著者は、日本で唯一の
森林ジャーナリストです。
日本の林業が衰退して久しいのですが、どうすれば再生するのか、どうすれば活用できるのか、常識を覆す考え方を示してくれる書です。
あっと驚くことが多く、眼を見開かされました。
森林王国ニッポンに住む以上、もっと森林について知らなければ、社会的にも、政治的にも判断を誤ると強く感じました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。
・森林は、「
二酸化炭素の吸収源」「
酸素の供給源」という考え方こそ、森林をめぐる常識の中で、最大の嘘であり誤解。「植物」は、そうであるが、「森林」は、そうではない。森林とは、樹木だけでなく、多くの生命体の複合した存在
・森の中で、菌類が落ち葉や倒木を分解して、土に還す過程で消費される<
酸素の量>は、植物の<酸素放出量-酸素消費量>と同じで、均衡する。森林は、酸素と二酸化炭素を自給自足しており、外部とやり取りしない
・木は生長する過程で、二酸化炭素を吸収して、有機物を合成する機能が活発になる。だから、若い木は太り、幹や枝を伸ばし、多くの葉をつける。年老いて
生長を止めた木は、事実上、酸素も出さなければ、二酸化炭素も吸収しない
・生長しなくなった木、あるいは、生長の遅い木は伐採して、よく生長する若木に替えること。
老木を伐採して植え替えたほうが、二酸化炭素吸収に都合がよい
・水が染み込み溜まるのは、森林土壌ではなく、もっと深い岩(基盤岩層)の
節理と呼ばれる割れ目。そこに水が入る。森林は、自ら生長するための水を消費する。光合成を行うには、水が必要
・山地が森林で覆われる最大の利点は、
土壌浸食を防ぐ点にある。下流の土砂災害の防止や養分保持には、森林はなくてはならない。ふかふかの森林土壌と、そこに生えた下草は、降雨を受け止めるクッションになる
・よく、スギ、ヒノキなどの人工林は、
土壌流出防止機能が低いと言われるが、その根拠はない。伐採で土壌を攪乱し過ぎた場合、森林土壌を失いやすいが、それは、広葉樹林にも言えること。針葉樹林(とくに人工林)を差別する口実にはならない
・水が豊かと言われるブナ林は、ブナが水を呼んでいるのではなく、もともと水の多い土地にブナがよく繁っているだけ
・生物の種類が多く、個体数も多く存在できる自然ほど、豊かであり複雑な生態系という考え方があるが、実際に、
薄暗い原生林の中を歩くと、あまり生物に出会わない。大木が林立している下は、低木や草が少なく、植物の数が少ないので、昆虫も生息していない
・原生林は暗いが、雑木林は葉の繁る夏でも、比較的明るい。
雑木林の木は、樹齢が若く、高木や大木が少ないから、光が林に差し込み、草や幼木が育つ。植物の種類が多いと、昆虫も多彩になる。虫や実が豊富にあると、それを餌とする鳥や野生動物もやって来る
・火事は、土壌に栄養を与える。燃えたあとに残る灰分がミネラルになるほか、熱が
土壌微生物を活性化する。さらに、直射日光が地表に当たり、焼けて黒くなれば熱吸収がよくなり、地温が上がる。それが窒素固定バクテリアなどの活性を高める
・世界各国の洪水被害は、代々継ぐ住居や耕地を持たない貧困層が、人の住まなかった
洪水常襲地帯に移り住んだために起きている。だから、以前と同規模の洪水が起きただけでも被害が大きくなる。増えたのは洪水ではなく洪水被害。洪水の背景には貧困問題がある
・日本のような鉄砲水が押し寄せる洪水とは違い、大陸の
大河の洪水は、ゆっくり進むので、破壊的ではない。洪水によって、土壌が豊かになる面もある
・マツは痩せた土壌を好むとされるが、それはマツが強いのではなく、肥沃な土地では、他の樹種に負けるから。痩せ地に追いやられたマツが生育できるのは、
菌類との共生のおかげ。菌根菌の菌糸によって集めてきた栄養素や水分をおすそ分けされているから
・成育に適した土地では、植物はすくすく育つが、寿命は短い。屋久島は高山で雪も降る。多雨で土壌の栄養素が流失する。台風で高木は風に揺り動かされる。植物には
厳しい気象条件。だから、ゆっくり生長し、年輪も詰まり、ヤニもよく出る。これが、長生きの秘密
・年間降水量が500ミリ以下の土地を
半沙漠と呼ぶ。ある程度の降水があり、比較的地下水位も高いので、緑が失われていても、木の苗を植えれば、元の緑は取り戻せる。しかし、降水量100ミリ以下の
沙漠を緑化するのは、不可能というより無意味
・半沙漠の緑化面積を増やせば、植物が太陽光を吸収して、地表面の温度を下げ、枝葉から水分を蒸散させ、乾燥気候を緩和する。また、落ち葉が土に還り、緑に集まった鳥が糞を落とせば、土壌の栄養分回復も期待できる。こうなれば、半沙漠が草原や森林になる
・沙漠が不毛の地である理由には、乾燥と
塩類集積の二つがある。また、緑化にも、森林化と農地化の二つを分けて考えるべき。やみくもに植林するだけでは、沙漠は救われない
・最近は人が森と触れ合う場所として、森林公園が多く整備されてきた。ところが、それらの公園利用者を調べると、肝心の
森林ゾーンに踏み入っていない。森林内の遊歩道も利用されていない。森林自体は、広場やレストランから眺められるものになっている
・人が安らぎを感じる自然景観条件の研究では、人間の感性は「
見通せる距離」に反応する。森林では、林内が50メートル程度見通せないと、人々は安らぎを感じない。林内が見通せるには、背の高い草木や雑木が生えていないこと
・フクロウなどの猛禽類は、ネズミやウサギなど雑木林に棲む動物を上空から狙い、餌とするが、常緑性の高木ばかりになると、冬でも林床が見えなくなり、
餌場を喪失する。高木を伐採し、林床に光を入れ、下草を刈り取ることが、動植物の生息環境を守る
・
竹林面積は戦後、十数倍に拡大している。里山地帯が、いつの間にか、竹林に変わっている。完全な竹林の中は、暗くなり、一般植物が生長できない。毎年、地下茎を四方に伸ばすので、一度根付くと、ブルドーザーで根こそぎ掘り出さないと竹林はなくならない
・汚くなった川は、油や重金属など毒性を含んでいない限り、生物にとって悪いことではない。
富栄養化は、生物の栄養となり、生物の個体数や種類の増加につながる。人間の目から見た美しい川と生物の生息しやすい環境は同一ではない
・戦国時代に、各地で産業振興が図られた。それが森林開発を促した。なぜなら、当時のエネルギー源は、みな森林資源、つまり
薪炭だったから。化石燃料が普及する前の山村は、エネルギー供給基地であり、これが最大の産業だった。木材生産ではなかった
・
ゴルフ場と里山の相似(森林と農地や草原の比率、モザイク状の環境配置)について、もっと考察すべき。里山が生物多様性に満ちているのと同様に、ゴルフ場でも、生息する生物が非常に多い。鳥類、昆虫を初め、準絶滅危惧種や多くの希少種が確認されている
・現在の山村経済の不振を、木材の販売不振と材価安だけに理由を求めるのは誤っている。むしろ主流だった薪炭による
バイオマスエネルギー産業が没落したことの打撃が大きい
・消費者の
無垢材指向は、森林資源を活用しない。無垢材は、木材の歩留まりが悪く、収穫した木の半分しか使わない。合板やパーティクルボードのほうが歩留まりが格段に高い。接着剤を悪者にする声もあるが、その前によりよい使い方を生み出すべき
・輸入木材で、一番多いのがカナダとアメリカの米材で18%。マレーシアやインドネシアなどの熱帯木材は10%(かつて30%を超えていたが激減)。国産材に比べ外材は安くない。「
安い外材に押されて」は、莫大な税金を注ぎ込む口実で、林業の体たらくの表われ
・外材より安いのに、国産材が求められないのは、商品としての条件で外材に劣るから。国産材は乾燥させていないし、製材寸法がいい加減。
小規模林家が多く、迅速な伐採や搬出ができず、安定供給も劣る。国産材でフローリングを使いたくても肝心の商品がない
・「コストは高く売値が安い」日本の林業を支え続けたのが補助金。改革を促す仕組みもなく、
補助金のばらまきが続いたから、山の現場も製材所も旧態依然のまま。生産性は低く、機械もシステムも商品開発も、欧米より20年から30年遅れていると言われる始末
・近年、中国やインドが木材を大量消費するようになった。国内の合板業界は「
安い国産材」に目を向け始め、合板に向かないとされたスギ材を使って、合板製造に成功した。おかげで、国産材需要は回復傾向にある
著者の魂の叫び、森林業界への思い入れが、この本に強く感じられます。
森林に対して間違った認識を持つ日本人の考えを変えて、国土面積の3分の2を占める森林王国を、もっと有効に活用できるようにしたいという気持ちが表われています。
ちなみに、著者のブログ「
森林ジャーナリストの思いつきブログ」にも、その気持ちが溢れています。
日本の森林は、ひょっとしたら、
宝の山かもしれません。この本は、森林の常識を大きく変える書ではないでしょうか。