まあ、十中八九年齢によるものがあるのだろうけど ここまで理解できているのにあと一歩足りないせいでただの呪詛になっている。自分の過去を無自覚に否定するのは悲しいことなので是非もう一歩進めてもらいたい。 以前のオタクと比較すると、愛を語るのに「お金を多く払うこと」「消費をすること」が重要になってきている肌感がある。 増田が所謂推し活を楽しんでいた4年くらい前、むしろそれ以前からそうだ。ただ楽しみに夢中でそれが見えていなかっただけで。ただ別にそれは悪いことでは全くない。後悔するのは自由だが、自分が通った道を現在通っているものに対して呪詛をまくのは、過去の自分を否定するのと同じことになるのであまり健康的ではない。せめてそれは自覚しよう。 自分が楽しかった過去は大切にしていい(というか大切にしてそうだ)が、「昨今の推し活」を否定するのは無意識に楽しかった過去を否定しているのと同じだ。気付いていないだ