ここ最近、X(旧Twitter)上で多くの人を震撼させたのが、SNSに解剖実習中の写真を投稿した女性医師の問題。ピースサインをする医師たちの背後には、実際に使用されたとされるご遺体が並ぶ悲惨な光景に「医師免許を剥奪しろ」などといった多くの非難の声があがりました。医療従事者に対する不安の声が募る中、メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者であり現役医師の徳田安春先生が、医師の教育背景についてお話ししています。
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医療従事者に求められる倫理的配慮と責任感
最近、解剖研修で撮影したという献体の写真が投稿され、ネット上で批判が集まった。投稿した医師は、自らのブログに「医師でありながら人としての倫理観が欠如した投稿をしてしまった」として投稿を削除し、陳謝した。倫理的配慮の欠如やプライバシーの侵害だけでなく、医療従事者としての責任感の欠如があったと言える。
解剖実習用のご遺体は、医学教育のために提供されたものであり、尊重されるべきである。写真をSNSに投稿することは、遺体提供者本人やそのご家族に対する敬意を欠いている。解剖実習の写真には遺体の一部が写ることがあり、これが公開されることで遺体提供者のプライバシー侵害の可能性がある。
医療従事者は高い倫理観と責任感を持つべきである。SNSで解剖実習の写真を投稿することは、医療従事者として不適切な行動であったと言わざるを得ない。医療従事者は倫理的配慮と責任感を持つことが重要である。
入試で「倫理」を選択したのは12%のみ
しかし、医師による非倫理的言動の事例が近年目立ってきている。日本の医師養成課程における倫理教育に大きな欠陥があることも今回のケースが起きた背景となったと私は考える。欧米では、医学部入学者の約半数はいわゆる「文系」だ。なかでも倫理教育は最も重視されている。
まず、日本の医学部入試科目に欠陥がある。私が2022年に行った564人対象の「医学部卒業生調査」によると、大学入試センター試験受験時の社会科目で「倫理」を選択したのは12%のみであった。
医学部入学者が倫理を選択しないということは、倫理教育の重要性が十分に認識されていないことを示している。試験制度が倫理教育を推奨していない可能性も示唆している。患者や社会全体の多様な価値観を理解する力が不足する。
医療従事者は様々なバックグラウンドを持つ患者と接するため、倫理教育はその基盤となる。倫理を学ばないことで、医療現場で直面する倫理的な問題やジレンマに適切に対処する能力が育まれない可能性がある。医療従事者が患者の利益を最優先に考える姿勢が弱まる恐れがある。医学教育において倫理教育の重要性を再評価し、試験制度の見直しを行う必要があるだろう。
旧731部隊の講義を受けていた学生は7%のみ
倫理教育の問題は医学部入学前だけではない。前述の調査で、日本の医学部卒業生のうち、「旧優生保護法下で障害者が不妊手術を強いられた問題」について講義を受けた学生は36%のみであった。旧優生保護法に基づく不妊手術は重大な人権侵害であり、この問題に対する理解が不足することになる。
歴史的な事実や過去の過ちについて学習することは重要だ。同様の過ちを繰り返すリスクを減らすためでもあるが、医学教育のカリキュラムを人権や倫理に十分な重点を置くようにして、医療従事者としての社会的責任を理解する機会を与えることになる。医療者としての責任を認識できる機会にもなる。
しかし、同じ調査で判明した結果で私が最も問題視しているのは、日本の医学部卒業生のうち、旧731部隊(アジア太平洋戦争における医療者による生物兵器開発に関連する戦争犯罪)についての講義を受けていた学生は7%のみだった、ことだ。
過去の医療倫理違反や戦争犯罪について理解し、学生たちの歴史認識と倫理的問題を学習させることで、将来的に同様の過ちを繰り返す危険性を減らすことができる。旧731部隊の戦争犯罪は、日本の医学研究における倫理的問題の象徴である。医療従事者は社会に対して大きな責任を負っており、そのための教育が欠如しているのは問題である。
最後に私からの提案をまとめる。医学部入試を見直して、センター科目の倫理を必須にすること。医学部教育で「医の倫理」を必須とし、歴史的重大事件をケーススタディとして学生に議論をさせる。医師国家試験でも倫理問題を出す。医師の倫理感の回復には、これらを実施すべき時に来ていると考える。
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