早慶戦といえば、早稲田大学と慶應大学がおこなう野球の対抗戦であり、六大学野球のクライマックスとしてよく知られている。
だが、その裏側でもう一つの戦い、「珪藻戦」がおこなわれていることを知る人は少ない。
私がその存在を知ったのは、大学に入った年の五月、教授の下のごとき発言によってである。
小学校の理科で習ったように、珪藻は植物プランクトンの一種だ。
珪藻戦というからにはプランクトンが関係しているのだろうか……興味をひかれて調べてみると、この存在の極めて奇妙であることが、徐々にわかってきた。
慶應大学において、珪藻戦はまことに由緒正しきイベントということになっている。
実際、毎年五月の半ばになると、観戦チケットが中庭で売られるようになり、各種サークルの人間が行列を作る。
しかし、メディアが報道するのは早慶戦のことばかりで、珪藻戦についての記事はさっぱり見当たらない。
対戦相手である早稲田大学では、さすがに珪藻戦の名を知るものは多い。
それでも珪藻戦の話題に触れるものはバカにされるようだ。
早稲田大学の学生に、珪藻戦について知っているか、と聞いたことがある。
彼は失笑しながら、
と答えた。
早慶戦と珪藻戦の決定的な違いは、その応援の仕方にある。
早慶戦の応援は、全学をあげての大行事である。早慶それぞれの学生が肩をがっしりと組み、校歌を若々しく歌い上げる姿をテレビで見たことのある人は多いと思う。
それに対して珪藻戦の応援は気まぐれだ。慶應の学生は自分の大学を応援したりしなかったりする。
これには理由がある。
慶應大学では珪藻戦の日が休校になる。そして珪藻戦は土・日・月と行なわれ、二勝先取であるから、両者一勝ずつで三戦目にもつれこめば、学生は思わぬハッピーマンデーを手にし、自宅で珪藻のごとく光合成にはげむことができる。
だから、慶應生の多くはそれが早慶どちらであるかに関係なく、初日に負けた方を二日目には応援するようだ。
「天は人の上に人をつくらず」という一万円札の教えに従った結果かもしれない。
また、珪藻戦は異性との交友を深める場としても大きな期待を背負っている。
ある卒業生によると、肩を組んだ拍子に指先がおっぱいをかすめてしまう、というのはごく普通にあることで、おっぱいを鷲掴みにしてそのままホテルまで引き摺っていってしまうことすらあるのだという。
人間は珪藻とちがって有性生殖をする生物だから仕方ないのかもしれない。
早稲田には、近ごろ独自に万能細胞を開発している卒業生がいるということである。
これが珪藻戦における勝利を目指したものだ、というのは考えすぎだろうか。