企業統治の観点から見ると,Webサイトは治外法権を持っている。ビジネスが行われる場となったWebサイトを野放しにしておくことは危険きわまりない。まずなすべきは,「Webサイト構築・運用管理基準」の策定である。これは,Webサイトをビジネスに利用するにあたってのチェック項目集と言える。とりわけ,Webサイトが法的基準や社内規定に準拠しているかどうかを確認すべきだ。
島田 直貴
本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出は2001年であり,当時と現在とでは状況が異なりますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。 |
多くの企業がインターネット上にWebサイトを公開している。当初は,対外的に情報を発信するだけだったが,今日では顧客との双方向の通信や各種の取引処理をWebサイト上で実施している。金融機関専門のコンサルタントである筆者が見聞きした例でいえば,地方銀行がさらに地域に密着するために支店ごとに独自性を持つWebサイトを作ろうとしている。また,生命保険会社の営業職員が顧客と連絡をとるために個人単位でWebサイトを作り出している。最近では,複数の企業が提携し,コンテンツをお互いのWebサイトに相乗りさせる動きも活発になってきた。
しかし,Webサイトは企業にとってもろ刃の剣である。Webサイトに何らかの不具合があった場合,その企業の事業に直接の影響を与えるからだ。
例えば,間違った情報あるいは会社として正式ではない情報を提示した場合である。この情報を見た顧客あるいは潜在顧客が誤認をしたとすれば,企業にとってたいへんな打撃となる。あるいは,企業としての体制が完全に整わないまま,Webサイトで新サービスを告知したとする。それを見た顧客が企業と折衝を始めてしまったりすると,顧客とのトラブルにつながる。
大量アクセスに耐えきれず,ダウンして顧客を待たせるといったケースも企業にとって大きなマイナス材料となる。顧客とのトラブルに至らないまでも,整合性に欠けた表現や稚拙なWebサイトのデザインによって,企業イメージを損なう可能性も少なくない。
Webサイトはいったん公開すると,不特定の人々が閲覧し,その会社の公式な情報として認識する。全社のサイトでなく,支店や社員が作ったサイトであっても企業名が記載されていれば,公式な情報として認識される。提携先のコンテンツであっても,顧客はそのコンテンツを載せた企業のほうにクレームを付けるかもしれない。
したがって,本来なら企業はWebサイトの公開に対して目を光らせ,慎重に取り組む必要がある。しかし,現状のWebサイトは企業内において野放しの状態である。
Webサイトを企業としてきちんと管理するためには,管理の基準をまず作る必要がある。各種の危険を防止するための施策や,万一の場合の対応策を「Webサイト構築・運用管理基準」として用意しておき,日ごろからこれを順守する。さらに基準の内容を日々改訂していくことが極めて重要である。
ここで留意すべきは,Webサイト構築・運用管理基準には,情報技術(IT)のみならず,ビジネス面の基準を盛り込む,ということである。Webサイト上のコンテンツが関連する法律を順守しているかどうか,ビジネス戦略と合致した内容かどうかを確認する必要があるからだ。これは情報システム部門や通常のWebサイト・マネジャの手に余る,全社の経営課題と言える。
Web管理基準を持つ企業は極少筆者が今年初頭に調べたところ,驚くべきことに,「Webサイト構築・運用管理基準」を持っている銀行はなかった。銀行は行内に明文化された事務処理手順を持っている。新商品やサービスを出すときは,こうした事務の手順との整合性を確認するし,各種の法律を順守しているかどうかを通常はチェックしている。だが,Webサイトだけは治外法権を持つ存在だった。
Web管理基準の有無を調べるきっかけになったのは,ある地方銀行のWebサイト戦略のコンサルティングをしたことである。顧客とWebサイトの活用方法を議論していて,「ところでWebサイトのコンテンツはだれがどういうルールでチェックして公開しているのか」という話になった。その銀行は事実上,野放しに近かった。そこで,主要な地方銀行30数行にアンケートしたところ,管理基準を持っている銀行は1行もなかった。
驚いて,都市銀行あるいは外資系銀行のWebサイト構築を手掛けているシステム・インテグレータ各社に聞いてみたところ,彼らも「そうした基準書は見たことがない」と答えてきた。Webサイトの技術的な設計基準のようなものは存在するが,ビジネス面まで含めた管理基準はないという。
やむを得ず筆者なりに,Webサイト構築・運用管理基準のたたき台を作ってみた(表参照)。金融機関を対象に作ったが,ここで列挙した項目はすべての業種の企業に使えるはずである。Webサイト構築・運用管理基準がカバーすべき代表的な項目としては,次の8点が考えられる。