サンダース経済分析騒動

ジェラルド・フリードマン(Gerald Friedman)というマサチューセッツ大学アマースト校教授が、民主党の大統領選候補であるサンダース上院議員の経済政策の効果を分析し、物議を醸している。その内容があまりにも非現実的だということで、かつて民主党政権下でCEA委員長を務めた4人(アラン・クルーガー、オースタン・グールズビー、クリスティーナ・ローマー、ローラ・タイソン)が共同で、サンダースとフリードマンに対し2/17に公開書簡を出す騒ぎに発展した。かねてからサンダースの経済政策の非現実性を指弾していた(cf. ここ)クルーグマンが繰り返しこの件を取り上げたほか(ここ、ここ、ここ、ここ、ここのブログ記事と19日付けNYT論説)、マンキューとコクランが共和党派の観点から公開書簡を批判している。
フリードマンの分析については2/8付けCNN記事で最初に報じられたようで、マンキューのリンク先も同記事になっている。一方、18日付けのWaPoのフリードマンのインタビュー記事によると、公開書簡を出した4人からフリードマンのところに事前の問い合わせ等は無かったという(ちなみにこの記事の中でフリードマンは自分がクリントン支持であることを明らかにしている)。同日付けのフォーチュンのインタビュー記事でフリードマンは、該当の論文をネットに公開したのは16日になってからだ、と述べている。
その論文の要旨では、サンダースの経済政策の効果が以下のようにまとめられている。

  • 実質GDP成長率は現在の年率2.1%から5.3%に上昇し、それによって2026年の一人当たりGDPは現在の政策の下での予測より2万ドル以上高くなる。
  • 経済成長の加速と再配分を強化した税制により、中位層の所得の伸びは年率0.8%から3.5%に上昇し、2026年の平均的な家計所得は2.2万ドル近く高まる。
  • GDPの上昇により雇用も増加し、2026年の雇用は2600万近く多くなる。
  • 失業率はサンダースの一期目の終わりである2021年には3.8%に低下し、2025年の二期目の終わりまでその完全雇用水準が維持される。
  • 高水準の雇用は、労働者当たり生産(労働生産性)の成長率を高め、年率3%以上にまで倍増する。
  • 1960年代以来初めて実質賃金が継続的に増加し、年率2.5%近くで伸びる。
  • メディケア・フォー・オールは医療費を低め、医療インフレを抑制する半面、保険カバレッジの拡大と全国民が医療にアクセスできるようになることで何千という生命が救われる。
  • 雇用の増加、最低賃金の上昇、社会保障の拡大は、貧困率を6%という史上最低値まで下げる。子供の貧困率はほぼ半減し、11%以下となる。
  • 貧富の差は劇的に縮小する。上位5%と下位20%の平均所得の比率は、27.5から10.1まで低下する。
  • 連邦政府の財政赤字は、サンダース政権の最初の数年間増加した後に急速に低下し、サンダースの二期目では顕著な財政黒字が計上され、かつ、増加していく。2026年には1.3兆円の財政赤字ではなく、巨額の財政黒字が計上される。


これについてピーター・ドーマンは、表題のEconospeakエントリ(原題は「The Sanders Economic Analysis Flap 」)で以下の5つの問題点を挙げ、こうした分析はむしろサンダースを傷つけるのではないか、と厳しく批判している。

  1. モデルが提示されていない
    • 補論ではパラメータの推計値が突然示されているが、パラメータ同士の関係を示す全パラメータのリストないし正式なモデルは示されていない。
    • 支出予測に乗数を当てはめてGDP成長率を計算しているようだが、労働需要や生産性はその他扱いになっているのではないか。ミクロ経済的な結果は、マクロの結果に部門固有の要因を加えて導出されており、(特に労働市場について)マクロとミクロが同時決定する形になっていないのではないか。
    • 他の利用者やトラックレコードといったモデルの履歴に関する議論も無い。
    • 論文を急いで書き上げたので以上のことを省略したのかもしれないが、学界の経済学者がその点を攻撃するのは覚悟しておくべき。
  2. 国民所得乗数の推計が怪しい
    • 「2009年第1四半期には2で、その後は生産ギャップの減少の20倍低下」というように言葉では説明されているが、まるで明確ではない。式で書くべき。
    • 前例の無い経済成長が10年間続いた後の分析期間の終わりである2026年でも1に近い(0.87)というのは信じ難い。サンダースが支出を恒久的に増やすことにより国民所得をほぼ青天井で増やすことができる、という印象を受ける。
    • フリードマンの恐ろしく高い所得、雇用、生産性の増加の予測は、モデル構造(何だか良く分からないが)と乗数の仮定の組み合わせに依っている。
  3. 感応度分析が無い
  4. 結果を出した段階で研究を終了したようだが、それはドーマンに言わせれば教訓的な間違い
    • モデルが出す結果はモデルを検証するものともなっているので、吟味すべき。非合理的な結果が出た場合には、モデル構造を基に正当化できるストーリーが語れるようにしておくべき。そうでなければ、モデルそのものの欠陥の証拠を入手したことになる。
    • GDP、雇用、生産性についてとてもありそうにない予測が出たならば、フリードマンは設計図に戻って仮定に問題が無いか調べるべきだった。もちろん、そうした試行錯誤を行っていたら、彼が政治的なデッドラインと考えていたものに間に合わなかっただろうが。
  5. 結果を懐疑論者に回覧しなかった
    • レビューは親しい人に頼みがちだが、本当に必要なフィードバックは反対派寄りの人から得られる。
    • 謝辞を見る限り、フリードマンはそれをしなかった。彼の周りにもクリントン派はいたはず。