先月27日、千葉朝鮮初中級学校(同市花見川区)に対する外国人学校地域交流事業補助金の2016年度分の交付を取り消す決定を下した。
 前回の私の担当エントリでもこのテーマを取り上げたが、市のこの不当な措置に対して、各方面から憤りと抗議と声が上がっている。

 昨日、JR千葉駅前で、本件に対する抗議や高校無償化制度適用など朝鮮学校に対する権利保障と拡充を求める街頭アクションが行われた。県内の若い世代の在日コリアンが中心となって、約1時間にわたってマイクアピールやビラ配りなどを行った。

 

 集まったのは千葉朝鮮初中級学校の卒業生や同校の教職員、同校に通う児童・生徒たちの保護者、そして学校支援団体・千葉ハッキョの会のメンバーら約40人。にぎわう日曜夕方の路上に飛び出し、道行く人々へ懸命に訴えかけた。
 ビラを受け取ってくれる人、立ち止まってマイクアピールに耳を傾ける人、素通りする人、嫌がらせのように心無い言葉を投げつける人―。朝鮮学校を取り巻く状況は厳しいが、事態を打開するにはさまざまな方法で声を上げ、地道に世間に訴えかけるしかない。

 今週の日曜日(21日)には、千葉朝鮮初中級学校で第7回フレンドシップフェスタが開催される。http://chosonsinbo.com/jp/2017/05/20170513khj/
 2011年、東日本大震災の年から始まった国際交流イベントで、地元を中心に毎年大勢の日朝市民たちでにぎわいを見せる。こんな時期だからこそ、今年は例年よりも多くの人々が足を運んで行事を盛り上げてくれることを願っている。(相)


新大統領と「親北」「反日」

2017-05-12 09:49:59 | ï¼ˆK)のブログ
 韓国で9日、大統領選挙が行われ、「共に民主党」の文在寅氏が全体の41%ほどを得票し当選し大統領に就任した。事前の支持率でも文氏がリードしており、その通りの結果となった。

 今回の選挙についての日本の報道を見ていると、投票前、各候補者を紹介するときに、文大統領の紹介には、「親北」「反日」という文字がどこの放送局でも踊り否定的に語っていた。日本社会全体の雰囲気がそのようなものだったと思う。

 「親北」というのは、北と仲良くしていこうということなのだろうが、それをなぜ否定的に見るのかが理解できない。北と南が仲良くすることを日本がなぜ、否定的に捉えるのか。「国際社会を乱す北朝鮮、みんなが一致して北朝鮮に対する圧力を加えていかなければ」ということなのだろう。例えば、アメリカが他国にミサイルを撃ち込んでも、他国の体制を転覆させても何も言わない。今の「国際社会」のおかしさを1ミリも疑っていない。

 「反日」というのは主に、2015年12月の日本軍「慰安婦」問題に対する日韓の合意を「見直す」という内容の発言を文氏がしたことに対する反応であった。日本が過去のアジア諸国への侵略と植民地支配、その過程で行われた数々の犯罪を反省し清算することが当たり前であって、それを促すのは「反日」でもなんでもない。いま露骨に進めている歴史修正主義的な動きこそが「反日」である。

 新しい大統領がこれからどのような政策を取っていくのか、まだわからないとしか言えない。ただ、北との関係では、6.15共同宣言、10.4宣言を真摯に履行してもらいたいということだけだ。(k)

浜松へ!

2017-05-11 10:00:00 | ï¼ˆéº—)のブログ
連休中に初の浜松へ行ってきた。

新幹線で大阪に帰郷するときにいつも通り過ぎる上、
どんな所かあまりわからなかったが、うなぎと餃子が有名とのこと。なので、この二つを食べてきた。
有名だけあってどこの店も行列。最初に入ろうと試みた老舗の店は、入り口に30人以上の客が待機していて早くも気が滅入ってしまう。
結局、この店ではその日出せるうなぎが無くなったとのことで断念。

すぐ近くにあるもうひとつの店で数分並んでうな重を食べ来た。


浜松餃子は添えて真ん中にあるもやしと一緒に食べるらしい。

この日は、浜松まつりが開催されていて、駅前では凧揚げ合戦や御殿屋台の引き回しなど、様々なイベントがあり、多くの人で賑わっていた。
街が活気にあふれているととても楽しい。
御殿屋台を見てつい、「『だんじり』や!」と言ってしまったが、豪華絢爛といった感じで、夜にはライトアップされとても綺麗だった。

また、浜松市民が「オイショ・ヤイショ」の掛け声とともに、ラッパを吹きながらすり足で練り歩く様はまさに圧巻。「練り」というらしい。
音だけ聞くとプロ野球の応援みたいで野球好きにはちょっとたまらない騒々しさ。

練りに参加しテレビのインタビューを受けている子どもたちの様子は誇らしげだった。
浜松市民たちの街と祭りに対する愛とプライドが感じられた。

ほかに。浜松城や科学館などにも行き、なんとな~く周辺を満喫。
初めて降りた浜松、たまには途中下車するのもいいものだなと思った。(麗)

国際子ども学校を訪ねて

2017-05-10 10:00:00 | ï¼ˆç†ï¼‰ã®ãƒ–ログ
 本日はイオ6月号の締切です。今回、特集は「イルム―私の証」、特別企画は「トンポ スタンプ図鑑」です。また、この春、選手生活を引退した安英学選手の特別インタビューはじめ、単独ページも充実しています。
 連載「日本の中の外国人学校2017」では、愛知県の尾張旭市にあるフィリピン学校を訪ねました。6月号に掲載されますが、ブログでも少し紹介しようと思います。



 Ecumenical Learning Center for Children(ELCC)、通称「国際子ども学校」は、在留資格を持たないフィリピンルーツを持つ子どもたちのため、「緊急避難的な施設」として1998年4月20日に設立されました。尾張旭市にある愛知聖ルカセンターを借りて授業が行われています。イオでは、2005年にも同校を取材しています(月刊イオ編集部編『日本の中の外国人学校』に掲載)。

 「在留資格がない子どもたちもいるのに取材してもいいのだろうか?」「顔写真は撮ってもいいのか?」「どんな雰囲気なんだろう…?」。いろいろと不安がありました。
 実際に行って責任者の先生に聞いてみると、現在は10年前に比べほぼ100%の子どもが在留資格を持っているとのことでした。もちろん写真もOK。まずは授業を見学することに。

 同校にはキンダーA(幼児年中以下)クラス、キンダーB(幼児年長)クラス、小学生クラスの3つがあります。小学生クラスの授業に案内してもらうと、教室の外からでもすでに賑やかな空気が伝わってきます。小学生クラスには日本の中学生や高校生にあたる年齢の子も通っているそうです。
 中に入ると生徒たちは突然の訪問者にすぐにっこり笑いかけ手まで振ってくれました。社会の授業で都道府県カルタを使った遊びをしていたのですが、みな大はしゃぎで興じており、その一生懸命さに何度も笑ってしまいました。



 続いてキンダーBクラスの算数の授業へ。こちらも教室に入った瞬間、子どもたちがぱっと人懐こい笑顔を浮かべたのが印象的でした。私が持つカメラに興奮して立ち上がってしまった子どもを、ボランティアの先生は少し厳しく注意します。こちらの先生は、秩序のある授業を心がけているようでした。授業終了間際、その理由が判明。
 「今週の金曜日は卒業式ですね。みなさんは同じ学校に行くんですか?」。―キンダーBクラスに通っている7人の子どもたちは、4月から日本の公立小学校に通うのです(取材をしたのは3月)。学区の関係上、他の子たちとは別の小学校に1人で通わなければならない子もいます。
 「小学校に行ったら、授業中は立ち上がったり遊んだりしてはいけませんよ。消しゴムを忘れた時は、隣の人のものを急に取ったりせず『貸してくれる?』と聞いてから使いましょうね。友達がものを落としたら、『どうぞ』と渡してあげるんですよ…」
 優しく言い聞かせる先生の姿からは、子どもたちを送り出すことへの心もとなさと、どうかうまく日本の学校に馴染んで楽しく過ごせますようにとの切実な願いが伝わってきました。算数の先生がボランティアに参加したのは04年から。何人もの卒業生を見送ると同時に、言葉の壁や心の壁によって日本の学校を辞めてしまった子も多く見てきたと話していました。
 私はこの辺から、ただひたすらに明るい子どもたちとコントラストをなす、日本社会で外国人が暮らしていくことの厳しさを感じ始めていました。



 別のボランティアの先生たちにもさまざまな話を聞きました。15年以上、同校と関わっている方は、「私がボランティアに参加した当初は10歳前後のやんちゃな子たちが多く、生意気だったり物騒な言葉もたくさん聞いたんですが、『先生は日本人だから…』と言われた時にかなりショックを受けました」と振り返りました。
 授業の内容を理解すること、生活習慣や態度を改めること、日本の学校へ行くこと。自分が諭していたのは、子どもたちからすると当たり前にできることではない。「日本人だから」という言葉にそれを気づかされ、悔しさとともに心に残った。そのことが、ボランティアを続けるきっかけになっているとしみじみ話していました。

 また、国際子ども学校を運営している名古屋学生青年センターという施設で働きながら2年ほど前からボランティアを務める方も。勉強を見る以外に、子どもたちが普段思っていることを聞き出せたらという気持ちで寄り添うよう心がけていると言っていました。
 「子どもたちはみんな本当に明るいしいつも笑っているけど、寂しさがあるように感じることが時折あります。言葉のわからない国に来て、仲のいい人たちはフィリピンにいる。経済的に厳しい家が多いので、親は働きづめでいつも一緒にいられるわけではない。親の職業、両親の国籍、在留資格など家庭によって違うので一概には言えませんが…」。子どもたちが置かれた現状を思うとため息が漏れました。

 改めて、責任者の先生に話を聞きました。「05年に実施された『不法外国人半減政策』をはじめとする厳しい外国人管理行政によって、在留資格のない外国人の数はかなり減少しました。その影響もあり、同校の生徒とその家族は現在ほとんどが在留資格を持っているのです」。
 しかし、強制退去などの危険性はなくなっても、在留資格があるからといってすべての問題が解決したわけではないそうです。低賃金、物価上昇などで依然として日本に住むフィリピン人の経済状況が改善されず、生活は不安定なまま。親は働きづめにならざるを得ず、子どもたちは社会から引き離されがちになってしまいます。言葉やコミュニケーションを学ぶ機会も少なくなってしまう。
 2016年12月末時点で、愛知県には3万3390人のフィリピン人が暮らしていますが、国際子ども学校に通えている子どもは通学バスの定員などの関係で現在20人弱です。

 先生は同時に、日本が戦前・戦後フィリピンに対して行った支配についても説明してくれました。日本でたくさんのフィリピン人が働き、それでもなお貧困に苦しんでいるそもそもの原因は、「進出」「賠償」「開発」という名のもとに行われた日本の侵略にあると説明してくれました。
 「根の深い歴史の問題。ボランティアさんたちですら簡単に理解できることではない。しかし、これを知らないと表面しか見えません」。
 日本人の夫がフィリピン人の妻に「どうしてそんなに国へ仕送りをするんだ」と言って喧嘩になったり、日本の学校教師がフィリピンルーツを持つ子どもに理解を寄せられず放置してしまったり、もどかしい事例を数多く目にしてきた先生は、同校に通う子どもを通じて、家庭や学校、地域に関与し、そこでのケアにも努めているそうです。

 日本による開発という話とその歴史を、かいつまんでですが私は初めて聞きました。先ほど見た、弾けるくらいの明るい子どもたちにも地続きの事実なのだということに気づき、大きなショックを受けました。また、この事実が広く知られていないからこそフィリピン人やフィリピンにルーツを持つ人々に対する偏見や誤解が絶えないのだと感じました。



 取材を終えて、フィリピンの歴史に関するドキュメンタリー映画や本も探しました。とても根の深い問題なのだと、いろいろなところに考えが派生していきました。文字数の関係上、誌面には感じたことや伝えたいこと全ては込めることができませんでしたが、記事をきっかけに1人でもこの学校やフィリピンの人たちに対する関心を持ってくれたらと思っています。(理)