2時間前から長い行列ができた会場は超満員。時の人が壇上に姿を見せた瞬間、一斉にフラッシュがたかれシャッター音が鳴り響いた。なじみの黒い革ジャンに身を包んだジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)が11月、6年ぶりに日本のイベントに登壇した。
「今、私たちはAI(人工知能)革命の始まりにいる」。決まり文句で口火を切ったファン氏は、AI向け半導体で市場を席巻するGPU(画像処理半導体)の驚異的な性能と、AIの未来について冗舌に語った。
早口でまくし立てる強い個性とテクノロジーへの深い造詣。創業者兼CEOであるファン氏は、社員の誰もが「絶対的な存在」と認めるカリスマだ。ファン氏なくしてエヌビディアという企業は語れない。
「ジェンスンは我々全員を導く星明かりだ」。同社でロボットなどを担当するディープゥ・タッラ副社長はそのリーダー性を強調する。
エヌビディアがAI向け半導体市場で「無双」状態にある理由も、ファン氏によるところが大きい。
台湾生まれのファン氏は幼少期に渡米し、大学卒業後に米半導体大手アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)などで経験を積んだ。エヌビディアの創業は1993年。祖業はゲーム用の半導体で、当時から異色のビジネスを展開し、その一つが、半導体領域での水平分業モデルの採用だった。
90年代の半導体の主流は、設計と製造の両方を手掛ける垂直統合型。だが、エヌビディアは98年に台湾積体電路製造(TSMC)と提携し、製造を同社に委託した。自らはGPUの開発・設計だけを担うファブレス企業となり、これがメーカーでありながら営業利益率が60%超の高収益体質につながった。
マイクロソフト・インテルが1社に
製造は水平分業だが、顧客との接点は垂直統合した点もユニークだ。2006年、エヌビディア製GPUの計算速度を最大化させるソフトウエア開発環境「CUDA(クーダ)」を発表。GPUの能力を最も発揮できる環境を自ら用意した。 開発者や研究者はGPUをより高速で動かすために一斉にCUDAの利用を開始。半導体というハードウエアだけでなく、ソフトでも覇権を握る布石を打ったわけだ。
学生時代からCUDAを利用する開発者は就職後も慣れ親しんだCUDAを使いたがる。ただし、CUDAはエヌビディア製GPUに特化した開発環境で、それ以外の半導体を動かすことはできない。
これが、ハードの参入障壁を高めることにつながった。競合がエヌビディア製GPUに匹敵する性能を持つ半導体を開発したとしても、CUDAで動かせないので開発者は敬遠する可能性が高いからだ。ソフトとハードの双方で高い壁を築いたことで、GPUの市場での評価を盤石なものにした。
企業や消費者に対する「共通の基盤」であるプラットフォームを握ることは、現代のビジネス戦略の王道の一つとなっている。米マイクロソフトや米グーグルといった巨大IT(情報技術)企業が、ソフト領域で実権を握っているのがその象徴だ。
エヌビディアは、さらに上を行く。プラットフォーム論の世界的第一人者で米マサチューセッツ工科大学経営大学院のマイケル・クスマノ教授は「エヌビディアはソフトとハードの両面で市場を支配している。これは非常にまれな現象だ」と分析する。
■本連載のラインアップ(予定)
・[新連載 NVIDIA]ジェンスン・ファン流型破り経営 社員3万人でも現場に指示(今回)
・NVIDIAは組織図も経営計画もない ファン氏とマスク氏の決定的な違い
・NVIDIA、株価高騰で年収4000万円 不振Intelから3000人超のAI人材流入
・NVIDIA、ロボット市場に照準 Amazonも採用した次世代AI学習システム
・NVIDIA、日立・安川電機と「考えるロボット」 ものづくりとAIは融合へ
・NVIDIA副社長、信じたAI×GPUの破壊力 ノーベル賞ヒントン氏から刺激
・NVIDIA、次の150兆円企業を創出 2万3000社の「AI生態系」に投資機会
・NVIDIAとTSMC、最強タッグにトランプ氏の試練 「日本も供給網に参加を」
例えばパソコン市場では、基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」を提供するマイクロソフトと、パソコン向けCPU(中央演算処理装置)を手掛ける米インテルが、1990年代から「ウィンテル時代」を築いた。「今のエヌビディアは、この2社のピーク時の力を1社に結集したような存在だ」(クスマノ教授)
今やAI需要を一手に引き受ける世界最大の半導体メーカーとなったエヌビディア。ファン氏はここに至る過程でどう意思決定し、どう会社を動かしてきたのか。
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