Eur-Asia

西洋と東洋の融合をテーマとした美術展「ユーラシア(Eur-Asia)」の開催を夢見る、キュレーター渡辺真也によるブログ。

7月30日(月)のつぶやき

2012-07-31 01:20:01 | Weblog
04:32 from web (Re: @AisukeKondo)
@AisukeKondo @shimashimatweet こちらこそ、楽しい旅をありがとう!

15:38 RT from web  [ 13 RT ]
それからSNSの決定的な欠点は、好きなもの同士が集まるという傾向だ。一般的に関心や意見が一致する人をフォローすることが大半だからタイムラインには同じような意見しか流れてこない。実は、多様な意見ではなく、袋小路に入っているかもしれないという想像力が必要だ。
(culturepotさんのツイート)

15:40 RT from web  [ 6 RT ]
エジプトはナイルの賜物。ow.ly/i/O9E4 今、空港への途中でナイルの雄大さに感動してたら、タクシーの運転手さん、黙って車を止めてくれた。橋の上からじっと見てたら、涙出てきた。言葉は通じないのに気持ちは伝わる。
(m-takeさんのツイート)

15:41 RT from web  [ 4 RT ]
驚くなかれ、これは中州の島を挟んだ「半分」なのです! RT @y_morino: いや、凄いですね。圧巻。RT @takeonomado: エジプトはナイルの賜物。ow.ly/i/O9E4 今、空港への途中でナイルの雄大さに感動してたら~
(m-takeさんのツイート)

16:29 from web
ポーランドとの国境の街フランクフルト・アム・マインのマイン川河川敷を歩いていたら、偶然ハインリヒ・フォン・クライストの美術館を見つけた。スピノザの影響下にあるとされるクライストは近代的自我を照らし出し、ユーラシア論を考えるヒントがある、と漠然と考えていた私は、足を運んで来た。

16:30 from web  [ 4 RT ]
他者と話をしているうちに自らの考えが出来上がる、というクライストの世界観「心性」(Gemüt)は、カント的な自己同一的主体の内部ではなく、他者の身体を媒介とする間主観的という場を設定することでによって成立する。これは全ての名詞は形容詞的であるとする私の指摘に繋がると思う。

16:31 from web
「ネーションとは日々の国民投票である」と述べたルナンはクライストよりもずっと後の人だったけれど、こういった自己同一的な主体ではなく、間主体を想定できる人は、ある程度ネーションを行き来して、その共有の境界線を体感した人なのだと思う。スピノザしかり、クライストしかし、廣松渉しかり。

16:32 from web
ホモサピエンスはユーラシア大陸に6万年ほどかけて広がったものだと考えると、kikiとboobaの実験で知られる音、色、形体の共感覚を世界中全ての人間が身体的に共有しているのは当然のことだし、それがきっとアフォーダンスなどの底流を生み出しているのだろう。

16:33 from web
私は最近、ウーの音(u,ü)が、何らかの広がりを持つものを指すことが多いことに気がついた。これも何らかの理由があるのだろう。

by curatorshinya on Twitter

7月29日(日)のつぶやき

2012-07-30 01:20:24 | Weblog
03:51 RT from web  [ 2 RT ]
形容詞の世界で生きる限り、徹底した現状追認か、徹底した現状否定で生きるしか、実は論理矛盾のない開放的な生の方法はないんじゃないか? しかし、その認識に到達することが、動(詞)の潜在性へ開かれる条件となる。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:51 RT from web  [ 3 RT ]
名詞はそれ自体では何ものでもない。ただ、絶対に消すことのできないもの。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:51 RT from web  [ 2 RT ]
形容詞は常に対語とともに現れ、その中間は「ない」にも関わらず、社会はいつもそれを幻想する。動詞にも対語はあるけど、実は対になっていない。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:51 RT from web  [ 1 RT ]
形容詞の「対」の世界で論理的一貫性を持とうと思うなら、どちらかを徹底して「信じる」しか道はない。絶対に交じり合わない。その「信」は異様に「閉じられている」とイメージされるかもしれないが、この認識こそが新しい「動(詞)」に開かれる条件になることを分からず、ここで多くの人はつまづく。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:52 RT from web  [ 1 RT ]
形容詞の対概念の「中間」を人は感受し、何か新しい形容詞を生み出せる幻想を持っているけど、実際はそれは不可能。無駄に新しい形容詞の「対」を生み出し、元々あった形容詞に収斂されていく。しかし、新しい形容詞を生み出すのためには動詞の力を必要としている点でそれは無意味ではない。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:53 RT from web  [ 1 RT ]
そして名詞も動詞もすぐに形容詞に侵食される可能性がある。たとえば、寝ながらでも自分が走っていることがリアルに感じられていれば(夢)それは動詞の世界を生きていることになるが、意識が、実は俺、本当はいま寝ているんだけどなぁ、と意識した時点で形容詞化する。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:53 RT from web  [ 1 RT ]
もちろん公的には、あらゆる形容詞に対義語があるわけではないけど、しかし、それは常に想定されざるをえない。名詞も対関係になった時点で結局は形容詞。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:54 RT from web  [ 3 RT ]
結局、人間社会のほとんどは形容詞で成り立っているけど、対になった形容詞(名詞でも結局は形容詞)の「中間」があると想像してしまうことが人間の迷い(苦しさ)の根源。どちらかを(たとえ1秒ごとにでも)「信じきる」ことしか、論理エラーを起こさないで苦しさを回避する道はない。
(前瀬宗祐さんのツイート)

03:58 from web (Re: @AisukeKondo)
ポーランドなう。 @AisukeKondo @shimashimatweet と一緒に、国境線上の街を散策中。

by curatorshinya on Twitter

7月28日(土)のつぶやき

2012-07-29 01:20:23 | Weblog
06:45 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 2 RT ]
真也くんが感動できなかったのは分かるけど、僕は全くそうは思いません。純粋にコンセプチャルだったり、フォーマルだったりする作品も作り続けられるべきだと思う。 QT @curatorshinya 危機の時代において、純粋にコンセプチャル一本の作品で人を感動させるのは難しいのではないか
(齋木克裕 Katsuhiro Saikiさんのツイート)

06:46 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 5 RT ]
人々が感動しないからと行って、皆が同じ方向に向かって一斉に走り出すほうが、よっぽど恐ろしいと思います。社会に眼を向けさせるような政治的な作品も重要だけど、その美しさに心を震わせることができるような作品も同じように重要だと思います。 @curatorshinya
(齋木克裕 Katsuhiro Saikiさんのツイート)

06:50 from web (Re: @ka2saiki)
最初に一人で走り始める個人だけがアーティストになれるのだと思います。 @ka2saiki 人々が感動しないからと行って、皆が同じ方向に向かって一斉に走り出すほうが、よっぽど恐ろしいと思います。

06:56 from web (Re: @ka2saiki)
危機の時代に美しさで人の心を震わせる作品は、どこか政治的を内包したものなのかも。はっぴいえんどの「あしたてんきになあれ」の様に。 @ka2saiki 社会に眼を向けさせるような政治的な作品も重要だけど、その美しさに心を震わせることができるような作品も同じように重要だと思います。

07:08 from web (Re: @artwoods)
仮に日本国が無くなってもその作品だけが残るくらいの作品を作れれば(それこそ杜甫の様に)それは立派だと思います。しかしそれだけの危機意識を持ち、それでも残すという強い意志を持てないの人の作品が、本物の感動を呼ぶことができるでしょうか? @artwoods @ka2saiki

07:09 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 3 RT ]
みんなが散り散りに違った方向に勝手に駆け出すべきですね。歩いてもいいんだけど。 @curatorshinya 最初に一人で走り始める個人だけがアーティストになれるのだと思います。
(齋木克裕 Katsuhiro Saikiさんのツイート)

07:10 from web (Re: @ka2saiki)
私もそう思います。私は私なりの方法で、もう既に走り始めています。 @ka2saiki みんなが散り散りに違った方向に勝手に駆け出すべきですね。歩いてもいいんだけど。

07:18 from web
1969年~1972年という安保闘争の時代に活動していた「はっぴいえんど」が、日本語だけでロックを歌い、「さよならアメリカ さよならニッポン」と歌ったのは、音楽としての美しさのみならず、十分政治的なものを含んでいたと思う。

07:22 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 2 RT ]
基本的にそういう意志をアーティストたちは持っているという前提で言いました。それが達成できるかどうかはさておき、そうでない人たちに関してはとくに言うこともないかな。感動も多様にありつづけるべきだと思うということです。 @curatorshinya @artwoods
(齋木克裕 Katsuhiro Saikiさんのツイート)

07:24 from web  [ 2 RT ]
なんか勘違いされているかもしれないから少しだけフォローしておくと、政治的であることとは「個人的である」ということ、つまり個人として考えて、それを自分の行動に繋げることだと、私は考えます。

07:46 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 3 RT ]
僕もそう思います。個人をはなれて政治的なるものがあるわけではないからね。個人としての活動が政治に繋がるのだと思います。 @curatorshinya
(齋木克裕 Katsuhiro Saikiさんのツイート)

07:47 from web (Re: @ka2saiki)
ご丁寧にレスして下さり、ありがとうございます。斉木さんには上手く伝えることができた様で、嬉しいです。 @ka2saiki 僕もそう思います。個人をはなれて政治的なるものがあるわけではないからね。個人としての活動が政治に繋がるのだと思います。

07:49 from Tweet Button  [ 2 RT ]
この調査の結果(特に政党支持率!)が凄いことになっている。これと同じ結果が総選挙で実現できれば、日本は本当に変わることができるだろう。Yahoo!みんなの政治 あなたは野田内閣を支持しますか、しませんか? seiji.yahoo.co.jp/vote/result/20… #yj_seiji

07:50 from web  [ 4 RT ]
天岩戸(あまのいわと)に隠れたアマテラスは、引きこもりだったんじゃないか。つまり日本社会で問題化した引きこもりの要素が、無意識が統合された日本の神話に既に現れているのだと思う。

07:52 from web  [ 2 RT ]
引きこもりの人の部屋に、天岩戸(あまのいわと)って書いて願掛けしておいたら、しばらくしたら出て来るかも。と言うか、その部屋の前でアメノウズメ風の裸踊りをみんなでしてたら、何だろう?と思って外に出て来てくれるかもしれないね。

08:08 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 4 RT ]
真也くんのツイートを見て、そのまんま勘違いして、今コンセプチャルは駄目なのか、じゃあポリティカルやっとこう、という短絡な若者がいるといかんな~と思って補足したまでです。 @curatorshinya
(齋木克裕 Katsuhiro Saikiさんのツイート)

08:10 from web (Re: @ka2saiki)
老婆心からでしたか。ありがとうございます、師匠! @ka2saiki 真也くんのツイートを見て、そのまんま勘違いして、今コンセプチャルは駄目なのか、じゃあポリティカルやっとこう、という短絡な若者がいるといかんな~と思って補足したまでです。

08:12 from web  [ 6 RT ]
芸術が扱うのは概念ではなく魂ではないか。

08:22 from web (Re: @ka2saiki)
@ka2saiki ご丁寧にありがとうございます。自分の影響力など今までほとんど考えていませんでしたが、確かに少しは自覚的になった方が良いのかもしれません。また何かあったら、どんどん突っ込んで下さい!

16:01 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 1 RT ]
はっぴいえんどもアルバムは、福生の米軍基地の近くで録音していたらしいですね。@curatorshinya
(エンドレ教会†さんのツイート)

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7月27日(金)のつぶやき その2

2012-07-28 01:19:06 | Weblog
19:18 from web  [ 1 RT ]
キャロライン・クリストフ=バカルギエフの「コンセプトが無い」ドクメンタ13は、コンセプトが無いからそこにアートは無いかもしれない、しかしそこにアートが無いのではなくて、純粋にコンセプチャルなものがアートとして成立し辛くなっていることを指摘した、優れたキュレートリアル企画だった。

by curatorshinya on Twitter

7月27日(金)のつぶやき その1

2012-07-28 01:19:05 | Weblog
07:56 from web  [ 5 RT ]
ウズベキスタン人と一緒にドイツ語を勉強していて驚いたのだけれど、日本語で「監獄(かんごく)」を指すdas Gefängnisは、ウズベク語でも「カンゴク」と言うらしい。ウラル・アルタイ語族の広がりを感じた。

07:57 from web  [ 1 RT ]
名詞とは究極の所、全て形容詞ではないか?つまりプライベートランゲージが成立しないと仮定した場合、オブジェを形容する音声が他者と共有されることで言語が成立するのだから、要は「もの」を「形容」する言葉が「名詞」なのではないか?

07:58 from web
すると数字というシンボルが意味するものも、その数字が意味するものを共有する、つまり公理とすることで初めて成立するのだから、プライベートランゲージが成立しないのと同様、公理のない数学は存在しない、と言い換えることができるだろう。

07:58 from web  [ 3 RT ]
数学は公理を定めることから導かれた定理を文法とすることで、共通言語を話すことができる。しかしそこから求められた確率を、その公理を共有しない分野に当てはめる際、それがあくまで数学という公理体系を共有することによって導かれた外国語であることを常に意識すべきだと思う。

07:59 from web  [ 4 RT ]
リスクを完全に無くすことのできない原発や米軍基地は、リスクのトレードオフとして発生する利益を享受する人達がいる一方、その残余のリスクを引き受けるのが経営者ではなく(原発事故や戦争の責任を個人が負うことは不可能だろう)そこに住む住民である限り、住民から強い反発を受けることになる。

08:02 from web  [ 5 RT ]
爆発した原発周辺の住民に安全対策を施した原発の再配置を受け入れさせるのが困難な様に、ヘリコプター墜落現場近くの住民に墜落率の低いヘリコプターの配備を受け入れさせるのが困難なのは、一度でも発生したら自らの命を落としてしまう当事者のリスクと受益者のリターンが非対称だからではないか。

08:03 from web  [ 21 RT ]
原発を「安全」とする科学者や、ヘリコプターの墜落率を「低い」として、その残余のリスクを住民に飲ませようとする専門家は、その被害者となる可能性、つまり他者の「痛み」を自らのものとして内部化せずに「ひとごと」として扱う限り、宇宙の公理体系を共有できず、失敗を繰り返すだろう。

15:26 from web (Re: @aymro)  [ 2 RT ]
ちょっと調べてみます。 @aymro 第二次大戦で旧ソ連に抑留された捕虜がウズベキスタンの収容所に送られて現地に日本語が伝わった可能性はゼロ? QT @curatorshinya 日本語で「監獄(かんごく)」を指すdas Gefängnisは、ウズベク語でも「カンゴク」

15:30 from web  [ 3 RT ]
大地震があっても倒壊しなかったというウズベキスタンの首都にある国立ナポイ劇場は、シベリアに抑留された65万人の日本人捕虜のうち、タシケントに抑留された2万5000人の手によって作られたものだと言う。nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-797…

15:34 from web  [ 2 RT ]
バイカル湖の近くにある都市イルクーツクは、シベリアに抑留された日本人捕虜の手で作られた街であることは知っていたが、まさかウズベキスタンにまで行っているとは知らなかった。ウズベキスタンという場所も、まるで約2600年前にネブカドネサル2世が行ったユダヤ人のバビロン捕囚みたいだ。

15:34 from web
最近、ウズベキスタンのサマルカンドについて考えることが多かった。どうやら、私はまた呼ばれている様だ。

15:36 from web (Re: @slitsandfrills)
@slitsandfrills その負担を沖縄に押し付けてきたのが、まずは問題なのだと思います。

15:41 from web
そうそう、ウズベキスタン人の顔が、日本人に良く似ているんだよね。奈良の都が成立した時、その人口の過半数は渡来人だったとされているけれど、きっとサマルカンド辺りからやって来た人が日本に帰化したんだろうな、と思った。news.livedoor.com/article/image_…

15:50 RT from web (Re: @tako_ashi)  [ 20 RT ]
小田嶋さんサイコー(^^)v(^^)v(^^)v @tako_ashi ちぇけらうちぇけらう 曽根崎サイコー れぺぜんれぺぜん 悲劇がスパーク 行くぜカマすぜスーサイド ダブルで決めれば心中YOYO
(鶴澤寛也さんのツイート)

15:59 from web (Re: @amiable1129)
それは見てみたい!やはり行かなくては。。。 @amiable1129 たしかタシケントの歴史博物館で、中国に朝貢する絵図をみましたよ。ソウルの博物館でも、シルクロードの部で、中国へ朝貢するウズベキスタンと思われる地域からきた外交族、という資料を見かけました。

16:02 from web (Re: @aymro)
Etymologyを調べても不明で謎だったのですが、日本人捕虜が理由だと考えると自然です。 @aymro シベリア抑留者が戦災タシュケント再建で劇場建設やってます。「監獄」の語彙は明治期の成立に思えるし俘虜なら日常語かも。外来語の定着であってウラル・アルタイ語族とは関係薄いのでは

16:06 from web (Re: @amiable1129)
カザフスタンにおけるドイツ移民の歴史も大変興味深いものがあります。mskj.or.jp/getsurei/rie95… @amiable1129 サマルカンドはさすがシルクロードの中心都市だっただけあって、日本人みたいな顔、タイ人のような顔、いろいろな顔があります。…ドイツ系の企業が進出

19:01 from web  [ 7 RT ]
日本で美術教育に関わっているアーティストの友人から連絡があった。学生から「アートは自己完結しているのに、なんで批判したりされたりしないといけないんですか?」と質問があって考え込んでしまったのだけれど、真也くんならどう答えますか?と聞かれたので、こう書いて返信した。

19:02 from web  [ 8 RT ]
(了前)「アートは自己完結している」、つまりカントの言う様に、アートとは「目的なき合目的性(Purposeless Purpose)」を持つとするのであれば、アートは他からの基準ではなく、アートそれ自体の目標を設定し、それを目指さなくてはならない。(続…)

19:02 from web  [ 10 RT ]
(了前)つまりアートは何かを達成する為の道具にはなり得ず、つねに目的であり続けなければならない。アートが目的であり続けるためには、それがアートとしていかに「自己完結」できているかどうかを考えて評価する必要があり、その役割を果たすのが批評ではないか、そう答えた。

19:03 from web  [ 10 RT ]
日本の美術学生の構造的思考に対する嫌悪は強く、議論のスタートの時点で既に懐疑的だったそう。学生の多くは象徴主義的な何かをあたかも信仰の様に信じていて、もしかしたらそれは義務教育下における学校全体の「空気」によって生み出されているのではないか、とのことだった。

19:10 from web
先日、今年一杯で閉館が決まっているグッゲンハイム・ベルリンにて、最後の展示となったガブリエル・オロスコの個展を見て来た。

19:11 from web
オロスコの新作は、メキシコの海岸線に漂着したオブジェ(ビー玉、缶、骨、タイヤなど)と、サッカー場に落ちていたオブジェ(チューインガム、プラスチックの破片、ボールなど)を小さいものから大きいものまで並べて、インスタレーションと写真作品として構成したものだった。

19:12 from web
危機の時代において、純粋にコンセプチャル一本の作品で人を感動させるのは難しいのではないか、彼が一番活躍した90年代後半から2000年代にかけてのインターナショナルなコンセプチャリズムの時代は、グッゲンハイム・ベルリンの終焉と共に過ぎ去ったのではないか、そんな風に思った。

19:16 from web
私が19歳の時、閉館直前のグッゲンハイムソーホーで見た最後の展示は、ウォーホル最後のシリーズ作品「最後の晩餐」で、白黒の最後の晩餐のイメージに、$6.99という値札のイメージがカラーで重ねられていた。その建物が後にコールハースの手でリノベーションされて、プラダSOHOになった。

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7月25日(水)のつぶやき

2012-07-26 01:19:38 | Weblog
16:33 from web  [ 6 RT ]
オスプレイは表向きは輸送機ですが、榴弾砲、カノン砲、臼砲、地対地ミサイル、 地対空ミサイル、速射砲搭載可能なゲリラ戦闘機です。これが杞憂であれば嬉しいのですが、参考までに。agnes2001.blog.fc2.com/blog-entry-399… @jiiiiiiin オスプレイは戦闘機ではなく輸送機ですよ。

17:55 from web (Re: @read_me)  [ 1 RT ]
@read_me @jiiiiiiin 私が一番言いたかったのは、オスプレイは日本で報道されている様な純粋な輸送機ではなく、戦闘を想定したものであるということです。次のツイートで少しだけ追記します。

17:56 from web  [ 10 RT ]
オスプレイはcombat(戦闘)とrescue(救助)を目的として開発されたもので、純粋な輸送機ではない。オスプレイに関する日本語Wikipedia記事には、英語版に書かれている戦闘に関する箇所がすっかり抜け落ちていて、不自然だと感じた。en.wikipedia.org/wiki/Bell_Boei…

17:57 from web  [ 3 RT ]
オスプレイの砲塔はInterim Defense Weapon Systemと呼ばれ、7.62x51mmNATO弾、M240機関銃、12.7x99mmNATO弾、ブローニングM2重機関銃、ガトリング式重機関銃GAU-19/Aを搭載し、それをリモート操作することが可能。

17:58 from web  [ 9 RT ]
イラク戦争にて実際に使用された、オスプレイに搭載されたマシンガンの様子。オスプレイは日本で報道されている様な輸送機ではなく、マルチタスクのゲリラ戦闘機だと考えた方が自然だろう。en.wikipedia.org/wiki/File:V-22…

by curatorshinya on Twitter

7月24日(火)のつぶやき

2012-07-25 01:21:49 | Weblog
02:16 RT from web  [ 2 RT ]
ジョニ・ミッチェルの「アメリア」を聴こうよ。アルバム「ヘジラ」もジャコパスのベースも絡んだ最高傑作だよ。 RT @t_okada: Googleトップの飛行機、なんだろうと思ったら、今日はアメリア・イアハートの誕生日なのね。75年前から行方不明。生きていれば115才。
(m-takeさんのツイート)

02:17 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 2 RT ]
「純粋に概念的なものを扱うだけでは、もうアートと呼べなくなって来るのかもしれない」という感覚は分かります。 @curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:17 RT from web  [ 3 RT ]
@curatorshinya 20世紀アートの一つの方向として、アートという概念をいかに純粋なしかたで作品化するか、というのがあると思うけど、こういうモダニスティックな方向は限界がきてるかと。
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:18 RT from web  [ 4 RT ]
そういう概念的なゲームではなくアクチュアルな問題を扱う、というのはそれでいいんだけど、アクチュアリティというのは、やはりジャーナリスティックな意味でのそれと混同されやすい気がするんだな。@curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:19 RT from web  [ 3 RT ]
ネットでもエネルギーでも何でもいいけど、それが社会的に、あるいはジャーナリスティックに「アクチュアル」だからという理由で取り組んでも、そんなのはすぐに消費されるだけでしょう。 @curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:19 RT from web  [ 2 RT ]
エネルギーの問題も、社会的なレベルで貢献できるとか、社会運動を組織するとか、そういう風には考えてない。あくまでも個人的な関心が出発点としてある。だから、そんなに簡単に「共感」「共有」される必要もないと思う。ぼくの悪いところかもしれないけれど笑 @curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:19 RT from web  [ 3 RT ]
制作って、簡単には他人と共有しえない個人的な感覚に、一つの単位としてのまとまりを与えるようなもの。であるからこそ時間や空間を越えて、誰かに届けることができるかもしれない。作品はそういう可能性に開かれているものであってほしいと思う。 @curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:19 RT from web  [ 1 RT ]
エネルギーの問題も、もちろん現在時点の政治的・社会的イシューとして大事だし、それとの関わりはあるんだけど、同時に、そういう現在地点を越えて、「別のアクチュアリティ」を持ちうるようなものにしたいと思ってます。ともあれがんばります。@curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

02:22 from web (Re: @kosukeikeda)  [ 5 RT ]
個人的な関心を、最終的に社会と繋げる努力は怠るべきではないかと。それが簡単に他者と共有できないとしても、その個人的なものを成立させているのが社会的なものなのだから(それはアートしかり)最終的には全体と繋げることを視野に入れてみるべきだと思う。 @kosukeikeda

02:26 from web (Re: @kosukeikeda)
剛介の言う「アクチュアリティ」が、社会的でもジャーナリスティックでもないとすると、それをもう少し言語化した場合、どういう言葉になるのかな?とはいえ剛介が東京芸術発電所以降に試みていること、そして今回書いてくれたことは理解できるし、共感します。 @kosukeikeda

02:31 from web (Re: @uehara_tomoko)
@uehara_tomoko 井筒俊彦氏の「意識と本質」をお勧めします。顕在意識と無意識、そして芸術の本質について書かれた驚異的な本です。

05:34 RT from web  [ 16 RT ]
考えてみよう、ロンドンやニューヨーク全域の電気と水の供給を、誰かが止めたとしよう。その誰かは、24時間以内にこの巨大都市を支配下に置くことができるだろう。ここに市民生活の自由などない。(『ガンディー 魂の言葉』)
(ガンディー 魂の言葉さんのツイート)

16:00 from Tweet Button  [ 2 RT ]
【拡散希望/7.29脱原発国会大包囲】7/29(日)日比谷公園中幸門15時半集会、16時デモ出発、19時国会包囲!(主催:首都圏反原発連合)官邸前抗議の拡大版!全国からのご参加を!リンク先の「ツイート」ボタンで情報拡散にご協力下さい!→ coalitionagainstnukes.jp/?page_id=648

16:09 RT from web  [ 10 RT ]
確かにノーというのは勇気がいる。しかし、逆に信頼度はノーで高まる場合もある。ノーとイエスははっきり言ったほうが、長い目で見れば信用されるということだ。
(田中角栄botさんのツイート)

16:09 RT from web  [ 4 RT ]
いちばん危険な党員とは、その人間が脱党したら党派全体が瓦解するようた人である。だから最良の党員である。
(Nietzscheさんのツイート)

16:11 RT from web  [ 4 RT ]
Susan Philipszの駅にあったサウンド・インスタレーション。機関車製造、カッセルからのユダヤ人強制収容所への移送、その中のいた作曲家Pavel Haasが書いた曲、一度失われ再構成される、それがカッセルの駅に戻り、それを聞く。 d13.documenta.de/#/research/res…
(田中功起さんのツイート)

16:11 RT from web  [ 1 RT ]
そのリサーチによるひと繋がりの関係がもうほとんど完璧。
(田中功起さんのツイート)

16:42 from web  [ 17 RT ]
150メートルの超低空を爆音を出しながら飛行するゲリラ戦用戦闘機オスプレイが戦闘を想定し、威嚇しているのは、もしかしたら中東ではなく、日本ではないか。

16:44 from web  [ 22 RT ]
日本人の多くは東京上空の制空権を日本ではなく未だ米軍が握っていることを知っているのだろうか?もし仮にオスプレイが横田基地に配備された場合、首都東京はもう何ら防衛手段を持てなくなる。もし仮にその段階でTPPが拗れる等で日米安保が破棄された場合、最悪の事態を想定する必要があるだろう。

16:44 from web  [ 2 RT ]
それはそうと、この時期にロンドンでオリンピックなんてやって、大丈夫なのだろうか?

by curatorshinya on Twitter

7月23日(月)のつぶやき

2012-07-24 01:20:13 | Weblog
16:19 RT from web  [ 4 RT ]
山本義隆氏ーー「近代物理学の法則とは…数学的処理になじむように人間が単純化し、理想化し、抽象化した現象の法則である」「近代になって人間は数学的に自然を捉える術を見出したというほうが真相に近い」『新・物理入門』これはわかったから次はこれ→ gakushuin.ac.jp/~881791/mathbo…
(朝日出版社 第二編集部さんのツイート)

16:58 RT from web  [ 1 RT ]
電力を扱っているので、それで何ができるのか、というのが問題になるのは事実だと思う。だけどいつも悩むのは、アートととしてやっているので、単に社会にとって「有益」なものを提示しても仕方がないという気もするわけです。@curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

16:59 RT from web  [ 1 RT ]
大企業相手にアートのプロジェクトが優勝するというのは、いい話だと思うけれど、それはあくまでも既存の価値規準のなかで、相対的に優秀なものができた、ということでしかない気もする。 @curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

16:59 RT from web  [ 1 RT ]
他方で、あまりアートと科学技術を切り離して考えるべきでもないと思っていて、この二つが交錯するところ、それこそEATが目指していたようなものが重要かと。@curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

16:59 RT from web  [ 1 RT ]
だから技術的なものを既存の規準(効率性や有益性)に照らして捉えるのなく、技術的なものを通じて新たな価値自体を生み出していくことが重要かと。このあたりが発電を通じて目指すべき所なんじゃないかと思ってますね。 @curatorshinya
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

17:00 from web (Re: @kosukeikeda)
剛介がこのプロジェクトで原発やエネルギー、環境といった問題に真摯に向かい合っていることが伝わる限り、発電といったプラクティカルなテーマをアートと絡めることは不適切だ、という批判を浴びることはおそらく無いんじゃないかと思います。 @kosukeikeda

17:00 from web (Re: @kosukeikeda)
メキシコの海に漂着したオブジェを集めたガブリエル・オロスコの新作を昨日ベルリンのグッゲンハイムで見て感じたのは、実際の危機を迎えている今、オロスコ的インターナショナリズムというある種ナイーブなアートの手法が無効化されたのではないか、ということでした。 @kosukeikeda

17:01 from web (Re: @kosukeikeda)
私達が毎日当たり前の様に使って来た電気について、それが実際どれくらいの量なのか、それをいかに減らすことが可能で、さらに個人レベルでどれだけの発電ができるのか、というアプローチは興味深く、アートプロジェクトと呼ぶに値するものだと思います。 @kosukeikeda

17:02 from web (Re: @kosukeikeda)
その評価は困難ですが、野村仁の場合、当時未来のエネルギーとして期待されていた太陽光発電を、アートという自身の手法を通じてソーラーカーとして具現化し、個人の力で大企業相手にレースで優勝してしまった所に新しさと感動があり、アートと呼ぶに値するのではないかと。 @kosukeikeda

17:13 from web  [ 3 RT ]
自分たちにとって一番アクチュアルなものを真剣に扱う、それだけで十分アートと呼ぶ為の条件を一つ満たしている気がする。一方、それが無くて純粋に概念的なものを扱うだけでは、もうアートと呼べなくなって来るのかもしれない。 @kosukeikeda

19:01 from web
このビデオは初めて見た。ほっこりしたい時に一番の曲。Gilbert O'Sullivan - Alone Again (original version) youtube.com/watch?v=D_P-v1…

19:07 from web
もうダメ!反則!って言ってしまいたい気分になる程のニール・ヤングの名曲。Neil Young - "Only Love Can Break Your Heart"youtube.com/watch?v=FOl01v…

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7月22日(日)のつぶやき その2

2012-07-23 01:20:38 | Weblog
19:44 from web (Re: @takeonomado)  [ 2 RT ]
12使徒のうちトマスがインドで、パウロがギリシアで布教したことはとても重要だと思います。ザビエルはトマスがインドで布教していたことを意識しており、日本にも原始キリスト教が入っている可能性をイグナティウス・ロヨラに指摘しているのは興味深いです。 @takeonomado

21:22 from web (Re: @takeonomado)  [ 2 RT ]
@takeonomado アイデンティティの問題は大きいかと。ザビエルはバスク・マラーノ・ジューでしたし、法隆寺の救世観音を開いたフェノロサはカタロニア人系、そのアシスタントを務めた岡倉天心が愛したのはインド人女性でした。ユーラシア論は3年かけて仕上げますので、しばらくお待ちを。

21:45 from web  [ 3 RT ]
白川静が指摘した漢字の中に含まれる呪術的意味と、ゲーテが『ファウスト』で試みたドイツ語単語の音声とその音が共通して意味する呪術的意味は、基本的に同じものを扱っているんじゃないかと思えて来た。

21:46 from web
シューマン作曲による、ゲーテの『ファウスト』に登場する「 塔守リュンコイスの歌 」musicline.de/de/player_flas…とその解説。homepage2.nifty.com/182494/Liederh…

21:47 from web  [ 1 RT ]
映画「時計じかけのオレンジ」に登場するこの曲は、キューブリックがゲーテのファウスト「 塔守リュンコイスの歌 」への応答として使ったのでは?Erika Eigen "I Want to Marry a Lighthouse Keeper"youtube.com/watch?v=x4TJNt…

21:48 from web  [ 3 RT ]
キューブリック監督は「時計じかけのオレンジ」にて、ナチスの行進と爆撃のイメージに、有名なウルトラバイオレンスのシーンを重ねて、ベートーベンの第九「歓喜の歌」を流したのだった。今見返してみたら、やっぱり凄いシーンだった。youtube.com/watch?v=fuohJD…

21:56 from web (Re: @takeonomado)
@takeonomado ありがとうございます。それでは気長にお待ちを~。

by curatorshinya on Twitter

7月22日(日)のつぶやき その1

2012-07-23 01:20:37 | Weblog
08:14 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 10 RT ]
@curatorshinya 横から失礼します。インド人エンジニアを京都に連れて行ったら、ここは古代インドのタイムカプセルと感涙。最初の銀閣寺のギンシャダン~シャダンはサンスクリットで庭、から始まりシャリ~身体など。寺社や博物館の仏教関係展示をサンスクリットで解説し興奮でした。
(m-takeさんのツイート)

08:16 from web (Re: @takeonomado)  [ 2 RT ]
私もパールーシーのインド人の友人とお話していた時、三十三間堂にゾロアスターの神アフラ・マスダが阿修羅として存在していることに驚いた、と話してくれことに、随分インスピレーションを受けました。 @takeonomado

08:18 from web (Re: @YachaooClub)
怒るという技術を身につける必要があるのかも。私は周りに叱ってくれる人が沢山いて良かったと感じています。 @YachaooClub @takuomitaguchi …それは叱るではなく先送りでしかない。「みんないっしょ」が当たり前の日本社会の中で、「怒り」の表現が成立することの難…

08:19 from web  [ 1 RT ]
ソニーが駄目になったのは、いつの間にか中小企業から大企業になってしまい、自由なことができない空気感が支配的になってしまったからじゃないか?大企業はこの際思い切って解体して、合理的思考ができる30代の若者をリーダーに据えてみたら良いんじゃないか?

08:20 RT from web  [ 3 RT ]
証明というのはいずれにせよ、証明されざる真理を必要としている。すなわち証明されざる真理が究極によって証明を支え、あるいはまた証明の証明を再び支えているからである。
(ショーペンハウエルbotさんのツイート)

08:22 RT from web  [ 46 RT ]
これはひどいwRT @kyoneshige: 公衆無線LANのConnectFree、利用するとTwitter IDとFacebookをMACアドレスと紐づけられ、いつどこでどのサイトを閲覧したか収集されるらしい togetter.com/li/223293
(青木理音さんのツイート)

08:39 RT from web  [ 3 RT ]
少数派の仏教徒なんだろか? ヒンドゥー教的な厳格なカースト制と馴染みが悪いのでエンジニアはシーク教徒が多いとも聞く。もっともインドではタクシー運転手もエンジニアなわけだけど。 QT @takeonomado @curatorshinya インド人エンジニアを京都に連れて行ったら
(鮎麻呂さんのツイート)

08:39 RT from web  [ 3 RT ]
いやIITという理系最難関を出たエンジニアですが、サンスクリットを普通に読み書きして、リグヴェーダを暗唱できた。誕生日にリグヴェーダの原本をもらいましたw RT @aymro: 少数派の仏教徒なんだろか?QT @curatorshinya インド人エンジニアを京都に連れて行ったら
(m-takeさんのツイート)

08:39 from web  [ 8 RT ]
小沢一郎が27歳だった昭和44年12月、初めて衆議院選挙に出馬したときの「選挙公約」が素晴らしい。彼は27歳の時の初心を、今でも忘れずに、まっすぐに持ち続けているのだと思う。

08:40 from web  [ 7 RT ]
「現代の社会は多種多様化した欲望が生まれ、政治がこれに応えきれず、国民生活と遊離している。このために政治不信が生まれ、社会的に大きな混乱が起きている。さらに政治が無力化して官僚に政策決定を任せているため、生き生きとした政治が行われていない。…(続)

08:40 from web  [ 14 RT ]
(承前…)「このままでは、日本の行く末は暗澹たるものだ。こうした弊害をなくするため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなくてはならない。政治に新しい考えを取り入れ、浄化と刷新を行う」 昭和44年12月 小沢一郎 27歳の衆議院選出馬の「選挙公約」

08:41 from web  [ 2 RT ]
小沢一郎は先日のNHKの日曜討論で、ユーロ崩壊と中国の政変まで視野に入れていて、さすがだと思った。ユーロ通貨に関しては、ハバーマスの言う左派良心的なことも分かるけれど、今回ばかりはミクロレベルで考察し、冷静な判断を下しているアマルティア・センの方が正しいと思う。

08:54 RT from web  [ 6 RT ]
まさにその通りで、彫像一体づつ「講義」となり回廊を抜けるのに2時間くらいかかりました。インド人超トップ層エンジニアの教養の深さは底無しだと震撼。RT @curatorshinya: ~三十三間堂にゾロアスターの神アフラ・マスダが阿修羅として存在していることに驚いた~
(m-takeさんのツイート)

09:02 RT from web  [ 2 RT ]
原爆誕生の瞬間、オッペンハイマーが“バガヴァッド・ギーター”を思い浮かべたと泣きながら告白した番組を思い出しました。教養人恐るべき哉。 QT @takeonomado いやIITという理系最難関を出たエンジニアですが、サンスクリットを普通に読み書きして、リグヴェーダを暗唱
(鮎麻呂さんのツイート)

09:05 from web (Re: @aymro)  [ 4 RT ]
確かオッペンハイマーは、原爆は100万分の1の確率で地球を爆発させてしまう可能性をトルーマンに進言した所、ゴーサインを出されてしまったという背景がありました。オッペンハイマーがバカヴァッド・ギーダを思い浮かべてしまった背景も複雑ですね。 @aymro @takeonomado

09:06 RT from web  [ 2 RT ]
あ、彼は普通のヒンズー教徒。15年前からデリーとムンバイで開発会社やってましたが(ムンバイは継続中)なぜかジャイナ教のエンジニアが優秀。ジャイナ教の稠密な寺院装飾の伝統と関連ありそうですが、理由は不明です。シーク教徒は普通。RT @aymro: @curatorshinya
(m-takeさんのツイート)

16:12 RT from web  [ 1 RT ]
シュレディンガーを始め、19世紀末からウィーン大学近辺の物理学者がインド哲学に傾倒するのには何か理由があるんでしょうか? 自分としてはちょっとした謎なんですがw @curatorshinya: @aymro
(m-takeさんのツイート)

16:12 RT from web (Re: @takeonomado)  [ 1 RT ]
大変興味あります! 残念ながら出かけなくてはならず帰宅後追って読ませてください。 QT @takeonomado: シュレディンガーを始め、19世紀末からウィーン大学近辺の物理学者がインド哲学に傾倒するのには何か理由があるんでしょうか? @curatorshinya
(鮎麻呂さんのツイート)

16:15 from web (Re: @aymro)  [ 3 RT ]
ジョン・ドルトンの原子説におけるジャイナ教影響下にあったデモクリトス、またヴェーターンダを説いたショーペンハウエルの影響だと思います。 @takeonomado シュレディンガーを始め、19世紀末からウィーン大学近辺の物理学者がインド哲学に傾倒するのには何か理由がある@aymro

16:29 RT from web  [ 2 RT ]
「徳川期は旧弊なる儒教社会であり、明治はそこから脱皮し西洋化したという通説は誤りで日本近代は朱子学化」←「国民国家の欲求に合致する、忠孝などの外国起源の徳目が日本で共振作用を起こした結果。小倉紀蔵『朱子学化する日本近代』藤原書店:東京新聞 tokyo-np.co.jp/article/book/s…
(氏家法雄さんのツイート)

16:46 RT from web  [ 8 RT ]
動いた!東ガスとJX 川崎の火力倍増へ dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/ele…
(岩本唯史さんのツイート)

16:50 RT from web  [ 5 RT ]
キュレーターの渡辺真也がメールで送ってくれたんだけど、発電とアートでいえば野村仁のソーラーカーのプロジェクトがある。この作品、そんなに知られてないかもですが。news.mynavi.jp/articles/2009/…
(Kosuke Ikeda 池田剛介さんのツイート)

16:53 from web (Re: @kosukeikeda)  [ 4 RT ]
野村仁のソーラーカーの凄いのは、アートとして開始したにも関わらず、ソーラーカーレースで大企業相手に優勝した点。剛介の東京芸術発電所も、自分たちで起こした電気で何ができるのか、というワクワク感があれば、きっと多くの人の興味関心、共感を呼ぶと思います。 @kosukeikeda

19:38 from web (Re: @takeonomado)  [ 1 RT ]
@takeonomado @aymro 私は東洋と西洋と呼ばれるものは一つの大陸文化だというユーラシア論を完成させたいと思っています。その視点が、近代の抜本的見直しに繋がり、世界が少しでも良い方向に向かう様になればと考えています。

19:39 RT from web (Re: @curatorshinya)  [ 1 RT ]
@curatorshinya 仕事でマドラスに行った時に、聖トーマスの地下墓所を訪ね、濃密な祈りのオーラに圧倒されました。古代シリア語に基づく典礼様式を今も伝えると聞き、そんな昔にシリアから南インドとは感動しましたが、古代の人と情報の拡散は広大だったのですね。
(m-takeさんのツイート)

by curatorshinya on Twitter