東京凌霜クラブとは? わかりやすく解説

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東京凌霜クラブ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/24 08:01 UTC 版)

凌霜会」の記事における「東京凌霜クラブ」の解説

前史1920年大正9年東京における神戸高等商業学校定例同窓会組織として「火曜会」がスタート中心人物第一期生(1897年明治40年)卒)の鈴木祥枝東京海上社長)と堀内泰吉(東京海上火災保険常務)であり、場所も丸の内東京海上ビル内にて毎週火曜日開催凌霜会東京支部1950年昭和25年凌霜会東京支部として組織化初代支部長出光佐三出光興産創業者神戸高商第三期生。1897年明治42年)卒。 戦後東京海上ビル接収された関係で京橋明治製菓ビル移りその後東京駅東京ステーションホテル経て日本工業倶楽部へと変遷1966年昭和41年)、出光佐三支援を受け、丸の内帝劇ビル5階出光興産内事務所に「東京凌霜倶楽部」を設置1968年昭和43年)に独立し現在の帝劇ビル地下2階開設した歴代支部長氏名備考初代 出光佐三 出光興産創業者1897年明治42年神戸高商2代 佐渡卓 日本国土開発社長1919年大正8年神戸高商3代 村瀬三 大海上火災(現三井住友海上火災社長1926年大正15年神戸高商4代 澤村貴義 日本通運社長1937年昭和12年神戸商大5代 加藤正 出光石油化社長1936年昭和11年神戸商大6代 水上芳美 長谷川工務店(現・長谷工コーポレーション社長1944年昭和19年神戸商大7代 直野徳 住友商事副社長1953年昭和28年神戸経済大学8代昌一 イトマン社長住金物産取締役相談役1955年昭和30年神戸大学法学部卒 9代 團野廣一 三総研副社長1956年昭和31年神戸大学経営学部10代 茂木トスコ社長1959年昭和34年神戸大学経営学部

※この「東京凌霜クラブ」の解説は、「凌霜会」の解説の一部です。
「東京凌霜クラブ」を含む「凌霜会」の記事については、「凌霜会」の概要を参照ください。

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