トランプ減税と経済学界

トランプ減税の是非を巡って米経済学界が真っ二つに割れている。
まず、11/25付けのWSJに、9人の経済学者がトランプ減税を支持する「How Tax Reform Will Lift the Economy」という公開書簡をムニューシン財務長官宛てに書いた。この書簡は購読者しか読めないが、デロングによると執筆者はロバート・バロー(Robert J. Barro)、マイケル・ボスキン(Michael J. Boskin)、ジョン・コーガン(John Cogan)、ダグラス・ホルツイーキン(Douglas Holtz-Eakin)、グレン・ハバード(Glenn Hubbard)、ローレンス・リンゼー(Lawrence B. Lindsey)、ハーベイ・ローゼン(Harvey S. Rosen)、ジョージ・シュルツ(George P. Shultz)、ジョン・テイラー(John. B. Taylor)。
これに対し、サマーズとファーマンが共同で「Dear colleagues, please explain your letter to Steven Mnuchin」という論説を書き、以下の7点を問い質した*1。

  1. 減税は自身を賄うか?
    • 多くの議員は書簡にあるのと同様の成長の推計値を引用し、減税は自身を賄うので、今後10年間に財政赤字も債務も拡大しない、としている。
    • ただ、書簡はそうは主張していない。貴兄たちは、(書簡に署名していない)フェルドシュタインの、債務が今後10年間で1兆ドル拡大するという見解に同意するのか?
  2. 引用した研究と結論の整合性?
    • 今後10年間で年間成長率が0.3〜0.4%ポイント上がるという結論を正当化するために書簡では3つの研究を引用しているが、そのうちの2つは実際には最低0.01%ポイント程度という低い上昇しか推計していない。
    • ジョージ・W・ブッシュの税制改革委員会が出した成長・投資税案(Growth and Investment Tax Plan)に関する財務省の調査によるとGDPは長期的に4.8%上昇する、と貴兄たちは言うが、その調査は国民所得の増加について1.4%から4.8%までの3つのモデルの結果を示しており、どのモデルが正しいかは言及していない。上限だけを引用したのはなぜか? また、財務省の10年のレンジ推計の中間は1%であり、年率0.1%ということでトランプ減税批判者たちの見解と整合的だが、なぜそれに言及しなかったのか? (さらに言うならば、恒久的な経費化、建築物への経費化の適用、実施かつ支払い済みの投資への増税といった重要な点で現在の減税案はブッシュ委員会の税制案と異なる。そうした違いは、貴兄たちが正当化のモデルケースとして使うことの有効性に影響するのではないか?)
    • 貴兄たちはGDPが長期的に2%上昇するという結論の正当化の根拠としてOECDの研究も引用しているが、書簡では明示的に10年の成長率について書いているので、同研究の10年の推計値を使うべきではないか? 同研究の10年目の効果は長期的な効果の1/3以下であり、年率0.1%ポイント以下である。また、2%という数字の根拠も不明。同研究では法人税をGDPの1%分減らしたら長期的なGDPが1.25%上昇するとあり、それを現在の減税案に適用すると長期的なGDPの上昇は0.8%、成長率の上昇は年率0.02%にとどまる(税基盤の拡大を考えると、その半分以下になるだろう)。
  3. 経費化の影響
    • 成長の恩恵についての予測は、主に設備の経費化によるものと思われる。企業レベルでは、株式発行で賄う投資の実効税率はゼロになり、部分的に債務で賄えば実効税率はマイナスとなる。債務ファイナンスがある場合、法人税率の引き下げは利子控除の価値を引き下げて資本コストを引き上げ、投資を鈍らせる、というのが教科書的な分析*2。
    • 改革の財政費用は主に法人税率の引き下げに起因するため、上記の可能性を考慮することは重要だが、それは検討したのか? また、表面税率を引き下げたとしても、現在の減税案では経費化は5年で終了するため、追加的な減価償却によって設備投資への限界税率は現在よりも高くなる。法人税率の引き下げと追加的な減価償却によって投資が却って鈍るというのは皮肉な現象だが、我々はその可能性が十分にあると考える。
  4. パススルー条項
    • パススルー条項によって税制は複雑化し、同様の源泉からの所得は同様の率で課税されるべし、という税制の基本原則は破られることになる*3。貴兄たちの中にはパススルー条項に関して過去に懸念を表明した者も何人かいるが、減税がマクロ経済にもたらす影響をこの条項がどう変化させるかをモデル化したのか?
  5. 貿易赤字への影響
    • トランプ大統領は財政赤字の大きさを懸念しており、CEA委員長は法人税率を20%に下げれば貿易赤字は劇的に減る、と述べた。
    • 貴兄たちの分析では、米国は世界の資本市場から資本を惹き付けることができるので、財政赤字のマクロ経済的な影響は心配に及ばない、とした。論理的には、資本流入が増大すれば貿易赤字が増大するのではないか? 貴兄たちが予測する資本ストックの15%の増加を賄うためには、その額は年間何千億ドルにもなるのではないか?
  6. 財政赤字の拡大
    • 財政赤字が世界からの資金調達に与える影響を別にしても、給付支出や国防費が上昇すると予測される中で財政赤字が拡大する影響は気にならないのか?
    • 児童控除や企業の経費化を議会が実際に終了させると思うか? 減税の真のコストが1.5兆ドルを突破するとは思わないか?
    • 書簡の著者の一人は、ボウルズ=シンプソン財政委員会は「とても良い」と書き、それ以外の何人かはそれが財政交渉の「出発点」になるべきだ、と書いた。今回の減税案では歳入をGDPの18%以下にまで削減することになるが、それは、ボウルズ=シンプソン財政委員会が長期的な財政の維持可能性のために推奨したGDPの21%の歳入とは矛盾しないと思うのか?
    • 貴兄たちは公的給付制度の改革を支持すると理解しているが、企業と高所得家計を大きく潤す減税で1兆ドル以上の財政赤字を追加することは可能、と共和党が論じた直後に、高齢者に対し社会保障とメディケアの削減という犠牲を要求することが、貴兄たちの目的を実際に達成する上で政治的に現実的と考えるか?
  7. JCTやCBOの推計を重視すべきではないか
    • 貴兄たちの一人は、外部の推計は「CBOの分析者ほど客観的ではなく情報も少ない」ことが多いので「過去40年間に立法プロセスでCBOの推計に頼ったことは議会と米国民にとって良いことだった。上下院は今年以降に政策変更を検討しているが、法案の制定や評価で議会が数十年に亘ってCBOの推計に頼ってきたことを貴殿たちが維持し尊重することを要請する」と述べた以前の書簡に署名した。
    • 貴兄たちの今回の書簡は、減税法案の多くの特徴を無視している。貴兄たちが分析に織り込まなかった多くの事例のうち3つだけ挙げると、研究開発の税引き後費用の増加、企業のリスクテイクに対する非対称的なペナルティの増加、州・地方税控除の撤廃による多くの個人の実効限界税率の増加、である。かなり単純化された仮説的な法案についての分析が、実際に議会に提出されている法案について両院合同租税委員会(JCT)やCBOが出す分析の代わりになるべきとお考えか? ヒアリングや完全な分析抜きで技術的に複雑な法制を投票に掛けることが議会にとって責任ある行動と考えるのか?

このサマーズ=ファーマンの批判に対し公開書簡の書き手も反応し、「Economists respond to Summers, Furman over Mnuchin letter」というWaPoのWonkblogの論説で、各論点について以下のように反論している。

  • 第1点
    • 我々の公開書簡は法人税改革のGDPに対する影響を論じたものであり、長期的な結果に収束する調整スピードについては論じていない。
    • フェルドシュタインは通常こうした書簡に署名しないので、彼に署名は求めていない。ただ彼は11/27のプロジェクトシンジケート論説で、「私は財政赤字は嫌いで、その危険性について長年警告してきた。だが、法人税の変更がもたらす経済的恩恵は債務増大の悪影響を上回ると考えている…」と述べている。
  • 第2点
    • パート(a):我々が引用した研究はすべて、法人減税は経済成長に重要な正の効果をもたらすことを見い出している。我々の書簡の推計値が最終的には実際の値に近くなり、かつ、法人税変更の成長への影響を調べた実証研究に基づく他の推計値と概ね整合的であることを我々は確信している。
    • パート(b):起こる可能性が高い貯蓄の反応と、それによる資本の蓄積を最も正確に反映すると我々が考えた推計を挙げたものである。
    • パート(c):OECD研究に基づく数字は長期推計値であると書簡に明記している(OECDの推計値は一人当たりGDPへの影響であり、GDPそのものへの影響ではない)。我々はコストの数字の選択について整合的であろうとした。高コストの推計値を選んで財政赤字への影響が大きいと論じつつ、低コストの推計値を選んで成長への影響は小さいと論じるのは不適切である。第二に、OECDの研究を基盤としているため、実効限界税率の変更が法人税収のGDP比に与える影響を推計したOECDの直近の一つ前の研究を用いた。現在の法案によって実効限界税率が何%ポイント変化するかを見積れば、それによる法人税収の変化に、一人当たりGDPへの影響の推計値を当てはめることができる。この手法は、お互いに両立しないモデルや回帰からどれか一つを選ぶのではなく、国際比較の推計値において整合的であることを求めている。この手法によれば、法案の税制変更は長期的に一人当たりGDPã‚’ç´„1.8%引き上げる。
  • 第3点
    • 法案の経費化条項を我々のユーザーコストのモデルに取り込んでおり、我々が提示したレンジ推計値にはそれらの条項は反映されている。
    • 投資に関する研究が示しているように、期限付きの条項は投資計画を加速させ、経済活動を前進させる。それは、たとえ長期的な定常状態の効果が、条項が恒久的な場合を下回るとしても、である。我々はこの効果を、ユーザーコストモデルと成長会計の計算に取り込んだ。
  • 第4点、第5点
    • 我々の書簡の目的は、基本的に、法人税の変更が経済活動に与える影響を論じることにある。成長効果の大半は現在検討中の法人税変更によってもたらされ、多くの個々の税制変更はまだ流動的である、と我々は判断している。
  • 第6点
    • 国家の健全財政は我々の指導者にとって非常に重要なテーマである。財政政策は最終的には次の2つの選択が核となる:(1)政府の規模と範囲、(2)政府支出の財源。そう考えた場合、問題は予測を所与のものとすることではなく、維持可能な経済成長を支持し、主要な公共財への投資を可能ならしめる形で長期の支出の選択を行うことである。

サマーズ=ファーマンは「Dear Colleagues: You responded, but we have more questions about your tax-cut analysis」と題した論説でさらに食い下がり、推計の不適切さを引き続き指摘している。


また、このやり取りとは別に、100人の経済学者がトランプ減税法案を支持する公開書簡を上下両院の議員宛てに出し、デロングã‚’激怒させている。

*1:両者は少し前にやはりトランプ減税を巡ってケビン・ハセットCEA委員長を批判している。

*2:cf. ここ。

*3:ここ、ここ。