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matakimika.hatenadiary.jp
おれ自身は結局のところ「萌え」にも「推し」にも乗らないまま、延々オタをやってるだけの中年というかんじなので、いまさら用語「推し」について当事者的な感想はないのだが、こないだの選挙でオタ語としての「推し」が汚染されたと感じてガッカリしたよ。推し当事者ではないので、おれが引いてたラインは結構うしろのほうだったのではないかと思っていたのだが。 とはいえ、近年、おれの観測範囲で、ほぼ三人称としてしか「オタク」という言葉が用いられなくなっていることのほうに、大きな懸念があるところだ。かんたんにいえば観測範囲の剪定に失敗している、というやつだが、でもこれ剪定の問題ではないんだよね、なぜならこの 5,6 年まったく剪定していないので。もはやそこを問題視していない。かつてのおれは一人称として、自称として「オタク」を使っている人間を選んで観測してきたつもりだったはずなので、その彼らに終に、自分がオタクだとい
運転手はぼくだ、明日の艦長はキミだ、おれがガンダムだ、そういうのはいい。おまえだ。おまえがエヴァンゲリオンだ。おまえはあのとき疑いなく誰よりもエヴァゲリオンだったんだ。 元々エヴァゲリオンが重要なアニメではなかった側のオタでもあり、東京に住んでもいないし、「エヴァンゲリオンを見に行こうぜ!」と言ってくるような友人もいないし、いまは食うので精一杯だしで、おれにシンエヴァンゲリオン劇場版を見に行くつもりは、公開からしばらく経ったいまでも全然ないのだが、この一週間ちょいで、かつてエヴァオタだった人々や、いまもエヴァンゲリオンであろう少数の人々や、エヴァンゲリオン以上にエヴァンゲリオンすぎてグゥともいえない人間や、エヴァよりあとに生まれましたーみたいな人々による、アニメのエヴァンゲリオン感想を聞いたり読んだりはある程度でき、まぁまぁ満足した。あと初代ガンダムこないだ見たわみたいな若オタの話聞いてそ
もはや長年といっていい期間、ログを後追いするのは不可能だと感じていたが、それをようやく言葉にした。思いは言葉に。はてなダイアリー。
毎期毎期だいたい女子向け枠もあるし百合枠もあるしというかんじだが、なんか神道系アニメ枠もだいたい 1,2 作品入ってきてるかんじで。仏教系アニメの台頭が期待される。 ノラガミ意外にいいかんじだ。ところでノラガミの BGM が遊んでるキャンクラの BGM と妙に融け合って胃の調子がすげー悪くなった。へんな共振感。 SAO だと前半は魔法ナシの世界だからというのもあるせいか「戦士が前線で俺 TSUEE 乱舞」てかんじだったけど、ログホラは前線の戦士は「体力と防御力にまかせて敵を引きつける役」なんだよな。これ前者が伝統的オフライン RPG ぽくて後者はちゃんとネットゲーぽい。いやソロ許容型とパーティ強制型みたいな区分けになんのか。RPG てオンラインもオフラインも疎いんでよくわからんのだが、いはゆる「ゲームの戦闘は戦士が主役」みたいなの、アニメにゲーム持ってきた場合けっこう引きずりがちの価値観だ
「熱血じゃない熱血」に対する拭いがたい不信感は 10 年以上続いているかんじだが、近年湧き上がってきている「クールじゃないクール」に対する不信も相当なものだな。 完全になにがおもしろいのかわかってないおじさんの認識なんだけど、幻影をかける太陽ってようはマドカマギカの亜流を作ろうとして実際そのように出来ました、みたいなかんじ?デアボリックラバーズ。いまんとこ退屈だ。ファンタジスタドール。やっぱこれおもしろくない。死んだ鯖のような惰性アニメ視聴だ。そろそろガッチャマンクラウズの残りを見たほうがいいんだがめんどくさい…。 ワタモテはおもしろんだが「つらい」という理由で視聴遅延が…最高なんだけど、おれの身体がもたない。いつも前見たところの手前でワタモテ体力が尽きてしまうので、どうしても夏休みの途中から先に進まない。声優握手会あたりが難関すぎてだいたいあの前後でゾンビになる。 今年のアニメは、やは俺
風立ちぬは「なんかもうべつに宮崎駿氏作品にはあんま興味が湧かない」という理由で見る気が起きない。や、べつに嫌いじゃなし、見ればおもしろいし。ただなんかもうべつに興味がないというかんじだよ。普通の感覚だと思うよ…ていうか宮崎駿氏が最近の深夜アニメはつまらん的なことむかし言ってたのってそういうことじゃろ、深夜アニメみたいなものが流行っちまうと、おれみたいにアニメに依存した生活送ってるくせして宮崎駿氏のアニメにはとくだん興味が湧かないようなオタが増えてしまうということだろ。 インターネット的なかんじの話に脱線すると、なんかこのー、宮崎駿氏作品てもののけ姫までは全然そんなことなかった気がするんだけど、そっから先てとにかく宮崎駿氏の精神分析みたいな感想が増えていったよーな気がするんだよねえ、あれがなにかといえばやけに時差を置いてエヴァファンでも流入したんかなーというかんじなのよね。なんかエヴァファン
「偉い人のこの名言が我々のこれを肯定しているのだ」は、かっこよくも醜悪にもなるねーどっちつかずだねー。 「作者は作品でのみ語れ」ではないのだ、逆だ、「読者は作品からのみ読み取るべき」なのだ。人間なんざどうでもいいのだ。 都会というのはハイエースの跳梁する恐ろしい場所であるから靴底に 2000 円くらい忍ばせる程度の準備は必要。 リンピックとリッピングは似てるので五輪ぶっこ抜き!みたいな煽りが来る。 元々カメラに興味ないうえに最近のカメオタトークは先鋭的すぎてなんにもわかんなくなっちゃったので、おれの中でだんだんカメラ情勢話がファイブスター物語と同じ箱に入ってきた。 まぁ他所ネットでローカルネタを延々引っ張るマンは痛いし野暮だしやめといたほうがいいんだがやってる本人はそういうの重々承知で「おれは敢えてだから!わかってますから!このおもしろさはわかるやつにだけわかればいいから!」てバリアー張っ
Podcast の町山氏のソーシャルネットワーク評にモヤモヤして以来何度かソシャル見てるわけなんだがこの映画疲れるんだよね、早口だから、なんかやたら濃い OFF 会に居るよーなかんじで。 ザッカーバーグがフラタニティのありようをすばらしいと思い、その価値観を内面化し、ギラギラしたリア充空間に憧れたから、そこに入りたかった、わけがない、ザッカーバーグの価値観は一貫して「クールじゃないやつはダサい」で、そして彼は彼からみて常にクールだったし、ウィンクルボス兄弟は常にダサいやつらだった(ただし、ダサくても成功者ではあったので、そこに利用価値がないわけではなかった)。で、サベリンもダサくなっていった。そんな連中の仲間に? そんなものに頓着しないからこそ、彼は自分でクールなソーシャルネットワークを作り、それをより成長させるためクールなフラタニティを(西海岸で)作った。フェニックスなんかくだらない、そ
ピコキャスの iTunes Podcast ゲーム / 趣味ランキングではたしかに低いが、The Bungie Studios Podcast より上。したがってピコキャスは Halo より Destiny よりメジャー。 iTunes の Podcast ランキング、ゲームカテゴリにやたらラジオドラマがランクインしてるし、アートカテゴリも朗読まみれだしで、おまえらそういうのはオーディオブックストアか何かに行けやと思わなくもないが、逆になんでおれは Podcast ではそういうの聴きたくならないんだろうか。 誰か 100 人くらい別々に「◯◯がー、おもしろかた、です」くらいの Podcast やってくれよって思う。 あと声優ラジオきいてるとなぜかドンドン脂汗が出てきて緊張感が上がり続けるので登録できない。女声の「リラックスしてそうにキッチリ喋る」みたいなのが苦手なのかもしれん。いはゆる「よ
なんと略していいのかよくわからず「やは俺てる」と書いていたのだが、公式愛称は「はまち」らしい。はまちと略すために「間違っている」をひらいたかんじなのか。そこ戦略的なのか。 おれは当初ハッキリとこのアニメを舐めていて、1,2 話をちょろっと流して「これはべつにいいや」と以降見てなかったんだけど、途中 7 話らへんからちょっと見てみるとこれがおもしろいのなんの。あわてて最初からみなおしてドハマリした。いやすごいね。大したことは起こらないし、どこに向けて投げられたボールなのかわからんけど、たいへん巧妙。 主人公の雰囲気がちょっと M さんぽくてすごくシンパシー感ある。うんうん、こういうひと居るよ。 中二病の背景の 01 が痩せたフォントなのが好感持てる。 なんかこー、遠山えま「ココにいるよ!」を読んだときのモヤモヤ感、「いままで主人公を抑圧してきたいじめっ子がやっつけられるシーンにカタルシスを持
インターネット見てたら「クソ田舎に行ったら、そのへんのおっさんが町内とかの役持ちになった途端異常に尊大な態度で振る舞うようになって辟易」みたいな話読んだんだけど、えークソ田舎ってあんまそんなかんじしないけどなと思ったので以下雑記。 狭い集落の中で偉ぶったりしたら、役が外れたときに復讐されて面倒だから、結局「制度としての役はあるけど、それと別に、集落内の長く続いてる階級構造のほうに権力の実態があるので、そっちの構造に寄り添う形で三役とか回していかないとうまく回らなくなる」「役になっても、集落の権力構造の中でえらくないなら偉ぶれない」「というか集落の(実質的に)偉いヤツは、面倒なので子分を役につけて使いっ走りにする」が鉄板じゃねえの。この場合の権力というのは、 「家柄」:本家が分家の、地元民が新参の、反発を抑えつけるために使う。 「不動産などの資産」:相続をちらつかせるなどして、親が子の反発を
あまり言われてない気がするのが引っかかるんだけど、たぶん人間はもともと(←主語とタイムスケールがでかい)「機械の真似をするのがたのしい」んだよ。ある種の人々が「社会の歯車になんかなりたくない」みたいなアジテーションを必要としたのは、そうでも刷り込まないとみんな「歯車になるの楽しいー」て自然に思っちゃうからなんじゃないかと思ってるよ。 おれとか子供の頃「おおきくなったらサラリーマンになりたい」と思っていたのに、大きくなってみたらサラリーマンになるためには著しく能力が不足していたので、なれなかったんだよね。このての人間にとって「社会の歯車になんかなりたくない」てのは後付の甘い言葉になるよね。そうか、おれはサラリーマンになれなかったんじゃなくて、なりたくなかったんだと合理化できるっていう。まぁじゃあサラリーマンは社会の歯車なのかといえば、それはそのひとが重視してる体感が何かとかによるよね。 おれ
何年経っても音ゲーの譜面の見せ方としてこの方式が良いように思うことができない。 https://www.youtube.com/watch?v=cG8w6KJ3Sok みたいなこと言うと「視線誘導ガー」みたいなアドバイスを皆さんがくれるんだけどいまいち信用しきれない。 ゲームやってると「なんでもキャンセルしてサッサと終わらせるのはカッコいい」という価値観が身につくし、対戦パズルだまの演出キャンセル演出は最高だし、ネームエントリーは AAA で、捨てゲーは捨てゲーしても時短かからないのがダサイので、捨てゲーボタンで即ゲーム終了できるようにすれば。 キャッスルバニアって一見ギャルズパニックに見えるんだな。 KONAMI がときメモ出したときより、PC エンジン版のドラキュラのキャラがあんなかんじだったときのほうが衝撃でかかったわ。 District 9 見てて「主人公がエイリアン化していくこと
「チヤホヤされたい」というボンヤリとした欲望は、恋愛とはもともと関係ない、でもそこの区別がつかないくらいの距離感なのが非モテ、みたいなのあるけど。漠然とした「モテたいなぁ」「チヤホヤされたいなぁ」的なボンヤリ感を経由せず、いきなり具体的な恋愛をスタートさせるというのは、そりゃもう「現在自分が関与している人間関係の中から恋愛対象を選ぶ」ということになり、現在恋愛対象になりうるひとが自分の人間関係の中に居ないひとには無理。というわけで、「自分の関与する人間関係自体の拡大を志向する」のが出会い系というやつだが、出会いの効率化を求めれば求めるほど「それは属性萌えにすぎないのでは」みたいな領域に絡め取られていく。 「まず属性で絞ってから」「その範囲内で固有の人間関係を培っていく」という手順のドライ&ウェット二段構えで恋愛が成り立っていくんだよね。ただ、恋愛成立のプロセスにドライが挟まっているという自
「治安が悪い」と「柄が悪い」はおれの中ではっきり区別されているのだが世間一般の意味の違いはわからん。いちおう前者を犯罪等に巻き込まれる危険性、後者を文化的で潤いある暮らしからの距離みたいな感覚で使っている。 道歩いてたらひったくりに遭った、は治安が悪い。公衆トイレの紙が無かったり便器が壊れていたり、満杯の瓶缶ゴミ箱の上に入りきれない空き瓶缶が積まれていたり、コンビニのゴミ箱が店内設置式だと柄が悪い、みたいな。曖昧なのは「無軌道な若者が喧嘩を売りたそうにこっちを見ている」とかの場合で、実際売られれば治安が悪いだろうし、でもそぶりだけなら柄が悪いだけだよなーとも。もちろん、そこで売られた喧嘩買ったらおれの柄が悪いという話になる。 「ヤバそうなやつがウヨウヨいる」みたいな認識って、話者の恐怖心とかがかなり影響してくる話なのでむずかしいよな。実際小学生の頃は中学生の不良が溜まってるエリアとか治安が
以前このへん(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20120831#p1)で書いたけど。今回は主にインターネット方面の話で。 半可通気取りが突っ込まれても叩かれても炎上しても平気なのは、たぶん「専門家はタコツボの中からしかものが言えないのでイニシアティブは常に自分のようなジェネラリストが独占している」という神話を信仰してるからなんだよね。 「俺に突っ込めるということは相手はスペシャリストに違いなく、そしてスペシャリストは俺の立場を脅すことなどできないのだ」という自殺しない回路。タコツボの外側まで伝える語りを持ってるスペシャリストか、自分より強いジェネラリストに抑え込まれるかの 2 パターンだけが脅威。 あと半可通気取りは「専門知識を知りすぎないこと」によってすらジェネラリストとしての自負を補給しているので(←「専門知を勉強しすぎると、一般感覚がわからなくなって
食べ歩きで料理ではなく食べログの点数を食ってる人々問題というのがあるようで、スマホの狭い画面で知って PC 画面でまで読もうとは思わなかったので、あまり読んでなくてなるほどなァと思いつつ、「ラーメンサブカルをゲーミフィケーションする場合とかは、料理より食べログの星食った方がうまい場合もある」みたいなのあるし、それは全然悪くない使いこなしだしなー程度の感覚。 目先の現実より優先して点数を咀嚼してしまうのは貧相か否かについてもまあ、あんまいえることがないのは、おれ自身点数はあまり食べないと思うけど(レビューサイトを見ることがないので影響の受けようがない)、でもなんというか「これ料理自体というより思い出を食ってるよな今おれ」みたいな行動がしばしばあって、そしてそれは料理に対する当たり前の食い方のひとつだと思っているし、そうなってくると、後はじゃあ点数と思い出は置換可能かっていう部分だけの問題で、
「インターネットは、そこに女が居ない設定であるほうが都合がよい」言説関連は、どちらかといえば女側から男側が責められる筋合いなので、賛成しようと反対しようと面倒くさいんだよな感が。 「◯◯に女は居ない(ことにしておいたほうが都合がよいのでそういうことにしておきましょう)」問題は、女の居る居ないに興味を持てない側の人間として全体像の把握がむずかしいようなところがあって、おれもそれを見かけて数年くらいは、なんでそんな話が出るのかもわからない不思議な言説扱いだったが、たぶん大別して「サークルクラッシャー恐怖症(女が居ると面倒くさいことになるんだから居ないことにしとこうぜ)系」と「ホモソーシャル最高ですよね(女混ざるとやりにくい話を思う存分やりたいんだから居ないことにしときましょうよ)系」なんだろうとじわじわ理解できてきた、が、そこから先の理解はいまだ進んでいない。べつに場が単性で占められてさえいれ
「TV 見ないわー」自慢みたいなものの同類に「努力しないわー」自慢みたいなものも含めると状況崩しやすくなるのかも、みたいなの書いてなかった。かんたんにいうと「努力型真面目人間が、とくに自分から苦労を背追い込まずなんとなーくセンスでうまくやって、自分より世の中でよろしくやってる、みたいな他人を見て抱く「ズルい!」みたいな嫉妬と羨望」らへんから出発して積み上がる謎のハードル、みたいな問題があって。 もうちょっと言い方変えると「天才タイプに嫉妬する秀才タイプ」「野生児に嫉妬する優等生」問題。このアングルを矮小化してみんなが気楽に生きていけるためには、要領のいい側を一旦ミサワに押し込んでやればいいのでは?という。要領いいやつは、なにしろ要領いいのでミサワ化くらいでガタガタいわんじゃろうし。秀才タイプや優等生をミサワ化すると末代まで祟られて面倒くさいだろけど。 というわけで身近に天才とか野生児が居て
昨年末のいつだったかに、なぜか「2012 年秋アニメ」というトピック経由で招待されたβテスト。おれが join した時点ですでにスマートフォン版ページがあり、はてな社探ってんなー頑張ってんなー感。いまどきふつうか。ふつうのハードル上がったな。 トピックの検索すらできないハードコア仕様は「はてな社だからオープンじゃなきゃイヤだけど密室感も作りたい」的な両立のためのギリギリなのだろうか。 で、招待されたからには何か書き込んでみたいけど書き込むための話題がない。コミティアに参加するための服もないし服を買いに行く服もないし花を活ける花瓶もない、イヤじゃないしかっこつかないことを気にするような歳でもない。しかしなんでまたピンポイントに「2012 年秋アニメ」に招待されたのかな。どうも同じトピックで招待されたアカウント多数っぽいけど。 数日眺めた印象だと、はてなスペースてアーリーアダプタが参入してガン
またぞろ「店員が機械か何かであるかのように粗暴に振舞う客」問題みたいなのが盛り上がっていたので「なるほどー」と思いつつコンビニ駐車場でおにぎり食いながらチラチラ飛ばし読みした。インターネット人間側としてまずひとつ言えることは「機械は操作したとおりに動くんだから人間より正確に扱え」だから、「店員が機械か何かであるようなら正確に入力すればするほど効果的」「薄給バイト店員相手の粗暴な振る舞いは、だから相手を機械としてみているというより、人間相手であればこその、相手の人間性に甘えた振る舞いなんじゃないか」「とはいえゲームで思い通りに操作できなきゃコントローラでモニタを叩き割るような人間らしさってのもあるよね」らへん。 おれの場合の話をすれば「人間とか面倒くさいし、いちいち人間性を求められるほうが却って尊厳が傷つくみたいなのあるので、いっそ機械でいたい」みたいな感覚あるから(→http://d.ha
長いこと web 日記をやっていると、「そろそろ日記やめようか」と思うことは何度かあって、そのほとんどは飽きたとか生活環境の変化とかなんだけども、そういうのと違う「やめようか」の契機というのもあって、それが「こいつの考え方おれとほとんど同じだ、というおれと別の web 日記者をみつけたとき」だ。 そういう日記者を仮に H 氏とすると、今日おれになにかがあってそれについて日記に書こうとしたときに、「でもこれ同じことが H 氏に起きれば、たぶんおれと同じような日記を H 氏は書くはずだから、おれはそれを書くより、H 氏にそのことが起きるのを待ったほうがラクなんじゃないか…」という打算が生じる。まぁそんな自分そっくりさんの日記なんておもしろいに決まっているので(自分の日記をいちばんおもしろがって読むのは自分だし、そういう自分であれば、自分そっくりの考え方をする人間の日記は相当おもしろいのだ、頭の
肥大した欲望を身の丈に合わせては? なんか最近ゴッサムシティにバットライトを点灯するような気分で「インターネットの話がしたいなあ」と書き込んでいるようなきがしてきた。バットマンこねえけど。 おれだって「僕の mixi ID は 5 桁ですが」は実際見るまでジョークだと思ってたよ。 自アンに慣れてくると、箱開ける前からだいたいの項題と内部で揉めてるポイントと意見の傾向がドンピシャ当たるようになってくるんだが(そして「予想が当たっていることを確認するために箱を開けるようになり、気が向いたら現時点までの進展の次に来るべき投票を接木する」ようになる)、はてなブックマークページについてるコメントの傾向をだいたい読めるようになってくるのも似たようなものかもしれんね。ようは、なんで当たるようになってくるのかというのが、おれの予想能力が高まってるんじゃなくて、どういう場合どういう傾向になるかが固定されてい
これまで散々アニメをオーディオドラマ扱いしてきておいてアレだが、このうえさらに面倒くさくなってきたので、耳だけで見れるアニメとかがあるとうれしい。でなければ、おれに脳と目がもういっこあればどうにかなるか。せっかくだったら耳もあと二個ほしいな。 ToLove るダークネス、HD ならではの細い線がんばってるな。あとヒロインの髪が短くなったんじゃなくて、前作ヒロインの妹みたいなの?がヒロインなのかー。そこいらへんおれにとって完全にどうでもよいので、すげー楽にみれるー。 オタ Podcast 乱聞き活動中に若干混乱してきたので逆シャア基本確認。 アクシズ押す方向は科学的には逆(地球に落としたくなければアクシズを減速ではなく加速させないといけない)、でも演出的に OK ということで決着してたはず。 アムロのブチ切れアクシズ押し返し作戦に途中参加するネオジオン側・連邦軍不参加部隊側のパイロットたちは
ずいぶん時間が経ってしまったけど引き続いて(http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20120930#p2)、とりとめない話のざっとしたメモ。鉄は熱いうちに叩けレポは忘れないうちに書けというけど、叩き切るほどの時間的余裕はなかった。 OFF では散々喋ってきたことだけど、やっぱはてな最適化問題の言語化は面倒。 オープン以外はアンフェア問題という倫理(そしておれが観測したその現象に、はてな社の各サービス連携によるアーキテクチャが加速させた部分は小さくないと思っているので「はてな最適化」と呼んでる)、日記型ブロガーからジャーナル型ブロガーへの変質、それと地方東京問題への拡張。あとそのへんには、「東京人は囲む会やれ、オフレポ書け」らへんが処方箋になりうるらへんの問題がぶら下がるか。 どうしても説教欲を抑えきれないなら、オヤジポジションは筋が悪くてアニキポジションだと比較
日本の携帯電話が進化の果てに到達した「らくらくホン」的なアレが PC に対する iSlate 的なやつだとすれば、らくらくiPad みたいなのとして Kindle とかアリなことになるみたいなへんな経路もあるわけか…。 雪風ちょう好きなんだけど、雪風は「戦闘マシーンのような人間」が「戦闘マシーンそのもの」になってしまうとむしろ兵器として弱体化する、という話になっていくので中 2 成分としては削られるんだよね。それが気持ちいいのってオトナ帝国に感動する回路と似てる気がするね。敵は海賊とかもだけど、神林氏作品において強いというのは DQN なのだ、みたいなのは端々から感じる。で、強いというのは「強くならなければならなかった」のだ、と考えれば、あまりいい状態とはいえない。ただもう最初から無類に強かった、という強さだけは無邪気だが、それはそれで強さなどどうでもよい。 「Reblog や Retwe
インターネット名物、東京なり文化なりにドリーム抱きすぎて上京した地方出身者なんだけどあまりにも空気読めなさ過ぎて己のワナビー性を殺しそこねたマン。 空気読めなさすぎるひとの「自分は空気読めてる」という勘違い、多発するんだよな、さすが読めないだけあるというか。でも空気読めないひとでも、「こいつなら読めたうえでも(読めてない場合と)同じ行動とった」みたいな強いキャラクタ性の持ち主なら、とくに問題ないので、もっと世の中アクの強い人間が増えてくれば、空気がどうのとか騒がれるようなこともなくなっていくと思う、けどそうなる傾向をひたすら抑え込んできたのが日本の誇る空気力というものよね。 あ、それと「基本的に空気読みって田舎特有の才能なので(←だって閉鎖的な環境でのサバイバル術だから)、空気読み自慢は田舎者っぽい」というのがあんま一般化してる気がしないのが、インターネットみててちょっと引っかかっている。
ところでおれの場合 90 中盤前後から 15 年来、エヴァを肴にサブカルを語る一見アニオタにも見えるが興味の中心がアニメではないひととか、アニメを肴に時事問題を語る一見アニオタに見えるが興味の中心がアニメではないひととかに心底ウンザリしているので、なんかそこいらへんについてちょいちょい書いていたりはする。 http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20120104#p1 ええい、アニメをダシに現実を語るブログをアニメブログに勘定するなと何度も(略)。 http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20120508#p2 アニメをダシに社会問題を語るブログはアニメブログではなく社会問題ブログだ問題。社会問題をダシにアニメを語るやつは訓練されたアニメブログだ問題。社会問題うめえー!というフリをしつつ結局かわいい女の子がイタリアとかで義体化して小銃とか
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