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ノーベル賞
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同僚氏と1on1で話していて、「任された仕事が進められていない時、任せてくれた人に頼りにくく感じることないですか」という話になった。 「それは報連相スキルと関係性の質の問題やろ」と言われればそのとおりなんだけれど、気持ちとしてはたしかにわかるなと思ったので雑に考えを吐き出しておきたい。 任された仕事、特にどう進めていいかわからないような抽象度の高い仕事のステップが踏み出せなかったりすることはある。そういう時に早めに任せた人に相談すればいいんだけれど、「もう少し自分で何とかしよう」と考えて溜め込んでしまう。 自分で何とかしようとしてしまう理由は大きく分けて4つくらいありそう。 1. 相手の負荷を考えてしまう 「手を煩わせてしまったら任せてくれた意味がなくなるんじゃないか」と考えると、たしかに頼りづらい 実際にはオーナーシップを持ってもらった状態でフォローするのはあまり負荷にならないし、任せた
何を話しても理解が早かったり、勘所を抑えた意見を出してきたりする人がいる。 そういう人を目の当たりにすると、とにかくすごくて圧倒される。一体どういう頭の作りをしているのかと感じてしまうこともある。けれど当人に話を聞いてみると、それまでの "思考量" の積み重ねによって瞬発的な "思考速度" がはやいように見えるのかもしれない。このあたりの話を雑に書いてみる。 要は、そういう人は色んなことを "一度は考えたことがある" 状態なのである。 過去に経験して "2周目以降" であれば当然考えたことがあるし、直接経験していなくとも本を読んだり人と話したり、疑似体験から自分の頭の中で想定試合を繰り返している。 すごく見える人ほど、普段の思考の量が圧倒的に違う気がする。「よし考えるぞ」と集中する時間を取る以外にも、通勤中、散歩中、ふとした会話の中で常に何かを少し深く考えてみる癖がついているように見える。
会議で何かの方針やアイデアを話した時、誰かから "理由" を聞かれてアタフタしてしまったことはないだろうか。自分は過去に何度もある。 たとえば、「こうしなかった理由は何ですか?」、「なぜこれを選んだんですか?」、「なんでこうしたんでしたっけ?」といった類の質問をされた時。理由を聞かれているのだからただ理由を答えればいいというのはわかっていても、焦って言葉が出なかったり身構えてしまったりする人もいるんじゃなかろうか。 文字で見るとただわからない部分を聞かれているだけなのだけれど、なんだか自分が試されているように感じたり、責められているような気持ちになったりするかもしれない。 落ち着いて考えればそんなに焦るようなことはないので、そういう時に焦らず対応する流れを雑に書き出してみる。 1. 意図を確認する 「理由を聞いて何を確認したいのか」、「どういう考えのもとで質問をしているのか」といった "意
何かの問題に対して、要因を深ぼって組織的に改善するというのは正しいアプローチだと思う。 一方で、自分自身がその問題を "過度に" 重く捉えてしまっているだけで、実は組織的に改善する問題ではなかったということが過去に何度かあった。何のことかちょっとわかりづらいが、このあたりの話を雑に整理しておきたい。 一言で言えば、「ただ "自分の実力が不足しているだけ" の話を "組織で解決するべき大きな問題" と過大解釈していないか?」ということである。 たとえばあるプロジェクトのコードについて、「設計がよくなくてコードを読みづらい」、「ドキュメントが少なくて意図がわかりづらい」、「テストコードが書きづらい」と感じたとする。 これは実際にそうなのかもしれない。一方で、IDE/エディタの機能やAIコーディングエージェントを使いこなせば実はそこまで問題に感じることはないかもしれない。自分がツールを使いこなせ
「問題を "放置" しない」が口癖の同僚 が他によく言うフレーズとして、「犯人探しに興味はない」というのがある。 自分はこのフレーズが結構好きで、同僚が会議などで言っているのを見るとニヤッとしてしまう。 たとえば何か問題が見つかって原因を探っている時、あるいは意図せず誰かが責任を感じそうな雰囲気になったり言い淀んでいたりする時なんかに「"犯人探し" に興味はなくて、とにかくよくしていきたいんですよ」のように言ってくるのである。 最初は「すごいパンチの効いた表現を使う人だな」とギョッとしていたが、事あるごとに何度も言っているのを見ると「本当にそういうふうに切り替えて考える人なんだな」と思わされる。 お互いに過度に気をつかって発言の枕詞が増えてしまったり、あえて空気を読まない突っ込んだ議論をしにくくなったりするのをいちフレーズで避けられているようにも感じられて、とても助かっている。 たぶん意
「自分この会議に出てる意味あるんだっけ?」と感じたことがある人は多いんじゃないかと思う。 この感覚を持つことはとても大事で、放置してはいけない。「参加してる意味ないよなあ」と思いながら惰性で黙って参加していると、自分だけではなくまわりの参加者もやりづらく悪影響を及ぼす。 特に定例の会議について、自分が参加する意義がわからなくなってしまったときにどう動くのがよいかを雑にまとめてみる。 1. 自分の期待役割を確認する 本当に参加する意義がないかどうかを確認するために、自分が何を期待されて参加者に入っているのかを確認すること 会議にもよるが、基本は会議のオーナーと直接話して確認してみるのがよい Tipsとしては、「これ自分出る意味ありますか?」みたいな聞き方をしないこと。オーナーが非協力的な印象を持ってしまったり責められているように感じてしまったりすると無駄な摩擦を生む あくまで "一緒に" よ
何かに "該当しない" ことを明記したり、 "やらない" という意思決定の記録を残したり、質問や意見が "ない" という意思表示をしたりといった感じで、 "ない" ことを明確に示すのって大事だよなと思っているんだけれど、まだあんまり考えがまとまっていないので雑に書いていってみる。 人によっては当たり前すぎて何を言っているのかと思われるかもしれないが、意外とこのあたりの感覚が揃わないことはある。 たとえば何かのドキュメントテンプレートで該当しない不要な項目があった時は、空白にするのではなく "該当なし" と記載するか項目ごと消してしまうほうがいい。記載するか消すかどちらにするかはテンプレートを決めた組織の方針として決める話なのでどちらでもよいんだけど、明確な意思を残すことが大事。 不要なチェック項目をチェックせず空白にするのではなく取り消し線を引くみたいなのも同じ。"ない" ことを明確に示さ
何かタスクを任されたとき、実際に "いつ終わるか" はわからなくてもいいが、 "いつ終わらせようと考えてるか" は常に答えられるようにすべきという話を雑に書いておきたい。 任されたタスクについて「いつ終わりそうですか?」と聞かれても、その時点ではわからないことはよくある。 この時、「うーん、まだ何とも言えないですね」みたいに答えるのは悪くはないけれど、セットで「いつ終わらせるつもりで進めていくか」を伝えられるほうがいい。 たとえば、「まずは今日いっぱい調査してみてから報告しますね。その結果次第ではありますが、いったん来週いっぱいくらいで終わらせるつもりで考えていきます」みたいな感じ。 「そんなことしたらいつの間にか必達の期日にされて、ちょっとスケジュールを見直しただけで"遅れた"扱いされるから嫌だ」という人もいると思う。めちゃくちゃわかる。わかるんだけど、それでも「いつ終わらせようと考えて
仕事で何かを推進する時に、何をするにも特定の誰かの顔がチラついてひどく疲弊してしまうことってあるよね。 相手が悪いわけではない。パワハラのような振る舞いをされていることもない。けれど「この内容だとあの人にこう言われるかも」、「この提案であの人はどんな反応になるだろうか」みたいな感じでぐるぐる考えてしまって、身動きが取りづらくなってしまうアレである。 真っ当な意見を伝えてくれる相手だとしても結構しんどい。本来タフで元気な人がつらそうな時は、この状態に陥ってしまっていることが多い気がする。役に立つかはわからないが、取りうる対処法を雑に何個か書いてみる。 1. 自分への期待を相手に聞く いきなりめちゃくちゃむずかしいが、相手が論理的かつ理性的に話せる人ならばこれが一番の根本解決。正直この選択肢を取れるかは相手次第なので、現実問題できないってことも全然あるとは思う 相手の顔がチラつく時は、勝手に
自分の文体に近い形式でAIにブログ記事を書かせることはできるのだけれど、なんだかあまりそうしたくない気持ちがあり雑に考えを書いておきたい。 自分の場合、ブログを書き始める時点では内容の結論が明確になっていないことが多い。 なんとなく困っていたり課題に感じていたり、逆にすごくいいなと思っていたり真似したいなと感じていたりすることを深ぼっていく。そうするとだんだんと「こういうことかもしれないな」とわかってきて、最後にタイトルを決めて吐き出している。 その過程で色んなことを考えて行ったりきたりして自分の考え方が整理されていく中で、"美学"や"信念"みたいなものなんかも見えてくる感覚がある。 この出力プロセスをAIに任せるのはよくないというか、そこを任せて何の意味があるのかと感じてしまうのである。 自分にとっては色々と幅を広げて考えるプロセスを経てから考えを深めていくこと自体に意味がある。もちろん
社内管理ツールを業務で使っている部門から、「この画面を ◯◯_id で検索できるようにしてもらえませんか」という要望が届いた。 それに対して、同僚のエンジニアが「全然できるんですけど、どういう業務か教えてもらえますか」と聞いていた。とてもよいなと思ったので雑にまとめておきたい。 ツールを使った業務に慣れている人ほど、「今のフロー/機能に沿った形でここがこうなるともっと楽になるのに」といった発想で "解決案" を考えてしまう。それ自体は決して悪いことではないし、そういう要望を開発チームがもらうのは常に歓迎すべきことである。 一方で、開発チーム側はその要望の裏にある "業務" を正しく理解しなければならない。仮にすぐに実装できてしまうレベルの話だとしても、そのまま飛びついてしまってはいけない。 先のid検索要望の例でいうと、「idで検索して何をしたいか」が重要。もしかしたら、idで検索した結果
人に相談するのは慣れないとむずかしい。何がむずかしいかというと、「いつどうなったら聞けばよいか」というトリガが見いだせないことかもしれない。 「もう少し自分で調べて/考えてみよう」と思って粘りすぎて時間がかかってしまうこともあるし、「早く聞いて進めたほうがいいよな」と思って動いてみたらめちゃくちゃ初歩的な話で申し訳ない気持ちになったりすることもある。 この「自分で調べる」と「人に聞く」の境界の判断をどうすればいいのか、いくつかやり方はある気がするので雑に書いてみることにする。 1. ルールを決める そもそも「自分で調べる」と「人に聞く」を渦中のニンゲンが見極めること自体がかなりむずかしい たとえば「20分調べてわからなかったら聞く」といった一定のルールを決めて境界を作ることでやりやすくなる 「何回でも聞いていい」とか、「聞かずに遅くなるより聞いてしまってほしい」といったスタンスの共通認識を
妻から「仕事でうまくコミュニケーションを取れなくて落ち込んだりイライラしたりしたときはどうしているか?」と聞かれてなかなか面白かった。 少し考えてから、「脳内で "リベンジマッチ" を繰り返している」という話をした。どういうことかを雑に書き留めておきたい。 小さいことも含めると、毎日何かしら「あの時にああ言えばよかった」、「こう振る舞えばよかった」、「もっとこう進めればよかった」といった反省がある。 たとえば「会議で自分が想定していた形で進められず、そうじゃないんだけどなあと感じつつもうまく軌道修正できないまままた仕切り直しになった」とか。わりとよくあるんじゃないかと思う。 仕事に限らず、自分が発信した内容で思ってもない反応をもらったとかもそう。なんとなくモヤモヤするけれど正解がなくて言語化もできず苦しくなる。 そういう時、「タイムリープしてそのシーンより前に戻れたらどうするか」を風呂やサ
同僚の事業責任者は、何かの報告に対して自身が "完璧に" 内容を理解できるまで質問し続けてくる。そういうスタンスが染みついている感じがする。 一方、自分は理解した気になってすぐにアクションを考えてしまう傾向があって、まだ完全に理解できるまで聞くという姿勢を徹底できていない。 まだ自分の中でもあまり掴みきれていないのだが、同僚が理解しようとしているときの振る舞いを2つ雑にまとめてみる。 1. 全体像を理解する 個別の内容をピンポイントで説明された時に、その周辺も含めた全体像をきちんと理解する たとえば「この業務でこういう問題が起きています」という報告があった時に、その業務がどういう位置づけでなぜやっているかを聞いたりする 確認してみると実は問題が問題じゃないケースだったりすることもあるので、全体像を把握することが大事 2. 疑問をそのままぶつける 専門外のことでも、自分が他の人に説明できる状
仕事における "根回し" がなんとなく苦手という人をちょいちょい見る。 なんだかフロー化されていない属人的で儀式的なやりとりみたいな感覚を持ってしまう人もいるかもしれないが、根回しはただ物事を円滑に進めるために必要な報連相を事前にやるというだけである。 根回しという言葉はもともと園芸用語で、樹木の移植にあたって事前に根の一部を処理して新しい根の発生を促す作業のことを指す。いいも悪いもない。 要はただの進め方のひとつで、ポイントを押さえれば誰でもできるしできるようになっておいたほうがいい。入門として押さえるポイントを雑に書き出してみる。 1. 話す人を決める まず事前に話をしておいた方がいい人を組織のレポートラインや力学を理解して見極める必要がある 意思決定者などキーパーソンが明確ならその人と話しておくとよい 組織によっては、もしかしたらメンツを立てるために話を通すみたいな力学もあるかもしれ
Codex が頑張っている。今日感じたことを雑に書いておこう。 普段しずかで口数が少なめなんだけど、実はプロダクトに対する情熱みたいなものを内に秘めている同僚氏がいる。 「こうしたほうがチームにとっていいんじゃないか」といった意見があれば臆せず言ってくれたりするのもよいんだけれど、スプリントレビューで他の人の機能のデモを見た時に、「いいですね、早く世に出したいですね」みたいなコメントをボソッと言ってくるキャラクターがたまらなくよい。 なんというか、嘘っぽさを感じないのがいいのだと思う。この人が笑ってたら本当に楽しいんだろうなと思って嬉しくなるし、「いいですね」と言ったら本当に心からいいと思っての発言なんだろうなと思ってテンションが上がる。常に口数が多くはないからこそ生まれる飾り気のない信用がある。 今日雑談で話している中で、もしかしたらこういう素朴なよさというのは、強力なリーダーシップを発
組織の地力は「当たり前のレベルがどういう水準か」に現れる。 たとえば「このレイヤーのテストコードは当然書く」とか「Pull Request の description はレビュワーや将来の自分たちのために丁寧に書く」とか。あるいは、「皆が今期のチーム目標を言える」とか「期日までに勤怠の提出を全員が終えてる」とかもそう。 こういった一つ一つの"当たり前"のレベルがどういう水準かが組織の強さと言えるが、これを上げていくのはなかなかむずかしい。この"当たり前レベル"を上げていくにはどういうステップが必要かを雑に書いてみることにする。 1. トップオブトップを知る まずはトップオブトップの組織ではどういうレベルなのかを知ること 現時点でのトップの当たり前レベルを知り、そこから自組織の相対的な立ち位置を把握する 手段はWebや書籍、Podcastからのインプットでもいいし、イベントやカンファレンスに
今は全くやらなくなったが、チャットコミュニケーションでなんだか憤りを感じた時に "お気持ち" をガッと文章で書いてしまっていたことがある。 この振る舞いは物事を前に進める上では悪手でしかないと思っていて、そんな感じのことを雑につらつらと書いておきたい。 自分の経験上、チャットコミュニケーションで「お言葉ですが」とか「気持ちだけ書いておくと」とか「ちょっと言っておきたいんですが」みたいな感じで自分の不満をテキストで表明するのは悪手。ここまで露骨ではないにせよ、ちょっと非協力的になって"拗ねた"り、線引きして突き放したりするような物言いをするとかもこれに含まれる。 やっちゃダメとまでは言わないけれど、建設的に物事が進むことは少ない。もし進んだとしたら、それは不満を表明した自分のおかげではなく噛み砕いて軌道修正してくれた相手やまわりのおかげ。勘違いしてはいけない。 「そうは言ってもきちんと明確に
仕事で何か意見を言う時に、"いま自分がどういう立場や役割で話そうとしているか"を宣言するとチョットだけ話しやすくなる。このあたりの話を雑に書いておきたい。 チーム、職種、職責の違いによって、同じ発言でも捉えられ方が変わってしまったり、受け入れられなかったりすることがある。 あるいは逆に、マネージャーやリーダーが意見を言うとその意見が"正"だという雰囲気になってしまったりすることもある。経験がある人はわかると思うが、これは結構やりづらい。かといって、あえて発言を控えるのもよくないし悩ましい。 そういう時に、「マネージャーではなくて自分もいちメンバーとして話すと〜」のような感じで切り出すと少しやりやすくなる。 チームメンバーでも同じ。たとえば「実際に開発するエンジニアの立場としてちょっと現実的なことを言うと〜」みたいな感じで話すと、いち個人の懸念というよりは役割を全うしようとして出てきた意見だ
仕事で浮きそうなボールを拾ってくれる人はめちゃくちゃ尊い。 ずっとやり続けている人はもはや癖になっていて、浮きそうなボールを見るといち早く手を上げて飛びついていく。自分のまわりのすごい人はそういうムーブをしている人が多くて、結果的に色んな経験が有機的に紐づいてどんどんさらにすごい人になっていっていたように見える。 ただボールを拾うのは意外と難しいというか、躊躇してしまう理由も色々ある。思いつく「浮いたボールを拾えない理由」を雑に書き出してみる。 1. 余裕がない 今持っている仕事で手一杯なのに、拾ったボールも自分のボールも落として両方中途半端になってしまったりしないか不安になって拾いにくい 「今こういう状況で自分は拾ってもやりきれるか自信はないんですが」みたいな感じで拾ってみるのをオススメしたい 2. 詳しくない 正直内容がよくわからなくてほぼ0からキャッチアップしなければいけないし、自分
Claude が頑張っている。その間に急に思い出したことを雑に書く。 最初に働き始めた会社のシャチョーは、月イチの全社会議で毎回すごい熱量でその時に感じていることや伝えたいことを話していた。 ある月、シャチョーが壇上で 「俺が突っ走ってお前らがオロオロしてどうする。お前らが突っ走って、俺がちょっと待て待てと止めるんだよ。そのくらいのバランスがいいんだ」 みたいな話をしていた。 当時は、シャチョーはそういう考え方をしているのかくらいにしか思わなかったが、今思うと目標設定や日々の意思決定をもっと前のめりにアグレッシブにしていこうなというメッセージングだったんじゃないかと思う。 この言葉は、「誰よりも俺がやっている」という自負を持ち、誰が見ても「この人が一番突っ走ってるよな」と感じてもらえていないと価値を持たない。ひるがえって、今の自分は「俺が最前線走ってどうするんだよ」と言えるほど走ってるんだ
たまにどうブログを書いているのかと聞かれるときに、スマホで書いている という話をしていた。 実際にどんな感じで書いているのか想像しにくいと思うので、前回の記事を書いた時のスマホの画面を録画しておいたものを雑に貼って補足しておく。 www.youtube.com これは10倍速くらいで、だいたい55分くらい。 オフィスまでの電車に乗っている30分で、タイトルを書いてそのあと順序とか表現とかあまりに気にせず思い浮かんだ言葉や文章を書き殴っていく。見てもらったらわかるが、このときには内容も重複しているし論理の順番もない。 オフィスから帰りの電車に乗っている30分で、入れたい表現を採用しつつ順番を入れ替えたり思い切って全部削ったりしながら組み立てていく。ここはスマホで書かずに帰ってPCで書くこともある。 ざっと読み返して細かい表現や文章のつながりを修正してから公開。「もうこれでええやろ」と割り切る
いま一緒に働いている同僚が「考える時間軸を伸ばす」という言葉をよく使う。 「もう少し考える時間軸を長くしたいですね」とか「時間軸を長く考えてみると〜」とか。自分はこの言葉がとても好きで、最近の考え方にも影響している。この"考える時間軸"を伸ばすということについて、雑に考えをまとめておく。 考える時間軸が短いと、重要な問題が放置されたり解決策の意思決定の筋が悪くなったりする。 たとえば、腰を据えて取り組む必要のあるアーキテクチャ改善やシステムリプレイスをイメージしてみるとわかりやすいかもしれない。 1年以上かけて取り組む必要があるようなこういった課題が、明確に"放置する"という意思決定をされることなくぬるっと優先順位が下がって対応されないという経験をしたことはないだろうか。あるいは、根っこの解決の選択肢を最初から除外して今できる範囲で取り組める小手先のパッチワークを繰り返してしまったりとか。
自分としては成果を出して貢献していると感じているのに、いまいち組織からの評価は高くならない時に考えたほうがいいかもしれないことを雑にまとめてみる*1。 0. 自分に原因があると仮定する 「自分はこれだけやっているのに正当に評価してくれない」と憤りを感じて、イライラしたり悲しくなったりしているかもしれない。わかる もしかしたら上司や制度にも問題があるのかもしれないが、そこをいくら考えても自身ではコントロールしにくいし好転しないことが多い。憤りを感じたりモヤモヤしたりする時は、まずは自分がコントロールしやすいところにフォーカスして考える方がよい 気持ちの切り替えが難しいけれど、いったん「原因はすべて自分にある」と極端に考えて以降のポイントを深堀って考えてみるとよいかもしれない 1. がんばる方向を確認する 組織にとって必要なことではなく「自分はこれが大事だと思った」ということをひたすらやってし
あんちぽさんの「やっていき、のっていき」の話が好きで、今でもたまに読み返している。 speakerdeck.com やっていき、のっていきのメタループを作動させてバーンという表現がキャッチーかつ共感できてとても好き。一方で、特にメンバーからマネージャー/リーダーに対しては "のせていき" という概念が重要な気もしているので雑にまとめておきたい。 あるメンバーとの1on1で、彼のEMが変更になることを伝えた際に、「全然反対とかではないんですけど、自分◯◯さんのEM結構好きで、1on1も毎回話したいなと思って楽しみにしてたんですよね」と話していた。 そういう関係性を作れているEMは素晴らしいなと思ったし、この話を聞いて自分はとても嬉しかった。ただ、これはマネージャーが素晴らしいだけではなくメンバーの接し方もよくて、相乗効果のようなものが働いていたんじゃないかと思った。 相手を受け入れて、頼りに
最近雑に書くことをしていなかったので、リハビリ的にこれを読んで感じたことを雑に書いてみる。 anond.hatelabo.jp 自分がエンジニアということもあって、まあ両方の気持ちがわかる気がする。 そのうえで自分の意見を書くと、性格がいい悪いという話をするのは正直不毛。仕事としてやってるんだから、もう少し仕事の仮面を被りましょうよという気持ち。 この記事の中のエンジニアの方のわだかまりのある気持ちもわかるけれど、あの書き方だと相手の感情の摩擦が発生して物事が前に進みにくくなることは容易に想像できるやろ。コミュニケーションは相手に合わせてチューニングしないとダメというか、何度か失敗してチューニングしていったほうが進めやすいと学んで最適化していっている人の方が多いと思う。 少なくとも自分のまわりのすごい成果を出していたエンジニアは皆合理的に考えて効率を重視しコミュニケーションスタイルを変えら
マネージャーになると、1on1や評価のタイミングで期待を伝える一環として誰かにフィードバックする機会が増える。マネージャーになって初めて誰かに明確にフィードバックするという経験をする人は多いと思う。自分もそうだった。 今思うと、マネージャーになる前にフィードバックの練習をする機会は色々あったと感じる。自分がもっと意識してやっておけばよかったと思いつくものをざっと書き出してみる。 チームの振り返り 対個人ではなくとも、自分がよかったと感じたこと、問題だと思っていることを言葉にして伝える練習になる チームにもよるけれども、できるだけ積極的に意見を出し、伝え方のレパートリーも増やしていけるとよい アンケート回答 人事施策やイベントごとなどでアンケートを求められた時に、きっちり答えるようにするのもよい練習になる よかったことや改善してほしいことを相手に伝わるように言葉にするのは、慣れないと難しい。
何事も忙しすぎるのはよくない。 心身への影響や属人化の進行といった問題はもちろんよくないのだけれど、忙しさにはある種の"中毒性"のようなものがあるのが厄介なところである。 忙しすぎる状況が続くと、次第に慣れて順応してしまう。さらには、無意識のうちに"心地よい"とさえ感じ始めることがある。キャパ溢れ気味の状態で何とかするのを自分の役割や使命のように感じてしまい、根本的な改善も進まなくなる。 症状のひとつとして、本来はきちんと物事を進められる人でも「できなくても仕方ない」というスタンスになってしまうこともある。言葉には出さないが、忙しいのだから優先順位の低いタスクは多少締切を守れなくても仕方ないと思い始めたりする。たとえば勤怠の提出や社内の申請などが遅れたりとか。仕方がないなんてことはないのだけれど、自分に対して逃げ道を作り言い訳をしやすい状態になる。 周りも気を遣って、怒ってくれないどころか
依頼された仕事の期日を忘れてできていなかった時に「すみません、失念していました」と伝えていたら、当時の先輩にしっかりめに叱られたことがある。もう10年以上昔のことだが、いまだに印象に残って意識しているのでよいフィードバックだったのだと思う。 叱られた内容を雑に書くとこんな感じだった。 できなくてもいいができるふりをするな。 「忘れてた」なんてことは依頼元には関係ない。「忘れてなければできる奴なんだな」なんて思われることもない。ただ「忘れてできなかった奴」と思われるだけだ。下手すると "言い訳をする奴" という印象を持たれて損をする。 できない奴と思われたくない気持ちはわかるが、すぐにバレる見栄を張るな。「忘れてた」と言う前に「できてなかった」なのかをよく考えろ。そうしないと相手にも失礼だ。 言葉選びだけの問題と思うかもしれないが、こういう細かいところが信用の積み上げになる。信用されることと
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