そう思ってた。
2025年だぞ。
顔なんか関係ねえだろ。
代わりに、こう書いた。
と。
「え?顔邪神?」
その後、こう言った。
「わかりました。では、顔邪神の存在を認める他の応募者と比較した結果、あなたの方が適切だと判断しました。面接にお越しください」
変だ。
何言ってんだこの人。
でも、面接には行った。
「これが顔邪神です」
と言った。
「え?」
「顔邪神とは、鏡に映った自分の顔です。その顔に支配されるべきではないという、あなたの思想を理解しました」
「いや、俺はそこまで...」
その後、俺は入社した。
でも、おかしなことが続いた。
毎週金曜日。
全員が鏡を持って、会議室に集まる。
と。
部長は、そのたびに厳粛な顔をする。
「顔邪神は、採用試験の時から、我々を試してきた。顔写真という形で。その邪神に抗う者こそが、我が社の理想の人材だ」
もうわけわからん。
でも、その儀式に参加しない者は、昇進できないらしい。
だから、俺も毎週、鏡を持って、「顔邪神よ。私たちを支配するな」と言った。
3ヶ月経った時、俺は昇進した。
管理職。
給料も上がった。
でも、同時に、新しい仕事が増えた。
「お前の思想が、会社を救った。だからお前に、この役を任せる」
と、部長は言った。
「それを決めるのが、お前の仕事だ」
俺を含めて。
と、俺は言った。
すると、副委員長が、こう言った。
「顔邪神とは、すべての人間の中に存在する『外見への執着』である。それが顔という形で現れるのだ」
「いや。顔邪神とは、内面も、外見も、両方を支配する邪神である。そのため、顔邪神から逃れるには、顔も捨て、内面も捨て、何も残さないことだ」
「それ、人間やめろってことじゃん」
「そう。顔邪神から完全に逃れるには、人間を捨てる必要がある」
という議題で。
でも、答えは出なかった。
なぜなら『顔邪神を排除する』という目標そのものが、『顔邪神に支配されている』ことだったから。
だと、退職願に書いた。
「なるほど。それは、我が社のレベルを超えた思想だ。ぜひ、その道を極めてくれ」
と。
でも、鏡の中の顔は、何も答えない。
ただ、同じ顔で、俺をじっと見つめてるだけ。
その時、俺は悟った。
顔邪神とは、鏡に映った顔ではなく、『顔を見つめ続けている自分』だったんだ。
だから、もう辞めた。
顔邪神との戦いは。
代わりに、俺は、毎日、鏡を見ずに過ごすことにした。
顔も見ない。
鏡も見ない。
ただ、生きる。
そうしたら、すごく楽になった。