「AI」 人工知能が切り開く科学の未来

脳外科手術の現場から地震の研究まで、5分野の事例を紹介

2024.10.29
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
可能性は未知数
可能性は未知数
東京で上演されたアンドロイド・オペラ作品で、生成AIツールのチャットGPTが作った即興の歌詞を、ロボットが歌う。AIが芸術の範囲をどのように再定義し、新たなスタイルの創造性と娯楽を提示するのか。そんな可能性を垣間見せてくれる試みだ。AIプログラム内部の働きは、科学者にも完全にはわからないため、AIがどう進化するかははっきりとは予測できない。そのため、さまざまな実験的試みをする余地がある。「私たちはこれを『不ぞろいのフロンティア』と呼んでいます」と話すのは、米ペンシルベニア大学の経営学大学院ウォートン校でAIが社会に及ぼす影響を研究しているイーサン・モリックだ。「AIは意外な分野で高い能力を見せる一方で、まったく苦手な分野もあるということです」(チャットGPTは作詞の才能はあるかもしれないが、特定の段落の単語数を数えるのは苦手だ)。(写真:YUTARO YAMAGUCHI)

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2024年11月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

私たちの生活だけでなく、AI(人工知能)は科学界にも革命を起こしている。脳外科手術の現場、宇宙、考古学、自然、そして地震の研究という5分野の事例を紹介する。

 古来の謎を解き明かし、新たな問いに挑むうえで、AIは科学者の能力を一気に拡大しようとしている。この革命を支えるのは、機械学習、先進的アルゴリズム、自然言語処理、ニューラルネットワークといった、さまざまな技術だ。それは人類に新たな英知をもたらすとともに、AIの活用で何ができるか、私たちの認識を一新する試みでもある。

 この特集では、AIを利用した研究事例を紹介するほか、AIの過去と未来を写真で示し、AIがもたらす厄介な問題とその対策を専門家が解説する。

【脳神経外科】
どのように「AI」は脳腫瘍の手術で外科医を支えるのか?

開頭手術の最中、迅速かつ正確な決断を迫られる外科医のために、診断を補助する革新的な技術が開発された。

 脳神経外科の難しさは、非常に厳しい状況に置かれることです――そう話すのは、オランダ最大級の研究病院であるユトレヒト大学病院傘下のマキシマ王妃センターで神経腫瘍科の臨床ディレクターを務める小児脳外科医エルコ・ホーフィンだ。専門医ですら、頭蓋を開けてみなければ、はっきりした診断がつかないケースが多いのだという。

 脳腫瘍であれば、多くの場合は頭蓋骨の一部を外し、脳組織の小片を採取して検査しなければ、どんな腫瘍かわからない。組織標本には二通りの検査が行われる。一つは、腫瘍の種類を特定するため、採取した細胞のDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列を調べ、形態的な特徴などを詳しく調べる検査だ。これは手間がかかる作業で、結果が出るまでに1週間以上かかる。それと並行して「術中迅速診断」が行われる。組織標本の断片を凍結し、薄くスライスして顕微鏡で調べる。この検査では15〜20分で腫瘍の種類を判断できるが、時間がかかる検査に比べ、かなり信頼性が低い。

 そのため、脳外科医は脳が露出した状態で手術台に横たわる患者を前にして、ジレンマに陥ることになる。不十分な情報を基にいくつもの困難な判断を下していかなければならない。これは悪性腫瘍なのか。悪性だとすれば、即座に切除する必要があるのか。それとも、化学療法などで対処できるのか。

 ホーフィンの専門は幼い子どもや10代の患者の手術なので、判断の難しさを身をもって知っている。

 数年前、若い患者の手術を執刀した。術中迅速診断の結果は、極めて悪性の胚細胞腫瘍である異型奇形腫瘍/ラブドイド腫瘍(AT/RT)を示唆していた。AT/RTは悪性度の高いがんであるため、腫瘍組織を98%以上切除する根治手術が最善の対応策になるとホーフィンは判断した。何時間も極度の集中を維持して慎重に進めなければならない、精神的に疲労困憊(こんぱい)する大手術だった。術後、患者は片腕の運動機能の一部を失った。

 詳しい検査結果が出たのは10日後。AT/RTの疑いはなく、はるかに悪性度の低い腫瘍という報告だった。「放射線と化学療法で非常にうまく治療できる腫瘍です」とホーフィンは振り返る。彼は限られた情報を基に判断せざるをえなかった。「それが最善だと考えて根治切除をしたのですが、後から考えれば、やるべきではなかった」

次ページ:AIにとってネックとなるデータ不足をある方法で克服

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者*のみ、ご利用いただけます。

*定期購読者:年間購読、電子版月ぎめ、
 日経読者割引サービスをご利用中の方になります。

おすすめ関連書籍

2024年11月号

AIが切り開く科学の未来/野生を取り戻すヨーロッパ/たくましいサボテンの生命力/目指すのは“悪魔の親指”

私たちの生活だけでなく、科学界にも革命を起こしているAI(人工知能)。特集「AIが切り開く科学の未来」では、脳外科手術から地震研究まで、5分野の事例を紹介します。このほか、古代の生態系の復元計画、酷暑を生き抜くサボテンの力、世界一流のクライマーが挑む4200キロの旅などの特集をお届けします。

特別定価:1,300円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加