ネコの新たな不妊法を開発、注射1本で済み手術は不要

野生生物を脅かす野良ネコ対策に、排卵抑える遺伝子技術

2023.06.09
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米国シンシナティ動植物園の絶滅危惧動物保護研究センターで、新しい不妊法の研究に参加しているメスのネコたち。(PHOTOGRAPH BY MADELEINE HORDINSKI)
米国シンシナティ動植物園の絶滅危惧動物保護研究センターで、新しい不妊法の研究に参加しているメスのネコたち。(PHOTOGRAPH BY MADELEINE HORDINSKI)

 米国では、年間40億羽の鳥と220億匹の小型哺乳類が、イエネコに殺されている。この数は、毒物の誤飲や生息地の破壊など、人間の活動の影響で命を落とす数をはるかに凌駕し、野生動物の健康と多様性への脅威となっている。そんなイエネコによる被害を少しでも減らすためにできる対策の一つが、ネコの繁殖力を抑えることだ。(参考記事:「ネコに殺された232匹の動物たち、一枚の写真に」

 米ハーバード大学の生殖生物学者デビッド・ペピン氏と、シンシナティ動物園の動物研究ディレクターであるウィリアム・スワンソン氏率いるチームは、飼いネコや野良ネコの数を管理するために、安全で新しい遺伝子技術による不妊処置法を開発し、6月6日付けの学術誌「nature communications」に発表した。

「天敵のいない野良ネコたちが増えすぎて、在来種の哺乳類、爬虫類、鳥類が姿を消してしまった島もあります」と話すのは、米ノースカロライナ州立大学の生態学者で哺乳類保護活動家のローランド・ケイズ氏だ。飼いネコの狩りの範囲について研究したことのあるケイズ氏は、特に自然保護区やビーチに隣接する住宅地が問題になりやすいと指摘する。(参考記事:「外へ出たネコはどこへ行く? 大規模調査の結果がついに判明」

 野良ネコを捕まえて不妊手術や去勢手術をした後また野生に戻すTNR(トラップ・ニューター・リターン)という方法は、個体数の抑制に効果があるものの、獣医師の協力をはじめ、負担が大きいという問題がある。「高い技能を持つ獣医師を必要とせず、普通の人が誰でもネコに注射を打てるようにする必要がありました」と、スワンソン氏は言う。

ここに写っている鳥類、げっ歯類、爬虫類の死骸は、全て2019年にネコに襲われて、米カリフォルニア州サンラフィエルにあるワイルドケア動物病院に運び込まれた動物たちだ。(PHOTOGRAPH BY JAK WONDERLY)
ここに写っている鳥類、げっ歯類、爬虫類の死骸は、全て2019年にネコに襲われて、米カリフォルニア州サンラフィエルにあるワイルドケア動物病院に運び込まれた動物たちだ。(PHOTOGRAPH BY JAK WONDERLY)

ヒトの卵巣がん治療法から着想

 ペピン氏がネコの不妊の世界に足を踏み入れたきっかけは、ヒトの卵巣がんの発達に興味を持ったことだった。ペピン氏の指導教官は、抗ミュラー管ホルモン(AMH)を使った卵巣がんの治療法を研究していた。AMHは、胎児の男性生殖器の発達に重要な役割を果たす。ペピン氏は、このホルモンが、卵巣とそのなかにある卵胞(卵子を包み込んで保護しているもの)にも重要な影響を与えていることを発見した。

「AMHは、思ったよりもずっと強力でした。これがあれば、卵胞の発育もコントロールできます」。ペピン氏は、これを不妊に応用できるのではと考えた。

 1960年代、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンを含んだ経口避妊薬の登場によって、人類の家族計画に革命が起こった。避妊薬は、卵胞がある程度発達してから働くが、AMHはそれよりも早い段階の原始卵胞に作用する。

 理由はこうだ。赤ちゃんは、卵巣のなかに原始卵胞を持って生まれてくる。思春期以降になると、月経周期ごとに約20個の原始卵胞が発育を始め、そのうちの1個だけが選ばれて排卵し、受精が起こる。AMHはこの発育途中の卵胞から分泌されて、他の原始卵胞が発達を始めないようにし、また既に発育を始めた卵胞についてはその速度を遅らせるのだ。

ギャラリー:注射1本、手術がいらないネコの新しい不妊法 写真8点(写真クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:注射1本、手術がいらないネコの新しい不妊法 写真8点(写真クリックでギャラリーページへ)
リンジー・バンザント氏(写真)がディレクターを務める「インペリルド・キャット・シグネチャー・プログラム」は、野良ネコの暮らしの質を高め、シェルターでの年間殺処分数を減らすために活動している。(PHOTOGRAPH BY MADELEINE HORDINSKI)

 また、エストロゲンやプロゲステロンが、骨、脳、免疫系など全身に受容体を持ち、副作用として高血圧や血栓を引き起こすこともあったのに対して、AMHの受容体は卵巣、下垂体、子宮にほぼ限定されている。

「つまり、副作用がとても少ないということです」と、ペピン氏は指摘する。

次ページ:実際の効果を検証

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