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L'art de croire             竹下節子ブログ

ノートルダムとトランプ大統領とポスト・リベラリズム

これを書いている時点では、ノートルダムのオープニングセレモニーにトランプだけでなく次の副大統領のJD ヴァンスも共に出席するのかどうかは不明だ。
ヴァンスは一部では極右のように言われているが、最近、アメリカの宗教と政治の専門誌「First Things」の編集長ラステイ・レノのインタビュー記事(La Vie No.4130)を読んで、なるほどなあと思ったことがある。
レノはカトリックで神学者でもあるが、雑誌はエキュメルカルだ。彼によると、ポスト・リベラリズムの論客の多くはカトリックなのだそうだ。2018年の彼の著書『強い神の再来 : ナショナリズム、ポピュリズム、西洋の未来』はフィラデルフィアの保守派の前大司教によって、社会の絆を壊しアメリカの基盤を崩したリベラリズム弾劾の名著だと評価された。

リベラリズムの前提として、個人が過去や伝統から「解放」されるというものがあり、それによって孤独な消費者となり家族や共同体を失った層が、その反動としてのポピュリズム政治に傾いたのが第一次トランプ政権の生まれた2016年だった。
ポスト・リベラリズムに必要なのは、国家と宗教というふたつの「強い神」というわけだ。
しかしこのポスト・リベラリズムにはリスクがある。
国家の偶像化、暴力、権威主義だ。ヨーロッパの歴史を振り返るとよく分かる。
アウグスティヌスが「神の国」でいうように、すべての民を理解するには彼らが何を愛しているかを知らなくてはならない。
強い神は、知性に依って立ち、伝統と共通善を伝えていくことを助けるものでなくてはならない。

この点についてレノが言及するのはインディアナのノートルダム大学でカトリック政治学を担当するパトリック・デニーンの「リベラリズムはなぜ失敗したのか」だ。
宗教や文化を通じて家庭や共同体に継承されてきた社会の規範は、自由主義国家政策によって失われていく。それどころか、多大な格差を生み、自由を無視する基準が押しつけられる。それに対して平等や多様な文化、宗教を守るための政治哲学が必要だ。
2023年にはデニーンは汚染し、汚染されたリベラル勢力を倒してポストリベラル体制を創らなくてはならない、と書いた。
JDヴァンスはこれを称賛したので、左派から攻撃された。彼の地元オハイオでは中絶の制限などを課しているからだ。「ナショナル・カトリック・リポーター」というリベラル・カトリック雑誌は、これを懸念して、フランコ政権のようなモラルの押し付けや、ハンガリーのオルバンやイタリアのメロニーらの移民政策につながることを警告している。
といっても、ポストリベラリズムを標榜するのは、右派だけではない。ドイツ出身のエイドリアン・パブストとイギリス人神学者ジョン・ミルバンクの共著『美徳の政治学』で、Blue Labour運動のもとになった。労働者であるが文化的に保守派である層を対象に、労働党内部で生まれた運動だ。
バーニー・サンダースに代表されるアメリカの左派も、このポスト・リベラリズム屋ヴァンスの考えの一部には共感している。労働者の最低賃金の引き上げと、Gafamなどの巨大企業の活動に政府が介入することが可能なシステムだ。

ポスト・リベラリズム志向のカトリックであるレノは、ヴァンスに期待してトランプに投票したという。ヴァンスがトランプの掲げる陰謀論や暴言に加担する形になるのは残念だが、ポスト・リベラリズムは、分断された人々の間の「対話」を復活させることが出来ると信じている。レノの妻は穏健な民主党支持者でハリスに投票するが、夫婦が会話のある幸せな暮らしを続ける妨げとはならない。

トランプのとんでもキャラが際立っているのでヴァンスもそれなりに怪しく見えるけれど、リベラリズム(というより、今の肥大したネオ・リベラリズム)から距離を置いたポスト・リベラリズムの可能性の扉が開くのだと考えると、第二次トランプ政権にも少しは希望があるのかもしれない。

フランシスコ教皇が来ないでトランプの来るパリのノートルダム再開セレモニー、ネオリベEUの政治の道具と化さないで、時間と場所を共有し、同じものを見ることで「対話」の契機になりますように。


「美徳の政治学」に関する日本語文献を見つけた。
これ。(でも、神学的視点に特化したものなので、バイアスを回避して読むのは難しいかも。)


(参考)



by mariastella | 2024-12-07 00:05 | 時事
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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