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sasagimame.hatenablog.com
2018年11月30日、ジャニーズJr.の人気ユニット・Love-tuneが全員退所を発表した……こととは全く関係ないアンケートの結果です。4月まで特に動きないだろうと思ってたのに、まとめてる間に状況動いててびっくりだよ!嬉しいことだ。 このアンケートをとるにあたって、「人格とは???」って聞かれたりもしたのですが…何だろう、感覚的なところが大きいですよね…。 割とわかりやすいのが、自担に対して「母親みたいな気持ちで見ることがある」とか「プロデューサーみたいな気持ちになることがある」とかではないでしょうか。自担を見て生まれた感情が、「自分じゃない何か」みたいだと感じる時に、何に例えられるか…みたいな。余計わかりづらいですかね…でも、例えば自担じゃなくても、なぜか自担の後輩のファンに対して偉そうな人とかは、「先輩のオンナ」人格が発動しているんじゃないかな、などと思います。 個人的に安井さんに
11月30日、ジャニーズJr.のユニット・Love-tuneの全員退所が発表されました。私の一番好きなユニットです。 他担の友達と話した時には「意外と元気そうな反応だったのでよかった」と言われたりもしたんですが、私の落ち込みのピークがサイゾーウーマンの記事(16時ごろ)くらい*1。電車で涙目になり、駅のトイレで一生懸命目薬さしてアポ先行って、仕事終わりにらぶ担と飲みに行く約束も取り付け、実際に発表された時(19時)には「き、きたーーー」となんか退所ハイになってしまったという感じです……が、後から来る、退所ローが。すなわちこれ、「HiGH&LOW THE 退所」。HIROさん映画化してよ!! とはいえ、これまで、本当にこの数ヶ月封印されし名称†Love-tune†…a.k.a.名前を呼んではいけないあのグループ…などと茶化してるけどもガチでその時表に出る人も口に出せず、「メンバー(なんの?)
まあ大体私のブログを読んでくれる方は、私がジャニーズJr.の中のユニットのLove-tuneがとても好きだということはわかっていただけると思いますが、実はそのLove-tuneの動く姿をもう半年ほど見ていません…。生の姿、という意味ではなく、映像でも見ることができない。しかし先日友達と話してた時に「Jr.担以外は、Love-tuneの現状知らないらしいよ」「まじで????」という話になり、何か書こう……と思って書いてた途中で、さらにタッキー&翼の解散などあったりして、「おお…」という感じになっています。 これまでなぜあまり思ったことを書かなかったかというと、騒ぎになってLove-tuneにケチがついてはいけないのでは、という点が大きかったです。だから夏の現場がなくても、少クラの収録に出なくなっても、テレビ番組でハブられても、雑誌に載らなくなっても、帝劇の出演者に名前がなくても、何のこととは
なんかぬるっとついにWEBニュースにジャニーズ解禁ということで、びっくりしました。前にこんな記事を書いたので、2018年版をまとめておきたくなりました。 sasagimame.hatenablog.com 今回のジャニーズ事務所の声明文?を全文載せてる記事を見た気がしたんですが、見つからなかったので経緯が詳しく書いてあるこちらを。 headlines.yahoo.co.jp と思ったら、全文載ってる記事を教えてもらいました!ありがとうございます。亮ちゃんの顔が出てくるの改めてすごい…でもこの写真赤み強すぎでは…。 www.huffingtonpost.jp まとめた内容について、ざっくりは合ってると思うのですが、細部をすごく調べたわけではないので、何かご指摘ありましたらご連絡ください。書いてるうちになんで私はこんなのをまとめてるんだろ…ってよくわからなくなってきた…ジャニーズってなんなんだ
12月23日に岡田准一さんが結婚して、V6の既婚者が3人になった。ということで、これまで担当グループの結婚に個人的にどんな感情を抱いたか振り返っておこうと思いました。年始から細々と書いていたら、長野さんも第一子発表となった上にキンプリもデビュー発表してしまった(関係ない)。おめでとうございます。 タイプとしては、けっこう自担の恋愛事情に対して淡白な方なので、全然共感できないよ、という方もいらっしゃるとは思いますが、一個人の気持ちですので、あしからず。 井ノ原快彦の場合 井ノ原さんは、2007年9月28日に、V6のコンサートツアー「Voyager」の初日、代々木体育館第一競技場で結婚を発表しました。MCの時に、急に坂本さんが「井ノ原から、僕らにとっても皆さんにとっても大事なお知らせがある」という真面目な感じの雰囲気で語りはじめ、井ノ原さんが「私、井ノ原快彦は、兼ねてからお付き合いさせていただ
こいつ毎日Twitterで「ビリー・エリオット」の話してんな…うざいわ……等と思われるんじゃないかと思いつつも、まだ全然チケットが買える〜!こんなやすやすと観れるのに観ない人がいるなんて、どういうことだよ〜!!とじたばたしてしまうので、どこが好きなのかを振り返りたいと思います。堀社長はぜひおじさんにも見てもらいたいと思ってるらしいし、私もそれはぜひと思ってるんだけど、おたくとしてしか語れないから申し訳ない。やすやす買えると言ってももちろんだいたい埋まってるんだけど、当日券も毎日いっぱい出てるよ!(ダイマ) 好きな理由 「ビリー・エリオット」について、初めてちゃんと知ったのは2015年でした。映画の「リトル・ダンサー」をミュージカル化した作品だとか。この舞台を撮影した映像を映画館で見られるということを知り、何の気なしに、本当に何の気なしに「いいミュージカルが映画で観られるなら」と映画館に行っ
2016年11月29日、いい肉の日。私が2001年から15年間応援していた、ジャニーズ事務所所属・V6の長野博さんが、女優の白石美帆さんと結婚されました。Twitterにも色々書いていたんですが、なんとなくまとまった文章で気持ちを残しておきたいと、筆(概念)をとらせていただいた次第です。いやお前、最近安井謙太郎(Love-tune)にずぶずぶハマりすぎでしょとか、祝福する文章なんか読めるかといったようなご意見もあるでしょうが、私のブログだから書きたいこと書くよ。あたしゃ書くよ!!! だいたいの感想 まあ普通にお仕事していたところに、何気なくTwitterを開いたら「長野くん結婚」の文字。最初に思ったことは、ショックとか辛いとか、逆におめでとうとか、そんな言葉にできるような感情ではなく、とにかく「ちょっとwwwww」でした。これは振り返ると「何の前触れも感じなかった」「誰か結婚するにしても博
Love-tune振り返りの続き。7月〜10月分です。 sasagimame.hatenablog.com 7月 7月7日 前半3誌で7人がLove-tuneとして登場 7月16日 サマステグッズのクリアファイルで安井、真田、森田、萩谷、諸星の5人として登場 7月17日 サマステのサイトで、Love-tune7人記載 7月19日 日本テレビ『PON!』おとなりJr.真田佑馬 7月24日 後半2誌で7人がLove-tuneとして登場 7月25日 日本テレビ『PON!』おとなりJr.諸星翔希 7月26日〜29日 サマステ、高橋海人/Snow Man/Love-tune公演 サマステのクリアファイルに5人しかいなくて相当ざわざわしましたが、即7人でLove-tuneということがわかって、ひと安心というところでした。時系列的に、6月あたりにクリアファイルの撮影があったのか?5人構想があったのか?と
いつの間にかJr.ユニット乱立時代となっていたこのご時世に、新たに現れたユニット・Love-tune。2016年3月4日に突如として名前が発表されたのちに、メンバー増員等でおたく界隈を騒がせ、現在7名で活動しています。この半年、と1か月とちょっと、ファンの心をワクワクざわざわとさせながら駆け抜けたLove-tuneの動きを振り返っておきたいと思いました。Love-tuneのはじまりを、ちゃんと残しておきたい。 と、ちょっとセンチメンタルな感じで初めてみましたが、要は、絶対忘れるからね……。本人たちもおたくも時が経つと記憶がめちゃくちゃになるというのはV6のデビュー時について調べていた時によくわかったし、むしろすでに忘れそうになってるので、現場が落ち着いたところでいったんという気持ちです。バリバリ主観&淡々&ブツブツと語ってるのでよろしくお願いします。 参考までに現行のJr.ユニットの結成年
前回よりだいぶ時間が開いてしまいましたが…ちょっとクリエが忙しくて……。さて、歴史編です。「アンダルシア」東山バージョンが96年に披露されてからすぐに広まっていたのに対して、千年メドレーは最初に披露されてから後輩に受け継がれるまで若干時間が空いており、さらに時期もバラバラです。こちらの一覧よりご確認ください。 時期に合わせて、状況を見ていきましょう。 1990年 少年隊PLAYZONE’90 MASKにて、千年メドレー初披露。当時の反響はいかほどだったのでしょうか?でもこれだけ気合い入ってたんだから、ファンも興奮だったんだろうなあ。 1992〜1993年 林田健司のシングル発売。「Jealousy In Love」はメナード化粧品のCM曲、「Heart Of Gold」はミラービールのCM曲だったそうです。当時の少年隊担はTV見てたら「千年メドレーのやつじゃん!!?」って驚いたのでは。 1
千年メドレー……そのイントロを聴くだけで、ある一定以上のジャニオタは血湧き肉躍るという。一時期は「アンダルシアに憧れて」と並ぶほどいろんなジャニーズが披露した曲でありながら、ここ数年は披露されていない名曲。我々はこの千年メドレーを保存したいと考え、定期的にカラオケパセラで千年メドレーを鑑賞する会を開いており、その中で集めた千年メドレーの知識を今書き記しておこうと思ったのが今回の記事です。ピンと来た方はお付き合いください……。 千年メドレーとは? 1990年の舞台『少年隊PLAYZONE’90 MASK』の中で東山紀之さんによって披露されたナンバー。「千年の季節」「Ever Dream」「ALL THE WORLD IS A STAGE」の3曲からなり、雅楽を思わせるようなちょっと和っぽいアレンジが特徴的なメドレーです。 千年メドレーがここまでジャニーズ、およびファンに語られるようになったの
本当に今さらかなと思いつつ、コンサートDVDも発売されましたので、「V6 LIVE TOUR 2015 -SINCE 1995~FOREVER-」を個人的な感想で振り返っていきます。 演出がない、と言われるくらいにシンプル 今回のコンサートを見た友人たちが口々に言っていたのが「ほとんど演出がない」といったことでした。たぶんそれは演出がないわけではなく、「シンプルに見せる演出」ということなのですが、そもそもジャニーズの演出は「過剰」が基本だから、それと比べて「演出がない」と思ってしまう(ネガティブな意味ではなく)のはよくわかる気がします。 実際にコンサートのMCでも、井ノ原さんが「三宅が、けずってもけずってもまだ足りない、まだ削げるって」といった話をしていたと思うんですけど、ちょっとこれがうろおぼえすぎてどこの会場でどんな文脈で言っていたのか思い出せず……*1。今回のコンサートについていろい
連日の報道について、もやもや考えたことをやっぱり書き残しておきたいなと思いました。私の書くものはなんでもそうですが、今回も個人の感想です。SMAP解散騒動についての雑感です。 当日の心境 朝起きたら、Twitterが「SMAP解散!?」で埋まっていました。そんなまさか、いや今までだっていろいろあったのにこれだけ話題になっているのはおかしい、と思いながらヤフーニュースで記事の内容を読むと、長らくマネージャーを勤められていた飯島さんが退職されるという話で。これはおおごとだ……と胸がざわざわしました。そうしたらかつてないようなスピードで、ジャニーズ事務所の弁護士から「SMAPのメンバーが独立も視野に協議を重ねている」という話があったという報道、そしてマスコミ各社へのFAX。なんなんだこれは、本当のことなのか、と現実味がないまま、気持ちだけが沈んで1日が終わりました。 SMAPファンではない私がな
最近のジャニーズ舞台、おなじみ演目となった『少年たち』。2010年にA.B.C-Z、Kis-My-Ft2が演じてから定期的に公演されており、今年は戦争の要素が入ったことで話題となりました。関西担の友人たちとともにこの作品について調べているうち*1、初演の情報が少し集まってきましたので、ブログにまとめてみることにしました。情報だけを並べて、だからなんだという感じではあるのですが、誰かの作品解釈のお役にでも立てば……。 少年たち -小さな抵抗- (1969年12月、大阪フェスティバルホール、日生劇場、主催:民音、監修:萩原朔美) 第1幕 「少年たち」 第2幕 「おお・マイ・ママ」*2 記念すべき第1作目の『少年たち』、主演はフォーリーブスでした。現在上演されている『少年たち』の原型となっている作品と言えるでしょう。先日こちらの公演レコードを購入しましたので、そこに載っている歌詞情報などを見てい
※この記事は、田口くんの脱退について触れていますのでご注意ください。 先日、日テレの「ベストアーティスト2015」という生放送の歌番組で、KAT-TUNの田口淳之介くんが脱退を発表しました。めちゃくちゃにびっくりしてつらい気持ちになったのですが、その発表のあとにメンバーの亀梨和也くんがたくさん謝っていたことにも驚きました。もうほとんど、不祥事の謝罪会見でした。 本当にまず大変の発表で申し訳ございません。何度もこのような形になってしまい、関係者の皆様、ファンの皆様、本当にたくさんのご迷惑とご心配をおかけしてしまっていること、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。すいません。KAT-TUNのメンバーの一員としてこのできごとを真摯にうけとめ、4人のKAT-TUNとしていただいているお仕事にしっかりと責任を持ち、全力で向き合っていかせていただきたいなと思っています。今回は本当に日本テレビさん、番組
さて、V6の20周年コンサート本編です*1。今回は本当に、このデビュー日11月1日のチケットがとれなかったみたいで、先の記者会見の前説でも、つーこさんに「水道橋(東京ドーム)でできるくらい応募が来たんだけどね〜」と言われていました。そんなチケットですが、私はなぜか割とあっさり当選を確認してしまい、「もしかして意外と応募少なかったのかな?」などと思っていたから、あとから激戦だったときいて驚きました。今まで激戦のコンサートがすんなり当たったことなんてなくって、苦労して探していたのに、こんなことも起こるもんですね……。 ちなみに記者会見編はこちらです。 sasagimame.hatenablog.com 本編 私の席はロイヤルボックス上あたりだったので様子はほとんどわからなかったのですが、いつもよりもずらーっと席が空いているのが少しだけ見えて、これはたくさんゲストが来そうだ、とどきどき。客電が落
8月22日、一人の人間が忽然と姿を消しました。彼は、約13時間後、何事もなかったかのように我々の前に現れました……。 今回は、晩夏にふさわしい、怖い話をお届けしましょう。 その日、私はお菓子やジュースを買い込んで、TVの前にスタンバイしていました。待ちに待った「24時間テレビ」放映日。今年のメインパーソナリティーはV6とHey! Say! JUMP、初の二世代パーソナリティーという触れ込みであり、総勢15名が毎日入れ替わりTVに出て、気合は十分だったのです。V6はデビュー20周年を目前にしたベテラン、Hey! Say! JUMPは全員が平成生まれの若者達。18時半からのOPは15名で歌う「WAになっておどろう」で飾られ、24時間彼らの華々しい活躍が見られると思っていました。そう、このときまでは……。 異変が起きたのは、20時半頃でした。「長野(博)くんがいない……」Twitter上にちらほ
以前「西暦2014年、スマ歴24年」というタイトルのブログ記事を書きました。これは、SMAP以前はジャニーズのアイドルグループも解散することが当たり前だったことを記したものでした。まあ結局SMAPがすごい!という話だったわけですが、あれから周囲ではまた「どうして女子アイドルは解散・卒業するのに、男性アイドルは30代40代になってもアイドルを続けていられるのか」といったことが話題になったりしています。 アイドルの解散や脱退について考えるとき、「売れなかったので契約が更新されず、事務所を移ることになった」とか「プロデューサーに解散に追い込まれた」といったことがあるのではないかと想像してしまいます。しかし2012年にNEWSのメンバーが脱退した際のエピソードを見てみると、残った4人が「事務所からは解散を勧められたけど4人でやっていくことに決めた」と語っているのです。たとえ事務所から勧められても「
さてそれでは、Before SMAPの解散が一体どのようなものだったのか、考えていきたいと思います。資料については、前回の記事をご参照ください。 解散は常に浮上する 当時の空気としては、解散するのが当然だった。だから、解散は前提として「いつ解散するのか」「何をきっかけに解散するのか」といったところがポイントだったように感じました。人気が落ちてきた、グループ活動が減ってきた……そういった変化があれば、すぐに「解散」という文字が浮かんできていたようです。ただ、元シブがき隊・薬丸裕英の著書を見ると「個人活動を充実させて、年に2〜3回グループ活動を行う」というスタイルもありだったこともわかります。TOKIOも最近「目指す目標はドリフターズ」と発言しておりましたが、個人活動とグループ活動を両立させる、音楽活動もバラエティもドラマ出演もするなど、芸能界にロールモデルのいなかったジャニーズグループにとっ
24時間TVでV6とHey! Say! JUMPが共演することを祝してJUMP担の千紘さんとはじめたこの企画。第1回を発表してから仕事が忙しくなってほんともうこのあと続かないんじゃないかと思いましたがなんとか続けられてよかったです。今回のテーマは「兄組弟組」です。 ・第1回 さて知念さんが「BESTと7、トニセンとカミセンに分かれてる。僕らはV6を意識してできたグループなんだよね」と発言されていたとのことでJUMP担の方もご存知かと思いますが、V6も兄組の20th Century(平均年齢41歳)と弟組のComing Century(平均年齢35歳)に分かれています*1。 グループ平均でも6歳離れておりますが、一番年長の坂本昌行さんが1971年生まれ、最年少の岡田准一さんが1980年生まれですので、年齢差は約10歳。デビュー当時は岡田さん14歳、坂本さん24歳!わかりやすく言うと、現在のH
Hey! Say! JUMPとV6が一緒に24時間TVのパーソナリティーを行うと知って、友達の千紘と連絡を取り合っていたら、千紘「JUMPとV6がコラボするなら私たちもコラボしようよ」私「まじか。やるか」といった感じで互いの好きなグループを紹介していくことになりました。構想からすでに約2カ月経っているところに不安がありますが、せっかくの機会なのでなんとか続けていきたいと思います。 あと、24時間TVが決まった瞬間にTwitterで「Hey! Say! JUMP担の皆様へ」とか「V6ファンの皆様へ」みたいなタグが盛り上がり、苦々しく見る人多数、みたいな図式があったので、こんな記事アップしていいのかよ……という不安もあります*1。でも紹介し合ってると「そうだったんだー!」ってことがたくさんあってすごくたのしかったのできっと面白いよきっと…。 千紘さんの第1回目はこちらです。 第1回のテーマは「
さて、問題です。 Q.下記の選択肢より、●●に入る単語を答えよ。(ジャニヲタ正答率98%) 「アンダルシアに憧れて ●●をくわえて踊ってる」 A.指 B.薔薇 C.煙草 とまあジャニヲタであればほぼ即答間違いなしですが、「アンダルシアに憧れて」の映像を周囲の友達に見せたりカラオケで歌ったりしても「なにこれ?」「こんな歌知らない」となることが多いです。*1私自身はティーンのころ、周囲のジャニヲタが当然のように「アンダルシア」を知っていることに驚き、「この良さがわかったら一人前」と言われて衝撃的でした。でも今になると確かに……とうなずくところは大きい。 我々はなぜ、そしていつからアンダルシアに憧れてきたのか……今回はアンダルシアの歴史を紐解く旅へ参りましょう。 一応先にお断りしておきますが、これから話すアンダルシアの歴史は、ジャニーズ事務所の意図を推理して主張するようなものではありません。事務
本当は気になっていたんです。「最近V6のファンって若くない?」「新規って言う人が多くない?」一体どこから来たのか、どんな人たちなのか、どうしても知りたいという気持ちがふくらんで、アンケートを設置してみました。答えてくださった方、ツイッターで宣伝をしてくださった方、ありがとうございます。なんと859名から回答をいただいたので、割とねちっこくデータを見ていきたいと思います。 一応お断りしておきますが、アンケート結果はいちファンが一部の方から伺ったデータをもとにしています。「公式じゃないでしょ」「どうせ一部の人が盛り上がってるんでしょ」的な意見を持たれる方もいるかと思いますが、まったくその通りなのであらかじめご承知おきください。また新規の方がとても増えているような結果となっていますが、そもそもこういったネットのお遊びには新規の方の方が積極的であり、中堅〜古参ファンは自分のコミュニティで心地よく過
『2015新春ジャニーズ・ワールド』を観に行ったので、いろいろと書こうと思っていたのですが、1回しか行けなかった上にあまりにも記憶が曖昧で、結局何も書けず……。手書きのメモ、少クラ、私の先輩(にしゆかさん)のまとめなどから全体のストーリーだけ追ったメモ的なものを公開します*1。ものすごくうろ覚えのうえ、Jr.の出番などの役にも立たない…けど、もしかしたら、いつか誰かが資料として必要とするかも…しないかな…。そして映像化されそうなので、出たら消すかもな…。ジャニワとはなんぞやと思っている人、もし読んでみて「わけがわからないよ」となったらぜひ劇場へ。あと変なとこあったら教えてください…。 ちなみに、ジャニワ関係のもう少しちゃんとしてる記事はこちら。元ネタメモもまたやりたいです。 ジャニーズ舞台における「Show must go on」の変遷とは… - over and over ジャニーズワー
先日「なぜジャニヲタの間でブログが盛り上がってるのか」と聞かれました。たしかになーと思ってずっと考えていたところ、大体Twitterのせいじゃないか、と思って来たのでジャニヲタ文化の記録のためにも一度まとめてみることにいたします。 Twitter以前 その前に簡単に、Twitterが広まる以前はどんなことしていたか。まず浮かぶのは個人のファンサイトです。主なコンテンツとしてはコンサートレポや番組のレポ。どのサイトにも必ず「V6とは?」「KinKi Kidsとは?」といった紹介が設けられていて、ファンになりたてのときはなめるように読みこんだし*1、ファンになったあとも人によってちょっとずつ違うアイドル像を読むのが好きでした。また、ファンサイトの掲示板で出会った人と今もつながっていたりします。 ファンサイトに設置されていたのが日記で、これはサイト内部で展開している方もいれば、外部サービスを利用
ジャニーズ舞台でおなじみのセリフ「Show must go on」…昔のPLAYZONEビデオを見ているうちに、このセリフの使われ方の変遷に興味が出てきてしまいました。「構成・脚本演出:ジャニー喜多川」となっている『PLAYZONE '91 SHOCK』『SHOCK』『Endless SHOCK』『Johnny's world』という4作を通して、約20年のなかでどのように進化してきたのか、まとめておきたいな~と思います。*1 ちなみにShow must go onとは、英語で慣用句的に使われているそうです。舞台上ではハプニングなどがあっても「ショーを続けなければいけない」ことから転じて、「止めるわけにはいかない」「問題があっても続けなければならない」*2ときに使うようになったらしい。 ※下記より、舞台のネタバレだらけです。 1991年『PLAYZONE '91 SHOCK』 この舞台は主
これは、本当にあった12月31日の話である。 その日我々は期待を胸に東京ドームへ向かっていた。今年はTV中継のないJohnny’s Countdown Concert…放映がないことは残念であったが、逆に中断されることなくコンサートを楽しめるのではないかと予想していたのだ。23時、会場の電気が落ち、ドームは歓声に満ちた。 (週刊誌のルポ風にしようとしたものの、慣れていないため怖い話と芸風が混ざってしまったことは否めない。また不快に思われる方がいないように配慮したつもりであるが、茶化している部分が多々存在することを予めご注意願いたい) 23:00〜 ええじゃないか(ジャニーズWEST) LET'S GO WEST~K A N S A !!!(ジャニーズWEST) ジパング・おおきに大作戦(ジャニーズWEST) Crazy Accel(A.B.C-Z) Za ABC~5stars~(A.B.C
だいぶ頭が沸いているタイトルではじまったわけですが、まあちょっとこの表でも見てください。 After SMAPで時代が変わりすぎ。そう、スマ暦とは、SMAPがデビューしてから始まった新しいジャニーズの暦のことでした。勝手に作りました。 (ちなみにこの表はV6長野さんのJr.時代を調べているうちに派生したものです。こちらの「ジャニーズ百科事典」を参考にいたしました。このサイトを作っているひとは何者なんだ) 印象的な部分 BS/AS(Before SMAP/After SMAP)の違いとしてどうみても明らかなのは、平均寿命の違いですね。SMAP登場前のジャニーズと言うのは長くて10年前後、大体は2〜4年程度で解散をしていたことがわかります。現在ジャニーズに所属していない人(グループ)の中での最長活動年数1位は田原俊彦、2位は川崎麻世、3位はフォーリーブスです。ここに川崎麻世が食い込むのはけっこ
1988年はかなり重要な年です。後にトニセンとして一緒に戦うことになる坂本さん・井ノ原さんの入所、ドラマ『3年B組金八先生』への出演、平家派としての活躍と、今につながる出会いがたくさん詰まっているのです。 ・主なできごと 1月 坂本昌行、国分太一入所 4月 SMAP結成 8月 男闘呼組『DAYBREAK』でCDデビュー 10月 井ノ原快彦、山口達也入所。平家派結成 ・世間のできごと リクルート事件、ソウルオリンピック、『それいけ!アンパンマン』放映開始 ・トニセンのできごと この年の1月、坂本さんと国分さんが事務所にはいってきます。坂本さんがオーディション時「ZOO」と書いたTシャツを着ていたことはあまりにも有名ですね。そして4月には「スケートボーイズ」たちが「SMAP」と名前を変え、不定メンバーで雑誌に載りはじめたといいます。坂本さんや国分さんも事務所に入ったばかりの身でありながら、一瞬
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