夏の入江 5
- 2017/04/24
- 23:06
入江は干満の差が激しく
そのタイミングには潮が早く流れた。
私は海辺の町に育ちながら
水泳晩生だったから
年長の子供達が海パンのポケットにコインをねじ込み
対岸まで泳いで渡り
向こう岸にある駄菓子屋でアイスキャンデーを食べて
再び泳いで帰ってくる様を羨望の眼差しで眺めるだけだった。
私の初トライは小学校の高学年になって
しかも安全を考え浮き輪を持っての横断
ところが浮き輪があだになった
潮の流れの影響を逆に受けやすいのだ
文字通り安全策で持って行った浮き輪が足かせになってしまったのだった。
大きなループを描き
無駄に遠回りして漸く対岸に付き
足が浅瀬に届いた時の感動は忘れられない
それだから
念願のアイスキャンデーを食べている時も
帰りの事しか考えられなかった。
アウエーからホームに戻るのも
やはり大変だったが
浮輪無しを決断した次のトライは
私にとってはエベレストに登る思いだった
もしも
今の私なら即断念しただろう
少年は冒険という言葉にすこぶる弱いのだ。
思い出の海が今でも残っていることは喜ばしい事だろうが
私の知る限りの私等の夏の入江は
本当の意味での夏の入江は今はもうない。