父の貞美さんは「よし、今は下がれ、そう、そうだ」、まるで走っている新城に指示を与える監督のように話しかける。母のるみ子さんは両手を胸の前に合わせ「ユキヤ!」とパワーを送る。追走グループがスピードを上げると「行かないでくれー」と全員が画面に向かって“抑えてくれ”のジェスチャー。みんなが新城と一緒に走っていた。 ゴール手前15キロごろからはメイン集団とのタイム差に一喜一憂。「まだ大丈夫」「すごい、ユキヤが引いてる」「いけるよ、いける」。 トイレに行くタイミングもままならない。お茶を飲もうとした貞美さんは思わずグラスを倒す。全員の落ち着きがなくなった。新城の表情を見て「黒糖をあげた方がいいんじゃないか」「サーターアンダギー持って行ってやれ」と補給係のようだ。 そしてゴール目前、新城がスパートをかけると一斉に立ち上がる。もう声にならない叫び声。誰もテレビ中継の声なんか聞いてない。あと800m