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大そうじへの備え
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9月20日、カイロ中心部で反政府のスローガンを叫ぶ市民たち Amr Abdallah Dalsh- REUTERS <6年ぶりに起こったデモは、YouTubeでの告発がきっかけ。シーシ政権は強権的に抑え込もうとしているが、国民の3分の1が貧困層という衝撃的な数字が重くのしかかる> 9月に入り、エジプトでシーシ大統領の辞任を求める市民のデモが起こった。特にカイロ中心部のタハリール広場でデモがあったのは、2013年7月の軍のクーデター以来初めてである。政府は批判勢力の広範な逮捕でデモを抑え込もうとしている。今後もデモが続くのか、抑え込まれるのかは不透明だが、強権下でデモが起こったことは人々の間に政権への不満が相当に強いことを示している。 カタールの衛星テレビ、アルジャジーラによると、最初のデモは9月20日(金曜日)の夕方から深夜にかけて、カイロ、アレクサンドリア、ドミヤッタ、スエズなど、エジプ
支援してくれたUAEへの感謝を示すデモ行進を行うイエメン南部分離勢力の支持者たち(アデン、9月5日) Fawaz Salma-REUTERS <サウジとイランの代理戦争とも言われ、5年目に入ったイエメン内戦だが、8月に南端の都市アデンで分離独立派が蜂起した。25年前の内戦を思い起こさせるが、今後の展開は> イエメン内戦で8月に南部の分離独立派がアデンで蜂起し、暫定政権軍を排除したというニュースが流れた。私はエジプトにいて、衛星放送でカタールのアルジャジーラTVが映すアデンの映像を食い入るように見た。 アデンから南部勢力が独立を掲げて蜂起するのは、25年前の1994年の南北イエメン内戦以来である。その時はアデンが陥落し、北側の勝利で終わった。私は当時、朝日新聞の中東特派員として陥落したアデンに入った。今回、テレビに映し出された町の背後に岩山がそそり立つアデンの光景は、私の目に焼き付いていた。
<10月15日にシリア北部イドリブに非武装地帯が設置される見込みだ。だが、停戦が継続するかどうかは隣国トルコ次第。トルコは反体制勢力を「分断」できるか、イスラム過激派を「排除」できるか> 2011年春以来7年半が経過したシリア内戦が、アサド政権の勝利という形で最終章を迎えようとしている。 最後に残った反体制勢力の拠点である北部イドリブ県では、トルコ国境に沿って反体制勢力支配地域がつくられているが、9月中旬に交わされたロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領の合意に基づいて、政権支配地域の手前の幅15~20キロに帯状の非武装地帯を設置し、そこから反体制勢力は撤退することになった。その設置の期限が10月15日である。 これまで停戦が何度も合意されては崩壊し、戦闘が再燃した経緯を考えれば、今回の合意による非武装地帯の設置によって停戦が継続するかどうかは予断を許さない。合意が崩壊すれば、7
<安田純平さん拘束の1カ月後にシリアの武装組織に拘束され、10カ月後に解放されたスペイン人ジャーナリストが、「通訳兼コーディネーターに裏切られた」と語っている。その通訳とみられる人物に質してみると......> 安田純平さんがシリア北部で武装組織に拘束されて3年がたったことについて、先月のコラム (「安田純平さん拘束から3年と、日本の不名誉」)で取り上げた。しかし、7月末にインターネットの動画サイトに掲示された、オレンジ色の服を着せられ、銃を突きつけられた安田さんの動画については詳しく触れなかった。安田さんが「私の名はウマルです。韓国人です」と語ったことなど、謎ばかりだった。 安田さんの関連で情報を探すうちに、シリア国境に近いトルコ南部にいるという「ウサーマ」という人物と連絡がとれた。日本のメディアとも仕事をしている英語・アラビア語の通訳兼コーディネーターだと名乗った。 ウサーマは「ヌスラ
<同じように拘束されたスペインやドイツのジャーナリストは1年以内に解放されている。なぜ日本政府は邦人保護に動かないのか> ジャーナリストの安田純平さんが2015年6月にシリア北部で行方不明になって3年が過ぎた。6月、7月に安田さんと見られる新しい動画と画像が出てきた。7月31日には、銃を突き付けられ、オレンジ色の囚人服を着せられた、これまでにない姿に衝撃を受けた。 日本人の海外での誘拐・拘束事件で、安田さんの拘束は最長となった。邦人保護について日本政府の責任と真剣度が問われる緊急な問題となっている。 安田さんを2015年に拘束したと見られていたのは、シリア反体制組織で過激派組織アルカイダ系の「シリア解放機構(元ヌスラ戦線)」である。安田さんが15年6月にトルコ南部から国境を越えてシリアの反体制支配地域のイドリブ県に入った後、地元の武装組織に拘束され、その後、イドリブ県の最強組織だったヌスラ
<政治が破綻し、閉塞状況を生きる人間たちのドラマ『ガザの美容室』。「パレスチナ問題のいま」ではなく「パレスチナ人のいま」から、日本人に見えてくるものもあるはずだ> 「ガザ」と言えば、いま最もまがまがしい響きを持つ地名だろう。5月にイスラエルの米国大使館がエルサレムに移転した時、パレスチナ自治区ガザでパレスチナ人の大規模な抗議デモが起こり、イスラエル軍の銃撃で60人以上が死んだ。 「ガザ」では、イスラム組織ハマスの支配が始まった2007年以降、イスラエルによる封鎖が続き、08年、12年、14年と3回にわたってイスラエル軍による大規模な攻撃を受けた。 ガザは地中海に張り付いた絆創膏のような場所で、海岸の長さ40キロ、幅は6キロから12キロ。北と東はイスラエル側でコンクリートの壁で仕切られ、南はエジプトとの国境で遮られている。海も海岸から10キロほどのところでイスラエル軍に封鎖されている。まさに
米大使館のエルサレム移転に抗議するデモはイスラエル軍に鎮圧され、60人を超える死者が出たが、アラブ諸国は駐イスラエル大使を召還するような動きも見せなかった(5月11日、ガザ) Mohammed Salem-REUTERS <米大使館のエルサレム移転で勃発したパレスチナ危機。サウジアラビアもエジプトも身内の苦難に声を上げようとしないが、これは過去40年、何度も繰り返されてきたパターンだ。次の危機が迫っている> 米国のエルサレム移転に抗議するガザでのデモにイスラエル軍が銃撃し、60人を超える死者が出た。デモは5月16日には鎮静化し、いまのところ新たなインティファーダ(民衆蜂起)につながる様相は見えない。しかし、パレスチナの混乱が収まればそれで問題が終わるわけではない。今後の懸念は、エルサレム問題が次の中東危機の前触れとなることである。 この問題で国際社会の懸念は、2000年9月に始まった第2次
<歴史上初めて、市民が欧米メディアに代わって戦争報道を担う状況がシリアに生まれている。ISに支配されたラッカからSNSで発信を続け、注目を集めた市民ジャーナリストグループを追ったドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている』。彼らはいま、米軍・有志連合の支援を受けたクルド人民兵という新たな敵と対峙している> 過激派組織「イスラム国」(IS)のシリア側の都だったラッカを舞台に、市民ジャーナリストがIS支配を告発するドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている』が4月14日から東京で公開される(公式サイトはこちら)。 ISはインターネットを通じて世界に宣伝画像を拡散させ、3万人以上の若者たちを中東や欧米から集めた。ISに抵抗する市民が使う手段もまたインターネットのSNSだった。このドキュメンタリーはSNS時代に拡散する暴力に対する「市民の闘い」の記録である。 映画の題名『ラッカは静
3月1日、ファタハの会合でコーランを読み上げるパレスチナ自治政府のアッバス議長(中央) Mohamad Torokman-REUTERS <5月、イスラエル建国70年に合わせて米大使館をテルアビブからエルサレムに移転する計画のトランプ政権。近く独自の中東和平案を公表するとみられているが> 米国務省が5月にイスラエル建国70年に合わせて、在イスラエル大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転すると発表した。トランプ大統領が昨年12月初めにエルサレムをイスラエルの首都と認定したことを受けたものだ。 米国は当初、大使館の移転は2019年と言っていたが、前倒しとなった。国連総会はトランプ大統領の発表を「無効」とし、撤回を求める決議を圧倒的多数の賛成で採択したが、トランプ大統領は国際社会の反対を押し切って強行する構えだ。 1948年の第1次中東戦争は、イスラエルにとっての建国であるが、パレスチナ人
2018年2月6日、ガザの病院に病気の子を運び込むパレスチナ人女性 Mohammed Salem-REUTERS <70年前、イスラエル建国後に起こった第1次中東戦争では何があったのか。ユダヤ人歴史研究者による『パレスチナの民族浄化』が実証的に検証する自国の戦争犯罪と、中東和平への希望> 今年は1948年の第1次中東戦争でイスラエルが建国され、パレスチナ難民が国際問題化して70年の節目である。最近では2017年12月にトランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことで国際的に強い反発が起きた。 20世紀最大の負の遺産と言われるパレスチナ問題だが、過去の歴史ではなく、なお中東と世界の平和を脅かす国際問題であることを印象づけた。 25年前の1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が合意したパレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)が崩れ、ブッシュ大統領、オバマ大統領の和平プロ
<12月にトランプがエルサレムをイスラエルの首都に認定したが、この決定が意味するところが明らかになってきた。2018年、パレスチナの新たな危機が始まる> トランプ大統領が昨年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認定し、米国大使館のエルサレムへの移転を指示すると決定した。この決定が何を意味するかについては、少しずつではあるが明らかになってきている。 まず、トランプ大統領の決定の内容を確認しよう。 「歴代の大統領は20年以上にわたって、エルサレムの認知を遅らせることが平和につながると信じて、法律の実施を拒否してきた。しかし、イスラエルとパレスチナの間の恒久的な和平の実現につながっていない」と、トランプ大統領は述べた。 その上で、「イスラエルが自国の首都を決定することを含む権利を持つ主権国家であり、この事実を認めることは和平の実現にとって必要な条件である」とし、「それは現実を認めることでしかな
シナイ半島でのモスク襲撃テロから3日後の11月27日に首都カイロで行われた追悼集会 Mohamed Abd El Ghany-REUTERS <300人超が死亡したシナイ半島の事件は、エジプトでモスクを標的とした初めてのテロだった。「サラフィー対スーフィー」という社会の亀裂が背景にあるが、暴力の連鎖につながってしまう可能性はあるのか> エジプトのシナイ半島で11月24日に起きたモスク(イスラム教礼拝所)襲撃事件は、300人以上という死者の多さだけでなく、この国でモスクを標的とした初めてのテロという重大性を持つ。 犯行声明は出ていないが、武装集団はイスラムの黒い旗を持っていたという現場の情報がある。黒い布に「アッラーのほかに神はない」というコーランの文字を白で抜いたもの。「イスラム国」(IS)の旗と報じられているが、IS出現以前からアルカイダ系組織でも使われており、イスラムの厳格な実施を追及
<10月下旬、シリアの「イスラム国」の都ラッカが陥落。しかし、シリアでは今も内戦が続き、市民が犠牲になり続けている。国際社会の関心が急速にしぼむなか、大きな懸念は――> シリアでの「イスラム国」(IS)の都ラッカが10月20日、米軍・有志連合の空爆の援護を受けたクルド人主体のシリア民主軍(SDF)によって制圧された。7月にはイラク側のISの都モスルがイラク政府軍によって制圧されており、ISが排除されたことで、シリア内戦に対する国際社会の関心も、日本での関心も、急速にしぼんでいる。 問題が何も解決してないというのもむなしいことだが、今後、国際社会の目が向かなくなることが大きな懸念となるだろう。 ダマスカスの東グータ地区は「安全地帯」のはずだが SDFによるラッカ制圧宣言の4日後の10月24日、シリアの人権組織「シリア人権ネットワーク」(SNHR)が「ダマスカスの東グータの包囲は集団的懲罰」と
<ベイルートの難民キャンプで41年前に起こり、いまも深い傷跡を残す「もうひとつの虐殺」。繰り返してはならないはずの悲劇は、なぜいとも簡単に風化してしまうのか> レバノンのベイルート南郊にあるシャティーラ難民キャンプの取材は今年で3年目となる。2015年以降、毎年1カ月から2カ月ベイルートに滞在し、取材してきた。今年は6月半ばから8月半ばの2カ月となった。 来年2018年は大規模なパレスチナ難民を生んだ1948年の第1次中東戦争から70年。その節目に合わせて、この70年間にパレスチナ難民がどのような経験をしてきたかを検証してみようと思って始めた取材だった。 最初からテーマを定めず、人々に幅広く話を聞きながらテーマを探した。どれだけ取材を重ねても、初めて聞く話が出てきた。取材を通して知ったのは1976年の「テルザアタルの虐殺」である。 いまは存在しないが、かつてベイルート東部に「テルザアタル」
<ラマダン後、取材していたレバノン・ベイルートのパレスチナ難民キャンプで銃撃戦が起こった。なぜ難民キャンプの中で無法集団がのさばっているのか> 私は6月半ばから、レバノンのベイルート南郊にあるパレスチナ難民キャンプ「シャティーラ」に通って取材をしている。6月下旬まではラマダン(断食月)で人々は日の出から午後7時過ぎの日没まで飲食を断つ。インタビューは空腹感が増す午後の遅い時間を避けると、午前中か午後の早い時間にするしかない。 しかし、人々は夜遅くまで起きていて、日の出前に食事をとって寝る。朝のスタートも遅い。ラマダンの間は昼間にインタビューをするのはきわめて効率が悪い。 ラマダンが6月24日で終わり、27日まで3日間の「イード・アルフィトル(断食明け大祭)」となった。休みが終わったら取材をもっと効率的にできると思った矢先に、難民キャンプで事件が起こった。 大祭の最終日の27日夕、シャティー
5月23日にヨルダン川西岸のベツレヘムで会談を行ったトランプ米大統領とアッバス・パレスチナ自治政府議長 Jonathan Ernst-REUTERS <イスラエルとパレスチナを訪問し、中東和平実現を約束したトランプ米大統領だったが、まるで観光旅行のノリだった。そしてその裏では、パレスチナ人政治犯のハンストやハマスの戦術転換など新たな闘争が始まる予感が広がっている> トランプ大統領の中東訪問が終わった。イスラエルとパレスチナを訪れ、中東和平合意という「究極の取引」実現を約束したが、3年前から止まっている両者の和平交渉再開の具体的な提案はなく、空虚な言葉だけが飛び交った。米大統領がイスラエルとパレスチナを訪問するということの重大性を考えれば、中身のない訪問である。 トランプ大統領はネタニヤフ首相に対しては「米国とイスラエルの断ち切ることのできない友情の絆を再確認した」と語り、「我々は友人以上で
シリアへのミサイル攻撃後、フロリダ州の別荘の一室でジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長からビデオ会議で報告を受けるトランプ大統領ら The White House/Handout via REUTERS <アサド政権軍によると見られる化学兵器攻撃を受け、トランプ米政権がアサド政権軍の空軍基地にミサイルを撃ち込んだが、この行動は決断力というより無責任ではないか。トランプのミリタリズム(武断主義)を示す兆候は他にもある> シリアのアサド政権軍によると見られる反体制地域イドリブへの化学兵器攻撃を受けて、4月7日、トランプ米政権がアサド政権軍の空軍基地に59発の巡航ミサイルを撃ち込んだ。 【参考記事】米軍がシリアにミサイル攻撃、化学兵器「使用」への対抗措置 シリア内戦が始まって6年になるが、米国によるアサド政権に対する武力行使は初めてである。トランプ大統領は化学兵器使用についてアサド政権を非難し
<内戦開始から6年がたち、いまも続くシリアの悲劇。ドキュメンタリー映画『シリア・モナムール』にも描かれる無差別「空爆」の残酷さは、約70年前、日本で30万人以上の死者を出した「空襲」とつながっている> 3月11日、シリア内戦を扱ったオサーマ・モハンメド監督のドキュメンタリー『シリア・モナムール』(2014年、公式サイトはこちら)の栃木県小山市での上映会に招かれ、上映の後、シリア内戦について話をした。私はこの映画を昨年の劇場公開前の試写会で見たが、すでに1年近くたち、細部の記憶が曖昧になっていたので改めて上映会で見直した。 映画は6年前の2011年3月に始まったシリア南部の都市ダラアでの大規模デモの映像から始まる。同年1月、2月にチュニジアとエジプトの強権体制を崩壊させた若者たちのデモ「アラブの春」が、シリアにも波及していた。ダラアでは10代の少年たちがアサド政権の崩壊を求める落書きを描いた
<2017年の中東は「踊り場の年」になりそうだが、力で抑え込まれた若者たちの不満や怒りは、なんら解決されていない。新たな危機のかぎをにぎるのは、駐イスラエル米国大使館をエルサレムに移すと公約したトランプ米新政権かもしれない> (写真:テルアビブにある駐イスラエル米国大使館) ※2017年は中東ニュースが減る「踊り場の年」に【展望・前編】 2017年は「踊り場の年」になると前編で予想した。シリア内戦では、ロシアとイランの支援を受けたアサド政権が反体制勢力に対して軍事的に優勢となった。イラクでは「イスラム国(IS)」への掃討作戦が続く。この状況では、中東での内戦も、欧米でのテロも、中東から欧米への難民の動きも、2015年のような深刻なレベルに達するとは考えられない。問題は続いても、国際ニュースで中東が占める割合は低下するだろう。 前編で書いたように、中東ではこの40年近く、深刻な危機がほぼ10
<「シリア内戦の行方」「イスラム国(IS)掃討作戦」「トランプ米政権の発足」に関心が集まっているが、今年の中東は「踊り場の年」になるだろう。2011年の「アラブの春」で始まった中東危機の6年間を振り返って整理してみると――> (写真:アラブの春の発端となったチュニジアの少女、2016年1月撮影) 2017年の年頭に、底なしの混乱の中にある中東を時間的、空間的に俯瞰してみたいと思う。 いま、中東についての世界の関心は「シリア内戦の行方」と「『イスラム国(IS)』の掃討作戦」であろう。さらに今月20日に米大統領に就任するトランプ氏は選挙戦の間、イランとの核合意の見直しに言及し、駐イスラエル米大使館をエルサレムに移すと発言している。米新政権発足で米国・イラン関係やイスラエル・パレスチナ問題がどのように影響を受けるが注目される。 2017年がどのような年になるかについて、私の予測は「踊り場の年」で
<12月11日、カイロのコプト教(キリスト教の一派)教会で爆弾テロがあり、27人が死亡、イスラム国が犯行声明を出した。6年前にもコプト教会でテロがあったが、その時とは状況が異なる。背景にあるのは、エジプト政治の激動と、イスラム教徒とキリスト教徒の関係の変化だ> (写真はコプト教会テロ犠牲者の葬列、12月12日、カイロ) 12月11日、エジプトのカイロにあるコプト教会で爆弾テロがあり、27人が死んだ。コプト教はキリスト教の一派で、エジプトでは人口の1割を占めている。過激派組織「イスラム国」が自爆ベルトを巻いたメンバーによるものとして犯行声明を出した。 暴力が蔓延する中東で、イスラム過激派がキリスト教徒を標的にしたテロと言っても、あまり驚きはないかもしれない。しかし、エジプトではコプト教会への爆弾テロは2011年1月1日に地中海に面したエジプト第2の都市アレクサンドリアのコプト教会で起きて以来
<シリア内戦でアサド政権軍による攻撃が激化するアレッポ東部。そこから「バナ」という名の7歳の少女が、英語で世界に発信している。「怖い。私たちのために祈ってください」――> シリア内戦でアサド政権軍による包囲攻撃が続いていた反体制支配地域のアレッポ東部。その北道部に11月26日、政権軍が侵攻した。アレッポは2012年7月に自由シリア軍など反体制武装勢力と政権軍との戦闘が始まって以来、両勢力がせめぎあってきた。今後、政権軍の攻勢によって、アレッポ東部の反体制支配地域が崩壊し、政権軍がアレッポ全体を支配下に置く可能性も強まっている。 政権軍は今年の7月以来、アレッポ東部につながる道路をすべて封鎖して、食料や医薬品などの供給を阻み、包囲攻撃に出た。同時にロシア軍と政権軍が無差別空爆を行い、おびただしい数の民間人の犠牲者が出た。シリアの反体制地域で人命救助活動をするボランティア組織「シリア民間防衛隊
Kobi Gideon/Government Press Office (GPO)/Handout via REUTERS <トランプ氏の中東の諸問題に関する認識には誤りも多いが、その発言内容をひもとくと、イスラエルの発想が透けて見える。トランプ次期政権がイスラエルの右翼と協調する初の米政権となれば、パレスチナ紛争やシリア内戦、ISとの戦い、さらには国際社会にも新たな危機が訪れるかもしれない> (上写真:9月にニューヨークで会談したトランプ氏とイスラエルのネタニヤフ首相。ネタニヤフ連立政権には右翼政党が参加している) 中東でトランプ氏の米大統領選挙の勝利が確実になった日、サウジアラビア系の日刊紙アッシャルクルアウサトのデジタル版は「トランプが世界を驚かせる。先が見えない米国の行方」と大見出しで報じた。 トランプ氏は選挙キャンペーン中の米メディアとのインタビューや演説で「なぜ、米国がサウジア
LEFT: Mie Ahmt-iStock., RIGHT: Creative-Family-iStock. <男女格差ランキングで、日本は144カ国中111位。「G7最下位」と報じられたが、むしろ「中東レベル」と言うべきだ。中東といえば、欧米から「女性差別」と批判されるイスラム教の国々だが、実はそれらの国々よりも日本のほうが深刻かもしれない> (写真はイメージです) ダボス会議で知られる世界経済フォーラム(WEF)が10月下旬に各国の「男女格差(ジェンダーギャップ)」を比較した今年の報告書を発表し、日本は世界144カ国中111位だった。朝日新聞は「主要7カ国(G7)で最下位」などという見出しで報じた。144位までのランキングを見れば、110位以下では中東の主だった国々16カ国が並んでいる。これを見る限り、日本の男女格差は「G7最下位」どころではなく、中東レベルである。 「中東レベル」とい
<国際社会は「無差別空爆」の非人道性に対する認識が低すぎる。5年半を過ぎたシリア内戦で、アサド政権軍とロシア軍が反体制地域に空爆を繰り返し、子供・女性を含むおびただしい数の民間人の死者を出している。米欧の有志連合による空爆でも同様だ。人権団体は悲惨な現状をリポートしているが、今も関心は低い> (写真は9月26日、アレッポで空爆に遭った後、生存者の捜索を続ける人々) 5年半を過ぎたシリア内戦で、アサド政権軍とロシア軍による反体制支配地域への激しい空爆がおびただしい数の民間人の死者を出している。8月中旬に、空爆で崩れたビルの瓦礫の下から救出され、救急車に乗せられた5歳の男児の写真が欧米のテレビや新聞で脚光を浴びた。全身が埃に覆われ、固まったように正面を見据える幼い姿は、戦争の悲惨を体現していた。 しかし、この男児の映像は、生きていたからこそ米欧や日本のメディアに出たものだ。ぼろぼろになった子供
<レバノン・ベイルートのパレスチナ難民キャンプで起こった大規模な虐殺から34年がたった。犠牲者数は数百人~3000人台。イスラエル軍は間接的な責任しか問われず、遺族は今も「罪を問うことをやめない」と誓う。市民の保護に無力で、無策だった国際社会の対応を浮き彫りにする事件だが、中東では今も同様の悲劇が続いている> (写真は1982年の「サブラ・シャティーラの虐殺」現場) 9月16日に、レバノンの首都ベイルート南郊のシャティーラにあるパレスチナ難民キャンプを訪れた。34年前の1982年のこの日、シャティーラと隣接するサブラ難民キャンプで虐殺が始まり、18日までの3日間、両難民キャンプで続いた。「サブラ・シャティーラの虐殺」である。キャンプの近くの地区会館で34周年の記念行事があり、当時、犠牲者が集団で埋葬された墓地まで行進があった。 記念行事の中でシャヒーラ・アブルテイナさん(58)が、遺族を代
<8月下旬にトルコ軍のシリア侵攻が始まり、シリア内戦は大きな転機を迎えた。トルコの主目的は、イスラム国(IS)ではなく、3月に「連邦制」を宣言したクルド人勢力の排除。米軍はクルド人軍事組織「YPG」を支援してきたが、果たしてどうなるか。越境攻撃の背景、各国の思惑と利害、クルド人勢力とスンニ派勢力の行く末は――> (写真:トルコ軍の支援によりジャラブルスを制圧した「自由シリア軍」の兵士、8月31日) トルコ軍によるシリアへの越境作戦が8月下旬から続いている。これまでシリア内戦に直接関わることを避けていたトルコが介入したことで、5年半を過ぎたシリア内戦は大きな転機を迎えた。イラン、トルコ、サウジアラビア、米国、ロシアという外国勢力の思惑と利害でシリア内戦が動く構造がより露骨となり、実際に犠牲を払うシリア人の意思とは全く関係なく、泥沼化していくことになりかねない。 トルコ軍のシリアへの越境作戦は
<激しい戦闘の続くシリア北部のアレッポは今、欧米メディアもなかなか入れない。その代役となっているのがシリア人の市民ジャーナリストたち。なかでも著名なハディ・アブドラは、「政権の暴力」や「瓦礫の中から救出されるシリア人」を撮って世界に伝えてきたが、彼自身が爆弾テロに遭い、瓦礫の下敷きになって重傷を負った。8回の手術を経て50日ぶりに現場復帰したアブドラは......> (写真:現場復帰後、反体制武装組織アハラール・シャム運動の司令官にインタビューするアブドラ=アブドラのリポート映像より) 7月初め以来、シリア政府軍による封鎖が続いている同国北部のアレッポ東部地域で、6日に反体制勢力が封鎖を解除したと宣言した。現地からの報道では、反体制勢力が8月になって大規模な攻勢に出ている。政府軍も空爆を強化しており、なお激しい攻防が続いているようだ。 【参考記事】内戦下アレッポで住民200万人の水道網がス
<欧州と中東をつなぐ地域大国トルコで、15日夜から発生したクーデター未遂事件。過去3度もクーデターが起きた国だが、今回は失敗に終わった。なぜクーデターが起き、そして失敗したのか。エルドアン大統領は今後どういう手を打つのか。これでトルコは名実ともに民主主義国となるのか> (写真:ボスポラス海峡の橋で、クーデター未遂に関与し投降した兵士を殴打する市民、16日) 15日午後10時前、英国放送協会(BBC)で「ブレイキング・ニュース(ニュース速報)」として「トルコのクーデター」の文字が流れた。私がいるエジプトとトルコは1時間の時差で、トルコは午後11時前となる。「イスタンブールでボスポラス海峡にかかる橋を軍の戦車が封鎖」という。そのうち、「軍が国営放送TRTを占拠」「イスタンブールのアタチュルク空港が軍に占拠され、全出発便が停止」というニュースが出て、ただならぬことが起こっていることが分かった。
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