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L'art de croire             竹下節子ブログ

ゴシック様式カテドラルの霊性と日本

パリのノートルダム大聖堂の再開で、さまざまなドキュメンタリーや解説本が出回っている。一時は、内部のデザインを公募して21世紀にふさわしい新しいスタイルに使用などとも論議されていたが、結局、火災前の姿の再現そのものが「挑戦」となった。

関わった2000人もの職人たちが、時として地元を離れた「単身赴任」を受け入れても、情熱を注いで、仲間意識と共に、霊的なエネルギーを分かち合ったと伝えられている。それも不思議ではない。

ノートルダムの内部は、巨大な「空(くう)」で、12 世紀以来、聖なるものへのアプローチに新しい歴史をつくったものだからだ。それなのに、この大聖堂の建設に関する当時の文書は現存していない。(修復にあたって他のゴシック聖堂のものを参考することができた。)

「上にのびる」というのがまず斬新だった。

大人数を要することが出来る大空間というだけなら、高さは15メートルでもよかったのに、ともかくできるだけ、高く、しかも、光を取りいれるために画期的な工夫がなされた。ハーモニーの追及もあった。

火災前、そしておそらくは修復後も、ノートルダムは、建築物としては世界一、人が訪れる場所だ。(1年で1200、来年来年は1500万人が予測されているという。)

結局、再建、修復したが、結果的に、煤が取り払われた石はブロンドに輝き、「新しい」姿を見せることになった。再開セレモニーでマクロンが「我々は自分より大きな過去の継承者」だと言った。

これは過去に退却するのではなく、いわゆる「巨人の肩に乗る小人」という有名な言葉にのっとったものだ。肩に乗っている子供は巨人よりも遠くを見渡せる。「進歩」とは過去にのっとってより先を目指す過程で、終わることがない。ノートルダムでいえば、「神」に向かっていつも「建設中」の営みであって、「歴史修正主義」の対極にある。

ゴシック聖堂の尖塔や、内部の「高さ」は、「超越」と一体化しようとする比喩でもある。

摩天楼などと形容される「高層ビル」とは根本的に違う。高層ビルでは、最上階まで昇ることができる。そこからはるか下を眺めて楽しむことが出来る。

カテドラルの高さは、頂点に立つことを前提にしていない。「見下ろす」ためでなく、「見上げる」ことに特化し、しかも、「内部から見上げる」ことが特徴だ。巨大な船を逆さにしたものだと形容されることもある、不思議な感覚にとらわれる。

ゴシック聖堂のはしりとなったフランスから、多くの職人たちがフランス国内やヨーロッパ各地に出向いて次々とカテドラルを建設した。

16世紀から18世紀にかけての建設が最も多かったという。

このことで、「超越」や「聖性」の希求を「高さ」で表現したカトリック教会(しかも、いわゆる奴隷労働がない)の霊性を賛美する人もいる。無宗教でも、他の宗教の信者でも、ゴシック大聖堂に入ると感動するからだ。

でも、このような言説をきいて私がすぐに思ったのは、これって、パリを中心に見たフランスのほとんどが「平野」だからだろう、ということだ。

あらゆる人間はどこに住んでいても太陽や月、天体の運行、雨や風などを生存条件にして生きている。固体は地上に落ちるのに、煙は上って消えていくことも知っている。「生と死」とを考え、死後を思う時に、星の輝く「空」のような高みへ向かうのはかなり共通しているのではないだろうか。


で、たとえば、日本の場合 、多くの山地がある。死者は山の向こうに行ったとか、山に住む神が時々「里」に降りてくるとか、それを迎えたり送ったりすることが日本人の霊性の根っこにあった。山岳宗教はイニシエーションでもあった。仏教が入って来た後も、高い山に霊性を求め続けた。高野山、比叡山、身延山などだけでなく、多くのお寺に「山号」がついている。つまり、日本では霊性を「高み」に求める時に、高い建物を造る必要がなく、聖なるものとつながっている「山」の中に分け入っていくのが可能であり自然だったということだ。それはいわゆる「姥捨て山」にまでつながっている「あの世」の感覚だったのだろう。


で、日本では手近に山のない場所でも、島国だから、「海」がある。水平線の向こうに何があるか分からない海を見る時、「超越」の希求は海の彼方や海底に向かう。沖縄のニライカナイが想起される。


キリスト教では、超越神が「せっかく」受肉してくれたというのに、復活のイエスも神の母マリアも結局、「昇天」や「被昇天(天使によって上げられる)」したということで、人々はやはり、天を見上げて、「天に通ずる空間」に聖霊を呼び込もうとしたのだろう。

もちろんフランスのカトリック教会でも「山の上」に建てられている場所はある。そういうところは、「登る」ことが「十字架の道行き」仕様になっているなど、ダイナミックだ。

でも、平野にいてもひときわそびえる教会が人々の霊性にとって訴求的存在だったことを想像するのは難くない。

他の「欧米」国では、カテドラルやゴシック風教会のすぐ隣に高層ビルが建っていることがめずらしくない。パリが、中心地に高層ビルの建築を禁止することでカテドラルの古来より続く「宇宙的」な想起力を維持していることの効果は絶大だ。観光資源としてはもちろん、すべての人の「家」というスタンスのシンボリックな意味も続くことになった。


2019年の春にノートルダムが炎上し、赤い炎に包まれた時に人々が示した動揺と衝撃がそれを物語っていた。

(フランスで教会を訪れて、日本で山中の寺社を訪ねることのできるのは幸運だ。

来春はぜひ鋸山の日本寺に登ってみたいと思っている。)


by mariastella | 2024-12-16 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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