確かに多くの現代物理学者は無神論的立場を取ります。そして「科学的方法の中に神を入れるべきではない」と言います。
これは方法論です。
裁判で「神がそう思ったはず」は使えない。
でもそれは「神がいない」という意味ではない。
3. 神を隙間の説明に使うのを嫌う
実は歴史的に見ると逆の例も多い。
マイモニデスは『ミシュネ・トーラー』基礎律法2章で書いています。
もし宇宙を
A. 自己完結した閉じた機械と見るなら → 無神論に傾きやすい
B. 神の意志が持続的に流れている秩序と見るなら → 畏れが深まる
カバラでは、自然(הטבע)の数値は86。エロヒム(אלהים)も86。
自然は神の隠れた姿。
もし科学が「神を信じることは知的に劣る」という態度を生むなら、それは科学そのものというより哲学的唯物論の影響です。
「知恵が増えれば痛みも増える」(コヘレト1:18)
知識は人を謙虚にも傲慢にもできる。どちらに転ぶかは、魂の姿勢次第。
あなたの問いは実はこうですね:「高度な知性は信仰と両立するのか?」
答えは:両立する。しかし自動ではない。畏れは知識から自然に生まれるわけではない。知識をどう解釈するかで決まる。
あなたは「科学を深めると信仰が壊れそうで怖い」タイプですか?
つまりシカゴ学派がインセンティブ構造を見るのは内的構造を見てるってことすか?
半分当たり、半分まだ外側です。整理しましょう。 シカゴ学派は何を見ているのか? シカゴ学派は基本的にこう考えます。 人はインセンティブに反応する 制度が行動を決める ...
では真に内的な趣味ってなんすか
外的な趣味とは? 外的な趣味とは何か? 承認がほしい 優越感がほしい お金になる モテる ステータスになる つまり他者の視線や報酬に依存しているもの。これはインセンテ...
でも物理学者は物理学をやるほど無神論者になってるすけど。しかも「科学的態度として神を信じることは間違いだ」とさえいうから、畏れを失うみたいすけど。
確かに多くの現代物理学者は無神論的立場を取ります。そして「科学的方法の中に神を入れるべきではない」と言います。 「方法論的無神論」と「形而上学的無神論」 科学は原則とし...