ボードゲームスタディーズとは何か
- 2019/05/24
- 02:32
『ボードゲーム・スタディーズ』とは、私が2本の記事を寄稿した、2019春ゲームマーケット1日目(5.25(土))S10ブースの「タルトゲームズ」で販売される同人誌の書名であり、したがって、固有名詞である。また同時に、ボードゲームスタディーズ(board game studies)とは、ボードゲームを対象とした《ゲーム研究(game studies)》を意味する言葉で、普通名詞である。当然ながら、前者は後者を踏まえた名付けだ(正確には、私が名付けたわけでは無いので、「名付けだろう」と書くべきところであるが。)。しかしながら、後者の語彙がボードゲーマー一般に広く理解されているものであるかと言えば、それは極めて疑わしい。決して少なくない数のボードゲーマーが、レビュワーとして――公の場で批評活動をしている人々だけではなく、ボードゲームについて何かを語りたいという思いを持つ人々全てがそこには含まれる――、デザイナーとして――実際に制作・販売している人々だけではなく、まだ制作してみたいと思っているだけの段階にある人々や、現時点では明確に作りたいという思いがあるわけではなく、こういうゲームがあったらな、と夢想しているだけの人々もそこには含まれる――、ボードゲームについての何かしらの知見を求めている現状にあって、自分たちが求めているものが、それを集積・発展すべく奮闘している人々自身から何と呼ばれているのかを知らずにいることは、実にもったいないことだと思われる。自分が求めていた知見は「ゲーム研究」と呼ばれている(少なくとも、その中に含まれる)のだ、ということを知るだけで、自身の視野を広くし、知見を深めるための方策が具体化される。「ゲーム研究」の成果にアクセスすれば良いのだ。
とは言え、今はまだ多くのボードゲーマーにとって、「ゲーム研究」とは未知の概念であるだろう。端的に言えば、ゲーム研究とは、ゲームを対象に、さまざまな学術的方法を用いて研究する学際的な研究領域である※1。これは(悪評高い)ウィキペディアからの転載だが、実際にそれに携わる多くの研究者においても、これとおおよそ同じような理解が受け容れられているように思われる※2。この説明(定義)からわかるように、ゲーム研究とは、特定のゲームにおける有効な戦略を探求することそのものではないし、個人的な経験則の集合体そのものでもない。例えば、ゲームデザインの理論はおそらくゲーム研究の範疇に含まれるだろうが(サレン&ジマーマンの『ルールズ・オブ・プレイ』の副題が「ゲームデザインの基礎」であることなどはその証左だろう)、かと言って、「デザイナーはアイディアのメモをとっておくのが良い」とか「逆に、メモはとらない方が良い」などという議論は、当の結論の妥当性が極めて属人的である(ある人は前者の方が当てはまり、別のある人は後者の方が当てはまる、などといったように。)ことにより、普通ゲーム研究上の議論とは見做されない。少なくとも、その議論がゲーム研究上意義あるものとなるためには、その結論が有効となる前提条件(当人の種々の特性など)と、アイディアをメモにとる/とらないことが、アイディア(の断片)を創出し、統合し、ゲームのデザインが果たされるまでの機序(メカニズム)に与える影響が記述され、当の結論が一般化される必要があるだろう。逆に言えば、ゲーム研究上の成果と見做されるような議論(の結論)は、何らかの形で一般化されたものであることが通常である、とも言える。したがって、その一般化された事柄を個別具体的な対象へ適用することができる――すなわち、その道具としての使い方を知っている、または、直観できる――人間にとっては、ゲーム研究上の議論は紛う方無き宝の山である。
同人誌『ボードゲーム・スタディーズ』は、通俗的なボードゲームについての語りから、そうしたゲーム研究上の議論へとボードゲーマーの意識を接続する役目を担うものになっている。少なくとも私はそうした思いを込めて記事を執筆した。とは言え、普通名詞としての《ボードゲーム研究(board game studies)》を難しく考えることはない。『ボードゲーム・スタディーズ』の目次を見て欲しい。
- ゲームの楽しさ、そのSM的様相(カズマ氏担当記事)
- ガチとエンジョイ、パラノとスキゾ――『逃走論』変奏(カズマ氏担当記事)
- ワンナイトルール事件(ぷらとん担当記事)
- セッションの構造(カズマ氏担当記事)
- ルールとフィクションと部分的仕組みについての一考察(ぷらとん担当記事)
- クラマートラックは双六か(カズマ氏担当記事)
- システムとは何か(ぷらとん担当記事)
- ハイパーアクティビティ・チャイルド(カズマ氏担当記事)
そこには、宝石箱のように様々な論考・思索がちりばめられている。時事ネタ(若干古いが)もあれば、なにやらセクシャルな単語が踊る妖しげな記事(実際にはいかがわしい話はしてません!)もあれば、哲学的なタームが掲げられた記事もある。実に多彩だ(ただし、ぷらとん担当部分についてはその限りではない)。その多彩さは、先に私が説明したゲーム研究の在り方とかみ合っていないように思えるかもしれない。しかし、実はその多彩さこそが、ゲーム研究の重要な側面である「学際性」とつながっているのだ。いくらか言葉を費やしてその在り方を説明してきはしたが、私個人としては、ゲーム研究とは、ゲームの哲学とでも呼ぶことが可能なものであると思っている。ここでの「哲学」とは、そのもともとの――すなわち、古代ギリシャ時代における――意味での哲学である。それは、知的営みそのものであり、対象も方法論も限定されないものである。現代の視点からすれば、もともとの意味での哲学は極めて学際的な性質のものだ。してみれば、ゲーム研究がゲームの哲学だというのは、それなりに妥当な物言いではなかろうか。その意味で、『ボードゲーム・スタディーズ』を通じて我々が呈示しようとしたものとは、まさに「ボードゲームの哲学」なのであり、普通名詞としての《ボードゲーム研究(board game studies)》が「ボードゲームの哲学」と重なるものであることが私とカズマ氏との間で共有されていたからこそ、『ボードゲーム・スタディーズ』は『ボードゲーム・スタディーズ』としてこうして世に出されることが可能になったのだと思う。我々なりのゲーム研究の成果たる本書を、このエントリーをお読みの皆さんには是非味わってみて欲しい。
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— カズマ/Kazuma@GM春 土-S10 (@_kazuma0221) 2019年4月21日
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