万葉集

2017年11月12日

前回、万葉集の歌人・山上憶良さんについて取り上げましたが「万葉集」は様々な出版社・文庫から出版されていて、それぞれに特徴が違います。

自分も初めはどの文庫の万葉集を買うべきか迷ったものでした。
そんなわけで、今回はそんな文庫ごとの万葉集の特徴の違いについて書いていきたいと思います。

…とは言え、自分も全ての文庫の万葉集を網羅しているわけではありませんので、自分が持っている(あるいは読んできた)幾つかの文庫についてのみの感想になりますが…。
それと、ここで書いているものは自分が持っている版についての感想になりますので、版が変わって内容が大きく改訂された場合はいろいろ違う部分も出て来るかと思いますが、ご了承ください。

まずは個人的に一番“学びやすい”と思っている岩波文庫の万葉集です。 
  ↓


 
見開きの右側のページに原文を書き下しされた歌が、左側のページに訳と解説が載っているという、とても見やすいページ構成になっています。

解説文は文字は小さいですが、難解な言葉の説明や歌の時代背景など細かく載っていて、とても勉強になります。 さらに、各巻の巻末には年表や解説コラム、用語解説やちょっとした古代地図などもあり、万葉集を深く知るための情報が満載です。

ただ、そういった“情報”が多いがゆえに全5巻というボリュームになってしまっており、1巻1巻の値段も1000円前後と、全巻そろえるのがなかなかにツライ価格設定になってしまっているのが難点です…。

 ちなみに各巻の細かい情報を書いていくと、
1巻の内容は万葉集巻第一~第四(巻末に用語解説、文献解説、皇室系図・藤原氏系図・大伴氏系図、万葉集年表、解説コラム「万葉集を読むために」有り)
  ↓

 
 2巻の内容は万葉集巻第五~巻第八(巻末に地図、解説コラム「万葉集の歌を学ぶ人々」)
  ↓


 3巻の内容は万葉集巻第九~巻第十二
  ↓
 

 4巻の内容は万葉集巻第十三~巻第十七(巻末に用語解説、文献解説、地図、解説コラム「万葉集の恋の歌」有り)
  ↓


5巻の内容は万葉集巻第十八~巻第二十(巻末に初句索引、人名索引有り)
  ↓


…となっています。

次に岩波現代文庫の「口約万葉集」です。
  ↓
口訳万葉集(上) (岩波現代文庫)
折口 信夫
岩波書店
2017-03-17


原文を書き下した歌が太字で書いてあり、そのすぐ後ろに、折口信夫(おりくち しのぶ)さんによるその歌の現代語訳が並んで載っています。

(「現代語」訳とは言え、訳されたのがそもそも大正時代なので、ややレトロな言い回しになっています。)

特徴は、読み下しの歌自体にも「、」や「。」などの句読点が振ってあり、まるで現代の詩か何かのような雰囲気になっていることです。

訳にも同様に「、」や「。」が多用されています。

内容はほとんど読み下しされた歌とその訳のみで、時々( )書きでちょっとした説明は載っているものの、用語や歌に関する詳しい解説などはありません。

 上・中・下の全3巻で、上巻には万葉集巻第一~第七が、

中巻には万葉集巻第八~第十二が、
  ↓
口訳万葉集(中) (岩波現代文庫)
折口 信夫
岩波書店
2017-04-15


下巻には万葉集巻第十三~第二十が掲載されています。
  ↓
口訳万葉集(下) (岩波現代文庫)
折口 信夫
岩波書店
2017-06-17

 
 次に角川ソフィア文庫の「万葉集」です。
  ↓




 これは原文を書き下した文が上に、下に小さな文字で難しい言葉に関する注釈が載っているのみのシンプルな構成で、訳も解説もありません。

シンプルな分、ボリュームも上下巻の全2巻と、他の文庫に比べてそろえやすい価格ではありますが、はっきり言って古文初心者向けではありません。

書き下しの歌だけをコンパクトに読みたい方向けの文庫だと思います。

 上巻には万葉集巻第一~巻第十(巻末に作者別索引あり)が、下巻には万葉集巻第十~巻第二十が掲載されています。

 それから、「万葉集の全ての歌を知る必要は無い。良い歌だけ読みたい」という方には個人的にこちらがオススメです。
  ↓


万葉集の中でも特に有名な歌や物語性のある歌などをピックアップし、書き下し文と訳、解説を載せています。

解説も単にその歌についてのみの解説ではなく、その歌の詠まれた状況や時代背景なども語られ、非常に分かりやすく、また万葉集の歌に対する興味がより深まります。
 
 


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mtsugomori at 15:17

2017年10月14日

今回取り上げるのは個人的に万葉集の中で一番好きな歌人・山上憶良(やまのうえのおくら)さんです。

理由は、自分がこの人に「人情派のマイホーム・パパ」というイメージを勝手に抱いているからです。

「貧窮問答歌」の作者、と書けば、古典文学好きのみならず、古代史好きな方にも「ああ、あの人か」と多少は分かっていただけるのではないでしょうか。

そもそも万葉集はいくつもの巻に分かれているのですが、山上憶良さんが主に登場するのは「万葉集巻第五」です。
(と言うか、そもそも万葉集巻第五は作者のほとんどを大伴旅人さんと山上憶良さんに占められた特徴的な巻なのですが。)


(岩波書店版では全5巻中の2巻に収められています。)


(ちなみに5巻には作者索引があります。)

山上憶良さんの代表作の一つ「貧窮問答歌」は、貧しさに苦しむ男二人の問答形式の長歌と、反歌(=長歌の後に添付され、長歌の補足や要約をしたり、詠みきれなかった情を添える短歌)により構成されています。

長歌ではそれぞれの男が貧しさに耐えかね苦しむ様子が具体的な情景と共に詠みこまれています。 雪混じりの雨の夜に塩や酒粕をちびちび飲み食べ、夜具をかぶり着れるだけの服を着て寒さをしのぐ様子や、傾いた家の中、炊事道具に蜘蛛の巣がかかって、もう長いこと満足な食事も無く炊事もできていない様子など、まるで自らが味わったかのように、読者にもその光景が目に浮かぶように、事細かに描いています。

また、その反歌では「世の中がどんなに辛く厭(いや)でも、鳥ではないので飛び立って逃げ出すことはできないのだ」と現代にも通じ得るような心情を見事に歌っています。

しかし山上憶良さん自身はこのように貧しい生活を送る人間というわけではなく、遣唐少録として唐へ行ったことのある知識人であり、筑前守という役職に就いたこともある官吏なのです。

歌と言えば自然の情景や恋心などが歌われることの多い中、山上憶良さんは自分ならぬ他人の立場を想像し、その人の苦しみや痛みに寄り添うような歌、あるいは子どもや家族を想う歌など、人情的な歌を多く詠んだ人です。

たとえば国語の教科書に採用されたこともあるという(自分の国語の教科書には載っていなかったのですが…)「子等を思ひし歌」――「瓜食めば子ども思ほゆ栗食めばまして偲はゆ いづくより来たりしものそ まなかひに もとなかかりて安眠し寝さぬ」そしてその反歌「銀も金も玉も何せむに勝れる宝子にしかめやも」…

「瓜を食べては子を想い、栗を食べては子を想い、面影をむやみやたらと目に浮かべ、そのせいで安心して眠ることもできない」と歌い、「金も銀も宝石も子どもという宝の前ではどうということもない」と詠む――この歌を知った時、自分は「こんな人が父親だったらなぁ」と心の底から思い、すっかりファンになってしまいました。

そんな子煩悩な父親というイメージの山上憶良さんなのですが、万葉集巻第五の最後に収められた作者未詳の長歌と反歌(作者未詳となっていますが、作風などから山上憶良さんの作であろうと言われています。)が、もしこの人の作なのだとしたら、あまりに悲しい運命に襲われているのです。

自分などはこの歌を思い出すだけでボロボロ涙がこぼれそうになる、とにかく圧巻のこの歌は――幼い子どもが病気で亡くなる様子を歌ったものです。

歌はまず「古日(ふるひ)」という名のその男の子が、自分たちにとってどんな財宝にも勝る宝であったのだということを歌い、その子が朝に夕にどんな風に父母に甘えてきたのかを事細かに描写し、どんなにその子の将来を楽しみにしていたのかを詠んでいきます。

そして、そんな宝のような我が子が、まるで天災でも襲ってきたかのように突然病に倒れ、その病状がだんだんと悪くなり、ついに亡くなってしまい、それをどんなに泣き叫んで悲しんだかを歌っています。

その、情景が克明に記された長歌も凄まじいのですが、何よりその後に添えられた反歌が泣かせます。 「若ければ道行き知らじ賂はせむ下への使ひ負ひて通らせ」――「幼い子どもなので、あの世への道行きも知らないでしょう。冥府の使いよ、物を贈りますので、どうかおぶって行ってやってください」。

この、死した子の魂の行方までも気にかける情の深さに、何度読んでもホロリと切なくなるのです。
 

   ↑
(万葉集の中の有名な作品を集めて解説した初心者向けのこの本もオススメです。)


<注意:上に記した歌の訳は管理人による意訳もかなり含まれるため、正確性に欠ける可能性があります。>


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mtsugomori at 23:55
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