yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

オペラ『ドン・ジョヴァンニ』METライブビューイング@神戸国際松竹12 月7日

今年の10月22日に収録されたもの。イタリア語。

今日は私の誕生日。この日を寿ぐ(?)のにこの「祝祭オペラ」はぴったりだった。風邪気味で鬱だった精神状態をいっぺんにアップしてくれた。感謝。

何といってもモーツァルト!悲劇なのに明るい。伸びやかさが舞台隅々にまで行き渡る。ウキウキ感に満ち満ちている。メトロポリタン歌劇場の何千という観客もこのウキウキ感に感染、舞台と一体化しているのが、映像からもよくわかった。

そういや3年前にはこのメトロポリタン歌劇場で『マダム・バタフライ』と『ドン・キホーテ』を観たのだった。感無量。あのときもカーテンコールで観客は総立ちだった。ヨーロッパの劇場の観客も素晴らしいけど、METのそれはちょっと独特。あれ、やっぱりアメリカ的。『マダム・バタフライ』は一番安い(確か)4階席で見たんだけど、その時の感激を反芻させられてしまった。それまでうろうろしていた(何しろ立ち見だったので)周りの人たちが一斉に舞台に向かってエールを送っていた。あの一体感!1階のStall席で『ドン・キホーテ』で見たときよりも、ずっと感動が強かったし深かった。Stall席の周囲の客たちはもっと「お澄まし」した客だったから。

日本ではお行儀よく見るんでしょうね。それはそれで真っ当だと思うけど、あのアメリカの客の「ぶっ飛びぶり」も懐かしい。

この『ドン・ジョヴァンニ』自体がそういう祝祭性というか、ぶっ飛びぶりを寿ぐ演目ですよね。あの暗くて重いワーグナーのオペラとは全く違っている。底抜けに明るい。あまりにも明るいので、逆にその陰の部分を感じてしまわざるを得ない。もちろんその陰の部分にはドン・ジョバンニの「悪行」の結実が列挙されるんでしょうが。

ドン・ジョバンニという女たらし、文化人類学的にいうとトリックスターが、女と見れば手練手管を駆使してたらしこむ、その明るさ、滑稽さ。それの影絵となっている「たらし込まれた」女の家庭の「悲劇」。審判者に「地獄行き」を言い渡されても、なおかつ自身の性癖、行状を改めない。

これはきっと男性というより、普遍性を持つがゆえに人間一般の憧れかもしれない。キリスト教の世界では異端児。その価値観を根底から覆すから。価値観の転覆という役割を彼に担わせ、最後には彼を禊の代償として差し出す。それによってキリスト教世界が救われる。イエス・キリスト的な役割を負ってもいるのが、まさにこのドン・ジョバンニ。

どの演者も素晴らしかった。印象に残っているのは、主要歌手全員がこの暗さというか、陰の部分を意識していたこと。幕間のインタビューでそれがわかった。METの歌手がいかに知的かがよくわかるインタビューだった。以下にプロダクション詳細を。

指揮
ファビオ・ルイージ
Fabio Luisi

演出
マイケル・グランデージ
Michael Grandage

《ドン・ジョヴァンニ》
サイモン・キーンリーサイド
Simon Keenlyside
バリトン

《ドンナ・アンナ》ヒブラ・ゲルツマーヴァ
Hibla Gerzmava
ソプラノ

《ドンナ・エルヴィーラ》
マリン・ビストラム
Malin Byström
ソプラノ

《ドン・オッターヴィオ》
ポール・アップルビー
Paul Appleby
テノール

《レポレッロ》
アダム・プラヘトカ
Adam Plachetka
バスバリトン

<ストーリー>
伝説のプレイボーイ「ドン・ファン」の没落を優雅にして劇的な音楽で描くモーツァルトの大傑作!女という女を魅了し振り回す大胆不敵なドン・ジョヴァンニの行く手をさえぎるのは誰か?MET首席指揮者F・ルイージの情熱的な指揮のもと、現代最高のドン・ジョヴァンニ S・キーンリーサイドを、きらめく新星H・ゲルツマーヴァ、透明感あふれる声が魅力の美女マリン・ビストラム、コケティッシュな声と演技で魅了するS・マルフィら粒選りのキャストが追い詰める!
18世紀のスペイン、セヴィリャ。貴族のドン・ジョヴァンニは、2000人以上の女を陥落させた筋金入りの女たらし。今日も騎士長の娘ドンナ・アンナに夜這いをかけるが、騒がれて逃げだしたところを騎士長に見つかり、殺してしまう。懲りないジョヴァンニは村娘ツェルリーナを口説こうとして、棄てた女のドンナ・エルヴィーラに邪魔される。何かがうまくいかないと首を傾げる不敵なドン・ジョヴァンニに、破滅の時が近づいていた…。

ドン・ジョバンニを演じたサイモン・キーンリーサイドはケンブリッジ大学出の秀才。でも秀才っぽくない。また男前でもない。でもその才覚で、饒舌で女を言いくるめてゆく。そこがいかにもドン・ジョバンニ。彼の口説を聞いているだけで、ウキウキしちゃうんですよね。幕間のインタビューワーの質問に答えて喋るは喋るは。「discourse」(文学批評的には「言説」)なんてことばを使っちゃって、その上ダーウィンの「種の起源」まで引用しちゃって実に知的。

ドンナ・アンナを演じたヒブラ・ゲルツマーヴァはモスクワ出身。美しいコロラトーラソプラノ。でも私的にはエルヴィーラを演じたマリン・ビストラムが好み。この方、キーンリーサイドの向こうを張って知的。インタビューの答えが実に的確だしユーモアセンスも抜群。美人です。

脇役ではレポレッロ役のアダム・プラヘトカが素晴らしかった。表現力の権化。それでキーンリーサイドに対峙していた。同格であっぱれ。

いきいきとした指揮ぶりのルイージも素晴らしかった。METで見てきた指揮者ではもっともイタリア的というか、ラテン的だった。