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2020年1月15日水曜日

風邪と料理

風邪の熱で朝も昼もなくなって、起きているのか眠っているのか判然としないまま転がっている。37度くらいだし、そこまで酷い気分でもなくインフルエンザなどではないのかなと思う。一日が気付かないまま過ぎている。

実際に作ることは少ないのだけど、趣味で料理のレシピ本を買っては読んでいる。おいしそうな料理の写真というのは見ているだけで楽しい。いつか作ることがあるかもしれない、と思って本ばかり増える。
本当のところは、良くできたものを作るよりは、適当にある肉とか野菜で間に合わせの家族の食事が作れるみたいな能力が欲しいなと常々思う。最近はほんのちょっとだけ休日などでは自分が飯を作ることもあり、そのたびに俺の作る飯はあんまりうまくねえなあと思っている。妻はそうでもないと言うのだけど、人の作った飯のほうがいつだってうまい。



北欧のおいしいスープ 今日はどれにする?
新星出版社 (2015-03-27)
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2019年8月12日月曜日

全共闘以後/外山恒一を読んだ

69年入学でバリケード封鎖されてたせいで受験できなかった(ので別の大学に入り母と出会った)という父を持つ私としては、学生運動周辺の話というのは、ずっと気になっているものではあるのだけど、そのあたりについた本はどれも難しそうで、なかなか手の出しづらいところではあった。
全共闘以後は600ページ超というボリュームながら、筆者の優れた文章力とユーモアで、小説を読むようにするりと読めた。また構成としても、冷静かつ分かりやすく全体の状況を述べているパートと、外山恒一本人とその周辺についての自伝的な部分とでコントラストというか、手触りの違いがあって、それがまた飽きずに読める要因になっている。

外山恒一というのは、世間的には都知事選の演説のことばかり記憶されているようだけど、個人的にはWeb上で読める氏の著述を見てからは、その文章力と知性がもっと世に広く知られるべきだと思っていたので、こういう本が出たというのは、大変素晴らしいことだと思う。


改訂版 全共闘以後
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2019年7月29日月曜日

時間術大全という本を読んだ

自分はあんまり時間に困ってねえな、と思った。

この本がちょっと面白いなと思うのは、目標とタスクの間くらいの粒度の、ハイライト、というやつを設定すべきということと、適宜チャージをしていかないと週の後半には息切れするということで、これは非常に自分の実感にも近い。
私の仕事は自社で使うための業務システムを書くというもので、この時間術で言うような割り込みや大量のタスクというものは降ってきにくくなっていて、うまくいくと一週間ほぼ割り込みなく同じシステムを開発していたりできるのだけど、それでも集中力を高めすぎた状態で行くと間違いなく木曜・金曜くらいは何もやれなくなるということがある。
私の個人的な解決策は、集中力が上がり過ぎそうになったらそれを止めるということで、「集中しすぎだから、ゆっくり行こう」と継続できる速度に落とすという感じだ。書いてるときに問題から多少目をそらして薄目にして(実際に薄目にする)、手の動くに任せたりする。ただこの辺、あまり共感を得られたことがない。

それ以外ではそもそも集中できないと思ったことはないし、テレビも見なければSNSもツイッター多少見るくらいなのでそもそも困ってるということがない。ハイライトを書くというのは結構良いなと思ったので、それはやってみようかなという感じ。



時間術大全――人生が本当に変わる「87の時間ワザ」
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2019年7月22日月曜日

スローターハウス5を読み直している

ツイッターで好きな小説をいくつか上げたときにふと忘れていたスローターハウス5をkindleで買い直して読んでいた。ヴォネガットの本はどれも、その物語の厳しさみたいなものに反して、ぱっと読んでしまう軽やかさを持っている。
そのスタイルの差っていうのは年代なんかにもよるのかもしれないけど、ディックなんかがものすごくきっちりと物語の中の時間に寄り添って逃げ道のない重厚な語り口であるのに対して、ヴォネガットはあの気のいいヒゲのおじさんがホラなのかなんなのか分からない調子で話しているような気がする。スローターハウス5では小説としてはちょっとびっくりするくらい長い前書き(というよりプロローグみたいなもんだけど)が入ってくるので、よりそんな感じがする。
本というものがあまり読まれなくなった現代においては、ヴォネガットみたいな軽さのほうがより受け入れられるかもしれない。

話自体は、とても好きな作品であるけど、これがなんなのか述べることはむずかしい。我々は時間をひとつの方向に過ぎていくものだと捉えているけど、本当はそうでもないのかもしれない。私は生まれてきて良かったと思うようなあの素晴らしい瞬間の中にいるし、また、生きているのが全く嫌になってしまうようなあの最悪の瞬間の中で立ちすくんでいるのかもしれない。そういう話だ。
これはタイタンの妖女のラムフォードがまさにそう言うことを語っている。



スローターハウス5
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2019年3月7日木曜日

日記みたいにふつうにしゃべるみたいに動画を作る


ごく普通に動画を撮りたいなと思った。
ものを作っているところをただ撮って、普通に喋って。
そう思ってやったのだけど、通常の動画編集の数倍かかった感じになった。

そうなってしまった原因としては、スタイルが固まらなくて、最初はすごいモノローグ風に喋ってたり、しゃべる内容自体も何度も何度も書き直したり、ということがあるのだけど、次からはまとまったからささっとできるのではないだろうか。
できてほしい。



Wall and Piece【日本語版】
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2019年1月23日水曜日

水木先生死なないで!/昭和史(水木しげる)

水木しげるの昭和史を読んでいる。
内容はこれまでにいくつか読んだ水木先生のエッセイや、あれこれの短編などから割と知っていたりもするのだけど、これこそが中心というような作品で、実際の日本の歴史と、水木先生の人生が縦と横になって張り巡らされていて、時間を忘れて読んでいる。
とくに戦地に行った水木先生が敗走していくところは、本当に何度も水木先生が死ぬんじゃないかと思った。というか、水木先生が描く(自伝ではない)玉砕の話だとまず全員死ぬようなシチュエーションに、それも一度ならず何度も出会うのに、水木先生は生き抜いてしまう。この人こそ一番漫画の主人公なんじゃないかという気がする。
戦争が終わり、自分は本当に明日も明後日も生きられるのだ、と思って水木先生が笑い声を上げるシーンがまた良い。果てしない希望を感じる。我々は生きている。




昭和史(1) (水木しげる漫画大全集)
水木 しげる
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2018年12月23日日曜日

まんが道とゲゲゲの家計簿

まんが道をまた読み返していて本当に面白い。
二人の子供が学生時代から何度も雑誌に掲載されたり、単行本を出版されたりして、夢物語のようなんだけど、それが現実で、それが藤子不二雄になると思うと胸がドキドキする。まんが道自体は愛…しりそめし頃に…まで含めると結構長いのだけど、1~11巻くらいまでが東京に出るまででキラキラしているので、そこだけでも読むべきかと思う。

まんが道ほどの大作ではないけど、水木しげるのゲゲゲの家計簿という漫画も同じく、漫画家の成功していくまでの話で面白かった。どっちかというと、戦争直後で養う家族が居るし、紙芝居は安いし、ガンガン家計は0になってオンボロの靴まで質に入ったりするしで、水木先生のほうがシリアスなはずなんだけど、根の明るさとタフさみたいなもので非常にカラっとしていて良い。
年齢も人生経験も違いすぎるけど、満賀道雄が顔真っ黒になって集中線の中で大ゴマで「ガーン」ってなってるような状況でも、水木先生なら通常のコマに「フハッ」って背景に書かれて突破である。
力強い。

ちなみに時代で言うと、貸本の会社が倒産してこれからどうすりゃいいんだ、と水木先生が困っていたのが昭和37年で、やっと昭和40年にマガジンから依頼が来て生活が楽になっており、藤子不二雄は36年にトキワ荘を出ていて、39年にはオバQが大ヒットしたりしているので、このあたり水木先生の人生ハードモード感がある。




2018年11月25日日曜日

感じ悪い人が嫌いではない/鉄工所にも花が咲く


思い返してみると、私は厄介なやつとか、感じが悪いとか、一種昔の職人ぽさを持ってる人ってものが好きで、それは、自分自身がそもそもコミュニケーションが上手だと感じていないことからの共感というか、似たような人だから付き合いやすいみたいなことなのかなと思っている。
ただ、割といい年のおっさんになってみて、現状を振り返ってみると、自分自身はそれなりに器用にやってこれてしまっていて、全然自分は職人ぽくないし、普通の一般的サラリーマンみたいな感じのものになった。
なので、かような小賢しさみたいなのを持たない孤高の人は美しい、と思う。ただ人生経験積んでみると、感じ悪い人は実は内心が優しいみたいなことが常に言えるわけじゃないこともわかる。感じ悪くて、内心は優しくて口下手な人もいるけど、感じ悪くて、内心も腐ってる人も普通にいる。というか、感じよくて、内心は腐ってる人より全然多い気がする。
とはいえ、やはり自分は感じ悪い側に立つのである。たぶん。

2018年10月21日日曜日

時間飛行士へのささやかな贈物

ディックが大好き、とか言いながらまだまだ読んだことがないものはたくさんあって、電子書籍で買えるのだなあと気づいて購入した。もともとディックの小説を読んでいたのはブラック企業で働いていた頃で、ほとんど古本で買い集めていたので、手に入らなかったものはそのまま読んでいなかった。
それで、どれが家にあったっけと思いながら本棚を眺めていたら、時間飛行士へのささやかな贈物、という短編集を見つけた。この表題作は一種の時間繰り返し物と言える作品で、そこまで有名ではないかもしれないけど、不思議と自分の心に残っている。

時間繰り返しものが好きだということもあるし、うんざりするような悲痛な決断をするほかない、というような話に強く共感することもあるのだけど、自分がどうもこの作品のことが忘れられないのは、なんとなくその時間繰り返しの軸の部分が良くわからんということにある気がする。話は自分たちが閉じた時間の環の中に居るかどうか、ということが非常に重要なこととして書かれているのだけど、どうしてそれに至るかよくわからない。
現在から、未来へ行って、また現在に戻ってくる、という時間旅行の話なのだけど、たとえば戻ってきた瞬間にタイムスリップの瞬間に巻き込まれるかも、みたいな説明があれば、なるほどと思うのだけど、そういうのもない。
ただ、時間飛行士たちは、なにか嵐の海の向こうにいる神様を恐れるように、自分たちがどう考えたって閉じた時間の環の中にいる、ということを怖がっていて、疲弊している。でも、自分たちが閉じた時間の環にいることはどうも知覚できないっぽい。
よくわからない。
たぶん過去にも自分は何回かよくわからないと思って読み返しているのだけど、今回読み返してみて、やはりよくわからなかった。何度読んでもそれについては書いてない。あとがきでディックが、時間旅行の時代になれば、それ独特の問題があるのでは、みたいなことをちょろっとだけ書いているから、現代からはよくわからない独特の問題として表現されているのかもしれない。

とはいえ、別にだめな作品というわけではなくて、むしろ好きな話である。
自分の葬式に参列する人々のイメージや、永遠に生き、永遠に死に向かう姿は、それがどういう理屈なのかはよくわからなくても鮮烈だ。マイノリティ・リポートでもそうなのだけど、どうしようもない運命の中で、最悪の選択を自らの手で決断しなければならないというのは、だいたいの決断から逃げてきた私にとっては、ひどく美しいものに映る。



ディック傑作集〈2〉時間飛行士へのささやかな贈物 (ハヤカワ文庫SF)
フィリップ・K. ディック
早川書房
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2018年9月19日水曜日

日常の終わり/施川ユウキ『銀河の死なない子供たちへ』

うちは築不詳(少なくとも40年超)というような非常に古い借家で、地震なんて来たらいつ崩れるかわからないというような家だ。つい最近、関西では割と大きな地震があって、眠っていた私は大きな音が聞こえると同時に、跳ね起きて、眠っている次男に覆いかぶさっていた。それから1,2秒くらいで、家が崩れたらひとたまりもないと考えて、未だ眠る2才児を抱きかかえて玄関まで走った。
長男は少し前に小学校に向かっていたので、妻は慌てて外へ出ていった。長男はもう学校についていたようで、ほどなくして妻は帰ってきて、それからしばらくして休校になり、再び妻は息子を引き取るために出ていった。
私はなんとか動いていたバスで職場に向かい、何もなかったような顔で仕事をした。

日常は何もなく続くような顔をしていて、するり、と終わる。

施川ユウキの『オンノジ』はちょうど東日本の大震災を挟んで作られたもので、突然世界から人が居なくなって、日常が終わるところから始まる。ただ悲劇的な色はなく、物語のトーンは(サナギさんとかみたいな)いつもの施川ユウキのトーンで、喋るフラミンゴのオンノジと非日常の中に日常を見出すような形で続いていく。
その後に描かれた『ヨルとネル』はいつものトーンを持ちつつも、遥かに暗く先の見えない、悲しい予感に満ちている。日常など元よりなく、オンノジにあった希望がそこにはない。あるいは語られていたとしても、ミヤコがそうしているようには、純粋に信じられてはいない。
オンノジとヨルとネルは舞台設定なんかはまるで違うけど、その根底にあるものとしてはとても近いものがあって、どちらもものすごく頼りない希望にすがって、非日常の中で生きるという話だ。双方は相反するように見えるけど、どのみち希望に根拠がなく果てしなく脆弱であることは変わらず、世界は自分の前に圧倒的で、なんの歩み寄りもなく、いつ再び非日常の中の日常すら終わるかしれないということは変わらない(一度そうなったように)。

しかし、とはいえ生きねばならない。

すごく頼りないような日々でも、もしかして希望もないのかもしれないけど、実際には我々の人生は、漫画のようには簡単に終わらない。生きねば、とナウシカが言ったように、生きねばならない。『銀河の死なない子供たちへ』は、それを軽やかに、ある意味不格好なほどにものすごく直接的に描いている。あるいは、だからこそ、この漫画は今まで見たことがないくらいに力強い。そして果てしなく愛に満ち満ちている。
はるかな日々の先には、やがて死が待ち受けているのだけど、いつかは誰もが死ぬのだ。それでも、見たことがない世界へと、希望を抱いて行くのだ。その希望は決して脆弱なものではない。根拠のない希望というけれど、もとから希望に根拠なんてないのだ。それでも私達はそれを抱ける。生きていることこそが希望だからだ。


余談。日常の終わり、という例として持ち出してはみたけど、東日本の大震災の頃ほどには、今回の地震で日常が終わるような感じを受けたわけでもない。というのも、今の自分にはあまり日常たるものがない。ひとり、ふたりと子供が生まれてからこっち、安定して飛ぶように過ぎる毎日みたいなものとは無縁になってしまった。やれ、子供の歯がコケて折れただの、幼稚園で小突かれてた相手をひっぱたいただの(その後仲良しになった)、心臓の検査にひっかかっただの(なんでも無かった)、ちょっとうちの子落ち着きないんじゃないか、とか、次男なんだか小さいとか、次男なんだか喋るの遅いかとか。自分の都合ではどうにもならないような問題が次々発生して、のんびりやってる暇がない。
妻と結婚してから子供が生まれるまでの数年なんて、まばたきをする間に過ぎた気がするのに、子供が生まれてから6年間は果てしない時間のようだ。子どもたちに出会う前の自分なんかはるか昔に消えてしまったような気持ちさえする。
子育てというのは非日常的なものなのだと思う。


銀河の死なない子供たちへ(上) (電撃コミックスNEXT)
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2018年4月29日日曜日

墜落日誌読んでる

寺島令子の墜落日誌が電子書籍化されていることに気づいて読んでる。
昔ログインに掲載されてたエッセイマンガで、物心つく頃にはもう読んでたような気がする。1989年から始まりパソコンやその周辺のオタク事情みたいなものに溢れていて、ただ懐かしい感じがする。小さなときの自分が何に興味を持っていたのかということが思い起こされて、うちのちびっ子たちにオーバーラップする。
うちの長男はSteamのFactorioというゲームが大好きだけど、小学校には話の合う子は多分居ないんじゃないだろうか。自分もそうだった。とはいえ、別にそれを誰かと共有できないということに不満を感じたことはなかった。それはログインみたいな雑誌の向こうに自分と同じ趣味の愉快な大人たちが居たおかげなのかもしれない。
ちなみにうちの子の場合、Youtubeに同好の士が一杯居るからそれを見ていればOKっぽい。時代である。



墜落日誌1 (ビームコミックス)
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2017年4月13日木曜日

物語がそこにある/映像研には手をだすな!

不動産の広告なんかを見るに、みんな新しい小奇麗な家が好きであるようだ。私はそうではない。私は、家にかつて誰か居たような感じとか、何かの意図をもって改築されたような、古い家が好きだ。今の家も、築不詳(1970年以前の記録消失のため)と書かれていた家だ。おそらく不動産屋からすると、この物件は安いボロ屋で、そのあとの小奇麗でやや家賃の高いところの引き立て役として見せたものだと推測している。
ただ、私は、変に奥まっていてたどり着けない(実際に出前や宅配便が迷って電話してくる)立地も、あきらかに最初は家の外にあった風呂便所の上に、無理矢理屋根を付けて作った二階や(そのせいですこし傾いてる)、壁に残った何か貼っていたのであろうセロハンテープのあとだとか、そこにかつて居た誰かを強く感じさせる佇まいを、ひと目見て気に入ってしまった。
▲階段。超急(子供は這って登る)
▲風呂。なぜかプレートつき。

やったあ、こういう家に住みたかったのだ。
私は迷うことなくこの家を契約して、それ以来数年ここに住んでいる。ちなみに住んでみるとボロさに嫌になるとかそういうこともなく、ずっと気に入っている。ここが好きだ。 

映像研には手を出すな! をAmazonでパラっと1ページ目だけ見て買おうと思ったのは、つまりそういうことだ。変わったダンジョンのような学校とか、誰かが間違いなく住んでいたであろう家の姿なんかには、物語の存在感がある。私が家を選んだのと同じような感覚で、学校を選んだという浅草氏に強い共感を覚えた。こんな人物の出て来る漫画が面白くないわけがないと思った。

はたして、映像研には手をだすな! は非常に良い漫画だった。世界は物語に満ちている。そこにも、ここにも。



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2017年4月1日土曜日

ノラネコぐんだん おすしやさんがすごく良かった

ノラネコぐんだんはめちゃめちゃなことをする。めちゃめちゃなのに、誰も疑問を持たず全員一致で夜中に台車押してったりするし、めちゃめちゃなので問題が発生し、ごく常識的に(こんなことしていいと思ってるんですか、とか)怒られ、正座させられたりする。
ノリノリでやったバカなことをまともに怒られているシチュエーションというのが(当事者でなければ)、私はどうにも好きで、バカな人々をなんとなく愛らしく感じてしまって、ウフフと笑いがお腹からこみ上げてくる。
また、どのページも本当に絵が細かいところまで良くて素敵だった。
長男も三回も四回も読んでくれとせがんできて、そのうち自分で音読し始めて一人で笑っていた。



ノラネコぐんだん おすしやさん (コドモエ[kodomoe]のえほん)
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2016年10月27日木曜日

バーナード嬢曰くを読んだ

施川先生はエッセイ漫画で自ら書いてたり、アニメのキャラデザを可愛くしてくれと頼んでたり、対談でサナギさんは萌えキャラでやりたかったと言ってたり、あんまり自分の画力とか絵が好きではないのかもしれない。ただ私は大変好きで好きで、サナギさんのキャラなんて誰も彼もものすごく可愛いと思うし、バーナード嬢曰くだと、長谷川さんがとにかくめちゃめちゃに可愛いという、そういうアレです。



バーナード嬢曰く。: 1 (REXコミックス)
一迅社 (2014-04-18)
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妻に恋する66の方法を読んだ

福満先生のあたらしい漫画読む。愚痴とか妄想ネタのようなものを減らして、妻のかわいいエピソード多め。扉絵が大きくて可愛くて大変良い。いつもの福満先生をより一般受けするような感じに、微調整してるような感じ。ともかく先生が元気そうで良かった。


2016年10月12日水曜日

食い物の科学本/実況・料理生物学(小倉明彦)

食べ物が好きだ。食べるだけじゃなくて、食べ物のゲームも好きだし、食べ物の絵を描くのも好きだし、食べ物の立体造形をするのも好きだ。当然食べ物の話を聞くのも好きなので、この本は面白かった。料理を通して生物学を語る大学の講義を書籍化したもので、分量としては数講義だが、小倉先生の多彩な知識は本題の生物学以外にも広がっていく。
ウシの胃がいくつかあって反すうをして飯を食う、ということは知っていても、それが4つで、反すうは1~3胃で草を発酵させるために行って、発酵後に4胃で消化する(なのでもう反すうしない)、なんて面白い話が随所に出てくる。
ほへーと読みながら、とにかくミノが食いてぇなぁ、と思った。



実況・料理生物学 (阪大リーブル)
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2016年10月2日日曜日

電子ゲームかわいいよ電子ゲーム/電子ゲームなつかしブック

単機能なものが好きだ。たとえばスマホで時間が見れるといっても、機能が限られてるチープカシオが可愛いくていくつか持ってる。おもちゃでも、ゲームでも、同じようにそれしか出来ないやつのほうが愛おしい。エレメカ(じゃんけんポン!とかゲーセンで言ってる機械)なんかも大好きだ。そのためだけに作られた機械が好きだ。便利ではないが、そのほうが良い。

今の家庭用ゲームが売られる前に、電子ゲームというものが流行った時代があった。ゲームウォッチなんか有名だが、つまりはごくごく単純なスコアゲームができるだけの小さな端末で、現在から考えると信じられないくらいに簡単なものであったのだけど、それがあちこちの会社が参入するくらいざっくざっく売れていたらしい。

らしい、というのは、私はリアルタイムな世代ではないからだ。私が物心ついた頃には、ゲーム機というものはファミコンのことを指していた。もっともそれでもその時代にはまだ、年上の兄弟の居る家では電子ゲームを見かけることもあり、持ち運べるピコピコ言うそれは、魅力的に映っていた。

だからこの電子ゲームなつかしブックを読んでも、私は郷愁や懐かしさといった感情を覚えるわけではない。ただただ、単機能なゲーム機が愛おしいという気持ちで眺めていた。どれもこれも欲しい。欲しいものは作るしか無い精神で言うと、自分の作るべきものはこういう単機能なゲーム機械なのではないかと思った。

ちなみに単機能なゲーム機以外にも初期のゲームコンソールなんかも載っていて、コレコのテルスターアーケードなんかも激烈に可愛い。


なんだこれ最高かよ。



電子ゲームなつかしブック (コアムックシリーズ 682)

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2016年8月30日火曜日

寺村輝夫のぼくは王さまを読み聞かせる

子どものころ寺村輝夫の本が好きだった。話の展開はどれも脈絡がなく、起承転結などない夢の中の話のようだ。夢の中で目覚めても、また夢の中で、その夢の中でまた眠って夢を見ている。明るく、だけどどこか不安で、素敵だ。

ぼくは王さまは寺村輝夫の代表作で、かなりの作品数があって、私もせいぜい5,6作しか読んだことがない。そんなわけで少し前に思い立って全集を買ったのだが、ぱらぱらとめくる程度で、なんとなく読まないでいた。

最近長男が少し大きくなって、少しは言葉の意味もわかるようになってきた。それでぼくは王さまを読んで聞かせてみると、思いのほかおとなしく聞く。楽しんでいるかどうかはよくわからないし、単純に私が本を読み上げているということが嬉しいのかもしれないが、自ら読んで欲しいとも言うようになった。毎日少しずつ進めているが、読み始める前にこれまでの話はどんな話だったと聞くと、案外ちゃんとあらすじを理解していて驚かされる。退屈しないように、間を空けたり、抑揚をつけたり、工夫して朗読することも楽しい。

子供の頃自分が好きだったものを、自分の子どもに聞かせていると、なんだか息子を通して幼い頃の自分に出会っているように錯覚する。また、そのように思うと、不思議と心が安らぐ。もう二度とは来ないと思っていた子供時代も、夏休みも、子どもたちと一緒に私の傍にある。




寺村輝夫のぼくは王さまはじめの全1冊 (寺村輝夫全童話)
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2016年8月14日日曜日

それならもうなんだってOKだろ!/ゼロからトースターを作ってみた結果(トーマス トウェイツ)

ゼロからトースターを作るぜ、しかも鉄は鉄鉱石から掘り出すし、精錬して作るぜ、イェイ! という意気込みで始まる本なのだけど、ちょっと想像すれば分かるとおりそんなことは勢いだけで出来るようなことではなくて、あっさり計画は暗礁に乗り上げる。
もともと卒業制作であり、またブログのネタとしてやっていたことで、そんなに本気度の高いものではなくて、たとえばデイリーポータルみたいな感じに作られていると考えた方が良い。そんなわけで、鉄の精錬には失敗するし、そのうえ電子レンジを使って精錬をやり直そうとする。
その後もほぼ大半の工程を失敗しては、現在の廃棄物を使うのは鉱脈みたいなもんだしOKでは? 的なことを言い出して進めていくのだが、もうそれなら鉄鉱石がどうとか言わずに、普通に店で買えるものだけでトースター作ってみました、でも全然良いんじゃないかと思うのだけど、とりあえずそのまま進みゴミ的なものを作り上げて話は終わる。
私はゴミ的なものを作るのも、人がゴミ的なものを作っているのも大変好きだし、この本も内容的にやや薄いなとは思うが結構楽しんだ。とはいえ、純粋に技術的な興味よりは、経済や環境的な部分への問題提起的なものが多くてその辺は興味を惹かれなかった。というか、私の印象ではデイリーポータルのノリで書かれた製作記事の最後がいきなりフェアトレードだのエコロジーだので締められるような印象で、正直なところ、すげー学校のレポートっぽい、という感じである。
「地球を大切にしなきゃならないと思いました、まる」という感じ。



ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)
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2016年7月4日月曜日

歴史劇画 大宰相(1) さいとう・たかを

吉田茂が戦争直後の有名な総理大臣だってことは知ってるし、それが麻生元首相のおじいさんだってことくらいは知っているけど、具体的にどういう経緯で首相になり、政権を運営していたかってことはよく知らない。あと思いつくのはバカヤロー解散くらいのものだ。

大宰相は戦後の首相の姿を描いた戸川猪佐武の原作を元に、ゴルゴ13のさいとう・たかをが劇画にしたもので、1巻目は吉田茂の話から始まっていく。原作は小説と銘打たれているが、実際の歴史の流れを外すわけではなく、ごくノンフィクションに近いものらしい。

その真偽や、現実のことだからこそ評価なども実際には様々あるだろうけど、それはさておいても、戦後のめちゃめちゃになっている状況で、なんとか国を建て直そうとしてオッサンらが頑張る姿というのは読んでいて興奮する。GHQが明日日本国民に通告を出そうとしているが内容に承服できないので今から行ってなんとか止めてこいだとか、モーニング持って東京まで来いって言われて行ったらその日のうちに大臣にさせられたりとか、とんでもない速度で時代が流れていく。

もちろん私達はそのあと日本が高度経済成長にさしかかり、苦しかった時代が終わり、豊かな日本になることを知っている。それはさながら「めでたし、めでたし」になることを知っているおとぎ話のようなものだ。面白くないわけがない。

ただエンタメとしてだけではなくて、いったい今まで続くような法律や体制がどのように形作られたかだとか、現状でもそのまま地盤を継いだ有力者の親や祖父がどのような人であったかということは、興味深いことが多い。勉強として扱うにはこの本だけでは足りないだろうが、全体の流れとして抑えておくには漫画で読みやすいし、本当に勉強するときが来たら後学のためになるかもしれない。