東欧、ポーランドとベラルーシの国境には、森林や峡谷、湿地など豊かな自然が広がっている。しかし、のどかだったこの場所は、今では武装地帯となっている。ベラルーシから不法に流入する中東系移民を遮るため、ポーランド政府が国境に巨大な壁の建設を開始しているからだ。
人権団体や自然保護団体はこの動きを非難している。ポーランド国境警備隊によると、壁の高さは5.5メートルで、東側の国境沿いに全長186キロにわたって設置される予定だ。壁は脆弱な生態系の中を突っ切るように作られ、その中には欧州最後の低地原生林で、世界遺産に登録されているビャウォヴィエジャの森も含まれている。(参考記事:「太古の面影を楽しむビャウォビエジャの森」)
壁が予定通り数カ月以内に完成すれば、オオカミやオオヤマネコ、アカシカ、回復しつつあるヒグマの個体群、現存する最大のヨーロッパバイソンの個体群など、多くの動物種の移動ルートが遮断されてしまうだろうと、ポーランド、ワルシャワ大学ビャウォヴィエジャ地球植物局の研究者カタジナ・ノヴァク氏は言う。ポーランドとベラルーシの国境は、野生動物の移動にとって特に重要な回廊地帯のひとつであり、動物たちの遺伝的多様性を保つうえでも大事な役割を果たしている。
それだけではない。ポーランド国境に壁を作れば、自然のままの国境の森林に大量の車、騒音、光が持ち込まれる。また建設作業には、木々の伐採や道路の建築も必要となるだろう。
「わたしに言わせれば、これは大惨事です」と、ビャウォヴィエジャ地球植物局長のボグダン・ヤロシェビチ氏は言う。
EUとベラルーシの対立
ポーランドとベラルーシの国境で人道的危機が始まったのは2021年夏、何千人もの移民がベラルーシに入り込んだときのことだ。移民の多くが当てにしていたのは、ベラルーシ政府が約束していた、ヨーロッパの別の場所に行くための支援だった。
しかしベラルーシにたどり着いても、大半は合法的な入国を認められず、数千人が国境を越えてポーランド、ラトビア、リトアニアに入ろうとした。移民がポーランド当局に捕らえられ、ベラルーシに強制送還されることも少なくない。これまでに、少なくとも十数人の移民が低体温症や栄養失調などで死亡している。
ベラルーシと欧州連合(EU)の対立は、ベラルーシのルカシェンコ大統領が2020年8月の大統領選挙において、選挙結果改ざんの正当な訴えがあったにもかかわらず勝利を宣言したことで激化した。大規模な抗議運動とそれに対する弾圧があり、EUも数度にわたり制裁を行っている。ポーランドをはじめとする各国政府は、ベラルーシが制裁に対抗して、現在の国境危機を煽っていると非難している。
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