「ヘンな論文」(その2)

81kHQoOL5jL.jpg サンキュータツオ「ヘンな論文」の2回目。

今日とりあげるのは十一本目 「しりとり」はどこまで続く?
ネタになった論文は、乾伸雄、品野勇治、鴻池祐輔、小谷善行「最長しりとり問題の解法」で、2005年の「情報処理学会論文誌:数理モデル化と応用」vol.46に収録されているものだそうだ。

これは全然ヘンな論文ではない。著者は、この「最長しりとり問題の解法」という論文タイトルの「しりとり」に反応してヘンな論文に入れたのだろうけれど、真っ当な論文だと思う。
本書では本質的ではないところばかりに目がいっているようで、次のように紹介している。
 コンピュータがしりとり!?

 しりとりといえば、相手が詰まるか、語尾に「ん」がつく単語を言ったらアウトという非常にシンプルな“ザ・暇つぶしゲーム"だ。
 このしりとりに挑んだ学者たちがいる。しかしそれは、「相手がすぐに答えに詰まるような方法を考える」という研究ではなく、「どれだけ暇つぶしできるか」、つまり「どれくらい長くしりとりを続けることができるのか」という研究である。そう、それが今回取り上げる「最長しりとり問題」である。
 といっても、大勢でしりとりをやったわけではない。この論文は、4人の学者によって書かれたものだが、頭のいい大人4人でしりとり総当たり戦をやったわけでもないのだ。
 では、なにをやったか。
 コンピュータでしりとりをなるべく長く続けられるプログラムづくりを目指し、それを計算させたのである!
 ま、いずれにしても気が遠くなるような所業なのだが、どうなるものか、やればわかるさ、バカヤロー! という精神で、本気でしりとりに取り組んだ論文なのである。

同じ単語は2回使えないというしりとり必須のルールを書き洩らしている。このルールがないと無限ループに陥ってしまう。


はじめに
 
一本目 「世間話」の研究
「奇人論序説―あのころは「河原町のジュリー」がいた―」
飯倉義之 2004年『世間話研究』 第14号
 
Column.1 論文とはどんなもの?
 
二本目 公園の斜面に座る「カップルの観察」
「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」
小林茂雄、津田智史 2007年 「日本建築学会環境系論文集」 第615号
 
Column.2 小林茂雄先生訪問記
 
三本目 「浮気男」の頭の中
「婚外恋愛継続時における男性の恋愛関係安定化意味付け作業―グランデッド・セオリー・アプローチによる理論生成―」
松本健輔 2010年 「立命館人間科学研究」 21
 
四本目 「あくび」はなぜうつる?
「行動伝染の研究動向 あくびはなぜうつるのか」
本多明生、大原貴弘 2009年 「いわき明星大学人文学部研究紀要」 22
 
Column.3 研究には4種類ある
 
五本目 「コーヒーカップ」の音の科学
「コーヒーカップとスプーンの接触音の音程変化」
塚本浩司 2007年 「物理教育」 第55巻第4号
 
Column.4 塚本浩司先生訪問記
 
六本目 女子高生と「男子の目」
「男子生徒の出現で女子高生の外見はどう変わったか―母校・県立女子高校の共学化を目の当たりにして―」
白井裕子 2006年 「女性学年報」 第27号
 
七本目 「猫の癒し」効果
「大学祭における 「猫カフェ」の効果―「猫カフェ」体験型のAAE(動物介在教育)が来場者に及ぼす影響―」
今野洋子、尾形良子 2008年 「北翔大学北方圏学術情報センター年報」
 
Column.5 画像がヘンな論文たち
 
八本目 「なぞかけ」の法則
「隠喩的表現において“面白さ”を感じるメカニズム」
中村太戯留 2009年 「心理学研究」 第80巻 第1号 日本心理学会
 
九本目 「元近鉄ファン」の生態を探れ
「オリックス・バファローズのスタジアム観戦者の特性に関する研究―元大阪近鉄バファローズファンと元オリックス・ブルーウェーブファンに注目して―」
永田順也、藤本淳也、松岡宏高 2007年 「大阪体育大学紀要」 第38巻
 
十本目 現役「床山」アンケート
「現代に生きるマゲⅢ~大相撲現役床山アンケートから~」
下家由起子 2008年 「山野研究紀要」 第16号 山野美容芸術短期大学
 
十一本目 「しりとり」はどこまで続く?
「最長しりとり問題の解法」
乾伸雄、品野勇治、鴻池祐輔、小谷善行 2005年「情報処理学会論文誌:数理モデル化と応用」vol.46
 
十二本目 「おっぱいの揺れ」とブラのずれ
「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」
岡部和代、黒川隆夫 2005年 「日本家政学会誌」 56 NO.6
 
Column.6 タイトルの味わい 研究者の矜持
 
十三本目 「湯たんぽ」 異聞
「湯たんぽの形態成立とその変化に関する考察Ⅰ」
伊藤紀之 2007年 「共立女子大学 家政学部紀要」 第53号
 
あとがき
文庫版あとがき
本質はコンピュータを使う・使わないではない。それはどうでもよい。もちろん最長チェーンを作るアルゴリズムを実際に走らせるにはコンピュータを使うだろうけど、それは些末なことだと思う。
もっとも本書の著者はそういうところに関心があるようで、コンピュータの速さに驚いている。
 6日半を0.53秒で

 さて、この「最長しりとり問題」の結果を見て衝撃を受けた。
 単語数が13万7335個ある辞書(国語辞典としては中型の部類、『広辞苑』の単語の項目)で計算した場合、一番長いしりとりで、なんと5万6519単語も続いたのだ。これが「最長しりとり問題」の解である。
 さらに驚くべきことに、これをどれくらいの時間で計算したかというと、わずか0.53秒!1秒かかっていない。落ち着いている人のまばたきくらいの時間で、やってのけてしまうのだ!

すぐにわかることだが、最長しりとり問題には解が存在する。というのは、選べる単語は辞書に収録されている有限個である。2回同じ単語を使ってはならないから、チェーンの長さはこの単語数で抑えられる。
チェーンをつなぐには、単語の最初の文字と最後の文字だけが本質的で中間文字はどうでも良い。あ―あ、あ―い、あ―う、……という組ごとにそれぞれ何単語あるかが与えられている時、ある単語が与えられたとき、後ろの文字を最初の文字とする単語をつないでいくわけで、つなげる単語ができるだけたくさんになるように選ぶ探索問題である。

コンピュータを使うかどうかは些末なことと書いたが、実際に解を計算するには高速コンピュータが要求される。

解があることがわかっているからちょっと気休めになる。
本書ではこの研究を次のようにたとえている。
 エリート中のエリートが、本気で遊んでいる感じ。フォアグラで餃子をつくるよう贅沢な感じがしてきやしませんか?自分ではやろうと思わないけど、ちょっとのぞいてみたい。
んーん、なんか違うように思う。このあたり、理系と文系の感覚の違いかもしれない。

さてこの章では、他にも児戯が論文になる例として、あみだくじとじゃんけんについての論文を紹介している。

 あみだくじ論文
 ここまで、しりとりをどこまで長く続けられるかを追究した論文を紹介してきたが、私の珍論文コレクションのなかには、ほかにも、身近なゲームをテーマとした論文がいくつかある。
 たとえば、みなさんも必ず一度はやったことがあるであろう「あみだくじ」。これを研究したある論文によると、上から下に下りていくタイプのあみだくじの場合、横の線が少ないと、一番左の列からスタートしたとしたら、一番左の列でゴールする可能性が低いらしい。
 そこで、「どこからスタートしても、ゴールに至る確率が均一になるようなあみだくじはできないものか」ということが、その筋の研究者の間でずっと議論され、追究されてきた。その過程で実にさまざまなタイプのあみだくじが考案されては否定され、というのを繰り返しているのであるが、私の手元にある内村桂輔氏の論文(1985)では、「円形のあみだくじ」なるものが考案されている。これは、普通のあみだくじと違い、円の中心からスタートして外に向かっていくあみだくじである。これだと確率がほぼ均一になるので、結果も平等らしい。
おーっ、そうなんや、横棒が少ないあみだくじだと、一番左の列からスタートしたら一番左の列にゴールする確率が低い、直観的にはそうかもしれない。この問題をきちんと考えるのは、円形のあみだくじを作るよりも難しいと思う。どう定式化するのか。左端から右端とか、隣の線を飛び越えた線が書けるのかとか、考え合わせるべき要素がある。

じゃんけんについては、
 じゃんけん論文
 じゃんけんを数理的に研究した論文もある。南山大学の須崎政文氏と尾崎俊治氏による「新しい4手じゃんけんの提案と確率論的ならびに漸近解析」が、それだ。
「~提案」というところまでは理解できるが、「確率論的~」 以下は何を言っているのかよくわからない。
 この論文で面白いのは、グー、チョキ、バーと、あともうひとつ手があったとしたらじゃんけんはどう変わるだろう、ということを追究している点である。実際、じゃんけんの手が4つあると、20人で1人が勝ち抜くじゃんけんをした場合、3手を使う普通のじゃんけんでは平均1142.9回かかるのが(実際にやったら腱鞘炎になるだろう)、4手じゃんけんでやると平均82.67回で早期決着するのだ。画期的なじゃんけん!
 ただし、その4手目が、どのような手の形にすればいいのか、この論文では触れられていなかった。こんなに「概念」先行の論文も理系ならでは。まずはこういう考え方がある、という提案が積極的に行われるのも学問の楽しさだ。
この論文でいう4手じゃんけんというのどういうものなんだろう。4手目がどんな手で、勝ち負けがどういう組み合わせで決まるのかなど、想像がつかない。

 ◆フランスの4手じゃんけん (↑:上勝、←:左勝)
井戸木の葉ハサミ
 石-
 井戸-
 木の葉-
 ハサミ-
気になったのでネットで検索すると、なんと、フランスのじゃんけんは4手なのだそうだ。
フランスの4手じゃんけんでは、どの手も公平になってはいない。2つに勝つ手、1つにしか勝てない手がある。ただしだからといって2つに勝つ手を出そうとしても、その裏をかく人がいるだろうから、全体としてはどうなのだろう。

論文の4手じゃんけんはどうなっているのだろう。単純に引き分けが増えるようでは、論文の結論にあるような勝ち抜きじゃんけんで決着が速くつく「画期性」は失われてしまうだろう。

コンピュータでは二進法が基本になっているが、三進法のほうが効率的であるという話を聞いたことがある。一番効率が良いのはe進法(eは自然対数の底)で、2より3のほうがeに近いからだとかいうのだけれど、e個のステータスをもつ素子なんて考えられない。これと似たような話だろうか。


最後に本書著者は理系論文についてこんなことを書いている。
 学問は科学なので、本来ならば理系も文系もない。それでもここで紹介したような「数学バカ」と呼びたいくらい理屈好きが炸裂していると、さすがに勝手にやってくれーという気分になる。理屈屋の私を前にしたときの一般の方々の気持ちにハタと気づかせてくれる貴重な論文が理系には多い。

理系の理屈と文系の理屈は別物なんだろうか。

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