"Success is not about chance, but about choices," Joe said.

引用符つきのタイトルで始まりましたが、私のする「話法」の宿題も目鼻が立ってきました。
良い感じです。

1月4日の新春セミナー:オンラインコーパス、辞書&SNSの英語ニュースの活用
の受講者からの声も届いています。
匿名でのご紹介。

先日はセミナーでの貴重なお話、ありがとうございました。
今まで何回か松井先生のセミナーを受けさせていただきましたが、それらを総集し、さらに深めた内容になっており、これまでの復習にもなり非常に充実した3時間でした。
コーパスはこれまで検索の仕方がわかなかったのですが、実演していただき、入力法も学べ、今後の教材研究に活用させていただきます。
実際に使ってみると、やはり一日20回というのは少ないですね。有料版に登録するか悩ましいところです。NOW corpusなどは、無料版だと制約が結構あるようです。
辞書は、物書堂を使っていますが、まだまだ使いこなせていないなと実感いたしました。使いこなすためには、もっと自身の語に対するアンテナを張らなくてはいけないとも感じました。
生徒にも、辞書を読むことの大切さを伝えているつもりですが、また新鮮なアプローチを学べたので、さらに辞書を読むことの大切さを伝えていきたいと思います。
今後もセミナー楽しみにしています。
ありがとうございました。

次の方は、年末28日の「その英語、気になりませんか?」のセミナーと新春セミナーの両方を受講してくれました。

12/28の語法セミナーについて
今回のセミナーを受講して一番思ったことは英語という「ことば」への意識です。英語を教え、学習するものとしてセミナーで取り上げられた英語の実態について気になるか、ならないかが大きな分かれ目になってしまうことを実感しました。英語教育・言語教育にとって大切なのは、基本的・「規範的」な語義、用法を先ずは身につけること(これ自体もセミナーで何を基本とし、何を一番に習得しなければならないのかということへの警鐘もありました)ですが、ことばの性質上、時代変化や文化の変化とともに変わっていくものですので、そのような変化に気づくためのことばの感覚を身につけることが大切です。松井先生はその感覚を常にアップデートし続けていて、さらにそれを生徒へ教えるということを継続されているのだということに感銘を受けました。それと同時に自分の態度を改めなければと思いました。学生への指導に活かせることも多かったですので、それをきちんと伝えなければとも思いました。「より良い英語で、より良い教材」ということを強く実感しましたし、それが教える方の責任であるかと思います。

1/4の新春セミナーについて
新春セミナーはこれまでに開催されたものを含めている内容なので、もしかしたら松井先生のセミナーの入門としての性格を持つものかも知れないと思いながら受講していました。3部構成でしたが、オンラインコーパス、辞書活用、SNSのニュース英語、それぞれについての実演もあり大変参考になりました。この中で興味を持ったものについて、個別のセミナーを受講することをお勧めしたいと思います。というのも、それぞれの内容が3時間のセミナーとして十分成り立つものですので、今回のように凝縮した形では物足りなさを感じてしまったのが正直なところです(それでも得ることが多かったのは松井先生の説明がわかりやすいという一言に尽きます)。英語を学習する上で便利で有用なツールは私たちの手元にあるのに、それを十分に活かしていないことを実感させられましたが、すぐにでも実践できるということを教えてもらったのは大変ありがたかったです。

両日とも参加できて大変良かったです。また別のセミナーに参加する機会があれば参加したいと思います。ありがとうございます。

暖かいフィードバックに感謝します。
今後ともよろしくお願いします。

物書堂のアプリ辞書の活用法にしても、COCAなど著名なオンラインコーパスの活用法にしても、本来届くべき人に、その情報やスキル、価値や意義が伝わっていないのは本当にもったいないと思います。

オンラインコーパスを使う方の多くが

  • COCA

を使っている印象を受けますが、私は基本的に「COCA系」と言っています。
セミナーでも示しているように、

COCA系(個人の資格でプレミアアカウント登録) ※現在は24時間で201クエリーまで

  • NOWコーパス (2010年から昨日までのデータ) ※2025å¹´1月1日には780万語強を処理
  • →GloWbE (2012/13å¹´) ※現代性と地域差・文化差
  • COCA レジスター;使用域の確認 ※均衡コーパスなので、これをベンチマークとして確認
  • →(COHAで経年変化を推測 ※均衡)→ TVコーパス ※話し言葉の確認

というような使い方で、最も使用頻度が高いのはNOWコーパスとGlowbeなんですね。
私が実際に見聞きした、自分で書いた英語表現と、複数のサブコーパスの検索結果を照らし合わせることで、実態を推測していますが、このアプローチでCOCA単体のみの検索では見えないところまで光が届くと思っています。
特に、指導者がその情報やスキルを身につけていることで、より多くの学習者に還元が出来るので、また年度末辺りに、セミナーを開くべく準備します。

そうは言っても、実例ありきですので、今日の「気になる語法」を。

先日、「しけんや英語塾」を主宰する四軒家忍先生のnoteの記事で、「固有名詞に定冠詞のtheがつく場合」を取り上げていました。

固有名詞に the がつく事例
note.com

非常に有益な情報になっていると思いますので、是非お読み下さい。

固有名詞の扱いでは、私のこのブログでも

2024-08-21
How proper is it?
tmrowing.hatenablog.com

で

  • <不定冠詞+形容詞+固有名詞>

というチャンクを取り上げていました。
今日取り上げるのはそれとはちょっと違う気になり方での対照。

  • 不定冠詞+一族の名

です。
辞書にも出ている用法で、文用例も収録されていたりします。

He is a Smith. 彼はスミス家の人です. (ランダムハウス英和)
His mother was a Smith. 彼の母親はスミス家の人であった (O-LEX英和)

その程度の知識は私にもあります、私の「違和感」は、その「某家」の括り方にあったと言えばいいでしょうか。
年明け早々トルドー退陣で揺れるカナダですが、年末にNational Postでこんな記事が出ていたのです。

Explaining Canada to Americans: What's in the video Trudeau posted amid Trump's trolling
nationalpost.com

その動画に関する記事本文の一節が気になっていました。

“In the long history of sovereign neighbours, there never has been a relationship as close, productive and peaceful as the U.S. and Canada,” Brokaw says.

The video returns to glorious flyovers of snowy mountain ranges for a rousing line in the words of John F. Kennedy: “Geography has made us neighbours, history has made us friends, economics has made us partners, and necessity has made us allies. Those whom nature has so joined together, let no man put asunder.”

This is the emotional climax of the video, the schmaltzy comparison of U.S.-Canada relations to a marriage, by a Kennedy no less.

どこが気になったかお分かりですか?
「不定冠詞+一族の名」という前振りがありましたから簡単でしたね。
私が引いた最後の文、

  • This is the emotional climax of the video, the schmaltzy comparison of U.S.-Canada relations to a marriage, by a Kennedy no less.

です。

“ … no less” も「他でもないあの…;なんとまあ…で;仮にも…ともあろう人が」 といった、主観的評価を露にして、驚きや落胆、皮肉、批判などを表す独特の物言いですが、それがあるからこその違和感と言えるでしょうか。
この記事では、John F. Kennedy (1917-1963)が取り上げられています。
事実としては、確かに He was a Kennedy. ではあるのですが、一般の人が the Kennedys (ケネディ一家(いっか))を明確に意識する契機が、まさにJFKの存在なのではないか、と思ったわけです。であれば、その中心人物であるJFKを指して、a Kennedyと言うのは適切、的確な表現なのか、という「?」が浮かんだのでした。

JFKに至る三代三族を整理。

JFK: ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ (JFK; 1960年当選、1961年アメリカ合衆国大統領就任)
↑
父: ジョセフ・パトリック・ケネディ("Joe"; 1888-1969) 実業家(株式、不動産)。1914年ローズ・フィッツジェラルドと結婚。ボストン政界の大物に。
↑
祖父: パトリック・ジョセフ・ケネディ (1858-1929) 実業家、民主党下院議員、上院議員。19C末には裕福な一家であった。

実業家としては、JFKの祖父、パトリック・J・ケネディの頃に既に成功していて、ジョセフ・P・ケネディが第二次大戦後にさらに財を成し、JFKを政界で押し上げる豊富な資金源となっていたようですから、JFK以前から「ケネディ家」という評判、名声はあったと考えられますが、その名声をより一層高めたのがJFK名のではないか、と思うわけです。

JFKの前の時代で、どのくらい "a Kennedy" は使われていたのか? それがわかると、解像度が上がるように思います。
COCA系でちょっと見てみましょうか。

NOW で「ケネディ家」「ケネディ夫妻・一家」など

最もヒット数の多い “the Kennedy” はその後にadministrationとかpresidencyなどの名詞が続くことが多いでしょうし、 “a Kennedys” は誤用レベルでしょう。

COCA

spokenの頻度が高いのが特徴的ですが、全体の頻度は21世紀になって半減。

COHAで経年変化

1960年代が異常にも思える高頻度ですね。

a KennedyをCOHAの初出(1959) から


a Kennedyに名詞が続いている例も(が?)多いですね。

参考にCOHAでthe Kennedy

このサブコーパスを忘れていました。

TIMEコーパス


やはり名詞がさらに続く例が多いので、この程度の実例を見ただけでは、断定的なことは言えませんね。

私の語感や実感として、”a Kennedy no less” が用いられるのは、こんな人の、こんな場面です。

What? A white, privileged man—a KENNEDY no less (although disavowed by the entire Kennedy family)—lecturing Black people about RACISM?? What an asshole.
x.com

If there’s only ONE 45 second video you can watch today, make it this one!
This is exactly what they do to Trump. But this? This was what they did to a Democrat— a Kennedy no less, running against their hold on power.
x.com

このような文脈であれば、「痩せても枯れてもケネディー家の一員である…」「腐ってもケネディー家の一員の…」という、話者の評価をしっかりと感じられると思うんですね。

ということで、当該記事での、この “a Kennedy (no less)” の使われ方についての意見を生成系AIに尋ねてみました。

私の問いかけ。

Q. 次の英語ニュースでの不定冠詞+固有名詞の意味・意図・表現効果についてお尋ねします。
“In the long history of sovereign neighbours, there never has been a relationship as close, productive and peaceful as the U.S. and Canada,” Brokaw says.
The video returns to glorious flyovers of snowy mountain ranges for a rousing line in the words of John F. Kennedy: “Geography has made us neighbours, history has made us friends, economics has made us partners, and necessity has made us allies. Those whom nature has so joined together, let no man put asunder.”
This is the emotional climax of the video, the schmaltzy comparison of U.S.-Canada relations to a marriage, by a Kennedy no less.
この文脈での最終文の、by a Kennedy, no lessはどのような意味・意図・表現効果として使われていますか?通例この不定冠詞は固有名詞と共に用いて、「ケネディ家の一員」の意味で用いられるものですが、一般常識で考えると、「あのケネディ家の一員」と言われて認識するのは、J.F. Kennedy 以降のケネディ家の意図を指す場合だと思われます。ここで、先行文脈で出てきているのは、まさにそのJ.F. Kennedyその人なわけですが、このような文脈での不定冠詞は、どのように解釈すればよいのでしょうか?後置された、no lessと結びついて特別な意味合いを持つのでしょうか?もし、類例があれば、それも併せて教えてください。

ChatGPT 3.5の回答

この文脈での “by a Kennedy, no less” について、以下のように解釈できます。
1. “a Kennedy” の意味
不定冠詞 “a” を固有名詞と組み合わせる場合、その人物が特定の集団(ここでは「ケネディ家」)の一員であることを意味しつつ、その一員が持つ象徴性やステータスを強調します。この場合、“a Kennedy” は「ケネディ家の一員」という一般的な認識を呼び起こしますが、特にケネディ家がアメリカ政治における象徴的な家系であり、その名が持つ権威や特別な意味合いを背景にしています。

すでに引用の中でジョン・F・ケネディの言葉が登場しているため、ここで「ケネディ家の一員」と言うのは、特にその発言の由来に注目させる意図があると考えられます。

2. “no less” の意味と効果
“no less” はここで「なんと」「さすが」というニュアンスを持ち、驚きや感銘を表現します。ジョン・F・ケネディという特別な存在が、この感動的な関係(米加関係)を「結婚」にたとえたことに重みを与えています。
“no less” は強調表現として使われ、通常以下のような意味を持ちます:
• 話者が意図的にその重要性を認識させようとしている。
• 聞き手に「そうだ、あのケネディ家だよ」と納得させる効果を持つ。
この場合、引用された言葉が「ケネディ家の象徴たる人物、ジョン・F・ケネディによるものである」ということを強調し、発言の価値や重みをさらに増幅させています。

3. 表現効果
“by a Kennedy, no less” は以下のような効果を持っています:
1. 感動の増幅
ケネディ家のような象徴的な存在が、このように米加関係を讃えたことを特筆すべきこととして伝えています。
2. 親しみと驚きのニュアンス
不定冠詞を用いることで、「ケネディ家の人物」というやや親しみやすい表現になり、続く “no less” によってその重みと意外性が強調されています。
3. 聴衆の期待感の喚起
聴衆に「あのケネディ家」の偉大さや特別感を思い起こさせる効果があります。

4. 類例
固有名詞に不定冠詞を使い、続けて強調表現が来る類例として以下のものが挙げられます:
• “It was written by a Shakespeare, no less!”
(「なんと、あのシェイクスピアが書いたのだ!」)
• “The painting was authenticated by a da Vinci, no less.”
(「なんと、あのダ・ヴィンチの作品だと認定された!」)

これらも、偉大な人物の名前に不定冠詞をつけて一般化し、続く “no less” でその特別感や驚きを強調する表現です。

5. 結論
“by a Kennedy, no less” は、「ケネディ家という象徴的な存在からの発言」であることを強調し、その特別感や発言の価値を増幅させる効果を狙っています。不定冠詞を用いることで親しみや軽い驚きを伴わせつつ、no less によって聴衆の注意を引き、その発言の重みを再認識させる表現です。

続いてGeminiの回答。

"by a Kennedy, no less" の意味・意図・表現効果について
ご質問ありがとうございます。この文脈における "by a Kennedy, no less" という表現は、非常に興味深いですね。
1. 表面的な意味
• ケネディ家の一員によって: 文字通りの意味としては、この引用がケネディ家の人物によって語られたということを示しています。
• しかもケネディ家の人物によって: "no less" という副詞が加わることで、「なんと、ケネディ家の人物によって」という驚きや強調のニュアンスが生まれます。
2. 文脈における意味
この文脈では、以下の意味合いが複合的に働いていると考えられます。
• 歴史的な重み: ケネディ家はアメリカの歴史において特別な地位を占めており、その一員であるという事実は、引用される言葉に歴史的な重みと信頼性を与える効果があります。
• 感情的な訴えかけ: ケネディ大統領は、国民に強い感動を与える演説で知られていました。彼の言葉が引用されることで、視聴者の感情に訴えかけ、アメリカとカナダの特別な関係性をより深く印象付けようとする意図が見られます。
• 意外性と強調: 前述の通り、このビデオではジョン・F・ケネディ大統領の言葉が引用されています。にもかかわらず、「ケネディ家の一員」という表現が使われていることに、一見すると矛盾を感じます。しかし、この意外性が、ケネディ家の名声と、アメリカとカナダの特別な関係性の結びつきを強調する効果を生み出しています。
• アイロニー: ケネディ家といえば、ジョン・F・ケネディ大統領だけでなく、その後の世代の政治家も含まれます。しかし、この文脈では、特にジョン・F・ケネディ大統領の言葉に焦点を当てているため、"by a Kennedy, no less" という表現は、ある種のアイロニーを含んでいるとも解釈できます。
3. "no less" の役割
"no less" は、この文脈において以下の役割を果たしています。
• 強調: 「なんと」「しかも」といった意味で、前述の内容を強調します。
• 意外性: 予想外の要素を加え、読者や視聴者の注意を引きつけます。
• 文語的な響き: よりフォーマルで文語的な印象を与えます。
4. 類例
• "by a Shakespeare, no less": シェイクスピアの言葉が引用された場合に、その言葉の文学的な価値や影響力を強調するために使われます。
• "by a Picasso, no less": ピカソの絵画が紹介された場合に、その芸術的な価値や独創性を強調するために使われます。
まとめ
"by a Kennedy, no less" という表現は、この文脈において、単にケネディ家の一員が引用したという事実を示すだけでなく、以下の効果を生み出しています。
• 歴史的な重みと信頼性の付与
• 感情的な訴えかけ
• 意外性と強調
• アイロニー
これらの要素が複合的に働き、アメリカとカナダの特別な関係性をより深く印象付けようとする、巧妙な表現と言えるでしょう。
補足
• このような不定冠詞の用法は、文脈によって様々な解釈が可能です。
• "no less" という副詞は、文脈によって様々なニュアンスを持つ言葉です。
• 類例は、文脈によって異なる表現が使われることを示唆しています。
ご質問の理解に少しでもお役に立てれば幸いです。

最後にClaudeの回答

これは非常に興味深い言語表現の質問ですね。この "by a Kennedy, no less" という表現について、文脈を踏まえて詳しく分析してみましょう。
1. 基本的な解釈:

  • ここでの "a Kennedy" は、単にケネディ家の一員という意味ではなく、むしろ「ケネディという格の高い、重要な政治家」という含意を持っています。
  • "no less" という付加表現は、この重要性をさらに強調する役割を果たしています。

2. 表現効果:

  • この不定冠詞 "a" の使用は、ケネディという存在を一種の「カテゴリー」として扱う効果があります。
  • つまり、「ケネディ」という名前が持つ政治的威信、歴史的重要性、アメリカ政治における象徴的な意味を示唆しています。
  • "a Kennedy" と言うことで、その名前が持つブランド性、権威性を強調する効果があります。

3. 類例:
"The speech was delivered by a Churchill, no less."
(その演説はチャーチルによって行われた)
"The painting was authenticated by a Rothschild."
(その絵画はロスチャイルド家の人物によって真贋が証明された)
"The event was hosted by a Rockefeller."
(その催しはロックフェラー家の人物が主催した)

4. "no less" との関係:

  • "no less" は「それも」「しかも」という意味で、先行する要素の重要性や意外性を強調します。
  • "a Kennedy" と組み合わさることで、「それもケネディという重要人物による」という驚きや重要性を強調する効果が生まれます。

5. この文脈での特殊性:

  • 確かにご指摘の通り、先行文脈で具体的にJFKが特定されているにもかかわらず、その後で "a Kennedy" という不定表現を使用している点は興味深いです。
  • これは、具体的な個人としてのJFKから、より抽象的な「ケネディという存在が持つ威信」へと視点を移行させる効果があります。
  • つまり、「単なる一政治家の言葉ではなく、ケネディという特別な存在による言葉である」という含意を強調しているのです。

6. レトリック効果:

  • この表現は、アメリカ-カナダ関係の重要性を語る文脈において、その発言の信頼性や重要性を高める修辞的効果を持っています。
  • ケネディという名前が持つ政治的・歴史的な重みを利用して、その発言内容の正当性を強調しています。

このように、"by a Kennedy, no less" という表現は、単なる「ケネディ家の一員」という意味を超えて、その名前が持つ歴史的・政治的な重要性を強調し、発言の権威付けを行う修辞的機能を果たしているといえます。

説得力のある回答となっているでしょうか?
そもそもの私の「違和感」がおかしいのでしょうか?
皆さんは、この表現、どのように理解、評価されましたか?

たかが不定冠詞、されど不定冠詞ですね。

本日はこの辺で。

本日のBGM: Just Another Family (Paul Heaton feat. Rianne Downey)

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