フェンシング,もし戦わば
2008年 09月 01日
猛獣もし戦わばのようにこういう質問が成り立つと思っておられるようですが,質問者が前提条件についての問題を十分理解されているとは思えないのです。しかし思考実験としては,面白い部分もあるので,乏しい知識を総合してみます。
まず,日本刀の中国武技に対するアドバンテイジを示す歴史的事実について。
中国武術で,大陸一の高手の評価も得たことがある達人を産んだ馬家(まーちゃ)には,苗刀という武器術が伝わっています。これは日本起源の和冦の太刀が伝わったもので,そりのない長い太刀です。当時中国の剣や刀が全く歯が立たず,白兵戦のコアテクノロジーとして日本から中国に秘術として導入されたものです。今の日本の剣術とは違い原初的な技も多く,又,一方で江戸以降作られることがなかった業物が基本というところで,単なる円錐形の先の尖った中国の剣や振り回すことでダメージを与える中国の刀に対して日本刀という武器自身がいかに優秀だったかと思います。その系譜である日本剣術はそれだけすぐれたハイテク兵器を使った武器術だと思います。
一方で,戦前の剣道の訓練を受けた当時剣道四段、居合四段の故沢井健一先生が木刀を持ってしても,国手(ゴッドハンドみたいな称号です),意拳の達人,王向斉老師の持つ短い棒にどのような打ち込みもかわされ,その武技の高さに一週間におよぶ請願の末,弟子入りされたという話はあまりに有名です。超達人級の組み合わせを考えるのは非常に困難ですが,そうなると,学んでいる武技の優劣ではないかも知れないと察しが付きます。それだけ,どちらの武技も頂上は高いと考えた方が良いので,達人同士の勝敗を考えれば考えるほど,中国武術(武器術)VS日本武術で武技の優劣を語るのは,難しくなります。
ちなみに,日本の槍は強力な武ですが,中国の纏糸を用いた運用は通常の槍術には出てきませんで,芸中の王とされる中国槍術のアドバンテイジを述べる方もおいでです。化勁(くずし)につらなる日本武術の精緻さは実際の達人の動きには明確ですが,その点において精緻な動きは日本の槍よりも中国の槍術に分がありそうです。
さて,一方のフェンシングですが,独自にヨーロッパで進化したように見えて,源流では元帝国との交錯も有るわけで,このあたり,武術や武技というのは,案外,古代〜中世〜近代の人の流れの中で,様々に影響し合っていますので,長所などは導入されたりしています。あるいは,人の生き死に関わる戦闘時における勝って生き残るノウハウとしては収斂現象が生じていてもおかしくないので,近代以降が独自に進化を遂げていたとしても,源流をたどると,それぞれを単純に別物と考えるを本質を見誤る可能性もあります。ロシア特殊部隊が誇る格闘術システマも大陸の古武術を再統合したものですが,槍術なんかも伝わっています。一見,もっさりしていますが,御殿手の箒術を見たときと同じ感想を持ちました。
戦闘理論は太極拳や八卦掌などと通じるものがあります。どれもマーシャルアーツなので当たり前なんですが,風格が違うので,知識がない人は多分,別の武術としてみてしまうでしょう。
この動画への書き込み,ロシアのものに対する特に米国民の対抗意識が多分に働いているようです。残酷,暴力的だと通知されたようで,年令認証のチェックが入るようになってしまいました。私などハリウッド映画と同等だと思いますし,バックのEvanescenceの曲も好きなので,音楽の方でも楽しんでしまいますが。
御殿手も見られます。何でもかんでもというわけではありませんで,武技の収斂現象に興味を持っています。異なるアプローチで同じ戦闘スタイルにたどり着いた場合,そこには,武術の真実があると思っておりますので,貼っておきます(すいません、既にリンク先消滅)。
こちらもリンク先消滅。代替動画もありません。話を最初の質問の解答に戻しますが,フェンシングは軌道が纏糸を描いて的に誘導されるミサイルのような精緻なもので,これはフレキシブルなフルーレではその使い方は顕著です。いきなりやれば,剣術の達人としてもやりにくい相手でしょうが致命傷を与える前にすぐれたハイテク武器である日本刀の一太刀を受けたりかわせるかというとかなり難しいかも知れません。更に実践的なエペもしかり,心臓か首,目といった急所を貫く速度は圧倒的で,それが決まるかどうかが勝敗の分かれ目でしょう。切ることの出来るサーブルについても,最大105cm(刺身最大88cm),重さ500gとなっていますから,日本刀の太刀を防ぐには役不足です。防禦技術は剣先をそらしてやるという技術に特化しておりますが,切り結んだりするような用法を使わずに急所に加激できるレベルでないと重い日本刀を処理できません。一方で,日本刀を構える籠手を狙って簡単に切り刻めると思っている方も多いようですが,剣道有段者の籠手が簡単に突けると思ったらやってみると良いでしょう(すいません、既にリンク先消滅)。
それでも,頭の中で選手の動きを見てシュミレーションしてみましたが,通常の道場剣法ではあれほどのフレキシブルな軌道を持った高速の突きは簡単には処理できないでしょう。達人クラスでは,「左目」とか「首」とか言ったところを攻撃しても,その辺の棒振り剣法では避けられないでしょう。直線的動きであっても本当の武技の動きでは見切れるわけではありません。
ここで,戦前の日本剣道の最高峰の達人でありながら,アメリカでフェンシングでもNo.1のスーパースターとなった森虎雄先生の存在が,いろいろなものを示唆してくださいます。
突き技に加えて切り技もあるサーブルが得意であったとされるタイガー・モリですが,これは,剣道の理合をそのまま最少の修正の元に応用したら,当時のアメリカ・フェンシング界でも無敵であったということで,当時の日本剣道界の達人が,サーブルを手に取ればどうなったかという思考実験が,現実化してしまった特異な例です。結論として,日本剣術のレベルの高さというものに慄然とします。
タイガー・モリと呼ばれた男―幻の剣士・森寅雄の生涯
早瀬 利之 / / スキージャーナル
ISBN : 4789920399
一方中国武術的な剣とは特に長拳系の技とは類似性が高いので,中国武術の方がフェンシングを上手く処理できるような気もしますが,あそこまで極端な武器は中国武術でも想定していないとは思います。この場合,双剣ではなくいわゆる太極剣のような両手で扱う剣を考えたとして,日本刀よりアドバンテイジがあるとはとうてい思えないところです。フルーレで背中を襲う技は,まるで三節棍ですから。実際に人を切り裂き突き通せる兵器を遣った場合,それであらゆる状況を想定して戦闘するノウハウを持った武術家は,今の時代,ほとんどおいでになりません。練習すれば,人殺しちゃいますから。そのイメージを実現するのは無理だとするとどこかで妥協点を考えねばなりません。
結論,
それぞれが,完成された武技なので,想定される対峙する達人のレベルにより勝敗が決定される成分が大きく,3つの武技における兵器術(これ中国武術的な言い回しです)の優劣というのは決まらない。人によって決まる。
達人の前提条件は,僅かな対峙の場面から相手の技を見切ることですから,この学習能力もずいぶん勝敗に絡んでくると思います。∞とすると,それぞれが相手に後れをとる理由はないかも知れません。フェンシングを基準に考えると,あの誘導ミサイルのように飛んでくる切っ先のコースを変えて自分の攻撃のみを当てるということについて,紙一重の技です。日本刀を仮想敵とする日本剣術については,かなり戦闘法を即座にモディファイして対応できる能力とその効果いかんでしょう。そして,フェンシングの武器やテクニックは数キログラムもある鉄も切れる日本刀を受け流すようには出来ていませんのでこれも即座にずれを修正して別の戦闘戦略で対応できる達人であれば,きわどい勝負になるかも知れませんが,現実的にそんな人が居るかというと少々疑問です。タイガー・モリですら,驚異的な順応能力とベースとなる圧倒的な剣技があっても初回は,それほど当時レベルが高かったとは言えないフェンシングクラブの幹部とやって完敗しています。勿論,相手がサーブルの切れる奴,森先生が日本刀の真剣で命をかけた試合であったらその剣が後れを取ったとは思いません。戦前の実戦経験がある方なので,満州では軍刀で実戦を経験されておられます。戦前の剣道家なら真剣との技術の乖離は埋めるべく,されているのは前提条件です。
他に,例えば居合道,示現流などでは,また,戦闘理論が違いますし,ファンシングや中国武術系でも,寧ろ,独自発達したこういった日本剣術の実戦性には手を焼くはずです。初めて対峙したら,最高の武術的段階に達していない限り,対処するのは容易ではないと思います。
ちなみに森寅雄先生の剣道は,千葉周作直系で,剣術としてはエリート中のエリートですが,それでも,一定のルールで試合すれば,当初はフェンシング相手にせずにというわけにはいかなかったわけです。だから,双方において生死が決するまでの僅かなチャンスで,対峙した相手の武技の知識や手合わせした経験があるのか無いのか,また,技を見きれるかどうかと云う問題は勝敗に対しては大きいかと思います。
円圏と纏糸的な特性を持つフェンシングの理合とフレキシブルな剣を考えるとあれは,剣に中国槍(何度も申し上げますが芸中の王)や軟兵器,飛び道具の長所を持たせたようなものなので,中国武術的にも,同等品だと思います。唯一の短所は,急所に入らなければ,完全な致命傷にはならないということぐらいでしょうか。これは,勝敗が決すればいいタイマン用の武器であって,一撃必殺の殺傷能力を追い求めたという武器ではないのですが,破壊力は落ちても大きな問題にならならなかったからでしょう。日本刀が武器として強力なのは,なんと言ってもその部分です。一方で,フェンシングの攻撃技に対して,森先生の崩しや後の先などの技は,当時にあっては完全に通用して相手を凌駕しておられます。変幻自在のフェンシングの攻撃技であっても,高次レベルであれば,日本剣術の理合で,問題なく対応できるのです。ただ,今は,分かりません。その術理は,フェンシング界に当然のごとく吸収されているでしょうから。武技とは優れた相手に一度でも見せた場合,永遠に通用するものではないからです。
仮にシミュレーションで対峙する闘技者のレベルを現実的なレベルに下げていくと,各自の持つ技量と戦闘のための戦略のようなものが勝敗を分ける可能性がある。その場合,致命傷をより先に与えて致命傷を蓄積できるかについては,フェンシングはかなり強力かも知れません。しかし,踏み込んでの突き技というのに慣れていること,日本刀をそれなりに使いこなせることという条件があれば,後れを取るとは簡単には思えませんし,実際に,明治時代に,旧日本軍の武術としての存続をかけて行ったフェンシングとの試合では,日本剣道が勝っています。
でも,その頃と比べてフェンシングも進化していると思います。ただ,実戦性というところのフェンシングの一流派というのは,第一次世界大戦後は衰退しています。欧米の軍隊格闘技では,寧ろその系譜は,ナイフ格闘術に移行しているようです。武技の複雑なところは,実践的でないスポーツとしての進化が,意味があったり,全くなかったり,これも簡単ではないということもあります。
早瀬氏の描いた上述の「タイガー・モリ」の生涯をベースにして作られたTV番組。
流れを追っていますし,脚色は少ない方。森虎雄5段(戦前なので,現在では7段と同等とのこと)の得意とした恐るべき突き技が,何らぶれなく入る剣道の試合の貴重な映像もあります。
ちなみに,不世出の美剣士の波乱の生涯は,各方面に影響を与えていて,勇猛果敢で日系アメリカ人の名誉回復に大きく寄与した二世部隊の戦闘技術においても,彼の指導が背後にあったようです(すいません、既にリンク先消滅)。
二世部隊物語―The 442nd regimental combat team+the 100th infantry battalion (1) (ホーム社漫画文庫)
望月 三起也 / / ホーム社
ISBN : 4834271919
442部隊の勇猛果敢さについては,私が少年期,最も愛したコミックの一つである望月三起也氏の名作で知ることが出来ます。まぁ,ドキュメンタリーではないので,内容はMangaであって,ちょっとばかり違いますけど。
人あるは心 武技の優劣を形により競うは滑稽の極み
武技も最初に形ありて 終わりには形なきものにて勝敗が決す
それが,私の結論です。柳生真影流が何処に無敗の剣を求めたのかというような話になっていきますね。意拳の国手の技についても,形があれば,当時にあって沢井先生ご自身がなぜ破れたのか,その理屈を理解できたはずですが,そうではありませんでした。そのこと自体,大変な話です。
とりあえず,戦わなければならない状況で,エモノが転がっていたら,私の場合,日本刀は使いこなせない,自分の足を切るのが関の山だと思っていますので,手を出せません。サーブルは機会があれば,一度手にして(持ってちょこっと振ったことはあります),いろいろ研究したいと思います。純粋に武器術として。困ったおっさんです。
それでも,やっぱり,棍か杖か。刃の付いていない長兵器を手に取ると思います。
実は,刃物,余り好きじゃないんですよ。
「どんなに日本刀が凄くても竹箒には敵わないよ。」(本部御殿手第12代宗家上原清吉翁の言葉 )
これ,マジですからね。竹箒も良いかも。
ここ,笑うところかな。
そういう技を使えないと,そういったスキは見えませんね。