yoshiepen’s journal

さまざまな領野が摩擦しあい、融合し、発展するこの今のこの革命的な波に身を任せ、純な目と心をもって、わくわくしながら毎日を生きていたいと願っています。

「市川猿之助 春秋座歌舞伎舞踊公演」@春秋座(京都造形芸術大学内)6月12日

演目は以下。

序、演目解説
一、猿翁十種の内 独楽
二、双面水照月

演目解説では猿之助のお弟子さん(名前を聞きそびれました)が太鼓、ツケを使って歌舞伎での「効果音」について解説。歌舞伎の殺陣の解説も。それに掛け声の掛け方の練習?この日のお客さん、歌舞伎が初めてという人がいなかったよう。さすが京都。粋筋と思われる方もちらほら。ただ若い人がいなかった。年齢層はかなり高め。それは南座の観客と共通していた。帰りのバスの車中でこの日の舞台について話をしている学生がいたので、2階席にはこの大学の学生がいたのかもしれないけど。

「独楽」はひょうきんな踊り。チラシについていた解説は以下。

江戸時代の物売りの風俗を写した楽しさ溢れる舞踊です。独楽売萬作が独楽の由来を語りながら曲芸を疲労するのがみどころで、次第に萬作自身が独楽となり、刃渡りや百廻りを軽やかにみせていきます

猿之助の踊りはいつみても軽やかで、毬の動きをみているよう。独楽なんですから当然ですね。ストーリーがない舞踊というのは、難しいものだと感じた。市川宗家の十八番の中にもそういうものがあるけど、でもストーリー性はもっと出ている。「毛抜」や「鎌髭」などがそう。この舞踊も一応舞踊「劇」ということではあるけど、曲芸、軽業の類いを取り込む趣向の方が主眼だったのかもしれない。歌舞伎舞踊が現在の形になるまでに、こういう遊芸が取り込まれていった歴史もあり、それを研究家の猿翁が形にしたのかもしれないと思いつつ、観ていた。

二曲目の「双面水照月」はしっかりとした劇。なかなか凝っている。舞踊なのに「実は」の部分があって、面白かった。『隅田川続俤』の最後に来る舞踊だとか。『隅田川続俤』といや、あの『法界坊』ですよ。チラシ解説は以下。

金にも女にも目がないという、悪徳かつ破廉恥な堕落坊主である法界坊の芝居『隅田川続俤』の大霧で、終幕にあたる舞踊です。

舞台は春の隅田川。永楽屋の娘・お組に恋慕しながら殺された堕落坊主・法界坊の霊魂と、お組と恋仲である松若丸への執念を残しながら法界坊に殺された野分姫の霊魂が合体し、お組そっくりの姿となって、松若丸とお組の前に顕れて・・・・

醜悪な破壊(ママ) [破戒]僧と可憐な女性と踊り分ける難役、市川猿之助が初役で挑みます。

久しぶりに笑三郎がみれてうれしかった。女船頭役。いつみても品があって、さりげなくしていても存在感がある。笑也、かなり控え目にしておられた。門之助さんはいつもながら、こういう高貴な若殿役ははまり役。澤瀉屋の精鋭三人が打ち揃って、のびのびと(?)演じられていたのかも。