筆者:吉川 日出行氏

みずほ情報総研コンサルティング部シニアマネジャー
技術士(情報工学部門)。情報共有や情報活用を主テーマに企業内情報システムに関するコンサルティングを展開中。

 「ニコニコ動画」が登場して約10カ月が経過した。このわずかな期間で登録会員数は350万人を超え,ネットの世界で一大ムーブメントになっている。10月18日には台湾版がオープンし,国際展開も始まった。一体,ニコニコ動画の何がそんなに凄いのか。

 ニコニコ動画を文化的側面から分析した記事はすでにIT系メディアやブログ界隈に溢れているので,本稿では企業の人間が注目すべきポイントを1つ紹介したい。それは,ニコニコ動画で自然発生的に起こっている「コンテンツのマッシュアップ式開発手法」である。マッシュアップとは,既存のいろいろなコンテンツを,自分で新しく作ったものと組み合わせて新たな作品を生み出す手法だ。筆者はニコニコ動画のマッシュアップ式開発手法が,企業における集合知活用型製品開発手法として応用できるのではないかと真面目に考えている。

良作生まれる要素が揃うニコニコ動画

 まず,ニコニコ動画の簡単な説明から始めたい。ニコニコ動画が人気を呼んだ最大の理由は「疑似同期型コミュニケーション」の実現にある。これは,実際は別の時間にアクセスしているのに,その場で皆が同時に動画を見ているかのような感覚を引き起こす仕組みで,生み出されるライブ感が画期的だ。それに惹かれて,日々多数のユーザーがニコニコ動画に集まり,集まったユーザーに見て貰おうと,毎日何百という動画作品が投稿される(*1)。このように,ネット上で熱意と才能を持つ人が急激かつ大量に集まったことで,ニコニコ動画は単なるWebサイトではなく,自己表現の“場”へと昇華している。

*1 テレビ番組やDVDなどを丸ごと投稿するユーザーも存在する。こうした行為は著作権侵害の可能性が高く,大きな問題となっている。

 ニコニコ動画には良質の作品を生み出す作者だけではなく,それに対して確かな鑑定眼をもつ観衆,適切なアドバイスを送る者といった様々な人が集う。良き作品を生み出すために必要な要素がほとんど揃っている。この良い観衆を求めてさらに多くの作者が集まり,投稿動画のレベルがますます上がってゆく。

 ニコニコ動画にアップロードされる作品のジャンルは多様だ。そこでは参加者がそれぞれ自分の得意とする技を「歌ってみた」「踊ってみた」「描いてみた」「演奏してみた」「(映像を)つなぎ合わせてみた」といった形で発表する(*2)。それらに対して観衆は,また思い思いに感想や作品の改善点を指摘していく。

*2 「歌ってみた」「踊ってみた」「描いてみた」「演奏してみた」という行為の場合も,その対象が完全な自分のオリジナル作品でない場合,著作権侵害の可能性がある。ただし,この件を議論すると長くなるので,本稿ではあえて作品創作という面だけを取り上げ,著作権の問題には触れずに議論を進めることを注記しておく。

自然発生で生まれた分業体制

 ネット発のコンテンツ自体はこれまでにも沢山あったし,「電車男」のように書籍化や映画化などで,商業的成功を収めたものもある。しかし,これまでのネット発コンテンツは特定の個人だけで作成されたものが多かった。作成の過程において観衆や読者からの感想・フィードバックを受けて内容を微調整したり,周辺の作品に刺激されることはあっても基本的には1作品=1作者であった。アスキーアートやFlashコンテンツのようにマッシュアップ式で作成されたコンテンツも一部にはあったが,数量的には大きなものではなかった。

 ところがニコニコ動画では,そこに投稿される動画の数が増えるに従い,それらを再利用し,マッシュアップ式で作られたコンテンツが爆発的に増えた。再利用は映像や音楽の素材だけではなく,「空耳」や「嘘字幕」「逆再生」といったアイデアの再利用も含まれる。

 マッシュアップ式の作品作成は,過去の作品の優れた部分を生かした上で新しく自分が得意とする部分を付け足す形で行われる。ある人が作曲した曲に他の人が歌詞を付け,それを歌が得意な人が歌い上げ,さらにはプロモーション・ビデオ風の映像を付ける,といった具合である。

 元々プロの世界では分業するのは当たり前だが,それは全体を統括するディレクターやプロデューサーがいてのことである。一方,ニコニコ動画では統制者がいない完全にフラットな形で分業が進んでいるのである。これは注目に値する。こうしたマッシュアップ式の試行過程では,当然それを見ている観衆によって良い作品とそうでないモノとが選別される。同時に,各作品への細かな意見や要望が提出され,作者はそれらを次のバージョンで反映し,作品の完成度を高めてゆくのである。