危険な刃、道徳性
『ハンギョレ21』[2009.05.29第762号]
[特別企画]盧武鉉前大統領逝去
キーワード①道徳-非道徳的人間には道徳性を求めず、
道徳的な人間には絶えず道徳性を求める逆説
▣チェ・ソンジン
盧武鉉。「道徳性」と「政治改革」について言及せずに、この名前を説明することができるだろうか。彼の名前は、韓国政治史に政治改革の象徴として残っている。「盧武鉉式政治改革」をもっとも強く裏付けたのは、道徳性だった。「非主流政治家、盧武鉉」を大統領にしたのも道徳性であり、幾多の政治的危機から彼を救い出したのも道徳性から始まっていた。
»盧武鉉前大統領が2009年5月23日に逝去した。「盧武鉉式政治改革」を裏付けていたのは彼の道徳性だった。ソウル徳寿宮大漢門前に設けられた盧前大統領の臨時焼香所で市民たちが追慕している。写真『ハンギョレ21』ユン・ウンシク記者
逆説的に、検察と言論、そして現政権がこの6ヶ月に渡って執拗に彼を攻撃した部分もやはり道徳性だった。盧武鉉前大統領の600万ドル授受疑惑があらわになり、彼はそのうち100万ドルを受け取ったことは事実だと認めた。こう言ってはお粗末だが、それでも真実だから仕方なく「私は知らなかった」といったが、誰も耳を傾けなかった。代わりに世の中は億単位のブランド時計の授受疑惑や、子弟たちのアメリカでの邸宅購入問題を追加的に暴き出した。
検察の捜査で下された「道徳的破産宣告」
事件の核心である600万ドル授受疑惑と、盧武鉉前大統領の「認知の有無」はまだ明らかになっていない。検察がこのまま捜査を終結しただけに、事件の実態的真実はこれからも延々と問われる可能性が高い。代わりに、この6ヶ月間の検察の捜査とメディア報道によって、すでに彼は「道徳的破産宣告」を受けたようなものだ。
「道徳性を強調した政治家が自ら道徳主義の罠にかかって没落した」というのが大多数のメディアの見解だ。このような理解が盧武鉉前大統領の死を受け入れるためのもっとも手軽な方法であるのかもしれない。これに関する責任の相当部分が盧前大統領本人にあることも事実だ。
盧前大統領は2002年の大統領選挙以前から、次元の高い道徳性を強調した。問い詰めてみると、2002年の大統領選挙で彼が当選できた要因の一つは、保守陣営を代表した李会昌ハンナラ党候補(当時)の息子の兵役逃れ疑惑だった。大統領に就任した後の2003年10月、チェ・ドスル青瓦台総務秘書官(当時)が、SKグループから11億ウォンを受け取った事実が明らかになったときは「私は知らなかったと言えない」として再信任を問うと言った。2004年の大統領選挙資金の捜査のときも「不法資金がハンナラ党の10分の1を超えるようなことがあれば、大統領職を辞任する」と言った。
カン・ウォンテク崇実大教授(政治外交学)は、「生前の盧前大統領が道徳的基準をめいいっぱい高めたため、自ら道徳主義の罠にかかった側面がある」「在任期間中も政治改革やクリーンな政治を強調し、これを重要な業績として打ち立てたことから、今回の疑惑に巻き込まれたときに自分を取り巻く嫌疑を積極的に弁護することが難しくなった」のだと語った。
盧前大統領が道徳性を強調した理由については、振り返ってみる必要がある。チェ・ジャンジプ高麗大名誉教授の『民主主義の民主化』によると、クリーンな政治に対する熱望を込めた道徳主義的価値と談論は、1960年代初頭の朴正煕政権が最初に提示した。クーデターを合理化するためのスローガンに過ぎなかったが、朴正煕元大統領は国家発展のために腐敗した既成政治家、政争を繰り返すばかりの政界を清算するというもっともらしい目標を打ち立てた。1980年代初頭に「社会悪の一掃」を打ち立てた全斗煥政権も似たり寄ったりだった。
政治と道徳はお互いに違う領域
朴正煕・全斗煥・盧泰愚政権などの権威主義体制は、政府と政治指導者が腐敗の食物連鎖の頂点にいる構造だったが、政治と政治権力の腐敗事件がメディアに登場し、検察に起訴される頻度はむしろ金大中政府の後期になると増加した。チェ・ジャンジプ教授は「権威主義政府に比べ、民主主義政府では腐敗がより多くはびこったと断定することは難しく、そうだと言える証拠もない」「(このような事件が)増えたのは、メディアの報道や検察の起訴の頻度であり、腐敗問題をイシューとした野党の政府批判と攻撃の頻度」であると指摘した。すなわち、権威主義が解体されはじめ、それまで隠れていた腐敗問題が容易に明らかになる土壌が作られたということだ。
実際に盧武鉉前大統領は、就任初期から大統領周辺の腐敗問題と闘った。朝・中・東(朝鮮・中央・東亜日報)などの守旧メディアやハンナラ党は、特検制(特別検事制)
*など多様な方式で彼を苦しめた。参与政府(盧武鉉政権)初期にこれらは、盧前大統領の道徳性に関してサン・アンド・ムーン・グループの95億ウォン提供疑惑、油田開発疑惑、行淡島開発疑惑、JUロビー疑惑、海物語連累疑惑など、数多くの疑惑を提起した。疑惑の大部分は事案が軽微であったり、嫌疑がないことが明らかになった。
司法権力と言論の領域全般に保守ヘゲモニーが強力に作動する韓国社会において、政治的非主流でしかありえなかった盧前大統領は、このような攻撃を加える保守独占構造に対抗するよりも、逆に道徳主義談論をより積極的に受容する方法を選んだ。盧前大統領の悲劇はこの時から始まった。盧前大統領本人は、反腐敗とクリーンな政治などのモットーを高く掲げ、政治改革と道徳主義的印象を同時に達成しようとしたが、政治改革の問題は道徳主義的方法で解決できる性格ではなかったからだ。
»盧前大統領は2002年3月、新千年民主党内での大統領候補選出のための光州予備選挙で、政治改革の風を起こし、中央政治の舞台に華麗に登場した。しかし、このときから彼の道徳性は、朝・中・東などの守旧メディアの集中標的になった。写真/ハンギョレ資料
フマニタスのパク・サンフン代表(政治学博士)は、道徳主義的観点から政治を理解し、評価する態度に問題があると指摘した。簡単に言うと、政治と道徳はお互いに違う領域にあるということだ。パク代表は「高い道徳的価値のものさしで政治を理解し、評価するための道徳主義談論は、民主主義発展に役立たない」「盧前大統領も腐敗問題を過去よりもさらに(腐敗)したのか、それよりはマシなのかという観点でアプローチするよりも、責任政治と参与の拡大などによって政治の実質的変化を作り出していれば良かったのだろう」と語った。
腐敗のせいで民主主義や政治が間違うのではなく、民主主義がまだ足りないから腐敗が維持され、作られるという意味だ。このような腐敗談論の「乱発」は、ややもすると政治自体を腐敗したものに、政治家を腐敗集団に上塗りする効果がある。「政治は腐ったもの」だという上塗りは、当然政治に対する嫌悪と冷笑を煽ることになる。やはり朝・中・東が主に活用する方式だ。これは結局、民主主義発展に否定的な影響を与えざるをえない。
「腐敗談論」が反対派の絶滅手段に
政治に道徳主義を「過度に」介入させることが危険な理由はもっとある。国内外の歴史を見ると、道徳性に関する疑惑は、権力を持つ側が相手陣営を絶滅させたり、弾圧するための手段として活用した例が多かった。アメリカでも1960年代から1990年代初期まで民主党はウォーターゲートやイラン・コントラ事件などを通じて大統領を攻撃した。共和党もやはり、自分たちが議会を掌握したとき、ホワイトウォーター、ルインスキー事件で大統領を追い詰めた。「言論の暴露-検察捜査-政治的負傷」につながる過程は、韓国の「言論-検察-政界」の関係と違いがない。
チェ・ジャンジプ教授は『民主主義の民主化』で「政治に関連する腐敗問題の核心は、国家と私的領域の間の「後援」と「政治的支持」が交わされる関係の解消(すなわち民主化)に焦点が合わされなければならないにも関わらず、韓国政界の「腐敗談論」は屈強なヘゲモニーを握っている保守領域から「反対派絶滅」の手段として悪用されてきた」と指摘した。
検察に3回拘束されたが、3回とも無罪になったパク・ジュソン民主党議員は、盧前大統領に対する検察捜査の公正性に強い不満を提起した。パク議員は「今回のことを教訓に、すべての政治家が道徳性という問題に対して自ら点検する契機にしなければならないが、どのような場合でも(検察の捜査が)政治報復的な次元から進められてはならない」と話した。チョ・スンス進歩新党議員も「基本的に政治家は国民から支持・信頼される公人であるため、道徳的でなければならないという要求には異論の余地がないが、盧武鉉前大統領に対する検察の捜査過程を見ると、政権レベルの報復という印象を消し去ることができない」と語った。
チョン・サンホ漢陽大教授(第3セクター研究所)は、まったく政治的に独立した捜査機構を設置しなければならないと主張した。「検察が盧武鉉前大統領を捜査したように、299人の国会議員をそれぞれ6ヶ月ずつシラミ潰しに調査したとすれば、果たして何人が自由でいられるだろうか。政治的報復捜査や検察捜査の偏頗性の是非を解決するためにも、検察から独立した捜査機構が必要だ」
道徳主義的観点から試みられた政治改革の結果も、説明されなければならない部分だ。特に腐敗を事前に防止するという理由で、選挙運動の期間と方法から大衆との接触面は改革を行うごとに減り続けた。政治資金法はこのニ十数年間で、実に8回以上も改正されたが、選挙過程における腐敗問題が解消されたとは言いがたい。
しかし今回問題になったパク・ヨンチャ元泰光実業会長の事例のように、韓国政治の現実では、主要な大統領候補者や当選者に企業が政治資金を提供することは、ほぼ日常化している。カン・ウォンテク崇実大教授は「例えば2004年に改正された政治関係法を見ると、後援会運営と後援金募金はもちろん、選挙運動の方法まで規制されている」「問題があるから接触自体を禁止しようというものだが、政治を余りに理想的で規範的にしてしまうと、政治家に対して守れもしない約束を強要することになってしまう」と話した。
メディアの役割は膨張、政党は縮小
結果的に盧武鉉前大統領は、韓国社会が政治に突きつける道徳主義のフレームの被害者だとも言える。チェ・ジャンジプ教授は「政治競争がより怨色的で低次元に変わる過程で、メディアの役割がとてつもなく膨張する反面、社会の底辺の利益を代弁するための政党の役割は縮小する現象を同伴している。この過程で投票者たちに直接的な「責任制」を持たない機構、すなわち検察や私的領域でのメディアが漸次、政治の中心行為者になったという事実に注目しなければならない」と語った。
盧武鉉前大統領逝去のニュースに接した人たちは、「権力を利用して企業から数千億ウォンを受け取った全斗煥・盧泰愚元大統領はのうのうと生きているのに、彼らよりもはるかに道徳的だった盧武鉉前大統領は死に至った」と哀れんだ。ボンハ村にいる盧前大統領の側近は、5月23日の夜遅く、『ハンギョレ21』との電話インタビューで「非道徳的な政治家には道徳を求めず、自ら道徳の基準を高めた道徳的人間には絶え間なく高い道徳性を求めることが、果たして正常な国家で起こりうることなのか」と鬱憤をあらわにした。道徳主義の逆説だ。
チェ・ソンジン記者
* 高位公職者の不正や違法嫌疑が発見された場合、捜査や起訴を行政部から独立した弁護士に担当させる制度。