TechCrunch日本語版翻訳者
滑川 海彦

 小さな断片がゆるく結合する。「ウェブ・スタートアップ」と呼ばれる新興企業が続々登場し、一つひとつは小さい断片であるものの、互いがインターネットを介してゆるやかに結合し、新しい価値を創り出そうとしている。多くのスタートアップは広く一般の個人を対象に、個人同士が情報を交換・共有できるサービスを提供しており、「ソーシャルウェブ」と総称される。金融危機に目を奪われ、ソーシャルウェブの台頭を見落としてはならない。起業のための環境が、かつてのインターネット・バブル時代よりはるかに整っているからだ。

 もっとも大きいのは、GoogleのAdSenseに代表される内容連動型広告のおかげで、スタートアップでも収入源を確保しやすくなったこと。起業コストも劇的に低下している。サーバーやネットワークといったIT(情報技術)資源は極めて安く利用できるし、公開されているソフトウエアやITサービスを使うことで、アプリケーション・ソフトを一から開発する必要がなくなった。

 金融危機の勃発以来、アメリカから流れてくる経済ニュースは暗いものばかりだ。ハイテク企業の集積地であるシリコンバレーにおいても、株価や売り上げの低迷が目立ち、その結果としてレイオフに踏み切る企業が後を絶たない。だが、金融危機が起きる前、2005年前後から、シリコンバレーを中心に「ウェブ・スタートアップ」と呼ばれる、インターネットビジネスを手がける新興企業が続々と誕生し、今も生まれ続けている事実を見落としてはならない。

 金融危機以前、インターネット・ビジネスはWeb2.0というキーワードとともに、力強い成長をみせていた。2000年の「ドットコム・バブル」の破裂を機に、一時視界から消えかかっていたにもかかわらずだ。Web2.0ビジネス、特にウェブ・スタートアップ企業の動向を専門に追うニュース・ブログ「TechCrunch」企業・サービス名インデックスを見ればその一端が分かる。

 TechCrunchは、マイケル・アリントン編集長の個人ブログから出発、今ではスクープを連発する大型のニュースサイトに成長している。アリントンは、グーグルが2006年に動画共有サイトYouTubeの買収に踏み切った際、直前に買収を予測したことで有名になった。2008年2月には、マイクロソフトがヤフー買収を発表する数日前、出演したテレビで「ヤフーは苦しい決断を強いられる。近くマイクロソフトに買収されるか、数年後にハゲタカ・ファンドに買収されて切り売り、解体されるかだろう」と発言した。アリントンがマイクロソフトの動きをどこまで知っていたかは不明だが、分析はまさにその通りだった。ちなみに筆者はTechCrunch日本版の発足以来、記事の翻訳を手がけているメンバーである。Web2.0ビジネスの最新動向に興味のある方はぜひ、TechCrunch日本版を訪問していただきたい。

 まずは、TechCrunchのインデックスの中から、いくつかのウェブ・スタートアップ・サービスを紹介してみよう。個別の事例を眺めたほうが全体像をつかみやすいからだ。アリントン編集長の記事「2008年版:これなくしては生きていけないWeb 2.0サービス」を参考に、カテゴリー別に注目できるスタートアップを選んでみた。

■ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)

Facebook

 わが国のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)戦国時代はあっという間にミクシィの1人勝ちに終わり、ひとまず安定期に入ってしまった。これに比べてアメリカを含めて世界のSNSマーケットは激動期が続いている。Facebookは「次のGoogle」にもっとも近いスタートアップの1社だろう。長らくMySpaceの支配が続いてきたSNS界に彗星のように登場した。Compete.comが発表した米国における2008年3月のSNSトラフィック・データによると、訪問者数1位は依然としてMySpaceで6500万もあるが、2位のFacebookはすでに2800万まで成長、MySpaceを射程圏内にとらえつつある。

 Facebookは2007年11月、Microsoftによって当時の企業価値を150億ドルと評価され、2億4千万ドルの出資を受けた。同社がハーバード大学の学生によって創業されたのは2004年2月のことだから、わずか3年半で150億ドルもの企業価値が生まれた計算になる。

 Facebookが人気を集めた要因として、すっきりしたデザイン、豊富な機能、学生を中心にした初期のユーザー・コミュニティーの口コミなど、様々な点が指摘されている。だが、なんといってもブレークスルーをもたらしたのは「プラットフォーム」化の成功であろう。これによってFacebookは多くのデベロッパー(開発者)を呼び込むことができた。

 Facebookは2007年5月に、同社のSNSサービスに新たなアプリケーションを追加するためのソフト開発上の規約(アプリケーション・プログラミング・インタフェース-API-と呼ばれる)を公開し、他のスタートアップや開発者が、Facebookの利用者データにアクセスするアプリケーションを開発することを正式に承認した。たちまち無数の開発者が膨大なFacebookのユーザーめがけて殺到し、数カ月で大量のアプリケーションが用意された。

 その結果、Facebookは単なるミニ・ブログの集合体ではなく、その中だけで友達の動静を知り、メールをやり取りし、ゲームをプレイし、音楽を聴き、その他あらゆる活動ができる「ミニ社会」に成長した。今後、この勢いをいかに収益に結びつけていくかという難関が待ち構えているものの、Facebookが注目企業であることには変わりは無い。

 Facebookの創業者、マーク・ザカーバーグ氏は2008年3月発行のForbes誌で資産15億ドルと算定されて世界で「785位の富豪」にランクインした。Forbesはザカーバーグ氏を「(遺産相続ではなく)自力でビリオネアになった最年少記録」だとしている。筆者は2007年9月にTechCrunchが主催したカンファレンスで壇上の人となったザカーバーグ氏を間近に見た。酒屋にビールを買いに行ったら間違いなく「免許証を見せろ」と言われるであろう少年に見えたのが印象的だった。

 前記のCompeteの統計で、4位のFacebookクローン、MyYearbookの訪問者数が前年同期比2.8倍、8位のビジネス・パーソン向けSNSのLinkedInが同じく7.2倍に急増しており、SNSマーケットはまだまだ拡大基調だ。14位にはまったくの新顔で大人向けの社交の場「バーチャル・バー」を提供するというFoobarがランクインしている。注目株として、19位に入ったTwitterと、20位につけたNingを紹介しよう。