筆者は3年前、ITproで「ついにWindows開発から離れた『闘うプログラマー』」というコラムを書きました。Windows NTのアーキテクトで、ドキュメンタリー「闘うプログラマー」の主人公であるデイビット・カトラー(David Cutler)氏が2006年7月をもって,Windows OSの開発部門を離れたという記事です。実はこれは誤報でした。今回はこのことをお詫びしたいと思います。
3年前のコラムでは、カトラー氏がWindows OSの開発部門からオンラインサービス「Windows Live」の開発部門に異動したことを指して「Windows OSの開発現場を離れた」と表現していました。当時の筆者にとってWindows OSとは、カトラー氏が設計したWindows NTの系譜を引き継ぐ「Windows Vista」と「Windows Server 2008」のことでした。Windowsと付いていても、単なるオンラインアプリケーションの集合体に過ぎないWindows Liveは「Windows OSではない」と思っていました。「離れた」と書いたのはこのためです。
しかしカトラー氏がWindows Live部門に異動して「改めて開発を始めたもの」は、やはりWindows OSでした。
「Windows Azure」の開発を主導
カトラー氏は2006年秋に、Windows Live部門で「Red Dog」という開発コード名を持つ新しいプロジェクトを開始しました。このRed Dogには後に製品名が付き、それが2008年10月末の開発者会議「PDC(Professional Developers Conference) 2008」で大々的に発表されました。つまりRed Dogとは「Windows Azure」だったのです。
Windows Azureは、クラウドコンピューティング時代のマイクロソフトの生命線を握る「OS」です。第三者にPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)として提供するだけでなく、「Exchange Hosted Services」のようなマイクロソフトのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の基盤になることも決まっています。しかもカトラー氏は、Windows Azureの中でもキモ中のキモであるハードウエア抽象化機構の「ファブリック・コントローラ」やP2P(ピア・ツー・ピア)ベースの分散ストレージ「Azure Storage」の開発に初期からかかわっていました。
1942年3月生まれで67歳になるカトラー氏は、途絶えることなく一貫して、マイクロソフトの一番大事な「Windows OS」の開発現場にいたのです。筆者の3年前のコラムは完全な誤報でした。読者やカトラー氏に心からお詫びしなければなりません。
マイクロソフトはクラウドコンピューティングのために「クラウドOS」と「クラウドDB」を新規に開発している、その開発にカトラー氏にかかわっている---。筆者はこのことを、2008年5月に米国のマイクロソフトウォッチャーであるメアリー・ジョー・フォーリー(Mary Jo Foley)氏が発行した著書「Microsoft 2.0」(日本語版は翔泳社発行の「マイクロソフト ビル・ゲイツ不在の次の10年」)を読むまで知りませんでした。
そして同じフォーリー氏が2009年2月に公開したカトラー氏のインタビュー記事「Red Dog: Five questions with Microsoft mystery man Dave Cutler」を読むまで、Red Dogの開発がカトラー氏の異動直後の2006年秋から始まっていたことに気付きすらしませんでした。