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大阪万博
tsutomu-uematsu.hatenablog.com
最近の若い子に、「趣味は?」と尋ねると、返答に困る人が多いです。 その理由をさんざん尋ねて見た結果、どうやら、人より優れていないと、趣味と言えないと認識している人が多いようです。 たとえば、 「絵を描くのが趣味です」と言おうものなら、 「え?どんなの描いてんの?え?こんなもん?これならだれでも描けるわ。」 なんて言われたら、もう二度と、「絵を描くのが趣味です」とは、言えなくなってしまうかも・・・。 料理でも、「え?こんなもん?これならだれでも作れるわ。」 歌でも、「え?こんなもん?この程度の人は沢山いるよ。あの人の方がもっとうまいわ。」 なんで、こういうこと言うかな。 以前、ある大学生と話をしました。 アメリカのエアレースの話です。彼は珍しく、エアレースが好きなようでした。 そこで僕が好きな飛行機の話をしたら、「そんなのより、こっちの方がもっとすごいですよ。エンジンはなになにだし、プロペラ
つらいことを我慢するのが強さだ! ということを、習った人は沢山いるでしょう。 最近の若い子は、つらい経験をしていないから、こらえ性が無い。根性無しだ。と言い切る大人も沢山います。 さて。 僕が、炎天下でも、いつもと同じツナギを着て、ネクタイ締めて、汗だくでロケット打ち上げまくってるのを見たことがある人もいるでしょう。 僕が、酷寒の中でも、いつもと同じツナギを着て、ネクタイ締めて、でロケット打ち上げまくってるのを見たことがある人もいるでしょう。 僕が、20キロの荷物を背負って、数キロの道のりを歩いてくるのを見た人もいるでしょう。 さて、僕には根性があるのでしょうか? 答えは、僕は暑さや寒さに鈍いです。そして、僕は、暑さや寒さを経験しているので、適切な対処ができてるだけです。 それは、僕の根性では無く、「経験値に基づく知恵と工夫」です。 また、僕が重い荷物を背負って歩くのは、知らない街を見て歩
誰かが、「ペーパークラフトをやってみたい。」と言ったら、 僕だったら、 道具とか、コツとか、いろんな情報を提供できます。 誰かが、「ロケットを作りたい。」と言ったら、僕だったら、 道具とか、作り方とか、打ち上げる場所の提供だとか、いろんな情報を提供できます。 誰かが、「サバゲーをしたい。」と言ったら、僕だったら、 道具とか貸せるし、場所もあるし、イベントに誘えます。 誰かが、「マグロを釣りたい。」と言ったら、僕だったら、 うちの会社の人の中に、マグロを釣りに行った経験がある人がいるから、その人を紹介できます。 誰かが、「フェラーリに乗りたい。」と言ったら、僕だったら、 フェラーリやランボルギーニを持ってる人を知ってるから、その人からアドバイスを得られます。 僕の、51年間の経験と、人脈は、きっと誰かの挑戦を助けるアドバイスになります。 でもね、もしも、経験が乏しく、人脈も狭い人だったら、ど
僕は、子どもの頃、自分が会社の経営者になるとは思っていませんでした。 もちろん、担任の先生も、そう思わなかったでしょう。 親も思わなかったと思います。 未来は、誰にもわからないです。 これは、間違いなく言える真実です。 だから、わからない未来を悲観する必要もないし、絶望する必要もありません。 だのに、多くの人が、未来を悲観し絶望します。 わざわざ、未来を「どーせ思うようにはならない」と想像します。 そして、現在すべき努力をやめてしまいます。 ときには、この勝手な憶測の思い込みで、捨て鉢になったり、やけを起こして、 暴力をふるったり、自分を傷つけたりする人もいます。 また、他人がうまくいくのが悔しいから、他人の夢や希望をつぶしたりします。 だから、未来は、まさに思った通りに、悲観的で絶望的なものになっていきます。 なぜ、わからない未来を悲観するのか? それは、小さい頃にさんざん言われる、 「
最近、民間の宇宙開発の話が盛り上がっています。 ていうか、こういうのは、過去に何度も経験しています。 思い起こせば、10年ほど前には、民間宇宙旅行がかなり盛り上がりました。 その頃に、植松電機はガイアの夜明けという番組で取り上げられました。 でも、あのブームもどこへやら・・・ で、ここのところ、いろんな人から、宇宙開発のビジネスについて質問されます。 でもその質問は、全部同じです。 「小型ロケットで人工衛星を打ち上げるビジネスをやるのですか?」です。 僕の答えは、「やるつもりはない」です。 そうすると、質問した人は、みんなきまってがっかりした顔をします。 僕が、自分の会社で、小型ロケットで人工衛星を打ち上げるビジネスをするつもりがない理由は、明確です。 小型ロケットで人工衛星を打ち上げるビジネスをしたい人は沢山います。 この中で有利なのは、「すでに飛ばしてる人」です。そういう人は世界的には
なにをしていいのかわからない。 なにができるのかわからない。 なにかやっても、うまくできない。 自分には、自慢できるようなところが何もない。 普通のひとより、不器用で下手くそだ。 だから、 なにをしていいのかわからない。 なにができるのかわからない。 こんな自分は、働く事なんてできない気がする・・・ と、思い込んでしまっている人は、少なくないかも。 実は、 なにをしていいのかわからない。 なにができるかもわからない。 という状態は、自信がないから、自分の考えることを信じられない状態です。 この状態から抜け出すためには、自信を増やすことが一番効果的です。 んなことはわかってる。自信が無いから困ってるんだ。 という人は沢山いると思います。 そういう人は、自分の自信が、いつから無くなったのかを考えてみるといいかも。 以前、植松電機に来てくれた女子大生に、ロケット作ってみる?と言ったら、 彼女は、
「努力をすると、ずるいと言われるんです。」 という相談を受けました。 はい。そういうケースは、かなりあります。 よくあることだから、気にすんな!なんていう回答はしません。 勇気を出して相談してくれた人には、 真剣に向き合うべきだと思います。 自分にかかわる、ある問題に気がついたとき、 普通の人は、その問題を解決しようと思います。 たとえば、世の中の、悲しいことや、苦しいことや、不便なことを、解決したくなるのは、人間が生まれ持つ資質のような気がします。だからこそ、人間は進化できたんだと思います。 問題が、なぜ問題なのかを考えることで、原因が見えてきます。 原因の原因まで考えるのも大事です。 そういう分析を進めていくと、 「こうしたら、こうなるだろうな」という仮説が見えてきます。 その仮説は複数見つかります。 その中で、最も、投資に対して効果の高そうに思えることからやるのが、効率的な問題解決に
昨日、NHKで、子どもの貧困の問題を取り上げていましたが、� 「みんなができていることができない」ことが、「かわいそう」という感じで表現されていたのは、ちょっと腑に落ちませんでした。 例として「お金が無くて部活をあきらめた」というのがあったけど、 もしも「部活をしない」ことが、将来の可能性にマイナスであるというなら、 そもそも部活をしてない人はけっこういるし、部活でひどい目にあって、部活をやめてしまった人は、マイナスになっちゃうの? 「お金が無くて、進学をあきらめた」も、マイナスだとしたら、そもそも進学しない人はダメですか? なんとなく、「進学ありき」「進学にはお金がかかる」の価値観を押しつけられているような感じを受けてしまいました。 お金が無いから、進学できないから、貧困になる。 という表現は、正しくないと思います。 無理して進学したって、働けてない人がいます。そういう人は、学費や奨学金
僕は、石炭を掘る町に生まれました。 だから、永久に続く仕事はない、ということを知りました。 どんな仕事も、寿命があります。 僕が高校生の時には、「日本語タイプライター」の資格がありました。難しい資格でした。 でも、まもなく、「ワープロ」の資格になりました。まだ、液晶が2行とか3行しか表示できない時代です。その資格も、結構大変な資格でした。 でも、ワープロって、いま見かけなくなりましたね。日本語タイプライターに至っては、博物館でしかみられないかも。 資格は、永久に仕事を保障するものではありません。 当時は、写真の30分プリント、が一気に成長した時代でした。 そこら中にDPEショップができて、1千万円ほどもする装置をどんどん導入していました。 でも、そのブームは、デジタルカメラと、インクジェットプリンターの普及によって、 ほんの15年ほどで急激に縮小していきました。 僕は、歴史が好きだから、歴
消費型社会の売り上げを増やすのは簡単です。 (1)わざと壊れるモノをつくる。 (2)家族や仲間をばらばらにする。(世帯数を極限に増やす) (3)不安やコンプレックスをあおる。自信を売る。 (4)無能にする。自分には何もできないと思い込ませる。 これをやると、間違いなく消費は増えます。 で、僕の目から見て、今の日本は、まさにこれをやってるように見えます。 対抗策は (1)壊れたらなおす。長持ちするものを買う。時間あたりの価値低下の低いものを買う。 (2)みんなで楽しむ。みんなで分け合う。ちょっと不便だけどいろんなことをシェアする。 (3)本当の自信を増やす。自分で価値を考える。 (4)自分でできることを増やす。やったことが無いことをやる。 です。 これができると、おそらく、支出が減ります。 日本経済は成長し続けている、という報道がなされていますが、 実感してる人は少ないと思います。 まもなく
僕は、年間に100校ぐらいの学校に講演に行きます。 そこで、ときどき出会ってしまう現象があります。 それは、チンピラ先生です。 「おるぁー!なにもたもたしとんじゃあああああ!」 ポケットに手を突っ込んで、巻き舌で怒鳴って、肩を揺らして威張る様子は、 もはや町中でもなかなか見かけない、昭和のチンピラです。 おそらく、いまの子達は「チンピラ」の意味がわからないかもしれません。 ゴボウとにんじんを炒めたものではないです。それはキンピラ。 「チンピラ」は、wikipediaにありますね。 でも、それをやってる先生にとっては、それは、恐怖だったのでしょう。 自分が恐怖を感じたからこそ、それを使うのだと思います。 その先生も、それをやられたのだと思います。 でもね、教育現場で、恐怖を生徒の行動の制御に使用するのは、文化的ではないです。 そして、言語による交渉をやめたチンピラスタイルでも、指示に従わない
世の中は思うとおりには行かないです。 かならず問題が生じます。 それは、どんな人にも降りかかります。 その問題に出会ったときに、 それを改善する努力をするのか、しないのかで、大きな差がつきます。 たとえば、企業の景気が悪化して、売り上げが落ちたとします。 売り上げを回復するための手段として、 (1)新規販路開拓 (2)新製品開発 などが容易に思いつくと思います。 でも、実際には、 「いまでさえ忙しくて一杯一杯なのに、新規販路なんて開拓する余力がない。」 「同上、新製品なんて開発できる余裕がない。」 「新製品を開発したって、市場に理解されるわけがない。」 「新製品を開発するような開発力も資金もない。」 という意見があると、なにもできません。 その結果、どんどん業績が悪くなり、最終的には、会社がなくなり、みんな仕事を失う。 というケースはよく見てきました。 余裕や余力は、普段からあるわけではな
僕は34才で会社の経営者になりました。 それまでは、植松電機は、僕と父さんだけの青色申告でした。 父さんは、人を雇用できませんでした。 自分の思う通りにならないと「バカヤロ」「コノヤロ」の人でした。 だから、父さんは、技術があるので、よい仕事をしていましたが、会社を経営できていたとは思えないです。 だから僕も、会社経営を全く知らない状態で経営者になりました。 わからないことだらけです。 そんな僕に、先輩経営者がいろんなことを教えてくれました。 「社員を信じない方がいい。親密にならない方がいい。裏切られる。」と 教えてくれる人が沢山いました。 おそらく、そういう経験をしてきたのだろうと思います。 でも僕は、だめでした。会社で働く人を、「社員」とか「従業員」と思えないのです。 だから、家庭のこととか、いろんなことまで気にしてしまいました。 でも、裏切られたことはないと思います。 もちろん、世間
人間は自分の経験と知識に基づいて行動します。 その経験と知識は、たいていの場合は、外部からもたらされます。 自分で考えて行動し、その結果を、自分で考えて、さらに行動する、という「一人PDCA」が出来ている場合は、根拠のある思考と、根拠のある行動ができます。それは、とても強い力です。 でも、「なんだかわからないけど、こういうもんだ」と暗記させられた経験や知識は、いざという時の力にならないことが多いです。 なぜならば、自分で検証出来ていないから、根拠に乏しいからです。 また、こういう根拠の乏しい経験と知識しか持たない人は、 自分を守るために、自分の経験と知識を、 「一般的には」「普通は」「常識的に」「世の中」と表現することが多いです。 (僕は、こういう言葉を自分の意見を正当化するために使う人の意見は、情報的価値がとても低いと判断しています。) 思い起こせば、僕を教育してくれた人達の多くが、 根
僕が時々違和感を覚えるのは、 「年上を敬え」という圧力を、 「年上」が「後輩」に押しつけるシーンです。 え、それって、「俺を敬え!」って言ってるってこと? あのー、すいません、何様ですか? 主に体育会系経験者によく見られる言動かな、と思いますが、 そうとも限りません。 体育会系の情報を又聞きして、よくわからないままに劣化コピーしてやってる文系の人もいます。 で、ちなみに、こういうことを自分で言っちゃう人は、 年下から敬われていないと思ってる人です。 そして、敬われないのには理由があります。 尊敬や信頼を得られない行動をしています。 僕はいろんな大学生と関わりますが、 プロジェクトマネージャーに、うっかりこういう人がなったら 悲劇です。 高圧的にいばりちらし、的を得ないちぐはぐな命令をします。 具体的な指示をしないくせに、他人がやったことに対しては、 文句をつけ、修正をかけます。 こんなこと
とてもつらいことや、苦しいことや、気に悩むことががあったとき、勇気を出して、誰かに相談してみたら、 「そんなの気にするな。世の中そういうもんだよ。自分もそういう目にあったけど大丈夫だった。」と言われることがあります。 絶望しますね。 「え〜、気にしてる自分が弱いの?ダメなの?普通じゃないの?」 って思ってしまうかもしれません。 「相談するんじゃなかった・・・」 と、うっかり相談してしまった自分を責めるかもしれません。 でもね、 そもそも、「気にしてること」を相談してるのに、「気にするな」という回答の方がどうかしています。 おまけに、「世の中そういうもんだ」は、情報量として1ミリも増えません。 「自分もそういう目にあったけど大丈夫だった。」に至っては、「なにそれ自慢?」です。 似たパターンとしては、 自分が仕事でうまくできない事があって、その悩みを相談したときに、「なんでそんなこともできない
たとえば、登山をしようと思ったとき、それを誰かに話したとします。 そのときに、 「山登ってなんになるの?」 「天気が急変するかもしれない。」 「遭難するかもしれない。」 「道具もってんの?」 「山はそんなに甘くないよ。」 「すごい体力ないとムリだよ。」 「地図読めて、コンパス使えないとムリだよ。」 などなど言われたら、登山をやめたくなるかもしれません。 でも、おそらく、最もいいアドバイスは、 「まずは、近所の簡単な山から登って、体力つけたらいいよ。」 だと思います。 おなじことは、きっと、夢についても言えると思います。 沢山の人が、出来ない理由、無意味な理由をおしえてくれます。 それは、ナンボ聞いても、結果はゼロです。 もっともいいのは、 「まずは、近くの簡単な夢から叶えてみたら?」 じゃないかなと思います。 たとえば、起業したい!と思ったら、 まずは、仕事をしながら、土日等を利用してやっ
東北の震災で大きな被害を出した、小学校の裁判が行われています。 僕は、この裁判にとても注目しています。 その小学校では、地震の後、生徒を集めて、人数確認をしたそうです。学校が避難場所に指定されていたので、そこからさらに批難しようとしなくても、当然と言えば当然です。 でも、津波到達の数分前に、市の広報車が、想定外の津波が来ているから批難するように放送をしたそうです。 でも、そのあとの避難場所の検討にも時間がかかり、 結果的には、大勢が逃げ遅れてしまったそうです。 学校の先生の行動は、規定の範囲内で行動しています。 規定された避難場所から動かない、という判断をしました。 想定の範囲外の状態になってからは、 逃げる判断をした先が、被害にあいました。 だから、先生も学校もすべきことをしているといえます。 でも、それではスッキリしない人もたくさんいるはずです。 むずかしいのは、 想定外の事が起こった
僕は、あんまり空気が読めないと思います。 そのせいか、小さい頃から、「集団行動が出来ない」と言われていました。 そんな僕が、学校で一人きりのことが少なくなかったです。 高校の頃は、一人で弁当を食べることも多かったです。 でも、僕はそれが、まったく気になりませんでした。 人からどうみられているのか?が、よくわからない人間なんだと思います。 そんな僕だから、見えたものもあります。 最初は、一人のからかいや、冗談からはじまります。 されてる方も、笑っています。 やがて、それを何人かがやるようになります。 されてる方は、ちょっと戸惑いながら笑っています。 やがて、それが、エスカレートしていきます。 大勢が笑ってからかいます。つついたりするだけだったのが、 強く叩いたり、殴ったりになります。 されてる方は、痛がり、やめてと頼みます。 そうしたら、さらにエスカレートしていきます。 毎日それです。 授業
僕は、子どもの頃に、「みにくいアヒルの子」というお話しと出会いました。たしか、小学校の道徳に時間に、紙芝居で見たような気がします。 クラスのみんなが、「自分と違う」だけで攻撃するアヒルたちを、 「ひどいことをするなあ」と思いました。 でも、現実には、「自分と違う」を攻撃する子はたくさんいました。先生さえもそうでした。 「差別」は、身近にあります。 性別だったり、国籍だったり、住まう地域だったり。 そして、もっとあいまいなことでも、差別はおきます。 努力をしていると、「よーやるわ」「できるわけもないくせに」「そんなことして、意味なくね?」とバカにされます。 努力が実ったら「うまいことやりやがって」と妬まれます。 とても残念なことに、努力が「むだなこと」や「ずるいこと」と言われます。 そう言う人達は、努力をしない人達です。 彼らは、自分と違う人を攻撃しています。 この原因は、保守だと思います。
「わかる」「わからない」の二つでしか 物事を考えられない人が増えています。 「わかる」「しってる」がピンポーンで、 「わからない」「しらない」がブブーです。 あんた、そんなこともわかんないの? おまえ、そんなこともしらないの? いままで、なにやってきたんだ!? 親の顔が見てみたいわ。 というような罵倒をされたことがある人は、 「わからない」と「しらない」が恐怖になります。 だから、わかってる、と思えることにであったら、 「ああ、それならわかってる。あれでしょ?」というかんじで、 安心しちゃうから、それ以上知ろうとしません。 わらないことにであったら、 「そんなの、わかる必要もないわ」「意味なくね?」と 否定することで自分を守ろうとします。 でも、世の中には、正解がない問題は山ほどあります。 「わかった」「わからない」だけで世界を判断する人達は、 自分の理解の枠を越えた思考は不可能です。 と
僕は、飛行機に沢山乗ります。 だから、マイレージカードが黒いです。 おかげで、常に、ファーストクラスの対応をしていただけます。 飛行機の搭乗手続きも、別なレーンから入れます。 そのレーンでも、することは、他のレーンと変わりません。 でも、違いがあります。 そこで働く係の方達が、みんな、すばらしくにこやかで丁寧で上品です。 ずーっと、その違いを疑問に思っていたので、 僕以外にお客さんがいないときには、 なるべく、「なぜ上品なのか?」を質問するようにしています。 でも、たいていは、「そんなことないですよー。えへへへへ。」でごまかされてしまうのですが、 ようやく、比較的ちゃんとした答えを得ることが出来ました。 特別扱いレーンの手荷物検査の係の人が上品な理由は (1)お客さんとの接し方がよい人が選抜されている。 (2)接するお客さんが上品なので、比較的嫌な思いをしない。 だそうです。(もちろん、空
夢は、やってみたいこと。 でも、なにもやりたいことが思いつかない。 という人は、 もしかしたら、 やりたいことと、できそうなことを、間違えてないかな? やりたいことを考えるとき、 「やったことがないからできなさそう」 「うまくいかなさそう」 「じょうずにできる自信がない」 「どうやったらいいのかわからない」 と思ったら、なにもできなくなります。 やりたいと、おもったときに、 できそうか、できなさそうかで、考えるのではなく、 なにを乗り越えなくちゃいけないかを考えて、調べて、乗り越える努力をすると、どんどんいろんなことができます。 どんな人も、最初は初心者です。 だから、初心者であることは、マイナスの条件ではありません。 また、やった事がある人の人生をなぞるのも効果があります。 僕は、ロケットを作ることになったとき、 過去に読んでいた、オーベルトや、ゴダートや、フォンブラウンの伝記がとても役
人生は、なかなか思うようにはならないです。 一発目からうまくいくことなんて、ほとんど無いです。 そして、人間は、一度しか生きられないから、 やったことがないこととしか出会わないです。 だから、みんな確実に失敗します。 思うようにならなくて、悲しかったり、悔しかったりします。 そのときに、どうするかがだいじです。 うまくいかなかった原因を考えて、 対策して、もう一度トライするのが、もっとも効果的です。 ところが、うまくいかなかった時に、 自分を責めてしまう人がいます。 もしくは、誰かのせいにしたり、なにかのせいにしたりする人がいます。 その場合には、そもそもリトライをしていないので、 うまくいくことはないです。 失敗の記録しか残らないです。 そういう人は、「世の中そんなに甘くない。夢は叶わない。」と言うようになります。 でもそれは、正しくないです。 そして、そういう人だって、もともとそうだっ
世の中には、 「努力なんかしたってムダだよ。」と教えてくれる人がいます。 その言葉を鵜呑みにして、 「努力しても無駄かぁ・・・」と思い込み、 努力をやめてしまった人達は、 夢をかなえられなくなります。成長できなくなります。 そんな自分がつらいから、 やがて、反撃してこないような人の夢を潰すようになります。 (反撃されるのが怖いから。) 「努力なんかしたってムダだよ。」と教えるようになります。 それは、どんどん、連鎖します。 自分よりも弱そうな人に濃縮されていきます。 だから子ども達が犠牲になります。 なんてくだらないことでしょう。 こんなくだらない連鎖を断ち切るためには、 「努力は必ず報われるよ」を教える大人が必要です。 楽しい人生を伝えられる大人が必要です。 「努力なんかしたってムダだよ」と教える大人の数より、 「努力は必ず報われるよ」と教える大人の数が勝ったとき、 その国は、きっと、幸
失敗をしないことは簡単です。 (1)なにもしない =能力は、低下する一方です。 (2)できることしかやらない =能力は維持されますが、成長はしません。 (3)誰かの言うとおりにしたら、だれかのせいにできる。 =思考力も判断力も個性も失います。 失敗すると、いやです。 失敗した自分を責めてしまう人もいます。 自信を失ってしまうかもしれません。 でも、実は、失敗をしない努力をすると、 能力を失い、成長できなくなり、個性も思考もなくなり、 結局は、どんどん自信を失うことになります。 人間は、生きていくために自信が必要です。 でも、自信は、お金で買えません。 誰かを見下しても、 勝負事で勝っても、手に入りません。 自信は、勝負を避けても、一人ぼっちでも、守れません。 自信は、やったことがないことをやると増えます。 でも、やったことがないことをやるのは不安です。 失敗するかもしれません。 でも、失敗
ガールズアンドパンツァーの映画を見ました。DVDだけど。 まあ、細かいところが凝りまくりです。 なんでも、作ってる人達が、勝手にこだわってしまったそうです。 その結果、ものすごい密度の映画になってしまいました。 以前働いていた会社では、 「奇跡は仕様書に書かれていない」という言葉がありました。 奇跡は、お人好しが、余計なことをしたときに起きるそうです。 まったく、そうだよなあ、という経験を何度もしてきました。 逆に、 「そこまでする必要あるの?」 「なにむきになってんの?」 「余計なことしたら損をする。」 という言葉では、奇跡は起きないです。 それどころか、他と差別化ができなくなり、 勝負所は、安価しかなくなります。 それは、つらい勝負です。 安いから、沢山売らなければいけなくなって、 沢山作るから忙しくて、 金銭的にも、時間的にも余裕が無いから、 新しいことをためしたり、くふうすることも
昨日は名古屋でお話しをさせていただけました。 名古屋商工会議所の青年部「若鯱会」の皆さんが招いてくださいました。 会場を満杯に埋め尽くす人。 準備も段取りも、完璧でした。 そして、懇親会。 いろんな人とお話ができましたが、 話せなかった人もいたと思います。心残りです。 若手の経営者の皆さんが、みなそれぞれに、がんばっていました。 人知れず、夢に向かって努力していました。 なにかしらの「もうからない」夢を追いかけていました。 そういう彼らは、まわりから聞こえてくる 「よーやるわ」 「そんなことする余裕あっていいね」 「なにそれ自慢?」 「偽善者」 という声に苦しんでいました。 これは、僕もさんざん言われています。 でも、間違いなく言えることは、 こういう事を言う人達は、なにもしません。 だから、悪口に負けさえしなければ、そういう人の存在は、 人生にまったく影響しないです。窒素みたいなもんです
僕は、これからの時代に必要な資質は、 やったことがないことをやりたがる あきらめない くふうする だよ、と何度も言っています。 それには、根拠があるのです。 これから、ロボットのおかげで、仕事がどんどん人間を必要としなくなります。 だから、新しい仕事を生み出す必要があります。 新しい仕事は、 世の中の、悲しみや、苦しみや、不便を、 なんとかしよう、という心から生まれます。 その心は、優しさです。 で、優しさは、自信から生じます。 なぜなら、自信が無い人は、自分を保つために、自分以下を必要とするからです。 そして、自分を保つので精一杯で、他人のことにかまっていられません。 そして、自信は、お金で買えません。 自信は、人を見下したり、自分以下を作っても手に入りません。 自信は、一人ボッチで守れるものでもありません。 自信は、やったことがないことをやると増えます。 だから、これからの時代に必須の
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