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ameblo.jp/1480sn
メタボンのブログ 気ままに駅伝、ラグビー、ゴルフ、歴史、雑感を書いていきます。 かなり幅広くなりそうですが、興味のあるジャンルがありましたら ごゆっくりどうぞ。 御菓子所 菓子が庶民に普及するのは、8代吉宗が推進した国内生産の 砂糖=和三盆が安く出回るようになった江戸中期以降です。 羊羹も現代の様に棹羊羹になったのも江戸時代です。 「船橋を わたって来たと 菓子とうじ」 船橋屋織部 餡に寒天を加え固めた「練羊羹」が出来たのが寛政年間の頃、 練羊羹は大変な人気になり、有名な深川の船橋屋では、 日に千棹くらい売れたという。 大きさは長さ6寸(18センチ)、幅1寸(3センチ)、厚さ1寸ですから、 小さいですね。 しかし、その値段は1棹が銀2匁(200文)(3、4千円くらい)だったという。 ですから庶民には容易に手が出ないですね。 「羊羹を すなおに食って 睨まれる」 お客さんには礼儀として羊羹を
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