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大そうじへの備え
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「きっと面白くなります」。2020年春、小規模なチームで自主的に撮り始めた未完成の短編集を濱口竜介はそう語った。普段、自分を大きく見せることをしない監督だけに意外な印象を受けたが、約一年半後……、『偶然と想像』と題して世に放たれた作品は、その言葉通りだった。会話劇、演じること、言葉と身体、カメラと演技の調和──追及し続けてきた数々のテーマを深化させた監督に、面白さの源を探るべくお話を訊いた。 ──難聴のため、今回はバーチャル・シアターでバリアフリー日本語字幕版を鑑賞しました。するとセリフと字幕がぴったり一致していて、ストレスなく映画を楽しめました。完成稿をそのまま字幕にされたのでしょうか。 日本語字幕制作を依頼したパラブラさんには(『寝ても覚めても』と『ドライブ・マイ・カー』でも日本語字幕制作をしていただいています)脚本をお渡ししたうえで、それをもとに実際にセリフを聴き取ってもらい、文字起
村上春樹の同名短篇小説に、さらに二篇を接続して映画化した濱口竜介の新作『ドライブ・マイ・カー』が全国で公開中だ。妻を失った演出家・家福(西島秀俊)と彼の愛車サーブ 900を運転することになったみさき(三浦透子)。カメラはふたりの移動を捉えながら、その関係の微細な移ろいと響き、そして目には見えない「信じ得るもの」を描き出す。過去作にない方法で、劇中に用いられるチェーホフのセリフに倣えば「いつ明けるとも知れない夜また夜」を主人公たちと共にくぐり抜けた監督にインタビューをおこなった。 ──本作からはとても新鮮な感触を覚えました。そのひとつが手話表現で、これまでの「言葉の映画」の魅力を踏まえながら、新しいステップに挑まれています。 神戸滞在期に、〈さがの映像祭〉という聴覚障害者映像祭に呼んでいただく機会がありました。そこで、健聴者は僕や通訳の方ぐらいで、周りの方たちは手話で話している状況に置かれま
『ハッピーアワー』 濱口竜介監督インタビュー 濱口竜介がつくり上げた「神戸の映画」、『ハッピーアワー』が元町映画館、東京ではシアター・イメージフォーラムで公開中だ。即興演技ワークショップからはじまり、クラウドファンディングや海外映画祭での相次ぐ受賞に続き、公開後も多くの話題を呼ぶ本作は、濱口竜介の集大成的な要素と新味とをあわせ持つ。作品を形づくるセリフやカメラのことを中心にインタビューをおこなった。 ──編集ラッシュ版の上映から約10ヶ月を経ての劇場公開です。5時間17分版になるまでの経緯をお話しいただけますか? 今年2月にデザイン・クリエイティブセンター神戸で、5時間36分の編集ラッシュ版の上映をおこないました。そこでプロデューサーは初めて全部を通して見て、「こういうことになっているのか」と把握してくれた。そのあと皆で「これを短くできるのか」と考えたわけですが、3時間20分版や3時間50
自作を語る・堀禎一監督② ──── 『東京のバスガール』 →堀禎一監督特集 part1 小川芋銭画伯のユーモラスな河童画でその名を知られる茨城の牛久・龍ヶ崎で撮影させて頂いた。『下妻物語』でその名をご存知の方も数多くいらっしゃるかも知れない。両市フィルムコミッションにはピンク映画であったにもかかわらず、たいへんなご協力を頂き、おかげさまで、北関東の農村の名残を色濃く残すおおらかな雰囲気のなかで、「おねえさん」曰(いわ)く「佐藤は大人のホンを書く」という佐藤稔(みのる)さんの台本も相まって、とても楽しく撮影することが出来た。牛久・龍ヶ崎地区は東京・千葉のいわゆるベッドタウンの印象が強いが、古来、利根川水系の水運の中心地として栄え、龍ヶ崎の「龍」の字が示すように、流れの強いかなりの難所でもあったらしい。俳優の吉岡睦雄くんの吉岡くんにはもったいないくらい賢く、また可愛らしい奥さまのご実家も龍ヶ崎
静止画とダイアグラム。音響が波形としてタイムラインに現れる。それによって映像と映像、映像と音との関係が初めて可視化される。『ゴダール的方法』(インスクリプト、2010年)は、コンマ1秒単位の解析を通じて、ゴダール映画の「フォルム」を浮かび上がらせた。そこで見出された「類似」「分身」といったテーマは、ジャン=リュック・ゴダール初の3D長篇『さらば、愛の言葉よ』(2014)へとも接続されることだろう。本書には、ゴダールの映画を見ることは「目撃」だと記されている。著者の平倉圭は、この新作をどのように目撃したのか。 ──『さらば、愛の言葉よ』を初めてご覧になった時の印象からおきかせ下さい。 とにかく驚いた、というのが最初の印象です。驚きの中心は二つあって、一つは見たことのないような3Dだった。もう一つは、何種類もの異なるカメラを自由に使っていることです。 ──3D の使い方に関しては以前、恵比寿映
スクリーンに静止画像を大きく映し出す映像装置としての幻灯(スライド)は、動画を映し出す映画とは異なり、しばしば「運動を欠く」とみなされてきました。しかし、今回上映する1950年代の幻灯作品は、多様な「運動」の表現を試み、もしくは観客を「運動」へと駆りたてる役割を担ったもので、それぞれにユニークな「動く/動かす」ポテンシャルを備えています。上映とトークを通じて、幻灯による「運動」を発見する機会にお立ち会いください。(鷲谷花) トークセッション 細馬宏通 滋賀県立大学人間文化学部教授。ことばと身体動作の時間構造、視聴覚メディア史を研究。著書に『浅草十二階 塔の眺めと〈近代〉のまなざし』(青土社)、『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか: アニメーションの表現史』(新潮選書)、『うたのしくみ』(ぴあ)など。 鷲谷花 早稲田大学演劇博物館招聘研究員。2010年より幻灯の研究を本格的に開始し、その成
「なぜ哲学するのか?」松葉祥一インタビュー 著者:ジャン=フランソワ・リオタール 訳者:松葉祥一 出版社:法政大学出版局 発行年月:2014年3月 松葉祥一インタビュー ──J.-F.リオタール著『なぜ哲学するのか?』 刊行記念イベントに向けて ジャン=フランソワ・リオタールが教養課程の大学生を対象に行った講義を収録した『なぜ哲学するのか?』が法政大学出版局より刊行された。リオタール的〈哲学〉の道標として最適であり、のちのリオタールの思想を見てゆく上でも示唆に富む一冊となっている。 訳者は神戸市看護大学教授の松葉祥一氏。リオタールとの関わりは深く、彼同様〈実践〉の人とも呼べるだろう。3月15日(土)には神戸映画資料館で刊行記念イベントを開催。松葉氏とゲストの丹生谷貴志氏との対談は2度めとなる。 「いま、リオタールを読むこと」、イベントへの抱負などを訊いた。 ──本書は「哲学入門」と紹介され
第二十二回 おのれの行為と真に向きあうべきはこの映画自身である 『アクト・オブ・キリング』 『アクト・オブ・キリング』 The Act of Killing 全国順次公開中 監督:ジョシュア・オッペンハイマー 2012 / 121分 配給:トランスフォーマー ©Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012 世界中で絶賛され、日本でも大当たりをとっていると聞かされても、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で159分の長尺版が上映されたとき以来、私が信頼を寄せる数少ない人々は揃って否定的な感想を口にしていたのだから、ジョシュア・オッペンハイマーの『アクト・オブ・キリング』にはもともと期待などしていなかった。エロール・モリスにヴェルナー・ヘルツォークという、この企画に惚れこんで製作総指揮に加わった著名な映画作
神戸映画資料館レクチャー:映画の内/外 第1回 文学芸術全方位トークセッション 鈴木創士著『ひとりっきりの戦争機械』刊行 EP-4『リ・ン・ガ・フ・ラ・ン・カ DELUXE』リリース 記念イベント 2011年6月11日(土) 17:00 第一部 鈴木創士×丹生谷貴志 18:00 第二部 佐藤薫(EP-4)×鈴木創士×丹生谷貴志 (終了予定19:00) 「神戸映画資料館レクチャー:映画の内/外」では、1、2ヶ月に1回程度のペースで、さまざまな講師をお招きし、幅広いテーマで講座を開いてまいります。 第1回目の今回は、鈴木創士氏の新刊『ひとりっきりの戦争機械』(5月24日刊行)と、EP-4『リ・ン・ガ・フ・ラ・ン・カ DELUXE』のリリース(5月21日発売)を記念し、奇跡的な豪華メンバーでトークセッションを行います。 [関連企画] アルトーと映画 『裁かるゝジャンヌ』『ナポレオン生誕 映画革命
※内容は予告無く変更する場合があります。 ※作品によっては、経年退化で色褪せしている場合がございます。予めご理解ご了承の上、ご鑑賞くださいますようお願い申し上げます。
『あきあはせ』『ウ・マリニェイロ』 対談・質疑応答:高木繁光氏(同志社大学教授)、山角洋平氏(監督・制作) 2024年12月28日(土)13:30〜16:30 [貸館]上映と講座:映画と事件、『怒りの孤島』/「社会派・良心作」か、センセーショナリズムか
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