夫婦げんかから車の故障まで、人生で起こる大小さまざまな不幸はしばしば、太陽に一番近い惑星、水星のせいにされる。
「水星の逆行」に責任を負わせる言い訳を耳にしたことがある人もいるだろう。水星逆行とはおよそ4カ月に一度、数週間の間だけ水星が通常とは逆方向に空を移動するように見える現象だ。2023年2回目の逆行は、国立天文台暦計算室によれば日本時間では8月23日から始まっており、9月15日まで続く。
水星逆行は実際の天文現象だが、地球上の出来事との関連(占星術)はおおむね偽科学として否定されている。それでも水星が人間のコミュニケーションをつかさどっているという考え方は、西洋では今も根強い。
水星逆行は数千年もの間、星を眺める人々の関心を集めてきた。現在行われている天体の動きの占星術的な解釈は、初期の天文学者たちが粘土板などに残した記録が元になっている。
水星逆行では何が起こるのか?
水星逆行と言っても、実際に水星が太陽の周りを逆方向に回っているわけではない。それぞれの惑星が異なる速度で動いていることから生じる錯覚だ。
それは、高速道路の複数の車線を同じ方向に車が走っているのと似た状況だと説明するのは、米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所の惑星科学者で、米航空宇宙局(NASA)の水星探査評価グループの副委員長を務めるキャロライン・アーンスト氏だ。別車線を走る車を追い抜くときはその車が後ろに、追い抜かれるときは前に流れていくように見える。水星と地球でも似たようなことが起こる。
地球を天の中心と考えていた古代の天文学者にとって、天体が逆に動くのは大きな謎だっただろう。事実、惑星の逆行は人間の歴史のかなり初期の頃から記録されている。
水星逆行の最初の記録
水星逆行を初めて記録に残したのは、おそらく紀元前7世紀頃のバビロニアの天文学者だと、ドイツのベルリン自由大学で古代の科学を研究する歴史家であり、アッシリア学者や天体物理学者でもあるマチュー・オッセンドライバー氏は言う。
バビロニアの天文学者たちは惑星の動きを日々、詳しく粘土板に記録した。そこには水星が減速し、逆方向に動く様子も記録されている。彼らはまた水星などの天体が現れる位置を予測する計算式も編み出している。(参考記事:「木星の追跡に高度な幾何学、古代バビロニア」)
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