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Libertarianism Japan Project 「無数にある法律と規制は牛の毛のようであるが、それは個人にとって邪悪な抑圧者であり、獰猛な虎よりも恐ろしいものである」 すでにtypeAさん等によって精力的に批判されているマイケル・サンデル。ぼくも本のほうは読んでいないが、NHK教育テレビで放送されていた「ハーバード白熱教室」はそれなりにチェックしていた。先週が最終回だったが、その中で「同性婚」の問題が取り上げられていた。サンデルは、同性婚に対する3つの立場、すなわち「政府は同性婚を認めるべきではない」とする立場、「政府は同性婚を認めるべきだ」とする立場、そして「政府は結婚制度から撤退すべきだ」とする立場を紹介する。 不満に思ったのはこのうちの3つめの立場が真剣に検討されていないことだ。サンデルは、この立場の政治ジャーナリスト、マイケル・キンズリーの発言に言及するが、その後マサチュ
大学生の頃のマイケル ムーアがミルトン フリードマンに論争をふっかけたが、フリードマンに 軽く諭されるビデオ。おそらく70年代のものだろう。 マイケル・ムーアは、若いときは痩せていたんだね。 しかし相変わらずユルイ、頭の悪そうな顔をしているのが印象的。 私は自由な市場経済体制のみが経済発展を促進し、市民に自由を保障しうることを、多年一貫して主張してきた。もとより、神ならぬ人間行為の所産である経済体制に完全無欠なものはありえない。しかし一歩でもより満足しうる体制へ進む努力をわれわれは惜しむべきではない。より自由な、より純度の高い市場経済体制こそ、そのような努力の目標とするに値する体制であると私は確信している。 続きを読む タグ :越後和典オーストリア学派産業論市場経済Purification Youtubeに、バスティアの翻訳を自動読み上げするビデオを作った人がいる。 バスティアの「見えるも
Libertarianism Japan Project 「無数にある法律と規制は牛の毛のようであるが、それは個人にとって邪悪な抑圧者であり、獰猛な虎よりも恐ろしいものである」 副題に「最終鬼畜温情主義『Nudge』」と入れたかったが自粛。*1 付けでD・フリードマンのブログ"Ideas”に以下の記事が掲載された。 Ideas: Rationality, Nudges and Slippery Slopes シカゴ大学ロースクールの教授であるキャス・サンスティーンとリチャード・セイラーの共著である以下の本の批判である。 実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択 著者:リチャード・セイラー 販売元:日経BP社 発売日: おすすめ度: クチコミを見る But the people constructing the choice architecture know what result
Libertarianism Japan Project 「無数にある法律と規制は牛の毛のようであるが、それは個人にとって邪悪な抑圧者であり、獰猛な虎よりも恐ろしいものである」 では、宮台氏の主張を一旦措き、一般的にリバタリアンと人口に膾炙されている論者を、思いつくままに列挙してみよう。 アイン・ランド、ハイエク、ミーゼス、M・フリードマン、D・フリードマン、ノージック、ブキャナン、ロスバード、エプステイン、ランディ・バーネット・・・。 こうして並べたときに、果たして宮台氏のリバタリアニズム理解が、上記論者に全て当てはまるかというと大いに疑問である。*2ハイエクやミーゼスに至っては元は米国生まれでないのだから、米国人的な宗教的心性が宿っていると考えるのはあまりにも難しい。 但し上記論者を自然権的リバタリアンと帰結主義的リバタリアンに大別したならば、その始祖としてジョン・ロックとアダム・スミ
Libertarianism Japan Project 「無数にある法律と規制は牛の毛のようであるが、それは個人にとって邪悪な抑圧者であり、獰猛な虎よりも恐ろしいものである」 このエントリは、嘗て私個人のブログにて掲載していたものを、若干の修正を加えて再掲するものである。 というのも、サンデル『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』の話題をメインに今は記事を書いているので、帯の宮台真司氏による意味不明なレビュに関連して、彼のリバタリアニズム理解が一般的なリバタリアニズム理解であると誤解されないようにしたいからである。 1人殺すか5人殺すかを選ぶしかない状況に置かれた際、1人殺すのを選ぶことを正当化する立場が功利主義だ。これで話が済めば万事合理性(計算可能性)の内にあると見える。ところがどっこい、多くの人はそんな選択は許されないと現に感じる。なぜか。人が社会に埋め込
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