09/30 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 第二話 |
第二話
第四章
1
八月二十四日、月曜日、、
知念の部屋に五人が集まっていた。
「走馬君、三国佳代のゆくえも、カルロの足跡も、王竜虎も深い霧の中。これではホシに負ける。ボクのアイデアなんだが、君と村田探偵をひと組にしたい。君にとっては探偵術が習える。村田先輩は警視庁の近況を君から聞ける。だがね、村田先輩は、特捜中の特捜だった。IQ一三〇。多くの勝ち星を上げた人だ。つまり、走馬君が捜査官であっても村田先輩の上司ではない」
「係長、当然です。喜んでお請けします」
「今夕、新橋に村田先輩を招く。君の門出を祝いたい。それじゃあ、丸子君を呼んでくれないか?」
走馬が部屋を出て行った。よほど嬉しいのか走馬の足取りが軽かった。
「丸子君、射撃の練習へ行こう。ボクはこのコルト・リボルバーが怖くてしょうがないんだ。こんなものを携行したら気になって尋問すらも出来ない。どうしてこんな役に立たない代物をくれたんだろう」
「先輩、指導員に連絡します。午後二時でどうでしょう?」
ハンクが出て行った。夏目と有坂が部屋に来た。
「君たちは、岩波技師から新しい暗号とその解読を習ってくれないか?」
「いつからですか?」
「たった今から。岩波さんには、話してある。午後三時半に、ここへ戻ってくれないか?」
2
五人が新橋のひよこへ行った。村田探偵はすでに来ていてバーのストールに腰かけて飲んでいた。個室に案内された。それぞれが村田に挨拶した。村田は刑事とは違う雰囲気を持っていた。その大きな目で見つめるのである。走馬がプレッシャーを感じた。
「夏目君、有坂君、ボクらは何でも食うからオーダー頼む」
ふたりがメニューに鉛筆で、〇印を入れていた。その間、ハンクが生ビールをオーダーした。
「丸子君、サントリーの二級を貰ってくれんかな?」
「はい、村田先輩、かしこまりました」
「知念君、今夜、俺を招いたのは、何か魂胆があるのかね?」
「魂胆というほどのものでもないんです。酒宴です」と走馬優を訓練してくれと話した。知念は、IQの高い村田先輩と走馬のコンビほど重要なものはないと信じていた。
「走馬君は優等生だってねえ。ああ、いいよ」と二の返事である。それで要件は終わった。
ウエイター二人が焼き鳥の大皿、ジョッキに入った生ビール、サントリーを持って来た。ハンクと勝子が仲睦まじく話していた。
「ふたりはいい夫婦になるなあ」
「エエ~?」
「俺、こう見えても探偵さまだよ」
村田がギョロ目で、夏目葵の尻を見ていた。
「先輩のご家族は、お元気でしょうか?」
「ああ、俺が出っ放しなんで、喜んどるよ。ところで知念君は、いくつになったんかね?」
「先月、三十九になりました」
「そろそろ妻を娶れ」
「はあ?」
「夏目君は、いい女房になると思うよ」
「エエ~?」と葵が言ったが嬉しそうである。
「村田先輩、そうすると、ボクだけがチョンガ―になってしまう。困るなあ」
「走馬君、君には、彼女はいないのかね?」
「いやいや、おりますよ。こんな好い男を女性が放っておくわけがない」と知念が言うと、ハンク、夏目、有坂の三人が走馬の顔を見た。
「係長、後生だから、やめてくださいよ」
知念が村田に双子説を話した。村田が目を瞑って聞いていた。
「俺、その双子に興味がある」
「先輩、夏目君に賛成ですか?」
「まあ、そうだ」
3
「サイモン、あの女たちをどうするつもりなんだ?」
ミハイルの声に、いつにない怒りがあった。
「デーモンの餌だよ」
「そんなことするなら、デーモンを殺す」
「ハハハ、ビルマニシキ蛇は、ミハイルには殺せない」
「サイモン、車を盗んだんで、警察がボクを探している。隠れているのが嫌になった。ボクは外国へ逃げたい」
「ミハイル、もう引き下がれない。兄ちゃんを助けてくれ」
「二人で外国へ行こう」
「イタリアか?」
「いや、タンザニアに行こう。アフリカなら誰もボクを笑わない。キリマンジャロの雪の中で死にたい」
兄弟が見つめ合っていた。
「サイモン、女性刑事を襲うのは良くない。後生だからやめてくれ」
「ミハイル、嫌だなあ、ボクはやっていないよ」
「でも、その長野県警の元刑事の娘たちを誘拐するの?ボクは嫌だよ」
「ちえみと順子はどうしてる?」
「ボクとママゴトしてる。雨が降る夜に外に出している。あの灰色の部屋、生臭いんだ」
「デーモンはどうしてる?」
「こないだ、うっすら目を開けてちえみを見ていた」
「腹が減ったんだな。そろそろ餌を食わすか?ちえみを見てたんだな?ミハイル、ボクの身に危険が迫った。ひと仕事しなければ、お縄頂戴なんだ。仕事が終わったら、上海に行こう。沖へ出て、フィリピンのマグロ漁船で行く」
「いつ?」
「クリスマス過ぎを考えている」
続く、、
第四章
1
八月二十四日、月曜日、、
知念の部屋に五人が集まっていた。
「走馬君、三国佳代のゆくえも、カルロの足跡も、王竜虎も深い霧の中。これではホシに負ける。ボクのアイデアなんだが、君と村田探偵をひと組にしたい。君にとっては探偵術が習える。村田先輩は警視庁の近況を君から聞ける。だがね、村田先輩は、特捜中の特捜だった。IQ一三〇。多くの勝ち星を上げた人だ。つまり、走馬君が捜査官であっても村田先輩の上司ではない」
「係長、当然です。喜んでお請けします」
「今夕、新橋に村田先輩を招く。君の門出を祝いたい。それじゃあ、丸子君を呼んでくれないか?」
走馬が部屋を出て行った。よほど嬉しいのか走馬の足取りが軽かった。
「丸子君、射撃の練習へ行こう。ボクはこのコルト・リボルバーが怖くてしょうがないんだ。こんなものを携行したら気になって尋問すらも出来ない。どうしてこんな役に立たない代物をくれたんだろう」
「先輩、指導員に連絡します。午後二時でどうでしょう?」
ハンクが出て行った。夏目と有坂が部屋に来た。
「君たちは、岩波技師から新しい暗号とその解読を習ってくれないか?」
「いつからですか?」
「たった今から。岩波さんには、話してある。午後三時半に、ここへ戻ってくれないか?」
2
五人が新橋のひよこへ行った。村田探偵はすでに来ていてバーのストールに腰かけて飲んでいた。個室に案内された。それぞれが村田に挨拶した。村田は刑事とは違う雰囲気を持っていた。その大きな目で見つめるのである。走馬がプレッシャーを感じた。
「夏目君、有坂君、ボクらは何でも食うからオーダー頼む」
ふたりがメニューに鉛筆で、〇印を入れていた。その間、ハンクが生ビールをオーダーした。
「丸子君、サントリーの二級を貰ってくれんかな?」
「はい、村田先輩、かしこまりました」
「知念君、今夜、俺を招いたのは、何か魂胆があるのかね?」
「魂胆というほどのものでもないんです。酒宴です」と走馬優を訓練してくれと話した。知念は、IQの高い村田先輩と走馬のコンビほど重要なものはないと信じていた。
「走馬君は優等生だってねえ。ああ、いいよ」と二の返事である。それで要件は終わった。
ウエイター二人が焼き鳥の大皿、ジョッキに入った生ビール、サントリーを持って来た。ハンクと勝子が仲睦まじく話していた。
「ふたりはいい夫婦になるなあ」
「エエ~?」
「俺、こう見えても探偵さまだよ」
村田がギョロ目で、夏目葵の尻を見ていた。
「先輩のご家族は、お元気でしょうか?」
「ああ、俺が出っ放しなんで、喜んどるよ。ところで知念君は、いくつになったんかね?」
「先月、三十九になりました」
「そろそろ妻を娶れ」
「はあ?」
「夏目君は、いい女房になると思うよ」
「エエ~?」と葵が言ったが嬉しそうである。
「村田先輩、そうすると、ボクだけがチョンガ―になってしまう。困るなあ」
「走馬君、君には、彼女はいないのかね?」
「いやいや、おりますよ。こんな好い男を女性が放っておくわけがない」と知念が言うと、ハンク、夏目、有坂の三人が走馬の顔を見た。
「係長、後生だから、やめてくださいよ」
知念が村田に双子説を話した。村田が目を瞑って聞いていた。
「俺、その双子に興味がある」
「先輩、夏目君に賛成ですか?」
「まあ、そうだ」
3
「サイモン、あの女たちをどうするつもりなんだ?」
ミハイルの声に、いつにない怒りがあった。
「デーモンの餌だよ」
「そんなことするなら、デーモンを殺す」
「ハハハ、ビルマニシキ蛇は、ミハイルには殺せない」
「サイモン、車を盗んだんで、警察がボクを探している。隠れているのが嫌になった。ボクは外国へ逃げたい」
「ミハイル、もう引き下がれない。兄ちゃんを助けてくれ」
「二人で外国へ行こう」
「イタリアか?」
「いや、タンザニアに行こう。アフリカなら誰もボクを笑わない。キリマンジャロの雪の中で死にたい」
兄弟が見つめ合っていた。
「サイモン、女性刑事を襲うのは良くない。後生だからやめてくれ」
「ミハイル、嫌だなあ、ボクはやっていないよ」
「でも、その長野県警の元刑事の娘たちを誘拐するの?ボクは嫌だよ」
「ちえみと順子はどうしてる?」
「ボクとママゴトしてる。雨が降る夜に外に出している。あの灰色の部屋、生臭いんだ」
「デーモンはどうしてる?」
「こないだ、うっすら目を開けてちえみを見ていた」
「腹が減ったんだな。そろそろ餌を食わすか?ちえみを見てたんだな?ミハイル、ボクの身に危険が迫った。ひと仕事しなければ、お縄頂戴なんだ。仕事が終わったら、上海に行こう。沖へ出て、フィリピンのマグロ漁船で行く」
「いつ?」
「クリスマス過ぎを考えている」
続く、、
09/29 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 第二話 |
第二話
第三章
1
八月十七日、月曜日、、
前捜査一課の捜査官であった村田寅雄は私立探偵である。村田がチームに加わってから、一週間が経った。村田から第二報が届いた。驚くべきことが書いてあった。
――仁科君、三国金次郎と話した。金次郎は、お盆に息子の秋武の墓に参った。墓前にダリアと白ユリの花が供えられていた。秋武の墓前に花を供えるのは金次郎夫婦だけである。金次郎が豊野駅の構内にある花屋に行った。二十五歳くらいの女性が八月十日に、ダリアと白ユリを買った記録があった。女性は日本にはない仕立てのいいスーツを着ていた。その女性は、グレタ・ガルボが被っていたようなツバの広い白い帽子が似合っていた。左首に痣があるだけで、ダイアナ王妃のように美しかったと女店主が言った。そのダイアナが三国佳代と思われる、、
知念が四人の部下を部屋に呼んだ。
「お盆休みも無く、悪いが、ことを急ぐ。佳代の居場所を突きとめることが最優先だ」
「先輩、でも、カルロは、われわれと同様に、三国佳代の居場所を知らないはずですが?」
「夏目君、その通りだ。例の新聞記事で誘う。走馬君、君に記事を書いて貰う」
二十四時間経ったが、不発で終わった。
――カルロは警戒しているのだろうと知念が思った。
知念が仁科の部屋に行って話していた。そこへ国際犯罪部からメモが届いた。この件に関して警視庁内でメールを禁止していたからだ。メモが知念を驚かした。
――ロンドン警視庁が、当時、バンカーヒルの孤児院で働いていた看護婦を見つけた。彼女の記憶では、カヨと名乗った少女は日本語しか話せなかった。カヨを東洋人の夫婦が引き取った。その東洋人は大学教授のように知的な風貌を持った人だった。日本人である可能性が高い。だが、イギリスには多くの日本人が住んでいる。今では、それが誰なのか知る由もない。ロンドン警視庁はロンドンデイリーの全国版に新聞広告を出した。だが、網に掛かる者はいなかった。
「部長、当時、ロンドンにいた日本人を洗い出せますか?」
「外務省だが、あいつら警視庁には非協力的な態度で有名だからね」
知念が外務省に問い合わせたが、犯罪者でない限り判らないというすげない返事だった。だが、知念は「東洋人」というところが気に掛かった。だが、東洋人は何億もいる、、その東洋人の里親とは誰なのか?その里親は養子縁組を許されたのか?
「日本と違って、イギリスでは、だいたい里親が養父母になる。特に実の母親が、三年が経っても名乗り出ない場合です」と外務省の回答だった。里親とは、親の病気、家出、離婚、そのほかいろいろな事情により家庭で暮らせない子どもたちを、自分の家庭に迎え入れて養育する人のことをいう。 里親制度は、児童福祉法に基づいて、里親となることを希望する家庭に子どもの養育をお願いする制度である。
――すると佳代を引き取った東洋人の里親は佳代に何を教育したのか?
「仁科課長、二十八年前の冤罪事件を掘り直してみます。その冤罪のファイルはありますか?」
「あるけどね、長野県警は、臭いモノには蓋をするということわざのように事件に拘わった刑事に緘口令を出して徹底的に隠蔽した」
「その冤罪を被った人はどうなったんですか?」
「獄中で首を吊ったんだ」
「ああ、そうでしたね。その記録だけでも欲しいんです」
――土屋星夫(三六歳)独身は、長野県東御市の銀行員。調査部に勤務。資金を借りに来る企業の健康状態の診断を担当。一九八〇年三月、長野県富士見市の泥亀農場を訪問。社長、泥亀軍治と口争いとなり、泥亀を刺殺。実刑六年の禁固刑を言い渡される。翌年十二月三十一日、獄中で自殺。
「課長、これだけなんですか?」
「知念君、この記事を読み給え」
――長野県で発生した「泥亀居酒屋チェーン」の社長、泥亀軍治を刺殺したと銀行員が実刑判決を受け自殺したことに弊社の坂本一郎記者が疑問を持った。当新聞社は毎週、日曜版に連載を決め、社会に国家権力の象徴と言われる警察の実態を暴くことを決定した。この事件は受刑者がすでに死亡しており、重大な人権問題と日本全国の新聞社が取り上げた。この殺人事件は、一九八三年七月、東京最高裁が再審を決定。同年、十二月、最高裁は冤罪事件と判定した。(一九八四年一月十日、日本犯罪新聞社)
「当時、捜査本部も冤罪事件を調査したが、地蔵峠の誘拐事件は三十年後に起きた。捜査一課は長野県警を洗ったが、前にも言ったように頑固に沈黙するか、隠蔽工作に出た。したくても、刑事を拷問して自白させるわけにはいかない(笑い)。それ以来、進展はなかった」と仁科が語った。
その日の午後、知念が四人の部下を部屋に呼んだ。
「走馬君、何か進展はあったかね?」
「先輩、ダイアナですが、花屋の店主の記憶に従ってなんですが、モンタージュ写真を作ったんです」とダイアナ妃のように美しかったという女性の似顔絵を見せた。女性は、豊な胸をしており、黒髪を頭の後ろで結って、鍔の広い白い帽子を被っていた。
「走馬君、それ、どこに配った?」
「元捜査本部の先輩捜査官の一二人、国際犯罪部、中央コンピューター管理室です。知念係長の承認を得られたらインターネットの「尋ね人」に載せます」
「承認の前に、豊野駅の花屋の話を裏付けなければならないね」
「先輩、私たちを送ってください」
夏目と有坂が知念の顔を見つめていた。
「そうだね、いつ出発する?」
「明日の朝九時の新幹線で行きます」
八月十八日、火曜日、、
夏目葵と有坂勝子が豊野駅の土産店の女店主と話していた。店主はふたりを覚えていた。花屋は土産店の一角にあった。女店主の話は、三国金次郎が村田探偵に話した内容と寸分の違いもなかった。夏目と有坂が目を合わしていた。ふたりが警視庁に戻った。午後二時である。
「なるほどね。では走馬君、モンタージュをインターネットに載せよう」
走馬が中央コンピューター管理室に行った。
八月十九日、水曜日、、
中央コンピューター管理室からメモが届いた。
――モンタージュには、五万を超えるレスがあった。ほとんどが落書きであった。一〇〇人ほど当たって見たが、どれも三国佳代ではなかった。
知念と走馬が中央コンピューター管理室に行った。
「岩波さん、いつも有難う。期待してたんですが、どうして反響がなかったんでしょうか?」
「知念係長、グレタ・ガルボの鍔の広い帽子だとか、黒髪を頭の後ろで結い上げていたとか、眉毛が長かったとか、ダイアナ妃のように美しかっただとか、ダイアナの印象が強すぎるんじゃないかと思っています」
「なるほど。普段はそういう服装をしていないと。しかし、特捜部は、このダイアナが三国佳代だと確信しているんです」
「知念先輩、ダイアナの情報を持ってきたのは誰なんですか?」と走馬が知念に聞いた。
「走馬君、それをボクは君にも言えない。約束なんだ」
「先輩、痩せましたね?」
「夏痩せさ」
第三章
1
八月十七日、月曜日、、
前捜査一課の捜査官であった村田寅雄は私立探偵である。村田がチームに加わってから、一週間が経った。村田から第二報が届いた。驚くべきことが書いてあった。
――仁科君、三国金次郎と話した。金次郎は、お盆に息子の秋武の墓に参った。墓前にダリアと白ユリの花が供えられていた。秋武の墓前に花を供えるのは金次郎夫婦だけである。金次郎が豊野駅の構内にある花屋に行った。二十五歳くらいの女性が八月十日に、ダリアと白ユリを買った記録があった。女性は日本にはない仕立てのいいスーツを着ていた。その女性は、グレタ・ガルボが被っていたようなツバの広い白い帽子が似合っていた。左首に痣があるだけで、ダイアナ王妃のように美しかったと女店主が言った。そのダイアナが三国佳代と思われる、、
知念が四人の部下を部屋に呼んだ。
「お盆休みも無く、悪いが、ことを急ぐ。佳代の居場所を突きとめることが最優先だ」
「先輩、でも、カルロは、われわれと同様に、三国佳代の居場所を知らないはずですが?」
「夏目君、その通りだ。例の新聞記事で誘う。走馬君、君に記事を書いて貰う」
二十四時間経ったが、不発で終わった。
――カルロは警戒しているのだろうと知念が思った。
知念が仁科の部屋に行って話していた。そこへ国際犯罪部からメモが届いた。この件に関して警視庁内でメールを禁止していたからだ。メモが知念を驚かした。
――ロンドン警視庁が、当時、バンカーヒルの孤児院で働いていた看護婦を見つけた。彼女の記憶では、カヨと名乗った少女は日本語しか話せなかった。カヨを東洋人の夫婦が引き取った。その東洋人は大学教授のように知的な風貌を持った人だった。日本人である可能性が高い。だが、イギリスには多くの日本人が住んでいる。今では、それが誰なのか知る由もない。ロンドン警視庁はロンドンデイリーの全国版に新聞広告を出した。だが、網に掛かる者はいなかった。
「部長、当時、ロンドンにいた日本人を洗い出せますか?」
「外務省だが、あいつら警視庁には非協力的な態度で有名だからね」
知念が外務省に問い合わせたが、犯罪者でない限り判らないというすげない返事だった。だが、知念は「東洋人」というところが気に掛かった。だが、東洋人は何億もいる、、その東洋人の里親とは誰なのか?その里親は養子縁組を許されたのか?
「日本と違って、イギリスでは、だいたい里親が養父母になる。特に実の母親が、三年が経っても名乗り出ない場合です」と外務省の回答だった。里親とは、親の病気、家出、離婚、そのほかいろいろな事情により家庭で暮らせない子どもたちを、自分の家庭に迎え入れて養育する人のことをいう。 里親制度は、児童福祉法に基づいて、里親となることを希望する家庭に子どもの養育をお願いする制度である。
――すると佳代を引き取った東洋人の里親は佳代に何を教育したのか?
「仁科課長、二十八年前の冤罪事件を掘り直してみます。その冤罪のファイルはありますか?」
「あるけどね、長野県警は、臭いモノには蓋をするということわざのように事件に拘わった刑事に緘口令を出して徹底的に隠蔽した」
「その冤罪を被った人はどうなったんですか?」
「獄中で首を吊ったんだ」
「ああ、そうでしたね。その記録だけでも欲しいんです」
――土屋星夫(三六歳)独身は、長野県東御市の銀行員。調査部に勤務。資金を借りに来る企業の健康状態の診断を担当。一九八〇年三月、長野県富士見市の泥亀農場を訪問。社長、泥亀軍治と口争いとなり、泥亀を刺殺。実刑六年の禁固刑を言い渡される。翌年十二月三十一日、獄中で自殺。
「課長、これだけなんですか?」
「知念君、この記事を読み給え」
――長野県で発生した「泥亀居酒屋チェーン」の社長、泥亀軍治を刺殺したと銀行員が実刑判決を受け自殺したことに弊社の坂本一郎記者が疑問を持った。当新聞社は毎週、日曜版に連載を決め、社会に国家権力の象徴と言われる警察の実態を暴くことを決定した。この事件は受刑者がすでに死亡しており、重大な人権問題と日本全国の新聞社が取り上げた。この殺人事件は、一九八三年七月、東京最高裁が再審を決定。同年、十二月、最高裁は冤罪事件と判定した。(一九八四年一月十日、日本犯罪新聞社)
「当時、捜査本部も冤罪事件を調査したが、地蔵峠の誘拐事件は三十年後に起きた。捜査一課は長野県警を洗ったが、前にも言ったように頑固に沈黙するか、隠蔽工作に出た。したくても、刑事を拷問して自白させるわけにはいかない(笑い)。それ以来、進展はなかった」と仁科が語った。
その日の午後、知念が四人の部下を部屋に呼んだ。
「走馬君、何か進展はあったかね?」
「先輩、ダイアナですが、花屋の店主の記憶に従ってなんですが、モンタージュ写真を作ったんです」とダイアナ妃のように美しかったという女性の似顔絵を見せた。女性は、豊な胸をしており、黒髪を頭の後ろで結って、鍔の広い白い帽子を被っていた。
「走馬君、それ、どこに配った?」
「元捜査本部の先輩捜査官の一二人、国際犯罪部、中央コンピューター管理室です。知念係長の承認を得られたらインターネットの「尋ね人」に載せます」
「承認の前に、豊野駅の花屋の話を裏付けなければならないね」
「先輩、私たちを送ってください」
夏目と有坂が知念の顔を見つめていた。
「そうだね、いつ出発する?」
「明日の朝九時の新幹線で行きます」
八月十八日、火曜日、、
夏目葵と有坂勝子が豊野駅の土産店の女店主と話していた。店主はふたりを覚えていた。花屋は土産店の一角にあった。女店主の話は、三国金次郎が村田探偵に話した内容と寸分の違いもなかった。夏目と有坂が目を合わしていた。ふたりが警視庁に戻った。午後二時である。
「なるほどね。では走馬君、モンタージュをインターネットに載せよう」
走馬が中央コンピューター管理室に行った。
八月十九日、水曜日、、
中央コンピューター管理室からメモが届いた。
――モンタージュには、五万を超えるレスがあった。ほとんどが落書きであった。一〇〇人ほど当たって見たが、どれも三国佳代ではなかった。
知念と走馬が中央コンピューター管理室に行った。
「岩波さん、いつも有難う。期待してたんですが、どうして反響がなかったんでしょうか?」
「知念係長、グレタ・ガルボの鍔の広い帽子だとか、黒髪を頭の後ろで結い上げていたとか、眉毛が長かったとか、ダイアナ妃のように美しかっただとか、ダイアナの印象が強すぎるんじゃないかと思っています」
「なるほど。普段はそういう服装をしていないと。しかし、特捜部は、このダイアナが三国佳代だと確信しているんです」
「知念先輩、ダイアナの情報を持ってきたのは誰なんですか?」と走馬が知念に聞いた。
「走馬君、それをボクは君にも言えない。約束なんだ」
「先輩、痩せましたね?」
「夏痩せさ」
09/29 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 第二話 |
第二話
第二章
一九九六年十一月の夜、東洋人の母娘がバンカーヒルの孤児院の前に立っていた。北風が吹いている寒い夜だった。母親が娘に赤いウールのコートを着せた。
「ママすぐに帰って来るからね」
母親が三歳の娘に菓子を与えて布地のバッグを持たせた。娘が母親の顔をじっと見つめていた、、
八月十四日、金曜日、、
「サチコ・ロビンソンです」
ミセス、ロビンソンは冷静を装っていた。ミセス、ロビンソンは品のいい女性である。ふたりの捜査官の前に紅茶と角砂糖の入った皿を置いた。
「ミセス、ロビンソン、あなたは日本人ですね?私たちは、あなたに質問があります」と海府がナイフで突き刺すように言った。サチコ・ロビンソンが動揺するのが見えた。
「あなたは、佳代さんを心配していますね?」と今度は重松が核心に迫った。サチコが重松の顔をじっとみた。その目が恐怖に慄いていた。
「ミセス、ロビンソン、私も父親です。ご心配はよくわかります。私たちは、あなたと佳代さんを守るためにこうしてロンドンまでやってきたんです」
すると、サチコ・ロビンソンが驚くべきことを言った。
「私が三国幸子です。でも、娘の居場所を話せません」
「それは、なぜなのですか?」
「私は、日本の新聞をインターネットで読んでいます。地蔵峠人形事件の記事を読んだとき、佳代が殺されると確信したのです」
「私たちを信じてください」
重松が懇願していた。サチコが沈黙した。
「ロビンソンさんのご職業は何ですか?」
「小児科医です」
「もう一度訊きます。佳代さんは今、どこにいますか?」
幸子が沈黙した。
「話す気になられたらメールをください」
重松が、メールアドレスがプリントされた名刺を幸子に渡した。ふたりが地下鉄に乗ってロンドン警視庁へ行った。
「キャノン警部、バーナード・ロビンソンの勤務する病院なり、クリニックを教えてください」
キャノンが病院に電話を掛けてドクター、ロビンソンソンと話した。
「ミスター、シゲマツ、行きましょう」
ドクター、ロビンソンが驚くべきことを語った。
「私の知るところでは、妻のサチコには娘がいたのです。結婚して数か月が経った頃、サチコが偲び泣く声に私は目が覚めたのです。聞くと、三歳の娘を孤児院の階段に置いてきたと言ったのです。その子供が佳代でしょう」
「佳代を見つけましたか?」
「いいえ、佳代は里親が引き受けたんです」
「その里親は?」
「法律で知ることができないんです。私は私立探偵を雇おうと考えました。探偵は罪に問われるからと調査を引き受けなかったのです。それ以来、二十年が経っています」
「それでは、佳代さんはイギリスに住んでいるかどうかも判らないのですね?」
「その通りです」
ホテルに戻った重松が警視庁国際犯罪課の千秋課長にメールを送った。すぐに、レスが返って来た。
――今、仁科課長に転送した。君たちは、週末をロンドンで過ごして、月曜の便で東京に飛んでください、、
東京は金曜の午後三時だった。捜査一課はお盆休暇返上であった。知念が仁科の部屋ヘ行った。「仁科課長、私立探偵を雇ってください」と知念がその理由を話した。仁科が驚いていた。だが退職した先輩に探偵になっている人がいると言った。その先輩は村田寅雄と仁科が言った。
「課長、問題は、ボクがその村田さんにコンタクトするとカルロは、すぐに判るんです」
「わかった。俺の姪が村田先輩にコンタクトする。だが、連絡にメールは使えない。誰かを仲介しないと犯人が知ることになる。村田先輩にその誰かを選んで貰おう」
ここから、カルロと知念のスパイ戦になった。知念が負けまいと決心していた。
八月十四日、、
三国佳代をデータで探していた中央コンピューター管理室からレポートがあった。
――佳代なる女性は全国に三二〇万人もいる。捜査を続けることは不可能である。村田寅雄から「仁科君、引き受けた。これはチャレンジだ」と一報が入った。メモを持って来たのは。警視庁に出入りする弁当屋だった。
第二章
一九九六年十一月の夜、東洋人の母娘がバンカーヒルの孤児院の前に立っていた。北風が吹いている寒い夜だった。母親が娘に赤いウールのコートを着せた。
「ママすぐに帰って来るからね」
母親が三歳の娘に菓子を与えて布地のバッグを持たせた。娘が母親の顔をじっと見つめていた、、
八月十四日、金曜日、、
「サチコ・ロビンソンです」
ミセス、ロビンソンは冷静を装っていた。ミセス、ロビンソンは品のいい女性である。ふたりの捜査官の前に紅茶と角砂糖の入った皿を置いた。
「ミセス、ロビンソン、あなたは日本人ですね?私たちは、あなたに質問があります」と海府がナイフで突き刺すように言った。サチコ・ロビンソンが動揺するのが見えた。
「あなたは、佳代さんを心配していますね?」と今度は重松が核心に迫った。サチコが重松の顔をじっとみた。その目が恐怖に慄いていた。
「ミセス、ロビンソン、私も父親です。ご心配はよくわかります。私たちは、あなたと佳代さんを守るためにこうしてロンドンまでやってきたんです」
すると、サチコ・ロビンソンが驚くべきことを言った。
「私が三国幸子です。でも、娘の居場所を話せません」
「それは、なぜなのですか?」
「私は、日本の新聞をインターネットで読んでいます。地蔵峠人形事件の記事を読んだとき、佳代が殺されると確信したのです」
「私たちを信じてください」
重松が懇願していた。サチコが沈黙した。
「ロビンソンさんのご職業は何ですか?」
「小児科医です」
「もう一度訊きます。佳代さんは今、どこにいますか?」
幸子が沈黙した。
「話す気になられたらメールをください」
重松が、メールアドレスがプリントされた名刺を幸子に渡した。ふたりが地下鉄に乗ってロンドン警視庁へ行った。
「キャノン警部、バーナード・ロビンソンの勤務する病院なり、クリニックを教えてください」
キャノンが病院に電話を掛けてドクター、ロビンソンソンと話した。
「ミスター、シゲマツ、行きましょう」
ドクター、ロビンソンが驚くべきことを語った。
「私の知るところでは、妻のサチコには娘がいたのです。結婚して数か月が経った頃、サチコが偲び泣く声に私は目が覚めたのです。聞くと、三歳の娘を孤児院の階段に置いてきたと言ったのです。その子供が佳代でしょう」
「佳代を見つけましたか?」
「いいえ、佳代は里親が引き受けたんです」
「その里親は?」
「法律で知ることができないんです。私は私立探偵を雇おうと考えました。探偵は罪に問われるからと調査を引き受けなかったのです。それ以来、二十年が経っています」
「それでは、佳代さんはイギリスに住んでいるかどうかも判らないのですね?」
「その通りです」
ホテルに戻った重松が警視庁国際犯罪課の千秋課長にメールを送った。すぐに、レスが返って来た。
――今、仁科課長に転送した。君たちは、週末をロンドンで過ごして、月曜の便で東京に飛んでください、、
東京は金曜の午後三時だった。捜査一課はお盆休暇返上であった。知念が仁科の部屋ヘ行った。「仁科課長、私立探偵を雇ってください」と知念がその理由を話した。仁科が驚いていた。だが退職した先輩に探偵になっている人がいると言った。その先輩は村田寅雄と仁科が言った。
「課長、問題は、ボクがその村田さんにコンタクトするとカルロは、すぐに判るんです」
「わかった。俺の姪が村田先輩にコンタクトする。だが、連絡にメールは使えない。誰かを仲介しないと犯人が知ることになる。村田先輩にその誰かを選んで貰おう」
ここから、カルロと知念のスパイ戦になった。知念が負けまいと決心していた。
八月十四日、、
三国佳代をデータで探していた中央コンピューター管理室からレポートがあった。
――佳代なる女性は全国に三二〇万人もいる。捜査を続けることは不可能である。村田寅雄から「仁科君、引き受けた。これはチャレンジだ」と一報が入った。メモを持って来たのは。警視庁に出入りする弁当屋だった。
09/27 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 第二話 |
第二話
第一章
1
成田国際空港を八月九日、日曜日の午後、一二:三五に出発した日本航空〇四三便が、十三時間後、イギリスの首都ロンドンのヒースロー空港に接近していた。濃霧で視界が全く見えない。だが、高度を下げると滑走路が見えた。午後の四時に着陸した。海府が携帯を見ると、同じ八月九日である。
「先輩、着きましたね」
重松実と海府三郎がロンドン郊外のヒースロー空港に到着したのである。気温が北海道の夏のように低い。携帯で天気を見た。晴れ、気温、十三度Cであった。迎えにきたジョン・キャノン警部と握手をした。背が高いキャノンは、黒いシルクハット、黒いフロックコートが似合っていた。キャノンが、これまた黒いタクシーの後ろのドアを開けた。運転手は紛れもないタクシーの運ちゃんだったが、やけに高姿勢である。
「これ、タクシーですか?」と疑問を感じた重松が流ちょうな英語でジョンに語りかけた。
「いいえ、これは、一九四〇年に作られたオースチンなんです。外国から来られるお客様用の自動車なんです。お気に入りましたか?」
「いやあ、感激です」と海府がロンドン訛りのある英語で答えた。
「ディテクティブ、カイフ、あなたの英語はキングス・イングリッシュですが、どこで習われたのですか?」
「このロンドンのキングスカレッジです。警視庁の国際犯罪課は、アメリカとイギリスへ刑事を留学させたのです」
「ほう、それは知らなかった」
「一般人として入学しましたから、誰も知りませんでした。私の上司である重松警部はボストンへ留学されたんです」
空港からロンドン警視庁に一時間で着いた。通称、スコットランド・ヤードである。警視総監に表敬訪問をした。
「チーフ、この紳士方が東京から来られたミスター、シゲマツとミスター、カイフです」
「ハロー、ミスター、シゲマツ、ミスター、カイフ。お目にかかれて嬉しいです。私はチヤールス・バートランドです。ようこそロンドンへいらっしゃいました」と威厳のある口髭を生やした警視総監が立ち上がって大きな手を出した。
重松が名刺と土産の陶器を渡して部屋を出た。
「さあ、今日は、お疲れだと思います。ロンドン警視庁が用意したホテルに案内します」
又、オースチンに乗った。ドアを開けた運転手が威張っていた。日本人の刑事を運ぶ任務を嫌っていた。海府が無視した。ケンシントン通りのマイルストン・ホテルに行った。青々と 樫の木が茂ったケンシントン公園が横に見えた。
「先輩、あれは、ヨーロッパ栗という栗の木なんです」
オースチンを停めるとシルクハットに蝶ネクタイを締めたコンソアージがドアを開けた。
「キャノン警部さん、お久しぶりです」
ボウイがトランクをカートに乗せた。
「キャノン警部さん、ここ高そうですが?」
「その通り。ロンドンで最も料金が高いホテルですが、外国のお客様用に使っています。東京でも私たちは、ホテル・オ―クラに宿泊させて頂きましたからね」
「警部さん、長逗留になる可能性があるんですが」
「いいんですよ、必要なだけお使いになってください」と立ち去った。すべてが用意されていて、ドアのカードを二枚くれた。ボウイにチップをやろうとしたとき、ボウイが手を左右に振った。
「海府君、外へ出てパブへ行かないか?」
「ええ、ロンドンタワーの近くにシャーロックホームズというパブがありますよ」
「飯はあるの?」
「いえ、ビールとスコッチだけです。ピーナッツすらもありません」
テームズ川のほとりにロンドンタワーが立っていた。防寒帽子を被ったシャーロックホームズがパイプを口に咥えている看板があった。
翌朝の九時、オースチンがやってきた。
「さて、これがロンドン警視庁の調査結果です」
――サチコというネームの女性は、英国に二〇〇人もいる。アイルランドやスコットランドに渡ったのなら調査は不可能。ミス、サチコを年齢層で調べると、六〇人と激減した。ひとりひとりと面会した。サチコ・ロビンソンという女性が東京警視庁の探している人物に適合した。だが、そのミセス、ロビンソンは東京の記録とマッチしなかった。ロビンソン夫妻には子供がいなかった。ミセス、ロビンソンに質問したが、自分は子供ができないと言った。以上
「キャノンさん、サチコ・ロビンソンは嘘を付いているとお考えですか?」
「いや、シゲマツ警部。そうは断言できませんよ」
「サチコ・ロビンソンがミクニ・サチコだったら?」
「あり得ますね。旧姓を聞いたら、スズキと答えた」
「でも、幼い佳代をどうしたんでしょう?」
「子供を孤児院に置き去ったり、その孤児院がその娘を養子に出したなら行方は判らない」
「それで、孤児院にコンタクトされたのでしょうか?」
「イエス、バーナード・ホームという歴史のある児童養護施設がバンカーヒルにあります。そのホームがイギリス全国の孤児院を統括しています」
「何か見つかったんですか?」
「いえ、まだ時日が経っていないので、手を回しておりません」
「警部さん、そのリストを頂けますか?」
キャノン警部がPCに向かうとメールでPDFを送って来た。
「キャノン警部さん、感謝します。ここから私たちが捜査します」
「ヘルプが必要なときは、私に携帯で電話をください」
重松と海府がスコットランド・ヤードを出た。
「海府君、アイルランドのダブリンへ行こう」
「最初に、アイルランドをクリアしたいんですね?」
「三国幸子は娘の佳代と一緒にアイルランドにいるのかも知れないからね。イギリス政府には公開しないフアイルを日本の要請には答えると思うね」
「日ア関係は良好ですから」
「ダブリン行きの列車の時刻表を検索してくれんかね?」
「出発は、明日になります。ホテルへ戻って昼飯を食いましょう」
「列車の時刻表と予約を取ったら、キャノン警部に電話を入れる」
ふたりがランチを食って部屋に戻った。海府がラップトップを起動した。
「ああ、判りました。ロンドンからダブリンへ行くには、七時間ですね。ホーリーヘッドからフェリーです。先輩、朝九時の列車なら午後四時にダブリンに着きます」
「先輩、どうして飛行機を選らばなかったんですか?」
「イギリスは列車の旅がベストと書いてあるからね」
「急がないんですか?」
「このケースは急いだからと答えが出るものじゃない」
「先輩、フロントへ行って、ロンリー・プラネットを買って来ます」
「二冊だよ」
海府がフロントに行っている間、重松がキャノンに電話を掛けた。
――ミスター、シゲマツ、了解した。そっちの仕事が終わったら連絡をください。
海府がガイドブックを持って戻って来た。
「海府君、アイルランドを勉強しようか?」
「ボクは留学時代にアイルランドを鉄道で旅をしたんです。アイルランドは北海道ほどの島で、人口も460万人なんです。新幹線じゃ、ありませんが、のんびりとしているので先輩はお気にいると思いますよ」
「いやあ、俺も古靴のように刑事生活に疲れているからね。時間が、ゆっくりと流れるほうがいいんだ」
「夜、ビクトリア、ステーションへ行きませんか?」
「何かあるの?」
「そこそこ食える店があるんです」
「じゃあ、昼寝しながらガイドブックを読もうか?このロンリー・プラネットは充実してるね」
――アイルランド共和国の首都はダブリン。英国連邦の一部だったが、流血の内戦のあと、一九九九年に独立。通貨はユーロ。大統領制。イギリスと多く共通する部分があるが基本的に独立国、、
「要するに抱き合う仲じゃないと」
「先輩、今年でも北のベルファーストでテロが起きたんですよ。ナショナリストは『完全なる独立』を主張しているんです」
「どこも似たもんだな。しかし、地蔵峠の誘拐犯は何が動機なのかな?」
「先輩、三国幸子と幸子の娘、三国佳代が答えを持っていると思います」
「なぜ?」
「ファイルによると、沢田ちえみ(十九歳)二〇十四年六月一〇日、長野県湯ノ丸高原地蔵峠で消息を絶つ。北原順子(二十三歳)二〇十三年、群馬中之条チャツボミ公園穴地獄で消息を絶つ。この二人は冤罪事件に拘わった長野県警の刑事の娘たちです」と海府が言ってから、ラップトップを起動した。
―沢田健司(事件後退職) 沢田ちえみ(十九)が誘拐された。
―北原慎次郎(事件後退職)北原順子(二十三)が誘拐された。
―竹林洋平(事件後退職)竹林美恵子(二十二)結婚している。
―浅井光男「在職」 浅井みどり(一九)現在、最も狙われている。
―小山鱒二(在職) 息子だけ。
― 三国秋武(事件後病死)。三国幸子(当時、二四歳。現在、五二歳)娘の佳代とイギリスにいるはず。
「重松先輩、これを見てください。小山鱒二には娘はおりません。息子だけです。竹林洋平の娘は二人います。二人とも嫁いでいる。浅井光男にはひとり娘がいます。それと三国秋武は事件直後に病死しています」
「海府君、つまり、狙われているのは、浅井みどりと三国佳代だね?三国佳代はイギリスかアイルランドに住んでいる」
「先輩、われわれの任務は、三国佳代の消息を突きとめることです」
八月十一日、火曜日、、
ふたりの刑事がバッグパックにアイルランドの旅に必要なものを入れていた。階下に降りるとトランクをホテルのロッカーに預けた。それから、ブラックキャブでユーストン駅に行った。海府が予約を取っていたので、すべてがスムースに行った。小型の新幹線のような形をした電車が待っていた。重松が線路を見ると狭軌である。時間通り、電車は発車した。乗務員が紅茶とクッキーを持ってやって来た。狭軌の鉄道は軌道に専有される幅が狭くなる。一九世紀末から二〇世紀前半のヨーロッパの軽便鉄道は、多くが既存の道路の端を使って敷設されたため狭軌なのである。この軽便鉄道を日本も引き継いでいる。
重松が風景を見ていた。そしてペンタックスを取り出した。山というほどの山はない。なだらかな草原が広がっている。馬、牛、羊がのんびりと草を食べていた。イギリスの住宅は暖炉のある館である。屋根の左右に、赤レンガの煙突がふたつある。低い丘陵の上に中世の城があった。黄色い花を満開にしている菜の花畑がその丘陵まで続いている。水田はなく、麦が緑の穂を垂れている。
「絵に描いたように美しいね」
「先輩、食堂車に行きませんか?」
ふたりが食堂車に歩いて行った。だが、食堂ではなく、サンドイッチ、食パン、クロワッサン、飲み物、果物、菓子を陳列した冷蔵庫があった。いわば、スーパーマーケットである。母親とまだ学校に上がっていない女の子が冷蔵庫の扉を開けていた。イギリスの子供たちは、日本やアメリカの子供たちと違っている。騒がないのだ。
「ママ、私、ミルクとビスケット欲しいの」と囁いていた。
ふたりが、ワイン一本、ハム、チーズ、ビスケットを買った。重松が、ずいぶんと安いと思った。レジの男性が無言でワインの栓を抜いてくれた。座席に戻った。座席の前のテーブルに並べた。
「海府君、地図を見ると、ここは昔王国だったウエールスだね。リバプールの西のホーリーヘッドからフェリーでアイルランドに渡る」
ホーリーヘッドに近付いているのか列車が速度を落としていた。高い山があちこちに見えた。列車がトンネルに入った。トンネルを出ると、ホーリーヘッドの港町が見えた。
「海府君、この港町で泊まろうか?」
海府が車掌に、ダブリンまで行く切符を持っているが、ここで降りることは可能か?と訊いていた。
「途中で降りても、切符は有効だそうです」
重松がラップトップでホテルを探した。
「海府君、ボートハウスっていうホテルがある。フェリーの船着き場は、そのボートハウスからに歩いて行ける距離だね」
終点のホーリーヘッドに着いた。海府が携帯を見た。午後の四時である。ボートハウスに電話を掛けると空き室はスイートだけだと言った。値段を訊いた。なんと、一晩、八〇〇〇円なのである。
「ずいぶん安いね」
「英国ポンドが暴落していますから」
ボートハウスにチェックインして、ジャンパーに着がえた。ふたりがカメラを持って港へ歩いて行った。桟橋の上にレストランがあった。デッキのテーブルが賑わっている。八月も中旬なのに気温は一六度C、重松がジャンパーのジッパーを首元まで引き上げた。ハーバーフロント・ビストロが、人気があるのは、フィッシュ&チップスである。ウエイターがふたりをデッキのピクニックテーブルに案内した。日本人が珍しいのか二人を見ていた。フィッシュ&チップスの大皿とアイリッシュビールを頼んだ。ウエイターがトレイに魚の天ぷらと黒いビールのジョッキを持って戻ってきた。
「あなたたちは日本人ですか?」
ウエイターにはアイルランド訛りがあった。
「そうだが、この魚は何なの?」
「アイルランド海で取れるカレイですよ」と海を指さした。
アイルランド人は、この海峡も自分たちのものと命名しているのだ。それが理由なのか、フェリーはアイルランド籍なのである。
ふたりが揚げたカレイを食べていた。ウエイターがビールのお替りは要るかと訊いた。重松がジェイムスンを頼んだ。ジェイムスンはアイリッシュウイスキーの代表格である。ウエイターが紅茶を持って来た。デッキの客が少なくなっていた。フェリーが出るからだ。フェリーが埠頭に停泊していた。巨大な船である。
「聞きたいことがあるんだ」と海府がウエイターにチップを払ってから訊いた。
「何でも」
「アイルランドには日本人が住んでいるかね?」
「ああ、ダブリンにいるよ」
「その日本人たちは何をしている?」
「経済援助ですよ」
「他には?」
「IT企業と日本政府の役人ばかりさ」
――三国幸子も娘の佳代もアイルランドにはいないと重松が直感した。
八月十二日、水曜日、、
アイルランド海峡を渡るフェリーは快適だった。アイルランドの港から電車に乗ってダブリンに着いた。ふたりが改札口で警官にパスポートを提示させられた。警官が驚いていた。
「あなたたちは日本のポリスですか?」
「そうですが、アイルランド警視庁は何処にあるんですか?」と海府がマップを見せた。警官が、一か所を指さした。
ふたりがタクシーに乗り込んだ。十分でダブリン警視庁に着いた。受付に行った。受付の警官が電話を取った。赤毛の女性が現れた。
「刑事部長が会います。こちらへどうぞ」
「東京から来られたんですか?」
海府が要件を述べた。チーフ、ヒギンズが海府のキングイングリッシュに驚いていた。
「ええ、もちろん協力しますよ。日本には、たいへんお世話になっていますから」
ヒギンズは、時間がかかると言った。結果が出次第にメールで知らせると言った。
「では、ヒギンズさん、お願いします。私たちは、ダブリンを観光して、明日のフライトでロンドンに戻ります」
「ロンドン警視庁とは協力関係にあるんですが、なにしろ反イギリス感情が強烈なんです。イギリス人にちょっとでも親切にすると、もの凄い目つきで睨みつけます」
ダブリンの市街もイギリスに似て古風でふたりは気に入った。何が名物か聞くと、「アイリッシュ・パブ」だと言った。
ホテルにチェックインして、重松が警視庁に経緯をメールした。
「海府君、俺ね、退職したら、カミさんと、イギリス連邦に住んでみたいな」
「いいお考えですよ。お子さんたちは社会人ですか?」
「社会人なんてもんじゃないよ。娘も息子も、もう子供がおるんだ。俺の孫さ」と写真を海府に見せた。
時計塔のある角にその有名なアイリッシュ・パブがあった。午後の二時過ぎで、ちょっと早かったが、飲むことにした。
「海府君はウイスキー飲むのかね?」
「ええ好きですが、先輩の前では遠慮します」
「いや、俺に遠慮なんか要らん」
ブッシュミルのダブルを頼んだ。まろやかで喉通りがよい。これがアメリカのバーボンとの違いなのである。メニューを見た。オードブルの三種がある。夕食は、アイルランドでは完全に陽が沈んでからである。
「先輩、タコがありますよ」
ウエイターに訊くと、スペインから来る観光客用に、サラダにしたものだと答えた。タコサラダの他にイワシの酢漬け、ホタテのバター焼きを頼んだ。どれも酒の肴なのだ。重松がニコニコしていた。
ふたりが「マーフィーのアイリッシュ・スタウト」を頼んだ。ネームの響きが理由だった。ウエイターが、ギネスとライトの二種類のビールを混ぜ合わした。すると、ジョッキから泡が溢れ出た。
デイナーのメニューを見せて貰った。「サーフ&ターフ」が一番高かった。「サーフ&ターフ」というのは、ステーキとロブスターの組み合わせである。やはり東京に比べて安い。
「おい、夜、これを食おう」
「これは東京では無理ですからね」
ウエイターがホテルの名前を訊いた。そのホテルの近くにも、アイリッシュ・パブを経営していると言った。ビールの割引券を二枚くれた。
八月十二日、水曜日、、
午後一時、ダブリンから飛行機でロンドンに飛んだ。マイルストン・ホテルに戻った。部屋に入って、シャワーを浴びた。ローブのまま、キャノン警部にホテルに戻ったと報告した。つぎに、警視庁にダブリン警視庁のチーフの話をメールで送った。つぎに、フロントに電話を掛けて、ハム、チーズ、ピーナッツとビールを部屋に持ってきて貰った。
「海府君、イギリスにおるとアル中になるね」
「先輩、イギリスはまだしも、アイルランドは気候が陰鬱なのでパブが多いんです。男たちは、陽が暮れたらパブに入りびたりなんです」
「家族は?」
「飲んだくれの亭主なんかと夕食を食わないんですよ。つまり、給料さえ持って帰ればね」
海府がラップトップを起動すると、ダブリンのヒギンズからメールが入っていた。疲れが出たのか、ソファでまどろんでいる重松を起こした。重松が洗面所ヘ行った。歯を磨いて戻って来た。重松は清潔な男である。
――ミスター、シゲマツ、サチコ・ミクニにつき、このような結果が出ました。サチコは、二十年前、ダブリンに住んでいた。ドーターのカヨも一緒だった。この情報はアパートの大家から得たものです。大家は、サチコにはハズバンドがいなかったと言っている。アイルランドは小さな国です。現在、サチコ・ミクニという人物はアイルランドには存在しない。
「先輩、思った通りです。すると、イギリスはおろか、ヨーロッパの国に住んでいる可能性まであります」
「気の遠くなる話だね」
「先輩、だけど、ボクは、彼女はイギリスに住んでいると思います」
「なぜ?」
「言葉はそう簡単に身に着かないものです。さらに、日本人の子供連れの女性がフランスやドイツに移住するとは考えられません」
「わかった、三国幸子と娘の佳代を追跡しよう。まず、サチコ・ロビンソンと面会しよう」
「サチコ・ロビンソンの日本の戸籍を突きとめれば、全容が見えると思います」
「彼女が協力に消極的な理由を君が考えてくれ」
「先輩、娘の佳代を守っているんじゃないかと思うんです」
「どうして?」
「もしも佳代が日本にいるとしたら?」
「海府君は脳みそが新鮮なんだね」
「はあ?」
第一章
1
成田国際空港を八月九日、日曜日の午後、一二:三五に出発した日本航空〇四三便が、十三時間後、イギリスの首都ロンドンのヒースロー空港に接近していた。濃霧で視界が全く見えない。だが、高度を下げると滑走路が見えた。午後の四時に着陸した。海府が携帯を見ると、同じ八月九日である。
「先輩、着きましたね」
重松実と海府三郎がロンドン郊外のヒースロー空港に到着したのである。気温が北海道の夏のように低い。携帯で天気を見た。晴れ、気温、十三度Cであった。迎えにきたジョン・キャノン警部と握手をした。背が高いキャノンは、黒いシルクハット、黒いフロックコートが似合っていた。キャノンが、これまた黒いタクシーの後ろのドアを開けた。運転手は紛れもないタクシーの運ちゃんだったが、やけに高姿勢である。
「これ、タクシーですか?」と疑問を感じた重松が流ちょうな英語でジョンに語りかけた。
「いいえ、これは、一九四〇年に作られたオースチンなんです。外国から来られるお客様用の自動車なんです。お気に入りましたか?」
「いやあ、感激です」と海府がロンドン訛りのある英語で答えた。
「ディテクティブ、カイフ、あなたの英語はキングス・イングリッシュですが、どこで習われたのですか?」
「このロンドンのキングスカレッジです。警視庁の国際犯罪課は、アメリカとイギリスへ刑事を留学させたのです」
「ほう、それは知らなかった」
「一般人として入学しましたから、誰も知りませんでした。私の上司である重松警部はボストンへ留学されたんです」
空港からロンドン警視庁に一時間で着いた。通称、スコットランド・ヤードである。警視総監に表敬訪問をした。
「チーフ、この紳士方が東京から来られたミスター、シゲマツとミスター、カイフです」
「ハロー、ミスター、シゲマツ、ミスター、カイフ。お目にかかれて嬉しいです。私はチヤールス・バートランドです。ようこそロンドンへいらっしゃいました」と威厳のある口髭を生やした警視総監が立ち上がって大きな手を出した。
重松が名刺と土産の陶器を渡して部屋を出た。
「さあ、今日は、お疲れだと思います。ロンドン警視庁が用意したホテルに案内します」
又、オースチンに乗った。ドアを開けた運転手が威張っていた。日本人の刑事を運ぶ任務を嫌っていた。海府が無視した。ケンシントン通りのマイルストン・ホテルに行った。青々と 樫の木が茂ったケンシントン公園が横に見えた。
「先輩、あれは、ヨーロッパ栗という栗の木なんです」
オースチンを停めるとシルクハットに蝶ネクタイを締めたコンソアージがドアを開けた。
「キャノン警部さん、お久しぶりです」
ボウイがトランクをカートに乗せた。
「キャノン警部さん、ここ高そうですが?」
「その通り。ロンドンで最も料金が高いホテルですが、外国のお客様用に使っています。東京でも私たちは、ホテル・オ―クラに宿泊させて頂きましたからね」
「警部さん、長逗留になる可能性があるんですが」
「いいんですよ、必要なだけお使いになってください」と立ち去った。すべてが用意されていて、ドアのカードを二枚くれた。ボウイにチップをやろうとしたとき、ボウイが手を左右に振った。
「海府君、外へ出てパブへ行かないか?」
「ええ、ロンドンタワーの近くにシャーロックホームズというパブがありますよ」
「飯はあるの?」
「いえ、ビールとスコッチだけです。ピーナッツすらもありません」
テームズ川のほとりにロンドンタワーが立っていた。防寒帽子を被ったシャーロックホームズがパイプを口に咥えている看板があった。
翌朝の九時、オースチンがやってきた。
「さて、これがロンドン警視庁の調査結果です」
――サチコというネームの女性は、英国に二〇〇人もいる。アイルランドやスコットランドに渡ったのなら調査は不可能。ミス、サチコを年齢層で調べると、六〇人と激減した。ひとりひとりと面会した。サチコ・ロビンソンという女性が東京警視庁の探している人物に適合した。だが、そのミセス、ロビンソンは東京の記録とマッチしなかった。ロビンソン夫妻には子供がいなかった。ミセス、ロビンソンに質問したが、自分は子供ができないと言った。以上
「キャノンさん、サチコ・ロビンソンは嘘を付いているとお考えですか?」
「いや、シゲマツ警部。そうは断言できませんよ」
「サチコ・ロビンソンがミクニ・サチコだったら?」
「あり得ますね。旧姓を聞いたら、スズキと答えた」
「でも、幼い佳代をどうしたんでしょう?」
「子供を孤児院に置き去ったり、その孤児院がその娘を養子に出したなら行方は判らない」
「それで、孤児院にコンタクトされたのでしょうか?」
「イエス、バーナード・ホームという歴史のある児童養護施設がバンカーヒルにあります。そのホームがイギリス全国の孤児院を統括しています」
「何か見つかったんですか?」
「いえ、まだ時日が経っていないので、手を回しておりません」
「警部さん、そのリストを頂けますか?」
キャノン警部がPCに向かうとメールでPDFを送って来た。
「キャノン警部さん、感謝します。ここから私たちが捜査します」
「ヘルプが必要なときは、私に携帯で電話をください」
重松と海府がスコットランド・ヤードを出た。
「海府君、アイルランドのダブリンへ行こう」
「最初に、アイルランドをクリアしたいんですね?」
「三国幸子は娘の佳代と一緒にアイルランドにいるのかも知れないからね。イギリス政府には公開しないフアイルを日本の要請には答えると思うね」
「日ア関係は良好ですから」
「ダブリン行きの列車の時刻表を検索してくれんかね?」
「出発は、明日になります。ホテルへ戻って昼飯を食いましょう」
「列車の時刻表と予約を取ったら、キャノン警部に電話を入れる」
ふたりがランチを食って部屋に戻った。海府がラップトップを起動した。
「ああ、判りました。ロンドンからダブリンへ行くには、七時間ですね。ホーリーヘッドからフェリーです。先輩、朝九時の列車なら午後四時にダブリンに着きます」
「先輩、どうして飛行機を選らばなかったんですか?」
「イギリスは列車の旅がベストと書いてあるからね」
「急がないんですか?」
「このケースは急いだからと答えが出るものじゃない」
「先輩、フロントへ行って、ロンリー・プラネットを買って来ます」
「二冊だよ」
海府がフロントに行っている間、重松がキャノンに電話を掛けた。
――ミスター、シゲマツ、了解した。そっちの仕事が終わったら連絡をください。
海府がガイドブックを持って戻って来た。
「海府君、アイルランドを勉強しようか?」
「ボクは留学時代にアイルランドを鉄道で旅をしたんです。アイルランドは北海道ほどの島で、人口も460万人なんです。新幹線じゃ、ありませんが、のんびりとしているので先輩はお気にいると思いますよ」
「いやあ、俺も古靴のように刑事生活に疲れているからね。時間が、ゆっくりと流れるほうがいいんだ」
「夜、ビクトリア、ステーションへ行きませんか?」
「何かあるの?」
「そこそこ食える店があるんです」
「じゃあ、昼寝しながらガイドブックを読もうか?このロンリー・プラネットは充実してるね」
――アイルランド共和国の首都はダブリン。英国連邦の一部だったが、流血の内戦のあと、一九九九年に独立。通貨はユーロ。大統領制。イギリスと多く共通する部分があるが基本的に独立国、、
「要するに抱き合う仲じゃないと」
「先輩、今年でも北のベルファーストでテロが起きたんですよ。ナショナリストは『完全なる独立』を主張しているんです」
「どこも似たもんだな。しかし、地蔵峠の誘拐犯は何が動機なのかな?」
「先輩、三国幸子と幸子の娘、三国佳代が答えを持っていると思います」
「なぜ?」
「ファイルによると、沢田ちえみ(十九歳)二〇十四年六月一〇日、長野県湯ノ丸高原地蔵峠で消息を絶つ。北原順子(二十三歳)二〇十三年、群馬中之条チャツボミ公園穴地獄で消息を絶つ。この二人は冤罪事件に拘わった長野県警の刑事の娘たちです」と海府が言ってから、ラップトップを起動した。
―沢田健司(事件後退職) 沢田ちえみ(十九)が誘拐された。
―北原慎次郎(事件後退職)北原順子(二十三)が誘拐された。
―竹林洋平(事件後退職)竹林美恵子(二十二)結婚している。
―浅井光男「在職」 浅井みどり(一九)現在、最も狙われている。
―小山鱒二(在職) 息子だけ。
― 三国秋武(事件後病死)。三国幸子(当時、二四歳。現在、五二歳)娘の佳代とイギリスにいるはず。
「重松先輩、これを見てください。小山鱒二には娘はおりません。息子だけです。竹林洋平の娘は二人います。二人とも嫁いでいる。浅井光男にはひとり娘がいます。それと三国秋武は事件直後に病死しています」
「海府君、つまり、狙われているのは、浅井みどりと三国佳代だね?三国佳代はイギリスかアイルランドに住んでいる」
「先輩、われわれの任務は、三国佳代の消息を突きとめることです」
八月十一日、火曜日、、
ふたりの刑事がバッグパックにアイルランドの旅に必要なものを入れていた。階下に降りるとトランクをホテルのロッカーに預けた。それから、ブラックキャブでユーストン駅に行った。海府が予約を取っていたので、すべてがスムースに行った。小型の新幹線のような形をした電車が待っていた。重松が線路を見ると狭軌である。時間通り、電車は発車した。乗務員が紅茶とクッキーを持ってやって来た。狭軌の鉄道は軌道に専有される幅が狭くなる。一九世紀末から二〇世紀前半のヨーロッパの軽便鉄道は、多くが既存の道路の端を使って敷設されたため狭軌なのである。この軽便鉄道を日本も引き継いでいる。
重松が風景を見ていた。そしてペンタックスを取り出した。山というほどの山はない。なだらかな草原が広がっている。馬、牛、羊がのんびりと草を食べていた。イギリスの住宅は暖炉のある館である。屋根の左右に、赤レンガの煙突がふたつある。低い丘陵の上に中世の城があった。黄色い花を満開にしている菜の花畑がその丘陵まで続いている。水田はなく、麦が緑の穂を垂れている。
「絵に描いたように美しいね」
「先輩、食堂車に行きませんか?」
ふたりが食堂車に歩いて行った。だが、食堂ではなく、サンドイッチ、食パン、クロワッサン、飲み物、果物、菓子を陳列した冷蔵庫があった。いわば、スーパーマーケットである。母親とまだ学校に上がっていない女の子が冷蔵庫の扉を開けていた。イギリスの子供たちは、日本やアメリカの子供たちと違っている。騒がないのだ。
「ママ、私、ミルクとビスケット欲しいの」と囁いていた。
ふたりが、ワイン一本、ハム、チーズ、ビスケットを買った。重松が、ずいぶんと安いと思った。レジの男性が無言でワインの栓を抜いてくれた。座席に戻った。座席の前のテーブルに並べた。
「海府君、地図を見ると、ここは昔王国だったウエールスだね。リバプールの西のホーリーヘッドからフェリーでアイルランドに渡る」
ホーリーヘッドに近付いているのか列車が速度を落としていた。高い山があちこちに見えた。列車がトンネルに入った。トンネルを出ると、ホーリーヘッドの港町が見えた。
「海府君、この港町で泊まろうか?」
海府が車掌に、ダブリンまで行く切符を持っているが、ここで降りることは可能か?と訊いていた。
「途中で降りても、切符は有効だそうです」
重松がラップトップでホテルを探した。
「海府君、ボートハウスっていうホテルがある。フェリーの船着き場は、そのボートハウスからに歩いて行ける距離だね」
終点のホーリーヘッドに着いた。海府が携帯を見た。午後の四時である。ボートハウスに電話を掛けると空き室はスイートだけだと言った。値段を訊いた。なんと、一晩、八〇〇〇円なのである。
「ずいぶん安いね」
「英国ポンドが暴落していますから」
ボートハウスにチェックインして、ジャンパーに着がえた。ふたりがカメラを持って港へ歩いて行った。桟橋の上にレストランがあった。デッキのテーブルが賑わっている。八月も中旬なのに気温は一六度C、重松がジャンパーのジッパーを首元まで引き上げた。ハーバーフロント・ビストロが、人気があるのは、フィッシュ&チップスである。ウエイターがふたりをデッキのピクニックテーブルに案内した。日本人が珍しいのか二人を見ていた。フィッシュ&チップスの大皿とアイリッシュビールを頼んだ。ウエイターがトレイに魚の天ぷらと黒いビールのジョッキを持って戻ってきた。
「あなたたちは日本人ですか?」
ウエイターにはアイルランド訛りがあった。
「そうだが、この魚は何なの?」
「アイルランド海で取れるカレイですよ」と海を指さした。
アイルランド人は、この海峡も自分たちのものと命名しているのだ。それが理由なのか、フェリーはアイルランド籍なのである。
ふたりが揚げたカレイを食べていた。ウエイターがビールのお替りは要るかと訊いた。重松がジェイムスンを頼んだ。ジェイムスンはアイリッシュウイスキーの代表格である。ウエイターが紅茶を持って来た。デッキの客が少なくなっていた。フェリーが出るからだ。フェリーが埠頭に停泊していた。巨大な船である。
「聞きたいことがあるんだ」と海府がウエイターにチップを払ってから訊いた。
「何でも」
「アイルランドには日本人が住んでいるかね?」
「ああ、ダブリンにいるよ」
「その日本人たちは何をしている?」
「経済援助ですよ」
「他には?」
「IT企業と日本政府の役人ばかりさ」
――三国幸子も娘の佳代もアイルランドにはいないと重松が直感した。
八月十二日、水曜日、、
アイルランド海峡を渡るフェリーは快適だった。アイルランドの港から電車に乗ってダブリンに着いた。ふたりが改札口で警官にパスポートを提示させられた。警官が驚いていた。
「あなたたちは日本のポリスですか?」
「そうですが、アイルランド警視庁は何処にあるんですか?」と海府がマップを見せた。警官が、一か所を指さした。
ふたりがタクシーに乗り込んだ。十分でダブリン警視庁に着いた。受付に行った。受付の警官が電話を取った。赤毛の女性が現れた。
「刑事部長が会います。こちらへどうぞ」
「東京から来られたんですか?」
海府が要件を述べた。チーフ、ヒギンズが海府のキングイングリッシュに驚いていた。
「ええ、もちろん協力しますよ。日本には、たいへんお世話になっていますから」
ヒギンズは、時間がかかると言った。結果が出次第にメールで知らせると言った。
「では、ヒギンズさん、お願いします。私たちは、ダブリンを観光して、明日のフライトでロンドンに戻ります」
「ロンドン警視庁とは協力関係にあるんですが、なにしろ反イギリス感情が強烈なんです。イギリス人にちょっとでも親切にすると、もの凄い目つきで睨みつけます」
ダブリンの市街もイギリスに似て古風でふたりは気に入った。何が名物か聞くと、「アイリッシュ・パブ」だと言った。
ホテルにチェックインして、重松が警視庁に経緯をメールした。
「海府君、俺ね、退職したら、カミさんと、イギリス連邦に住んでみたいな」
「いいお考えですよ。お子さんたちは社会人ですか?」
「社会人なんてもんじゃないよ。娘も息子も、もう子供がおるんだ。俺の孫さ」と写真を海府に見せた。
時計塔のある角にその有名なアイリッシュ・パブがあった。午後の二時過ぎで、ちょっと早かったが、飲むことにした。
「海府君はウイスキー飲むのかね?」
「ええ好きですが、先輩の前では遠慮します」
「いや、俺に遠慮なんか要らん」
ブッシュミルのダブルを頼んだ。まろやかで喉通りがよい。これがアメリカのバーボンとの違いなのである。メニューを見た。オードブルの三種がある。夕食は、アイルランドでは完全に陽が沈んでからである。
「先輩、タコがありますよ」
ウエイターに訊くと、スペインから来る観光客用に、サラダにしたものだと答えた。タコサラダの他にイワシの酢漬け、ホタテのバター焼きを頼んだ。どれも酒の肴なのだ。重松がニコニコしていた。
ふたりが「マーフィーのアイリッシュ・スタウト」を頼んだ。ネームの響きが理由だった。ウエイターが、ギネスとライトの二種類のビールを混ぜ合わした。すると、ジョッキから泡が溢れ出た。
デイナーのメニューを見せて貰った。「サーフ&ターフ」が一番高かった。「サーフ&ターフ」というのは、ステーキとロブスターの組み合わせである。やはり東京に比べて安い。
「おい、夜、これを食おう」
「これは東京では無理ですからね」
ウエイターがホテルの名前を訊いた。そのホテルの近くにも、アイリッシュ・パブを経営していると言った。ビールの割引券を二枚くれた。
八月十二日、水曜日、、
午後一時、ダブリンから飛行機でロンドンに飛んだ。マイルストン・ホテルに戻った。部屋に入って、シャワーを浴びた。ローブのまま、キャノン警部にホテルに戻ったと報告した。つぎに、警視庁にダブリン警視庁のチーフの話をメールで送った。つぎに、フロントに電話を掛けて、ハム、チーズ、ピーナッツとビールを部屋に持ってきて貰った。
「海府君、イギリスにおるとアル中になるね」
「先輩、イギリスはまだしも、アイルランドは気候が陰鬱なのでパブが多いんです。男たちは、陽が暮れたらパブに入りびたりなんです」
「家族は?」
「飲んだくれの亭主なんかと夕食を食わないんですよ。つまり、給料さえ持って帰ればね」
海府がラップトップを起動すると、ダブリンのヒギンズからメールが入っていた。疲れが出たのか、ソファでまどろんでいる重松を起こした。重松が洗面所ヘ行った。歯を磨いて戻って来た。重松は清潔な男である。
――ミスター、シゲマツ、サチコ・ミクニにつき、このような結果が出ました。サチコは、二十年前、ダブリンに住んでいた。ドーターのカヨも一緒だった。この情報はアパートの大家から得たものです。大家は、サチコにはハズバンドがいなかったと言っている。アイルランドは小さな国です。現在、サチコ・ミクニという人物はアイルランドには存在しない。
「先輩、思った通りです。すると、イギリスはおろか、ヨーロッパの国に住んでいる可能性まであります」
「気の遠くなる話だね」
「先輩、だけど、ボクは、彼女はイギリスに住んでいると思います」
「なぜ?」
「言葉はそう簡単に身に着かないものです。さらに、日本人の子供連れの女性がフランスやドイツに移住するとは考えられません」
「わかった、三国幸子と娘の佳代を追跡しよう。まず、サチコ・ロビンソンと面会しよう」
「サチコ・ロビンソンの日本の戸籍を突きとめれば、全容が見えると思います」
「彼女が協力に消極的な理由を君が考えてくれ」
「先輩、娘の佳代を守っているんじゃないかと思うんです」
「どうして?」
「もしも佳代が日本にいるとしたら?」
「海府君は脳みそが新鮮なんだね」
「はあ?」
09/26 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第二十三章
八月六日、木曜日、、
夏目葵が資料を配った。走馬も出席していた。
「知念君、始め給え」
「ワンルンホウを聴取するため特捜部の捜査官が高崎へ急行しました。その住所には、王竜虎は存在しなかった」と投射機のスイッチを入れた。草津号、長野原草津口駅、バス、湯の華ホテルが写った。
「これは、有坂刑事が撮ったビデオなんです。このビデオから草津温泉の土地勘をつかんでください。ボク、走馬君、夏目君、有坂君、丸子君の五人は、王竜虎がAだと推測しています。主犯のAと共犯のBはどのように北原順子を浚ったのか?二人の女性を殺害したとするなら、何故、この回りくどい誘拐を計画したのか?それと銀行口座とクレジットカードは、本当に王竜虎のものなのか?王竜虎は実在するのか?王竜虎は一体、誰なのか?多くの疑問があります」
「有坂君、夏目君の双子説なんだが、俺は実に興味があるんだ。草津で丸子君とどういう話をしたのかね?」
「はい、Aと北原さんは、湯の華ホテルに泊まった。フルコースの洋食を取って食べた。ここまでくると、大体、女性は関係を持ちます。翌朝、Aが車を借りたと北原さんに言った。二人が車に乗り込んだ。だが、運転していたのはBです。北原さんは、双子と知らなかった。気が付いたが、麻酔で眠らされた」
ハンクが頷いていた。知念が立ち上がった。
「つぎに、国際犯罪捜査課にロンドンへ捜査官を派遣して頂く要請を出しました」
「知念君、国際部長がロンドンへ捜査官出張を承認した。会議の後で国際犯罪捜査課に行かないか?」
「仁科課長、それは朗報です。必ず何かが判ると思います」
千葉刑事が手を挙げた。
「沢田ちえみが誘拐された六月、俺たちも豊野の三国金次郎を聴取したが、秋武の配偶者に付いて聞き込みをするべきだった。犯人が当局の手が届くことを恐れて、攪乱する目的で殺人を犯す可能性があると思う」
特捜部がざわめいた。仁科が手を上げて静止した。
「知念君、君は、五人では手に負えないと言った。よくわかるよ。先輩の刑事さんたちに加わって貰うことにする」
「ボクには職権がありませんが?」
「俺が指揮を取る。次が君で行こう。それと出席できない山田君は、このまま張っていて貰う。先輩刑事の中で四十代の者にはナンブ小型22口径を供与する.手を挙げ給え」
「では解散」と仁科が言った。知念がハンクに話があると言った。ふたりが知念の部屋に戻った。
「丸子君、王竜虎の捜査結果が気になるね。しかし、カルロがレーダーに現れない」
「係長、ロンドンの件が明らかになった時点で犯人は行動に出ると思います」
「そうなんだ。拳銃を携行しているのは、君とボクだけだ。今夜、ふたりで飲みたいな」
「新橋に行きましょう」
ふたりは高架線の下のバーへ行った。上を電車が通ると、声が聞こえなかった。
「ここなら知られないだろう」
「先輩、カルロは警視庁の内部の動きをよく知っているとおっしゃるんですね?コンピューターのデータをスパイウエアで盗んでいるということでしょうか?」
「それが、最も自然な考えだろう。相手は警視庁に挑戦しているんだ。怪しい職員を割り出そう。君とふたりだけだ」
「そう言っても、警視庁が管轄する一〇二の分署。そこへ他県からの出向者を入れると総勢、四万四千人なんですよ」
「う~む、、割り出すのは、ほとんど不可能だろう。割り出したところで逃走されれば、一巻の終わりだ」
知念が弱音を吐いた。
――先輩は疲れているなあ、、
「先輩、ここ電車が煩いから、ひよこで焼き鳥を食いましょう」
八月七日、金曜日、、
知念、走馬、ハンクが仁科の部屋にいた。
「課長、東御(とうみ)の八〇〇〇人から犯人を洗い出す作業が終わりました。結論から言いますと、カルロは、東御には住んでいなかった。これで、もとの木阿弥に戻ってしまったんです」
「では、残る手は、ロンドンだけになった」
「課長、それで、いつ、国際犯罪課の捜査官はロンドンへ出発するんですか?」
「昨日、出たよ」
「こういう外国相手の捜査はどのくらいの日にちが掛かるんでしょう?」
「俺には、全く判らないね」
「カルロを誘い出すアイデアは、いいと思いますよ」とハンクが言った。
「今、それも検討している。だが、東御(とうみ)が空だと何を餌に誘う?」
「課長、例えば三国佳代。水曜日に夫々が案を持って集まりましょう」
「三国佳代ねえ?気が進まないな」と仁科が反対した。
八月十日、月曜日、、
「日曜日に、国際犯罪捜査官ふたりがロンドンに発った。その捜査結果を待つしかない」
「先輩、その三国幸子ですが、消息が判明すると何が事件の解決につながるんですか?」
「走馬君、カルロは、三国秋武の娘、佳代を攫いたいはずだ。理由は、三国が冤罪事件のリーダーだったからだ」
「係長、ワンルンホウの捜査結果はどうなったんですか?」
「走馬君、王竜虎は明時代の中国の水彩画の歴史的人物なんだ。Bは、または、カルロは、王竜虎の住民票を偽造した。シテイ銀行に口座を開いて、クレジットカードを入手した」
「偽造ですか?中国人らしいですね」
「これだとパスポートも偽造しているだろうね」
「はあ?ヤバクなったら、国外へトンズラするぞと?」
ハンクが走って逃げるジェスチャーをした。夏目と有坂が笑った。
「ところで、夏目君、チャツミゴケ穴地獄の誘拐の脚本は出来たの?」
「私は有坂さんの説に傾いています。カルロと北原さんが歩いて草津温泉へ行った説に賛成なんですが、そのあとの足取りは全く闇の中なんです。ワンルンホウは、ルームサービスで、フルコースの洋食を二人分、取っています。これは北原さんと一緒だったということなのか?証拠がありません。ただ、人間をいとも簡単に誘拐できるんでしょうか?有坂さんが言うように、麻酔を掛けるとかでないと人目に付きますが?」
「走馬君もそう言っている。でも、麻酔ってそんなに簡単に手に入るもんかね?」
「医者なら手に入ります」と走馬が言った。
「医者?」
「係長、私は、ロンドンに出張される重松さんの報告に期待しています」
「三国幸子が見つかるのか?娘の佳代は一緒なのか?ボクも、ロンドンに気を取られている」
第二十三章
八月六日、木曜日、、
夏目葵が資料を配った。走馬も出席していた。
「知念君、始め給え」
「ワンルンホウを聴取するため特捜部の捜査官が高崎へ急行しました。その住所には、王竜虎は存在しなかった」と投射機のスイッチを入れた。草津号、長野原草津口駅、バス、湯の華ホテルが写った。
「これは、有坂刑事が撮ったビデオなんです。このビデオから草津温泉の土地勘をつかんでください。ボク、走馬君、夏目君、有坂君、丸子君の五人は、王竜虎がAだと推測しています。主犯のAと共犯のBはどのように北原順子を浚ったのか?二人の女性を殺害したとするなら、何故、この回りくどい誘拐を計画したのか?それと銀行口座とクレジットカードは、本当に王竜虎のものなのか?王竜虎は実在するのか?王竜虎は一体、誰なのか?多くの疑問があります」
「有坂君、夏目君の双子説なんだが、俺は実に興味があるんだ。草津で丸子君とどういう話をしたのかね?」
「はい、Aと北原さんは、湯の華ホテルに泊まった。フルコースの洋食を取って食べた。ここまでくると、大体、女性は関係を持ちます。翌朝、Aが車を借りたと北原さんに言った。二人が車に乗り込んだ。だが、運転していたのはBです。北原さんは、双子と知らなかった。気が付いたが、麻酔で眠らされた」
ハンクが頷いていた。知念が立ち上がった。
「つぎに、国際犯罪捜査課にロンドンへ捜査官を派遣して頂く要請を出しました」
「知念君、国際部長がロンドンへ捜査官出張を承認した。会議の後で国際犯罪捜査課に行かないか?」
「仁科課長、それは朗報です。必ず何かが判ると思います」
千葉刑事が手を挙げた。
「沢田ちえみが誘拐された六月、俺たちも豊野の三国金次郎を聴取したが、秋武の配偶者に付いて聞き込みをするべきだった。犯人が当局の手が届くことを恐れて、攪乱する目的で殺人を犯す可能性があると思う」
特捜部がざわめいた。仁科が手を上げて静止した。
「知念君、君は、五人では手に負えないと言った。よくわかるよ。先輩の刑事さんたちに加わって貰うことにする」
「ボクには職権がありませんが?」
「俺が指揮を取る。次が君で行こう。それと出席できない山田君は、このまま張っていて貰う。先輩刑事の中で四十代の者にはナンブ小型22口径を供与する.手を挙げ給え」
「では解散」と仁科が言った。知念がハンクに話があると言った。ふたりが知念の部屋に戻った。
「丸子君、王竜虎の捜査結果が気になるね。しかし、カルロがレーダーに現れない」
「係長、ロンドンの件が明らかになった時点で犯人は行動に出ると思います」
「そうなんだ。拳銃を携行しているのは、君とボクだけだ。今夜、ふたりで飲みたいな」
「新橋に行きましょう」
ふたりは高架線の下のバーへ行った。上を電車が通ると、声が聞こえなかった。
「ここなら知られないだろう」
「先輩、カルロは警視庁の内部の動きをよく知っているとおっしゃるんですね?コンピューターのデータをスパイウエアで盗んでいるということでしょうか?」
「それが、最も自然な考えだろう。相手は警視庁に挑戦しているんだ。怪しい職員を割り出そう。君とふたりだけだ」
「そう言っても、警視庁が管轄する一〇二の分署。そこへ他県からの出向者を入れると総勢、四万四千人なんですよ」
「う~む、、割り出すのは、ほとんど不可能だろう。割り出したところで逃走されれば、一巻の終わりだ」
知念が弱音を吐いた。
――先輩は疲れているなあ、、
「先輩、ここ電車が煩いから、ひよこで焼き鳥を食いましょう」
八月七日、金曜日、、
知念、走馬、ハンクが仁科の部屋にいた。
「課長、東御(とうみ)の八〇〇〇人から犯人を洗い出す作業が終わりました。結論から言いますと、カルロは、東御には住んでいなかった。これで、もとの木阿弥に戻ってしまったんです」
「では、残る手は、ロンドンだけになった」
「課長、それで、いつ、国際犯罪課の捜査官はロンドンへ出発するんですか?」
「昨日、出たよ」
「こういう外国相手の捜査はどのくらいの日にちが掛かるんでしょう?」
「俺には、全く判らないね」
「カルロを誘い出すアイデアは、いいと思いますよ」とハンクが言った。
「今、それも検討している。だが、東御(とうみ)が空だと何を餌に誘う?」
「課長、例えば三国佳代。水曜日に夫々が案を持って集まりましょう」
「三国佳代ねえ?気が進まないな」と仁科が反対した。
八月十日、月曜日、、
「日曜日に、国際犯罪捜査官ふたりがロンドンに発った。その捜査結果を待つしかない」
「先輩、その三国幸子ですが、消息が判明すると何が事件の解決につながるんですか?」
「走馬君、カルロは、三国秋武の娘、佳代を攫いたいはずだ。理由は、三国が冤罪事件のリーダーだったからだ」
「係長、ワンルンホウの捜査結果はどうなったんですか?」
「走馬君、王竜虎は明時代の中国の水彩画の歴史的人物なんだ。Bは、または、カルロは、王竜虎の住民票を偽造した。シテイ銀行に口座を開いて、クレジットカードを入手した」
「偽造ですか?中国人らしいですね」
「これだとパスポートも偽造しているだろうね」
「はあ?ヤバクなったら、国外へトンズラするぞと?」
ハンクが走って逃げるジェスチャーをした。夏目と有坂が笑った。
「ところで、夏目君、チャツミゴケ穴地獄の誘拐の脚本は出来たの?」
「私は有坂さんの説に傾いています。カルロと北原さんが歩いて草津温泉へ行った説に賛成なんですが、そのあとの足取りは全く闇の中なんです。ワンルンホウは、ルームサービスで、フルコースの洋食を二人分、取っています。これは北原さんと一緒だったということなのか?証拠がありません。ただ、人間をいとも簡単に誘拐できるんでしょうか?有坂さんが言うように、麻酔を掛けるとかでないと人目に付きますが?」
「走馬君もそう言っている。でも、麻酔ってそんなに簡単に手に入るもんかね?」
「医者なら手に入ります」と走馬が言った。
「医者?」
「係長、私は、ロンドンに出張される重松さんの報告に期待しています」
「三国幸子が見つかるのか?娘の佳代は一緒なのか?ボクも、ロンドンに気を取られている」
09/25 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第二十二章
1
八月五日、水曜日、、
ハンクと有坂勝子が上野から草津行き特急に乗った。社内で評判の弁当を買った。二時間三十分で長野原草津口に着いた。バスで草津温泉へ行った。着くと、河原から湯気が立ち上っていた。正午になっていた。栃の木にとまったクマゼミが騒がしく鳴いていた。
「米治さん、私、チャツボミゴケ公園穴地獄は好きじゃないの。アナジゴクなんて嫌らしいわ」
バスから降りた有坂が言った。
「うん、係長から聞いたよ。明日、チャツボミゴケ公園に行く。公衆便所には行かない」
「旅館だけど、私、一人じゃ怖いわ」
「そう思って、洋室、ベッド二つにしたんです。いい?」
「八丈島で、一緒の部屋で寝た仲よ。あの島も怖かった。宇喜多さんの話ね、いっぺんにロマンが冷めたわ」
十分後、ふたりは湯の華ホテルのロビーにいた。四階建てで、ルームがシングル、ダブル、家族用、団体用と、二四〇室もある巨大なホテルである。女性の予約係がふたりの警察手帳を見て緊張した。
「警視庁の刑事さんですか?女性失踪事件の捜査ですか?」
「そうです。昨年七月十七日または十八日にチェックアウトしたゲストのリストを見せてください」
女性がマネジャーと話していた。マネジャーが事務室に入って、ファイルをプリントした。ハンクと有坂をロビーのテーブルに招いた。ハンクが十七日のリスト、有坂が十八日のリストを手に取って見ていた。宿泊客は、両日共、三〇〇名を超えていた。一人で泊まったのは、十七日、八三名。十八日、七〇名である。
「お時間を取らせてすみません。クレジットカードの記録はありますか?」
「それは個人情報なので公開できません」
ハンクが警視庁の権限を説明した。マネジャーが署名を求めた。
「それと、運転免許証の記録はありますか?」
「駐車場を使う方だけですがあります。ちょっと、待ってください」
マネジャーが事務所に戻ってプリントして戻ってきた。
「一般客の身分証明はどうするんですか?」
「予約制ですので、お名前とご署名を頂くだけなんです。お客様のお部屋ですが、洋室、ベッド二つとなっております。よろしいでしょうか?」
「ボクが予約したんです。サインだけでよろしいんですね」
二人が部屋に行った。荷物は、弁当、下着、カメラ、ラップトップの入ったバックパックだけだった。有坂が、湯を沸かして、お茶を入れた。バルコニーに出て、弁当を開けた。ハンクが有坂を上目使いに見ていた。
「米治さん、どうして、このホテルに決めたの?」
「勝子さん、知念係長からこのホテルを調査するように指示されたんです。疑わしい人物のリストを貰った。これなんだけど、さっきフロントで貰ったファイルと照らし合わす。今日の仕事は、それだけで日が暮れるでしょう」
「疑わしい人物ですって?」
「クレジット会社から取り寄せたデータなんだけど、北原順子を浚ったと思われる人物を搾ったんだ。このホテルが浮上した」
「クレジット会社のデータって何なの」
「勝子さん、去年、草津温泉を訪れた人は、三〇八万人なんだよ。外国人は台湾人が三三%と最も多い。七月十七、十八日は週末だった。草津町商工会議所の統計では、七月十七日。土曜日に訪れた人は、一万四千人だった。昨年七月十七日と十八日に草津温泉に宿泊した人の中で、ひとりで泊まった者を洗い出したところ、二万二千人だった。
「米治さん、この湯の華ホテルに、一人で泊まった客は九〇人前後だったわね」
「勝子さん、ラップトップに取り込もう」
「私が、十七日、十八日の一人泊まりのデータをインプットするわね」
「係長がくれた怪しい人物のリストね、膨大なんだ。湯ノ丸モテルや地蔵峠のロッジまで入っているからね。ボクは湯ノ丸高原に行ってないから、土地勘がない。勝子さん、頼むよ」
「この照合を特捜が期待してるのね?」
ふたりがテーブルを挟んで、黙々と作業に取り掛かった。一時間が経った。
「勝子さん、ボクの横に座ってくれないか?二人で照合しよう」
三時間が経った。マッチするクレジットカードの持ち主は一人だった。ハンクが首をかしげていた。携帯を取った。
「丸子君、何か分かったか?」と知念の声が聞こえた。
「ひとりマッチする者がいます。係長、カードの持ち主は、王竜虎。ワンルンホウと読みます。中国人。住所は、群馬高崎八幡町三三九」
ハンクがテキストを送った。知念が驚いた。
「よし、丸子君、携帯を切って待機していてくれ。今、四時だが、課長と話すから三十分くれ。有坂君はどうしてる?」
「ボクの横に座っていますが?」
「ハハハ、、」
「何が可笑しいんですか?」とハンクが抗議した。知念が仁科の部屋に飛んで行った。仁科がびっくりしていた。仁科が特捜に王竜虎を調査するように指示を出した。捜査官四人が黒いセダンに乗り込んだ。ハンクの携帯が鳴った。知念だった。
「丸子君、明日、草津から警視庁に戻ってくれ」
「先輩、チャツボミゴケはどうします?」
「行きたいのかね?」
「いえ、行きたくないです」
知念が、チャツボミゴケに行かなくて良いと言った。そして料理屋のことを話した。
「勝子さん、この温泉町にモツ煮の店があるらしいよ。和食ばっかりだから、行く?」
2
「いらっしゃいませ。美味しいモツ煮が当店の名物なんですよ。牛のすき焼きもありますが、ご夫婦にはモツ煮をお勧めします。がっつり精が付きますよ」
女将は、ふたりが新婚であるとみていた。有坂が「精が付く」と聞いて真っ赤になった。ハンクが唾を飲み込んだ。とにかくモツ煮を注文した。有坂が下を向いていた。ハンクがテーブルの上に手を伸ばした。有坂も手を伸ばした。その手をハンクが握った。
「ねえ、米治さん、あなたは、おいくつなの?」
「ボクは、二十五だけど?」
「まあ、私より三個も若いのね」
「ボクは、末っ子なので年上の女性が好きなんです」
「私のようなブスでも?」
「八丈島以来、毎晩、勝子姉さんのビキニを夢に見ます」
勝子が真っ赤になった。
「私も米治さんの夢を見るわ」
今度はハンクが赤くなった。
「勝子さん、ボクと結婚してください」とハンクがいきなり言った。勝子がびっくりした。
「私でもいいの?」
それを聞いたハンクは言葉が出なかった。
「米治さん、お銚子頼む?」
「うん、一本だけ」
ハンクが携帯を取り出して知念に「モツ煮」にいるとテキストを送った。テキストを読んだ知念が「今夜だな」と笑っていた。「おい、がんばれ!」と返信した。翌朝、ハンクと勝子がベッドで抱き合っていた。
「私、どうだった?」
「どうって?」
「おバカさんねえ。あんなに痛かったのに」
3
ハンクと勝子が十時に起きてシャワーを二人で浴びた。流れる湯の下で抱き合った。ふたりは立ったまま繋がった。タオルで濡れた体を拭き合った。ハンクが部屋に戻ると軽装に着替えてフロントに電話を掛けた。
「私がマネジャーですが?」
「二〇九号室の丸子ですが、あなたと話がしたいんです。部屋に来て頂きたいんです」
「何か不具合ならメンテを呼びますが?」
「いえ、あなたと話したいんです」
マネジャーがやって来た。マネジャーが菊池と名のった。ハンクが宿泊客のファイルの王竜虎にペンで下線を引いた。
「見た憶えはないですか?」
「昨年の七月十七日ですね?忙しい時期なんで出勤しましたが、憶えていません。自動車免許証のコピーがあるかも知れません」
「チェックアウトしますので、ロビーへ降ります。写しがあったらください」
コピーはなかった。受け付けたのは森村バンビという女性だった。
「バンビですか?」
「母がディズニーのアニメが大好きなんです」
「バンビさん、ワンルンホウを覚えていますか?」
「はい、お名前が珍しいから、よく覚えています。この方は夕刻にチェックインされました。白いフェルトの帽子が似合うハンサムな方でした。お歳は三十歳ぐらいです。お顔は東洋人ですが、西洋人にも見えました。混血かしら?こう言っては何なんですが、胸がときめいたんです。自動車はないって仰いましたので、バスで来られたんでしょう」
「森村さん、ワンルンホウには、連れはいなかったんですか?」
「はい、いませんでした。でも後で来られたら、これだけの宿泊客ですから部屋に入ったかはわかりません」
「それで充分です。たいへん、有難う」
ハンクと有坂がホテルを出た。
「米治さん、バンビなんて、いい名前だわ。大きな成果があったわね」
ゾエは6歳、、
ゾエはイギリスの田舎からロンドン見物にきた。先生も、同級生も、ママも一緒。ゾエは音楽学校でダンスを習っている。6歳で大人の話しができる。イギリスの児童教育は世界一だと思う。まず、大人として扱う。子供のことばで話さない。意見を述べる。人見知りをしない。イギリスの教育の特徴は品を重んじる。ことばが最も重要なんです。日本は野放し教育だと思う。だから、成人になっても俗語を使う。伊勢
第二十二章
1
八月五日、水曜日、、
ハンクと有坂勝子が上野から草津行き特急に乗った。社内で評判の弁当を買った。二時間三十分で長野原草津口に着いた。バスで草津温泉へ行った。着くと、河原から湯気が立ち上っていた。正午になっていた。栃の木にとまったクマゼミが騒がしく鳴いていた。
「米治さん、私、チャツボミゴケ公園穴地獄は好きじゃないの。アナジゴクなんて嫌らしいわ」
バスから降りた有坂が言った。
「うん、係長から聞いたよ。明日、チャツボミゴケ公園に行く。公衆便所には行かない」
「旅館だけど、私、一人じゃ怖いわ」
「そう思って、洋室、ベッド二つにしたんです。いい?」
「八丈島で、一緒の部屋で寝た仲よ。あの島も怖かった。宇喜多さんの話ね、いっぺんにロマンが冷めたわ」
十分後、ふたりは湯の華ホテルのロビーにいた。四階建てで、ルームがシングル、ダブル、家族用、団体用と、二四〇室もある巨大なホテルである。女性の予約係がふたりの警察手帳を見て緊張した。
「警視庁の刑事さんですか?女性失踪事件の捜査ですか?」
「そうです。昨年七月十七日または十八日にチェックアウトしたゲストのリストを見せてください」
女性がマネジャーと話していた。マネジャーが事務室に入って、ファイルをプリントした。ハンクと有坂をロビーのテーブルに招いた。ハンクが十七日のリスト、有坂が十八日のリストを手に取って見ていた。宿泊客は、両日共、三〇〇名を超えていた。一人で泊まったのは、十七日、八三名。十八日、七〇名である。
「お時間を取らせてすみません。クレジットカードの記録はありますか?」
「それは個人情報なので公開できません」
ハンクが警視庁の権限を説明した。マネジャーが署名を求めた。
「それと、運転免許証の記録はありますか?」
「駐車場を使う方だけですがあります。ちょっと、待ってください」
マネジャーが事務所に戻ってプリントして戻ってきた。
「一般客の身分証明はどうするんですか?」
「予約制ですので、お名前とご署名を頂くだけなんです。お客様のお部屋ですが、洋室、ベッド二つとなっております。よろしいでしょうか?」
「ボクが予約したんです。サインだけでよろしいんですね」
二人が部屋に行った。荷物は、弁当、下着、カメラ、ラップトップの入ったバックパックだけだった。有坂が、湯を沸かして、お茶を入れた。バルコニーに出て、弁当を開けた。ハンクが有坂を上目使いに見ていた。
「米治さん、どうして、このホテルに決めたの?」
「勝子さん、知念係長からこのホテルを調査するように指示されたんです。疑わしい人物のリストを貰った。これなんだけど、さっきフロントで貰ったファイルと照らし合わす。今日の仕事は、それだけで日が暮れるでしょう」
「疑わしい人物ですって?」
「クレジット会社から取り寄せたデータなんだけど、北原順子を浚ったと思われる人物を搾ったんだ。このホテルが浮上した」
「クレジット会社のデータって何なの」
「勝子さん、去年、草津温泉を訪れた人は、三〇八万人なんだよ。外国人は台湾人が三三%と最も多い。七月十七、十八日は週末だった。草津町商工会議所の統計では、七月十七日。土曜日に訪れた人は、一万四千人だった。昨年七月十七日と十八日に草津温泉に宿泊した人の中で、ひとりで泊まった者を洗い出したところ、二万二千人だった。
「米治さん、この湯の華ホテルに、一人で泊まった客は九〇人前後だったわね」
「勝子さん、ラップトップに取り込もう」
「私が、十七日、十八日の一人泊まりのデータをインプットするわね」
「係長がくれた怪しい人物のリストね、膨大なんだ。湯ノ丸モテルや地蔵峠のロッジまで入っているからね。ボクは湯ノ丸高原に行ってないから、土地勘がない。勝子さん、頼むよ」
「この照合を特捜が期待してるのね?」
ふたりがテーブルを挟んで、黙々と作業に取り掛かった。一時間が経った。
「勝子さん、ボクの横に座ってくれないか?二人で照合しよう」
三時間が経った。マッチするクレジットカードの持ち主は一人だった。ハンクが首をかしげていた。携帯を取った。
「丸子君、何か分かったか?」と知念の声が聞こえた。
「ひとりマッチする者がいます。係長、カードの持ち主は、王竜虎。ワンルンホウと読みます。中国人。住所は、群馬高崎八幡町三三九」
ハンクがテキストを送った。知念が驚いた。
「よし、丸子君、携帯を切って待機していてくれ。今、四時だが、課長と話すから三十分くれ。有坂君はどうしてる?」
「ボクの横に座っていますが?」
「ハハハ、、」
「何が可笑しいんですか?」とハンクが抗議した。知念が仁科の部屋に飛んで行った。仁科がびっくりしていた。仁科が特捜に王竜虎を調査するように指示を出した。捜査官四人が黒いセダンに乗り込んだ。ハンクの携帯が鳴った。知念だった。
「丸子君、明日、草津から警視庁に戻ってくれ」
「先輩、チャツボミゴケはどうします?」
「行きたいのかね?」
「いえ、行きたくないです」
知念が、チャツボミゴケに行かなくて良いと言った。そして料理屋のことを話した。
「勝子さん、この温泉町にモツ煮の店があるらしいよ。和食ばっかりだから、行く?」
2
「いらっしゃいませ。美味しいモツ煮が当店の名物なんですよ。牛のすき焼きもありますが、ご夫婦にはモツ煮をお勧めします。がっつり精が付きますよ」
女将は、ふたりが新婚であるとみていた。有坂が「精が付く」と聞いて真っ赤になった。ハンクが唾を飲み込んだ。とにかくモツ煮を注文した。有坂が下を向いていた。ハンクがテーブルの上に手を伸ばした。有坂も手を伸ばした。その手をハンクが握った。
「ねえ、米治さん、あなたは、おいくつなの?」
「ボクは、二十五だけど?」
「まあ、私より三個も若いのね」
「ボクは、末っ子なので年上の女性が好きなんです」
「私のようなブスでも?」
「八丈島以来、毎晩、勝子姉さんのビキニを夢に見ます」
勝子が真っ赤になった。
「私も米治さんの夢を見るわ」
今度はハンクが赤くなった。
「勝子さん、ボクと結婚してください」とハンクがいきなり言った。勝子がびっくりした。
「私でもいいの?」
それを聞いたハンクは言葉が出なかった。
「米治さん、お銚子頼む?」
「うん、一本だけ」
ハンクが携帯を取り出して知念に「モツ煮」にいるとテキストを送った。テキストを読んだ知念が「今夜だな」と笑っていた。「おい、がんばれ!」と返信した。翌朝、ハンクと勝子がベッドで抱き合っていた。
「私、どうだった?」
「どうって?」
「おバカさんねえ。あんなに痛かったのに」
3
ハンクと勝子が十時に起きてシャワーを二人で浴びた。流れる湯の下で抱き合った。ふたりは立ったまま繋がった。タオルで濡れた体を拭き合った。ハンクが部屋に戻ると軽装に着替えてフロントに電話を掛けた。
「私がマネジャーですが?」
「二〇九号室の丸子ですが、あなたと話がしたいんです。部屋に来て頂きたいんです」
「何か不具合ならメンテを呼びますが?」
「いえ、あなたと話したいんです」
マネジャーがやって来た。マネジャーが菊池と名のった。ハンクが宿泊客のファイルの王竜虎にペンで下線を引いた。
「見た憶えはないですか?」
「昨年の七月十七日ですね?忙しい時期なんで出勤しましたが、憶えていません。自動車免許証のコピーがあるかも知れません」
「チェックアウトしますので、ロビーへ降ります。写しがあったらください」
コピーはなかった。受け付けたのは森村バンビという女性だった。
「バンビですか?」
「母がディズニーのアニメが大好きなんです」
「バンビさん、ワンルンホウを覚えていますか?」
「はい、お名前が珍しいから、よく覚えています。この方は夕刻にチェックインされました。白いフェルトの帽子が似合うハンサムな方でした。お歳は三十歳ぐらいです。お顔は東洋人ですが、西洋人にも見えました。混血かしら?こう言っては何なんですが、胸がときめいたんです。自動車はないって仰いましたので、バスで来られたんでしょう」
「森村さん、ワンルンホウには、連れはいなかったんですか?」
「はい、いませんでした。でも後で来られたら、これだけの宿泊客ですから部屋に入ったかはわかりません」
「それで充分です。たいへん、有難う」
ハンクと有坂がホテルを出た。
「米治さん、バンビなんて、いい名前だわ。大きな成果があったわね」
ゾエは6歳、、
ゾエはイギリスの田舎からロンドン見物にきた。先生も、同級生も、ママも一緒。ゾエは音楽学校でダンスを習っている。6歳で大人の話しができる。イギリスの児童教育は世界一だと思う。まず、大人として扱う。子供のことばで話さない。意見を述べる。人見知りをしない。イギリスの教育の特徴は品を重んじる。ことばが最も重要なんです。日本は野放し教育だと思う。だから、成人になっても俗語を使う。伊勢
09/24 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第二十一章
八月四日、火曜日、、
「十八年前にロンドンで結婚をねえ?国際犯罪捜査課と相談しないと、どうしようもないね。夏目君、これは難しいぞ。だけど、君は、なぜ三国幸子の消息を知りたいのかね?」
「仁科課長、幸子と佳代が日本に帰国していれば危険だからです」
やはり知念が恐れたように追跡は難しいと国際犯罪課の千秋課長が言った。
「知念君、理由はね、三国幸子が英国人と結婚すると夫の姓を名乗る。『サチコ・ウエリントン』だとか。パスポートも変わる。娘の姓も同じように変わるんだよ」
「君たち、三国幸子がイギリスに住んでいることを口外してはいけない」
「走馬さんは?」と夏目が訊いた。
「東御(とうみ)を探るために、メインフレームと睨み合っている」
「ロンドンの警視庁ですが、スコットランド・ヤードって有名ですよ。三国幸子は必ず見つかると思うわ」
「夏目君、豊野で得たデータを送ってくれないか?」
「もう送ってあります」
「それと、三国幸子の写真は手に入らないかな?」
「そう思って、幸子が生まれたばかりの娘の佳代を抱いている写真と、七五三の記念写真を借りて来ました」
「どれどれ。う~む、幸子は何処にでもいる日本女性だね。佳代の首の左に痣(あざ)があるくらいで、現在は成人だろうから、これが佳代だとは判らないだろう。よし、つぎの手を考えよう」
「先輩、つぎの手ですが、カルロを再び誘い出しましょう」と有坂勝子が言った。
「有坂君、どのような手で?」
――カルロが、一番気にしてることは何か? 額に拳を当てて考えていた夏目葵が口を開いた。
「係長、カルロが、一番気にしているのは、二人組ではないかと特捜本部が、上田、滋野、湯ノ丸キャンプ場、貸し自転車を聞き廻っていることだと思います」
「夏目君、そうだね。すると、クレジットカードでBが浮上するかも知れない。来週の月曜日に、丸子君と有坂君に草津温泉へ行って貰う。草津温泉の旅館に同じクレジットカードが記録されているならと期待する。闇に雲の話しなんだがね」
「係長、今度もボクたち夫婦でしょうか?」とハンクが悪戯っぽい目をして訊いた。
「そうだな、有坂君の身の安全が最優先だからね」と言った知念が微笑んでいた。有坂勝子が赤くなるのを葵が見た。
「係長、私は?」
「夏目君、君は、ボクの連れ添いになって、ここで仕事をしよう」
今度は葵が赤くなった。
「係長、旅館の目撃者もだけど、浅井みどりの安全をどうします?こっちのほうが怖いですよ」
「丸子君が多忙なんで山田松男さんに要請した。浅井みどりのアパートに一室借りて山田さんが張り込んでいる。防犯カメラも設置した。今のところ何も変わらないって言ってる」
朝鮮半島が語られないが、、
北朝鮮の列車ミサイルとか韓国が海面下ミサイルを開発したと動画が流れた。米当局も軍事ブログも取り上げなかった。どうしてか?アメリカは韓国に兵力を置かないことにした。今までのやり方を変えた。傍で見ていようとね。伊勢は賛成だ。
コロナが朝鮮半島まで変える、、
1)アメリカはアフガニスタン撤退で国民が韓国への軍事援助を嫌っている。2)韓国政府の態度は信用できない。3)中国と北朝鮮にひびが入った。4)ロシアは北朝鮮を捨てた。ということで、南北朝鮮がミサイル攻撃をするだろうと見ている。日本は何もしない。だが、いずれは特需が起きる。つまり日本も見ていれば良い。伊勢
第二十一章
八月四日、火曜日、、
「十八年前にロンドンで結婚をねえ?国際犯罪捜査課と相談しないと、どうしようもないね。夏目君、これは難しいぞ。だけど、君は、なぜ三国幸子の消息を知りたいのかね?」
「仁科課長、幸子と佳代が日本に帰国していれば危険だからです」
やはり知念が恐れたように追跡は難しいと国際犯罪課の千秋課長が言った。
「知念君、理由はね、三国幸子が英国人と結婚すると夫の姓を名乗る。『サチコ・ウエリントン』だとか。パスポートも変わる。娘の姓も同じように変わるんだよ」
「君たち、三国幸子がイギリスに住んでいることを口外してはいけない」
「走馬さんは?」と夏目が訊いた。
「東御(とうみ)を探るために、メインフレームと睨み合っている」
「ロンドンの警視庁ですが、スコットランド・ヤードって有名ですよ。三国幸子は必ず見つかると思うわ」
「夏目君、豊野で得たデータを送ってくれないか?」
「もう送ってあります」
「それと、三国幸子の写真は手に入らないかな?」
「そう思って、幸子が生まれたばかりの娘の佳代を抱いている写真と、七五三の記念写真を借りて来ました」
「どれどれ。う~む、幸子は何処にでもいる日本女性だね。佳代の首の左に痣(あざ)があるくらいで、現在は成人だろうから、これが佳代だとは判らないだろう。よし、つぎの手を考えよう」
「先輩、つぎの手ですが、カルロを再び誘い出しましょう」と有坂勝子が言った。
「有坂君、どのような手で?」
――カルロが、一番気にしてることは何か? 額に拳を当てて考えていた夏目葵が口を開いた。
「係長、カルロが、一番気にしているのは、二人組ではないかと特捜本部が、上田、滋野、湯ノ丸キャンプ場、貸し自転車を聞き廻っていることだと思います」
「夏目君、そうだね。すると、クレジットカードでBが浮上するかも知れない。来週の月曜日に、丸子君と有坂君に草津温泉へ行って貰う。草津温泉の旅館に同じクレジットカードが記録されているならと期待する。闇に雲の話しなんだがね」
「係長、今度もボクたち夫婦でしょうか?」とハンクが悪戯っぽい目をして訊いた。
「そうだな、有坂君の身の安全が最優先だからね」と言った知念が微笑んでいた。有坂勝子が赤くなるのを葵が見た。
「係長、私は?」
「夏目君、君は、ボクの連れ添いになって、ここで仕事をしよう」
今度は葵が赤くなった。
「係長、旅館の目撃者もだけど、浅井みどりの安全をどうします?こっちのほうが怖いですよ」
「丸子君が多忙なんで山田松男さんに要請した。浅井みどりのアパートに一室借りて山田さんが張り込んでいる。防犯カメラも設置した。今のところ何も変わらないって言ってる」
朝鮮半島が語られないが、、
北朝鮮の列車ミサイルとか韓国が海面下ミサイルを開発したと動画が流れた。米当局も軍事ブログも取り上げなかった。どうしてか?アメリカは韓国に兵力を置かないことにした。今までのやり方を変えた。傍で見ていようとね。伊勢は賛成だ。
コロナが朝鮮半島まで変える、、
1)アメリカはアフガニスタン撤退で国民が韓国への軍事援助を嫌っている。2)韓国政府の態度は信用できない。3)中国と北朝鮮にひびが入った。4)ロシアは北朝鮮を捨てた。ということで、南北朝鮮がミサイル攻撃をするだろうと見ている。日本は何もしない。だが、いずれは特需が起きる。つまり日本も見ていれば良い。伊勢
09/23 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第二十章
八月三日、月曜日、、
知念とハンクが知念の部屋にいた。知念がハンクと有坂に草津温泉へ行って貰うと伝えた。走馬は、長野県警の対応で仁科に呼ばれていた。
夏目葵からテキストが入った。長野に到着したと短かった。警視庁は、三国秋武、妻の幸子二十四歳、一歳の佳代の親子三人は、長野駅から北東の豊野に三国の両親と住んでいたと認識していた。三国家は、江戸時代からの大農である。広大な田畑に主に米麦を作っていた。特捜は、豊野は「北しなの鉄道」の長野から三つめの駅であると記録していた。
夏目と有坂が乗った「ジーゼル車」は一両である。窓から黒姫山(標高二〇五三メートル)、その後方に、妙高山(二四四五メートル)が聳えているのが見えた。豊野に長野から八分で着いた。豊野は素朴な駅である。駅の売店に「長野産こしひかり」とポスターが貼ってあった。ふたりは、しばらく駅の構内を見ていた。外に出てみると、水田が見渡す限り広がっていた。タクシーが一台停まっていて、運転手が新聞を顔に乗せてまどろんでいた。夏目が近着くと運転手が目を覚ました。
「下田中三番地まで、いいでしょうか?」
「ああ、三国金次郎さんのお宅ですね」
初老の運転手は東京から来たと思われる若い女性たちに関心を持ったようだ。三国金次郎の妻が玄関で迎えた。
「警視庁の刑事さんですね?主人もいます」
農家というが三国家は旧家なので、がっしりとした荘重な印象があった。その大きな家に住んでいるのは老夫婦ふたりだけであった。子供も孫も都会へ行ってしまった。七十七歳の金次郎は妻と毎日、田んぼへ行って雑草を引くのだと言った。
「たいへんですねえ」
「いや、やめたら病気になるからね。収穫期には農協が来ますんで、昔のような重労働ではないんです」
夏目が訊き始めた。
「三国さん、言いたくないことがあるなら言う義務はないのです。ただ未解決誘拐事件なので細かくなります」
「いや、できることは、何でも協力するよ」
「それでは、はじめに、三国秋武さんの奥様ですが、三国幸子さんは、現在、どこにお住まいなんですか?」
金次郎が目を瞑った。
「幸子は娘の佳代を連れて金沢に帰ったんです。幸子の父親は幸子が中学生のときに金沢刑務所で病死したんです。母親も、亡くなったと幸子が言っていた.それから何の連絡もなかったんです。幸子は私の妻と仲が悪かったんです」
「余計なことですが、刑務所で亡くなられた幸子さんの父上は、何の罪で入っていたんですか?」
「秋武が、有価証券詐欺のナントかと言うとったが、わしには、ようわからん」
「その事件は秋武さんを苦しめていましたか?」
「息子は悩んでおった。それに、あの冤罪事件に連座したんだから堪ったもんじゃない。肺癌で死ぬ間際だった、息子は、『娘を残して逝くのは残念だが、もう苦しまなくてもいい』と言うて、目を瞑りよった」
金次郎が手拭いで目を拭った。夏目がひと呼吸置いた。
「すると、現在、金沢に住んでいるのでしょうか?」
「いや、まったく音信を絶ってから二十一年が経っているんです」
夏目が有坂を見た。有坂がこっくりした。もうこれ以上、質問することはないというサインである。
「三国さん、有難うございました」とふたりがお辞儀をすると立ち上がった。
外に出ると、有坂が名刺を貰っていたタクシーを呼んだ。さっきのタクシーが土埃を上げて農道を走って来るのが見えた。豊野駅に戻った。運転手がメーターに手を伸ばした。
「運転手さん、メーターを立てないでください。ちょっと質問があるんです」
「はあ何か?」
「三国幸子さんをご存じですか?」
「ええ、この駅の売店で働いていましたから。あの方も不幸な人でこの土地を離れました」
「幸子さんには、お友達はいましたか?」
「旦那さんが刑事さんなんで敬遠されていました。でも、売店には友達がいたんじゃないかな?」
ふたりが料金を払って車から降りた。そして、まっすぐ売店に行った。六十を越したと思われる女性が警視庁捜査官の身分証明書を見て驚いた。夏目が要件を述べた。
「幸子さんですか?今から十八年も前でしょうか、ロンドンから絵葉書が届いたんです。結婚したと書いてありました」
「その絵葉書をまだお持ちですか?」
「いえ、実は火事で亡くしてしまったんです」
「たいへん助かりました。感謝します」
知念の携帯が鳴った。夏目葵だった。一泊せず、今から東京に戻ると言った。
あなたのコメントが今日のベストです、、
FalconNewsreel
10 hours ago
I was born 1941 in Japan. I know WW2 well and our hard life in the post war. 1967 I was naturalized for US citizen. For 50 years I have been watching US politics. To my sense the US had made a series of poor judgement on her economy. I couldn't believe my ears when GWB invaded Iraq. Christian Army in Islamic country? Nation building Afghanistan? Bubble based economy? Americans are deluded. The US doesn't fall like Roman Empire. She will fall by failed management. Within 20 years America is no longer a giant.
伊勢が「ガードナーのレポート」というサブスクライバーが100万をこえる政治経済ブログに投稿した。すると、アル女性が「あなたのコメントが今日のべストです。サンキュー」とレス。他にも多くの拍手。批判はなかった。すると、アメリカ人の100万人は伊勢と同じアメリカ評を持っているとなる。はっきりとしない人が大多数だと思う。
アメリカは崩壊するわけじゃない、、
レスの中に「財政破綻は、20年以内ではなく、10年以内です」という人がいた。それにも反論はなかった。アメリカのドルが暴落するとドルは基軸通貨ではなくなるんです。でも、かえって、アメリカには福音なんだと思うね。世界の警察官から解放される。本土や同盟国が攻撃されない限り戦争に手を出さない。アメリカは世界を引っ張ってきたことは事実。だけど、余計な戦争で無実の市民を殺したことも事実。ようやく限界を自覚したようです。アメリカはこれからも形を変えて進化する。伊勢
第二十章
八月三日、月曜日、、
知念とハンクが知念の部屋にいた。知念がハンクと有坂に草津温泉へ行って貰うと伝えた。走馬は、長野県警の対応で仁科に呼ばれていた。
夏目葵からテキストが入った。長野に到着したと短かった。警視庁は、三国秋武、妻の幸子二十四歳、一歳の佳代の親子三人は、長野駅から北東の豊野に三国の両親と住んでいたと認識していた。三国家は、江戸時代からの大農である。広大な田畑に主に米麦を作っていた。特捜は、豊野は「北しなの鉄道」の長野から三つめの駅であると記録していた。
夏目と有坂が乗った「ジーゼル車」は一両である。窓から黒姫山(標高二〇五三メートル)、その後方に、妙高山(二四四五メートル)が聳えているのが見えた。豊野に長野から八分で着いた。豊野は素朴な駅である。駅の売店に「長野産こしひかり」とポスターが貼ってあった。ふたりは、しばらく駅の構内を見ていた。外に出てみると、水田が見渡す限り広がっていた。タクシーが一台停まっていて、運転手が新聞を顔に乗せてまどろんでいた。夏目が近着くと運転手が目を覚ました。
「下田中三番地まで、いいでしょうか?」
「ああ、三国金次郎さんのお宅ですね」
初老の運転手は東京から来たと思われる若い女性たちに関心を持ったようだ。三国金次郎の妻が玄関で迎えた。
「警視庁の刑事さんですね?主人もいます」
農家というが三国家は旧家なので、がっしりとした荘重な印象があった。その大きな家に住んでいるのは老夫婦ふたりだけであった。子供も孫も都会へ行ってしまった。七十七歳の金次郎は妻と毎日、田んぼへ行って雑草を引くのだと言った。
「たいへんですねえ」
「いや、やめたら病気になるからね。収穫期には農協が来ますんで、昔のような重労働ではないんです」
夏目が訊き始めた。
「三国さん、言いたくないことがあるなら言う義務はないのです。ただ未解決誘拐事件なので細かくなります」
「いや、できることは、何でも協力するよ」
「それでは、はじめに、三国秋武さんの奥様ですが、三国幸子さんは、現在、どこにお住まいなんですか?」
金次郎が目を瞑った。
「幸子は娘の佳代を連れて金沢に帰ったんです。幸子の父親は幸子が中学生のときに金沢刑務所で病死したんです。母親も、亡くなったと幸子が言っていた.それから何の連絡もなかったんです。幸子は私の妻と仲が悪かったんです」
「余計なことですが、刑務所で亡くなられた幸子さんの父上は、何の罪で入っていたんですか?」
「秋武が、有価証券詐欺のナントかと言うとったが、わしには、ようわからん」
「その事件は秋武さんを苦しめていましたか?」
「息子は悩んでおった。それに、あの冤罪事件に連座したんだから堪ったもんじゃない。肺癌で死ぬ間際だった、息子は、『娘を残して逝くのは残念だが、もう苦しまなくてもいい』と言うて、目を瞑りよった」
金次郎が手拭いで目を拭った。夏目がひと呼吸置いた。
「すると、現在、金沢に住んでいるのでしょうか?」
「いや、まったく音信を絶ってから二十一年が経っているんです」
夏目が有坂を見た。有坂がこっくりした。もうこれ以上、質問することはないというサインである。
「三国さん、有難うございました」とふたりがお辞儀をすると立ち上がった。
外に出ると、有坂が名刺を貰っていたタクシーを呼んだ。さっきのタクシーが土埃を上げて農道を走って来るのが見えた。豊野駅に戻った。運転手がメーターに手を伸ばした。
「運転手さん、メーターを立てないでください。ちょっと質問があるんです」
「はあ何か?」
「三国幸子さんをご存じですか?」
「ええ、この駅の売店で働いていましたから。あの方も不幸な人でこの土地を離れました」
「幸子さんには、お友達はいましたか?」
「旦那さんが刑事さんなんで敬遠されていました。でも、売店には友達がいたんじゃないかな?」
ふたりが料金を払って車から降りた。そして、まっすぐ売店に行った。六十を越したと思われる女性が警視庁捜査官の身分証明書を見て驚いた。夏目が要件を述べた。
「幸子さんですか?今から十八年も前でしょうか、ロンドンから絵葉書が届いたんです。結婚したと書いてありました」
「その絵葉書をまだお持ちですか?」
「いえ、実は火事で亡くしてしまったんです」
「たいへん助かりました。感謝します」
知念の携帯が鳴った。夏目葵だった。一泊せず、今から東京に戻ると言った。
あなたのコメントが今日のベストです、、
FalconNewsreel
10 hours ago
I was born 1941 in Japan. I know WW2 well and our hard life in the post war. 1967 I was naturalized for US citizen. For 50 years I have been watching US politics. To my sense the US had made a series of poor judgement on her economy. I couldn't believe my ears when GWB invaded Iraq. Christian Army in Islamic country? Nation building Afghanistan? Bubble based economy? Americans are deluded. The US doesn't fall like Roman Empire. She will fall by failed management. Within 20 years America is no longer a giant.
伊勢が「ガードナーのレポート」というサブスクライバーが100万をこえる政治経済ブログに投稿した。すると、アル女性が「あなたのコメントが今日のべストです。サンキュー」とレス。他にも多くの拍手。批判はなかった。すると、アメリカ人の100万人は伊勢と同じアメリカ評を持っているとなる。はっきりとしない人が大多数だと思う。
アメリカは崩壊するわけじゃない、、
レスの中に「財政破綻は、20年以内ではなく、10年以内です」という人がいた。それにも反論はなかった。アメリカのドルが暴落するとドルは基軸通貨ではなくなるんです。でも、かえって、アメリカには福音なんだと思うね。世界の警察官から解放される。本土や同盟国が攻撃されない限り戦争に手を出さない。アメリカは世界を引っ張ってきたことは事実。だけど、余計な戦争で無実の市民を殺したことも事実。ようやく限界を自覚したようです。アメリカはこれからも形を変えて進化する。伊勢
09/22 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十九章
1
「私は、つぎの犠牲者が誰なのか考えてみたいのです。実際、二十八年前の冤罪事件が女性誘拐の動機なのか?その線から進めたいのです」
「夏目君、ボクも腑に落ちない。有坂君、どうぞ」
「カルロは、山岳地帯が好きなんです。人目の多い都会で襲撃するとは考え難いんです」
「有坂君、ボクも同感だよ。カルロのパターンだよね。この事件の特長は、ほとんどの誘拐事件が込み合った都会であるのに対して、中央アルプスの美しい高原を選んでいることなんだ。丸子君が、チームに加わった理由は、ご周知の通り、丸子君は、最も頼り甲斐のあるガードだからだ。いわば兵隊だ。丸子君は、ガサイレの体験を持った刑事なんだ。ボクも、走馬君も、実戦体験が全くないんだからね」
「まあ、知念さんは正直なのね。でも、先輩も、走馬さんも、冷静なご性格なんで私たちは安心しているんです」
知念が冤罪事件に拘わった長野県警の刑事のリストを面前にいる四人の部下に送信した。四人がリストを携帯で見ていた。夏目葵が手を挙げた。
「走馬先輩、三国秋武(病死)とありますが、幼い娘がいたはずですが、消息が判らないって仰ってましたよね?」
「そうです。県警本部に聞いたんですが、三国秋武には、幼い娘がいたと言っていました」
「三国秋武の配偶者の名前は?」
知念がラップトップを見ていた。そして面前にいる四人の部下にメールした。
「三国幸子(みくにさちこ)ですね?再婚していたら苗字が変わっていると思う」
「三国秋武は、三十二歳の若さで病死している。幸子は、二十四歳だった。現在は、五十二歳?どこへ移動したのか調べる必要がある。再婚しても、旧姓は記録されているはずだ。夏目君と有坂君がやってくれ給え」
2
「丸子君、これがボクの拳銃だよ」
「はあ?リボルバー?見たことがないピストルですね」
「コルト・リボルバー、マグナムって言うんだ」
「先輩、それ格好いいけど実戦に役立つとは思われません。試してみましょう。指導員に電話します」
ふたりが射撃場に行った。
「ああ、これね、至近距離でしか使えない代物だよ」
「何故ですかね?」
「その短い銃身をショートノーズと言うんだが、射程は、精々、一五メートル、一〇メートルでも当たらないことがある。ただし、マグナム弾三五七は破壊力が高く、爆薬が大きいために、耳がツンボになるほど発射音が大きい。これを天井に向けて一発、撃つと、さすがの暴力団の組長でも手を挙げるんだ」
「なぜ、ボクに、リボルバーをくれたんですか?」
「そもそも、回転式拳銃というのは、見た通り、レンコン見たいな弾倉がある。そこに弾を込める。西部劇でカウボーイが使う銃を想像してもらうと良い。装弾できる数は六発。シンプルな構造であるために、弾詰まり(ジャム)という現象が起きない。いわば初心者向けの拳銃だ。日本の暴力団は回転式拳銃を好む。実際は、自動拳銃が検挙されるほうが多い。理由は、自動式は、十三発の弾がクリップに入るだけでなく、予備のクリップを持っていれば、二十六発も撃つことができるからだよ。戦闘用ってわけだ」
「丸子君のワルサーと撃ち合ったらどうなるんですか?」と知念が心配になっていた。
「確率は、ワルサーの勝ち」
「持ち主にとっては良くない情報ですね」と知念が苦笑した。
「知念さん、ま、音で脅かしなさい」
「素人の知念に、グリップの握り方、装弾、安全子の確認、胸のケースへ入れる練習を繰り返した。四十歳に近い知念は学ぶのが遅かった。
「係長、逮捕に出掛ける一時間前、これを繰り返してください。拳銃は、慣れなければ、いきなり撃てるもんじゃない」
防音ヘッドを着けた。知念が、二十メートルの的を六発撃ったが、一発しか当たらなかった。ハンクのワルサーは全部、的に当たった。
「嫌だなあ」
ふたりが指導員に、感謝して練習場を出た。四時になっていた。
「丸子君、新橋へ行かないか?」
「ボクは、彼女さえもいない、しがないチョンガです。いつでもお付き合いしますよ」
「有坂君とはデキていないのか?」
「まだです」
「じゃあ、夏目君と有坂君の二人に電話してくれないか?」
ひよこは混んでいた。知念が個室を予約していた。警視庁の刑事なのだ。どうしても事件の話になってしまう。四人の刑事は半袖、ノーネクタイ、、サラリーマン風に見えた。いつもの焼き鳥なんだが、チョイスが多くある。夏目葵が好みを聞いていた。葵がひとつひとつ読み上げると欲しい者は手を挙げた。胸肉、皮、ねぎま、ハラミ、軟骨、レバー、砂肝、、どれにも全員が手を挙げた。ビールで乾杯した。炊き込みご飯とコンソメスープが来ると、知念の横に座っていた夏目葵が給仕に手を挙げて、お銚子に変えた。有坂勝子だけがコカコーラを飲んでいた。葵が銚子を取って知念の杯に注いだ。知念が葵を見ていた。ハンクと有坂勝子が並んで座っていた。勝子のほうが、首ひとつ背が高い。トの字の夫婦に見えた。ふたりは、八丈島以来、恐ろしく仲が睦まじい。
「私たちふたりに、三国幸子を追えという指示ですが、住んでいた近所を聞きまわりたいんです」
「長野には出張して欲しくないが、仕方もない。君たち、いつ出発する?」
「月曜日、登庁せず、まっすぐ、長野へ行きます。遅くなったら、一晩泊まります」
「ガードは?」
「山田松男刑事が飛び出して来たので、二度と襲撃しないと思いますが、ニューナンブを出して頂けないですか?」
「弾なしならいいが、拳銃は危険なんだよ」
「弾なしでもいいんです」
「考えておく。君たちが留守中に、ボクが、三国幸子のデータを調べておくよ」
四人が、割り勘で払った。そして立ち上がった。
「夏目君、有坂君、報告を待っているよ」
会話を聞いていたハンクが心配そうな顔になっていた。
続く、、
妖しい花、、
中秋の名月の次の日、曼殊沙華がわが家の庭に咲いた。この花は、雨がそぼ降る夜中に咲く。カソリックのお墓の回りに咲く。「先祖を出迎えるため」と日本。「不吉なことが起きる」とインド。「ハリケーンの予告」とアメリカ。一週間ほどで茎まで消えてしまう。わが青い目のかみさんは初めて見た。「なんか怪しい。怖い花なんて」と大好きになった。伊勢
第十九章
1
「私は、つぎの犠牲者が誰なのか考えてみたいのです。実際、二十八年前の冤罪事件が女性誘拐の動機なのか?その線から進めたいのです」
「夏目君、ボクも腑に落ちない。有坂君、どうぞ」
「カルロは、山岳地帯が好きなんです。人目の多い都会で襲撃するとは考え難いんです」
「有坂君、ボクも同感だよ。カルロのパターンだよね。この事件の特長は、ほとんどの誘拐事件が込み合った都会であるのに対して、中央アルプスの美しい高原を選んでいることなんだ。丸子君が、チームに加わった理由は、ご周知の通り、丸子君は、最も頼り甲斐のあるガードだからだ。いわば兵隊だ。丸子君は、ガサイレの体験を持った刑事なんだ。ボクも、走馬君も、実戦体験が全くないんだからね」
「まあ、知念さんは正直なのね。でも、先輩も、走馬さんも、冷静なご性格なんで私たちは安心しているんです」
知念が冤罪事件に拘わった長野県警の刑事のリストを面前にいる四人の部下に送信した。四人がリストを携帯で見ていた。夏目葵が手を挙げた。
「走馬先輩、三国秋武(病死)とありますが、幼い娘がいたはずですが、消息が判らないって仰ってましたよね?」
「そうです。県警本部に聞いたんですが、三国秋武には、幼い娘がいたと言っていました」
「三国秋武の配偶者の名前は?」
知念がラップトップを見ていた。そして面前にいる四人の部下にメールした。
「三国幸子(みくにさちこ)ですね?再婚していたら苗字が変わっていると思う」
「三国秋武は、三十二歳の若さで病死している。幸子は、二十四歳だった。現在は、五十二歳?どこへ移動したのか調べる必要がある。再婚しても、旧姓は記録されているはずだ。夏目君と有坂君がやってくれ給え」
2
「丸子君、これがボクの拳銃だよ」
「はあ?リボルバー?見たことがないピストルですね」
「コルト・リボルバー、マグナムって言うんだ」
「先輩、それ格好いいけど実戦に役立つとは思われません。試してみましょう。指導員に電話します」
ふたりが射撃場に行った。
「ああ、これね、至近距離でしか使えない代物だよ」
「何故ですかね?」
「その短い銃身をショートノーズと言うんだが、射程は、精々、一五メートル、一〇メートルでも当たらないことがある。ただし、マグナム弾三五七は破壊力が高く、爆薬が大きいために、耳がツンボになるほど発射音が大きい。これを天井に向けて一発、撃つと、さすがの暴力団の組長でも手を挙げるんだ」
「なぜ、ボクに、リボルバーをくれたんですか?」
「そもそも、回転式拳銃というのは、見た通り、レンコン見たいな弾倉がある。そこに弾を込める。西部劇でカウボーイが使う銃を想像してもらうと良い。装弾できる数は六発。シンプルな構造であるために、弾詰まり(ジャム)という現象が起きない。いわば初心者向けの拳銃だ。日本の暴力団は回転式拳銃を好む。実際は、自動拳銃が検挙されるほうが多い。理由は、自動式は、十三発の弾がクリップに入るだけでなく、予備のクリップを持っていれば、二十六発も撃つことができるからだよ。戦闘用ってわけだ」
「丸子君のワルサーと撃ち合ったらどうなるんですか?」と知念が心配になっていた。
「確率は、ワルサーの勝ち」
「持ち主にとっては良くない情報ですね」と知念が苦笑した。
「知念さん、ま、音で脅かしなさい」
「素人の知念に、グリップの握り方、装弾、安全子の確認、胸のケースへ入れる練習を繰り返した。四十歳に近い知念は学ぶのが遅かった。
「係長、逮捕に出掛ける一時間前、これを繰り返してください。拳銃は、慣れなければ、いきなり撃てるもんじゃない」
防音ヘッドを着けた。知念が、二十メートルの的を六発撃ったが、一発しか当たらなかった。ハンクのワルサーは全部、的に当たった。
「嫌だなあ」
ふたりが指導員に、感謝して練習場を出た。四時になっていた。
「丸子君、新橋へ行かないか?」
「ボクは、彼女さえもいない、しがないチョンガです。いつでもお付き合いしますよ」
「有坂君とはデキていないのか?」
「まだです」
「じゃあ、夏目君と有坂君の二人に電話してくれないか?」
ひよこは混んでいた。知念が個室を予約していた。警視庁の刑事なのだ。どうしても事件の話になってしまう。四人の刑事は半袖、ノーネクタイ、、サラリーマン風に見えた。いつもの焼き鳥なんだが、チョイスが多くある。夏目葵が好みを聞いていた。葵がひとつひとつ読み上げると欲しい者は手を挙げた。胸肉、皮、ねぎま、ハラミ、軟骨、レバー、砂肝、、どれにも全員が手を挙げた。ビールで乾杯した。炊き込みご飯とコンソメスープが来ると、知念の横に座っていた夏目葵が給仕に手を挙げて、お銚子に変えた。有坂勝子だけがコカコーラを飲んでいた。葵が銚子を取って知念の杯に注いだ。知念が葵を見ていた。ハンクと有坂勝子が並んで座っていた。勝子のほうが、首ひとつ背が高い。トの字の夫婦に見えた。ふたりは、八丈島以来、恐ろしく仲が睦まじい。
「私たちふたりに、三国幸子を追えという指示ですが、住んでいた近所を聞きまわりたいんです」
「長野には出張して欲しくないが、仕方もない。君たち、いつ出発する?」
「月曜日、登庁せず、まっすぐ、長野へ行きます。遅くなったら、一晩泊まります」
「ガードは?」
「山田松男刑事が飛び出して来たので、二度と襲撃しないと思いますが、ニューナンブを出して頂けないですか?」
「弾なしならいいが、拳銃は危険なんだよ」
「弾なしでもいいんです」
「考えておく。君たちが留守中に、ボクが、三国幸子のデータを調べておくよ」
四人が、割り勘で払った。そして立ち上がった。
「夏目君、有坂君、報告を待っているよ」
会話を聞いていたハンクが心配そうな顔になっていた。
続く、、
妖しい花、、
中秋の名月の次の日、曼殊沙華がわが家の庭に咲いた。この花は、雨がそぼ降る夜中に咲く。カソリックのお墓の回りに咲く。「先祖を出迎えるため」と日本。「不吉なことが起きる」とインド。「ハリケーンの予告」とアメリカ。一週間ほどで茎まで消えてしまう。わが青い目のかみさんは初めて見た。「なんか怪しい。怖い花なんて」と大好きになった。伊勢
09/21 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十八章
七月三十日、木曜日、、
知念が東京ガゼットを読んでいた。東京ガゼットはタブロイドである。資金の手薄なタブロイドはインタビューとゴシップを売り物にしていた。知念は、インタビューを読むのが楽しみなのである。知念がテーマに関心を持った。記事はこう書き出していた。
――スウェーデン王立遺伝子アカデミーの名誉教授であるグスタフ・ストロングホルム博士が本誌のインタビューに応じてくださった。博士は、試験管ベービーXの産みの親なのです。
記者:来日された理由は何ですか?
――私が日本にきた理由は、国立遺伝子研究所に招かれたからなんです。私の共同研究者であったドクター・ヤマネのお墓にも参りました。他にも理由があります。
記者:ベービーXは、成功したんですか?
――まず、何故、私たちが試験管ベービーを実行したのか?スタートから説明します。王立アカデミーでは、賛否が分かれていました。べービーXは、国際社会でも議論になったのです。べービーX以来、試験管で人間の卵子と精子を配合させるのは禁止されています。私、ヤマネ教授、医学博士のマデリーンは、東洋人の留学生とスラブ系女性のふたりから精子と卵子の提供を受けたのです。学生のIQは一三〇。女性のIQも一三〇と非常に高いのが選んだ理由なんです。結合した卵子と精子の培養をドクター・ヤマネが受け持ちました。ドクター・ヤマネが、ベービーXが一卵性双生児であることが判り、子宮提供者のマデリーンと相談しました。双子は男の子でした。マデリーンが出産しました。可愛い赤ちゃんでした。ところが、私たちはあることに悩んだんです。血液検査をすると、RHマイナスだった。これは異常でもなんでもないんですが、遺伝子を調べると、爬虫類にしか見られない染色体が見つかったんです。
記者:爬虫類ですって?蛇とか?トカゲとか?提供者の東洋人は日本人ですか?
――言えません。契約だからです。女性は、東欧のひとです。
記者:爬虫類のDNAが問題なんですか?
――このDNAは歯や爪を構成する遺伝子なんです。双子の兄をサイモン、後で生まれた弟をミハイルと名付けました。
記者:すると恐竜とか?その双子は、現在、歳はいくつですか?
――三十一歳です。
記者:どこにいますか?
――日本の孤児院で育ったんです。どこで、どんな生活をしているのか知りたいんです。東京メトロポリタン・ポリスに相談するために日本に来ました。
記者:日本の孤児院の名前と住所は判りますか?
――いいえ、判りません。ドクター・ヤマネは、双子が2歳と6か月であるとき、運び屋を雇い日本に密かに持ち込んで、ある町の公園に置き去りにしたんです。私がドクター・ヤマネと双子がいないことに気着いて、ストックホルムの探偵を雇ったんです。その探偵を東京に派遣したんです。探偵が問い詰めたんです。ドクター・ヤマネは研究室で自殺しました。永遠の謎が残ったんです。サイモンとミハイルがどこで育って、誰の養子になったのか全く闇の中なんです。
記者:ストロングホルム博士、双子の写真はありますか?
――新生児の時の写真がありますが、お見せすることはできません。公園で見つかった時の写真は、東京メトロポリタン・ポリスが持っていると思います。
記者:いつ東京メトロポリタン・ポリスに行きますか?
――弁護士が必要なんで、当たったんですが、誰も引き受けたがらないんです。協力して頂けますか?
記者:当社はカネがない。多分、ノーでしょう。ストロングホルム博士、本日は、有難うございました。
知念が新聞を鷲つかみにすると、仁科の部屋に走って行った。すれ違った走馬がびっくりした顔になっていた。
「知念君、これを誰にも言わないように。俺と君だけの秘密だ。三十年前の捨て子のデータを中央コンピューター管理室に頼もう。岩波君を呼んでくれないか?」
知念が電話を掛けた。岩波がやって来た。岩波は太った男である。岩波がドカッと椅子に腰を落とした。
「仁科課長、三十年前は、昭和五十年ですね。昭和四十九,五十,五十一年の記録を調査します。数時間で出来ます」
午後一時になった。知念の卓上電話が鳴った。
「岩波です。仁科課長の部屋に行きます。知念さん、お一人で来てください」
知念が飛んで行った。
「これですね」
――場所:三ツ寺公園。群馬県高崎市三ツ寺町221。一卵性双生児。男。名前:サイモンとミハイル。年齢:2歳6か月。メモが残されていた。双子は不思議な人形を持っていた。
「これが写真です」
「岩波君、これボクら三人の極秘とする」
男が、アルバムから写真を二枚剥ぎ取った。それをエアメールの封筒に入れた。差出人をどうしようかと考えていた。
続く、、
今夜のあなたたちはファンタステイック、、
レクシーとクリストファーは11歳。才能はもちろんだけど、その努力は成人並み。レクシーはガールではなく、既に女性に成長している。彼女がボスだけど、クリストファーは英国人。彼女の言うままに振舞う。これが女性を尊敬するイギリスの伝統。ロンドンへ行ったときにテームズ河のほとりにあるシャーロック。ホームズと言うパブに行った。超美人の女性がバーテンだった。彼女は、黒いスカート、白いブラウスに黒いネクタイをしていた。「ミス」とボクが声をかけた。すると、隣に座っていたアメリカ人が「ここはイギリス。女性に声をかかけてはいけない」「じゃあ、オーダーをどうする」「レイデイがくるまで待て」だった。何か、イギリスが分かった気がした。伊勢
第十八章
七月三十日、木曜日、、
知念が東京ガゼットを読んでいた。東京ガゼットはタブロイドである。資金の手薄なタブロイドはインタビューとゴシップを売り物にしていた。知念は、インタビューを読むのが楽しみなのである。知念がテーマに関心を持った。記事はこう書き出していた。
――スウェーデン王立遺伝子アカデミーの名誉教授であるグスタフ・ストロングホルム博士が本誌のインタビューに応じてくださった。博士は、試験管ベービーXの産みの親なのです。
記者:来日された理由は何ですか?
――私が日本にきた理由は、国立遺伝子研究所に招かれたからなんです。私の共同研究者であったドクター・ヤマネのお墓にも参りました。他にも理由があります。
記者:ベービーXは、成功したんですか?
――まず、何故、私たちが試験管ベービーを実行したのか?スタートから説明します。王立アカデミーでは、賛否が分かれていました。べービーXは、国際社会でも議論になったのです。べービーX以来、試験管で人間の卵子と精子を配合させるのは禁止されています。私、ヤマネ教授、医学博士のマデリーンは、東洋人の留学生とスラブ系女性のふたりから精子と卵子の提供を受けたのです。学生のIQは一三〇。女性のIQも一三〇と非常に高いのが選んだ理由なんです。結合した卵子と精子の培養をドクター・ヤマネが受け持ちました。ドクター・ヤマネが、ベービーXが一卵性双生児であることが判り、子宮提供者のマデリーンと相談しました。双子は男の子でした。マデリーンが出産しました。可愛い赤ちゃんでした。ところが、私たちはあることに悩んだんです。血液検査をすると、RHマイナスだった。これは異常でもなんでもないんですが、遺伝子を調べると、爬虫類にしか見られない染色体が見つかったんです。
記者:爬虫類ですって?蛇とか?トカゲとか?提供者の東洋人は日本人ですか?
――言えません。契約だからです。女性は、東欧のひとです。
記者:爬虫類のDNAが問題なんですか?
――このDNAは歯や爪を構成する遺伝子なんです。双子の兄をサイモン、後で生まれた弟をミハイルと名付けました。
記者:すると恐竜とか?その双子は、現在、歳はいくつですか?
――三十一歳です。
記者:どこにいますか?
――日本の孤児院で育ったんです。どこで、どんな生活をしているのか知りたいんです。東京メトロポリタン・ポリスに相談するために日本に来ました。
記者:日本の孤児院の名前と住所は判りますか?
――いいえ、判りません。ドクター・ヤマネは、双子が2歳と6か月であるとき、運び屋を雇い日本に密かに持ち込んで、ある町の公園に置き去りにしたんです。私がドクター・ヤマネと双子がいないことに気着いて、ストックホルムの探偵を雇ったんです。その探偵を東京に派遣したんです。探偵が問い詰めたんです。ドクター・ヤマネは研究室で自殺しました。永遠の謎が残ったんです。サイモンとミハイルがどこで育って、誰の養子になったのか全く闇の中なんです。
記者:ストロングホルム博士、双子の写真はありますか?
――新生児の時の写真がありますが、お見せすることはできません。公園で見つかった時の写真は、東京メトロポリタン・ポリスが持っていると思います。
記者:いつ東京メトロポリタン・ポリスに行きますか?
――弁護士が必要なんで、当たったんですが、誰も引き受けたがらないんです。協力して頂けますか?
記者:当社はカネがない。多分、ノーでしょう。ストロングホルム博士、本日は、有難うございました。
知念が新聞を鷲つかみにすると、仁科の部屋に走って行った。すれ違った走馬がびっくりした顔になっていた。
「知念君、これを誰にも言わないように。俺と君だけの秘密だ。三十年前の捨て子のデータを中央コンピューター管理室に頼もう。岩波君を呼んでくれないか?」
知念が電話を掛けた。岩波がやって来た。岩波は太った男である。岩波がドカッと椅子に腰を落とした。
「仁科課長、三十年前は、昭和五十年ですね。昭和四十九,五十,五十一年の記録を調査します。数時間で出来ます」
午後一時になった。知念の卓上電話が鳴った。
「岩波です。仁科課長の部屋に行きます。知念さん、お一人で来てください」
知念が飛んで行った。
「これですね」
――場所:三ツ寺公園。群馬県高崎市三ツ寺町221。一卵性双生児。男。名前:サイモンとミハイル。年齢:2歳6か月。メモが残されていた。双子は不思議な人形を持っていた。
「これが写真です」
「岩波君、これボクら三人の極秘とする」
男が、アルバムから写真を二枚剥ぎ取った。それをエアメールの封筒に入れた。差出人をどうしようかと考えていた。
続く、、
今夜のあなたたちはファンタステイック、、
レクシーとクリストファーは11歳。才能はもちろんだけど、その努力は成人並み。レクシーはガールではなく、既に女性に成長している。彼女がボスだけど、クリストファーは英国人。彼女の言うままに振舞う。これが女性を尊敬するイギリスの伝統。ロンドンへ行ったときにテームズ河のほとりにあるシャーロック。ホームズと言うパブに行った。超美人の女性がバーテンだった。彼女は、黒いスカート、白いブラウスに黒いネクタイをしていた。「ミス」とボクが声をかけた。すると、隣に座っていたアメリカ人が「ここはイギリス。女性に声をかかけてはいけない」「じゃあ、オーダーをどうする」「レイデイがくるまで待て」だった。何か、イギリスが分かった気がした。伊勢
09/20 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十七章
1
ミハイルが麻袋の間に寝ていた。汽笛に目が覚めた。目をこすって起きた。ネズミが興奮して走りまわるのを少年が見ていた。錨を降ろす音が聞こえた。アレキサンドリアが上海の浦東港の埠頭に繋がれた。甲板のハッチが開いた。新鮮な空気が入って来た。カモメが騒いでいた。やがて静かになった。セーラーの話し声も聞こえない。少年が立ち上がった。麻袋の上に這い登って、ハッチの淵を両手で掴んだ。甲板に出た。誰かが少年の首筋を後ろからつかんだ。
「ハハハ、お前は誰だ?」
ミハイルは答えなかった。
「おい、ネズミ、船に飛び乗ったのか?」
「ボク、ネズミじゃない」
「まあ、怒んな。俺は、レスターだ」
「なんで日本語出来るの?」
「ワイフが日本の女なんだ。ガキもな。船を降りよう」
「ボク、ミハイル。船を降りたら、捕まるから降りない」
空が茜色に染まっていた。西に陽が沈むのが見えた。銅鑼が鳴って鐘を叩く音がした。不思議な音色が聞こえた。その方角を見ると、竜が舞っていた。チャイナタウンだ。横浜の中華街より大きい。
「おじさん、ここどこ?」
「上海だよ」
「ボク、お腹が空いた」
「今夜は、サーカスの宴会だ。中華料理だがな。さあ、降りようか?」
「ボク降りられない」
「俺の息子ということでOKだよ」
入国検査の役人がレスターと少年を見た。
「マイ、ナンバーワンサン」
「ノット、ユアサン」
レスターが、財布を開けて、十ドル札を見せた。役人が「もう十ドル出せ」と人指し指を曲げて要求した。レスターが、二十ドル渡した。ふたりがゲートを出た。
「おじさん、本当にOKなんだね?」
「ここはチャイナだ」
レスターが口笛を吹いた。人力車がやって来た。
「ワイタン(外灘)、シャンハイロウ(上海楼)」とレスターが流暢な中国語で車夫に行き先を言った。
「シャオダオレ(了解)」と車夫が言った。
外灘に着いた。祭りなのか、子供たちが爆竹を投げていた。ミハイルの足元で弾けた。中国人は、色とりどりの着物を着ていた。ドラゴンが踊っていた。ミハイルの心が躍っった。上海は、でっかいチャイナタウンなのだ。車夫が人力車をシャンハイロウの前で停めた。
「チーシーユアン(七十元)」と手を出した。
「ノーレンミンビン(人民元を持ってない)」
「ニッポンエンクレ」
レスターが千円札を車夫に渡した。
「シエシエ」
ボーイがふたりを宴会場に案内した。宴会場には六十人はいた。サーカス団だとレスターが言った。白い制服を着たマドロスが十二人いた。招待されたのだ。
オクラホマ・ブラザースの団長がアレキサンドリアのクルーに感謝した。
「東京の興行は大成功だった。日本は偉大な国だからだ。上海はわからない。ここで六か月間、興行する。明日、動物を船から降ろす。今回の巡業は、スタッフが五十人でチャイニーズを雇うが、手が足りない。みんな頑張ってくれ。それでは、乾杯!」
団長のバスターがマドロスの一人一人にシャンペーンを注いで回った。レスターのテーブルへ来た。ミハイルを見た。
「誰の子供かね?」
「船倉に隠れていた。ボス、貰ってくれないか?」
「働く気はあるか?聞いてみてくれ」
「何でもすると言っている」
「よし、ペーパーを作る」
バスターがピエロのメルを手で招いた。
2
メルは、動物たちの小屋を掃除して餌をやる仕事をしていた。象、キリン、馬、ライオン、虎、熊、チンパンジー、、サーカスは常に人手が足りなかった。翌朝、クレーンが猛獣の入った檻を次々と降ろしていた。ライオンが吠えた。ベンガル虎の母子が降りてきた。しばらくすると、網に入った象がクレーンで吊り上げられた。ミハイルは象を初めて見た。キリンも、馬も同じように空中に吊り上げられて、埠頭に降ろされた。埠頭では、二十四車輪のフラットベッドトラックが並んでいた。テント、柱、ロープ、、全てを降ろすのに丸一日かかった。レスターが埠頭に立っているミハイルを見つけて、タラップを降りて来た。ミハイルが走って行った。
「ミハイル、メルは好い奴か?」
「何にも言わないよ。オシだって。手真似で話してるけど優しい人だよ」
「それは良かった。この船は、六か月後に上海へ帰ってくる。また、一緒に航海できるよ」
ふたりが抱き合った。レスターが、ミハイルに35ミリ一丸レフをくれた。メルがやってきた。そしてミハイルの袖を引っ張ると指を差した。その方向を見ると、バスにサーカスの団員が乗り込むのが見えた。ミハイルが走って行った。
ワイタン(外灘)の万国博覧会後の広場にテントが建てられた。中国人の労働者は元気が良かった。サーカスほど楽しいものはこの世にないからである。それにアメリカ人は明るかった。槌の音、ロープを引っ張る掛け声、象の鳴き声、広場にエネルギーが充ちていた。メルとミハイルは、コーヒーを沸かし、五十人分のサンドイッチを作った。バスターは食い物にはカネを惜しまなかった。美味いモノ尽くしだった。ミハイルが人生の楽しさは食にあることを知った。バスターがやって来た。
「ボーイ、今日からお前の名前は、ミッキーだ」
バスターがミッキーの頭を撫でた。ミハイルの目が輝いた。ミハイルが、ドラゴンが舞う絵はがきを投函した。三か月がアッと言う間に過ぎた。オクラホマ・ブラザースは上海でも成功した。クリスマス、ミハイルが人生初めてボーナスを貰った。三月、桃の花が咲き、柳が芽を吹いた。アレキサンドリアが沖に現れた。岸壁では檻に入った猛獣や鎖に繋がれた象やキリンが待っていた。デッキからレスターがミハイルに手を振った。ミハイルが、次の興行は、北京だと言うのを聞いた。
――北京ってどこだろう?
ミハイルが写真の入った封筒を投函した。
アレキサンドリアが北上していた。東シナ海は穏やかだった。海底が浅いからだ。一日で天津の港に入った。天津で動物たちを貨物車に載せた。サーカスの団員は客車に乗った。北京に四時間で着いた。オクラホマ・ブラザースは北京に三か月いた。北京だから儲かると思っていた親方が苦い顔をしていた。北京の中国人はケチだった。ミハイルが上海の中国人と違うことに驚いていた。横浜に行っていたアレキサンドリアが天津に戻ってきた。七月のある朝、天津を出港した。寄港先は、シンガポール、インドのボンベイ、エジプトのカイロ、ギリシアのアテネで、トルコのイスタンブールに向かっていた。
続く、、
第十七章
1
ミハイルが麻袋の間に寝ていた。汽笛に目が覚めた。目をこすって起きた。ネズミが興奮して走りまわるのを少年が見ていた。錨を降ろす音が聞こえた。アレキサンドリアが上海の浦東港の埠頭に繋がれた。甲板のハッチが開いた。新鮮な空気が入って来た。カモメが騒いでいた。やがて静かになった。セーラーの話し声も聞こえない。少年が立ち上がった。麻袋の上に這い登って、ハッチの淵を両手で掴んだ。甲板に出た。誰かが少年の首筋を後ろからつかんだ。
「ハハハ、お前は誰だ?」
ミハイルは答えなかった。
「おい、ネズミ、船に飛び乗ったのか?」
「ボク、ネズミじゃない」
「まあ、怒んな。俺は、レスターだ」
「なんで日本語出来るの?」
「ワイフが日本の女なんだ。ガキもな。船を降りよう」
「ボク、ミハイル。船を降りたら、捕まるから降りない」
空が茜色に染まっていた。西に陽が沈むのが見えた。銅鑼が鳴って鐘を叩く音がした。不思議な音色が聞こえた。その方角を見ると、竜が舞っていた。チャイナタウンだ。横浜の中華街より大きい。
「おじさん、ここどこ?」
「上海だよ」
「ボク、お腹が空いた」
「今夜は、サーカスの宴会だ。中華料理だがな。さあ、降りようか?」
「ボク降りられない」
「俺の息子ということでOKだよ」
入国検査の役人がレスターと少年を見た。
「マイ、ナンバーワンサン」
「ノット、ユアサン」
レスターが、財布を開けて、十ドル札を見せた。役人が「もう十ドル出せ」と人指し指を曲げて要求した。レスターが、二十ドル渡した。ふたりがゲートを出た。
「おじさん、本当にOKなんだね?」
「ここはチャイナだ」
レスターが口笛を吹いた。人力車がやって来た。
「ワイタン(外灘)、シャンハイロウ(上海楼)」とレスターが流暢な中国語で車夫に行き先を言った。
「シャオダオレ(了解)」と車夫が言った。
外灘に着いた。祭りなのか、子供たちが爆竹を投げていた。ミハイルの足元で弾けた。中国人は、色とりどりの着物を着ていた。ドラゴンが踊っていた。ミハイルの心が躍っった。上海は、でっかいチャイナタウンなのだ。車夫が人力車をシャンハイロウの前で停めた。
「チーシーユアン(七十元)」と手を出した。
「ノーレンミンビン(人民元を持ってない)」
「ニッポンエンクレ」
レスターが千円札を車夫に渡した。
「シエシエ」
ボーイがふたりを宴会場に案内した。宴会場には六十人はいた。サーカス団だとレスターが言った。白い制服を着たマドロスが十二人いた。招待されたのだ。
オクラホマ・ブラザースの団長がアレキサンドリアのクルーに感謝した。
「東京の興行は大成功だった。日本は偉大な国だからだ。上海はわからない。ここで六か月間、興行する。明日、動物を船から降ろす。今回の巡業は、スタッフが五十人でチャイニーズを雇うが、手が足りない。みんな頑張ってくれ。それでは、乾杯!」
団長のバスターがマドロスの一人一人にシャンペーンを注いで回った。レスターのテーブルへ来た。ミハイルを見た。
「誰の子供かね?」
「船倉に隠れていた。ボス、貰ってくれないか?」
「働く気はあるか?聞いてみてくれ」
「何でもすると言っている」
「よし、ペーパーを作る」
バスターがピエロのメルを手で招いた。
2
メルは、動物たちの小屋を掃除して餌をやる仕事をしていた。象、キリン、馬、ライオン、虎、熊、チンパンジー、、サーカスは常に人手が足りなかった。翌朝、クレーンが猛獣の入った檻を次々と降ろしていた。ライオンが吠えた。ベンガル虎の母子が降りてきた。しばらくすると、網に入った象がクレーンで吊り上げられた。ミハイルは象を初めて見た。キリンも、馬も同じように空中に吊り上げられて、埠頭に降ろされた。埠頭では、二十四車輪のフラットベッドトラックが並んでいた。テント、柱、ロープ、、全てを降ろすのに丸一日かかった。レスターが埠頭に立っているミハイルを見つけて、タラップを降りて来た。ミハイルが走って行った。
「ミハイル、メルは好い奴か?」
「何にも言わないよ。オシだって。手真似で話してるけど優しい人だよ」
「それは良かった。この船は、六か月後に上海へ帰ってくる。また、一緒に航海できるよ」
ふたりが抱き合った。レスターが、ミハイルに35ミリ一丸レフをくれた。メルがやってきた。そしてミハイルの袖を引っ張ると指を差した。その方向を見ると、バスにサーカスの団員が乗り込むのが見えた。ミハイルが走って行った。
ワイタン(外灘)の万国博覧会後の広場にテントが建てられた。中国人の労働者は元気が良かった。サーカスほど楽しいものはこの世にないからである。それにアメリカ人は明るかった。槌の音、ロープを引っ張る掛け声、象の鳴き声、広場にエネルギーが充ちていた。メルとミハイルは、コーヒーを沸かし、五十人分のサンドイッチを作った。バスターは食い物にはカネを惜しまなかった。美味いモノ尽くしだった。ミハイルが人生の楽しさは食にあることを知った。バスターがやって来た。
「ボーイ、今日からお前の名前は、ミッキーだ」
バスターがミッキーの頭を撫でた。ミハイルの目が輝いた。ミハイルが、ドラゴンが舞う絵はがきを投函した。三か月がアッと言う間に過ぎた。オクラホマ・ブラザースは上海でも成功した。クリスマス、ミハイルが人生初めてボーナスを貰った。三月、桃の花が咲き、柳が芽を吹いた。アレキサンドリアが沖に現れた。岸壁では檻に入った猛獣や鎖に繋がれた象やキリンが待っていた。デッキからレスターがミハイルに手を振った。ミハイルが、次の興行は、北京だと言うのを聞いた。
――北京ってどこだろう?
ミハイルが写真の入った封筒を投函した。
アレキサンドリアが北上していた。東シナ海は穏やかだった。海底が浅いからだ。一日で天津の港に入った。天津で動物たちを貨物車に載せた。サーカスの団員は客車に乗った。北京に四時間で着いた。オクラホマ・ブラザースは北京に三か月いた。北京だから儲かると思っていた親方が苦い顔をしていた。北京の中国人はケチだった。ミハイルが上海の中国人と違うことに驚いていた。横浜に行っていたアレキサンドリアが天津に戻ってきた。七月のある朝、天津を出港した。寄港先は、シンガポール、インドのボンベイ、エジプトのカイロ、ギリシアのアテネで、トルコのイスタンブールに向かっていた。
続く、、
09/19 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十六章
七月二十四日、金曜日、、
「走馬さんが夏風邪を引いたんですって?」
「月曜日、登庁するけど?夏目君、犯人の足を考えたんだ。バス、車、バイク、貸し自転車、しなの鉄道、吾妻鉄道、長野新幹線、徒歩の八種類だ。どのように組み合わせても辻褄が合わない。例えば、滋野からバスで湯ノ丸高原に行って湯ノ丸キャンプ場でテントを張った。まだ、朝の十時だったはずだ。その日は夕方まで何をしたのか?翌朝、犯人が地蔵峠に人形を置いた時刻、沢田ちえみは一緒だったのか?ふたりは本当に湯ノ丸高原に行ったのか?行かなかったとすると、あのコンパクトプレーヤーは誰が落としたのだろうか?謎は深まる一方なんだ。君の意見を聞きたい」
「係長、私もそのキュービックが解けないんです。ちえみさんを何の手段でどこへ連行したのか?」
「有坂君、君の意見は?」
有坂勝子が顎に手を当てて深く考えていた。棋師のように見えた。知念が待った。有坂が顔を上げた。
「係長、犯人にパートナーがいたら謎が解けます」
知念と夏目がびっくりした。
「二人組だと言うんだね?」
「シナリオを作るのに、一日ください」
「それでは、それぞれのシナリオを持って、明日朝九時に集まろう」
七月二十七日、月曜日、、
「走馬君、顔色がいいね。風邪は、すっかり治ったのかね?」
「二晩も入院しましたから。心配をお掛けしてすみません」
「松本さんが優しく面倒見てくれたかね?」
「先輩、どうしてケイが警察病院に勤めてるって知ってるんですか?」
「ボクも刑事だよ」
「先輩には、何も隠せないなあ」と走馬が笑った。
夏目と有坂が部屋に入って来た。
「それでは、犯人は二人組だったとして、有坂君のシナリオを聞かせてくれないか?カルロをA、仲間をB としよう」
「全くの空想なんですが、カルロは鉱山植物の写真家で、鉱山植物の押し花が趣味の沢田ちえみと長野の写真展で知り会った。ちえみがカルロの美貌に心を奪われた。湯ノ丸山へレンゲツツジを見に行く約束をした。六月十日、土曜日、滋野で会ってバスで湯ノ丸高原に行った。地蔵峠に着いたのは、朝の十時前後だった。湯ノ丸キャンプ場でテントを張った。アメリカン・カントリーフェスティバルに行った。博物館などを観て、一日を過ごした。日曜日、日の出前、カルロとちえみさんは湯ノ丸高原に行った。徒歩で地蔵峠まで二十分です。ちえみさんは地蔵峠でユリの花を写真に撮った。ふたりはツツジ平へ行った。カルロがCDプレーヤーを落とした。湯ノ丸山の頂上で朝陽が昇るのを見た。烏帽子岳へ行った。キャンプ場に戻ったのは、午後の一時頃でしょう」
「それじゃあ、人形は?」
「Bが日曜日の朝、人形をお地蔵さんの前に置いたと思います」
「有坂君、じゃあ、誰がちえみを連れ去った?」
「Bでしょう。Aがちえみさんを麻酔で眠らせて、Bが車で連れ去った」
「有坂君、よく考えたね。夏目君、どうぞ」
「基本的に有坂さんと同じなんですが、AのカルロとパートナーのBは、自動車を持っていた。盗難車だと思います。盗んだのはBだと思います。ちえみさんは、どうしてかBの車に乗った。ここが私には分からないんです。でも、AとBが双子だったら、説明がつきます。私は、Bとちえみさんが滋野に行ったとは思えないんです。Aは地蔵峠のレンタサイクルで自転車を借りて上田に行き、新幹線で高崎へ行った。バスだと目撃されるからです」
「双子なら筋が通りますね」と走馬が言った。
「走馬君は、どう考えるのかね?」
「でも、ボクは、二人組説は無理があると思うんです。その土曜日、沢田ちえみは長野からバスで高崎へ行った。高崎から北陸新幹線で上田。上田から滋野。滋野でカルロと落ち合い、地蔵峠にバスで行った。その日、何をしたのか全くわかりませんが、ふたりとも高原の草花に興味がある。博物館がありましたよね?一日、ハイキングを楽しんだのかもしれません。アメリカン・カントリーフェスティバルで一日過ごしたとも考えられます。次の日曜日ですが、ちえみがユリの花を撮っているとき、カルロは密かに人形を地蔵の前に置いた。湯ノ丸山に行った後、カルロとちえみがバスで滋野へ行ったというのは、考え難いんです。まだ午前中のはずです。車でどこかに行ったと考えます。群馬とか他県でレンタカーを借りたと思います。または盗難車です」
「私が二人組説を立てたんですが、無理があるとおっしゃった走馬先輩が正しいのかも知れません。また、夏目さんの双子説は、黒沢映画のようで面白いんです」
「みんなの意見が分かった。チャツボミゴケ公園穴地獄を検証する必要がある。誰に行って貰うか決める」
夏目と有坂が自分たちの部屋に帰った。走馬が仁科に報告に行った。知念が丸子米治を呼んだ。
「丸子君、ボクもワルサーを要請したよ。ほかにも新型があるって言ってた。拳銃を持っている刑事は、君とボクの二人だけだ。夏目君、有坂君、走馬君には知らさないように。もちろん、他の刑事にも知られないほうがいいんだ」
「先輩、支給されたら、練習に行きましょう」
「丸子君、カルロが襲撃して来る。二人組説が出た。どこで、何時、誰を襲うのか判らない。だが、カルロは護衛の刑事を恐れている。山田先輩のおかげでね。
続く、、
アンデスの笛、、
ペルーの北に接するボリビア。世界一標高の高いチチカカ湖。富士山よりも100メートル高い。葦が生える。屋根、船、そしてサンポーニャと言う笛の材料。サンポーニャは「風の歌」と言われる。アンデスに響くその笛の音ほど詩情のあるものはない。旧インカ帝国の遺産なんです。うちのは半年もナショナル・ジオグラフィーのカメラマンの女性とその界隈をうろつき、遺跡やマチュピチュに登っている。その頃、結婚していれば絶対に観たかった。伊勢
第十六章
七月二十四日、金曜日、、
「走馬さんが夏風邪を引いたんですって?」
「月曜日、登庁するけど?夏目君、犯人の足を考えたんだ。バス、車、バイク、貸し自転車、しなの鉄道、吾妻鉄道、長野新幹線、徒歩の八種類だ。どのように組み合わせても辻褄が合わない。例えば、滋野からバスで湯ノ丸高原に行って湯ノ丸キャンプ場でテントを張った。まだ、朝の十時だったはずだ。その日は夕方まで何をしたのか?翌朝、犯人が地蔵峠に人形を置いた時刻、沢田ちえみは一緒だったのか?ふたりは本当に湯ノ丸高原に行ったのか?行かなかったとすると、あのコンパクトプレーヤーは誰が落としたのだろうか?謎は深まる一方なんだ。君の意見を聞きたい」
「係長、私もそのキュービックが解けないんです。ちえみさんを何の手段でどこへ連行したのか?」
「有坂君、君の意見は?」
有坂勝子が顎に手を当てて深く考えていた。棋師のように見えた。知念が待った。有坂が顔を上げた。
「係長、犯人にパートナーがいたら謎が解けます」
知念と夏目がびっくりした。
「二人組だと言うんだね?」
「シナリオを作るのに、一日ください」
「それでは、それぞれのシナリオを持って、明日朝九時に集まろう」
七月二十七日、月曜日、、
「走馬君、顔色がいいね。風邪は、すっかり治ったのかね?」
「二晩も入院しましたから。心配をお掛けしてすみません」
「松本さんが優しく面倒見てくれたかね?」
「先輩、どうしてケイが警察病院に勤めてるって知ってるんですか?」
「ボクも刑事だよ」
「先輩には、何も隠せないなあ」と走馬が笑った。
夏目と有坂が部屋に入って来た。
「それでは、犯人は二人組だったとして、有坂君のシナリオを聞かせてくれないか?カルロをA、仲間をB としよう」
「全くの空想なんですが、カルロは鉱山植物の写真家で、鉱山植物の押し花が趣味の沢田ちえみと長野の写真展で知り会った。ちえみがカルロの美貌に心を奪われた。湯ノ丸山へレンゲツツジを見に行く約束をした。六月十日、土曜日、滋野で会ってバスで湯ノ丸高原に行った。地蔵峠に着いたのは、朝の十時前後だった。湯ノ丸キャンプ場でテントを張った。アメリカン・カントリーフェスティバルに行った。博物館などを観て、一日を過ごした。日曜日、日の出前、カルロとちえみさんは湯ノ丸高原に行った。徒歩で地蔵峠まで二十分です。ちえみさんは地蔵峠でユリの花を写真に撮った。ふたりはツツジ平へ行った。カルロがCDプレーヤーを落とした。湯ノ丸山の頂上で朝陽が昇るのを見た。烏帽子岳へ行った。キャンプ場に戻ったのは、午後の一時頃でしょう」
「それじゃあ、人形は?」
「Bが日曜日の朝、人形をお地蔵さんの前に置いたと思います」
「有坂君、じゃあ、誰がちえみを連れ去った?」
「Bでしょう。Aがちえみさんを麻酔で眠らせて、Bが車で連れ去った」
「有坂君、よく考えたね。夏目君、どうぞ」
「基本的に有坂さんと同じなんですが、AのカルロとパートナーのBは、自動車を持っていた。盗難車だと思います。盗んだのはBだと思います。ちえみさんは、どうしてかBの車に乗った。ここが私には分からないんです。でも、AとBが双子だったら、説明がつきます。私は、Bとちえみさんが滋野に行ったとは思えないんです。Aは地蔵峠のレンタサイクルで自転車を借りて上田に行き、新幹線で高崎へ行った。バスだと目撃されるからです」
「双子なら筋が通りますね」と走馬が言った。
「走馬君は、どう考えるのかね?」
「でも、ボクは、二人組説は無理があると思うんです。その土曜日、沢田ちえみは長野からバスで高崎へ行った。高崎から北陸新幹線で上田。上田から滋野。滋野でカルロと落ち合い、地蔵峠にバスで行った。その日、何をしたのか全くわかりませんが、ふたりとも高原の草花に興味がある。博物館がありましたよね?一日、ハイキングを楽しんだのかもしれません。アメリカン・カントリーフェスティバルで一日過ごしたとも考えられます。次の日曜日ですが、ちえみがユリの花を撮っているとき、カルロは密かに人形を地蔵の前に置いた。湯ノ丸山に行った後、カルロとちえみがバスで滋野へ行ったというのは、考え難いんです。まだ午前中のはずです。車でどこかに行ったと考えます。群馬とか他県でレンタカーを借りたと思います。または盗難車です」
「私が二人組説を立てたんですが、無理があるとおっしゃった走馬先輩が正しいのかも知れません。また、夏目さんの双子説は、黒沢映画のようで面白いんです」
「みんなの意見が分かった。チャツボミゴケ公園穴地獄を検証する必要がある。誰に行って貰うか決める」
夏目と有坂が自分たちの部屋に帰った。走馬が仁科に報告に行った。知念が丸子米治を呼んだ。
「丸子君、ボクもワルサーを要請したよ。ほかにも新型があるって言ってた。拳銃を持っている刑事は、君とボクの二人だけだ。夏目君、有坂君、走馬君には知らさないように。もちろん、他の刑事にも知られないほうがいいんだ」
「先輩、支給されたら、練習に行きましょう」
「丸子君、カルロが襲撃して来る。二人組説が出た。どこで、何時、誰を襲うのか判らない。だが、カルロは護衛の刑事を恐れている。山田先輩のおかげでね。
続く、、
アンデスの笛、、
ペルーの北に接するボリビア。世界一標高の高いチチカカ湖。富士山よりも100メートル高い。葦が生える。屋根、船、そしてサンポーニャと言う笛の材料。サンポーニャは「風の歌」と言われる。アンデスに響くその笛の音ほど詩情のあるものはない。旧インカ帝国の遺産なんです。うちのは半年もナショナル・ジオグラフィーのカメラマンの女性とその界隈をうろつき、遺跡やマチュピチュに登っている。その頃、結婚していれば絶対に観たかった。伊勢
09/18 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十四章
1
七月二十日、月曜日、、
知念が、レンタサイクル店をグーグルで検索した。すると、上田駅前に一店あった。知念が驚いた。なんと、見出しに「観光レンタサイクル」と書いてあったからだ。知念が電話を掛けた。男の声がした。自分は警視庁の捜査官だと言った。
「ああ、知念刑事さんですね」と男が驚くことを言った。知念が、なぜ自分を知っているのかと聞いた。
「兄から聞いたんですよ」
地蔵峠の観光レンタサイクルは兄弟が経営していたのだ。
「お聞きしますが、地蔵峠で借りた自転車を上田の店に戻すことができますか?」
「ええ、どちらへも戻せます」
知念が感謝を述べて電話を切った。知念が三人の部下と丸子米治を部屋に呼んだ。
「あら、丸子さん、どうしてたの?」と夏目葵が丸子に話しかけた。
「ええ、いつもの尾行ですよ」
「面白いの」
「いやあ、八丈島のほうがいいなあ」
「丸子さん、こんにちは」
新妻役だった有坂勝子がハンクに言った。
「みんな、聞いてくれ」と知念が上田駅前の観光レンタサイクルの話をした。自転車が何のことかわからないハンクを除いて、走馬まで息を呑んだ。
「夏目君、有坂君と今から地蔵峠に行ってくれないか?」
二時間後、夏目と有坂が地蔵峠に到着した。店主が二人の婦人刑事の訪問に驚いた。店主が谷口と名乗った。
「六月ですか?」と谷口がパソコンのレコードを開けた。そのとき、客が二人入って来たので谷口の妻が出て来て応対した。
「予約を取られましたか?」
「いいえ、突然、自転車を借りることを思い着いたんです。予約制なんですか?」
「いいえ、問題ないですよ。クレジットカードか、自動車の免許証か、学生証をお持ちですか?どれもお持ちでないならデポジット、三万円と母印が要ります」
夏目が「アッと」目を丸くした。有坂が夏目を見て頷いた。
「ああ、婦人刑事さん、これですね」と谷口がファイルを開けた。そこには、、
――六月十一日、午後四時、第十三号、現金三万円預かり、陸上自衛隊員、富田一郎。
――同じ六月十一日、上田のレンタサイクル店。午後五時、第十三号、レンタ料金を差し引き、残額を返す。
「自転車を返したのは、弟さんのお店ですね?男の顔を覚えていますか?」
「いやあ、マスクをしていたので、はっきりしないんですが、美男子でした。黒いボッカズボンだったように思います」
「有難う。たいへん助かります」
上田で、ふたりが北陸新幹線上り東京方面行きを待っていた。夏目が知念に電話を掛けた。知念がエンドチャットを押した。そこへ走馬が入って来た
「走馬君、夏目君と有坂君が明日の朝、九時にここへ来る。何か掴んだようだ」
知念が、走馬が、ガーゼのマスクを掛けているのを見た。
「係長、早退させてください」
「どうしたの?」
「シャワーを浴びた後、裸で、ベッドで休んでいたら寝てしまったんです。夏風邪を引いたようなんです」
「それじゃあ、クリニックへ行ってくれ。診断によっては休んでくれ給え」
走馬が一礼して出て行った。知念が、走馬が風邪で早退したことを仁科に伝えた。
翌朝、地蔵峠から帰って来た夏目葵と有坂勝子が当庁した。
「夏目君、陸自の身分証明の写しを持って帰ったかね?」
夏目がコピーを机に置いた。
「わかった、丸子君に調べて貰う。ボッカズボンの美男子だけではモンタージュ写真は難しいな。よし、今日は、君たちも早退して休んでくれ給え。夏風邪をひかれたら困る。明日は、想像できる限りのシナリオを持って来てくれないか?」とふたりに言った。夏目と有坂が部屋を出て行った。
2
練馬の警察病院で走馬がベッドに寝ていた。若い看護婦が点滴の溶液の入ったバッグをスタンドに吊っていた。
「走馬さん、熱はたいしたことないわ。でも、血圧が一六〇では高過ぎるのよ。塩っけのある食べ物を減らしなさいね」
「たいしたことないって?それは良かった」
「でも、内科医が走馬さんは疲労しているから、二日間の点滴が必要って言ってるわ」
「あなたと二日もデートできるんだね?」と走馬が上目使いで看護婦を見ていた。
「フフフ、あなたって子供ねえ」
「上司が必要なだけ休めって言ってる。そうは行かないけどね。そうだ、今月の三十日に隅田川の花火大会を見に行かない?」
「うん、何とか、休みを貰えるようにするわ。あっ、こんなところで駄目よ」
看護婦はキッスを許さなかった。走馬が拒まれたことに落胆した。走馬が彼女は隅田川に来ないだろうと思った。勇気を出してデートを申し込んだが裏目に出たのである。
続く、、
弁護士が預かったカネを着服、、
教育勅語は正しかった、、
教育勅語は明治天皇が天皇のお言葉として国民に示された詔勅。道徳に始まり、公に忠実であること、親に孝を尽くすことを教育の基本とした。昭和23年に廃止された。GHQやサヨクが「教育勅語を利用して軍国主義および中央集権へと日本を持って行った」と宣伝した。一理あるにしても、今日の教育の根幹とは何なのか?民主主義は良いとしても、皇室を頂く、単一民族国家の教育原理はない。日本はアメリカ合衆国ではない。教育勅語の復活を望む。伊勢
第十四章
1
七月二十日、月曜日、、
知念が、レンタサイクル店をグーグルで検索した。すると、上田駅前に一店あった。知念が驚いた。なんと、見出しに「観光レンタサイクル」と書いてあったからだ。知念が電話を掛けた。男の声がした。自分は警視庁の捜査官だと言った。
「ああ、知念刑事さんですね」と男が驚くことを言った。知念が、なぜ自分を知っているのかと聞いた。
「兄から聞いたんですよ」
地蔵峠の観光レンタサイクルは兄弟が経営していたのだ。
「お聞きしますが、地蔵峠で借りた自転車を上田の店に戻すことができますか?」
「ええ、どちらへも戻せます」
知念が感謝を述べて電話を切った。知念が三人の部下と丸子米治を部屋に呼んだ。
「あら、丸子さん、どうしてたの?」と夏目葵が丸子に話しかけた。
「ええ、いつもの尾行ですよ」
「面白いの」
「いやあ、八丈島のほうがいいなあ」
「丸子さん、こんにちは」
新妻役だった有坂勝子がハンクに言った。
「みんな、聞いてくれ」と知念が上田駅前の観光レンタサイクルの話をした。自転車が何のことかわからないハンクを除いて、走馬まで息を呑んだ。
「夏目君、有坂君と今から地蔵峠に行ってくれないか?」
二時間後、夏目と有坂が地蔵峠に到着した。店主が二人の婦人刑事の訪問に驚いた。店主が谷口と名乗った。
「六月ですか?」と谷口がパソコンのレコードを開けた。そのとき、客が二人入って来たので谷口の妻が出て来て応対した。
「予約を取られましたか?」
「いいえ、突然、自転車を借りることを思い着いたんです。予約制なんですか?」
「いいえ、問題ないですよ。クレジットカードか、自動車の免許証か、学生証をお持ちですか?どれもお持ちでないならデポジット、三万円と母印が要ります」
夏目が「アッと」目を丸くした。有坂が夏目を見て頷いた。
「ああ、婦人刑事さん、これですね」と谷口がファイルを開けた。そこには、、
――六月十一日、午後四時、第十三号、現金三万円預かり、陸上自衛隊員、富田一郎。
――同じ六月十一日、上田のレンタサイクル店。午後五時、第十三号、レンタ料金を差し引き、残額を返す。
「自転車を返したのは、弟さんのお店ですね?男の顔を覚えていますか?」
「いやあ、マスクをしていたので、はっきりしないんですが、美男子でした。黒いボッカズボンだったように思います」
「有難う。たいへん助かります」
上田で、ふたりが北陸新幹線上り東京方面行きを待っていた。夏目が知念に電話を掛けた。知念がエンドチャットを押した。そこへ走馬が入って来た
「走馬君、夏目君と有坂君が明日の朝、九時にここへ来る。何か掴んだようだ」
知念が、走馬が、ガーゼのマスクを掛けているのを見た。
「係長、早退させてください」
「どうしたの?」
「シャワーを浴びた後、裸で、ベッドで休んでいたら寝てしまったんです。夏風邪を引いたようなんです」
「それじゃあ、クリニックへ行ってくれ。診断によっては休んでくれ給え」
走馬が一礼して出て行った。知念が、走馬が風邪で早退したことを仁科に伝えた。
翌朝、地蔵峠から帰って来た夏目葵と有坂勝子が当庁した。
「夏目君、陸自の身分証明の写しを持って帰ったかね?」
夏目がコピーを机に置いた。
「わかった、丸子君に調べて貰う。ボッカズボンの美男子だけではモンタージュ写真は難しいな。よし、今日は、君たちも早退して休んでくれ給え。夏風邪をひかれたら困る。明日は、想像できる限りのシナリオを持って来てくれないか?」とふたりに言った。夏目と有坂が部屋を出て行った。
2
練馬の警察病院で走馬がベッドに寝ていた。若い看護婦が点滴の溶液の入ったバッグをスタンドに吊っていた。
「走馬さん、熱はたいしたことないわ。でも、血圧が一六〇では高過ぎるのよ。塩っけのある食べ物を減らしなさいね」
「たいしたことないって?それは良かった」
「でも、内科医が走馬さんは疲労しているから、二日間の点滴が必要って言ってるわ」
「あなたと二日もデートできるんだね?」と走馬が上目使いで看護婦を見ていた。
「フフフ、あなたって子供ねえ」
「上司が必要なだけ休めって言ってる。そうは行かないけどね。そうだ、今月の三十日に隅田川の花火大会を見に行かない?」
「うん、何とか、休みを貰えるようにするわ。あっ、こんなところで駄目よ」
看護婦はキッスを許さなかった。走馬が拒まれたことに落胆した。走馬が彼女は隅田川に来ないだろうと思った。勇気を出してデートを申し込んだが裏目に出たのである。
続く、、
弁護士が預かったカネを着服、、
教育勅語は正しかった、、
教育勅語は明治天皇が天皇のお言葉として国民に示された詔勅。道徳に始まり、公に忠実であること、親に孝を尽くすことを教育の基本とした。昭和23年に廃止された。GHQやサヨクが「教育勅語を利用して軍国主義および中央集権へと日本を持って行った」と宣伝した。一理あるにしても、今日の教育の根幹とは何なのか?民主主義は良いとしても、皇室を頂く、単一民族国家の教育原理はない。日本はアメリカ合衆国ではない。教育勅語の復活を望む。伊勢
09/17 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十三章
七月十三日、月曜日、、
「課長、おはようございます。今朝は、前から気になっていた冤罪事件に関わった長野県警の娘たちの調査結果を走馬君が報告します」
知念が液晶画面のスイッチを押した。走馬がノートパソコンを起動した。
「課長、長野県警から聞いただけなんですが」と走馬が話した。
長野県警、一九八六年の刑事名簿
―沢田健司。沢田ちえみの父親。現在54歳。当時、24歳。
―北原慎次郎。北原順子の父親。現在57歳。当時27歳。
―竹林洋平。竹林美恵子の父親。現在60歳。当時31歳。
―浅井光男。浅井みどり(19)の父親。現在52歳。当時24歳。
―小山鱒二。娘はいない。
― 三国秋武。死亡。幼い娘がいたはずだが、消息が判らない。
「ふ~む、六人か、沢田ちえみ、北原順子が誘拐されている。カルロに狙われるとすれば、―竹林洋平、浅井光男、小山鱒二、三国秋武の娘だな」
「課長、小山鱒二には娘はおりません。息子だけです。浅井光男にはひとり娘がいます。それと三国秋武は冤罪事件直後に病死しています」
「三国秋武には娘はいたのですか?」と夏目が訊いた。
「はい、幼い娘がいたと思います」
「思いますって?」と知念が走馬を睨んだ。
「係長、すみません。三国秋武の親にでも会わないと消息が判りません」
知念が全国の警察署専用の電話を掴んだ。長野県警では、警視庁だと判るのである。
「浅井光男刑事とお話しできますか?」
「出ていますので、浅井から電話致します」
五分後、浅井から電話が入った。自分の娘が、この春、京浜医科歯科大学に合格した。神奈川県警に知らせてあると言った。心配そうな声だった。警察を信用していないのだ。知念が、ハンクに浅井みどりの住所を調べてくれと言った。ハンクが出て行った。一時間後、ハンクが知念の部屋に戻って来た。
「先輩、浅井みどりは同級生二人と金沢文庫にアパートを借りています。登校、下校ともに、三人は一緒のようです。ただいま、三人の写真を大学に要請しました。メールすると言っています」
メールが届いた。知念が写真を携帯に取り込んだ。浅井みどりの特長は、体も、腕も、脚も、発達しておらず、茶髪を額に垂らし、大きな白いフレームの眼鏡を掛けていることだった。
「丸子君、これ、上半身だけだね。浅井みどりが狙われると思う。夏目君と有坂君が襲われる可能性は低い。とくに東京都内ではね。彼女たちが長野に出張するときは、君が尾行してくれ。浅井みどりは、山田先輩が護衛する。浅井みどりも都会では襲われないだろう。カルロの山岳趣味なら、東京から遠く離れた場所で実行するだろう」
「わかります。とくに都内は警視庁の直轄地。さらに監視カメラがゴマンとあるんですからね」
「明日、山田松男さんに横浜へ行って貰う。浅井みどりをビデオに撮って貰うんだ」
「走馬君、三国秋武の親の住所を調べてくれ。三国が死んでいるので、あまり問題はないと思うが」
翌朝、山田松男が金沢文庫に行った。山田は、浅井みどりとふたりのルームメイトが登校する時間を朝七時と読んでいた。山田が京浜急行、金沢文庫の改札口に近いコーヒーショップにいた。やはり三人は七時に現れた。浅井みどりは制服を着て肩まである茶髪、白い縁の眼鏡を掛けているので見つけ易かった。山田がガラス越しに写真を撮った。三人が、ひと駅南の金沢八景で降りた。三人は、そこから歩いて登校していた。山田がタクシーに乗った。先回りするためである。タクシーの運ちゃんに警察手帳を見せた。
「警視庁の刑事さんですか?何か事件でも起きたのですか?」
「いや、そうじゃない、女学生の行動を知りたいだけなんだ。車内から写真を撮るから協力してくれないか?」
「もちろんですよ」
山田が写真と動画を知念に送信した。
「山田先輩、それだけです。ご苦労さまでした」と返信した。
「丸子君、浅井みどりの横に写っている女の子の名前を調べてくれないか?」
「友部美樹という別に問題のない女学生ですが?何か気になるんですか?」
「この子ね、眼鏡を掛けていれば、浅井みどりによく似ている」
「肩まである茶髪ですね。犯人が間違える可能性がありますね」
続く、、
大人だなあ、、
ホーリーは、10歳。欧米の子供たちは、6歳ぐらいで個人が確立している。「ハーイ」と言う。聞くと、名前、年齢をはっきりと言う。周りに気を配る。セニアが来ると、走って行き、ドアを開けて通過するまで待っている。これは家庭教育の成果なんです。父親も母親も子供を叱らない。大人として扱うからです。伊勢が5歳の女の子に「ユーは、可愛いね。笑顔を見ると心が溶ける」と言うと父親が涙汲んだ。その子は「サンキュウ」と言った。実に大人なんです。イギリスの子供が特に大人だと思った。伊勢
第十三章
七月十三日、月曜日、、
「課長、おはようございます。今朝は、前から気になっていた冤罪事件に関わった長野県警の娘たちの調査結果を走馬君が報告します」
知念が液晶画面のスイッチを押した。走馬がノートパソコンを起動した。
「課長、長野県警から聞いただけなんですが」と走馬が話した。
長野県警、一九八六年の刑事名簿
―沢田健司。沢田ちえみの父親。現在54歳。当時、24歳。
―北原慎次郎。北原順子の父親。現在57歳。当時27歳。
―竹林洋平。竹林美恵子の父親。現在60歳。当時31歳。
―浅井光男。浅井みどり(19)の父親。現在52歳。当時24歳。
―小山鱒二。娘はいない。
― 三国秋武。死亡。幼い娘がいたはずだが、消息が判らない。
「ふ~む、六人か、沢田ちえみ、北原順子が誘拐されている。カルロに狙われるとすれば、―竹林洋平、浅井光男、小山鱒二、三国秋武の娘だな」
「課長、小山鱒二には娘はおりません。息子だけです。浅井光男にはひとり娘がいます。それと三国秋武は冤罪事件直後に病死しています」
「三国秋武には娘はいたのですか?」と夏目が訊いた。
「はい、幼い娘がいたと思います」
「思いますって?」と知念が走馬を睨んだ。
「係長、すみません。三国秋武の親にでも会わないと消息が判りません」
知念が全国の警察署専用の電話を掴んだ。長野県警では、警視庁だと判るのである。
「浅井光男刑事とお話しできますか?」
「出ていますので、浅井から電話致します」
五分後、浅井から電話が入った。自分の娘が、この春、京浜医科歯科大学に合格した。神奈川県警に知らせてあると言った。心配そうな声だった。警察を信用していないのだ。知念が、ハンクに浅井みどりの住所を調べてくれと言った。ハンクが出て行った。一時間後、ハンクが知念の部屋に戻って来た。
「先輩、浅井みどりは同級生二人と金沢文庫にアパートを借りています。登校、下校ともに、三人は一緒のようです。ただいま、三人の写真を大学に要請しました。メールすると言っています」
メールが届いた。知念が写真を携帯に取り込んだ。浅井みどりの特長は、体も、腕も、脚も、発達しておらず、茶髪を額に垂らし、大きな白いフレームの眼鏡を掛けていることだった。
「丸子君、これ、上半身だけだね。浅井みどりが狙われると思う。夏目君と有坂君が襲われる可能性は低い。とくに東京都内ではね。彼女たちが長野に出張するときは、君が尾行してくれ。浅井みどりは、山田先輩が護衛する。浅井みどりも都会では襲われないだろう。カルロの山岳趣味なら、東京から遠く離れた場所で実行するだろう」
「わかります。とくに都内は警視庁の直轄地。さらに監視カメラがゴマンとあるんですからね」
「明日、山田松男さんに横浜へ行って貰う。浅井みどりをビデオに撮って貰うんだ」
「走馬君、三国秋武の親の住所を調べてくれ。三国が死んでいるので、あまり問題はないと思うが」
翌朝、山田松男が金沢文庫に行った。山田は、浅井みどりとふたりのルームメイトが登校する時間を朝七時と読んでいた。山田が京浜急行、金沢文庫の改札口に近いコーヒーショップにいた。やはり三人は七時に現れた。浅井みどりは制服を着て肩まである茶髪、白い縁の眼鏡を掛けているので見つけ易かった。山田がガラス越しに写真を撮った。三人が、ひと駅南の金沢八景で降りた。三人は、そこから歩いて登校していた。山田がタクシーに乗った。先回りするためである。タクシーの運ちゃんに警察手帳を見せた。
「警視庁の刑事さんですか?何か事件でも起きたのですか?」
「いや、そうじゃない、女学生の行動を知りたいだけなんだ。車内から写真を撮るから協力してくれないか?」
「もちろんですよ」
山田が写真と動画を知念に送信した。
「山田先輩、それだけです。ご苦労さまでした」と返信した。
「丸子君、浅井みどりの横に写っている女の子の名前を調べてくれないか?」
「友部美樹という別に問題のない女学生ですが?何か気になるんですか?」
「この子ね、眼鏡を掛けていれば、浅井みどりによく似ている」
「肩まである茶髪ですね。犯人が間違える可能性がありますね」
続く、、
大人だなあ、、
ホーリーは、10歳。欧米の子供たちは、6歳ぐらいで個人が確立している。「ハーイ」と言う。聞くと、名前、年齢をはっきりと言う。周りに気を配る。セニアが来ると、走って行き、ドアを開けて通過するまで待っている。これは家庭教育の成果なんです。父親も母親も子供を叱らない。大人として扱うからです。伊勢が5歳の女の子に「ユーは、可愛いね。笑顔を見ると心が溶ける」と言うと父親が涙汲んだ。その子は「サンキュウ」と言った。実に大人なんです。イギリスの子供が特に大人だと思った。伊勢
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新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十二章
1
ハンクと有坂のふたりが、七月七日、大安吉日に結婚式を挙げ、新婚旅行は翌日、伊豆諸島の八丈島へ飛ぶことにした。滞在期間を三泊四日とした。
「よし、いい考えだ。結婚式を盛大にやろう」と仁科が即座に許可を出した。護衛は、知念、走馬。夏目葵と決めた。名目上、休暇である。
〇七:〇〇、丸子と有坂のにわか夫婦が、羽田を飛び立った。五〇分後、ANA一八九一便が、八丈島の東から侵入して難なく着陸した。丸子夫婦が天国荘にチェックインした。知念、走馬、夏目の三人は、前日の夕刻に着いていた。空港でレンタカーを借りて近くの「海のホテル」にチェックインした。戸仕切りのあるルームで、夏目は奥の六畳間に寝た。翌朝、知念がバルコニーに出ると、黒い蝙蝠傘のような大きな雲が三原山を覆っていた。知念と走馬が双眼鏡で天国荘の三階のバルコニーを見ていた。ガラス戸の内側の障子が開くと、ふたりがバルコニーに出てきた。有坂勝子がムウムウを着て赤いハイビスカスを髪に差しているのが可笑しかった。
「よし、着いたね」と知念が横に立っている夏目葵に双眼鏡を渡した。
「勝子さん、ムウムウを着てる。可笑しいわねえ」と葵がクスクスと笑った。常春の島は、来島するものを幸せにした。東京に比べて、信じられないほどの静けさが島を覆っていた。聞こえるのは、小鳥の囀りだけだった。知念が仁科に電話した。
「仁科課長、おはようございます」
「知念君、おはよう。八丈島はどうかね?」
「予定通りです。本日、丸子夫妻は、横間海水浴場でスノーケルだけです。その後は、自由となっています」
「それ、ガイドは付いてるのかね?」
「ええ、女性ですが、島で一番だそうです。ボクたちは発動機の着いた伝馬船で遠くから護衛します」
「知念君、携帯で話してはいけない。これで最後だ。暗号テキストを送ってくれたまえ」
10時30分、知念たち五人がバンに乗りこんだ。バンは八丈島警察署が用意したものである。予定通り、十一時に横間海岸に着いた。バンを降りたハンクと勝子が渡されたダイビングスーツを着ていた。その横にガイドの女性がいた。小柄だが、なかなか体格がいい。伝馬船も八丈島警察署が用意した。八丈島警察署は、警視庁が管轄する警察署の一つである。八丈町、青ヶ島村、ベヨネーズ岩礁、鳥島などを管轄し、署員は約四〇名である。署員は海の男たちで海軍なら海兵隊に近いのである。
「知念刑事さん、ようこそ、八丈島に、いらっしゃいました」と潮焼けした警官が四人を出迎えた。警官が宇喜多と名乗った。
「宇喜多秀家のご子孫ですか?」
「すべての宇喜多姓が秀家の末裔とは言えないんですが、みんな末裔だと吹聴していますよ」と大声で笑った。
「ボクらは、日本史も知らない刑事です。面白そうですから解説をお願します」
「それでは、講釈を仕ります」
「関ヶ原の戦で西軍の主力だった宇喜多秀家が東軍に惨敗。だが死罪を免れて、八丈島へ島流しとなりました。秀家と共に流刑となった長男と次男の、そのまた子孫が八丈島で血脈を伝えたと言われています。明治にはいり、一族は、東京に移住したが、数年後に八丈恋しく。島に戻った子孫の家系が現在も墓を守り続けています。八丈島の住人にとって、宇喜多は日本一の名前なんです」
宇喜多は二十代に見えた。走馬と夏目葵が日焼けした青年を見た。八丈島の住民は小柄でも体ががっしりしていた。知念、走馬、夏目、宇喜多の四人が伝馬船に乗り込んだ。
ハンク、有坂、ガイドの女性がサンゴ礁に向かって泳いで行った。そのサンゴ礁で色とりどりの熱帯魚やウミガメがたくさん見れるからである。ガイドが水中カメラを持っていた。海水は八丈ブルーである。伝馬船を目立たないように宇喜多が操船した。実に舵取りが上手であった。知念が夏目を見ていた。競泳用の水着を着た夏目葵がまぶしかった。葵は小柄なのに、胸、腕、脚が締まっており、セクシーな体をしていた。
「ボクも久しぶりに潜りたいな」
「知念さん、水温は二十三度ですからスーツは要らないのですよ。海水パンツは?」
「持って来なかったけど、ブリーフは禁止ですか?」
「いや、モノを剥き出しにするなという条例だけです」と宇喜多が笑った。知念が海に飛び込むと宇喜多も赤フンドシで飛び込んだ。
「まあ、男らしいわ」
「夏目さん、ボクも潜りたいけど船に残る」と走馬が言った。
「走馬さん、伝馬船の操作はできるの?」
「それぐらいできますよ」
笑顔を残して夏目葵が飛び込んだ。丸子たち三人が五十メートル先でスノーケルを楽しんでいるのが見えた。三人が海中に消えたと思うとクジラのように塩を吹いて浮上した。宇喜多が潜らず抜き手を切って有坂勝子に接近して行った。平泳ぎの知念が遅れた。ウミガメが知念の前を横切った。海底は一四メートルと浅くサンゴの陰にフグが出入りするのが見えた。ウツボが岩の下に頭を出していた。
「八丈では、ナダメって言うんですよ」といつの間にか知念の横に来ていた宇喜多が言った。そのナダメをよく見ようと知念が潜った。すると、岩の陰から黒いスーツを着たダイバーが海面に浮上するのが見えた。ダイバーが有坂勝子に近着いて行った。伝馬船の上で海面を見ていた走馬が、赤フンドシの宇喜多とダイバーが揉み合うのを見た。宇喜多がダイバーのマスクを手で掴んで引き剥がした。伝馬船がやってきた。ダイバーと宇喜多が上がってきた。走馬がダイバーに手錠を掛けた。ダイバーが驚いた目をした。
「なんで、わいが、こんな目に合わなならんねん?」
ダイバーは、大阪からきたタクシーの運ちゃんだと言った。騒ぎに気が着いた丸子たちが浜辺に泳いで行った。
「私は走馬と言います。警視庁の刑事なんです。殺人事件の犯人を追っているのです。ご迷惑をお掛けして済みませんでした」
「殺人事件?わかった。いいよ」
「丸子君、明日だがね、ツアーで、島を一周してくれないか?ボクたち三人も、滅多にない機会だから島を見たいんだ。バスは、朝九時に迎えに来る」
2
――八丈島梅雨情報、「雨のち晴れ」とニュースキャスターが言っていた。
「米治さん、おはよう」
「勝子さん、よく寝れた?」
「はい、でも仕切りの向こうから米治さんのいびきが聞こえたわ。あなたって人、呑気な人なのねえ」
天気予報の通りだった。有坂勝子がバルコニーに出ると三原山の上の雲の間に太陽が顔を出していた。歯を磨いていたハンクが何時の間にか横に来ていた。パジャマ姿のハンクが勝子の横顔を見ていた。ハンクは勝子よりもアタマひとつ背が低かった。ふたりがハイキング・シューズ、半袖、半ズボンを着て、ハイキング帽子を被った。時間通り九時きっかりにバスが出発した。ハンクと勝子は、運転手の真後ろの席に座った。やはり半袖、半ズボンの知念、走馬、夏目の三人がバスに乗ってくると左後方の席に座った。知念の黒い靴下が可笑しかった。走馬は革製のサンダルを履いていた。
「みなさま、おはようございます。私は、宇喜多ちはるです。本日は、みなさまの添乗員を務めさせて頂きます」
ガイドの若い女性の声が、すでに浮き浮きしていた観光客の気分を高揚させていた。
「みなさま、八丈島には、島を一周できる『八丈一周道路』があります。マップをご覧ください。右回りです。全長は約四五キロメートル。まもなく、八丈空港道路と交差する西見の交差点からスタートします」
ツアーが始まった。乗客がマップを見ていた。新婚旅行の若いカップルが多かった。
「ねえ、勝子さん、これ、なかなか面白そうだね?」
「この島は小さいんだけど、観光スポットが多いのね。私、沖縄に行ったことがあるけど、八丈島のほうが興奮するのよ」
「興奮ね?ボクには興奮しないの?みんなキッスしてるよ」
ハンクが上目使いで新婦を見ていた。
「はあ?」
有坂勝子が丸子米治の頬に接吻した。ハンクが悪戯っぽい目をした。
「みなさま、左手に見えるのが八丈小島です。一〇分で大越ヶ鼻灯台に着きます。是非バスを降りて海を見てください」
大越ヶ鼻灯台は、何の特長もない灯台に見えた。
「みなさまは、この灯台に、どういう意味があると思います?」
「知りませ~ん」
どこからともなく間抜けな声が響いた
「ハネムーンのお方には申し訳ありませんが、太平洋戦争を想ってください。この水道は硫黄島から北上する米国艦隊が通過する難所だったんです。八丈島は砦の島なんです」
ボーダー柄の青いワンピースを着た新婦が新郎を見た。セニアのカップルから新婚のカップルまで真面目な顔になっていた。小さな漁港を通って、東海岸の底土(そこど)海岸に来た。島をすでに半分回ったわけだが、観光なので二時間が掛かっていた。バスが登龍峠で停車した。階段を上って展望台に行った。山と海、、見事なパノラマが広がっていた。八丈小島が見える西海岸と違った風景なのである。円錐形の八丈富士が北に見える。眼下に、さっき通った底土の浜辺が見えた。得も言われぬ絶景に新婚のカップルが抱き合って見ていた。ハンクが有坂の手を取るのを知念が見た。
「みなさん、つぎのストップは、絶景の湯です。そこでお食事をなさって、温泉で汗を流してください」
「ワ~イ」
知念、走馬、夏目を除く、 十六人のカップルが歓声を上げた。走馬は写真をペンタックスに撮るのに熱中していた。
「走馬君、怪しい人物はいないね」
「先輩、怪しいのは、われわれ三人だけでしょうか?」と走馬が言うと夏目が笑った。
少し走ると西海岸に出た。大阪トンネルを通った。北に八重根港が見える。昨日、スノーケルを楽しんだ横間海水浴場が見えた。
「みなさん、竹芝桟橋から来る大型船が入港するのは底土(そこど)港が優先で、この八重根港は。底土港が嵐なら使われる避難港なんです」
バスが右折すると空港が見えた。ツアーが終わった。午後の二時である。五人の刑事が昼寝をすることにした。
「勝子さん、今夜どこで食べる?」
「私、洋食が食べたいの。海のない奈良県で生まれて育ったからよ」
「ビーフ・ステーキを探そう」
夕刻の六時、牛角でステーキを食うと知念にテキストした。知念が笑う声が聞こえた。
ハンクと勝子が白いクロスが掛かったテーブルに着いた。勝子はハンクよりも背が高い。
「あのふたり、すっかりハネムーン気分になってるよ」
3
「おはよう、知念先輩、今日の行動予定は何でしょうか?」
引き戸のある部屋から夏目葵が知念と走馬の部屋に来ていた。
「下の食堂で話そうか?」
「今日はね、丸子君と有坂君が、昨日、見た底土(そこど)海水浴場に行きたいって言うんだ。また、海水浴だから宇喜多さんの協力を要請したんだ。もちろん、二の返事です。ボク自身の考えだけど、山岳趣味のカルロは現れないと思っている。だが、用心に越したことはない」
宇喜多巡査が運転する日産が空港を通過して、宇喜多秀家の墓地を訪れた。知念たち三人はすでに到着していた。知念が苔むした宇喜多秀家の墓に線香をあげ、手を合わせた。底土には真昼に着いた。やはり思ったように何も怪しげなことは起きなかった。刑事たちは陽が傾くまで浜辺を楽しんだ。
「知念さん、私たち、お魚は食べたくないの」
「ああ、それなら『鯨亭』に行きましょう」と宇喜多が言った。
「あっ、鯨食べたいわ」と夏目葵がはしゃいだ。
六人が一部屋に集まっていた。夜の七時になっていた。女給さんが大きな皿を持って来た。見ると、鯨の刺身と生姜ニンニク焼きとベーコンである。
「ワー、これ美味しいのよ」と夏目がはしゃいだ。
「これは、ミンククジラなんです。日本の近海クジラで一番豊富なんです」
「でも南氷洋の調査捕鯨が無くなったから、供給不足じゃないの?」
「いいえ、クジラは捕っても減らないんです」
「でも、これ一皿三〇〇〇円ですが?飲み物入れると高いわよ」
ルーキーの有坂勝子と丸子米治が心配そうに知念の顔を見ていた。
「結構、節約したからね。今夜は、君たちの仕事はない。明日の朝十時に八丈島を発つ」
「八丈島は天国なのね」と有坂勝子がお茶を飲みながら呟いた。そのとき、宇喜多が、八丈島はそれほど天国ではないと言った。
「まず、この島には不動産の詐欺がおおっぴらに横行しているんです。東京の人は簡単に騙されるんです。それとは別に未解決事件もあるんです」
「エエ?この小島にも未解決事件があるんですか?」と夏目が驚いた。宇喜多が二十三年年前に起きた事件を話した。
――一九九四年。八丈島八丈町。お盆を直前に控えた八月十一日、その日に予定されていた葬儀のため火葬場の職員が炉を開けたところ、炉内にぎっしり詰め込まれた人骨を発見した。業務で人骨に見慣れた職員とはいえ、これには驚愕した。通常、この火葬場の炉を使用する際には、墓地、埋葬などに関する法律に規定される通り、市町村長の許可を受けなければならない。だが、この炉内に詰め込まれた人骨に関して一切の申請はなかった。つまり無断で焼かれたことになる。通報を受けた八丈島警察の調べにより、この人骨は七体分と判明。この中には子供の骨も混ざっていた。この火葬炉が最後に使用されたのは、発見五日前の八月六日である。そして人骨が発見されたのは、八月十一日。この四日間のあいだに何者かによって使用された。炉内が冷めていることから、八月十日を除外した三日間と考えられた。人骨の分析を行った結果、仏たちは少なくとも死後十年が経過していることがわかり、何者かによる「改葬」だと考えられた。八丈島の風習で一九八二年まで土葬が行われていた。法律が変わったために遺骨を掘り起こし、改めて火葬にした。これを「改葬」というのである。何者かが誰とも知らぬ死者の改葬をこの三日間のうちに行ったのである。警察は警視庁と合同捜査を行った。島内にあるすべての墓地六十四ヶ所が調べられた。はかに掘り起こされた形跡があれば、遺体の身元が判明するからだ。だが、驚いたことに、島内に点在するすべての墓地を確認しても、掘り起こされた形跡のある墓はなかった。「そんなわけがあるか!」と二度に亘って六十四ヶ所を調べたが、やはり掘り起こした形跡がなかった。捜査は私有地にも及んだ。これも空振りに終わった。これにより、「この骨は島外から持ち込まれたのではないか?」という仮説が浮上する。だが、持ち込んだ意図が判らなかった。「なぜ島外から遺体を持ち込んで、わざわざ火葬炉で焼いたのか?そして、なぜ炉内に放置したのか?」不可解な点はそれだけではなかった。この七体の人骨が発見された際、火葬炉には鍵が掛けられていた。火葬場の職員は「しっかり施錠されていた。ボイラーの重油バルブも元通りに閉まっていた。二号炉に七つの遺体のすべてが入れられていた。焼いた骨を拾うために設置される受け皿はなかった」と語っている。謎が謎を呼んだ。東京新聞は「お盆前のミステリー」と書き立てた。「これは犯罪がらみの遺体ではないか?何等かの犯罪に巻き込まれた被害者の遺体で、痕跡を残さないために無理やり燃やしたのではないか?」と日本中が探偵になっていた。または、「戦時中の骨ではないか?日本軍が島内に司令部を造ったが、この建設中に事故で無くなった作業員ではないか?」と毎朝新聞が真しやかに書いた。これは否定された。気持ち悪い噂が立った。人骨が発見される前日の夜、青い火の玉を見たと近所の島民が語った。この事件を過去に起こった事故と結びつける者がいた。この人骨事件の四十年前に起きた落盤事故である。島を横断する道路の建設中。七人の作業員がなくなったという痛ましい事故である。亡くなった作業員の数が七人。火葬場で見つかった人骨も七柱、、この七という数字は島では、不吉とされていた。それは、「七人坊主」という伝説である。はるか昔、八丈島の海岸に流れ着いた僧侶七人が島民に迫害され、惨苦の中で死んで行ったという物語である。僧侶たちは「妙な術を使う」と村人に恐れられ、迫害された。村道には柵や罠が設置され、食べ物の乏しい東山へ追われた。そこで、僧侶たちは村人を呪って、一人、また一人と死んで行った。村では、不吉な出来事が相次いだ。夜が来ると白装束を着た僧侶が村内を歩きまわった。秋の収穫期には、農作物が枯れた。そして家畜が次々に死んだ。そこで、村人たちは祟りを鎮めるため、東山の頂上に七人坊主の塚を建てた。だが、坊主の祟りはその程度では収まらず、現代になっても東山付近で坊主の話をすると必ずケガや病気という災いに見舞われた。「七人」というのは気味の悪い災忌と信じられるに至っている。一九九四年の七人の人骨は、この伝説を裏つけたのである。だが人骨事件は「七人坊主」ほどの不気味さはない。
「知念さん、この事件知っていたの?」
「知ってるよ。ルノワール殺人事件のとき、当時、刑事係長だった仁科さんから聞いた。事実は小説よりも奇なり」
「お聞きしたいんですが、この島の人口は七〇〇〇人ぐらいでしょ?火葬場に入ったのは男ですから、子供、女性、老人を除けば、犯人というか、その謎の男は割り出せたんじゃないですか?」
夏目葵がこのミステリーを解こうとしていた。
「そうだね、そのイメージに合う男は一〇〇〇人以下だっただろう」
警視庁の五人の刑事が宇喜多を見た。
「知念さん、捜査一課が、一年掛けて聴取したそうですが、どの人もアリバイがあったそうです」
――夜中、墓を掘り、火葬場に運び、ひとりで七人の亡骸を窯で焼く、、
「気味の悪い話しを聞いてしまったわ。私、今夜、寝られるかしら?」と有坂勝子が恐怖に慄いていた。
「米治さん、私、あなたの布団の横に布団敷いてもいい?」
丸子がびっくりしていた。だが内心、嬉しかった。だが、若い女性の匂いがして寝就かれなかった。眠れないまま朝が来た。羽田に着くと五人を警視庁の覆面パトカーが待っていた。警視庁に着くと、仁科課長の部屋に行った。
続く、、
人ではない
外国人は日本の司法を恐れていない。日本人もね。21歳。ふてくされた態度。社会人になっていない。「シベリア行き」ぐらいの強制労働収容所が必要になった。こういう劣等種を食わすほど日本には財源はないです。伊勢
第十二章
1
ハンクと有坂のふたりが、七月七日、大安吉日に結婚式を挙げ、新婚旅行は翌日、伊豆諸島の八丈島へ飛ぶことにした。滞在期間を三泊四日とした。
「よし、いい考えだ。結婚式を盛大にやろう」と仁科が即座に許可を出した。護衛は、知念、走馬。夏目葵と決めた。名目上、休暇である。
〇七:〇〇、丸子と有坂のにわか夫婦が、羽田を飛び立った。五〇分後、ANA一八九一便が、八丈島の東から侵入して難なく着陸した。丸子夫婦が天国荘にチェックインした。知念、走馬、夏目の三人は、前日の夕刻に着いていた。空港でレンタカーを借りて近くの「海のホテル」にチェックインした。戸仕切りのあるルームで、夏目は奥の六畳間に寝た。翌朝、知念がバルコニーに出ると、黒い蝙蝠傘のような大きな雲が三原山を覆っていた。知念と走馬が双眼鏡で天国荘の三階のバルコニーを見ていた。ガラス戸の内側の障子が開くと、ふたりがバルコニーに出てきた。有坂勝子がムウムウを着て赤いハイビスカスを髪に差しているのが可笑しかった。
「よし、着いたね」と知念が横に立っている夏目葵に双眼鏡を渡した。
「勝子さん、ムウムウを着てる。可笑しいわねえ」と葵がクスクスと笑った。常春の島は、来島するものを幸せにした。東京に比べて、信じられないほどの静けさが島を覆っていた。聞こえるのは、小鳥の囀りだけだった。知念が仁科に電話した。
「仁科課長、おはようございます」
「知念君、おはよう。八丈島はどうかね?」
「予定通りです。本日、丸子夫妻は、横間海水浴場でスノーケルだけです。その後は、自由となっています」
「それ、ガイドは付いてるのかね?」
「ええ、女性ですが、島で一番だそうです。ボクたちは発動機の着いた伝馬船で遠くから護衛します」
「知念君、携帯で話してはいけない。これで最後だ。暗号テキストを送ってくれたまえ」
10時30分、知念たち五人がバンに乗りこんだ。バンは八丈島警察署が用意したものである。予定通り、十一時に横間海岸に着いた。バンを降りたハンクと勝子が渡されたダイビングスーツを着ていた。その横にガイドの女性がいた。小柄だが、なかなか体格がいい。伝馬船も八丈島警察署が用意した。八丈島警察署は、警視庁が管轄する警察署の一つである。八丈町、青ヶ島村、ベヨネーズ岩礁、鳥島などを管轄し、署員は約四〇名である。署員は海の男たちで海軍なら海兵隊に近いのである。
「知念刑事さん、ようこそ、八丈島に、いらっしゃいました」と潮焼けした警官が四人を出迎えた。警官が宇喜多と名乗った。
「宇喜多秀家のご子孫ですか?」
「すべての宇喜多姓が秀家の末裔とは言えないんですが、みんな末裔だと吹聴していますよ」と大声で笑った。
「ボクらは、日本史も知らない刑事です。面白そうですから解説をお願します」
「それでは、講釈を仕ります」
「関ヶ原の戦で西軍の主力だった宇喜多秀家が東軍に惨敗。だが死罪を免れて、八丈島へ島流しとなりました。秀家と共に流刑となった長男と次男の、そのまた子孫が八丈島で血脈を伝えたと言われています。明治にはいり、一族は、東京に移住したが、数年後に八丈恋しく。島に戻った子孫の家系が現在も墓を守り続けています。八丈島の住人にとって、宇喜多は日本一の名前なんです」
宇喜多は二十代に見えた。走馬と夏目葵が日焼けした青年を見た。八丈島の住民は小柄でも体ががっしりしていた。知念、走馬、夏目、宇喜多の四人が伝馬船に乗り込んだ。
ハンク、有坂、ガイドの女性がサンゴ礁に向かって泳いで行った。そのサンゴ礁で色とりどりの熱帯魚やウミガメがたくさん見れるからである。ガイドが水中カメラを持っていた。海水は八丈ブルーである。伝馬船を目立たないように宇喜多が操船した。実に舵取りが上手であった。知念が夏目を見ていた。競泳用の水着を着た夏目葵がまぶしかった。葵は小柄なのに、胸、腕、脚が締まっており、セクシーな体をしていた。
「ボクも久しぶりに潜りたいな」
「知念さん、水温は二十三度ですからスーツは要らないのですよ。海水パンツは?」
「持って来なかったけど、ブリーフは禁止ですか?」
「いや、モノを剥き出しにするなという条例だけです」と宇喜多が笑った。知念が海に飛び込むと宇喜多も赤フンドシで飛び込んだ。
「まあ、男らしいわ」
「夏目さん、ボクも潜りたいけど船に残る」と走馬が言った。
「走馬さん、伝馬船の操作はできるの?」
「それぐらいできますよ」
笑顔を残して夏目葵が飛び込んだ。丸子たち三人が五十メートル先でスノーケルを楽しんでいるのが見えた。三人が海中に消えたと思うとクジラのように塩を吹いて浮上した。宇喜多が潜らず抜き手を切って有坂勝子に接近して行った。平泳ぎの知念が遅れた。ウミガメが知念の前を横切った。海底は一四メートルと浅くサンゴの陰にフグが出入りするのが見えた。ウツボが岩の下に頭を出していた。
「八丈では、ナダメって言うんですよ」といつの間にか知念の横に来ていた宇喜多が言った。そのナダメをよく見ようと知念が潜った。すると、岩の陰から黒いスーツを着たダイバーが海面に浮上するのが見えた。ダイバーが有坂勝子に近着いて行った。伝馬船の上で海面を見ていた走馬が、赤フンドシの宇喜多とダイバーが揉み合うのを見た。宇喜多がダイバーのマスクを手で掴んで引き剥がした。伝馬船がやってきた。ダイバーと宇喜多が上がってきた。走馬がダイバーに手錠を掛けた。ダイバーが驚いた目をした。
「なんで、わいが、こんな目に合わなならんねん?」
ダイバーは、大阪からきたタクシーの運ちゃんだと言った。騒ぎに気が着いた丸子たちが浜辺に泳いで行った。
「私は走馬と言います。警視庁の刑事なんです。殺人事件の犯人を追っているのです。ご迷惑をお掛けして済みませんでした」
「殺人事件?わかった。いいよ」
「丸子君、明日だがね、ツアーで、島を一周してくれないか?ボクたち三人も、滅多にない機会だから島を見たいんだ。バスは、朝九時に迎えに来る」
2
――八丈島梅雨情報、「雨のち晴れ」とニュースキャスターが言っていた。
「米治さん、おはよう」
「勝子さん、よく寝れた?」
「はい、でも仕切りの向こうから米治さんのいびきが聞こえたわ。あなたって人、呑気な人なのねえ」
天気予報の通りだった。有坂勝子がバルコニーに出ると三原山の上の雲の間に太陽が顔を出していた。歯を磨いていたハンクが何時の間にか横に来ていた。パジャマ姿のハンクが勝子の横顔を見ていた。ハンクは勝子よりもアタマひとつ背が低かった。ふたりがハイキング・シューズ、半袖、半ズボンを着て、ハイキング帽子を被った。時間通り九時きっかりにバスが出発した。ハンクと勝子は、運転手の真後ろの席に座った。やはり半袖、半ズボンの知念、走馬、夏目の三人がバスに乗ってくると左後方の席に座った。知念の黒い靴下が可笑しかった。走馬は革製のサンダルを履いていた。
「みなさま、おはようございます。私は、宇喜多ちはるです。本日は、みなさまの添乗員を務めさせて頂きます」
ガイドの若い女性の声が、すでに浮き浮きしていた観光客の気分を高揚させていた。
「みなさま、八丈島には、島を一周できる『八丈一周道路』があります。マップをご覧ください。右回りです。全長は約四五キロメートル。まもなく、八丈空港道路と交差する西見の交差点からスタートします」
ツアーが始まった。乗客がマップを見ていた。新婚旅行の若いカップルが多かった。
「ねえ、勝子さん、これ、なかなか面白そうだね?」
「この島は小さいんだけど、観光スポットが多いのね。私、沖縄に行ったことがあるけど、八丈島のほうが興奮するのよ」
「興奮ね?ボクには興奮しないの?みんなキッスしてるよ」
ハンクが上目使いで新婦を見ていた。
「はあ?」
有坂勝子が丸子米治の頬に接吻した。ハンクが悪戯っぽい目をした。
「みなさま、左手に見えるのが八丈小島です。一〇分で大越ヶ鼻灯台に着きます。是非バスを降りて海を見てください」
大越ヶ鼻灯台は、何の特長もない灯台に見えた。
「みなさまは、この灯台に、どういう意味があると思います?」
「知りませ~ん」
どこからともなく間抜けな声が響いた
「ハネムーンのお方には申し訳ありませんが、太平洋戦争を想ってください。この水道は硫黄島から北上する米国艦隊が通過する難所だったんです。八丈島は砦の島なんです」
ボーダー柄の青いワンピースを着た新婦が新郎を見た。セニアのカップルから新婚のカップルまで真面目な顔になっていた。小さな漁港を通って、東海岸の底土(そこど)海岸に来た。島をすでに半分回ったわけだが、観光なので二時間が掛かっていた。バスが登龍峠で停車した。階段を上って展望台に行った。山と海、、見事なパノラマが広がっていた。八丈小島が見える西海岸と違った風景なのである。円錐形の八丈富士が北に見える。眼下に、さっき通った底土の浜辺が見えた。得も言われぬ絶景に新婚のカップルが抱き合って見ていた。ハンクが有坂の手を取るのを知念が見た。
「みなさん、つぎのストップは、絶景の湯です。そこでお食事をなさって、温泉で汗を流してください」
「ワ~イ」
知念、走馬、夏目を除く、 十六人のカップルが歓声を上げた。走馬は写真をペンタックスに撮るのに熱中していた。
「走馬君、怪しい人物はいないね」
「先輩、怪しいのは、われわれ三人だけでしょうか?」と走馬が言うと夏目が笑った。
少し走ると西海岸に出た。大阪トンネルを通った。北に八重根港が見える。昨日、スノーケルを楽しんだ横間海水浴場が見えた。
「みなさん、竹芝桟橋から来る大型船が入港するのは底土(そこど)港が優先で、この八重根港は。底土港が嵐なら使われる避難港なんです」
バスが右折すると空港が見えた。ツアーが終わった。午後の二時である。五人の刑事が昼寝をすることにした。
「勝子さん、今夜どこで食べる?」
「私、洋食が食べたいの。海のない奈良県で生まれて育ったからよ」
「ビーフ・ステーキを探そう」
夕刻の六時、牛角でステーキを食うと知念にテキストした。知念が笑う声が聞こえた。
ハンクと勝子が白いクロスが掛かったテーブルに着いた。勝子はハンクよりも背が高い。
「あのふたり、すっかりハネムーン気分になってるよ」
3
「おはよう、知念先輩、今日の行動予定は何でしょうか?」
引き戸のある部屋から夏目葵が知念と走馬の部屋に来ていた。
「下の食堂で話そうか?」
「今日はね、丸子君と有坂君が、昨日、見た底土(そこど)海水浴場に行きたいって言うんだ。また、海水浴だから宇喜多さんの協力を要請したんだ。もちろん、二の返事です。ボク自身の考えだけど、山岳趣味のカルロは現れないと思っている。だが、用心に越したことはない」
宇喜多巡査が運転する日産が空港を通過して、宇喜多秀家の墓地を訪れた。知念たち三人はすでに到着していた。知念が苔むした宇喜多秀家の墓に線香をあげ、手を合わせた。底土には真昼に着いた。やはり思ったように何も怪しげなことは起きなかった。刑事たちは陽が傾くまで浜辺を楽しんだ。
「知念さん、私たち、お魚は食べたくないの」
「ああ、それなら『鯨亭』に行きましょう」と宇喜多が言った。
「あっ、鯨食べたいわ」と夏目葵がはしゃいだ。
六人が一部屋に集まっていた。夜の七時になっていた。女給さんが大きな皿を持って来た。見ると、鯨の刺身と生姜ニンニク焼きとベーコンである。
「ワー、これ美味しいのよ」と夏目がはしゃいだ。
「これは、ミンククジラなんです。日本の近海クジラで一番豊富なんです」
「でも南氷洋の調査捕鯨が無くなったから、供給不足じゃないの?」
「いいえ、クジラは捕っても減らないんです」
「でも、これ一皿三〇〇〇円ですが?飲み物入れると高いわよ」
ルーキーの有坂勝子と丸子米治が心配そうに知念の顔を見ていた。
「結構、節約したからね。今夜は、君たちの仕事はない。明日の朝十時に八丈島を発つ」
「八丈島は天国なのね」と有坂勝子がお茶を飲みながら呟いた。そのとき、宇喜多が、八丈島はそれほど天国ではないと言った。
「まず、この島には不動産の詐欺がおおっぴらに横行しているんです。東京の人は簡単に騙されるんです。それとは別に未解決事件もあるんです」
「エエ?この小島にも未解決事件があるんですか?」と夏目が驚いた。宇喜多が二十三年年前に起きた事件を話した。
――一九九四年。八丈島八丈町。お盆を直前に控えた八月十一日、その日に予定されていた葬儀のため火葬場の職員が炉を開けたところ、炉内にぎっしり詰め込まれた人骨を発見した。業務で人骨に見慣れた職員とはいえ、これには驚愕した。通常、この火葬場の炉を使用する際には、墓地、埋葬などに関する法律に規定される通り、市町村長の許可を受けなければならない。だが、この炉内に詰め込まれた人骨に関して一切の申請はなかった。つまり無断で焼かれたことになる。通報を受けた八丈島警察の調べにより、この人骨は七体分と判明。この中には子供の骨も混ざっていた。この火葬炉が最後に使用されたのは、発見五日前の八月六日である。そして人骨が発見されたのは、八月十一日。この四日間のあいだに何者かによって使用された。炉内が冷めていることから、八月十日を除外した三日間と考えられた。人骨の分析を行った結果、仏たちは少なくとも死後十年が経過していることがわかり、何者かによる「改葬」だと考えられた。八丈島の風習で一九八二年まで土葬が行われていた。法律が変わったために遺骨を掘り起こし、改めて火葬にした。これを「改葬」というのである。何者かが誰とも知らぬ死者の改葬をこの三日間のうちに行ったのである。警察は警視庁と合同捜査を行った。島内にあるすべての墓地六十四ヶ所が調べられた。はかに掘り起こされた形跡があれば、遺体の身元が判明するからだ。だが、驚いたことに、島内に点在するすべての墓地を確認しても、掘り起こされた形跡のある墓はなかった。「そんなわけがあるか!」と二度に亘って六十四ヶ所を調べたが、やはり掘り起こした形跡がなかった。捜査は私有地にも及んだ。これも空振りに終わった。これにより、「この骨は島外から持ち込まれたのではないか?」という仮説が浮上する。だが、持ち込んだ意図が判らなかった。「なぜ島外から遺体を持ち込んで、わざわざ火葬炉で焼いたのか?そして、なぜ炉内に放置したのか?」不可解な点はそれだけではなかった。この七体の人骨が発見された際、火葬炉には鍵が掛けられていた。火葬場の職員は「しっかり施錠されていた。ボイラーの重油バルブも元通りに閉まっていた。二号炉に七つの遺体のすべてが入れられていた。焼いた骨を拾うために設置される受け皿はなかった」と語っている。謎が謎を呼んだ。東京新聞は「お盆前のミステリー」と書き立てた。「これは犯罪がらみの遺体ではないか?何等かの犯罪に巻き込まれた被害者の遺体で、痕跡を残さないために無理やり燃やしたのではないか?」と日本中が探偵になっていた。または、「戦時中の骨ではないか?日本軍が島内に司令部を造ったが、この建設中に事故で無くなった作業員ではないか?」と毎朝新聞が真しやかに書いた。これは否定された。気持ち悪い噂が立った。人骨が発見される前日の夜、青い火の玉を見たと近所の島民が語った。この事件を過去に起こった事故と結びつける者がいた。この人骨事件の四十年前に起きた落盤事故である。島を横断する道路の建設中。七人の作業員がなくなったという痛ましい事故である。亡くなった作業員の数が七人。火葬場で見つかった人骨も七柱、、この七という数字は島では、不吉とされていた。それは、「七人坊主」という伝説である。はるか昔、八丈島の海岸に流れ着いた僧侶七人が島民に迫害され、惨苦の中で死んで行ったという物語である。僧侶たちは「妙な術を使う」と村人に恐れられ、迫害された。村道には柵や罠が設置され、食べ物の乏しい東山へ追われた。そこで、僧侶たちは村人を呪って、一人、また一人と死んで行った。村では、不吉な出来事が相次いだ。夜が来ると白装束を着た僧侶が村内を歩きまわった。秋の収穫期には、農作物が枯れた。そして家畜が次々に死んだ。そこで、村人たちは祟りを鎮めるため、東山の頂上に七人坊主の塚を建てた。だが、坊主の祟りはその程度では収まらず、現代になっても東山付近で坊主の話をすると必ずケガや病気という災いに見舞われた。「七人」というのは気味の悪い災忌と信じられるに至っている。一九九四年の七人の人骨は、この伝説を裏つけたのである。だが人骨事件は「七人坊主」ほどの不気味さはない。
「知念さん、この事件知っていたの?」
「知ってるよ。ルノワール殺人事件のとき、当時、刑事係長だった仁科さんから聞いた。事実は小説よりも奇なり」
「お聞きしたいんですが、この島の人口は七〇〇〇人ぐらいでしょ?火葬場に入ったのは男ですから、子供、女性、老人を除けば、犯人というか、その謎の男は割り出せたんじゃないですか?」
夏目葵がこのミステリーを解こうとしていた。
「そうだね、そのイメージに合う男は一〇〇〇人以下だっただろう」
警視庁の五人の刑事が宇喜多を見た。
「知念さん、捜査一課が、一年掛けて聴取したそうですが、どの人もアリバイがあったそうです」
――夜中、墓を掘り、火葬場に運び、ひとりで七人の亡骸を窯で焼く、、
「気味の悪い話しを聞いてしまったわ。私、今夜、寝られるかしら?」と有坂勝子が恐怖に慄いていた。
「米治さん、私、あなたの布団の横に布団敷いてもいい?」
丸子がびっくりしていた。だが内心、嬉しかった。だが、若い女性の匂いがして寝就かれなかった。眠れないまま朝が来た。羽田に着くと五人を警視庁の覆面パトカーが待っていた。警視庁に着くと、仁科課長の部屋に行った。
続く、、
人ではない
外国人は日本の司法を恐れていない。日本人もね。21歳。ふてくされた態度。社会人になっていない。「シベリア行き」ぐらいの強制労働収容所が必要になった。こういう劣等種を食わすほど日本には財源はないです。伊勢
09/15 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十一章
六月二十九日、火曜日、、
「仁科課長および先輩の捜査官の方々に報告を致します」
知念が、夏目葵と有坂勝子が襲われた事件を話した。室内がどよめいた。ベテラン刑事たちが怖い顔になった。
「包丁を持って襲ってきた男は建築現場のボッカズボンを履いていたのが特徴です。有坂刑事に比較すると、男の身長は、一七〇センチ、体重六八キロ前後と思われます」
「山田君、君の意見は何ですか?」
「夏目刑事に包丁を突き付けた男は、地蔵峠人形事件のホシだと思います」
再び会議室がどよめいた。主任捜査官が手を挙げた。
「ホシはどうして、夏目君、有坂君を襲ったんだろうか?」
「短時日に、二度も沢田家を訪問したからでしょう」
「誘拐犯が警視庁に挑戦するなんて、古今東西、聞いたことがない。ホシは自信があり、行動力もある。我々は覚悟を決めて戦う。それと。携帯の交信をコンピューター室に指導して貰う」
「課長、山田君が公園で発砲したことは問題にはならないんですか?」と、もうひとりの刑事が心配していた。
「ああ、それね、警視正が長野県警と話し合った。幸いなことに、銃声を聞いた人がいなかった。二五口径のワルサーは音が小さいんだ」
「課長、俺らは、そのワルサちゅうの、見たことがない。見せて頂きたい」
山田がブリーフケースを開けてワルサーPPKを取り出した。ドイツのカール・ワルサー社が私服刑事用拳銃として開発した小型の自動拳銃である。山田がクリップを抜いて丸くなって集まった捜査官に手渡した。刑事たちが、玩具に見える小型拳銃を手に取って、しげしげと見ていた。
「俺にも一丁くれんかなあ?」
「いや、これ高いんだ。特別に許可を得た者にしか供与されない。君たちがガサ入れに携行するニューナンブM六〇は、ワルサーより殺傷力がある」
「みなさん、議題に戻りますが、まず、この誘拐犯を『カルロ』と名着けます。理由ですが、イタリアのオペラの名曲が入ったCDをツツジ平で落としたからです。紛失届けがないのです。落としたのは犯人ではないかと思うんです。届けを出さなかった理由は受領書に運転免許証などのIDを要求されるからです。夏目葵刑事と有坂勝子刑事の犯人は写真家であるという報告から、カルロの年齢は、三〇台だと思われます。二十台では写真のプロにはなれないと言われています」
「知念君、カルロね、いいネーミングだ。山田君はカルロに見られた。面識のない新人を当てる」
「それでは、最後に夏目葵君と有坂勝子君の要望を聞きたい。なにしろ女性だからね。つまり、抜けてもいいのですよ」
「仁科課長、とんでもない。私は残ります」とふたりの婦人捜査官が同時に言った。
七月一日、金曜日、、
「走馬君、どこから始めようか?」
走馬が考えていた、、
「係長、一つアイデアがあります」
「聞かせてくれ給え」
「カルロを誘い出しましょう」
「誘い水を掛けると?」
「そうです。ボクは、カルロは有坂君を襲うと思うんです。なにしろ、体当たりされて屈辱を受けたんですから」
「それで?」
「有坂勝子刑事に新婚旅行と口実を付けて、七月に、三日間の休暇を出してください」
「それで?」
「有坂君が好きなところへ旅をする、、」
「走馬君、それ、おとり捜査じゃないのか?」と知念が抗議した。
「そうですが、われわれも休暇を貰って有坂君を護衛する」
知念が沈黙していた。
「有坂君の新郎は誰なの?」
「そうですね、若い刑事を探しましょう」
「私が探します」と有坂勝子が大声で言った。
「君たち、ちょっと待ってくれ。仁科課長に意見を聞こう」
「う~む、おとり捜査か?承認すれば、俺の責任は重いねえ」
仁科が天井を見上げた。
「仁科課長、有坂勝子刑事は、自らの責任でと言っています」
「よし、そのハネムーンの旅程を考えてくれ給え」
おとり捜査を仁科が決心した。
「有坂君と夏目君が新郎を決めました。特捜部、一年生の丸子米治刑事です」
「丸子君を、ここに呼んでくれないか?」
知念が内線電話を取ると、五分後に、丸子がやってきた。
「丸子君、これ、そうとうリスクが高い任務だよ。どうして引き受けたのかね?」
「課長、危険は承知ですが、一度、結婚って何なのか体験してみたいのです」
「おいおい、有坂君は、君の女房じゃないよ」と仁科が言うと、刑事たちがどっと笑った。
「仁科課長、丸子君は日大のレスリング部にいたんです。ニックネームはハンク。それが、有坂君が丸子君を選んだ理由だそうです」
「ハンク丸子と有坂勝子ねえ?プロレス夫婦かね?」
また爆笑が起きた。そこへ山田刑事が入ってきた。
「何を笑っているんですか?」
「山田君、ご苦労さまでした」
「いやいや、仕事ですからね。課長、この二五口径を丸子君に教えないといけませんね」
ハンクの目が大きくなった。
「そこで、丸子夫婦の新婚旅行だが、どこへ行くんかね?」
有坂勝子が、夫婦と言われてみるとそんな気がした。勝子の顔が赤くなるのを夏目葵が見た。
続く、、
外された日本を憂う、、
太平洋の重鎮、日本が外された。日本の理屈がどうあれ外された。在日米軍は中露に日本を蹂躙させることはないが、それは本土と沖縄までで、尖閣諸島や日本の船舶を守るということではないです。他力本願の日本政府は甘いんです。この消極的な姿勢は国民にもあるよね。報道はこれを指摘せず言葉を濁している。日本は日本人が守る。これ原則ですよ。伊勢
第十一章
六月二十九日、火曜日、、
「仁科課長および先輩の捜査官の方々に報告を致します」
知念が、夏目葵と有坂勝子が襲われた事件を話した。室内がどよめいた。ベテラン刑事たちが怖い顔になった。
「包丁を持って襲ってきた男は建築現場のボッカズボンを履いていたのが特徴です。有坂刑事に比較すると、男の身長は、一七〇センチ、体重六八キロ前後と思われます」
「山田君、君の意見は何ですか?」
「夏目刑事に包丁を突き付けた男は、地蔵峠人形事件のホシだと思います」
再び会議室がどよめいた。主任捜査官が手を挙げた。
「ホシはどうして、夏目君、有坂君を襲ったんだろうか?」
「短時日に、二度も沢田家を訪問したからでしょう」
「誘拐犯が警視庁に挑戦するなんて、古今東西、聞いたことがない。ホシは自信があり、行動力もある。我々は覚悟を決めて戦う。それと。携帯の交信をコンピューター室に指導して貰う」
「課長、山田君が公園で発砲したことは問題にはならないんですか?」と、もうひとりの刑事が心配していた。
「ああ、それね、警視正が長野県警と話し合った。幸いなことに、銃声を聞いた人がいなかった。二五口径のワルサーは音が小さいんだ」
「課長、俺らは、そのワルサちゅうの、見たことがない。見せて頂きたい」
山田がブリーフケースを開けてワルサーPPKを取り出した。ドイツのカール・ワルサー社が私服刑事用拳銃として開発した小型の自動拳銃である。山田がクリップを抜いて丸くなって集まった捜査官に手渡した。刑事たちが、玩具に見える小型拳銃を手に取って、しげしげと見ていた。
「俺にも一丁くれんかなあ?」
「いや、これ高いんだ。特別に許可を得た者にしか供与されない。君たちがガサ入れに携行するニューナンブM六〇は、ワルサーより殺傷力がある」
「みなさん、議題に戻りますが、まず、この誘拐犯を『カルロ』と名着けます。理由ですが、イタリアのオペラの名曲が入ったCDをツツジ平で落としたからです。紛失届けがないのです。落としたのは犯人ではないかと思うんです。届けを出さなかった理由は受領書に運転免許証などのIDを要求されるからです。夏目葵刑事と有坂勝子刑事の犯人は写真家であるという報告から、カルロの年齢は、三〇台だと思われます。二十台では写真のプロにはなれないと言われています」
「知念君、カルロね、いいネーミングだ。山田君はカルロに見られた。面識のない新人を当てる」
「それでは、最後に夏目葵君と有坂勝子君の要望を聞きたい。なにしろ女性だからね。つまり、抜けてもいいのですよ」
「仁科課長、とんでもない。私は残ります」とふたりの婦人捜査官が同時に言った。
七月一日、金曜日、、
「走馬君、どこから始めようか?」
走馬が考えていた、、
「係長、一つアイデアがあります」
「聞かせてくれ給え」
「カルロを誘い出しましょう」
「誘い水を掛けると?」
「そうです。ボクは、カルロは有坂君を襲うと思うんです。なにしろ、体当たりされて屈辱を受けたんですから」
「それで?」
「有坂勝子刑事に新婚旅行と口実を付けて、七月に、三日間の休暇を出してください」
「それで?」
「有坂君が好きなところへ旅をする、、」
「走馬君、それ、おとり捜査じゃないのか?」と知念が抗議した。
「そうですが、われわれも休暇を貰って有坂君を護衛する」
知念が沈黙していた。
「有坂君の新郎は誰なの?」
「そうですね、若い刑事を探しましょう」
「私が探します」と有坂勝子が大声で言った。
「君たち、ちょっと待ってくれ。仁科課長に意見を聞こう」
「う~む、おとり捜査か?承認すれば、俺の責任は重いねえ」
仁科が天井を見上げた。
「仁科課長、有坂勝子刑事は、自らの責任でと言っています」
「よし、そのハネムーンの旅程を考えてくれ給え」
おとり捜査を仁科が決心した。
「有坂君と夏目君が新郎を決めました。特捜部、一年生の丸子米治刑事です」
「丸子君を、ここに呼んでくれないか?」
知念が内線電話を取ると、五分後に、丸子がやってきた。
「丸子君、これ、そうとうリスクが高い任務だよ。どうして引き受けたのかね?」
「課長、危険は承知ですが、一度、結婚って何なのか体験してみたいのです」
「おいおい、有坂君は、君の女房じゃないよ」と仁科が言うと、刑事たちがどっと笑った。
「仁科課長、丸子君は日大のレスリング部にいたんです。ニックネームはハンク。それが、有坂君が丸子君を選んだ理由だそうです」
「ハンク丸子と有坂勝子ねえ?プロレス夫婦かね?」
また爆笑が起きた。そこへ山田刑事が入ってきた。
「何を笑っているんですか?」
「山田君、ご苦労さまでした」
「いやいや、仕事ですからね。課長、この二五口径を丸子君に教えないといけませんね」
ハンクの目が大きくなった。
「そこで、丸子夫婦の新婚旅行だが、どこへ行くんかね?」
有坂勝子が、夫婦と言われてみるとそんな気がした。勝子の顔が赤くなるのを夏目葵が見た。
続く、、
外された日本を憂う、、
太平洋の重鎮、日本が外された。日本の理屈がどうあれ外された。在日米軍は中露に日本を蹂躙させることはないが、それは本土と沖縄までで、尖閣諸島や日本の船舶を守るということではないです。他力本願の日本政府は甘いんです。この消極的な姿勢は国民にもあるよね。報道はこれを指摘せず言葉を濁している。日本は日本人が守る。これ原則ですよ。伊勢
09/14 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第十章
1
「係長、犯人がサイコなら精神治療を受けた学生に絞ると浮上するのかも知れません」
「夏目君、ボクに一週間くれないか?」
「係長、沢田ちえみに愛人がいた?なぜか、ちえみは両親に言わなかった。両親が娘の彼氏を知っているなら、早く特定するべきです。私は、もう一度、沢田ちえみの両親を訪ねたいんです」と夏目が知念に言った。
「う~ん、どうしょうか?」
「係長、私と有坂刑事を千曲へ出張させてください」
「そうだね、電話では済まないし、質問が、一つあるだけだからね。何時出発する?」
「まず、沢田家に電話で面会の許可を得てください。向こうの都合もあります」
ちえみの父親が、六月二五日の日曜日の夕刻なら空いていると面会を承諾した。知念が婦人捜査官二人を送ると言った。面会を午後五時に決めた。
「係長、婦人刑事二人で大丈夫かなあ?」と走馬が言った。
「いや、私服の刑事を着けてある」
2
日曜日の昼下がり、夏目葵と有坂勝子が北陸新幹線『あさま六一一号』に乗った。車内で売り子から弁当を買って食べた。ふたりとも無口だった。長野に、一四:四八に着いた。ふたりがデッキを降りた。ふたりの後ろから私服の刑事が降りた。
「ねえ、勝子さん、男性の刑事がいないと、不安だわねえ?女は、所詮、女なんだわ?」
「葵さん、これ、ただの出張じゃないですからね」
「でも、事件解決の鍵が得られる保証はないのよ」
「そうですね、もしも、話したくなかったら」
ふたりが「しなの鉄道」に乗って千曲に着いた。長野から一七分である。
私服の刑事は、山田松男である。山田は、定年退職の間際であった。山田は小柄で肌の色が黒かった。それが理由で、パテック・フィリッペがよく似合った。山田が銀婚式のとき、夫婦で行ったスイスで買った腕時計である。山田がその時計を見た。午後の五時だった。山田松男は、三六年間の刑事人生にくたびれていた。山田が長野駅前でタクシーに乗った。しなの電鉄で千曲へ行く婦人刑事たちよりも、早く沢田家のある一角に入った。沢田家を通り過ぎて、二〇〇メートル南で降りた。山田が、スターバックスに入った。その頃、夏目葵がちえみの父親である沢田健司に質問をしていた。
「沢田さん、ちえみさんの男友達を知っていますか?」
沢田健司は目を瞑って即答しなかった。
「これは大事なんです。知っているなら教えてください」と夏目がすがる思いで言った。沢田健司がケースから煙草を一本取って火を着けた。アメリカ製の煙草である。沢田健司が肺臓まで届けと深く吸った。そして、横を向いて煙りを吐き出した。甘い匂いがした。
「知っているというわけじゃないんです。庭で、ちえみが携帯で誰かと話していたんです」
「沢田さん、警視庁は、ちえみさんの携帯の着信記録を調べたんですが、割り出した携帯の持ち主が携帯を失くしたことに気が着いて紛失届けを出したと証言したのです」
「そうですか。ちえみが一言、『先生、写真展、お目出とう』と言ったのです。ちえみが、私が庭下駄を履く音に気が着いて電話を切ったのです。私は詮索しなかった。それだけです」
「写真展ですか?入選したとか?ちえみさんのご趣味は写真なんですか?」
有坂が長野女子短大を想い出していた。
「いえ、押し花なんです」と母親が言った。
夏目がハッとした。
――ああ、それで、湯の丸山へ行ったんだわ、、
「それだけでも、助かります」と夏目葵が謝意を述べて立ち上がった。
夏目と有坂が外に出た。
「葵さん、ちょっと、この町を歩いてみませんか?」
「勝子さん、私も、そう言おうと思ってたのよ。コーヒーを飲みたいしね」と葵が笑った。二人がスターバックスに入った。刑事の習性で店内を観察した。小柄で角刈り、目つきが悪い男が新聞を読んでいた。葵が男の飛ばす鋭い目に危険を感じた。葵が、クリームを盛り上げた「チリ・モカ」とクロワッサンをテイクアウトした。男が気になったからである。ふたりが店を出て千曲川まで歩いた。製材所、農具展示場、製パンの工場、、何でもあるが、見るものは何もない町である。千曲川のほとりに公園があった。二人がベンチに腰かけた。千曲川の対岸の大峰山から大きな月が昇ってきた。見事な満月だ。
「勝子さん、こういう憩いのひとときって大事ね」
「先輩、沢田健司だけど、娘に愛人がいたと感着いていたと思うのよ」
「それで?」
「沢田健司は元刑事だった。ひとり娘の彼氏を突きとめたくなかったのかしら?」
「勝子さん、それが、ちえみさんが高崎へ行った理由なんだわ。沢田は、彼氏は女子短大のある長野市の人間と思っていたんでしょうね」
そのとき、後ろの白樺林から黒い影が飛び出した。足音に葵が振り返った。男は目出し帽に黒い皮ジャン、ボッカズボンを履いていた。黒いマスクで顔を覆っていて、まるで忍者のような黒ずくめである。葵は男が暴漢であるとすぐに気が着いた。
「おい、カネを出せ」
男は左手に包丁を持って、夏目葵の胸に突き付けた。それを見た有坂勝子が全身の力で男に体当たりした。男が動揺した。夏目葵と有坂勝子が公園の入口に向かって走った。男が追いかけて来た。
「パ~ン、パ~ン」とピストルの音がした。男が白樺林の中に逃げた。
「君たちケガはなかったか?」
葵が、声がした方角を見るとスターバックスで新聞を読んでいた男だった。男が小型の拳銃を胸に下げた革のケースに入れた。
「山田松男です」と警視庁刑事部の手帳を見せた。
「まあ、刑事さんだったのですか?有難うございました。私は、夏目葵です。山田さんが拳銃を撃たなかったら、私は、もうこの世には、、」と言って葵が黙った。有坂勝子が手の震えを抑えられなかった。
「あなたは、若いのに勇気がありますね」
「有坂勝子です」と言った声がかすれていた。
「勝子さん、命の恩人だわ」とふたりが抱き合った。
山田刑事がタクシーを止めた。運転手が窓を開けた。
「運転手さん、上田へ行ってくれないか?」
夏目と有坂が車の中で私服に着替えた。運ちゃんがふたりのブラジャー姿をバックミラーで見ていた。夏目葵が、知念を携帯に呼び出した。知念が驚く様子が伝わってきた。
「夏目君、今夜は、上田か東御(とうみ)に泊まりなさい。理由は、その男が追っかけてくるからです」
包丁を振り翳して追って来る男を想い出した夏目葵が真っ青になった。
「運転手さん、上田に安いホテルないかね?」
「上田城跡なら真田旅館がありますよ」
「旅館か」
「山田さん、いいんじゃないの?あの男でも、まさか、刑事が旅館に泊まるとは考えないでしょうから」
「よし、そうしよう」
ふたりの婦人刑事が山田松男を好きになっていた。
「山田さん、何か、お父さんって感じねえ」
「ハハハ、それは、それは。嫁いだ娘があなたの歳と同じなんですよ」
「まあ、わたしの歳を知っているんですか?」
「夏目君、俺、こう見えても刑事だよ。ま、知念君から聞いた」
真田旅館の前に着いた。夏目と有坂が部屋に入ると知念に電話をかけた。
「旅館?いいけど、明日の朝、警視庁が車を出すからその真田旅館で待機していてください。そうね、正午にしよう。それまで、町をぶらつかず、旅館で休んでいてください」
翌日の正午きっかりに警官が運転する警視庁の黒い日産セドリックが真田旅館の前に停まった。
「大変です。山田さま、山田さま、大変です。何か、おおぜいの警察官が来てますよ。何が起きたんですか?」と亭主が息咳切って山田に伝えた。山田が警察手帳を見せた。
「山田さまは刑事さんだったんですか?あの女性たちも?」
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
伊勢を作家に育てるためと、以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
第十章
1
「係長、犯人がサイコなら精神治療を受けた学生に絞ると浮上するのかも知れません」
「夏目君、ボクに一週間くれないか?」
「係長、沢田ちえみに愛人がいた?なぜか、ちえみは両親に言わなかった。両親が娘の彼氏を知っているなら、早く特定するべきです。私は、もう一度、沢田ちえみの両親を訪ねたいんです」と夏目が知念に言った。
「う~ん、どうしょうか?」
「係長、私と有坂刑事を千曲へ出張させてください」
「そうだね、電話では済まないし、質問が、一つあるだけだからね。何時出発する?」
「まず、沢田家に電話で面会の許可を得てください。向こうの都合もあります」
ちえみの父親が、六月二五日の日曜日の夕刻なら空いていると面会を承諾した。知念が婦人捜査官二人を送ると言った。面会を午後五時に決めた。
「係長、婦人刑事二人で大丈夫かなあ?」と走馬が言った。
「いや、私服の刑事を着けてある」
2
日曜日の昼下がり、夏目葵と有坂勝子が北陸新幹線『あさま六一一号』に乗った。車内で売り子から弁当を買って食べた。ふたりとも無口だった。長野に、一四:四八に着いた。ふたりがデッキを降りた。ふたりの後ろから私服の刑事が降りた。
「ねえ、勝子さん、男性の刑事がいないと、不安だわねえ?女は、所詮、女なんだわ?」
「葵さん、これ、ただの出張じゃないですからね」
「でも、事件解決の鍵が得られる保証はないのよ」
「そうですね、もしも、話したくなかったら」
ふたりが「しなの鉄道」に乗って千曲に着いた。長野から一七分である。
私服の刑事は、山田松男である。山田は、定年退職の間際であった。山田は小柄で肌の色が黒かった。それが理由で、パテック・フィリッペがよく似合った。山田が銀婚式のとき、夫婦で行ったスイスで買った腕時計である。山田がその時計を見た。午後の五時だった。山田松男は、三六年間の刑事人生にくたびれていた。山田が長野駅前でタクシーに乗った。しなの電鉄で千曲へ行く婦人刑事たちよりも、早く沢田家のある一角に入った。沢田家を通り過ぎて、二〇〇メートル南で降りた。山田が、スターバックスに入った。その頃、夏目葵がちえみの父親である沢田健司に質問をしていた。
「沢田さん、ちえみさんの男友達を知っていますか?」
沢田健司は目を瞑って即答しなかった。
「これは大事なんです。知っているなら教えてください」と夏目がすがる思いで言った。沢田健司がケースから煙草を一本取って火を着けた。アメリカ製の煙草である。沢田健司が肺臓まで届けと深く吸った。そして、横を向いて煙りを吐き出した。甘い匂いがした。
「知っているというわけじゃないんです。庭で、ちえみが携帯で誰かと話していたんです」
「沢田さん、警視庁は、ちえみさんの携帯の着信記録を調べたんですが、割り出した携帯の持ち主が携帯を失くしたことに気が着いて紛失届けを出したと証言したのです」
「そうですか。ちえみが一言、『先生、写真展、お目出とう』と言ったのです。ちえみが、私が庭下駄を履く音に気が着いて電話を切ったのです。私は詮索しなかった。それだけです」
「写真展ですか?入選したとか?ちえみさんのご趣味は写真なんですか?」
有坂が長野女子短大を想い出していた。
「いえ、押し花なんです」と母親が言った。
夏目がハッとした。
――ああ、それで、湯の丸山へ行ったんだわ、、
「それだけでも、助かります」と夏目葵が謝意を述べて立ち上がった。
夏目と有坂が外に出た。
「葵さん、ちょっと、この町を歩いてみませんか?」
「勝子さん、私も、そう言おうと思ってたのよ。コーヒーを飲みたいしね」と葵が笑った。二人がスターバックスに入った。刑事の習性で店内を観察した。小柄で角刈り、目つきが悪い男が新聞を読んでいた。葵が男の飛ばす鋭い目に危険を感じた。葵が、クリームを盛り上げた「チリ・モカ」とクロワッサンをテイクアウトした。男が気になったからである。ふたりが店を出て千曲川まで歩いた。製材所、農具展示場、製パンの工場、、何でもあるが、見るものは何もない町である。千曲川のほとりに公園があった。二人がベンチに腰かけた。千曲川の対岸の大峰山から大きな月が昇ってきた。見事な満月だ。
「勝子さん、こういう憩いのひとときって大事ね」
「先輩、沢田健司だけど、娘に愛人がいたと感着いていたと思うのよ」
「それで?」
「沢田健司は元刑事だった。ひとり娘の彼氏を突きとめたくなかったのかしら?」
「勝子さん、それが、ちえみさんが高崎へ行った理由なんだわ。沢田は、彼氏は女子短大のある長野市の人間と思っていたんでしょうね」
そのとき、後ろの白樺林から黒い影が飛び出した。足音に葵が振り返った。男は目出し帽に黒い皮ジャン、ボッカズボンを履いていた。黒いマスクで顔を覆っていて、まるで忍者のような黒ずくめである。葵は男が暴漢であるとすぐに気が着いた。
「おい、カネを出せ」
男は左手に包丁を持って、夏目葵の胸に突き付けた。それを見た有坂勝子が全身の力で男に体当たりした。男が動揺した。夏目葵と有坂勝子が公園の入口に向かって走った。男が追いかけて来た。
「パ~ン、パ~ン」とピストルの音がした。男が白樺林の中に逃げた。
「君たちケガはなかったか?」
葵が、声がした方角を見るとスターバックスで新聞を読んでいた男だった。男が小型の拳銃を胸に下げた革のケースに入れた。
「山田松男です」と警視庁刑事部の手帳を見せた。
「まあ、刑事さんだったのですか?有難うございました。私は、夏目葵です。山田さんが拳銃を撃たなかったら、私は、もうこの世には、、」と言って葵が黙った。有坂勝子が手の震えを抑えられなかった。
「あなたは、若いのに勇気がありますね」
「有坂勝子です」と言った声がかすれていた。
「勝子さん、命の恩人だわ」とふたりが抱き合った。
山田刑事がタクシーを止めた。運転手が窓を開けた。
「運転手さん、上田へ行ってくれないか?」
夏目と有坂が車の中で私服に着替えた。運ちゃんがふたりのブラジャー姿をバックミラーで見ていた。夏目葵が、知念を携帯に呼び出した。知念が驚く様子が伝わってきた。
「夏目君、今夜は、上田か東御(とうみ)に泊まりなさい。理由は、その男が追っかけてくるからです」
包丁を振り翳して追って来る男を想い出した夏目葵が真っ青になった。
「運転手さん、上田に安いホテルないかね?」
「上田城跡なら真田旅館がありますよ」
「旅館か」
「山田さん、いいんじゃないの?あの男でも、まさか、刑事が旅館に泊まるとは考えないでしょうから」
「よし、そうしよう」
ふたりの婦人刑事が山田松男を好きになっていた。
「山田さん、何か、お父さんって感じねえ」
「ハハハ、それは、それは。嫁いだ娘があなたの歳と同じなんですよ」
「まあ、わたしの歳を知っているんですか?」
「夏目君、俺、こう見えても刑事だよ。ま、知念君から聞いた」
真田旅館の前に着いた。夏目と有坂が部屋に入ると知念に電話をかけた。
「旅館?いいけど、明日の朝、警視庁が車を出すからその真田旅館で待機していてください。そうね、正午にしよう。それまで、町をぶらつかず、旅館で休んでいてください」
翌日の正午きっかりに警官が運転する警視庁の黒い日産セドリックが真田旅館の前に停まった。
「大変です。山田さま、山田さま、大変です。何か、おおぜいの警察官が来てますよ。何が起きたんですか?」と亭主が息咳切って山田に伝えた。山田が警察手帳を見せた。
「山田さまは刑事さんだったんですか?あの女性たちも?」
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
伊勢を作家に育てるためと、以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
09/13 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第九章
1
レナの前に立っているゴルバニの腕は丸太のように見えた。その両腕を胸の前で組んでいた。手が野球のグローブのように大きく、太腿は、直径五〇センチはあった。胸の筋肉が盛り上がっている。その胸にブロンドの胸毛が生えている。頭もブロンドである。その金髪に櫛を入れ、四分六に分けていた。ゴルバニは前方をまっすぐ見ていた。レナは看護婦長である。レナがゴルバニの体格を見ていた。レナの横に小人が立っていた。セムシである。ゴルバニが小人を見た。セムシはゴルバニに目もくれなかった。
「ゴルバニ、あんたは、ルーマニア人だね?前の職業は、ブカレストの刑務所の看守だね?この孤児院には精神病を患う子供が多くいるのを知っているか?ほとんどの子供は出生が判らない。凶暴なのもいる。女の子も、男の子も、温和しくない。包丁で刺してきた女の子がいる。これが、あんたに分かるか?あんたは、ミーの命令に従うか?」
「ミス、レナ、ルーマニアに革命が起きた。俺は、ライチェシェク王に反抗する者を処刑する役だった。共産党は王様を殺した。ルーマニアに帰れば俺も殺される。ここで働かせてくれ」
「この孤児院には秘密がある。秘密を洩らさない約束を守れるか?」
「ミス、レナ、言ったように俺にも秘密がある。心配要らない」
孤児たちはゴルバニを恐れていた。ゴルバニは、蛇を手に持って子供たちに見せた。体長が二メートルはある黒い蛇だった。食い物を盗んだ子供が蛇のいる部屋に入れられた。ゴルバニはゴムで出来た警棒を持っていた。この警棒で子供のパンツを剥ぎ、尻を容赦なく叩いた。叩くとき、ゴルバニは笑みを浮かべていた。
その日、キルケが叩かれた。キルケは十三歳の女の子である。キルケは職員の食堂のヘルパーである。キルケがテーブルの脚につまずいて棚に積んであった皿が床に落ちた。皿もコップも粉々に飛び散った。ゴルバニが警棒を持って現れた。キルケが「ごめん、ごめん」と泣き叫んだ。キルケが気を失った。サイモンがキルケの尻に軟膏を塗ってパンツを履かせた。
「サイモン、有難う」
2
乳歯が抜け、永久歯が生え始めた少年の歯を検査していた歯科医が怪訝な顔をした。少年の歯が普通じゃないのだ。ジュラ紀の恐竜の歯に似ていた。
「これは牙だ!」
歯科医がふと気が着いて、少年の手と足の爪を見た。猛禽の爪のようだった。歯科医が双子の兄の歯と爪を検査した。異常はなかった。レナがミハイルの歯を抜くように命令した。翌日、ミハイルが歯科の椅子に座っていた。歯医者が注射器を手に持って立っていた。ミハイルが泣き叫んだ。そして噛み付こうとした。ゴルバニが来て、ミハイルを独房に入れた。それをサイモンが知った。ミハイルが歯を抜かれると言ったからである。夜中だった。サイモンが、ミハイルが泣く声を聞いた。食パンにピーナッツバターをぬって廊下に出た。独房へ行った。
「ミハイル、泣くな、サイモンだよ」
泣き声が止んで、ドアにやって来る足音が聞こえた。サイモンが差し入れ口からパンを中に入れた。
「ミハイル、泣いちゃいけない。朝、出してくれる」
朝、セムシが来てミハイルを食堂へ連れて行った。ふたりが食後の運動で外に出た。ゴルバニが犬を連れて監視していた。二人が地面に座ってドッジボールを見ていた。
「ミハイル、逃げよう」
「捕まったら、蛇のいる部屋に入れられる」
「それを恐れていたら、奴隷にされる。逃げよう」
「いつ?」
「日曜日の夜」
「おカネがない」
「便所掃除で貰ったおカネを貯めてあるから大丈夫」
3
孤児院の庭の渋柿が色着き始めていた。サイモンとミハイルは窓のない独房に入れられていた。ふたりは逃亡すると見られていた。ドアにかんぬきが掛かっていた。夜の九時になった。看守が部屋を見回った。のぞき窓から中を見た。双子がひとつのベッドに寝ていた。近くの寺の鐘が聞こえた。夜中の十二時だ。サイモンがミハイルの肩を揺すって起こした。サイモンとミハイルが、毛布、下着、セーター、軍足、コッペパンをリュックに詰めた。シャツ、パンツを二重に着た。軍足を二枚重ねに穿いて運動靴を履いて、靴ひもを固く結んだ。二人はマスクを掛けて、軍手に手を入れた。最後に毛糸の帽子を被った。
「サイモン、ドアをどうやって開けるの?」
「今に分かる」
ブザーが連続的に鳴った。廊下を走って行く足音がした。
「キッチンが火事だあ!」
ドアが開いた。キルケが笑い顔で立っていた。
「キルケ、有難う」
「サイモン、私も連れてって」
「キルケ、三人だと目立つ。必ず助けに来るから、待っててね」
二人が玄関に走った。ゲートが開いていて、消防車がサイレンを鳴らして入って来た。消防員が飛び降りると、ホースを持って中に入って行った。パトカーが入ってきた。サイレンを切った。警官が子供たちと宿直の警備員を外に集めた。レナとドーベルマン二頭を連れたゴルバニが到着した。金髪の大男を見て警官が驚いた。レナが子供の名前を呼びあげた。
「ゴルバニ、双子がいない」
聞いたゴルバニが即座にドーベルマンの鎖を外した。犬たちは、森の中を走って行った。ゴルバと警備員が犬たちを追って行った。「なんて、野蛮なことをするんだ!」と警部補が叫んだ。二人の警官について行くように指示した。そのころ、サイモンとミハイルは高い煙突のあるごみ処理場に入っていた。煙突に手すりのある梯子階段が付いていた。リュックを背負った二人が、ステップを上がって行った。煙突のトップにゴンドラがあった。二人が手すりにつかまって、四キロ先の北を見た。森の中に炎が上がっていた。
「サイモン、どうする?」とミハイルが震えていた。サイモンが弟を抱きしめた。
「金髪は犬を放しただろう。ここに来るとは思わない一時間が経ってもここへ来ないなら下に降りよう」
「サイモン、ここからどこに行くの?」
「渋川へ歩いて行く。二十キロある。五時間は歩く。ミハイル、歩ける?」
サイモンが足の遅い弟を思いやった。二人は西南へ歩いて行った。警察も、ゴルバニも追ってこなかった。彼らは、双子は高崎へ行ったと推測していた。道路に警官を張るようにと高崎署に知らせていた。ふたりが四時間歩いた。途中で小川の水をペットボトルに詰めた。雄鶏のなく声が聞こえた。赤城山の方角が明るくなっていた。
「渋川でどうするの?」
「バスで東京へ行こうと思ってる」
「警察が知らせていると思う」
「それなら森の中で寝る」
ふたりは山道を歩いていた。後ろでエアブレーキの音がした。
「ボクたち、どこへ行くの?乗せてあげるよ」
「東京の家に帰るんです」
「双子か?乗ってきな。俺は横浜に行くんだ」
トラックが大きな農場の前で停まった。丸いハンドルの付いた牛乳の缶が並んでいた。運転手が荷台に缶を積んだ。双子が手伝った。二時間走った。電車の線路を横切った。トラックが牛乳精製工場に停まった。工場の屋根に「明治牛乳」と書かれていた。
「ここが終点」と運転手が言った。
「ここ横浜?」
「星川。電車で横浜へ行けるよ。この線路沿いに一キロ行くと駅があるよ」
「おじさん、ありがとう」と双子が言った。ふたりは、リュックを背負うと歩き始めた。振り返って手を振った。黄色い銀杏の落ち葉が道路を敷き詰めていた。相鉄線星川駅の時計の針が九時を差していた。サイモンが切符を買った。月曜日の朝なので電車が混んでいた。ふたりは横浜駅から元町に行った。中華料理を食べたかったのだ。朝の十時だったが中華街は人が多かった。中華街の入り口に近い大衆食堂に入った。
「兄ちゃん、ボク、嬉しい」
ふたりは中華を知らなかった。孤児院はコッペパンばかりだったからだ。ふたりがメニューを見ていた。一番安いのを選んだ。中華丼だった。コカコーラを飲んだ。店のガラス窓に求人と書いてあった。サイモンがカウンターの向こうにいる店主に「子供でも雇うか?」と聞いた。
「ボクたちは、いくつなの?」
十三歳と聞いた店主は、子供は出前にしか使えない法律なのだと言った。店主の中国人が手で持つ岡持を持ってきて見せた。どんぶりが四つ入る。どんぶりに水を入れてミハイルに持たせた。
「どう?」
「ちょっと重いけど持てる」
出前は中華街の中だけだと店主が言ったので、雇って貰うことにした。食事は無料。チップだけが収入だった。労働時間は、午前十一時から午後二時までの三時間である。
「親の承諾が要る」
「旅行してる。すぐ帰って来る」
「じゃあ、今日から働くか?名前はなんていうの?」
「トム。弟はジェリー」
「双子なの?」
「うん」
「じゃあ、今日の中華丼はタダだよ」
ふたりが顔を見合わせた。
出前の注文が入った。店主が岡持を二つ持って来た。ふたりがリュックを預けた。マスクを掛けて、軍手を手に履いた。配達先はとなりと中央通りの向こう側の薬局だった。チップは、三百円だった。夕方になると出前はなかった。すると、ランチだけということが判った。三時間で三千円になった。二人が店を出た。
「サイモン、今夜、どこに泊まるの?」
サイモンが考えていた。
「港を見に行こう」
ふたりが山下公園に行った。大桟橋に外国の船が入っていた。
4
「船に乗ってどこかへ行きたいなあ」とミハイルがサイモンに言った。
「大人になったら行けるよ。ミハイル、本牧っていう貨物船の入る埠頭へ行こうよ」
本牧の埠頭は東にあった。ふたりが市バスに乗った。第六埠頭の入り口でバスを降りた。D突堤は釣り人が並んでいた。外国船が一隻、停泊していた。ミハイルが見上げていた。船首に立っていたセーラーが手を振った。ふたりが関内へ行った。米軍の寝袋を買うためだ。二つで、二千円だった。ドヤ街があった。その一つにふたりが入った。子供はダメだと追い返された。京浜東北線のガード下を通った。ホームレスが段ボール箱で住み家を作って寝ていた。小便臭かった。
「ミハイル、これだ!」
ふたりが量販店の裏口に積んである段ボール箱を持ってきて家を造った。出来上がると、サイモンがコンビニへ行って、握り飯とおでんを持って帰った。こんな生活が、二か月続いた。ある日の夕刻、となりのホームレスが「ポリ公が来る。逃げろ」と言った。ふたりが荷物をたたんで逃げた。二人は電車に乗って本牧へ行った。第六埠頭のD突堤に行った。外国の貨物船が停泊していた。アレキサンドリアと船名が船尾に書いてあった。旗を見ると、不思議なデザインの旗だった。船室に灯が点っていたが、暗い海にアレキサンドリアは浮かんでいた。遠くに横浜の灯が見えた。二人が工事現場の材料置き場に入った。ビニールシートを広げて寝袋に入った。真夜中、腹が減って起きた。店主がくれた中華焼きそばを食べた。夜中、サイモンが小便に起きると、埠頭に明りが煌々と点いていた。動物の鳴き声が聞こえた。港湾労働者が、アレキサンドリアにコンテイナーを積んでいた。「朝、何時に出航するのか?」と言う声が聞こえた。「六時と言っている」
――ああ、だから、夜なのに荷を積んでいるんだ、、
サイモンがミハイルを起こした。
「ミハイル、この船に乗って行け」
「ボク、兄ちゃんと別れたくない」
「ミハイル、よく聞いて!こういう生活をしていると、やがて捕まって、聖イグナチオに戻される。金髪に叩かれる。あるったけのカネを持って行け」
作業が終わったのか静かになった。サイモンがシートの中から顔を出した。トラックも、フォークリフトもなかった。埠頭には誰もいなかった。船室の灯も消えていた。まだ真っ暗だ。だが、タラップは外されていなかった。酔っ払った船員が帰ってくるのだろう。灯台の光が、三分おきに岸壁を照らした。
「ミハイル、起きろ!」
ミハイルが決心した。運動靴を履いた。サイモンが弟の靴ひもを固く結んだ。ミハイルがリュックを背負って埠頭に歩いて行った。サイモンがついて行った。
「サイモン、サヨナラ」
「ミハイル、横浜のハリストスロシア正教会に絵葉書を送ってくれ」
ミハイルが、タラップを駆け上って行った。
昨日、フロリダ、、
不審な車を警官が止めた。運転していた女を尋問、1人は車のトランクに体を休ませていた。警官の1人が車の中を見た。黒人の男、赤んぼ、犬が後部座席に座ていた。「私にもベービーいるよ。ドアを開けて出てくれ」と警官は優しく話し掛けた。すると、、
伊勢なら、、
ドアに近ついた警官は不注意。まず、女を尋問しているうちは車に近つかないこと。車に寄りかかっていた男が銃を持っていないか確認するべき。若い警官が援護出来るまで車内の男に話し掛けないこと。伊勢なら一瞬も目を離さないが警官は動作が遅い。AR15を持った男が後ろに回ったことすらも気がつかなかった。伊勢
第九章
1
レナの前に立っているゴルバニの腕は丸太のように見えた。その両腕を胸の前で組んでいた。手が野球のグローブのように大きく、太腿は、直径五〇センチはあった。胸の筋肉が盛り上がっている。その胸にブロンドの胸毛が生えている。頭もブロンドである。その金髪に櫛を入れ、四分六に分けていた。ゴルバニは前方をまっすぐ見ていた。レナは看護婦長である。レナがゴルバニの体格を見ていた。レナの横に小人が立っていた。セムシである。ゴルバニが小人を見た。セムシはゴルバニに目もくれなかった。
「ゴルバニ、あんたは、ルーマニア人だね?前の職業は、ブカレストの刑務所の看守だね?この孤児院には精神病を患う子供が多くいるのを知っているか?ほとんどの子供は出生が判らない。凶暴なのもいる。女の子も、男の子も、温和しくない。包丁で刺してきた女の子がいる。これが、あんたに分かるか?あんたは、ミーの命令に従うか?」
「ミス、レナ、ルーマニアに革命が起きた。俺は、ライチェシェク王に反抗する者を処刑する役だった。共産党は王様を殺した。ルーマニアに帰れば俺も殺される。ここで働かせてくれ」
「この孤児院には秘密がある。秘密を洩らさない約束を守れるか?」
「ミス、レナ、言ったように俺にも秘密がある。心配要らない」
孤児たちはゴルバニを恐れていた。ゴルバニは、蛇を手に持って子供たちに見せた。体長が二メートルはある黒い蛇だった。食い物を盗んだ子供が蛇のいる部屋に入れられた。ゴルバニはゴムで出来た警棒を持っていた。この警棒で子供のパンツを剥ぎ、尻を容赦なく叩いた。叩くとき、ゴルバニは笑みを浮かべていた。
その日、キルケが叩かれた。キルケは十三歳の女の子である。キルケは職員の食堂のヘルパーである。キルケがテーブルの脚につまずいて棚に積んであった皿が床に落ちた。皿もコップも粉々に飛び散った。ゴルバニが警棒を持って現れた。キルケが「ごめん、ごめん」と泣き叫んだ。キルケが気を失った。サイモンがキルケの尻に軟膏を塗ってパンツを履かせた。
「サイモン、有難う」
2
乳歯が抜け、永久歯が生え始めた少年の歯を検査していた歯科医が怪訝な顔をした。少年の歯が普通じゃないのだ。ジュラ紀の恐竜の歯に似ていた。
「これは牙だ!」
歯科医がふと気が着いて、少年の手と足の爪を見た。猛禽の爪のようだった。歯科医が双子の兄の歯と爪を検査した。異常はなかった。レナがミハイルの歯を抜くように命令した。翌日、ミハイルが歯科の椅子に座っていた。歯医者が注射器を手に持って立っていた。ミハイルが泣き叫んだ。そして噛み付こうとした。ゴルバニが来て、ミハイルを独房に入れた。それをサイモンが知った。ミハイルが歯を抜かれると言ったからである。夜中だった。サイモンが、ミハイルが泣く声を聞いた。食パンにピーナッツバターをぬって廊下に出た。独房へ行った。
「ミハイル、泣くな、サイモンだよ」
泣き声が止んで、ドアにやって来る足音が聞こえた。サイモンが差し入れ口からパンを中に入れた。
「ミハイル、泣いちゃいけない。朝、出してくれる」
朝、セムシが来てミハイルを食堂へ連れて行った。ふたりが食後の運動で外に出た。ゴルバニが犬を連れて監視していた。二人が地面に座ってドッジボールを見ていた。
「ミハイル、逃げよう」
「捕まったら、蛇のいる部屋に入れられる」
「それを恐れていたら、奴隷にされる。逃げよう」
「いつ?」
「日曜日の夜」
「おカネがない」
「便所掃除で貰ったおカネを貯めてあるから大丈夫」
3
孤児院の庭の渋柿が色着き始めていた。サイモンとミハイルは窓のない独房に入れられていた。ふたりは逃亡すると見られていた。ドアにかんぬきが掛かっていた。夜の九時になった。看守が部屋を見回った。のぞき窓から中を見た。双子がひとつのベッドに寝ていた。近くの寺の鐘が聞こえた。夜中の十二時だ。サイモンがミハイルの肩を揺すって起こした。サイモンとミハイルが、毛布、下着、セーター、軍足、コッペパンをリュックに詰めた。シャツ、パンツを二重に着た。軍足を二枚重ねに穿いて運動靴を履いて、靴ひもを固く結んだ。二人はマスクを掛けて、軍手に手を入れた。最後に毛糸の帽子を被った。
「サイモン、ドアをどうやって開けるの?」
「今に分かる」
ブザーが連続的に鳴った。廊下を走って行く足音がした。
「キッチンが火事だあ!」
ドアが開いた。キルケが笑い顔で立っていた。
「キルケ、有難う」
「サイモン、私も連れてって」
「キルケ、三人だと目立つ。必ず助けに来るから、待っててね」
二人が玄関に走った。ゲートが開いていて、消防車がサイレンを鳴らして入って来た。消防員が飛び降りると、ホースを持って中に入って行った。パトカーが入ってきた。サイレンを切った。警官が子供たちと宿直の警備員を外に集めた。レナとドーベルマン二頭を連れたゴルバニが到着した。金髪の大男を見て警官が驚いた。レナが子供の名前を呼びあげた。
「ゴルバニ、双子がいない」
聞いたゴルバニが即座にドーベルマンの鎖を外した。犬たちは、森の中を走って行った。ゴルバと警備員が犬たちを追って行った。「なんて、野蛮なことをするんだ!」と警部補が叫んだ。二人の警官について行くように指示した。そのころ、サイモンとミハイルは高い煙突のあるごみ処理場に入っていた。煙突に手すりのある梯子階段が付いていた。リュックを背負った二人が、ステップを上がって行った。煙突のトップにゴンドラがあった。二人が手すりにつかまって、四キロ先の北を見た。森の中に炎が上がっていた。
「サイモン、どうする?」とミハイルが震えていた。サイモンが弟を抱きしめた。
「金髪は犬を放しただろう。ここに来るとは思わない一時間が経ってもここへ来ないなら下に降りよう」
「サイモン、ここからどこに行くの?」
「渋川へ歩いて行く。二十キロある。五時間は歩く。ミハイル、歩ける?」
サイモンが足の遅い弟を思いやった。二人は西南へ歩いて行った。警察も、ゴルバニも追ってこなかった。彼らは、双子は高崎へ行ったと推測していた。道路に警官を張るようにと高崎署に知らせていた。ふたりが四時間歩いた。途中で小川の水をペットボトルに詰めた。雄鶏のなく声が聞こえた。赤城山の方角が明るくなっていた。
「渋川でどうするの?」
「バスで東京へ行こうと思ってる」
「警察が知らせていると思う」
「それなら森の中で寝る」
ふたりは山道を歩いていた。後ろでエアブレーキの音がした。
「ボクたち、どこへ行くの?乗せてあげるよ」
「東京の家に帰るんです」
「双子か?乗ってきな。俺は横浜に行くんだ」
トラックが大きな農場の前で停まった。丸いハンドルの付いた牛乳の缶が並んでいた。運転手が荷台に缶を積んだ。双子が手伝った。二時間走った。電車の線路を横切った。トラックが牛乳精製工場に停まった。工場の屋根に「明治牛乳」と書かれていた。
「ここが終点」と運転手が言った。
「ここ横浜?」
「星川。電車で横浜へ行けるよ。この線路沿いに一キロ行くと駅があるよ」
「おじさん、ありがとう」と双子が言った。ふたりは、リュックを背負うと歩き始めた。振り返って手を振った。黄色い銀杏の落ち葉が道路を敷き詰めていた。相鉄線星川駅の時計の針が九時を差していた。サイモンが切符を買った。月曜日の朝なので電車が混んでいた。ふたりは横浜駅から元町に行った。中華料理を食べたかったのだ。朝の十時だったが中華街は人が多かった。中華街の入り口に近い大衆食堂に入った。
「兄ちゃん、ボク、嬉しい」
ふたりは中華を知らなかった。孤児院はコッペパンばかりだったからだ。ふたりがメニューを見ていた。一番安いのを選んだ。中華丼だった。コカコーラを飲んだ。店のガラス窓に求人と書いてあった。サイモンがカウンターの向こうにいる店主に「子供でも雇うか?」と聞いた。
「ボクたちは、いくつなの?」
十三歳と聞いた店主は、子供は出前にしか使えない法律なのだと言った。店主の中国人が手で持つ岡持を持ってきて見せた。どんぶりが四つ入る。どんぶりに水を入れてミハイルに持たせた。
「どう?」
「ちょっと重いけど持てる」
出前は中華街の中だけだと店主が言ったので、雇って貰うことにした。食事は無料。チップだけが収入だった。労働時間は、午前十一時から午後二時までの三時間である。
「親の承諾が要る」
「旅行してる。すぐ帰って来る」
「じゃあ、今日から働くか?名前はなんていうの?」
「トム。弟はジェリー」
「双子なの?」
「うん」
「じゃあ、今日の中華丼はタダだよ」
ふたりが顔を見合わせた。
出前の注文が入った。店主が岡持を二つ持って来た。ふたりがリュックを預けた。マスクを掛けて、軍手を手に履いた。配達先はとなりと中央通りの向こう側の薬局だった。チップは、三百円だった。夕方になると出前はなかった。すると、ランチだけということが判った。三時間で三千円になった。二人が店を出た。
「サイモン、今夜、どこに泊まるの?」
サイモンが考えていた。
「港を見に行こう」
ふたりが山下公園に行った。大桟橋に外国の船が入っていた。
4
「船に乗ってどこかへ行きたいなあ」とミハイルがサイモンに言った。
「大人になったら行けるよ。ミハイル、本牧っていう貨物船の入る埠頭へ行こうよ」
本牧の埠頭は東にあった。ふたりが市バスに乗った。第六埠頭の入り口でバスを降りた。D突堤は釣り人が並んでいた。外国船が一隻、停泊していた。ミハイルが見上げていた。船首に立っていたセーラーが手を振った。ふたりが関内へ行った。米軍の寝袋を買うためだ。二つで、二千円だった。ドヤ街があった。その一つにふたりが入った。子供はダメだと追い返された。京浜東北線のガード下を通った。ホームレスが段ボール箱で住み家を作って寝ていた。小便臭かった。
「ミハイル、これだ!」
ふたりが量販店の裏口に積んである段ボール箱を持ってきて家を造った。出来上がると、サイモンがコンビニへ行って、握り飯とおでんを持って帰った。こんな生活が、二か月続いた。ある日の夕刻、となりのホームレスが「ポリ公が来る。逃げろ」と言った。ふたりが荷物をたたんで逃げた。二人は電車に乗って本牧へ行った。第六埠頭のD突堤に行った。外国の貨物船が停泊していた。アレキサンドリアと船名が船尾に書いてあった。旗を見ると、不思議なデザインの旗だった。船室に灯が点っていたが、暗い海にアレキサンドリアは浮かんでいた。遠くに横浜の灯が見えた。二人が工事現場の材料置き場に入った。ビニールシートを広げて寝袋に入った。真夜中、腹が減って起きた。店主がくれた中華焼きそばを食べた。夜中、サイモンが小便に起きると、埠頭に明りが煌々と点いていた。動物の鳴き声が聞こえた。港湾労働者が、アレキサンドリアにコンテイナーを積んでいた。「朝、何時に出航するのか?」と言う声が聞こえた。「六時と言っている」
――ああ、だから、夜なのに荷を積んでいるんだ、、
サイモンがミハイルを起こした。
「ミハイル、この船に乗って行け」
「ボク、兄ちゃんと別れたくない」
「ミハイル、よく聞いて!こういう生活をしていると、やがて捕まって、聖イグナチオに戻される。金髪に叩かれる。あるったけのカネを持って行け」
作業が終わったのか静かになった。サイモンがシートの中から顔を出した。トラックも、フォークリフトもなかった。埠頭には誰もいなかった。船室の灯も消えていた。まだ真っ暗だ。だが、タラップは外されていなかった。酔っ払った船員が帰ってくるのだろう。灯台の光が、三分おきに岸壁を照らした。
「ミハイル、起きろ!」
ミハイルが決心した。運動靴を履いた。サイモンが弟の靴ひもを固く結んだ。ミハイルがリュックを背負って埠頭に歩いて行った。サイモンがついて行った。
「サイモン、サヨナラ」
「ミハイル、横浜のハリストスロシア正教会に絵葉書を送ってくれ」
ミハイルが、タラップを駆け上って行った。
昨日、フロリダ、、
不審な車を警官が止めた。運転していた女を尋問、1人は車のトランクに体を休ませていた。警官の1人が車の中を見た。黒人の男、赤んぼ、犬が後部座席に座ていた。「私にもベービーいるよ。ドアを開けて出てくれ」と警官は優しく話し掛けた。すると、、
伊勢なら、、
ドアに近ついた警官は不注意。まず、女を尋問しているうちは車に近つかないこと。車に寄りかかっていた男が銃を持っていないか確認するべき。若い警官が援護出来るまで車内の男に話し掛けないこと。伊勢なら一瞬も目を離さないが警官は動作が遅い。AR15を持った男が後ろに回ったことすらも気がつかなかった。伊勢
09/12 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第八章
1
六月二十三日、月曜日、、
「君たち、ご苦労さんでした。それじゃあ、経緯を追って、何が判ったかなど報告をお願いする」
「仁科課長、こう言ってはなんですが、結構楽しかったんです」
「知念君、それは想像が着くね」と仁科が笑った。知念はすでに用意していたリポートのプリントを全員に配った。リポートには長野群馬のマップがあった。
「みなさん、マップを見ながら聞いてください」
*今月、六月八日、日曜日、〇六:〇九、山岳パトロール隊員が不審な人形が地蔵さんの前に置かれているのを発見する。翌日、群馬県警は、沢田ちえみが失踪したことを知り、警視庁に報告。捜査一課は特捜本部を設置した。
*その土日、湯ノ丸キャンプ場で、アメリカン・カントリーェスティバルが行われた。夜、野外で映画があり、出し物は、往年の名画シェーンだった。
*CDが見つかったのはツツジ平のレンゲツツジの群生の中である。犯人とちえみが烏帽子岳に行ったとすると、烏帽子歩道を下って地蔵峠に戻ったと考えるのが自然であるが、二人はツツジ平に戻った。新聞で目撃者を探したが、二人を見た者はいなかった。
*六月七日、土曜日、沢田ちえみは、新幹線には乗らず長野からノンストップの高速バスで高崎に行った。沢田健司はちえみが榛名山へ行くことを疑わなかった。
*巣鴨で聴取を取った牛飼又市の供述では、沢田ちえみは北陸新幹線「はくたか五五三号下り金沢方面行き」に乗っていた。牛飼又市が、沢田ちえみは、高崎で隣りの指定席に座ったと供述した。ここに大きな謎がある。
*沢田ちえみに愛人がいた?なぜか、ちえみは両親に言わなかった。両親が娘の彼氏を知っているなら、早く特定するべきである。
*犯人は、長野、群馬の鉄道に詳しい。長野新幹線も、しなの鉄道も、吾妻鉄道も、東京へ出るには高崎を通る。高崎に事件のカギがある。
*犯人は貸し自転車を使った可能性がある。
*二十八年前、沢田健司は長野県警の刑事であった。退職の理由に関して質問を避けた。
*チャツミゴケ公園では、犯人と北原順子は、徒歩で草津温泉に行ったと考えられる。ヒッチハイクも考えられる。
「みなさん、以上なんですが、以前の捜査記録と重複する箇所があります。ただ、少しの誤差も無視できません。これらは、すべて夏目葵刑事の視線で見たものなんです」
会議室が感嘆の声に満ちた。
「知念君、ボクらは、ちえみは新幹線で高崎へ行ったとすっかり思い込んでいた」
「仁科課長、牛飼が、ちえみが高崎で乗ったと証言しているから無理もないです」
「今まで通り、君たち四人を本事件の担当とする。ホシは異常な心理を持った男だ。この捜査は危険を伴うと思う。充分に気を配ってくれ給え」
「課長、人形を見せて頂けますか?」
「保管室に聞いてみる」
四人が知念の部屋に入ってドアを閉めた。
「係長、何から始めるべきでしょうか?」
「夏目君、それを討議しよう。では、走馬君からどうぞ」
知念が婦人捜査官を君と呼ぶことにした。部下だからだ。走馬優が顎に手を当てて考えていた。走馬は、顔をきちっと剃り、黒髪に櫛を入れて四分六に分けていた。その走馬の端正で理知的な顔を夏目葵が見とれていた。
「そうですね、犯人は、女性の誘拐を緻密に計画しています。犯人が使った足ですが、自転車と車だと思います。沢田ちえみの彼氏なら、同い年か、歳上の大学生と推定します。犯人は間違いなく上信越の土地の者です」
「有坂君、どうぞ」
「私は、走馬先輩と同じ視点ですが、先輩は嗅覚が鋭く解説もお上手。それで私如きの意見を述べませんでした。ただ、ひとつ気になることがあります」
知念、走馬、夏目が秋田犬のように、耳をピンと立てた。
「私が疑問に思うのが、なぜ、ボーイフレンドが、親密に交際している沢田ちえみを誘拐する理由があったのか?私は、その動機に怯えているんです」
「怯えている?」
「そうです。走馬先輩がおっしゃったように、ホシは始めから誘拐を計画していたと考えるしかないと思うんです。つまり獲物を狙っていた。でも、何のために、誘拐したのか?」
有坂が沈黙した。
「夏目君、どうぞ」
「私は、ホシが女性たちをどうかどわかして、どのような手段で連れ去ったのかマップを睨んで考えたんですが、ロジックが立たないんです。想像をめぐらしても答えが出ないんです。まるで推理小説なんです。私が、捜査を再開したいのは、沢田ちえみと犯人の点と線です。これを、係長も考えておられると思います。まず、最初に、当時、IQの高い大学生のリストを作ります。日本全国ではなく、長野、群馬の大学です。成績が抜群な学生をすべてデータにします。これはあまり時間がかからないと思います。係長は、コンピューターの鉄人ですから」
「コンピューターの鉄人?それは、それは、有難う」
「そのデータから得た情報で行動を開始します」
「夏目君、ボクも同じ考えだ。早速、データの収集を始める。走馬君、他に意見はあるかね?」
「係長、他の刑事の娘さんたちの現況を調べましょう」
「そうだね。走馬君、君が調査してくれないか?」
データの収集は一週間で出来た。中央コンピューター管理室がヘルプしてくれたからである。四人が知念の部屋に集まった。
「係長、私のIQは、一〇九ですが、そもそもIQって何なんですか?」と夏目葵が知念に訊いた。
「IQが高いというのは、IQは知能検査の結果を表す数字であり、生活年齢と知能年齢の差を基準とした「従来のIQ」と「同年齢集団内での位置」を基準としたDIQの二種類に別れる。IQが高い人は、賢くなれる可能性を秘めた、素質がある人と言える。その素質があるとは、『飲み込みが早い』『頭の回転が速い』『頭が切れる』『ものごとの本質を見つけられる』といういわゆる知識とは切り離れた賢さを持っているということなんだ」
「エエ~?では、この四人の中で一番高いIQの保持者は誰なんですか?」と夏目葵が興味を持った。
「それは、走馬君です。ボクのIQは、一一九です。低いのでなく、技術畑なので、それ以外の分野で劣るのかも知れない」
「どうして、走馬優刑事なんですか?」
「夏目君、警視庁の特別捜査官IQテストの結果です。走馬君のIQは、一二八だからわれわれの中では一番高い。IQ一三〇の村田寅雄さんという退職された刑事さんがいる。一四〇を超えると「天才レベル」で普通の人がいくら考えても解けない問題をすばやく回答してしまう。ちなみに一般人の知能指数は、一〇〇。高級官僚の知能指数は、一一五程度。医者は、一一一。教師は、一〇九が平均だそうだよ」
「知念係長、捜査官として、走馬先輩と私と、どう違うのですか?」と夏目葵が抗議する口調で詰め寄った。
「夏目君、あまり気にしないで欲しいな。夏目君のIQは低いのではなく、刑事の持つべき本能では、我々を超えるものがある」と知念が夏目葵を諭した。
「それでは、IQの高い人間は人生の勝者ということですか?」
「成績優秀なものは社会の上層部を生きるんです」
「社会の上層部ですか?ボクは喋るのが苦手だし、三十二になっても、ヒラの刑事だけど?みなさん、ボクをずいぶん、買いかぶっていますね」と走馬が笑った。仁科から電話が入った。
2
四人が保管室に集まっていた。綿入れ人形が二体、机の上に置かれていた。人形は思っていたより大きかった。毛髪は毛糸である。手作りであると一見して分かった。人形は形、衣装、顔の表情が違っていた。人形に荷札が付けられていた。保管員がレイテックスの手袋を箱から取り出して四人に配った。有坂が青冷めていた。
「夏目刑事、どうぞ」
夏目葵が「地蔵峠」と荷札に記された人形を見ていた。髪が黄色の毛糸で出来ていて、手垢の付いた白いブラウス、マジェンタのフレアスカートを穿いた人形を恐る恐る取り上げた。人形は上目使いの灰色の目をしていて、青い唇をしていた。その口に赤ん坊をくわえて、左手に包丁を持っていた。夏目が人形のおなかを推した。「ぎゃあ~」と人形が叫んだ。夏目が人形を床に落とした。
「係長、すみません」
「夏目君、いいんだよ。有坂君、どうぞ」
「いえ、係長、結構です」
見ると有坂の唇が真っ青になっていた。走馬が、紐が首に結んである人形を手に取った。人形は白いブラウスに、袖なしの黒いワンピースを着ていた。人形は目を瞑っていた。走馬が夏目を見た。「結構です」と夏目が首を強く横に振った。
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
伊勢を作家に育てるためと、以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
第八章
1
六月二十三日、月曜日、、
「君たち、ご苦労さんでした。それじゃあ、経緯を追って、何が判ったかなど報告をお願いする」
「仁科課長、こう言ってはなんですが、結構楽しかったんです」
「知念君、それは想像が着くね」と仁科が笑った。知念はすでに用意していたリポートのプリントを全員に配った。リポートには長野群馬のマップがあった。
「みなさん、マップを見ながら聞いてください」
*今月、六月八日、日曜日、〇六:〇九、山岳パトロール隊員が不審な人形が地蔵さんの前に置かれているのを発見する。翌日、群馬県警は、沢田ちえみが失踪したことを知り、警視庁に報告。捜査一課は特捜本部を設置した。
*その土日、湯ノ丸キャンプ場で、アメリカン・カントリーェスティバルが行われた。夜、野外で映画があり、出し物は、往年の名画シェーンだった。
*CDが見つかったのはツツジ平のレンゲツツジの群生の中である。犯人とちえみが烏帽子岳に行ったとすると、烏帽子歩道を下って地蔵峠に戻ったと考えるのが自然であるが、二人はツツジ平に戻った。新聞で目撃者を探したが、二人を見た者はいなかった。
*六月七日、土曜日、沢田ちえみは、新幹線には乗らず長野からノンストップの高速バスで高崎に行った。沢田健司はちえみが榛名山へ行くことを疑わなかった。
*巣鴨で聴取を取った牛飼又市の供述では、沢田ちえみは北陸新幹線「はくたか五五三号下り金沢方面行き」に乗っていた。牛飼又市が、沢田ちえみは、高崎で隣りの指定席に座ったと供述した。ここに大きな謎がある。
*沢田ちえみに愛人がいた?なぜか、ちえみは両親に言わなかった。両親が娘の彼氏を知っているなら、早く特定するべきである。
*犯人は、長野、群馬の鉄道に詳しい。長野新幹線も、しなの鉄道も、吾妻鉄道も、東京へ出るには高崎を通る。高崎に事件のカギがある。
*犯人は貸し自転車を使った可能性がある。
*二十八年前、沢田健司は長野県警の刑事であった。退職の理由に関して質問を避けた。
*チャツミゴケ公園では、犯人と北原順子は、徒歩で草津温泉に行ったと考えられる。ヒッチハイクも考えられる。
「みなさん、以上なんですが、以前の捜査記録と重複する箇所があります。ただ、少しの誤差も無視できません。これらは、すべて夏目葵刑事の視線で見たものなんです」
会議室が感嘆の声に満ちた。
「知念君、ボクらは、ちえみは新幹線で高崎へ行ったとすっかり思い込んでいた」
「仁科課長、牛飼が、ちえみが高崎で乗ったと証言しているから無理もないです」
「今まで通り、君たち四人を本事件の担当とする。ホシは異常な心理を持った男だ。この捜査は危険を伴うと思う。充分に気を配ってくれ給え」
「課長、人形を見せて頂けますか?」
「保管室に聞いてみる」
四人が知念の部屋に入ってドアを閉めた。
「係長、何から始めるべきでしょうか?」
「夏目君、それを討議しよう。では、走馬君からどうぞ」
知念が婦人捜査官を君と呼ぶことにした。部下だからだ。走馬優が顎に手を当てて考えていた。走馬は、顔をきちっと剃り、黒髪に櫛を入れて四分六に分けていた。その走馬の端正で理知的な顔を夏目葵が見とれていた。
「そうですね、犯人は、女性の誘拐を緻密に計画しています。犯人が使った足ですが、自転車と車だと思います。沢田ちえみの彼氏なら、同い年か、歳上の大学生と推定します。犯人は間違いなく上信越の土地の者です」
「有坂君、どうぞ」
「私は、走馬先輩と同じ視点ですが、先輩は嗅覚が鋭く解説もお上手。それで私如きの意見を述べませんでした。ただ、ひとつ気になることがあります」
知念、走馬、夏目が秋田犬のように、耳をピンと立てた。
「私が疑問に思うのが、なぜ、ボーイフレンドが、親密に交際している沢田ちえみを誘拐する理由があったのか?私は、その動機に怯えているんです」
「怯えている?」
「そうです。走馬先輩がおっしゃったように、ホシは始めから誘拐を計画していたと考えるしかないと思うんです。つまり獲物を狙っていた。でも、何のために、誘拐したのか?」
有坂が沈黙した。
「夏目君、どうぞ」
「私は、ホシが女性たちをどうかどわかして、どのような手段で連れ去ったのかマップを睨んで考えたんですが、ロジックが立たないんです。想像をめぐらしても答えが出ないんです。まるで推理小説なんです。私が、捜査を再開したいのは、沢田ちえみと犯人の点と線です。これを、係長も考えておられると思います。まず、最初に、当時、IQの高い大学生のリストを作ります。日本全国ではなく、長野、群馬の大学です。成績が抜群な学生をすべてデータにします。これはあまり時間がかからないと思います。係長は、コンピューターの鉄人ですから」
「コンピューターの鉄人?それは、それは、有難う」
「そのデータから得た情報で行動を開始します」
「夏目君、ボクも同じ考えだ。早速、データの収集を始める。走馬君、他に意見はあるかね?」
「係長、他の刑事の娘さんたちの現況を調べましょう」
「そうだね。走馬君、君が調査してくれないか?」
データの収集は一週間で出来た。中央コンピューター管理室がヘルプしてくれたからである。四人が知念の部屋に集まった。
「係長、私のIQは、一〇九ですが、そもそもIQって何なんですか?」と夏目葵が知念に訊いた。
「IQが高いというのは、IQは知能検査の結果を表す数字であり、生活年齢と知能年齢の差を基準とした「従来のIQ」と「同年齢集団内での位置」を基準としたDIQの二種類に別れる。IQが高い人は、賢くなれる可能性を秘めた、素質がある人と言える。その素質があるとは、『飲み込みが早い』『頭の回転が速い』『頭が切れる』『ものごとの本質を見つけられる』といういわゆる知識とは切り離れた賢さを持っているということなんだ」
「エエ~?では、この四人の中で一番高いIQの保持者は誰なんですか?」と夏目葵が興味を持った。
「それは、走馬君です。ボクのIQは、一一九です。低いのでなく、技術畑なので、それ以外の分野で劣るのかも知れない」
「どうして、走馬優刑事なんですか?」
「夏目君、警視庁の特別捜査官IQテストの結果です。走馬君のIQは、一二八だからわれわれの中では一番高い。IQ一三〇の村田寅雄さんという退職された刑事さんがいる。一四〇を超えると「天才レベル」で普通の人がいくら考えても解けない問題をすばやく回答してしまう。ちなみに一般人の知能指数は、一〇〇。高級官僚の知能指数は、一一五程度。医者は、一一一。教師は、一〇九が平均だそうだよ」
「知念係長、捜査官として、走馬先輩と私と、どう違うのですか?」と夏目葵が抗議する口調で詰め寄った。
「夏目君、あまり気にしないで欲しいな。夏目君のIQは低いのではなく、刑事の持つべき本能では、我々を超えるものがある」と知念が夏目葵を諭した。
「それでは、IQの高い人間は人生の勝者ということですか?」
「成績優秀なものは社会の上層部を生きるんです」
「社会の上層部ですか?ボクは喋るのが苦手だし、三十二になっても、ヒラの刑事だけど?みなさん、ボクをずいぶん、買いかぶっていますね」と走馬が笑った。仁科から電話が入った。
2
四人が保管室に集まっていた。綿入れ人形が二体、机の上に置かれていた。人形は思っていたより大きかった。毛髪は毛糸である。手作りであると一見して分かった。人形は形、衣装、顔の表情が違っていた。人形に荷札が付けられていた。保管員がレイテックスの手袋を箱から取り出して四人に配った。有坂が青冷めていた。
「夏目刑事、どうぞ」
夏目葵が「地蔵峠」と荷札に記された人形を見ていた。髪が黄色の毛糸で出来ていて、手垢の付いた白いブラウス、マジェンタのフレアスカートを穿いた人形を恐る恐る取り上げた。人形は上目使いの灰色の目をしていて、青い唇をしていた。その口に赤ん坊をくわえて、左手に包丁を持っていた。夏目が人形のおなかを推した。「ぎゃあ~」と人形が叫んだ。夏目が人形を床に落とした。
「係長、すみません」
「夏目君、いいんだよ。有坂君、どうぞ」
「いえ、係長、結構です」
見ると有坂の唇が真っ青になっていた。走馬が、紐が首に結んである人形を手に取った。人形は白いブラウスに、袖なしの黒いワンピースを着ていた。人形は目を瞑っていた。走馬が夏目を見た。「結構です」と夏目が首を強く横に振った。
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
伊勢を作家に育てるためと、以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
09/11 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第七章
六月二十日、金曜日、、
知念と走馬が背広を着て、白いワイシャツに黒いネクタイを締めた。夏目葵と有坂勝子は婦人捜査官が着用する紺の制服を着て、白いワイシャツ、紺のネクタイであった。山ガールは見違えるほど捜査官になっていた。八時に長野市へ出発した。途中、混雑したので長野市街に入ったのは、九時を過ぎていた。長野女子短大は、市街ではなく千曲川の支流が見える長野市の南にあった。
「おはようございます、刑事さん、どうぞ私の執務室にお越しください」と斉木学長が廊下を歩いて四人を教員室の後ろの執務室に案内した。知念が警察手帳を見せて「この三人は私の部下です」と言った。三人は、敢えて氏名を名乗らなかった。
「沢田ちえみさんが、六月五日、日曜日、湯ノ丸山で失踪した事件で伺いました。お地蔵さんの前に人形が置いてあったということで、誘拐事件と判断しました。質問ですが、沢田ちえみさんは、放課後、部活をしていましたか?」
小柄の夏目葵刑事が質問を始めたことに学長が驚いていた。学長は自分では無理だと思った。
「刑事さん、ちょっと、待っててください。担任の教諭をここへ呼びますから」
担任の教師がやってきた。女性であった。学長が教諭に捜査官の依頼を伝えた。担任がラップトップを起動して生徒の部活を見ていた。部活の写真をプリントして夏目葵に渡した。白いブラウスに、袖なしの黒いワンピースを着た女性徒が写っていた。沢田ちえみがクラシックな写真機を手に持っていた。
「沢田さんは写真部だったんです」
「写真はどこかに展示されていますか?「
「ええ、廊下なんですが」
廊下の壁に生徒が撮った写真が貼ってあった。長野県だけに、鹿、野鳥、蝶、花が多かった。四人が学長に謝辞を述べて立ち上がった。千曲川のほとりのコーヒー店に入った。チーズケーキ、ドーナッツ、チョコレートクッキーを食べた。甘いものを食べて目尻の下がった夏目葵が話し始めた。
「六月八日、日曜日、午前六時九分、山岳パトロール隊員が不審な人形がお地蔵さんの前に置かれているのを発見。知念さん、ちえみさんは、週末に湯ノ丸高原へ行ったんです。たぶん、咲き始めたレンゲツツジの写真を撮るためだったのでしょう」
「夏目さん、だけど、巣鴨で聴取した牛飼又市の供述だと沢田ちえみは、北陸新幹線下り金沢方面行きに乗っていた。つまり逆方向です。東京で乗ったとは思われない。なぜなら、牛飼が、沢田ちえみは、高崎で隣りの指定席に座ったと言っている」
「それは大きな謎ですね」
「夏目さん、ここを出たらどこへ行きます?」
「知念さん、長野から北陸新幹線で高崎へ行きましょう」
「そうだね、沢田ちえみの不思議な行動の理由が判るかもしれない」
4WDを長野駅前のニコニコ・レンタカーで返した。四人は化粧室へ行って普段着に着替えた。フランクな服装に代わった四人が夫婦と恋人に戻っていた。一四:〇〇、長野発「新幹線あさま六四〇号」に乗った。 群馬県高崎には、一四:四八到着である。
夏目葵が左側の窓際に座った。二十分後、佐久平に着いた。広場にバスが停まっていた。
「あら、高速バスがあるのね。新幹線も『しなの鉄道』も高崎へ行くのに?」
「それね、運賃、最終駅、時刻が違うからなんだよ。例えば、高速バスは、乗り換えなしで東京駅八重洲口まで行くわけだ」
「ふ~ん?」
「どうして?」
「沢田ちえみは、高速バスで高崎に行ったと考えられるのよ」
「葵、長野警察本部に聞くべきだったね。でもね、その理由が知りたいんだけど?」
葵が考えていた。知念は待った。
――自分の行動、つまり、湯ノ丸高原に行くことを知られたくなかった、、なぜなんだろう?と葵がひとりごとを言った。
「ちえみさんね、恋人がいたと思うの」
「なぜ、秘密じゃないといけないの?」
「例えば、まだ交際が浅く両親に話す時期じゃないだとか」
「葵、さすがに女だな」
「両親に会うべきだったわね」
「そうだね。長野に、もう一度、行こう」
「早いほうがいい気がするのよ」
「なぜ?」
「ご両親が娘の彼氏を知っているなら、早く特定するべきなのよ」
「その彼氏がホシだと言うの?」
「あなた、それをこれから調べるのよ」
走馬と有坂が会話を聞いていたがクチを挟まなかった。
「新幹線あさま六四〇号」が高崎駅のプラットホームに滑り込んだ。知念が、駅前を見ると、通行人が傘を差して歩いていた。
「明日は、警視庁へ行くだけなんだけど、ボクは夏目君の警告を重視している。このまま、ユーターンして長野に戻りたい」
「先輩次第です」と走馬が言った。有坂勝子が頷いていた。四人がホームに入ってきた長野行き下りに乗った。知念が仁科に電話した。仁科が、千曲市の住所をテキストで送った。千曲は長野市の南にある市である。四人が長野駅で「しなの線」に乗り換えた。十七分で千曲に着いた。午後の五時になっていた。知念が電話を入れておいたので、沢田ちえみの両親は、すぐに会ってくれた。沢田ちえみの父親は、二十八年前、冤罪事件で叱責され、刑事をやる気が失せた。長野県警を早期退職して警備会社に勤務していた。沢田ちえみの父親が沢田健司と名乗った。沢田は五十代半ばに見えた。ちえみの母親が横に立っていた。
「早速ですが、六月七日、土曜日の朝、ちえみさんは、朝の何時に家を出ましたか?」と夏目葵が質問し始めた。あとの三人は聞いていることにした。
「六時半頃でしょうか、ちえみは、高崎の同級生と榛名山にトレッキングに行くと言ってました。お母さん、私のこと心配要らないわよ。電話するからとバックパックと簡易テントを手に持って車に乗り込みました。あれが、娘を見た最後だったのです」
「お父さんが、運転されたのですか?」
「はい、そうです。私が、ちえみを長野駅まで送って行ったんです」
「新幹線は何時発でしたか?」
「いえ、ちえみはノンストップの高速バスで高崎へ行ったんです」
知念と夏目が目を見合った。
「ちえみさんがバスに乗るのを見ましたか?」
「はい、私が切符を買いましたので」
「お母さま、それで、電話はありましたか?」
「ええ、ありました。『お母さん、今、テントを張ったところなのよ。また、明日、電話するね』って、言っていました。蒸気機関車の汽笛のようなハモニカが聞こえました。翌日、夜になっても電話がなかったので主人が群馬県警に知らせました。翌朝、県警は娘の消息は未だに分からない。榛名山にはいないと言いました」
「たいへん、辛いことを思い出させてしまいまして、申し訳ありませんでした。ご協力有難うございました」と知念が夏目に代わって質問を打ち切った。
「ちょっと待ってください。私の同僚だった北原君の娘さんも誘拐されたんです。犯人は、冤罪事件に関わった長野県警の刑事に恨みがある。警視庁は他の刑事の娘さんたちを保護しているんですか?」
「勿論です。私たちは事件が再開することを恐れています」
「知念さん、私も元刑事です。私に出来ることなら何でも仰ってください」
「はい、またお会いすることになるでしょう」
四人が千曲から長野駅へ戻った。四人が駅前のホテルにチェックインして風呂に入った。風呂から上がった四人が食堂へ行くと、中華料理があった。
「私、中華が食べたかったのよ」
「私もよ」と有坂勝子が言った。
「それじゃあ、おふたりで相談して注文したら?」
「私、横浜育ちなの。中華なら任せてちょうだい」
「さて先輩、メシはご婦人方にまかせるとして、明日はどうします?」
「仁科課長が東京へ帰って来いって言ってる」
給仕がオーダーを伝票に書き取るとキッチンに行った。
「走馬先輩、聞いていい?」
「夏目さん、何でも」
「先輩が捜査一課に入られた時、扱った事件は何だったんですか?」
「大学では法医学課にいたんです。ホーレンシックと言います」
「ホーレンシックって、何をするんですか?」
「銃殺された遺骸の弾痕を検査して、どの方角から撃たれたのかとか、銃弾から拳銃を特定するとかですが、指紋、髪の毛、DNAと広範囲なんです」
「まあ、走馬先輩は、シャーロック、ホームズなのね?」
食べ物がテーブルに並んだ。
「さあ、食べよう」と知念が言った。それを機会に走馬が話を打ち切った。
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
第七章
六月二十日、金曜日、、
知念と走馬が背広を着て、白いワイシャツに黒いネクタイを締めた。夏目葵と有坂勝子は婦人捜査官が着用する紺の制服を着て、白いワイシャツ、紺のネクタイであった。山ガールは見違えるほど捜査官になっていた。八時に長野市へ出発した。途中、混雑したので長野市街に入ったのは、九時を過ぎていた。長野女子短大は、市街ではなく千曲川の支流が見える長野市の南にあった。
「おはようございます、刑事さん、どうぞ私の執務室にお越しください」と斉木学長が廊下を歩いて四人を教員室の後ろの執務室に案内した。知念が警察手帳を見せて「この三人は私の部下です」と言った。三人は、敢えて氏名を名乗らなかった。
「沢田ちえみさんが、六月五日、日曜日、湯ノ丸山で失踪した事件で伺いました。お地蔵さんの前に人形が置いてあったということで、誘拐事件と判断しました。質問ですが、沢田ちえみさんは、放課後、部活をしていましたか?」
小柄の夏目葵刑事が質問を始めたことに学長が驚いていた。学長は自分では無理だと思った。
「刑事さん、ちょっと、待っててください。担任の教諭をここへ呼びますから」
担任の教師がやってきた。女性であった。学長が教諭に捜査官の依頼を伝えた。担任がラップトップを起動して生徒の部活を見ていた。部活の写真をプリントして夏目葵に渡した。白いブラウスに、袖なしの黒いワンピースを着た女性徒が写っていた。沢田ちえみがクラシックな写真機を手に持っていた。
「沢田さんは写真部だったんです」
「写真はどこかに展示されていますか?「
「ええ、廊下なんですが」
廊下の壁に生徒が撮った写真が貼ってあった。長野県だけに、鹿、野鳥、蝶、花が多かった。四人が学長に謝辞を述べて立ち上がった。千曲川のほとりのコーヒー店に入った。チーズケーキ、ドーナッツ、チョコレートクッキーを食べた。甘いものを食べて目尻の下がった夏目葵が話し始めた。
「六月八日、日曜日、午前六時九分、山岳パトロール隊員が不審な人形がお地蔵さんの前に置かれているのを発見。知念さん、ちえみさんは、週末に湯ノ丸高原へ行ったんです。たぶん、咲き始めたレンゲツツジの写真を撮るためだったのでしょう」
「夏目さん、だけど、巣鴨で聴取した牛飼又市の供述だと沢田ちえみは、北陸新幹線下り金沢方面行きに乗っていた。つまり逆方向です。東京で乗ったとは思われない。なぜなら、牛飼が、沢田ちえみは、高崎で隣りの指定席に座ったと言っている」
「それは大きな謎ですね」
「夏目さん、ここを出たらどこへ行きます?」
「知念さん、長野から北陸新幹線で高崎へ行きましょう」
「そうだね、沢田ちえみの不思議な行動の理由が判るかもしれない」
4WDを長野駅前のニコニコ・レンタカーで返した。四人は化粧室へ行って普段着に着替えた。フランクな服装に代わった四人が夫婦と恋人に戻っていた。一四:〇〇、長野発「新幹線あさま六四〇号」に乗った。 群馬県高崎には、一四:四八到着である。
夏目葵が左側の窓際に座った。二十分後、佐久平に着いた。広場にバスが停まっていた。
「あら、高速バスがあるのね。新幹線も『しなの鉄道』も高崎へ行くのに?」
「それね、運賃、最終駅、時刻が違うからなんだよ。例えば、高速バスは、乗り換えなしで東京駅八重洲口まで行くわけだ」
「ふ~ん?」
「どうして?」
「沢田ちえみは、高速バスで高崎に行ったと考えられるのよ」
「葵、長野警察本部に聞くべきだったね。でもね、その理由が知りたいんだけど?」
葵が考えていた。知念は待った。
――自分の行動、つまり、湯ノ丸高原に行くことを知られたくなかった、、なぜなんだろう?と葵がひとりごとを言った。
「ちえみさんね、恋人がいたと思うの」
「なぜ、秘密じゃないといけないの?」
「例えば、まだ交際が浅く両親に話す時期じゃないだとか」
「葵、さすがに女だな」
「両親に会うべきだったわね」
「そうだね。長野に、もう一度、行こう」
「早いほうがいい気がするのよ」
「なぜ?」
「ご両親が娘の彼氏を知っているなら、早く特定するべきなのよ」
「その彼氏がホシだと言うの?」
「あなた、それをこれから調べるのよ」
走馬と有坂が会話を聞いていたがクチを挟まなかった。
「新幹線あさま六四〇号」が高崎駅のプラットホームに滑り込んだ。知念が、駅前を見ると、通行人が傘を差して歩いていた。
「明日は、警視庁へ行くだけなんだけど、ボクは夏目君の警告を重視している。このまま、ユーターンして長野に戻りたい」
「先輩次第です」と走馬が言った。有坂勝子が頷いていた。四人がホームに入ってきた長野行き下りに乗った。知念が仁科に電話した。仁科が、千曲市の住所をテキストで送った。千曲は長野市の南にある市である。四人が長野駅で「しなの線」に乗り換えた。十七分で千曲に着いた。午後の五時になっていた。知念が電話を入れておいたので、沢田ちえみの両親は、すぐに会ってくれた。沢田ちえみの父親は、二十八年前、冤罪事件で叱責され、刑事をやる気が失せた。長野県警を早期退職して警備会社に勤務していた。沢田ちえみの父親が沢田健司と名乗った。沢田は五十代半ばに見えた。ちえみの母親が横に立っていた。
「早速ですが、六月七日、土曜日の朝、ちえみさんは、朝の何時に家を出ましたか?」と夏目葵が質問し始めた。あとの三人は聞いていることにした。
「六時半頃でしょうか、ちえみは、高崎の同級生と榛名山にトレッキングに行くと言ってました。お母さん、私のこと心配要らないわよ。電話するからとバックパックと簡易テントを手に持って車に乗り込みました。あれが、娘を見た最後だったのです」
「お父さんが、運転されたのですか?」
「はい、そうです。私が、ちえみを長野駅まで送って行ったんです」
「新幹線は何時発でしたか?」
「いえ、ちえみはノンストップの高速バスで高崎へ行ったんです」
知念と夏目が目を見合った。
「ちえみさんがバスに乗るのを見ましたか?」
「はい、私が切符を買いましたので」
「お母さま、それで、電話はありましたか?」
「ええ、ありました。『お母さん、今、テントを張ったところなのよ。また、明日、電話するね』って、言っていました。蒸気機関車の汽笛のようなハモニカが聞こえました。翌日、夜になっても電話がなかったので主人が群馬県警に知らせました。翌朝、県警は娘の消息は未だに分からない。榛名山にはいないと言いました」
「たいへん、辛いことを思い出させてしまいまして、申し訳ありませんでした。ご協力有難うございました」と知念が夏目に代わって質問を打ち切った。
「ちょっと待ってください。私の同僚だった北原君の娘さんも誘拐されたんです。犯人は、冤罪事件に関わった長野県警の刑事に恨みがある。警視庁は他の刑事の娘さんたちを保護しているんですか?」
「勿論です。私たちは事件が再開することを恐れています」
「知念さん、私も元刑事です。私に出来ることなら何でも仰ってください」
「はい、またお会いすることになるでしょう」
四人が千曲から長野駅へ戻った。四人が駅前のホテルにチェックインして風呂に入った。風呂から上がった四人が食堂へ行くと、中華料理があった。
「私、中華が食べたかったのよ」
「私もよ」と有坂勝子が言った。
「それじゃあ、おふたりで相談して注文したら?」
「私、横浜育ちなの。中華なら任せてちょうだい」
「さて先輩、メシはご婦人方にまかせるとして、明日はどうします?」
「仁科課長が東京へ帰って来いって言ってる」
給仕がオーダーを伝票に書き取るとキッチンに行った。
「走馬先輩、聞いていい?」
「夏目さん、何でも」
「先輩が捜査一課に入られた時、扱った事件は何だったんですか?」
「大学では法医学課にいたんです。ホーレンシックと言います」
「ホーレンシックって、何をするんですか?」
「銃殺された遺骸の弾痕を検査して、どの方角から撃たれたのかとか、銃弾から拳銃を特定するとかですが、指紋、髪の毛、DNAと広範囲なんです」
「まあ、走馬先輩は、シャーロック、ホームズなのね?」
食べ物がテーブルに並んだ。
「さあ、食べよう」と知念が言った。それを機会に走馬が話を打ち切った。
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
09/11 | |
リサはフラフーパー、、 |
09/09 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第六章
六月十八日、水曜日、、
「走馬君、今回は、東京駅から新幹線で軽井沢へ行く。軽井沢から、しなの鉄道に乗る。ボクは、このローカル鉄道に興味があるんだ」
「係長、それはどうしてですか?」
「ボクらは、チャツボミゴケ公園を見るために、大前から吾妻鉄道で長野原草津口へ行った。あの路線も、しなの鉄道も、高崎を中心に計画されているんだ。東京に出るためにね。犯人は、長野群馬の鉄道に精通していると思った。今日も上田へ行く考えだ」
ふたりが話し合っていると夏目葵と有坂勝子が部屋にやってきた。
「さあ、出かけよう」
一時間後、四人の刑事が、しなの鉄道に乗っていた。ひと昔前のジーゼル電車である。黄色い車体に緑の屋根が乗っかっていた。滋野は軽井沢から六っつめの駅である。婦人刑事は、「レイヤリング」と言われる三重構造の重ね着を着て、トレッキング・シューズを履いていた。二人は、いかにも「山ガール」といういで立ちであった。群馬や長野の高原はまだ春の始まりである。知念と走馬は履き慣らした、ごつい登山靴である。四人はハイカーに見えた。四人は、刑事と見抜かれないことに注意していた。事件の話は小声で話した。知念太郎は夏目葵と夫婦となり、走馬優は有坂勝子と恋人同士と役割を決めていた。
「葵、ランチは湯ノ丸高原まで待てるかな?今日は何もすることがないからロッジのレストランで会議しよう」と知念が言うと、眉が太くハンサムな上司から葵と呼ばれた夏目葵が真っ赤になった。夏目葵は、小さな上向きの鼻が可愛い顔立ちである。見上げられると、つい接吻したくなる。四十分で滋野に着いた。
「あなた、ここが、ちえみさんが降りたところなのね?でもちえみさんは上田から来たっておっしゃてたわね?私たち、降りないの?」
夏目葵が電車の窓からバス停を見ていた。
「上田へ行くんだ」
「ねえ、あなた、とっても楽しいわ」
「葵が幸せならボクもハッピー」
知念と夏目は仲の良い夫婦に見えた。
「走馬君、上田で車を借りる」
軽井沢から五十五分で上田に着いた。ニコニコ・レンタカーのマネャーがニコニコして一行を迎えた。知念は使い慣れた三菱ジープにハッピーだった。
「夏目さん、どうぞ前の席に乗ってください」と走馬がドアを夏目のために開けた。
「走馬先輩は、親切なのね?」と有坂が後席に走馬と座ると言った。
三十分で地蔵峠のバス停に着いた。四人がジープを降りた。左にゲレンデが見えた。そのゲレンデの裾野に大きなモテルが見えた。
「係長、キャンプをしない人が多いんですね?」
「この時期は雨が突然降ってくるからね。キャンプ場はあのモテルの後ろにあるんだ」
数個のテントが見えた。夏目が写真を撮った。
「ハイカーが戻ってきてるわ」と有坂が言った。
四人がジープに乗った。知念がジープをユーターンさせて、小鹿山荘に行った。フロントの女性が知念に気着いて挨拶をした。軽装の夏目葵と有坂勝子はいかにも健康なハイカーに見えた。フロントは、ふたりの婦人捜査官が見せた警察手帳に目を丸くした。婦人捜査官が地蔵峠に来るのは始めてだからである。
「走馬君、もう三時だね。部屋にバックパックを置いたら、飯を食おう。女性は洗面をしたいと思う。三十分あれば、いいかな?ロビーで会おう」
四人がロビーに集まった。
「夏目さん、ランチを、ビア・ガーデンで食べますが、ドイツ料理は好きですか?」
「ええ、ビールもソーセージも大好きです。大学時代に同級生とベルリンへ旅行したんです」
「みなさん、遠くないなら歩きませんか?土地勘を足でつかみたいんです」と有坂が言った。
「朝から乗り物ばかりだったから、ボクも歩きたいな」と知念が言った。ただの道路ではなかった。道端にタンポポ、アザミ、山ユリが咲き乱れていた。
「歩いて良かったわ」と気が張り詰め通しだった有坂勝子がほっと、一息入れた。ロッジから、四十分で、ビア・ガーデンに着いた。
「お腹空いたわ。先輩、ビールを頼んでもいいでしょうか?」
「夏目さん、ここは、ビア・ガーデンだけど?みんな腹がペコペコだからね。少し多めにオーダーしてくれる」
知念がオーダーを夏目葵に任せた。葵もジョッキを前にして勝子と相談していた。男たちは窓の外の新緑を見ながらジョッキを傾けていた。
「夏目さん、飲めるんですね?」
「ええ、刑事になる前には飲めなかったんですが、強烈な事件の現場を検証した日、先輩の婦人刑事がよく新橋に誘ったんです」
有坂勝子はコカコーラを飲んでいた。知念は事件を話さなかった。
「夏目さんのご趣味は何なの?」
「私、金魚が好きなんです。出目金っていうあだ名だったんです。刑事が仕事なので飼えませんが、愛好家クラブに入っているんです」
「有坂さんは?」と走馬が聞いた。
「私、将棋が好きなんです。三級なんです。男のひとが降参って言うと嬉しいんです」
「それじゃあ、走馬さんのご趣味は何なの?」と夏目が聞いた。
「模型の電車なんです。線路に走らせて何時間も遊びます。もう一つあります。実は、トカゲを飼ってるんです。このトカゲは食用なんです。ボクは食べませんが、可愛いんです。原産地はサハラ砂漠なんです」
「トカゲですか?走馬先輩、そんなものを飼っていたら、ガールフレンドなんかできませんよ」
「何かいないと寂しいんです。昔は、アマゾンの蜘蛛を十匹、飼ってたんです」
「走馬先輩、あなたは悪趣味ねえ」
有坂があきれていた。四人がビア・ガーデンを出ると、あたりが暗くなり始めていた。ロッジに着くころには月が出ていた。
「明朝、日の出前に湯ノ丸山の頂上へ行きます。そこで地蔵峠の事件を話します」と知念がガイドブックを夏目に渡した。四人は階段を上って部屋に入った。夏目と有坂が相部屋。知念と走馬が相部屋である。
「走馬君、婦人刑事とは言え、女性と捜査するのは楽しいね」
「はあ?そうですか?ボクは人形が重く胸にのしかかっていて、旅を楽しむ余裕がないのかも知れません」
「明朝、日の出前に湯ノ丸山の頂上に行くんだが、そこで、もう一度、考えたいんだ。あんな清々しい時間に事件が起きた。何かが不自然に思えるんだ。犯人は一人だったのか?ちえみと一緒だったのか?フロントが、先週から、レンゲツツジが咲き始めているって言ってた。少なくとも、高原のハイキングを満喫しようや」
「先輩、郭公の鳴き声を録音したいです」
六月十九日、木曜日、、
腕時計の目覚ましが鳴った。走馬が跳ね起きると、知念が脛まである厚手の靴下を履いて、編み上げの登山靴の紐を結んでいた。装備は、厚手の長袖シャツの上にポケットの着いた半袖を重ねて、その上に袖のないジャケットを着ていた。走馬も慣れているので順序よく山歩きの姿に変わった。カメラバッグを肩に斜めに掛けて、最後に水筒を腰に下げた。一階のフロアに小柄の夏目葵と背丈が頭一つ高い有坂勝子が待っていた。ハイキング帽子を被り、ラフなトレッキング姿のふたりは刑事に見えなかった。二人も水筒をベルトに下げていた。四人はジープを登山口に停めると、湯の丸高原の右側の斜面の歩道を、懐中電灯を照らして登って行った。ふたりの山ガールは、なかなか脚が強かった。
「バックパックがないから楽です」
「そうだね」
レンゲツツジの群生が懐中電灯の光の中に浮かび上がった。白ユリが一本咲いていた。有坂がカメラを構えてしゃがんだ。
「有坂さん、帰りに見れますよ」
四人が一時間二十分で頂上に立った。雲海の中に浅間山が見えた。その後方から朝陽が昇ってきた。知念が写真を撮った。左手に丸い山が見えた。
「夏目さん、あれが鳥帽子岳ですよ。今回は、登る時間がないけどね」と知念が指さして山ガールに言った。谷間に郭公の鳴き声が聞こえた。走馬が野鳥の鳴き声を収録していた。
「まあ、素晴らしいわ。トレッキングに最高ね」
有坂が、いつか登ってやろうと鳥帽子岳を写真に撮った。地蔵峠は、標高一三四〇メートル、湯の丸山は、二〇九九メートル、鳥帽子岳は、二〇六六メートルである。
頂上からツツジ平を見ると霧が谷間を覆っていた。四人が山道を下って行った。山の中腹から頂上にかけて赤紫色の花びらに露を着けたレンゲツツジが見事である。走馬が先頭になってレンゲツツジの群落の中へ入って行った。
「走馬さん、CDが見つかったのは、ここなんですね?」
「ええ、そうです」
「CDの中身はプッチーニのオペラだったっておっしゃってましたね?紛失届けはなかったんですか?」
「紛失届けがないんで、犯人のモノと言う推測が多いんです」
地蔵峠に戻った。十時だった。
「夏目さん、一休みしたら、ロッジをチェックアウトしますが、ここから、どこへ行きたいのですか?」
「係長、チャツボミゴケ公園を見たいのです」
四人が小鹿山荘に戻った。一階の洋食店でハンバーガーを食べた。
「夏目さん、少し、整理をしたいんです。正午に、ロビーで会いましょう」
十二時になった。知念と走馬がバックパックを手に持ってロビーへ降りて行った。夏目と有坂が待っていた。ジープの運転台に座った知念がマップを見ていた。
「長野原草津口までは国道406号線だが、そこからが大変だな。バスで行ったときは考えなかった。ここから一〇〇キロはあるね。すると三時間はかかる」と知念が夏目に語り掛けた。曲がりくねった県道はやがて標識しかない道になった。知念がチャツボミゴケ公園穴地獄の先には道がないことに気着いた。やはり三時になっていた。公衆便所を見た有坂勝子は青冷めていた。走馬が電話で知らせてあった管理人を呼んだ。管理人が鍵を持ってやってきた。
――無理もないな、、知念は有坂を抱きしめてあげたかった。
「有坂さん、入らないでいいよ」
夏目葵は 健気に入ると言った。
「有坂さんと走馬君はここで待っていてください」
知念と夏目葵がマスクをして軍手を手に嵌めるとトイレに入った。知念が夜中にトイレの中から女性の泣く声が聞こえる噂が立ったと夏目に話すと、さすがの婦人刑事も青冷めていた。
「私、恐いわ」
知念が夏目の手を取った。気を取り直した夏目がトイレを開けたり、床を見たり、写真を撮った。電灯は蛍光灯に代わっていた。ドアを開けて外に出た。
「係長、誰が人形を発見したのですか?」
「女性のハイカーです。群馬県警の記録にこうあったんです」
――朝の七時頃、あたりが明るくなっていた。公衆便所の方角から女性の悲鳴が聞こえた。男性のハイカーが数人、吹っ飛んで行った。十代の女性が真っ蒼になってしゃがんでいた。
「その時刻、北原順子さんはどこにいたんでしょうか?」
「前日の夕刻、ふたりは、ここから、歩いて草津温泉へ行ったとボクは思っている。そこからふたりは、いずこへ行ったのか?目撃者がいないために犯人に連れ去られたと思う」
「係長、草津温泉からバスや電車でないことも考えられます」
刑事に戻った夏目が知念を係長と呼んだ。
「夏目さん、知念と呼んでいいんですよ」
「知念さん、人形を吊り下げた時刻は何時だったんでしょう?」
「真夜中だろう。田代湖の料理屋の女将が、『その夜は、糸のような細い月が出ていたと客が言っていた』と言ってたから」
「嫌な感じですねえ。私は女なんです。それで犯人と北原順子さんが行った方角は特定できていますか?」
「推測なんだが、高崎へ行ったと考えている」
「そうですね。高崎に事件のカギがあると思います。犯人は、群馬、埼玉、東京の人間とお考えですか?」
「先輩刑事さんたちも、ボクもそう思っている」
「北原さんの交際相手を調べましたか?」
「犬を引き取りにくる里親だけだった。引き取られた後の犬の状態を聞くためだったそうです」
「北原さんの線からは何も出てこなかったんですね?」
夏目葵がクチに手を当てて、何か考えていた。
「知念さん、長野女子短大に行きたいんですが、距離はどのくらいあるんですか?」
「一〇〇キロぐらいだけど、国道406号線に乗るから二時間もあれば行けるけど?」
「今、五時ですから長野に着くころには、七時過ぎですね」
知念が携帯をポケットから取り出して仁科に掛けた。四人がジープに乗りこんだ。県道に出た。二十分で406号線に出た。知念の携帯が鳴った。
「知念君、明日の朝、十時に来てくれと言っている。学長は斉木さんという方だ」と短かった。
「夏目君、今夜は善光寺で泊まろう。善光寺から短大まで十キロだ」
「善光寺ですか?私、行ってみたかったんです」と有坂が言った。
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
第六章
六月十八日、水曜日、、
「走馬君、今回は、東京駅から新幹線で軽井沢へ行く。軽井沢から、しなの鉄道に乗る。ボクは、このローカル鉄道に興味があるんだ」
「係長、それはどうしてですか?」
「ボクらは、チャツボミゴケ公園を見るために、大前から吾妻鉄道で長野原草津口へ行った。あの路線も、しなの鉄道も、高崎を中心に計画されているんだ。東京に出るためにね。犯人は、長野群馬の鉄道に精通していると思った。今日も上田へ行く考えだ」
ふたりが話し合っていると夏目葵と有坂勝子が部屋にやってきた。
「さあ、出かけよう」
一時間後、四人の刑事が、しなの鉄道に乗っていた。ひと昔前のジーゼル電車である。黄色い車体に緑の屋根が乗っかっていた。滋野は軽井沢から六っつめの駅である。婦人刑事は、「レイヤリング」と言われる三重構造の重ね着を着て、トレッキング・シューズを履いていた。二人は、いかにも「山ガール」といういで立ちであった。群馬や長野の高原はまだ春の始まりである。知念と走馬は履き慣らした、ごつい登山靴である。四人はハイカーに見えた。四人は、刑事と見抜かれないことに注意していた。事件の話は小声で話した。知念太郎は夏目葵と夫婦となり、走馬優は有坂勝子と恋人同士と役割を決めていた。
「葵、ランチは湯ノ丸高原まで待てるかな?今日は何もすることがないからロッジのレストランで会議しよう」と知念が言うと、眉が太くハンサムな上司から葵と呼ばれた夏目葵が真っ赤になった。夏目葵は、小さな上向きの鼻が可愛い顔立ちである。見上げられると、つい接吻したくなる。四十分で滋野に着いた。
「あなた、ここが、ちえみさんが降りたところなのね?でもちえみさんは上田から来たっておっしゃてたわね?私たち、降りないの?」
夏目葵が電車の窓からバス停を見ていた。
「上田へ行くんだ」
「ねえ、あなた、とっても楽しいわ」
「葵が幸せならボクもハッピー」
知念と夏目は仲の良い夫婦に見えた。
「走馬君、上田で車を借りる」
軽井沢から五十五分で上田に着いた。ニコニコ・レンタカーのマネャーがニコニコして一行を迎えた。知念は使い慣れた三菱ジープにハッピーだった。
「夏目さん、どうぞ前の席に乗ってください」と走馬がドアを夏目のために開けた。
「走馬先輩は、親切なのね?」と有坂が後席に走馬と座ると言った。
三十分で地蔵峠のバス停に着いた。四人がジープを降りた。左にゲレンデが見えた。そのゲレンデの裾野に大きなモテルが見えた。
「係長、キャンプをしない人が多いんですね?」
「この時期は雨が突然降ってくるからね。キャンプ場はあのモテルの後ろにあるんだ」
数個のテントが見えた。夏目が写真を撮った。
「ハイカーが戻ってきてるわ」と有坂が言った。
四人がジープに乗った。知念がジープをユーターンさせて、小鹿山荘に行った。フロントの女性が知念に気着いて挨拶をした。軽装の夏目葵と有坂勝子はいかにも健康なハイカーに見えた。フロントは、ふたりの婦人捜査官が見せた警察手帳に目を丸くした。婦人捜査官が地蔵峠に来るのは始めてだからである。
「走馬君、もう三時だね。部屋にバックパックを置いたら、飯を食おう。女性は洗面をしたいと思う。三十分あれば、いいかな?ロビーで会おう」
四人がロビーに集まった。
「夏目さん、ランチを、ビア・ガーデンで食べますが、ドイツ料理は好きですか?」
「ええ、ビールもソーセージも大好きです。大学時代に同級生とベルリンへ旅行したんです」
「みなさん、遠くないなら歩きませんか?土地勘を足でつかみたいんです」と有坂が言った。
「朝から乗り物ばかりだったから、ボクも歩きたいな」と知念が言った。ただの道路ではなかった。道端にタンポポ、アザミ、山ユリが咲き乱れていた。
「歩いて良かったわ」と気が張り詰め通しだった有坂勝子がほっと、一息入れた。ロッジから、四十分で、ビア・ガーデンに着いた。
「お腹空いたわ。先輩、ビールを頼んでもいいでしょうか?」
「夏目さん、ここは、ビア・ガーデンだけど?みんな腹がペコペコだからね。少し多めにオーダーしてくれる」
知念がオーダーを夏目葵に任せた。葵もジョッキを前にして勝子と相談していた。男たちは窓の外の新緑を見ながらジョッキを傾けていた。
「夏目さん、飲めるんですね?」
「ええ、刑事になる前には飲めなかったんですが、強烈な事件の現場を検証した日、先輩の婦人刑事がよく新橋に誘ったんです」
有坂勝子はコカコーラを飲んでいた。知念は事件を話さなかった。
「夏目さんのご趣味は何なの?」
「私、金魚が好きなんです。出目金っていうあだ名だったんです。刑事が仕事なので飼えませんが、愛好家クラブに入っているんです」
「有坂さんは?」と走馬が聞いた。
「私、将棋が好きなんです。三級なんです。男のひとが降参って言うと嬉しいんです」
「それじゃあ、走馬さんのご趣味は何なの?」と夏目が聞いた。
「模型の電車なんです。線路に走らせて何時間も遊びます。もう一つあります。実は、トカゲを飼ってるんです。このトカゲは食用なんです。ボクは食べませんが、可愛いんです。原産地はサハラ砂漠なんです」
「トカゲですか?走馬先輩、そんなものを飼っていたら、ガールフレンドなんかできませんよ」
「何かいないと寂しいんです。昔は、アマゾンの蜘蛛を十匹、飼ってたんです」
「走馬先輩、あなたは悪趣味ねえ」
有坂があきれていた。四人がビア・ガーデンを出ると、あたりが暗くなり始めていた。ロッジに着くころには月が出ていた。
「明朝、日の出前に湯ノ丸山の頂上へ行きます。そこで地蔵峠の事件を話します」と知念がガイドブックを夏目に渡した。四人は階段を上って部屋に入った。夏目と有坂が相部屋。知念と走馬が相部屋である。
「走馬君、婦人刑事とは言え、女性と捜査するのは楽しいね」
「はあ?そうですか?ボクは人形が重く胸にのしかかっていて、旅を楽しむ余裕がないのかも知れません」
「明朝、日の出前に湯ノ丸山の頂上に行くんだが、そこで、もう一度、考えたいんだ。あんな清々しい時間に事件が起きた。何かが不自然に思えるんだ。犯人は一人だったのか?ちえみと一緒だったのか?フロントが、先週から、レンゲツツジが咲き始めているって言ってた。少なくとも、高原のハイキングを満喫しようや」
「先輩、郭公の鳴き声を録音したいです」
六月十九日、木曜日、、
腕時計の目覚ましが鳴った。走馬が跳ね起きると、知念が脛まである厚手の靴下を履いて、編み上げの登山靴の紐を結んでいた。装備は、厚手の長袖シャツの上にポケットの着いた半袖を重ねて、その上に袖のないジャケットを着ていた。走馬も慣れているので順序よく山歩きの姿に変わった。カメラバッグを肩に斜めに掛けて、最後に水筒を腰に下げた。一階のフロアに小柄の夏目葵と背丈が頭一つ高い有坂勝子が待っていた。ハイキング帽子を被り、ラフなトレッキング姿のふたりは刑事に見えなかった。二人も水筒をベルトに下げていた。四人はジープを登山口に停めると、湯の丸高原の右側の斜面の歩道を、懐中電灯を照らして登って行った。ふたりの山ガールは、なかなか脚が強かった。
「バックパックがないから楽です」
「そうだね」
レンゲツツジの群生が懐中電灯の光の中に浮かび上がった。白ユリが一本咲いていた。有坂がカメラを構えてしゃがんだ。
「有坂さん、帰りに見れますよ」
四人が一時間二十分で頂上に立った。雲海の中に浅間山が見えた。その後方から朝陽が昇ってきた。知念が写真を撮った。左手に丸い山が見えた。
「夏目さん、あれが鳥帽子岳ですよ。今回は、登る時間がないけどね」と知念が指さして山ガールに言った。谷間に郭公の鳴き声が聞こえた。走馬が野鳥の鳴き声を収録していた。
「まあ、素晴らしいわ。トレッキングに最高ね」
有坂が、いつか登ってやろうと鳥帽子岳を写真に撮った。地蔵峠は、標高一三四〇メートル、湯の丸山は、二〇九九メートル、鳥帽子岳は、二〇六六メートルである。
頂上からツツジ平を見ると霧が谷間を覆っていた。四人が山道を下って行った。山の中腹から頂上にかけて赤紫色の花びらに露を着けたレンゲツツジが見事である。走馬が先頭になってレンゲツツジの群落の中へ入って行った。
「走馬さん、CDが見つかったのは、ここなんですね?」
「ええ、そうです」
「CDの中身はプッチーニのオペラだったっておっしゃってましたね?紛失届けはなかったんですか?」
「紛失届けがないんで、犯人のモノと言う推測が多いんです」
地蔵峠に戻った。十時だった。
「夏目さん、一休みしたら、ロッジをチェックアウトしますが、ここから、どこへ行きたいのですか?」
「係長、チャツボミゴケ公園を見たいのです」
四人が小鹿山荘に戻った。一階の洋食店でハンバーガーを食べた。
「夏目さん、少し、整理をしたいんです。正午に、ロビーで会いましょう」
十二時になった。知念と走馬がバックパックを手に持ってロビーへ降りて行った。夏目と有坂が待っていた。ジープの運転台に座った知念がマップを見ていた。
「長野原草津口までは国道406号線だが、そこからが大変だな。バスで行ったときは考えなかった。ここから一〇〇キロはあるね。すると三時間はかかる」と知念が夏目に語り掛けた。曲がりくねった県道はやがて標識しかない道になった。知念がチャツボミゴケ公園穴地獄の先には道がないことに気着いた。やはり三時になっていた。公衆便所を見た有坂勝子は青冷めていた。走馬が電話で知らせてあった管理人を呼んだ。管理人が鍵を持ってやってきた。
――無理もないな、、知念は有坂を抱きしめてあげたかった。
「有坂さん、入らないでいいよ」
夏目葵は 健気に入ると言った。
「有坂さんと走馬君はここで待っていてください」
知念と夏目葵がマスクをして軍手を手に嵌めるとトイレに入った。知念が夜中にトイレの中から女性の泣く声が聞こえる噂が立ったと夏目に話すと、さすがの婦人刑事も青冷めていた。
「私、恐いわ」
知念が夏目の手を取った。気を取り直した夏目がトイレを開けたり、床を見たり、写真を撮った。電灯は蛍光灯に代わっていた。ドアを開けて外に出た。
「係長、誰が人形を発見したのですか?」
「女性のハイカーです。群馬県警の記録にこうあったんです」
――朝の七時頃、あたりが明るくなっていた。公衆便所の方角から女性の悲鳴が聞こえた。男性のハイカーが数人、吹っ飛んで行った。十代の女性が真っ蒼になってしゃがんでいた。
「その時刻、北原順子さんはどこにいたんでしょうか?」
「前日の夕刻、ふたりは、ここから、歩いて草津温泉へ行ったとボクは思っている。そこからふたりは、いずこへ行ったのか?目撃者がいないために犯人に連れ去られたと思う」
「係長、草津温泉からバスや電車でないことも考えられます」
刑事に戻った夏目が知念を係長と呼んだ。
「夏目さん、知念と呼んでいいんですよ」
「知念さん、人形を吊り下げた時刻は何時だったんでしょう?」
「真夜中だろう。田代湖の料理屋の女将が、『その夜は、糸のような細い月が出ていたと客が言っていた』と言ってたから」
「嫌な感じですねえ。私は女なんです。それで犯人と北原順子さんが行った方角は特定できていますか?」
「推測なんだが、高崎へ行ったと考えている」
「そうですね。高崎に事件のカギがあると思います。犯人は、群馬、埼玉、東京の人間とお考えですか?」
「先輩刑事さんたちも、ボクもそう思っている」
「北原さんの交際相手を調べましたか?」
「犬を引き取りにくる里親だけだった。引き取られた後の犬の状態を聞くためだったそうです」
「北原さんの線からは何も出てこなかったんですね?」
夏目葵がクチに手を当てて、何か考えていた。
「知念さん、長野女子短大に行きたいんですが、距離はどのくらいあるんですか?」
「一〇〇キロぐらいだけど、国道406号線に乗るから二時間もあれば行けるけど?」
「今、五時ですから長野に着くころには、七時過ぎですね」
知念が携帯をポケットから取り出して仁科に掛けた。四人がジープに乗りこんだ。県道に出た。二十分で406号線に出た。知念の携帯が鳴った。
「知念君、明日の朝、十時に来てくれと言っている。学長は斉木さんという方だ」と短かった。
「夏目君、今夜は善光寺で泊まろう。善光寺から短大まで十キロだ」
「善光寺ですか?私、行ってみたかったんです」と有坂が言った。
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
09/08 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第四章
六月十四日、土曜日、、
田代湖から一〇キロ北東の群馬県嬬恋村に到着した。南に浅間山が煙を吐いているのが見えた。キャベツ畑が浅間山の麓まで広がっていた。嬬恋村に高度成長時代から激安のマンションが建てられた。巨大なスキーロッジがある。そこは冬場の貴重な現金収入になっていたのである。夏は、どうにもならないから農家はキャベツを作った。国道 605号線から南西へ三キロ走ると大前に着いた。大前は吾妻(あがつま)線の終点である。高崎までほんの一時間十分である。さらに東京までは、上越新幹線で五十分である。そのため、大前は四角い大きなマンションが林立している。
「駅前のレンタカー営業所へ行ってジープを返そう」
電車が、ゴンゴンとジーゼル機関を鳴らして待っていた。長野原草津口は大前から五つめの駅だった。電車は三分ごとに停車した。十五分で着いた。長野原草津口ほど何もない駅はないと知念が思った。バスが待っていた。切符売り場が、三十分で出ると言うので、コーヒーを買ってベンチに座って飲んだ。中之条チャツボミゴケ公園に四十分だった。入り口に看板が立っていた。ふたりが説明文を読んでいた。
――芳ヶ平湿地群はチャツボミゴケ公園がある群馬県中之条町と草津町にまたがる広大な湿地群で、草津白根山の火山活動の影響でできたと考えられています。芳ヶ平湿地群にはチャツボミゴケ公園や美しいエメラルドグリーンの水で知られる白根山の火口湖など豊かな自然が広がっています。普段見ることのできない貴重な植物が多く生息し、タンポポの綿毛によく似た「ワタスゲ」をはじめ様々な高山植物や貴重な生き物を目にすることができます。
「犯人と北原順子は、何故ここを選んだのだろうか?この湿原に答えがある」
しばらく歩くと神秘的な風景に出会った。
「走馬君、これが穴地獄なんだね」
――鉄鉱石の鉱床があり、昭和初期から四〇年ほど露天掘りによる採鉱が行われていました。 その露天掘りの窪み(穴地獄)に自生しているのが「チャツボミゴケ」です。その露天掘りのくぼみに動物が落ちると、抜け出せずに死んでしまうことから「穴地獄」と呼ばれるようになりました。穴地獄には酸性の温泉水が豊富に湧き出ているため、強酸性の水を好むチャツボミゴケにとっては絶好の環境なのです。
キャンプ場にキャビンが並んでいた。公衆便所が見えた。
「走馬君、あれだな」
ふたりがトイレに着いた。
「先輩、これが夜中、女性が、さめざめと泣く声が聞こえるというトイレなんですね?」
扉に錠がかかっていた。張り紙があった。知念が扉の取っ手をガタガタと引いた。管理人が飛んできた。
「このトイレは入れません。二十メートル右にあります」
「私たちは刑事なんです。中を見たいのです」と知念が警察手帳を見せた。一分で済みます。開けて頂けますか?」
管理人が鍵で錠を外した。ふたりが中に入った。電灯が天井から下がっていた。
「この電灯に人形がぶら下がっていた」
「先輩、ここを出ましょう。気分が悪いんです」
「走馬君、君は繊細なんだね?もう見るものはない。休憩所で何か食べようか?」
ふたりは、月見蕎麦を啜った。再び、バスに乗った。
「走馬君、草津温泉はここから11.5キロの距離なんだ。下り坂だから歩ける距離だ。犯人と北原順子は歩いて草津温泉に行ったとボクが考えるんだが、君はどう思う?」
「バスで長野原草津口に行って吾妻線で高崎へ出たとも考えられますが、草津温泉なら徒歩ですね。でも、それじゃあ、誰が真夜中、人形を公衆トイレに吊り下げたんでしょうか?」
「走馬君、明日、特捜会議を開こう」
知念が携帯を取って、仁科に報告した。
第一話
第五章
六月十六日、月曜日、、
捜査一課の会議室に先輩刑事たちが集まっていた。
「ご先輩のみなさま、おはようございます。本日は、お忙しいところ、時間を割いて頂いて真に恐縮です」
「いやいや、知念君、俺たちも、君の考えを拝聴したい」と仁科が言った。
電気技士がプロジェクターを持ってきた。知念がニコンのプラグをプロジェクターのUSBに差し込んだ。先輩刑事たちには、どれも知っている光景が映った。知念が写真を追って意見を述べた。
「まず、犯人は、長野、群馬に土地勘がある人間です。だからと言って土地の人間とは断定できません。東京からそれほど遠くないからです。湯ノ丸高原なら上田から北陸新幹線で東京に行けます。中之条チャツボミゴケ公園なら吾妻線の長野原草津口駅から高崎へ行き、上越線で東京へ行けます。誘拐された女性たちは、千曲市と東京青梅市の住人だったのです。技師さん、地図をスクリーンに映してください。みなさん、長野、群馬、東京の地図を見てください。事件の起きた湯ノ丸高原も、中之条チャツボミゴケ公園も東京へ行くには高崎を通ります。この高崎に鍵があると思います、湯ノ丸高原に関して、走馬刑事とボクは、犯人の足を、しなの鉄道、バス、長野新幹線、自転車、バイク、徒歩の組み合わせだと推定しています。しかし、この組み合わせは、キュービックパズルなんです。バイクに関して、ご先輩の刑事さんたちからも同じ意見が出されています。女性たちはバイクの後ろに乗って犯人の腰を両手で抱いていたと想像できます。これは、犯人を信頼していたとなります。中之条チャツボミゴケ公園穴地獄へ行くのに、同じ吾妻鉄道を使ったと考えます。走馬刑事とボクは、北原順子とホシは歩いで草津温泉に行ったと考えるのです。それは、ほんの十一キロの距離だからです。しかし、北原順子を連れ去ったのが日没前だとすれば、深夜、誰が人形を公衆トイレに吊ったんでしょう?人形ですが、実に不気味です。日本中を恐怖に落とすことが目的です。その理由は判りませんが、人形の首を吊ったり、包丁を持たせたりして演出がエスカレートしています。法医学を学んだ走馬刑事は、犯人は同じ恐怖を体験した人間と分析しています。しかし、誘拐した女性をどうしたのでしょうか?それと二年連続、初夏に誘拐した理由も、そこに特別な意味があるのか気になります」
「知念君、事件の犠牲者には共通点がある。ファイルにあるように、犠牲者の父親はみんな長野県警の刑事だった」
千葉という先輩刑事が言った。
「先輩、それ気になりますね」
千葉が手を挙げて立ち上がった。
「この刑事たちは、一九八四年、泥亀外食産業社長殺人事件に拘わっていた。社長の泥亀軍治は「泥亀居酒屋チェーン」で名を売った男です。長野県警の刑事たちは、無実の男を脅して供述書を取った。九名の裁判員が賛否に分かれた。裁判官二人が重刑に反対した。有罪が決定したが、禁固刑六年が言い渡された。一年後、受刑者が独房で首を吊っているのが発見された。不審に思ったジャーナリストが事件の真相を暴いた。本が出版された。この冤罪事件を以って法律が変わった。容疑者の供述や自供はあくまでも参考に過ぎず、有罪にするには確たる物的証拠が必要であるということです。この事件以来、検察庁は、物証、物証と連呼し始めたんだ」
「仁科課長、その冤罪事件には、他の刑事も関わっていたんじゃないのですか?」
「知念君、六人の刑事が関わっていたんだ。事件簿に載っているから現在どうしているか調べてくれ。噂だが、元刑事の娘を殺して喰ったとしたら人形どころの話ではない」
知念は、冤罪事件を知っていたが、あらためて驚いていた。
「みなさん、最後にこのオペラを聞いてください」
マリア・カラスのオー、ミオ、カロが流れた。刑事たちが感嘆の声を漏らした。知念があるアイデアを述べた。
「仁科課長、どこかに死角があると思います」
「その死角とは?」
「はあ、ボクらは男ですから女性が見る世界と違うと思いました」
「なるほど。婦人捜査官を入れることだね?」
「課長、人選をボクにやらせてください」
知念が婦人捜査官を二人選んだ。夏目葵と有坂勝子である。夏目葵は、三十二歳、背丈が一五五センチ、体重が五四キロ、眉が太く、黒い目がクリクリとした小柄な女性だった。一方の有坂勝子は、二十八歳、背が高く、肩幅が広く、切れ長の目、筋肉質で機械体操の選手に見えた。ふたりとも、髪を後ろでアップにしてクリップで止めていた。小柄な夏目葵が大柄の有坂勝子の先輩である。
「夏目葵捜査官、地蔵峠人形事件をご存じですね?」
「はい、今、話題の事件ですから」
「ボクがあなたを選んだ理由は、あなたが赤城神社主婦失踪事件を警察学校で受講されたからです」
「はい、府中の警察学校で習いました。私も女ですから関心を持ちました」
一九九八年五月三日の憲法記念日、千葉県白井市の主婦、志塚法子さん(四十八歳)は、夫、新生児の孫、その孫を抱いた娘、叔父、叔母、義母の六人と群馬県宮城村三夜沢の赤城神社に、ツツジ見物に訪れていた。生憎、雨のため、神社へ行く夫と叔父以外は駐車場に停めた車の中で待つことにした。しばらくして法子さんは「折角だから、お賽銭をあげてくる」と神社への参道を登って行った。その時の格好は赤い雨傘をさし、ピンクのシャツに黒のスカートという目立つものであった。法子さんの娘は駐車場から法子さんが境内とは別方向の場所で佇む姿を目撃している。これが、家族が見た法子さんの最後の姿となった。事件を解く糸口がなく、ついに、二〇〇八年六月、法子さんの失踪宣告がなされていた。
「私は事件当時、中学三年生でしたが、連日報道されるテレビを両親と観ましたから。今でも、雨の中に赤い傘を持った主婦が夢に出て来て、うなされます」
「何が男性の刑事とあなたの視線が違うのですか?」
「私は、主婦の服装と傘に今でも関心があります」
「それは男性の刑事も同じでしょ?」
「はい、そうですが、女の私たちは、なぜ、ああいう目立つ服装、目立つ赤い雨傘だったのか?と疑問にもならないことに疑問を感じたのです」
「その疑問というのは?」
「主婦は四十八歳だったのです。孫もいた女性です。ピンクのシャツに黒のスカート、赤い雨傘、どれも目立つものです。犯人と待ち合わせたのではないか?姿を消して新しい人生を考えたのではないか?」
「なるほど、女性らしい考察だね」
「係長、私たちに現場を見せてください。走馬刑事が撮った写真は見ていますが、女の私たちは違った角度から犯人のイメージを持つことができるかもしれません」
「夏目刑事、有坂刑事、あなた方は高原を歩いたことがありますか?」
「はい、大学時代、八ヶ岳などにトレッキングに行きました」と二人の婦人捜査官がほとんど同時に答えた。
「それでは、来週の月曜日にふたつの現場へ行きましょう。山歩きの服装を用意してください」
夏目葵と有坂勝子が、にっこりと笑った。東京の喧騒を離れたいのである。
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
第四章
六月十四日、土曜日、、
田代湖から一〇キロ北東の群馬県嬬恋村に到着した。南に浅間山が煙を吐いているのが見えた。キャベツ畑が浅間山の麓まで広がっていた。嬬恋村に高度成長時代から激安のマンションが建てられた。巨大なスキーロッジがある。そこは冬場の貴重な現金収入になっていたのである。夏は、どうにもならないから農家はキャベツを作った。国道 605号線から南西へ三キロ走ると大前に着いた。大前は吾妻(あがつま)線の終点である。高崎までほんの一時間十分である。さらに東京までは、上越新幹線で五十分である。そのため、大前は四角い大きなマンションが林立している。
「駅前のレンタカー営業所へ行ってジープを返そう」
電車が、ゴンゴンとジーゼル機関を鳴らして待っていた。長野原草津口は大前から五つめの駅だった。電車は三分ごとに停車した。十五分で着いた。長野原草津口ほど何もない駅はないと知念が思った。バスが待っていた。切符売り場が、三十分で出ると言うので、コーヒーを買ってベンチに座って飲んだ。中之条チャツボミゴケ公園に四十分だった。入り口に看板が立っていた。ふたりが説明文を読んでいた。
――芳ヶ平湿地群はチャツボミゴケ公園がある群馬県中之条町と草津町にまたがる広大な湿地群で、草津白根山の火山活動の影響でできたと考えられています。芳ヶ平湿地群にはチャツボミゴケ公園や美しいエメラルドグリーンの水で知られる白根山の火口湖など豊かな自然が広がっています。普段見ることのできない貴重な植物が多く生息し、タンポポの綿毛によく似た「ワタスゲ」をはじめ様々な高山植物や貴重な生き物を目にすることができます。
「犯人と北原順子は、何故ここを選んだのだろうか?この湿原に答えがある」
しばらく歩くと神秘的な風景に出会った。
「走馬君、これが穴地獄なんだね」
――鉄鉱石の鉱床があり、昭和初期から四〇年ほど露天掘りによる採鉱が行われていました。 その露天掘りの窪み(穴地獄)に自生しているのが「チャツボミゴケ」です。その露天掘りのくぼみに動物が落ちると、抜け出せずに死んでしまうことから「穴地獄」と呼ばれるようになりました。穴地獄には酸性の温泉水が豊富に湧き出ているため、強酸性の水を好むチャツボミゴケにとっては絶好の環境なのです。
キャンプ場にキャビンが並んでいた。公衆便所が見えた。
「走馬君、あれだな」
ふたりがトイレに着いた。
「先輩、これが夜中、女性が、さめざめと泣く声が聞こえるというトイレなんですね?」
扉に錠がかかっていた。張り紙があった。知念が扉の取っ手をガタガタと引いた。管理人が飛んできた。
「このトイレは入れません。二十メートル右にあります」
「私たちは刑事なんです。中を見たいのです」と知念が警察手帳を見せた。一分で済みます。開けて頂けますか?」
管理人が鍵で錠を外した。ふたりが中に入った。電灯が天井から下がっていた。
「この電灯に人形がぶら下がっていた」
「先輩、ここを出ましょう。気分が悪いんです」
「走馬君、君は繊細なんだね?もう見るものはない。休憩所で何か食べようか?」
ふたりは、月見蕎麦を啜った。再び、バスに乗った。
「走馬君、草津温泉はここから11.5キロの距離なんだ。下り坂だから歩ける距離だ。犯人と北原順子は歩いて草津温泉に行ったとボクが考えるんだが、君はどう思う?」
「バスで長野原草津口に行って吾妻線で高崎へ出たとも考えられますが、草津温泉なら徒歩ですね。でも、それじゃあ、誰が真夜中、人形を公衆トイレに吊り下げたんでしょうか?」
「走馬君、明日、特捜会議を開こう」
知念が携帯を取って、仁科に報告した。
第一話
第五章
六月十六日、月曜日、、
捜査一課の会議室に先輩刑事たちが集まっていた。
「ご先輩のみなさま、おはようございます。本日は、お忙しいところ、時間を割いて頂いて真に恐縮です」
「いやいや、知念君、俺たちも、君の考えを拝聴したい」と仁科が言った。
電気技士がプロジェクターを持ってきた。知念がニコンのプラグをプロジェクターのUSBに差し込んだ。先輩刑事たちには、どれも知っている光景が映った。知念が写真を追って意見を述べた。
「まず、犯人は、長野、群馬に土地勘がある人間です。だからと言って土地の人間とは断定できません。東京からそれほど遠くないからです。湯ノ丸高原なら上田から北陸新幹線で東京に行けます。中之条チャツボミゴケ公園なら吾妻線の長野原草津口駅から高崎へ行き、上越線で東京へ行けます。誘拐された女性たちは、千曲市と東京青梅市の住人だったのです。技師さん、地図をスクリーンに映してください。みなさん、長野、群馬、東京の地図を見てください。事件の起きた湯ノ丸高原も、中之条チャツボミゴケ公園も東京へ行くには高崎を通ります。この高崎に鍵があると思います、湯ノ丸高原に関して、走馬刑事とボクは、犯人の足を、しなの鉄道、バス、長野新幹線、自転車、バイク、徒歩の組み合わせだと推定しています。しかし、この組み合わせは、キュービックパズルなんです。バイクに関して、ご先輩の刑事さんたちからも同じ意見が出されています。女性たちはバイクの後ろに乗って犯人の腰を両手で抱いていたと想像できます。これは、犯人を信頼していたとなります。中之条チャツボミゴケ公園穴地獄へ行くのに、同じ吾妻鉄道を使ったと考えます。走馬刑事とボクは、北原順子とホシは歩いで草津温泉に行ったと考えるのです。それは、ほんの十一キロの距離だからです。しかし、北原順子を連れ去ったのが日没前だとすれば、深夜、誰が人形を公衆トイレに吊ったんでしょう?人形ですが、実に不気味です。日本中を恐怖に落とすことが目的です。その理由は判りませんが、人形の首を吊ったり、包丁を持たせたりして演出がエスカレートしています。法医学を学んだ走馬刑事は、犯人は同じ恐怖を体験した人間と分析しています。しかし、誘拐した女性をどうしたのでしょうか?それと二年連続、初夏に誘拐した理由も、そこに特別な意味があるのか気になります」
「知念君、事件の犠牲者には共通点がある。ファイルにあるように、犠牲者の父親はみんな長野県警の刑事だった」
千葉という先輩刑事が言った。
「先輩、それ気になりますね」
千葉が手を挙げて立ち上がった。
「この刑事たちは、一九八四年、泥亀外食産業社長殺人事件に拘わっていた。社長の泥亀軍治は「泥亀居酒屋チェーン」で名を売った男です。長野県警の刑事たちは、無実の男を脅して供述書を取った。九名の裁判員が賛否に分かれた。裁判官二人が重刑に反対した。有罪が決定したが、禁固刑六年が言い渡された。一年後、受刑者が独房で首を吊っているのが発見された。不審に思ったジャーナリストが事件の真相を暴いた。本が出版された。この冤罪事件を以って法律が変わった。容疑者の供述や自供はあくまでも参考に過ぎず、有罪にするには確たる物的証拠が必要であるということです。この事件以来、検察庁は、物証、物証と連呼し始めたんだ」
「仁科課長、その冤罪事件には、他の刑事も関わっていたんじゃないのですか?」
「知念君、六人の刑事が関わっていたんだ。事件簿に載っているから現在どうしているか調べてくれ。噂だが、元刑事の娘を殺して喰ったとしたら人形どころの話ではない」
知念は、冤罪事件を知っていたが、あらためて驚いていた。
「みなさん、最後にこのオペラを聞いてください」
マリア・カラスのオー、ミオ、カロが流れた。刑事たちが感嘆の声を漏らした。知念があるアイデアを述べた。
「仁科課長、どこかに死角があると思います」
「その死角とは?」
「はあ、ボクらは男ですから女性が見る世界と違うと思いました」
「なるほど。婦人捜査官を入れることだね?」
「課長、人選をボクにやらせてください」
知念が婦人捜査官を二人選んだ。夏目葵と有坂勝子である。夏目葵は、三十二歳、背丈が一五五センチ、体重が五四キロ、眉が太く、黒い目がクリクリとした小柄な女性だった。一方の有坂勝子は、二十八歳、背が高く、肩幅が広く、切れ長の目、筋肉質で機械体操の選手に見えた。ふたりとも、髪を後ろでアップにしてクリップで止めていた。小柄な夏目葵が大柄の有坂勝子の先輩である。
「夏目葵捜査官、地蔵峠人形事件をご存じですね?」
「はい、今、話題の事件ですから」
「ボクがあなたを選んだ理由は、あなたが赤城神社主婦失踪事件を警察学校で受講されたからです」
「はい、府中の警察学校で習いました。私も女ですから関心を持ちました」
一九九八年五月三日の憲法記念日、千葉県白井市の主婦、志塚法子さん(四十八歳)は、夫、新生児の孫、その孫を抱いた娘、叔父、叔母、義母の六人と群馬県宮城村三夜沢の赤城神社に、ツツジ見物に訪れていた。生憎、雨のため、神社へ行く夫と叔父以外は駐車場に停めた車の中で待つことにした。しばらくして法子さんは「折角だから、お賽銭をあげてくる」と神社への参道を登って行った。その時の格好は赤い雨傘をさし、ピンクのシャツに黒のスカートという目立つものであった。法子さんの娘は駐車場から法子さんが境内とは別方向の場所で佇む姿を目撃している。これが、家族が見た法子さんの最後の姿となった。事件を解く糸口がなく、ついに、二〇〇八年六月、法子さんの失踪宣告がなされていた。
「私は事件当時、中学三年生でしたが、連日報道されるテレビを両親と観ましたから。今でも、雨の中に赤い傘を持った主婦が夢に出て来て、うなされます」
「何が男性の刑事とあなたの視線が違うのですか?」
「私は、主婦の服装と傘に今でも関心があります」
「それは男性の刑事も同じでしょ?」
「はい、そうですが、女の私たちは、なぜ、ああいう目立つ服装、目立つ赤い雨傘だったのか?と疑問にもならないことに疑問を感じたのです」
「その疑問というのは?」
「主婦は四十八歳だったのです。孫もいた女性です。ピンクのシャツに黒のスカート、赤い雨傘、どれも目立つものです。犯人と待ち合わせたのではないか?姿を消して新しい人生を考えたのではないか?」
「なるほど、女性らしい考察だね」
「係長、私たちに現場を見せてください。走馬刑事が撮った写真は見ていますが、女の私たちは違った角度から犯人のイメージを持つことができるかもしれません」
「夏目刑事、有坂刑事、あなた方は高原を歩いたことがありますか?」
「はい、大学時代、八ヶ岳などにトレッキングに行きました」と二人の婦人捜査官がほとんど同時に答えた。
「それでは、来週の月曜日にふたつの現場へ行きましょう。山歩きの服装を用意してください」
夏目葵と有坂勝子が、にっこりと笑った。東京の喧騒を離れたいのである。
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
09/07 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第三章
六月十二日、木曜日、、
その朝、湯ノ丸高原に爽やかな風が吹いていた。高原の入り口は、海抜一四〇〇メートル。湯ノ丸山の頂上へは、そのまた八〇〇メートルを登るのである。知念と走馬は登山と言うよりもトレッキングの軽い恰好であった。知念は身長が一七六センチ、走馬は、一六八センチである。ふたりが脛まである登山用のソックスを穿くと底の厚い登山靴を履いて、靴の紐をしっかりと結んだ。最後に登山帽を被ると小さなリュックを背負った。
「走馬君、久しぶりの山歩きだね。登山靴はいいね」と知念が笑った。
「先輩、写真を一枚、撮らせてください」
走馬が知念の登山姿を一枚撮った。ロッジから三十分で地蔵峠の入口に着いた。ふたりが地蔵の前に立っていた。
「走馬君、繰り返すが、六月八日、日曜日の朝、人形がこのお地蔵さんの前に置かれていた。山岳パトロール隊が早暁の巡回で発見したんだ」
ふたりが山道を昇って行った。白樺林を出ると、レンゲツツジが赤紫の蕾(つぼみ)を着けていた。両側は谷間である。あちらこちらで鶯が鳴いていた。頭上で野鳥の鳴く声が聞こえた。何か、物悲しい鳴き声である。
「何の鳥でしょうか?」
「走馬君、あれは、郭公だよ」
「あれがカッコーなんですね?先輩、このあたりの樹は白樺とシナノキが多いんですね?鉱山植物が、六〇〇種類もあるそうです」
すっかりトレッキング気分になっていた走馬を見抜いた知念は、諫めるかのように状況説明を始めた。すると走馬も表情を引き締めた。
「走馬君、ツツジ平にコンパクトCDプレーヤーが落ちていた。これは、レンゲツツジの茂みに入ったハイカーが拾ったんだが、犯人のものと言う確証はない」
「CDは入っていたんですか?」
「一枚入っていた」
「CDの中身は何だったんですか?」
「オペラを知ってる?」
「オペラですか?イタリアとかの?」
「プッチーニの、オー、ミオ、バビノ、カロという名曲なんだ。君は、西欧の歌に興味があるの?」
「いいえ、歌にはあまり興味がないんです。もしも犯人のものとすれ犯人は繊細な感覚を持っている。一度聞かせてください」
「CDには微かに指紋の一部が残っていたんだ。犯罪歴のある者と照合するには信頼性が低いんだがね」
「先輩、犯人とちえみが一緒だったという証拠がないですが」
「突然、襲い掛かれば、騒がれる。犯人とちえみは、親密な仲だったと考えるのが自然だよね?愛人だったとも考えられる」
「先輩、すると北原順子も犯人と交際していた?」
「交際していたのかはわからないが犯人を恐れていなかったことは明らかだ」
「先輩、六月八日の日の出なんですが04:29ですね.浅間山に昇ってくる朝陽を見たかったとすると、四時には地蔵峠の登山口に入ったとなります。まだ真っ暗闇だった」
「ボクもそれを考えていた」
二人の刑事が懐中電灯を持った沢田ちえみと犯人を思い浮かべていた。
「先輩、ずいぶん白いタンポポが咲いていますね?」
「そうなんだ。昨夜、ガイドブックを読んだけど、五月の初旬に、シロバナタンポポが湯の丸高原を埋め尽くすと書いてあった。白くて花びらも、葉も大きいのが特徴なんだそうだよ。その横にあるのがサンカヨウ。この時期はまだ寒気が強いので白い花が咲くらしいよ。高原の花の最盛期は七月から九月の間で、ユリ科、牡丹科、コスモスと色とりどりの草花が次々に咲く。秋には、野菊など全く違う花が咲く。それが理由で色とりどりの蝶が舞う天国なんだ」
「先輩、ボクは高山植物や昆虫に興味があるんです。自然と言ってしまえばおしまいですが、創造主の意志を感じるんです。事件現場は大事なんですが、アルバムを作るために写真を撮りたいんです」
「走馬君、それ公私混合だよ」と知念が笑った。
「はあ」
「じゃあ、これを見なさい」と知念がガイドブックをリュックから取り出した。走馬がレンズを取り外して、クローズアップレンズを装着していた。知念が器用にレンズを換えた走馬の手を見ていた。
「君は器用だね」
「先輩、これは至近距離レンズなんですが、バックグラウンドがボケるんです。接写の場合、手が震えないことが重要なんです」
走馬が、草の上で腹ばいになって写真を撮っては図鑑と照らし合わせていた。知念は部下の草花に対する繊細な一面を好ましく思った。走馬が写真を撮るのに夢中になっている間、知念は犯人と沢田ちえみの行動を想像していた。二人は湯の丸山の頂上へ行った、、そこからどこへ行ったのだろう?
走馬がようやく戻ってきた。
「先輩、済みませんでした」
「いや、いいんだよ。事件の捜査だけでは捜査官でも耐えられない。走馬君、頂上へ行こう」
「わあ、先輩、北アルプスが見えますよ。雪を被っている。ここよりあっちがいいなあ」
「走馬君、こっちを見て。あれが烏帽子岳だね。距離はどのくらいかな?」とマップを広げた。
「行けば、下り歩道の鞍部に戻るまで二時間は要るね。今回はやめておこう」
「先輩、犯人とちえみは烏帽子岳へ行ったのでしょうか?」
知念が顎に手を当てて考えていた。
「走馬君、不思議なのは、人形だよ。その日曜の朝、山頂へ行く前にお地蔵さんの前に置いたのなら、二人が日の出を拝んでいる頃、山岳パトロール隊が人形を拾った。パトロール隊は単なるいたずらと管理事務所に届けた。翌日の十二日、月曜日、沢田ちえみが失踪したことを知って、警視庁に届けたと言っている。犯人とちえみだが、山頂からキャンプ場に戻ったと思われない。戻ったとすれば朝の六時だからね。一日、やることがない。烏帽子岳に行ったと思う。それなら地蔵峠に一〇時に戻ったとなる。まだ朝だ。そこからどこかへ、何かの手段で移動したと思う」
「先輩、犯人がちえみを誘拐するには自動車が要ります。車を捜査したんですか?」
「県道94号線の監視カメラに写った不審な車はすべてチェックした。バイクもだけど、自動二輪のナンバーを識別するのは難しいんだよ。それに、バイクは脇道や山道、畑の畦道でも走れるからね。犯人が車を使ったとは断定できない」
二人がロッジに戻って普段着に着替えた。午後の一時になっていた。
「走馬君、飯を食いに出ないか?その後、ロッジに帰ったら昼寝しよう」
「先輩、大賛成です。ロッジの南にミュンヘン・ビアガーデンっていう地ビールレストランがありました。ドイツ風って言うからには、男爵の茹でたのがあると思います。ボクはジャガイモが大好物なんです」
「それいいね」
やはりビールはホップの効いたミュンヘン風の地ビールだった。ソーセージも、チーズの塊も、骨付きハムも大きい。北海道産の男爵は抜群で、これだけでもふたりは満足できた。
「走馬君、沢田ちえみは長野市の長野女子短大の学生だった。住所は千曲市なんだ。千曲はしなの鉄道で長野から二十三分の距離なんだ。湯の丸高原に行くには、千曲郵便局前からバスで国道一八号線を上田駅に行けばよいだけなんだ、それも三〇分もかからないんだが、巣鴨で聴取を取った牛飼又市という人の供述だと沢田ちえみは北陸新幹線下り長野行きに乗っていた。牛飼は、沢田ちえみは高崎で隣りの自由席に座ったと証言している。ふたりは上田で、しなの鉄道に乗り換えて滋野で降りている」
「不思議ですねえ。どうしてそんな行動をとったんでしょうか?先輩、その牛飼ですが、何の容疑なんですか?」
「東京山谷の質屋に強盗に入ったんだが、店主に殴られて降参したので釈放になるらしい」
「先輩、長野女子短大に行くべきです」
「長野女子短大は、二年間で介護福祉を学ぶ優秀な短期大学なんだ」
「ご両親は残念でしょうね」
「走馬君、長野へ行くには準備が足りない。明日だけどね、上田へ行ってレンタカーを借りる考えなんだ。朝の十時に、多々良さんが迎えに来てくれる」
「先輩、車を借りてどうするんですか?」
「群馬の嬬恋村まで行ってみる考えなんだ」
「先輩、良いお考えです。犯人の行動ルートを探るわけですね?」
六月十三日、金曜日、、
朝十時、多々良が時間通りロッジに迎えにきた。その日は朝から快晴で、白い雲がひとつ、ポッカリと湯の丸山の上に浮かんでいた。ロッジを出てから五分のところに鄙びた瓦屋根の家があった。「観光レンタサイクル」という看板の軒下に自転車が並んでいた。
「多々良さん、貸し自転車屋ですね。すみませんが、停めてください」
知念ひとりが店に入った。店主が警視庁の警察手帳にびっくりした。谷口と名乗った。
「刑事さん、何のご用件でしょうか?」
「ちょっと聞きたいことがありましてね。この軒下の自転車は誰が借りるんですか?」
「ほとんどがサイクリングにやって来る学生さんです。インターネットができてから注文が増えたのです。この夏は、もう八台増やす考えです」
「雨の日のご商売はどうですか?」
「結構、雨天でも来るんですよ。借りたい方には雨具を買って貰っています。安いビニール製ですが」
「自転車を借りる人たちはどこへ行くんですか?」
「94号線を南へ下って上田へ行くか、北へ上って行くんです。鹿の湯から下って群馬の田代湖まで行く人もいます。その場合は大体、一晩泊まりになります」と谷口と名乗った店主が言った。
「谷口さん、有難う、また立ち寄らせて貰います」と知念が名刺を置いて出た。ランドクルーザーが94号線線を下って行った。後ろから爆音が聞こえた。バイクの一団だった。二列になったり、追い越したり、車体を左右に振って縫ったり。ほとんどが単独ライダーだったが、男女が跨ったバイクが二台通過した。女が男の腰を両手で抱いていた。知念がハッとした。
「多々良さん、サイレンを鳴らしてください」
「知念さん、あの程度では、違反ではないんです。サイレンを鳴らしても、逃げられちゃうんですよ」と多々良が笑った。知念が苦笑した。
「走馬君、犯人の足はバイクだね」
「でも、先輩、監視カメラでチェックしたなら犯人のバイクは判ったでしょう」
「いや、タイミングを計ってウィービングしたり、前の車やバイクを追い越したりするとカメラに捕まらない。夜ならさらに捕まらない」
三十分後、上田の駅前に着いた。多々良警部が、一礼して東御(とうみ)に帰って行った。
レンタカーを借りるハイカーは少ないのか、四輪駆動のジープが数台並んでいた。長野の県道はトンネルが多い。トンネルの水滴が凍るのである。知念が、最も料金が安い三菱のジープを借りた。
「警視庁の刑事さんですか?」と知念の自動車免許証を見て中年のマネジャーが驚いていた。
「ジープを、二日ほどお借りしたいのですが」
「刑事さん、この不景気です。五日でも十日でも、なるたけ長く使ってください」とマネジャーが笑った。
二人がジープに乗ると上田市内を見て回った。畑の多い町である。上田市は、長野県の中央からやや東北にあり、県庁所在地の長野市から四〇キロメートル、東京から一九〇キロメートルのところにある。市域は上田盆地全体に広がり、それを二分するように千曲川が縦断している。上田城が見えた。ジープを駐車場に入れて城内を歩き回った。石段が多いので脚の運動になった。知念が腕時計を見ると正午になっていた。
「走馬君、また蕎麦を食うか?」
「先輩、昼飯の後、田代湖へ行きましょう」
三菱4WDは94号線の上り坂をよく走った。途中、ツーリング・クラブの一団を追い越した。篭の登山(かごのとやま)から群馬県である。東西に走る国道406号線の田代交差点まで、二十一分で来た。右折すると、十分で田代湖の町が見えた。田代市はあまり観光スポットがない。知念がロッジ・スバルの看板の前で停車してロッジに入って行った。客室が九室のコンパクトなロッジが気に入った。
「走馬君、温泉はないと言ってるけどサウナ付きの風呂があるよ」
「先輩、飯はどうなるんですか?」
知念がアイフォンで検索していた。
「ケンちゃん食堂へ行こう。レストランは情報のソースだからね。猪のすき焼きが上美味いって書いてある」
「らっしゃいませ」と素朴の字がピッタリとくる女将が言った。やはり、豆腐、コンニャク、春菊をどっさり入れたイノシシのすき焼きは美味かった。米が良いのか、飯も美味かった。
「お女将さん、このご飯、実に美味いね」
「このお米は、群馬県自慢のゴロピカリです。越後のコシヒカリに勝るとも劣らないと言われます」
「ゴロピカリ?なるほどね、ボクたちは何も知らないな」
「お客さんは、観光ですか?」
「そうなんだけど、別に目的のないドライブなんですよ。ところで、この土地も群馬県吾妻(あがつま)郡、嬬恋(つまごい)と書いてあるけど、嬬恋って地名が多いんだね?」
「群馬の地名って面白いでしょ?利根川、赤城山、白根山、、日本帝国海軍連合艦隊の航空母艦や重巡の名前に使われたんです」
「ずいぶん、詳しいんですね」
「ええ、九十二歳になる父が真珠湾攻撃の旗艦、空母赤城の機関兵だったんです」
「はあ?群馬には海がないけど?」
「ええ、それが理由で多くの群馬県人が海軍に入ったんです」
「ちょっとお聞きしますが、チャツボミゴケ公園穴地獄女性失踪事件をご存じですか?」
「知ってますよ、ここから車で、一時間の距離ですからね。公衆便所の中に紐で首を絞められた西洋人形が電灯に下がっていた。あんな恐ろしい事件は、群馬には古今東西なかったんです。チャツボミゴケ公園穴地獄は秘境なんです」
「女将さん、それで、どこまで事件を知っています?」
「お客様は東京から来られた刑事さんですね?お洒落だから判るんですよ。この店に来られたお客様がその日、チャツボミゴケ公園穴地獄のキャビンに居たと言ったんです」
「何かを見た?」
「いいえ、こう話されたんです」
――その夜は、糸のような細い月が出ていたんです。山犬が遠吠えしていました。遠くで雷が聞こえました。夜中、雨が降りました。朝だった。公衆便所の方角から悲鳴が聞こえたんです。男性のハイカーが飛んで行ったんです。トイレの中に女性がうずくまっていました、、
ふたりがロッジ・スバルに帰った。タオルを持ってサウナに行った。杓子で焼けた石に水を掛けると蒸気が立ち上がった。たちまち汗が噴き出した。
「これ気持ちいいですね」
「いやあ、疲れた。人形事件の話はやめよう」
「先輩、一つだけ聞いても良いですか?」
「まあ、仕方がない」
「北原順子は何が職業だったんですか?」
「彼女は捨て犬の保護センターの飼育係だった。住所は東京青梅市。犯人との接点が判らない」
「犬の保護というと、処分される犬を引き取って里親を探すことですね?」
「そうなんだが、子犬ならまだしも、老犬は結局、処分される」
「人間もある意味では同じですね。ボクは安楽死を推進する団体のメンバーなんです。北斗医大の教授たちは同じ意見でした」
「走馬君、北斗医大では何が専科だったの?」
「法医学なんです。実際に執刀することはないんです。ボクは山根孝という教授の遺伝子研究論文に興味を持ったんです」
「ああ、科学雑誌に載った『試験管ベービーX』 という論文だったね? ショッキングな題名なんで憶えている人は多いだろうね。今もその山根教授は現役なの?」
「いいえ、教授は研究室で自殺されたんです」
知念が驚いた。
「君は、どうして捜査官になったのかね?」
「自分は、山根先生が亡くなられたので、北斗医大を退学しました。白衣を着てマスクをかけ、蛍光灯の下で顕微鏡を覗く生き方に嫌気がさしたのです。ボクは登山など屋外スポーツが性格に合っていますから。戸外を歩き回る刑事になってやろうと思って法医学課に履歴書を送りました」と笑った。
「大きな人生転換だったんだね。法医学に精通する刑事なんていないからね。ところで、明日だけど、チャツボミゴケ公園穴地獄に行こう。吾妻線の大前から長野原草津へ行って、バスで公園に行く。土地勘を得たら、長野原草津に戻って、終点の高崎から上越新幹線で東京へ戻る」
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
第三章
六月十二日、木曜日、、
その朝、湯ノ丸高原に爽やかな風が吹いていた。高原の入り口は、海抜一四〇〇メートル。湯ノ丸山の頂上へは、そのまた八〇〇メートルを登るのである。知念と走馬は登山と言うよりもトレッキングの軽い恰好であった。知念は身長が一七六センチ、走馬は、一六八センチである。ふたりが脛まである登山用のソックスを穿くと底の厚い登山靴を履いて、靴の紐をしっかりと結んだ。最後に登山帽を被ると小さなリュックを背負った。
「走馬君、久しぶりの山歩きだね。登山靴はいいね」と知念が笑った。
「先輩、写真を一枚、撮らせてください」
走馬が知念の登山姿を一枚撮った。ロッジから三十分で地蔵峠の入口に着いた。ふたりが地蔵の前に立っていた。
「走馬君、繰り返すが、六月八日、日曜日の朝、人形がこのお地蔵さんの前に置かれていた。山岳パトロール隊が早暁の巡回で発見したんだ」
ふたりが山道を昇って行った。白樺林を出ると、レンゲツツジが赤紫の蕾(つぼみ)を着けていた。両側は谷間である。あちらこちらで鶯が鳴いていた。頭上で野鳥の鳴く声が聞こえた。何か、物悲しい鳴き声である。
「何の鳥でしょうか?」
「走馬君、あれは、郭公だよ」
「あれがカッコーなんですね?先輩、このあたりの樹は白樺とシナノキが多いんですね?鉱山植物が、六〇〇種類もあるそうです」
すっかりトレッキング気分になっていた走馬を見抜いた知念は、諫めるかのように状況説明を始めた。すると走馬も表情を引き締めた。
「走馬君、ツツジ平にコンパクトCDプレーヤーが落ちていた。これは、レンゲツツジの茂みに入ったハイカーが拾ったんだが、犯人のものと言う確証はない」
「CDは入っていたんですか?」
「一枚入っていた」
「CDの中身は何だったんですか?」
「オペラを知ってる?」
「オペラですか?イタリアとかの?」
「プッチーニの、オー、ミオ、バビノ、カロという名曲なんだ。君は、西欧の歌に興味があるの?」
「いいえ、歌にはあまり興味がないんです。もしも犯人のものとすれ犯人は繊細な感覚を持っている。一度聞かせてください」
「CDには微かに指紋の一部が残っていたんだ。犯罪歴のある者と照合するには信頼性が低いんだがね」
「先輩、犯人とちえみが一緒だったという証拠がないですが」
「突然、襲い掛かれば、騒がれる。犯人とちえみは、親密な仲だったと考えるのが自然だよね?愛人だったとも考えられる」
「先輩、すると北原順子も犯人と交際していた?」
「交際していたのかはわからないが犯人を恐れていなかったことは明らかだ」
「先輩、六月八日の日の出なんですが04:29ですね.浅間山に昇ってくる朝陽を見たかったとすると、四時には地蔵峠の登山口に入ったとなります。まだ真っ暗闇だった」
「ボクもそれを考えていた」
二人の刑事が懐中電灯を持った沢田ちえみと犯人を思い浮かべていた。
「先輩、ずいぶん白いタンポポが咲いていますね?」
「そうなんだ。昨夜、ガイドブックを読んだけど、五月の初旬に、シロバナタンポポが湯の丸高原を埋め尽くすと書いてあった。白くて花びらも、葉も大きいのが特徴なんだそうだよ。その横にあるのがサンカヨウ。この時期はまだ寒気が強いので白い花が咲くらしいよ。高原の花の最盛期は七月から九月の間で、ユリ科、牡丹科、コスモスと色とりどりの草花が次々に咲く。秋には、野菊など全く違う花が咲く。それが理由で色とりどりの蝶が舞う天国なんだ」
「先輩、ボクは高山植物や昆虫に興味があるんです。自然と言ってしまえばおしまいですが、創造主の意志を感じるんです。事件現場は大事なんですが、アルバムを作るために写真を撮りたいんです」
「走馬君、それ公私混合だよ」と知念が笑った。
「はあ」
「じゃあ、これを見なさい」と知念がガイドブックをリュックから取り出した。走馬がレンズを取り外して、クローズアップレンズを装着していた。知念が器用にレンズを換えた走馬の手を見ていた。
「君は器用だね」
「先輩、これは至近距離レンズなんですが、バックグラウンドがボケるんです。接写の場合、手が震えないことが重要なんです」
走馬が、草の上で腹ばいになって写真を撮っては図鑑と照らし合わせていた。知念は部下の草花に対する繊細な一面を好ましく思った。走馬が写真を撮るのに夢中になっている間、知念は犯人と沢田ちえみの行動を想像していた。二人は湯の丸山の頂上へ行った、、そこからどこへ行ったのだろう?
走馬がようやく戻ってきた。
「先輩、済みませんでした」
「いや、いいんだよ。事件の捜査だけでは捜査官でも耐えられない。走馬君、頂上へ行こう」
「わあ、先輩、北アルプスが見えますよ。雪を被っている。ここよりあっちがいいなあ」
「走馬君、こっちを見て。あれが烏帽子岳だね。距離はどのくらいかな?」とマップを広げた。
「行けば、下り歩道の鞍部に戻るまで二時間は要るね。今回はやめておこう」
「先輩、犯人とちえみは烏帽子岳へ行ったのでしょうか?」
知念が顎に手を当てて考えていた。
「走馬君、不思議なのは、人形だよ。その日曜の朝、山頂へ行く前にお地蔵さんの前に置いたのなら、二人が日の出を拝んでいる頃、山岳パトロール隊が人形を拾った。パトロール隊は単なるいたずらと管理事務所に届けた。翌日の十二日、月曜日、沢田ちえみが失踪したことを知って、警視庁に届けたと言っている。犯人とちえみだが、山頂からキャンプ場に戻ったと思われない。戻ったとすれば朝の六時だからね。一日、やることがない。烏帽子岳に行ったと思う。それなら地蔵峠に一〇時に戻ったとなる。まだ朝だ。そこからどこかへ、何かの手段で移動したと思う」
「先輩、犯人がちえみを誘拐するには自動車が要ります。車を捜査したんですか?」
「県道94号線の監視カメラに写った不審な車はすべてチェックした。バイクもだけど、自動二輪のナンバーを識別するのは難しいんだよ。それに、バイクは脇道や山道、畑の畦道でも走れるからね。犯人が車を使ったとは断定できない」
二人がロッジに戻って普段着に着替えた。午後の一時になっていた。
「走馬君、飯を食いに出ないか?その後、ロッジに帰ったら昼寝しよう」
「先輩、大賛成です。ロッジの南にミュンヘン・ビアガーデンっていう地ビールレストランがありました。ドイツ風って言うからには、男爵の茹でたのがあると思います。ボクはジャガイモが大好物なんです」
「それいいね」
やはりビールはホップの効いたミュンヘン風の地ビールだった。ソーセージも、チーズの塊も、骨付きハムも大きい。北海道産の男爵は抜群で、これだけでもふたりは満足できた。
「走馬君、沢田ちえみは長野市の長野女子短大の学生だった。住所は千曲市なんだ。千曲はしなの鉄道で長野から二十三分の距離なんだ。湯の丸高原に行くには、千曲郵便局前からバスで国道一八号線を上田駅に行けばよいだけなんだ、それも三〇分もかからないんだが、巣鴨で聴取を取った牛飼又市という人の供述だと沢田ちえみは北陸新幹線下り長野行きに乗っていた。牛飼は、沢田ちえみは高崎で隣りの自由席に座ったと証言している。ふたりは上田で、しなの鉄道に乗り換えて滋野で降りている」
「不思議ですねえ。どうしてそんな行動をとったんでしょうか?先輩、その牛飼ですが、何の容疑なんですか?」
「東京山谷の質屋に強盗に入ったんだが、店主に殴られて降参したので釈放になるらしい」
「先輩、長野女子短大に行くべきです」
「長野女子短大は、二年間で介護福祉を学ぶ優秀な短期大学なんだ」
「ご両親は残念でしょうね」
「走馬君、長野へ行くには準備が足りない。明日だけどね、上田へ行ってレンタカーを借りる考えなんだ。朝の十時に、多々良さんが迎えに来てくれる」
「先輩、車を借りてどうするんですか?」
「群馬の嬬恋村まで行ってみる考えなんだ」
「先輩、良いお考えです。犯人の行動ルートを探るわけですね?」
六月十三日、金曜日、、
朝十時、多々良が時間通りロッジに迎えにきた。その日は朝から快晴で、白い雲がひとつ、ポッカリと湯の丸山の上に浮かんでいた。ロッジを出てから五分のところに鄙びた瓦屋根の家があった。「観光レンタサイクル」という看板の軒下に自転車が並んでいた。
「多々良さん、貸し自転車屋ですね。すみませんが、停めてください」
知念ひとりが店に入った。店主が警視庁の警察手帳にびっくりした。谷口と名乗った。
「刑事さん、何のご用件でしょうか?」
「ちょっと聞きたいことがありましてね。この軒下の自転車は誰が借りるんですか?」
「ほとんどがサイクリングにやって来る学生さんです。インターネットができてから注文が増えたのです。この夏は、もう八台増やす考えです」
「雨の日のご商売はどうですか?」
「結構、雨天でも来るんですよ。借りたい方には雨具を買って貰っています。安いビニール製ですが」
「自転車を借りる人たちはどこへ行くんですか?」
「94号線を南へ下って上田へ行くか、北へ上って行くんです。鹿の湯から下って群馬の田代湖まで行く人もいます。その場合は大体、一晩泊まりになります」と谷口と名乗った店主が言った。
「谷口さん、有難う、また立ち寄らせて貰います」と知念が名刺を置いて出た。ランドクルーザーが94号線線を下って行った。後ろから爆音が聞こえた。バイクの一団だった。二列になったり、追い越したり、車体を左右に振って縫ったり。ほとんどが単独ライダーだったが、男女が跨ったバイクが二台通過した。女が男の腰を両手で抱いていた。知念がハッとした。
「多々良さん、サイレンを鳴らしてください」
「知念さん、あの程度では、違反ではないんです。サイレンを鳴らしても、逃げられちゃうんですよ」と多々良が笑った。知念が苦笑した。
「走馬君、犯人の足はバイクだね」
「でも、先輩、監視カメラでチェックしたなら犯人のバイクは判ったでしょう」
「いや、タイミングを計ってウィービングしたり、前の車やバイクを追い越したりするとカメラに捕まらない。夜ならさらに捕まらない」
三十分後、上田の駅前に着いた。多々良警部が、一礼して東御(とうみ)に帰って行った。
レンタカーを借りるハイカーは少ないのか、四輪駆動のジープが数台並んでいた。長野の県道はトンネルが多い。トンネルの水滴が凍るのである。知念が、最も料金が安い三菱のジープを借りた。
「警視庁の刑事さんですか?」と知念の自動車免許証を見て中年のマネジャーが驚いていた。
「ジープを、二日ほどお借りしたいのですが」
「刑事さん、この不景気です。五日でも十日でも、なるたけ長く使ってください」とマネジャーが笑った。
二人がジープに乗ると上田市内を見て回った。畑の多い町である。上田市は、長野県の中央からやや東北にあり、県庁所在地の長野市から四〇キロメートル、東京から一九〇キロメートルのところにある。市域は上田盆地全体に広がり、それを二分するように千曲川が縦断している。上田城が見えた。ジープを駐車場に入れて城内を歩き回った。石段が多いので脚の運動になった。知念が腕時計を見ると正午になっていた。
「走馬君、また蕎麦を食うか?」
「先輩、昼飯の後、田代湖へ行きましょう」
三菱4WDは94号線の上り坂をよく走った。途中、ツーリング・クラブの一団を追い越した。篭の登山(かごのとやま)から群馬県である。東西に走る国道406号線の田代交差点まで、二十一分で来た。右折すると、十分で田代湖の町が見えた。田代市はあまり観光スポットがない。知念がロッジ・スバルの看板の前で停車してロッジに入って行った。客室が九室のコンパクトなロッジが気に入った。
「走馬君、温泉はないと言ってるけどサウナ付きの風呂があるよ」
「先輩、飯はどうなるんですか?」
知念がアイフォンで検索していた。
「ケンちゃん食堂へ行こう。レストランは情報のソースだからね。猪のすき焼きが上美味いって書いてある」
「らっしゃいませ」と素朴の字がピッタリとくる女将が言った。やはり、豆腐、コンニャク、春菊をどっさり入れたイノシシのすき焼きは美味かった。米が良いのか、飯も美味かった。
「お女将さん、このご飯、実に美味いね」
「このお米は、群馬県自慢のゴロピカリです。越後のコシヒカリに勝るとも劣らないと言われます」
「ゴロピカリ?なるほどね、ボクたちは何も知らないな」
「お客さんは、観光ですか?」
「そうなんだけど、別に目的のないドライブなんですよ。ところで、この土地も群馬県吾妻(あがつま)郡、嬬恋(つまごい)と書いてあるけど、嬬恋って地名が多いんだね?」
「群馬の地名って面白いでしょ?利根川、赤城山、白根山、、日本帝国海軍連合艦隊の航空母艦や重巡の名前に使われたんです」
「ずいぶん、詳しいんですね」
「ええ、九十二歳になる父が真珠湾攻撃の旗艦、空母赤城の機関兵だったんです」
「はあ?群馬には海がないけど?」
「ええ、それが理由で多くの群馬県人が海軍に入ったんです」
「ちょっとお聞きしますが、チャツボミゴケ公園穴地獄女性失踪事件をご存じですか?」
「知ってますよ、ここから車で、一時間の距離ですからね。公衆便所の中に紐で首を絞められた西洋人形が電灯に下がっていた。あんな恐ろしい事件は、群馬には古今東西なかったんです。チャツボミゴケ公園穴地獄は秘境なんです」
「女将さん、それで、どこまで事件を知っています?」
「お客様は東京から来られた刑事さんですね?お洒落だから判るんですよ。この店に来られたお客様がその日、チャツボミゴケ公園穴地獄のキャビンに居たと言ったんです」
「何かを見た?」
「いいえ、こう話されたんです」
――その夜は、糸のような細い月が出ていたんです。山犬が遠吠えしていました。遠くで雷が聞こえました。夜中、雨が降りました。朝だった。公衆便所の方角から悲鳴が聞こえたんです。男性のハイカーが飛んで行ったんです。トイレの中に女性がうずくまっていました、、
ふたりがロッジ・スバルに帰った。タオルを持ってサウナに行った。杓子で焼けた石に水を掛けると蒸気が立ち上がった。たちまち汗が噴き出した。
「これ気持ちいいですね」
「いやあ、疲れた。人形事件の話はやめよう」
「先輩、一つだけ聞いても良いですか?」
「まあ、仕方がない」
「北原順子は何が職業だったんですか?」
「彼女は捨て犬の保護センターの飼育係だった。住所は東京青梅市。犯人との接点が判らない」
「犬の保護というと、処分される犬を引き取って里親を探すことですね?」
「そうなんだが、子犬ならまだしも、老犬は結局、処分される」
「人間もある意味では同じですね。ボクは安楽死を推進する団体のメンバーなんです。北斗医大の教授たちは同じ意見でした」
「走馬君、北斗医大では何が専科だったの?」
「法医学なんです。実際に執刀することはないんです。ボクは山根孝という教授の遺伝子研究論文に興味を持ったんです」
「ああ、科学雑誌に載った『試験管ベービーX』 という論文だったね? ショッキングな題名なんで憶えている人は多いだろうね。今もその山根教授は現役なの?」
「いいえ、教授は研究室で自殺されたんです」
知念が驚いた。
「君は、どうして捜査官になったのかね?」
「自分は、山根先生が亡くなられたので、北斗医大を退学しました。白衣を着てマスクをかけ、蛍光灯の下で顕微鏡を覗く生き方に嫌気がさしたのです。ボクは登山など屋外スポーツが性格に合っていますから。戸外を歩き回る刑事になってやろうと思って法医学課に履歴書を送りました」と笑った。
「大きな人生転換だったんだね。法医学に精通する刑事なんていないからね。ところで、明日だけど、チャツボミゴケ公園穴地獄に行こう。吾妻線の大前から長野原草津へ行って、バスで公園に行く。土地勘を得たら、長野原草津に戻って、終点の高崎から上越新幹線で東京へ戻る」
続く、、
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
09/07 | |
伊勢平次郎 短編集 |
伊勢平次郎 短編集
「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
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「ケヤキの森のルノワール」
「デボラ、プリーズ、ドントハート ミー」
「メリー、マイスレイブ、タイム、トウ、サレンダー」
「オオ、ノー、デボラ、ユーアーハーテイング、ミー」
「メリー、スタンド、オン、ユアニーズ」
「オオ、デボラ、デボラ、アイ、ラブ、ユー」
「ピストル」
徳川家康と武田信玄の天竜川をめぐる戦いは三百八十年前の戦国時代である。一五七二年の三方ケ原(浜松市)の戦いでは、家康が信玄に大敗した。そして、一九五五年未(ひつじ)年の夏。天竜組と武田組が再び、天竜川をめぐって抗争を始めた。水源をめぐってではなくウナギの幼魚「シラス」の漁場をめぐる抗争であった。白神辰治は天竜組の若頭である。組長の荒山大鉄が白神を手塩にかけて育てたのである。荒山は白神を「辰治」と呼んだ。辰治は四十歳で妻子持ちである。荒山は辰治に天竜組を任した。対する武田組の武田平之助は自分の名前を嫌っていた。父親の武田虎造が武田組の組長である。平之助は虎造が目に入れても痛くない立ったひとりの倅である。虎造は平之助を大学にやった。やくざ稼業は自分一代と決めていた。その虎造が銃弾に倒れた。やったのは天竜組の白神だと噂が立った。平之助は大学を中途退学して跡目を継いだ。白神辰治と武田平之助の血で血を洗う攻防戦が始まった。中学も出ていない白神辰治か?名古屋大学を中途退学した武田平之助なのか?遠州の親分たちが息を飲んで見ていた。なぜなら天竜川を制す者が遠州のドンになるからである。
「16人のロビンソン・クルーソー」
丸山金太郎さんらが、進水した百八十トンの遠洋マグロはえ縄船に大王丸と名付けた。丸山はマルキンさんと呼ばれていた。マルキンさんは三重県志摩郡安乗(あのり)漁協組合の組合長である。乗組員十八名、最高速度が十五ノット。巡航速度は十二ノット(時速二十二キロ)である。マルキンさんの長男、丸山甲子男(きねお)が船長である。甲子男は、戦艦大和の生き残りであった。甲子男は終戦後、気仙沼へ行って遠洋はえ縄マグロ漁船の機関士になった。ミクロネシアへ南下する途中、沖縄本島が見えた。大和が沈んだ海に向かって手を合わせた。甲子男はカネが貯まると、鳥羽水産学校へ通って外洋漁船航海士の免許を取った。嫁も貰って娘が生まれた。
「垂直の壁」
石川一歩は、東京都立戸山高校の三年生である。夏休みが終わって二学期が始った。戸山高校は大学進学校である。漢文の授業に出る学生は、文科系の大学を目指す学生で授業を受ける学生の数はまばらだった。石川一歩もその一人であった。一歩は立ち上がると四方に頭を下げた。一歩は黒縁の丸い眼鏡をかけ長髪を後ろで束ねて結んでいた。一見、ガーリッシュに見えるのだが、日焼けしており、よく見ると理知的な風貌である。
以上の4編を千円で買ってください。お名前、メール・アドレスをコメント覧(伊勢だけが読める)に書いてください。この4編をメールに添付して、お送りします。
A)銀行口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
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09/06 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第二章
六月十一日、水曜日、、
午前十時三十二分発、北陸新幹線「はくたか五五九号下り長野経由金沢行き」が東京駅を出た。佐久平まで一時間八分であった。佐久平を出て千曲川に架かる鉄橋を渡った。千曲川は急流が岩を噛み、子供の水遊びは危険な川である。魚籠(びく)を腰に着けた釣り人が見えた。鮎が解禁されたからである。知念太郎が「長野の旅」を読んでいた。走馬優が警視庁専用のペンタックスを弄っていた。最新のデジタル一眼レフである。このペンタックスは二十三万円もする高価なカメラである。登山家は写真を撮るのがうまい人が多いが走馬もその例にもれず写真マニアなのである。知念は一昔前のニコンのデジカメを持っていた。素早く撮れるからである。
「走馬君、それどう?」
「もうすっかり惚れ込んでしまいました。これ、接写に適していますね」
その高価なペンタックスに頬ずりする部下に上司が呆れたようにため息をこぼした。
――ご乗客のみなさま、この列車は、あと八分で上田に到着します。「しなの鉄道」にお乗り換えのお客さまは上田でお乗り換えください。それでは、お忘れ物のないようにお願い致します。
上田の駅は北陸新幹線と「しなの鉄道」が交わるターミナル駅である。東京駅から、一一時間二十六分で来た。プラットホームから上田の街を見ると、やたらに「真田ラーメン」「真田理髪店」「真田洋品店」などの看板があった。長野県の上田市は菅平高原や美ヶ原高原の雄大な山脈に囲まれ、日本最長の千曲川が流れる、自然豊かな町である。 真田幸村は大阪の陣で活躍し、「日本一の兵(つわもの)」とまで称された武将である。上田は、真田幸村ゆかりの地として有名なのである。
知念と走馬は「しなの鉄道」上り軽井沢行きを二十分待った。知念が停車駅を見ていた。しなの鉄道は群馬の軽井沢から長野の妙高岳の区間を走る鉄道である。特急はなく、各駅停車なので時間がかかる。しなの鉄道はローカル鉄道なのである。東京から長野へ行く人は長野新幹線を使う。長野新幹線は北陸新幹線の旧名である。滋野まで十分だった。滋野駅は実に素朴であった。駅の構造が瓦屋根の民家なのだ。駅前にタクシーが一台、停まっていた。
「先輩、ここが牛飼と沢田ちえみが降りた滋野なんですね?」
大学生なのか、トレッキングの恰好をした女性のグループがいた。知念が、ニコンをズームした。そのグループを撮ってから駅の周りの風景を数枚撮った。知念が見まわすと長野県警の山岳パトロールカーが待っていた。トヨタ・ランドクルーザーである。
「知念さん、走馬刑事さん、ご苦労さまです」
「ああ、多々良警部さん、先日はご苦労様でした。これ、ずいぶん高価な車ですね?」
「はあ?刑事さんのペンタックスも高価ですが?」と三人が笑った。
三人が「信州蕎麦処」と看板が墨で書かれたソバ屋の暖簾を潜った。若い女性が座敷に案内した。蕎麦を食べていた先客が警察官の制服を着た多々良にぎょっとした。三人が、とろろ蕎麦の大盛りを頼んだ。名物の蕎麦を食べ終え、そば茶をすする多々良が二人へ視線を向けた。
「知念さん、今日はどこまで行かれますか?」
「湯ノ丸山の登山口へ連れて行ってください。キャンプ場はありますか?」
知念と走馬は久しぶりにキャンプをする計画だった。
「湯ノ丸キャンプ場があります。地蔵峠から湯ノ丸山登山口へ向かう途中にあるんです。ここから94号線を北へ上ります。十三キロ登り坂ですから三十分で登山口に着きます。ロッジはその手前二キロ南のスキー場にあります。レンゲツツジの最盛期には早いんで、空いてますよ。今夜は、そこに泊まられることをお勧めします」
「テントを持って来たんですが?」
「いえ、午後からの登山は、テントを張る人には無理なのです。二〇〇〇メートル級の高峰に囲まれた高原ですから、あっと言う間に陽が沈みますよ。それに六月に入ったばかりです。日が暮れると気温がぐ~んと下がります」
ランドクルーザーは、滋野から県道94号線を北上した。直線だった。
「多々良さん、山道かと思ってたら、ずいぶん住宅があるんですね?」
「ここは東御(とうみ)市なんです。94号線一本なんで県道の両側に住宅が集まっているんです。後ろは畑なんです」
「ずいぶん、山には樹が茂ってますが、見事ですね。何の樹ですか?」
「あれは、天然カラマツなんです。五百年の樹齢のものだそうです」
湯の丸高原センターが見えた。多々良がランドクルーザーを停めた。スポーツサイクルを二台、ルーフのラックに括りつけた車の一団が停まっていた。
「知念さん、あれは、ツーリング・クラブなんです」
「多々良さん、早速なんですが、地蔵峠を見せてくれませんか?」
「もちろんですよ」
地蔵峠は湯の丸スキー場の北の斜面にあった。石をノミで掘った地蔵があった。地蔵は赤い布の涎(よだれ)掛けを掛けていた。地蔵の横に「湯の丸山八〇〇メートル」と看板が立っていた。この峠の西側が長野県で、東側は群馬県である。
「知念さん、人形がこのお地蔵さんの前に置かれていた。山岳パトロール隊が早暁の巡回で発見しました。発見した時刻は、〇六:〇九です」
知念が、多々良が渡した写真を見ると、道端に白ユリが咲いているのが写っていた。
「多々良さん、その土日なんですが、何か知っておくことがありますか?」
「あります。地蔵峠の群馬県側のキャンプ場でアメリカン・カントリーフェアがあったんです。神奈川の米軍基地が毎年やってるんです。夜は野外映画を見せます。私も娘を連れて観に行ったんです。『シェーン』でした。私は西部劇が大好きなんです」
「横田とか、横須賀ですか?じゃあ、観光バスでやって来た?」
「そうです」
「明日、湯ノ丸山に登ります。ロッジに連れて行ってください」
そこからUターンして「子鹿山荘」というチロルの山小屋風のロッジに行った。
「ロッジから歩いて三十分です。迎えにきましょうか?」
「いえ、走馬君も、ボクも歩きにきたんです」
知念と走馬がバックパックを手に持って降りた。
「多々良さん、有難う」
多々良が敬礼した。ランドクルーザーが爆音を立てて走り去った。フロントの女性がふたりに挨拶をした。知念が警視庁の身分証明書を見せると女性の目が大きくなった。女性は即座に地蔵峠人形事件の捜査だと思った。洋食のレストランがあった。夕飯にはまだ早い。レストランは夜八時まで営業していると従業員が言った。ふたりの刑事がフロントで信州新聞と「湯ノ丸高原ガイドブック」を買った。買った理由は、ガイドブックは写真が多いからである。ふたりが売店に行った。缶ビール、柿の種、あられ、ピーナッツのミックスを買って部屋に入った。
「先輩、どうして捜査本部は、女性たちは失踪したのではなく、誘拐されたと断定したんですか?」
「沢田ちえみはバスで湯ノ丸山へ行ったと牛飼又市が証言している。去年の七月十八日、失踪した北原順子は、高崎の友人と群馬のチャツボミゴケ公園穴地獄へ行くと勤務先の上司に話している。二人の女性には失踪する理由がない」
「チャツボミゴケ公園穴地獄?舌を噛みそうな名前ですが、一体、どこにあるんですか?」
「群馬の草津温泉の北にあるんだ。電車なら吾妻線の長野原草津口で降りてバスで行く。明らかに誘拐事件なんだが、事件発生から一年が経っている。女性の安否が気になる」
「犯人が、若い女性をなぜ誘拐したのか、その動機を知りたいですね」
「走馬君、この二人の女性には共通点があった。二人とも長野県警の元刑事の娘なんだよ」
「えっ、父親が刑事だったのですか?」
冷静な性格の走馬が驚いていた。知念がラップトップを机に置くと、面前にいる走馬に二人の刑事のデータをメールに添付して送信した。
「今夜、読みます。現場検証が最初ですね」と同じようにラップトップを開いていた走馬が言った。知念が信州新聞を開いて社説を読んだ。社説で新聞社の力が判るからである。
――昨年七月十八日、群馬県中之条チャツボミゴケ公園穴地獄で女性の失踪事件が発生してから一年近くになる。キャンプ場の公衆便所に人形が残っていた。不気味な人形の写真に日本全国が震え上がった。女性には失踪する理由がなく、殺害されたのではないかとテレビが自説を流した。「右手に斧を持って、左手に人形を持った半獣半人が歩いているのを森の中で見た」と噂が立った。多くの人がこれを信じた。次々と新しいストーリーが生まれた。ひどいのは、「バラバラになった人骨が発見された」である。事件は未解決のままである。チャツボミゴケ公園穴地獄のキャンプ場では、夜更け、トイレの中で女性がさめざめと泣く声が聞こえると噂が立った。もちろん、理屈に合わない。今月六月八日、日曜日、湯ノ丸山の地蔵峠で人形が発見された。女性が失踪した。湯ノ丸山は群馬県嬬恋村の西端に位置し長野県との県境にある山である。地蔵峠の風景、特に白馬三山から鹿島槍ヶ岳・槍ヶ岳・穂高連峰までの北アルプス全貌は文字通り圧巻である。長野県は神聖な山を汚された。事件以来、長野県警の監視は厳しくなっている。筆者は、人形事件は再発しないと思っている。読者のみなさま、是非、湯の丸高原にいらしてください。
「走馬君、この社説だけど悲痛な叫びだね」
「先輩、単なる誘拐事件では済まないと思います」
「誘拐された女性たちは生きていないだろう」
「そうですね。失踪事件は失踪者が見つかることが多いんですが、誘拐はほとんどが殺害されていますから」
夕闇が迫っていた。ふたりの刑事が一階の洋食店へ行った。子羊の肉が入ったカレーライスを頼んだ。知念が走馬にガイドブックの一ページを指さした。
――地蔵峠~湯の丸歩道(八十分)~湯の丸山頂上~鞍部(二〇分)~烏帽子岳歩道(三五分)~地蔵峠に戻る。休憩を入れて、三時間三〇分をみておくこと。
「走馬君、ロッジから地蔵峠まで徒歩で三〇分。四時間三〇分の行程だね」
「先輩、確認ですが、この地蔵峠、群馬のナントか穴地獄の二か所が現場ですね?」
「そうだよ、走馬君」と知念がぶっきらぼうに言った。走馬が知念の機嫌を損ねたかと心配になった。
*北原順子(二十三歳)平成二十五年七月十八日、群馬の中之条チャツボミゴケ公園穴地獄で消息を絶つ。
*沢田ちえみ(十九歳)平成二十六年六月八日、長野県の湯の丸高原で消息を絶つ。
「先輩、置かれていた人形を見たいですね」
「実物をボクも見てないが、東ヨーロッパの人形なんだよ」と知念がスマホを取り出して、人形のイメージを見せた。走馬が嫌な顔をした。一つの人形は首に紐が括られていた。もう一つは、口に赤ん坊をくわえ、左手に包丁を持っていた。
「東ヨーロッパ?チェコとかハンガリーですか?製造国は判っているんですか?」
「手縫いなんで判らない。イギリスでも人形愛好家のサークルがあるからヨーロッパは人形を作る文化なのかな?走馬君、犯人はなぜ赤ん坊を口にくわえた人形をお地蔵さんの前に置いて行ったんだろう?」
「何かのメッセージでしょう」
「もう一つ湯ノ丸高原に残っていたものがある。明日、現場で話そう」
「先輩、どうして、危険を冒してまで証拠を残したんでしょうか?」
「『自分を捕まえてみろ』じゃなくて、『捕まりたい』という異常心理だろうと仁科課長が言っているね」
「はあ?」
「仁科課長が、犯人は当局の手が及ぶことを知っていると言っている。及ばないとみると、誘いを掛けてくる。犯人は、頭の切れる奴なんだよ。さあ、今夜はもう寝よう。朝、陽が昇る前に山頂へ行こう」
知念が、椅子に張り付いたようになった後輩を思いやった。
続く、、
第二章
六月十一日、水曜日、、
午前十時三十二分発、北陸新幹線「はくたか五五九号下り長野経由金沢行き」が東京駅を出た。佐久平まで一時間八分であった。佐久平を出て千曲川に架かる鉄橋を渡った。千曲川は急流が岩を噛み、子供の水遊びは危険な川である。魚籠(びく)を腰に着けた釣り人が見えた。鮎が解禁されたからである。知念太郎が「長野の旅」を読んでいた。走馬優が警視庁専用のペンタックスを弄っていた。最新のデジタル一眼レフである。このペンタックスは二十三万円もする高価なカメラである。登山家は写真を撮るのがうまい人が多いが走馬もその例にもれず写真マニアなのである。知念は一昔前のニコンのデジカメを持っていた。素早く撮れるからである。
「走馬君、それどう?」
「もうすっかり惚れ込んでしまいました。これ、接写に適していますね」
その高価なペンタックスに頬ずりする部下に上司が呆れたようにため息をこぼした。
――ご乗客のみなさま、この列車は、あと八分で上田に到着します。「しなの鉄道」にお乗り換えのお客さまは上田でお乗り換えください。それでは、お忘れ物のないようにお願い致します。
上田の駅は北陸新幹線と「しなの鉄道」が交わるターミナル駅である。東京駅から、一一時間二十六分で来た。プラットホームから上田の街を見ると、やたらに「真田ラーメン」「真田理髪店」「真田洋品店」などの看板があった。長野県の上田市は菅平高原や美ヶ原高原の雄大な山脈に囲まれ、日本最長の千曲川が流れる、自然豊かな町である。 真田幸村は大阪の陣で活躍し、「日本一の兵(つわもの)」とまで称された武将である。上田は、真田幸村ゆかりの地として有名なのである。
知念と走馬は「しなの鉄道」上り軽井沢行きを二十分待った。知念が停車駅を見ていた。しなの鉄道は群馬の軽井沢から長野の妙高岳の区間を走る鉄道である。特急はなく、各駅停車なので時間がかかる。しなの鉄道はローカル鉄道なのである。東京から長野へ行く人は長野新幹線を使う。長野新幹線は北陸新幹線の旧名である。滋野まで十分だった。滋野駅は実に素朴であった。駅の構造が瓦屋根の民家なのだ。駅前にタクシーが一台、停まっていた。
「先輩、ここが牛飼と沢田ちえみが降りた滋野なんですね?」
大学生なのか、トレッキングの恰好をした女性のグループがいた。知念が、ニコンをズームした。そのグループを撮ってから駅の周りの風景を数枚撮った。知念が見まわすと長野県警の山岳パトロールカーが待っていた。トヨタ・ランドクルーザーである。
「知念さん、走馬刑事さん、ご苦労さまです」
「ああ、多々良警部さん、先日はご苦労様でした。これ、ずいぶん高価な車ですね?」
「はあ?刑事さんのペンタックスも高価ですが?」と三人が笑った。
三人が「信州蕎麦処」と看板が墨で書かれたソバ屋の暖簾を潜った。若い女性が座敷に案内した。蕎麦を食べていた先客が警察官の制服を着た多々良にぎょっとした。三人が、とろろ蕎麦の大盛りを頼んだ。名物の蕎麦を食べ終え、そば茶をすする多々良が二人へ視線を向けた。
「知念さん、今日はどこまで行かれますか?」
「湯ノ丸山の登山口へ連れて行ってください。キャンプ場はありますか?」
知念と走馬は久しぶりにキャンプをする計画だった。
「湯ノ丸キャンプ場があります。地蔵峠から湯ノ丸山登山口へ向かう途中にあるんです。ここから94号線を北へ上ります。十三キロ登り坂ですから三十分で登山口に着きます。ロッジはその手前二キロ南のスキー場にあります。レンゲツツジの最盛期には早いんで、空いてますよ。今夜は、そこに泊まられることをお勧めします」
「テントを持って来たんですが?」
「いえ、午後からの登山は、テントを張る人には無理なのです。二〇〇〇メートル級の高峰に囲まれた高原ですから、あっと言う間に陽が沈みますよ。それに六月に入ったばかりです。日が暮れると気温がぐ~んと下がります」
ランドクルーザーは、滋野から県道94号線を北上した。直線だった。
「多々良さん、山道かと思ってたら、ずいぶん住宅があるんですね?」
「ここは東御(とうみ)市なんです。94号線一本なんで県道の両側に住宅が集まっているんです。後ろは畑なんです」
「ずいぶん、山には樹が茂ってますが、見事ですね。何の樹ですか?」
「あれは、天然カラマツなんです。五百年の樹齢のものだそうです」
湯の丸高原センターが見えた。多々良がランドクルーザーを停めた。スポーツサイクルを二台、ルーフのラックに括りつけた車の一団が停まっていた。
「知念さん、あれは、ツーリング・クラブなんです」
「多々良さん、早速なんですが、地蔵峠を見せてくれませんか?」
「もちろんですよ」
地蔵峠は湯の丸スキー場の北の斜面にあった。石をノミで掘った地蔵があった。地蔵は赤い布の涎(よだれ)掛けを掛けていた。地蔵の横に「湯の丸山八〇〇メートル」と看板が立っていた。この峠の西側が長野県で、東側は群馬県である。
「知念さん、人形がこのお地蔵さんの前に置かれていた。山岳パトロール隊が早暁の巡回で発見しました。発見した時刻は、〇六:〇九です」
知念が、多々良が渡した写真を見ると、道端に白ユリが咲いているのが写っていた。
「多々良さん、その土日なんですが、何か知っておくことがありますか?」
「あります。地蔵峠の群馬県側のキャンプ場でアメリカン・カントリーフェアがあったんです。神奈川の米軍基地が毎年やってるんです。夜は野外映画を見せます。私も娘を連れて観に行ったんです。『シェーン』でした。私は西部劇が大好きなんです」
「横田とか、横須賀ですか?じゃあ、観光バスでやって来た?」
「そうです」
「明日、湯ノ丸山に登ります。ロッジに連れて行ってください」
そこからUターンして「子鹿山荘」というチロルの山小屋風のロッジに行った。
「ロッジから歩いて三十分です。迎えにきましょうか?」
「いえ、走馬君も、ボクも歩きにきたんです」
知念と走馬がバックパックを手に持って降りた。
「多々良さん、有難う」
多々良が敬礼した。ランドクルーザーが爆音を立てて走り去った。フロントの女性がふたりに挨拶をした。知念が警視庁の身分証明書を見せると女性の目が大きくなった。女性は即座に地蔵峠人形事件の捜査だと思った。洋食のレストランがあった。夕飯にはまだ早い。レストランは夜八時まで営業していると従業員が言った。ふたりの刑事がフロントで信州新聞と「湯ノ丸高原ガイドブック」を買った。買った理由は、ガイドブックは写真が多いからである。ふたりが売店に行った。缶ビール、柿の種、あられ、ピーナッツのミックスを買って部屋に入った。
「先輩、どうして捜査本部は、女性たちは失踪したのではなく、誘拐されたと断定したんですか?」
「沢田ちえみはバスで湯ノ丸山へ行ったと牛飼又市が証言している。去年の七月十八日、失踪した北原順子は、高崎の友人と群馬のチャツボミゴケ公園穴地獄へ行くと勤務先の上司に話している。二人の女性には失踪する理由がない」
「チャツボミゴケ公園穴地獄?舌を噛みそうな名前ですが、一体、どこにあるんですか?」
「群馬の草津温泉の北にあるんだ。電車なら吾妻線の長野原草津口で降りてバスで行く。明らかに誘拐事件なんだが、事件発生から一年が経っている。女性の安否が気になる」
「犯人が、若い女性をなぜ誘拐したのか、その動機を知りたいですね」
「走馬君、この二人の女性には共通点があった。二人とも長野県警の元刑事の娘なんだよ」
「えっ、父親が刑事だったのですか?」
冷静な性格の走馬が驚いていた。知念がラップトップを机に置くと、面前にいる走馬に二人の刑事のデータをメールに添付して送信した。
「今夜、読みます。現場検証が最初ですね」と同じようにラップトップを開いていた走馬が言った。知念が信州新聞を開いて社説を読んだ。社説で新聞社の力が判るからである。
――昨年七月十八日、群馬県中之条チャツボミゴケ公園穴地獄で女性の失踪事件が発生してから一年近くになる。キャンプ場の公衆便所に人形が残っていた。不気味な人形の写真に日本全国が震え上がった。女性には失踪する理由がなく、殺害されたのではないかとテレビが自説を流した。「右手に斧を持って、左手に人形を持った半獣半人が歩いているのを森の中で見た」と噂が立った。多くの人がこれを信じた。次々と新しいストーリーが生まれた。ひどいのは、「バラバラになった人骨が発見された」である。事件は未解決のままである。チャツボミゴケ公園穴地獄のキャンプ場では、夜更け、トイレの中で女性がさめざめと泣く声が聞こえると噂が立った。もちろん、理屈に合わない。今月六月八日、日曜日、湯ノ丸山の地蔵峠で人形が発見された。女性が失踪した。湯ノ丸山は群馬県嬬恋村の西端に位置し長野県との県境にある山である。地蔵峠の風景、特に白馬三山から鹿島槍ヶ岳・槍ヶ岳・穂高連峰までの北アルプス全貌は文字通り圧巻である。長野県は神聖な山を汚された。事件以来、長野県警の監視は厳しくなっている。筆者は、人形事件は再発しないと思っている。読者のみなさま、是非、湯の丸高原にいらしてください。
「走馬君、この社説だけど悲痛な叫びだね」
「先輩、単なる誘拐事件では済まないと思います」
「誘拐された女性たちは生きていないだろう」
「そうですね。失踪事件は失踪者が見つかることが多いんですが、誘拐はほとんどが殺害されていますから」
夕闇が迫っていた。ふたりの刑事が一階の洋食店へ行った。子羊の肉が入ったカレーライスを頼んだ。知念が走馬にガイドブックの一ページを指さした。
――地蔵峠~湯の丸歩道(八十分)~湯の丸山頂上~鞍部(二〇分)~烏帽子岳歩道(三五分)~地蔵峠に戻る。休憩を入れて、三時間三〇分をみておくこと。
「走馬君、ロッジから地蔵峠まで徒歩で三〇分。四時間三〇分の行程だね」
「先輩、確認ですが、この地蔵峠、群馬のナントか穴地獄の二か所が現場ですね?」
「そうだよ、走馬君」と知念がぶっきらぼうに言った。走馬が知念の機嫌を損ねたかと心配になった。
*北原順子(二十三歳)平成二十五年七月十八日、群馬の中之条チャツボミゴケ公園穴地獄で消息を絶つ。
*沢田ちえみ(十九歳)平成二十六年六月八日、長野県の湯の丸高原で消息を絶つ。
「先輩、置かれていた人形を見たいですね」
「実物をボクも見てないが、東ヨーロッパの人形なんだよ」と知念がスマホを取り出して、人形のイメージを見せた。走馬が嫌な顔をした。一つの人形は首に紐が括られていた。もう一つは、口に赤ん坊をくわえ、左手に包丁を持っていた。
「東ヨーロッパ?チェコとかハンガリーですか?製造国は判っているんですか?」
「手縫いなんで判らない。イギリスでも人形愛好家のサークルがあるからヨーロッパは人形を作る文化なのかな?走馬君、犯人はなぜ赤ん坊を口にくわえた人形をお地蔵さんの前に置いて行ったんだろう?」
「何かのメッセージでしょう」
「もう一つ湯ノ丸高原に残っていたものがある。明日、現場で話そう」
「先輩、どうして、危険を冒してまで証拠を残したんでしょうか?」
「『自分を捕まえてみろ』じゃなくて、『捕まりたい』という異常心理だろうと仁科課長が言っているね」
「はあ?」
「仁科課長が、犯人は当局の手が及ぶことを知っていると言っている。及ばないとみると、誘いを掛けてくる。犯人は、頭の切れる奴なんだよ。さあ、今夜はもう寝よう。朝、陽が昇る前に山頂へ行こう」
知念が、椅子に張り付いたようになった後輩を思いやった。
続く、、
09/05 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
第一話
第一章
平成二十六年六月九日、月曜日、、
午前八時、警視庁捜査一課の緊急電話がなった。赤いランプが点滅していた。事件発生である。知念が電話を取った。かけてきたのは、長野県警の山岳パトロール隊であった。湯ノ丸高原を担当する多々良警部と名乗った。警部が登山口の地蔵の前に不審な人形が置かれていたと言った。
「警部さん、いつ発見したんですか?」
「昨日、日曜日の朝六時です」
「警部さん、電話を切らずに人形の写真を送ってください」
知念が携帯の番号を多々良に教えた。メールが届くピンと言う音がした。知念がハッとした。人形が赤ん坊を口にくわえ、包丁を手に持っていたからだ。
「多々良さん、人形を持って、警視庁へ来てくれますか?」
「新幹線で東京へ行きます。十一時に伺います」
知念が仁科課長の部屋に飛んで行った。報告を聞いた仁科がチャツボミゴケ公園穴地獄女性失踪事件の刑事たちを呼んだ。仁科が長野の湯ノ丸高原で人形が見つかった。女性失踪者を探せ」と言うと、捜査一課が色めき立った。連続失踪事件を以って、「地蔵峠人形事件」とネームして特捜本部を設置した。長野県警には手に負えない事件だからである。
2
六月十日、火曜日、、生
地蔵峠人形事件が起きてから二日が経った。失踪者が判明した。長野女子短大生だった。警視庁は特捜部から刑事八名、長野県警の刑事十名を投入したが、犯人も被害者の女性も足跡を残してなかった。その為、捜査は進展しなかった。
仁科竹夫が知念太郎と知念の部下である走馬優を自分の部屋に呼んだ。ふたりが仁科の前に座っていた。知念は三十八歳、走馬は三十二歳である。走馬は捜査一課に入ってから七年目であった。仁科は知念と走馬の上司である。仁科は捜査一課を取り仕切っていた。刑事部捜査一課の課長はノンキャリアである。つまり仁科は元刑事であった。ちなみに、特捜本部というのは、特別な事件に関して捜査一課が設置するものである。
「走馬君、君の名前を聞くたびに走馬灯篭を想い起こすね」
「ボクは昼行灯って言われてますが?」
「走馬君、とんでもない。君ほど優秀な捜査官は警視庁にはいない。実は聞きたいことがあって呼んだんだ。今、君たちは担当する事件がないはずだね?君たちの大学時代の部活を見ると、ふたりとも山岳部に入ってたよね?」
「刑事になってからは滅多に山へ行かなくなりましたが、この夏には谷川岳に登ろうと思っています」と、休暇の計画を口に出していいものか、躊躇しながら走馬が上目で上司の様子をうかがった。
「谷川岳だって?人食い山って言われるんじゃないか?ひとりでかね?」
「いいえ、知念先輩に都合を訊いているところです」
「知念君の予定は?」
「登山は二人がベストなんです。ボクも谷川連峰が恋しいです」
その返答を待っていたかのように、仁科はにっこりと笑顔を見せて、こう続けた。
「よし、それなら、明日の朝、湯ノ丸山へ行って貰う」
「人形事件ですね?」
「長野県の山だが、スキーの季節が最も人気があるんだ。谷川岳のような危険な山じゃない。低山なんだ」と仁科部長がふたりにマップを渡した。
「課長、北陸新幹線の上田ですね」
「知念君、その上田駅で降りて『しなの鉄道』上り軽井沢行きに乗る。滋野(しげの)で降りる。そこで長野県警の山岳パトロールが待っている」
続く、、
*伊勢は、序章に最も時間をかける。この「走り出し」は、先を読みたくなる興味を沸かせますか?ご意見をください。伊勢
第一章
平成二十六年六月九日、月曜日、、
午前八時、警視庁捜査一課の緊急電話がなった。赤いランプが点滅していた。事件発生である。知念が電話を取った。かけてきたのは、長野県警の山岳パトロール隊であった。湯ノ丸高原を担当する多々良警部と名乗った。警部が登山口の地蔵の前に不審な人形が置かれていたと言った。
「警部さん、いつ発見したんですか?」
「昨日、日曜日の朝六時です」
「警部さん、電話を切らずに人形の写真を送ってください」
知念が携帯の番号を多々良に教えた。メールが届くピンと言う音がした。知念がハッとした。人形が赤ん坊を口にくわえ、包丁を手に持っていたからだ。
「多々良さん、人形を持って、警視庁へ来てくれますか?」
「新幹線で東京へ行きます。十一時に伺います」
知念が仁科課長の部屋に飛んで行った。報告を聞いた仁科がチャツボミゴケ公園穴地獄女性失踪事件の刑事たちを呼んだ。仁科が長野の湯ノ丸高原で人形が見つかった。女性失踪者を探せ」と言うと、捜査一課が色めき立った。連続失踪事件を以って、「地蔵峠人形事件」とネームして特捜本部を設置した。長野県警には手に負えない事件だからである。
2
六月十日、火曜日、、生
地蔵峠人形事件が起きてから二日が経った。失踪者が判明した。長野女子短大生だった。警視庁は特捜部から刑事八名、長野県警の刑事十名を投入したが、犯人も被害者の女性も足跡を残してなかった。その為、捜査は進展しなかった。
仁科竹夫が知念太郎と知念の部下である走馬優を自分の部屋に呼んだ。ふたりが仁科の前に座っていた。知念は三十八歳、走馬は三十二歳である。走馬は捜査一課に入ってから七年目であった。仁科は知念と走馬の上司である。仁科は捜査一課を取り仕切っていた。刑事部捜査一課の課長はノンキャリアである。つまり仁科は元刑事であった。ちなみに、特捜本部というのは、特別な事件に関して捜査一課が設置するものである。
「走馬君、君の名前を聞くたびに走馬灯篭を想い起こすね」
「ボクは昼行灯って言われてますが?」
「走馬君、とんでもない。君ほど優秀な捜査官は警視庁にはいない。実は聞きたいことがあって呼んだんだ。今、君たちは担当する事件がないはずだね?君たちの大学時代の部活を見ると、ふたりとも山岳部に入ってたよね?」
「刑事になってからは滅多に山へ行かなくなりましたが、この夏には谷川岳に登ろうと思っています」と、休暇の計画を口に出していいものか、躊躇しながら走馬が上目で上司の様子をうかがった。
「谷川岳だって?人食い山って言われるんじゃないか?ひとりでかね?」
「いいえ、知念先輩に都合を訊いているところです」
「知念君の予定は?」
「登山は二人がベストなんです。ボクも谷川連峰が恋しいです」
その返答を待っていたかのように、仁科はにっこりと笑顔を見せて、こう続けた。
「よし、それなら、明日の朝、湯ノ丸山へ行って貰う」
「人形事件ですね?」
「長野県の山だが、スキーの季節が最も人気があるんだ。谷川岳のような危険な山じゃない。低山なんだ」と仁科部長がふたりにマップを渡した。
「課長、北陸新幹線の上田ですね」
「知念君、その上田駅で降りて『しなの鉄道』上り軽井沢行きに乗る。滋野(しげの)で降りる。そこで長野県警の山岳パトロールが待っている」
続く、、
*伊勢は、序章に最も時間をかける。この「走り出し」は、先を読みたくなる興味を沸かせますか?ご意見をください。伊勢
09/05 | |
新連載「郭公が鳴く声が聞こえた」 |
1
黄色い太陽がぼんやりと地平線上に出ていて、それが右へ移動していた。里芋の葉の下で寝ていた少年の目が覚めた。遠くに動物の鳴き声が聞こえた。農家か?何か食べ物を貰えるだろう。少年が立ち上がって動物の鳴く方向に歩いて行った。その農家には窓も煙突もなく垣根もなかった。動物の群れが池の周りに集まって水を飲んでいた。あれは馬だろうか?馬にしては筋肉が盛り上がっている。それに毛がない。あれは羊だろうか?羊にしては大き過ぎる。何かが間違っていた。動物たちが足音に気着いて振り返った。少年が真っ青になった。羊の目が一つなのだ。その目が青い光を放っていた。馬はもっと恐ろしかった。耳がない。口を開けて吠えた。口に刃物のような歯が見える。肉食動物だ。目が三つで、その目から黄金の光を放っていた。農家の扉が開いた。草刈り鎌を持った上半身が人間で下半身が馬の一団が飛び出してきた。少年が走った。岩があった。少年は岩の割れ目から洞窟の中に入った。足音が通り過ぎた。洞窟の中は真っ暗だった。少年がマッチとローソクをリュックから取り出して、ローソクに灯を点した。灯が闇に揺れた。白いブラウスに黒いワンピースを着た女学生が汚れた人形の腕を持って立っていた。恐怖に少年が凍りついた。う~ん、う~ん。誰かがサイモンの肩を揺すっていた。
「サイモン、悪い夢でも見たの?」
「おお、ミハイル、有難う」
廊下に足音が聞こえた。ドアの錠を外す音がした。屈強な男と看護婦が入ってきた。白いナースキャップを被った看護婦が注射器を手に持っていた。
2
グレーハウンドの絵が描かれた観光バスが並んでいた。カントリーウエスタンが聞こえた。ステージでハモニカを吹いていた。二人の恋人がテントを並べて張った。カウボーイハットを被った人々が輪を作って踊っていた。子供たちが風車を手に持って走り回っていた。
「あら、カントリーフェアなのね。ラッキーだわ」
夜、映画を見せるためか銀幕が張ってあった。「シェーン」と書いてあった。金髪の女の子が綿菓子を手に持っていた。女が男を見た。男が要らないと手を振った。女が綿菓子を買った。二人が、一日をカントリーフェアで過ごすことにした。
3
銀河が夜空を斜めに流れていた。満天の星空である。ひときわ大きく光を放つ金星が西の山稜の陰に入ろうとしていた。東の空が薄明るくなり始めていた。
「先生、このお地蔵さん可愛いわ。あら、白百合が咲いているわ」
懐中電灯の光の中に白百合が浮かび上がった。
「西欧では、マドンナ・リリーって言うんだよ」
先生と呼ばれた男が孤児院の聖母マリア像を想い出していた。女がデジカメをポケットから取り出してフラッシュを起こした。そして前かがみとなって百合の花弁に焦点を合わした。男の眼が獲物を狙う眼になっていた。
4
――俺は、北陸新幹線「はくたか五五三号下り金沢方面行き」に乗っていた。佐久平を出てすぐ千曲川の鉄橋を渡ったんだ。俺が窓から川を見ていると女学生が話かけてきたんだよ。えっ、沢田ちえみチュウの?ちえみが湯ノ丸山に登るって言うんだ。初めてだって言ってたな。俺は東御(とうみ)の住民だ。しなの鉄道の滋野で降りると言うと、そのちえみが自分も滋野で降りると言ったんで、旅は道ずれ世は情けになったわけよ。北陸新幹線の上田で「しなの鉄道軽井沢行き」に乗り換えた。ちえみが人形を持ってたかって?大学生だよ?持ってなかったよ。刑事さんよ、どうして、俺とちえみが一緒にいたって判ったの?ええ~?防犯カメラか。しょうがねえな。ところで、刑事さん、俺を疑ってんじゃあねえだろうな?俺さ、強盗しただけだよ。えっ、あと二日、拘置所に泊めるってかい?刑事さん、俺は、あんたを訴えるよ。これじゃあ、人権蹂躙だよ、まったく、、(東京巣鴨拘置所、平成二十六年六月十日)
*「湖底の墓場」を取りやめ、怪奇小説「郭公が鳴く声が聞こえた」を連載します。伊勢
黄色い太陽がぼんやりと地平線上に出ていて、それが右へ移動していた。里芋の葉の下で寝ていた少年の目が覚めた。遠くに動物の鳴き声が聞こえた。農家か?何か食べ物を貰えるだろう。少年が立ち上がって動物の鳴く方向に歩いて行った。その農家には窓も煙突もなく垣根もなかった。動物の群れが池の周りに集まって水を飲んでいた。あれは馬だろうか?馬にしては筋肉が盛り上がっている。それに毛がない。あれは羊だろうか?羊にしては大き過ぎる。何かが間違っていた。動物たちが足音に気着いて振り返った。少年が真っ青になった。羊の目が一つなのだ。その目が青い光を放っていた。馬はもっと恐ろしかった。耳がない。口を開けて吠えた。口に刃物のような歯が見える。肉食動物だ。目が三つで、その目から黄金の光を放っていた。農家の扉が開いた。草刈り鎌を持った上半身が人間で下半身が馬の一団が飛び出してきた。少年が走った。岩があった。少年は岩の割れ目から洞窟の中に入った。足音が通り過ぎた。洞窟の中は真っ暗だった。少年がマッチとローソクをリュックから取り出して、ローソクに灯を点した。灯が闇に揺れた。白いブラウスに黒いワンピースを着た女学生が汚れた人形の腕を持って立っていた。恐怖に少年が凍りついた。う~ん、う~ん。誰かがサイモンの肩を揺すっていた。
「サイモン、悪い夢でも見たの?」
「おお、ミハイル、有難う」
廊下に足音が聞こえた。ドアの錠を外す音がした。屈強な男と看護婦が入ってきた。白いナースキャップを被った看護婦が注射器を手に持っていた。
2
グレーハウンドの絵が描かれた観光バスが並んでいた。カントリーウエスタンが聞こえた。ステージでハモニカを吹いていた。二人の恋人がテントを並べて張った。カウボーイハットを被った人々が輪を作って踊っていた。子供たちが風車を手に持って走り回っていた。
「あら、カントリーフェアなのね。ラッキーだわ」
夜、映画を見せるためか銀幕が張ってあった。「シェーン」と書いてあった。金髪の女の子が綿菓子を手に持っていた。女が男を見た。男が要らないと手を振った。女が綿菓子を買った。二人が、一日をカントリーフェアで過ごすことにした。
3
銀河が夜空を斜めに流れていた。満天の星空である。ひときわ大きく光を放つ金星が西の山稜の陰に入ろうとしていた。東の空が薄明るくなり始めていた。
「先生、このお地蔵さん可愛いわ。あら、白百合が咲いているわ」
懐中電灯の光の中に白百合が浮かび上がった。
「西欧では、マドンナ・リリーって言うんだよ」
先生と呼ばれた男が孤児院の聖母マリア像を想い出していた。女がデジカメをポケットから取り出してフラッシュを起こした。そして前かがみとなって百合の花弁に焦点を合わした。男の眼が獲物を狙う眼になっていた。
4
――俺は、北陸新幹線「はくたか五五三号下り金沢方面行き」に乗っていた。佐久平を出てすぐ千曲川の鉄橋を渡ったんだ。俺が窓から川を見ていると女学生が話かけてきたんだよ。えっ、沢田ちえみチュウの?ちえみが湯ノ丸山に登るって言うんだ。初めてだって言ってたな。俺は東御(とうみ)の住民だ。しなの鉄道の滋野で降りると言うと、そのちえみが自分も滋野で降りると言ったんで、旅は道ずれ世は情けになったわけよ。北陸新幹線の上田で「しなの鉄道軽井沢行き」に乗り換えた。ちえみが人形を持ってたかって?大学生だよ?持ってなかったよ。刑事さんよ、どうして、俺とちえみが一緒にいたって判ったの?ええ~?防犯カメラか。しょうがねえな。ところで、刑事さん、俺を疑ってんじゃあねえだろうな?俺さ、強盗しただけだよ。えっ、あと二日、拘置所に泊めるってかい?刑事さん、俺は、あんたを訴えるよ。これじゃあ、人権蹂躙だよ、まったく、、(東京巣鴨拘置所、平成二十六年六月十日)
*「湖底の墓場」を取りやめ、怪奇小説「郭公が鳴く声が聞こえた」を連載します。伊勢
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ああ、びっくりした、、 |