2026-04-09

多くの人が「戦争には反対だ」と思っていると思う。

私もそうだ。

ただ、その先の話になると、正直よくわからなくなる。

たとえば憲法9条

これを改憲しないことが、本当に良いことなのか。

今の状況を見ていると、確信が持てない。

中国ロシア北朝鮮がそれぞれに動きを見せている中で、

「何もしないこと」が本当に安全につながるのか、

しろ逆にリスクになるのではないか、と感じることがある。

そしてもう一つ気になるのは、

憲法9条によって、仮に侵略を受けたときに初動の判断対応が遅れる可能性がある、という指摘だ。

これが現実になるかどうかは分からない。

ただ、そうしたリスクが指摘されている以上、

改憲しない」という選択は、

その不確実性ごと引き受ける立場でもあるのだと思う。

もしその結果として何かが起きたとき

「なぜ備えなかったのか」と問われる可能性はゼロではない

そして実際、過去政治的選択に対して、

から責任評価が向けられる場面はいくらでもある。

たとえば、

高市早苗投票した人に対して批判が向けられたり、

過去石油備蓄に関することを批判した政党現在になってバッシングされることもある。

政治的選択は、その瞬間だけで終わるものではなく、

から評価され続けるものでもある。

一方で、はっきりと意見を表明できる人の存在はすごいとも思う。

改憲反対という立場を明確に示すということは、

その選択によって何かが起きたときに、

から批判される可能性も含めて引き受ける立場に立つということでもあるはずだからだ。

からこそ、そうしたリスク責任を背負ったうえで

改憲反対」と言い切れること自体は、ある意味ですごいことだと思う。


そしてもう一つ、これは自分問題でもある。

私は、そこまでの覚悟を持てていない。

人に対して表明しなくてもいいのかもしれない。

それでも、自分の中でどちらかに強く傾くには、

まだ情報も足りていないし、納得もできていない。

十分に理解しきれていないまま、

なんとなくの空気雰囲気立場を選ぶことは、

自分自身を裏切ることになる気がしている。

から私は、簡単にどちらかに寄ることを選ばない。

私は、戦争には反対だけど、それと改憲を結びつけて強く賛成とも反対とも言い切れない。

改憲することにもリスクがあり、

改憲しないことにもリスクがある。

どちらか一方だけが安全だと言い切れる状況ではないと思うからだ。

最近

イランイスラエル衝突や、そこに関与するアメリカ合衆国政府、各国の動きを見ていて改めて感じたことがある。

世界は、想像以上に「つながっている」ということだ。

資源武器技術

それらは一方的に与えられるものではなく、

支援であり、見返りであり、そしてビジネスでもある。

どこかの国で起きている出来事も、

完全に他人事として切り離せるものではない。

日本もまた、

他国に対してさまざまな形で関わっている。

ODA技術提供経済的な結びつき。

そういったものの上に、今の国際関係は成り立っている。

からこそ、

戦争反対」という言葉だけで止まるのではなく、

自分たちが何を提供し、

どういう関係の中にいるのかを考えること。

それが、今の自分にできる一つの行動なのではないかと思っている。

私はまだ答えを持っていない。

でも、だからこそ、

簡単に言い切らないこと、

そして考え続けることだけはやめたくないと思っている。


そしてそれは、ただ考えるだけではなく、

自分なりに調べたり、知ったことを伝えたり、

そういった企業のことを知り、必要だと思えば株を買うといった形で関わることも含めて、

できる範囲で行動していくことだと思っている。

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