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金曜日・・・生政治あるいはバイオメトリック かつて多くの哲学者が「国家論」を書いていた時代があった。現代の課題は、国家などは乗り越えられるべきものとはいえ、何もこれらを読まずに済まそうというわけではない。これからも読まれるべきである。とはいえ、今日的なコンテクストのなかで、どのように読むか、つまりどのように活用するかが問題になる。別にひとつの理想国家を考えたり、ましてやそういった国家を実現するための手段を練るためではないだろう。これについては、近代の哲学者らがなぜ国家論などを書く必要があったのか、彼らの意向を汲み取ってみる必要がある。そもそも彼らの国家論というものは、当時権威的であった教会を批判するために書かれ、教会権力によって支配され管理されるのとは、異なる生き方や、現実とは異なる新たな共存システムを考案するためだと思われる。ここでも左翼的なものを発見することが重要となるだろう。言うなれ
月曜日・・・左翼と右翼 日教組とプリンスホテルの一件に始まって、ネグリ入国禁止令や映画「靖国」に至るまで、ここ数ヶ月のうちに日本から発信されるニュースは、本当に呆れてしまうものが多い。何もせずにただ傍観していても、敵を喜ばせるだけなので、これらのニュースについて考えることを、自分の頭を整理する意味も含め、少しメモをとっておこうかと思う。すでに言及されていることと思われるが、土壇場になって真正右翼らの力に屈するという点で、これらのニュースには共通することが多く見られる。ある意味、右翼的傾向が勝利をおさめてしまう現実は、人間的自然の摂理なのかもしれないなどと、ひとつ前のエントリーで紹介したドゥルーズの対談映像を見ながら、切に思う今日この頃である。それというのも、宛名の例を引きながらドゥルーズが説明するように、自己から始める知覚の仕方はごく自然な傾向であるし、またそのことで思考あるいは行動という
ドゥルーズの対談フィルム・Abécédaireが収録されたのは1988年である。その前年まではパリ8で教鞭をとっていたので、退官した翌年ということになる。WIKIで知ったことだが、生前に放映することを禁止するという条件で、ドゥルーズはこの企画を承諾したようである。しかし実際は、94年末からARTEにて少しずつ放映されることになったことが、ここに書かれている(pdf)。450分に及ぶ対談の全編は、VHSとDVDに収められ、Montparnasse社から出ている。ドゥルーズの著作は、現在進行中の「シネマ1」を除いて、すべて翻訳されていると思うが、この対談の字幕つけは誰かやっているのだろうか。数人集まってやれば、1ヶ月ぐらいでできると思うのだがどうなんだろう。でも字幕を加えて新たなヴァージョンとなれば、日本語だけというわけにもいかないだろうから、いろいろと面倒なことなのがあるのかもしれない。いず
一昨日、セゴレーヌ・ロワイヤルとフランソワ・バイルによる、第五共和制では異例のTV直接討論が、サルコジ陣営の圧力にも関わらず最終的に行われた。異例とはいえ、これまでも一次選後に敗者と勝者との間で、二次選前にTV討論が禁止されていたわけではない。ただ、74年の大統領選以来、二次選に駒を進めた二人の候補者による直接TV討論のみが、慣習的に行われていただけのことである。2002年は、シラクがルペンとの討論を拒否したので行われなかった。それは、反デモクラシー、反共和国主義者とは、話すことがないという、シラクの言い分からであるが、世論もこれには賛同していた。 問題の討論は、制度・経済・ヨーロッパ・社会生活をテーマに進められた。経済に関するテーマでは、妥協する点がほとんどなかったものの、それ以外のテーマでは、同調していたことが多い。なかでも、第五共和制の終焉に関するやり取りは、今回の討論でも重要なテー
大統領選の第二幕・・・裏切り、陰謀、中傷、告発、同盟。一次選の開票直後に、勝敗の行方はバイル票(6.850.000票)が左右するなどと、メディアで一斉に報じられていたが、そのことは、誰の目にも明らかなことであった。一次選で敗退したのにも関わらず、フランソワ・バイルは支持者らに健闘をたたえられていた。大統領選一次の敗者が、勝者以上に喜んでいる姿を見るのは稀である。・・・セダクション・オレンジ。先手を取ったのはセゴレーヌ・ロワイヤル陣営。社会党の選挙本部で、バイルとの公開討議を希望する旨を表明。水曜日、党首としてUDF支持者に対する二次選での投票意向を表明するために予定されていた記者会見の席で、バイルは、TV中継を許可する条件付きで承諾。それに対してロワイヤルは、金曜日に予定されている地方新聞社の共同記者会見の場で行うことを提案。バイル承諾。一次選前には、実現されなかった直接討論に、多くの市民
選挙期間になると、必ず問題になる民間の世論調査機関。主要6社のうち「研究所」を名乗る企業もなかにはあるが、それの原語である「INSTITUT」は、国立の研究機関に対して言われるのが通常である。IFOP社(38年設立の仏最古の調査企業。現在の代表取締役は、仏経団連MEDEF主宰でもある、ロランス・パリゾ女史)を始めとする各調査研究所は、国家機構に属するのではなく、株式会社という形態をとっているマーケティング・コンサルト企業でしかない。つまり、営利を目的とする企業というわけである。したがって、「研究所」を社名として使用するのは言葉の濫用ではないのかと、しばしば非難されることになる。因みに、フランスでの唯一の調査機関は、INSEE・仏国立統計経済研究所のみである。 大手6社のうちでもっとも歴史があるのは、仏社会学者ジャン・ストーツェルによって38年に設立されたIFOP社である。彼はソルボンヌで教
仏大統領選も大詰めを迎え、国民が抱える様々な問題に対してもつ複雑な感情が、将来への希望を託したひとつの投票用紙へと結晶化されつつある。個人的には、サルコジがブッシュの横に立つ写真だけは見たくないのであるが、こればかりは最終的に有権者の意思に左右されるわけで、フランス人の良識に期待するしかない。 さて、今回の大統領選はこれまで、サルコジの一人舞台のような観がある。正式に候補を名乗りあげるずっと前から、誰もが立候補することを疑ってなかったし、内相時代の大袈裟なパフォーマンスも、すべて大統領選のためなどと批判され続けられてきたわけである。そういった批判に対して当時は閣僚としての仕事を行っているだけなどと返していたが、今になって2002年から選挙運動は始められていたとも言っている。(12/04/07リベ紙の対談) 正式な選挙機関に入ってからも、イニシアティヴをとっているのはサルコジで、他の候補者は
2週間後に控えた大統領選を前にして、セゴレーヌ・ロワイヤルの勝利を願うエティエンヌ・バリバールが、リベラシオン紙に寄せた記事。毎週のように発表される各機関の世論調査によると、対サルコジだろうが、対バイルであろうが、ロワイヤル勝利の可能性は薄いのだが、どうなるかはまだわからない。すでに誰に投票するかを決めている有権者には、いまさら何を言っても効果がないのであるが、バリバールが訴えている有権者は、いまだバイルかロワイヤルかに決めかねている者や、選挙に行くか行かないかという読者に絞られているようである。 先日、公の場で「バイル支持発言」をしたことを、隠し撮りされネットに流された著名ジャーナリスト、アラン・デュアメルがほぼ2-3日おきに記事を寄せているリベラシオン紙上での記事ということも、そういった意志が託されていると思われる。バリバールが言うように、様々な理由から社会党に幻滅している元信奉者の多
前エントリーのバリバール記事の下に、記載されいているベンサイドの記事。これを読むとバリバールが提唱することは、いわゆる「右派に勝利を与えないための有効票」を支持しているようにも感じる。(バリバールは、今も昔も思想的には極左のはず。)ベンサイドにとっては、本人がLCR(共産主義革命同盟。ブザンスノが候補者。)にも属していることもあり、右の勝利は望まなくとも、左派の左派としての政治責任はとるべきであるということである。 ベンサイドをTVで見ることはまずないが、同じ党の候補者ブザンスノは、選挙前にはよく見る。労働者の観点から(彼自身、郵便配達人であることは有名)、フランスの多国籍企業の経営者やそれを擁護する陣営に浴びせる非難は痛烈である。選挙公約の主なものは、労働者の最低賃金を手取り1500ユーロに引上げること。こういったことを公約に挙げると、すぐさま、どこから算出するのかと反論されるが、富裕税
・スクワット 先日パリで死者を多数出した不法占拠された住宅管理問題を受け、以前から素朴な疑問があったのでそれについてネットで少し調べてみた。なぜスクワッターを住居所有主はすぐに退去させることができないのかという疑問。 まずは結論から。占拠防衛対策は必要であるが、万が一スクワットされた場合には、早めの対応が必要とされる。占拠されてから48時間過ぎると、スクワッターらに一時的に居住権が発生し、家主は住居に対して諸々の管理義務を負うことになる。その場合、退去させるための法的手続きは非常に厄介で、時間・費用が多くかかるということ。現行の法のもとでは、あまり家主の権利が保護されていないように思われる。スクワットされてからは、泣き寝入りするしかないような印象を受ける。 * そもそも家主が様々な理由から空家にしておくことは、まったく個人の自由である。その際、扉を強化しておくとか、鍵を厳重にしておくという
著名な仏ギリシャ文化研究家のジャン-ピエール・ヴェルナン氏がお亡くなりになられた。享年93歳。ル・モンド紙に掲載されている経歴を紹介すると、国立科学研究センターの主任研究員(48)・社会科学高等研究院(58)・コレージュ・ド・フランスの教授(75)。学者としての輝かしい経歴と平行して、ヴェルナン氏は積極的に政治参加していたということも書かれている。以下はWIKIより抜粋。37年に哲学教員試験に合格。共産主義青年運動(JC)に加入し、第二次大戦時にはレジスタンス(南の解放組織網)に参加後、ベルティエ大佐という偽名でオート・ガロンヌ県のフランス国内軍(FFI)を指揮を執る。戦後も仏共産党にとどまる。主な勲章)レジオンドヌール3等勲章・解放勲章など。 オマージュとしてル・モンドに再掲載されていた対談(下に訳出)は二年前のもので、現代でも新たな演出・解釈で上演され続けている悲劇が、なぜこれほどまで
ル・モンド紙に記載されたジジェクの記事。先に公開された9.11を題材にした二本の映画評と、9.11以降の「歴史の終焉」という理想の終焉について。 -- (訂正)難なく学び得た後→痛みとともに学び得た後。non sans douleurのnonの見落とし。[...] aujourd'hui, après avoir appris, non sans douleur, que les utopies politiques nobles aboutissent à la terreur totalitaire, nous vivons dans une époque post-utopique d'administration pragmatique...*
ル・モンド紙に記載された、エティエンヌ・バリバールとジャン-マルク・レヴィ-ルブロンの記事。イスラエル建国の歴史的背景とパレスチナ人の悲劇的現実。パレスチナ大義がアラブ周辺諸国でどのように機能しているのかについて。アメリカ帝国主義とイスラエル軍国主義に対する批判。国連を重視した国際政治。ヨーロッパの役割。 ネット上で見つけたバリバールによるイスラエル‐パレスチナ関連記事。 ・Universalité de la cause palestienne (Le Monde diplomatique, mai 2004 : 阿部幸さんの訳) ・Un nouvel antisémitisme (in Collectif, Antisémitisme : l'intolérable chantage, Israël-Palestine, une affaire française ?, La Deco
ピエール・ヴィダル-ナケ氏のオマージュとして、ル・モンド紙が再掲載した2004年5月9日の対談記事。アメリカ海軍兵のイラン人捕虜に対する、非人道的行為が発覚した後に行われた対談である。古代ギリシャの研究と同様に、氏がライフワークにしていたアルジェリア戦争におけるフランス軍の不祥事と、当時のメディアのあり方などとを比較しながら、対談は進められている。アルジェリア戦争におけるフランスの汚点。事後処理。アメリカと一線を画す、中東危機に対する最近のフランス外交のあり方を知る上でも、多少参考になるものであるように思われる。 Propos recueillis par Florence Beaugé et Philippe Bernard Article paru dans l'édition du 09.05.04 * ギ・モレによる徴集兵派遣の年がありました。1955年以降レクスプレス誌にフランソ
初めまして。ルモンドで読み、4人の名前と英語から訳されたものである事からちょっと調べたら、いろいろな言語で見つかりました。主要な新聞で発表されたようですね。日本ではなかったような。この夏のニュースは自民党総裁選につきるようですから。
ワールド・カップ企画なのだろうが、リベラシオン紙にネグリがカルチョについて熱く語っている記事(対談)が載っていたので、経歴紹介の箇所を省略して訳してみた。本人はACミラノのファンで、奥さんはインテルのファンだとか、イタリアのゾーン・システム--カテナッチオはイタリア特有の土地から生まれたものだとか、なぜセリエAには因縁の対決が多いのかなどを、上機嫌で話している。ところどころ、質問とはまったく違うことを話してる部分やこじつけっぽい部分が大いにあるが、サッカー好きの話は大概にしてこうなるということは、老哲学者にとっても例外ではないということのようである。 Mondial 2006. Entretien <En Italie, le catenaccio, c'était la lutte des classes> *リンク切れの時はここ。 Antonio Negri, théoricien
ローラン・ギャロスも終り、フェット・ドゥ・ラ・ミュージック、ソルド、バル・ドゥ・ポンピエ~14juillet。ここ数日は真夏日が続き、次第にビールの消費量が増える。街はすっかりヴァカンス・モードであるが、高校生はバカロレアをパスしなくてはならない。CPEのデモなどでいろいろ問題があったが、例年通り、今日からバカロレアの試験が哲学でキックオフ。制限時間は4時間で、3問中1つ選択し論述するという内容。 ---- 文学系志望者用 -他人に対してのみ義務はあるのだろうか? <N'avons-nous de devoirs qu'envers autrui ?> -時間から逃れようすることには意味があるのだろうか? <Cela a-t-il un sens de vouloir échapper au temps ?> -ロックの所有権についてのテクストの説明。 ---- 理系志望者 -ある文化の価
Propos recueillis par Jean Birnbaum -------- * アラン・バディウは聖パウロを、彼以降の活動的相続が前衛的政治を再び基礎づけることを可能にするひとりの説教家闘士に仕立てています。あなた自身もパウロ的草案を真なる<レーニン的投企>にしておりますが。。。 信仰者らの共同体のなかで、時に革命的党派、さらには精神分析的社会のうちにひとが見出す集合的空間の新たな類型を、パウロのユダヤ的遺産のなかで発見することに関して、私はバディウに賛成します。すべての問いは、社会・政治の領域での新たな形式を見出すことです。自分の立場から絶えず離脱し共領域を求めること等を要請されている複数主義の社会のなかで、今日われわれは生を営んでいます。これに反して、パウロの作品の中で私が好むものは、真の普遍性へと導く道とは断固と決意した道でかつ不公平でもある道:celui[=le se
すでに第二次世界大戦について多くの書は存在する。amazon.co.jpで以下のワードで検索すると、「大東亜戦争」…130件、「太平洋戦争」…3297件、「第二次世界大戦」…231件という数がHITする。これらに古書を加えたら相当な数になるだろう。本を全く買わない人でも、第二次世界大戦に至る経緯やその経過についての史実に限るなら、今ならネット上で情報を十分得ることもできる。6月に<guerre et sang>というテーマで行われるコロックにて発表を任されてしまった。ジョン・ダワーの「容赦なき戦争」(平凡社ライブラリー)について話せばいいとのことなので、とりあえず読むことにした。以下は簡単なメモ。 * ここ)一方、日本側のそれは、軍によって兵士に配布された「これだけ読めば我は勝てる」という小冊子と、文部省が一般市民向けに発布した「臣民の道」というイデオロギー宣言書である。これら3つの資料は
Panorama de la philosophie francaise contemporaine Conférence à la Bibliothèque Nationale. (Buenos Aires, le 1er juin 2004.) par Alain Badiou Mise en ligne le dimanche 24 octobre 2004 ----- プエノス・アイレスの国立図書館で行われたというこの講演を、fenestraeさんのジジェク記事のコメント欄で見つけたので読んでみた。 バディウは、戦後のフランスで生起した哲学的契機は、ギリシャ哲学とドイツ観念論という過去の偉大な哲学的契機と比較しうる、哲学史上の出来事であったと述べている。現代フランスのこの哲学的契機は、サルトルの「存在と無」に始まって、ドゥルーズ=ガタリの「哲学とは何か?」で幕を閉じると言い、自らも
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