清水屋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/29 16:25 UTC 版)
本店・本社(2015年1月) | |
種類 | 株式会社 |
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本社所在地 | 日本 〒486-8577 愛知県春日井市瑞穂通5-33 北緯35度14分58.1秒 東経136度58分15.1秒 / 北緯35.249472度 東経136.970861度座標: 北緯35度14分58.1秒 東経136度58分15.1秒 / 北緯35.249472度 東経136.970861度 |
設立 | 1949年(昭和24年)5月2日[1] |
業種 | 小売業 |
法人番号 | 7180001074250 |
事業内容 | 総合スーパーの経営 |
代表者 | 代表取締役社長 清水隆行 |
資本金 | 1億7000万円 |
従業員数 | 1,134名(2006年1月現在) |
決算期 | 3月[1] |
主要子会社 | (株)三和(衣料品・貴金属小売[1])、(株)清和 |
関係する人物 | 清水精市(創業者)[1] |
外部リンク | https://www.shimizuya.co.jp/ |
清水屋(しみずや、英: SHIMIZUYA CO.,LTD.)とは、愛知県・岐阜県の両県で展開する総合スーパー屋号で、かつ経営する会社の社名である。
歴史・概要
岐阜県出身の清水精市が春日井市高蔵寺町の「青山呉服店」に勤めたのち[2]、1938年(昭和13年)9月に春日井市鳥居松町で呉服商を創業したのが始まりである[1]。
1949年(昭和24年)5月2日に[1]資本金100万円で[3]株式会社清水屋呉服店[4]として法人化すると共に名古屋市北区大曽根本通りに支店を開設して名古屋市へ進出した[2]。
1956年(昭和31年)9月に春日井本店を開設し[1]、1957年(昭和32年)9月に名古屋市南区城下町に大磯店を開設した[2]。 1959年(昭和34年)6月に名古屋市北区東大曽根町に洋装店を開設し、1961年(昭和36年)5月に名古屋市北区東大曽根町本通に「大曽根店」を開設と大曽根地区での店舗展開を進めた[1]。
その後、1964年(昭和39年)5月に大名古屋ビルヂング内に支店を開設し[2]、1970年(昭和45年)10月に春日井本店を大型店化[5]、1973年(昭和48年)7月に犬山市に「犬山店」を開設するなど大型店の多店化を進めた[1]。
その間の1967年(昭和42年)9月に義津屋やユーキチなどと共にボランタリーチェーン「新々会」を結成[6]。
そうした多店化に伴って出店した大曽根と犬山では、大手スーパーのユニーと競合することになったが、マーチャンダイジングで強みを発揮して対抗し[7]、1978年(昭和53年)6月には名古屋市に「藤ヶ丘店」を開設して初の郊外型ショッピングセンターの展開を開始した[1]。 その結果、1970年(昭和45年)に4店舗・売上高約27億円から1979年(昭和54年)には6店舗・300億円と1970年代に約11倍まで売上を急増させた[8]。
その後も、1991年(平成3年)3月には「小牧店」[9]、1988年(昭和63年)7月2日には岐阜県高山市に「ピュア 高山店」を開設した[10]。
さらに、2000年(平成12年)11月には「春日井本店」を瑞穂通に移転し、鳥居松町の旧店舗の店舗面積5,721m2から[5][11]9,931m2へ[11]増床した。
また、春日井市民病院の売店や[12]春日井市観光コンベンション協会の「移動スーパーマーケット 道風くん」[13]など本拠地の春日井市では大型店以外の小売事業も手掛けている。
店舗
愛知県
春日井本店
- 店舗面積1,650m2[15] → 5,721m2[5][11]、延べ床面積約8,660m2[11]。
- 商店街から少し離れた春日井市役所に近い農地の広がる場所に移転する形で開店し、東西に伸びる形だった鳥居松の商店街が南北に広がる契機となった[14]。
- 1970年(昭和45年)10月に大規模な増築を行って4階建てとし、春日井市で初の大規模小売店舗(店舗面積6,588m2)となった[14]。
- 1980年(昭和55年)6月に改装した[16]。
- 店舗跡はヤマダ電機テックランド春日井店が入居[11]。
- (3代目)春日井本店(春日井市瑞穂通5-33[11]、2000年(平成12年)11月開店[11])北緯35度14分58.1秒 東経136度58分15.2秒 / 北緯35.249472度 東経136.970889度
その他春日井市内の店舗
- 春日井市民病院の売店を運営しており、2015年(平成27年)6月16日にコンビニエンスストアのローソンとして新装開業した[12]。
- 移動スーパーマーケット 道風くん
愛知県(春日井市を除く)
- 藤ヶ丘店(名古屋市守山区森孝東1-509[11]、1978年(昭和53年)6月27日開店[18])北緯35度11分28.5秒 東経137度1分11.6秒 / 北緯35.191250度 東経137.019889度
- 敷地面積約11,640m2[18]、鉄筋コンクリート造地下1階2階建て[18]、延べ床面積約28,911m2[18]、売場面積約17,534m2[18](当社売場面積約4,370m2[18])、駐車台数約1,300台[18]。
- 関連会社で衣料品販売のシスコ[1](店舗面積2,746m²[11])と関連会社で食品スーパーのセイワストア[1](店舗面積1,384m²[11])が出店している。なおセイワストアは後に撤退、2019年4月25日にマックスバリュ森孝東店(店舗面積1,610m2)が出店した[19]。
- 清水屋最大店舗。
- 小牧店(小牧市郷中1-263[9][20]、1991年(平成3年)3月19日開店[20])北緯35度16分42.6秒 東経136度55分15.7秒 / 北緯35.278500度 東経136.921028度
- 店舗面積7,087m2[9]、延べ床面積約12,453m2[9]。直営店舗面積9,391m2[9]。
- Vマート共に「アザレ小牧」に出店した[20]。
- 元々は食品部門は直営だったのだが2020年11月26日よりテナントとして食品スーパーのカネスエが出店している。[要出典]
ギャラリー
岐阜県
- ピュア高山店(高山市西之一色町3-1135[11]、1988年(昭和63年)7月2日開店[10])北緯36度7分57.8秒 東経137度14分53.3秒 / 北緯36.132722度 東経137.248139度
- ルビットタウン中津川内に出店[21]。
- 多治見インターモール内に出店[23]。
かつて存在した店舗
大曽根店
- 大曽根店[25] → 大曽根衣料百貨センター[15](名古屋市北区東大曽根町本通5-727[25][11]、1961年(昭和36年)5月開店[1] - 2009年(平成21年)12月27日閉店[要出典])
その他の店舗
- 尾頭橋店(名古屋市中川区尾頭橋3-4-19[11]、1968年(昭和43年)2月開店[1] - 2016年(平成28年)11月20日閉店[26])北緯35度8分37.7秒 東経136度53分29.9秒 / 北緯35.143806度 東経136.891639度
- 犬山店(犬山市大字犬山字南古券166-14[11]、1973年(昭和48年)7月開店[1] - 2020年(令和2年)2月20日閉店)北緯35度22分32.8秒 東経136度56分24秒 / 北緯35.375778度 東経136.94000度
- 店舗面積6,843m2[11]、延べ床面積約13,545m2[11]。直営店舗面積6,352m2[11]。
- 1979年(昭和54年)に改装した[16]。建物の老朽化に伴い、2020年2月20日閉店[27]。
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『流通会社年鑑 1980年版』 日本経済新聞社、1979年11月12日。pp118
- ^ a b c d e f g 『全国繊維企業要覧 昭和47年版 東日本篇』 信用交換所大阪本社、1971年9月1日。pp752-753
- ^ a b 『日本繊維商社銘鑑 1970年版』 東京信用交換所、1969年10月1日。pp794
- ^ a b 『愛知県商工要覧と名鑑 1952年版』 愛知県、1952年3月31日。pp80
- ^ a b c 春日井市史編集委員会 『春日井市史 資料編(5)』 春日井市、1993年3月31日。
- ^ “"地域主義"に活路を見出す中堅スーパー "原点"追求で大手スーパーに逆攻勢”. ヤノニュース 1980年8月5日号 (矢野経済研究所) (1980年8月5日).pp50
- ^ a b “結成13年のV・C新々会の成果は ますます開く規模・収益格差”. ヤノニュース 1976年12月5日号 (矢野経済研究所) (1976年12月5日).pp23
- ^ “結成13年のV・C新々会の成果は ますます開く規模・収益格差”. ヤノニュース 1980年8月5日号 (矢野経済研究所) (1980年8月5日).pp51
- ^ a b c d e 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2006年版』 東洋経済新報社、2006年。
- ^ a b 『食料年鑑 1989年版』 日本食糧新聞社、1989年7月20日。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。
- ^ a b c 佐久間博康(2015年6月17日). “春日井市民病院にコンビニ 市内公共施設で初”. 中日新聞 (中日新聞社)
- ^ 蓮野亜耶(2015年3月27日). “販売車「道風くん」出発 春日井 巡回は来月2日から”. 中日新聞 (中日新聞社)
- ^ a b c 林上 『大都市近郊における商業地域システムの発展過程』 名古屋大学教養部紀要 第37輯 (名古屋大学教養部) (1993年1月25日)。pp93
- ^ a b c d e f g 『産経会社年鑑 第9版 一版会社編』 産業経済新聞社年鑑局、1970年11月。pp598
- ^ a b c d e 『流通会社年鑑 1981年版』 日本経済新聞社、1980年11月17日。
- ^ 佐久間博康(2015年4月5日). “近郊ナウ 期待満載 「道風くん」発車 春日井 「待ち焦がれた」高齢者歓迎”. 中日新聞 (中日新聞社)
- ^ a b c d e f g 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp906
- ^ “マックスバリュ森孝東店が提案する「買い物が楽しい店」の姿とは!?”. ダイヤモンド・チェーンストアオンライン (2019年5月6日). 2021年10月7日閲覧。
- ^ a b c “91年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1991年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年12月1日).pp88
- ^ a b “中津川店”. 清水屋. 2024年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月29日閲覧。
- ^ “11月10日(金)清水屋中津川店がOPENしました!”. 清水屋 (2017年11月10日). 2018年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月29日閲覧。
- ^ a b c “多治見店”. 清水屋. 2024年5月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月29日閲覧。
- ^ a b 総理府統計局 編『会社企業名鑑 昭和37年版』 日本統計協会、1962年11月。pp817
- ^ a b 『中部要覧 : 愛知・岐阜・三重県 1964年版』 中部経済新聞社、1964年6月10日。pp166
- ^ “清水屋尾頭橋店 完全閉店 店じまい売り尽くし チラシ | 清水屋”. 2023年4月14日閲覧。
- ^ 清水屋犬山店、来年2月に閉店 建物老朽化で 中日新聞社、2019年11月15日(2019年12月4日閲覧)。[リンク切れ]
外部リンク
清水屋
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1950年(昭和25年)6月 - 株式会社 清水屋として発足する。 1969年(昭和44年) - 日本百貨店協会に加盟する。 1973年(昭和48年) - 旧店舗増築。旧店舗正面に人魚之像設置。 1976年(昭和51年)10月29日 - 近隣で酒田大火が発生するが、店舗の罹災は免れた。 1977年(昭和52年)10月 - 現店舗の建設を着工する。 1978年(昭和53年)10月29日 - 酒田セントラルビルのキーテナントとして現在の地に移転する。 1982年(昭和57年) - 駅前に所在する大沼酒田店(後のダイエー酒田店)などの競争による業績不振により、同じく大丸と業務提携していた株式会社十字屋とともに株式会社ダイエーと資本・業務提携し、十字屋と相互に業務提携を開始する。大丸との業務提携は継続。 1994年(平成6年)9月1日 - 株式会社清水屋が福島市の株式会社中合と対等合併し、店名を「中合清水屋店」に改称する。
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