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「憲兵大尉の娘(上巻)」の終章 |
おしらせ
「憲兵大尉の娘(上巻)」が本日終了しました。下巻を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また、「満州を掴んだ男(全編)」をアマゾン・キンドルで再出版致しました。この第二部「得体の知れない男」に、長谷川道夫が出てきます。「憲兵大尉の娘(上巻)」が、その長谷川憲兵大尉の続編です。今週末キンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、執筆に、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
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1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
連載小説「憲兵大尉の娘」(上巻)(61~62)
(61)
長谷川、磯村、イワノフまでが仮眠した。ドアにノックが聞こえたので、磯村が起きた。廊下にイワノフとウランが立っていた。長谷川が越中ひとつで起きて来た。
「ウラン、何か判ったか?」
「ダ(はい)。何も起きていないことが判りました」と電信の内容を報告した、、
――この黒河と対岸のブラゴベシチェンスクには、通信はほとんどなかった。璦琿基地から偵察機三機が飛び立ったときだけ、通信のボリュームが多くなった。アルザイノの飛行隊基地と交信していた。
「その後には?」
「その後には、ハバロフスクとウスリーの上流イマンのソ連軍基地との交信だけです。今、解読中です」
「イマンか。つまり虎頭要塞を調べている?」
「はあ?虎頭要塞は聞いた気がします」と磯村が考えていた。
「虎頭要塞は、見ておかなければならない」
4人が食堂へ行った。岩田、北上、小野田練習生が手招いた。小野田がビールをついでくれた。
「空中戦、面白かったですか?」と岩田二等飛行兵曹が磯村に訊いた。
「いやあ、もう結構です」と磯村少尉が言うと「賛成、賛成」とイワノフまでが笑った。
「実際は、ノモンハンまで飛ぶ考えがあった。ほんの20分だからね。ただ、細い川があったでしょ?その西岸なんです」
「去年、興安嶺まで行きましたから、あのあたりは森林ではなくて草原でした」
「あの地の果てで戦闘となると、飛行隊はチチハルかこの璦琿基地にしかない。制空圏はソ連にある」
「ノモンハンから機甲師団がチチハルなどにやって来る?」
「いや、それはないです。まず、森林には道がないし、日本軍には鉄道網がある。日本軍は、どこでも24時間以内に到着が出来るのです」
「内と外と考えた場合、満州は内側で鉄道網が敷かれている。これは突破が困難なんだよ。一番の問題は速やかな通信解読だよ」といつの間にか後ろに来ていた司令官が内と外の違いを解説した。全員が長谷川を見ていた。磯村が任務の重要性に体が震えた。そして、イワノフを見たのである。
「長谷川大尉、明日の9時に輸送機がやって来るから、それでハルピンへ帰りなさい」
「たいへん勉強になりました。それでは、ここで、お別れ致します」と長谷川が言うと、全員が一斉に立ち上がって指令官に敬礼した。
*
ハルピンの平房に午後の2時に着いた。領事館には電報を打ってあった。平房の憲兵隊が送ってくれた。ハルピンは前線の璦琿基地と違って平和に思えた。領事の執務室に入った。また、カレンが涙汲んだ。杉原領事は黙っていた。だが、空中戦を聞いてビックリした。イワノフが想い出したのか、恐ろしいものを見たという顔になっていた。
「きみたち、ご苦労さんでしたね。明日は一日休憩してくれ給え。明日は関東軍司令部かた訪問がある。カレンも来なくていい」
「ねえ、トトロに行かない?」とカレンがみんなの顔をみた。全員賛成であった。
山中武官がロシア料理店トトロに連れて行ってくれた。4時を過ぎていたので、領事館に帰る必要はないのだと行った。つまり、一緒に飲もうと、、「ダ、ダ」とイワノフが豪快に笑った。この二人は仲が良かった。
宴会が終わると、カレンが「今夜うちに泊まって?」と言った。山中武官が、磯村、イワノフ、ウランをダットサンに乗せて出て行った。長谷川とカレンが残った。ふたりは手をつないでいた。南崗区の館へ歩いて行った。
玄関で、イリヤが出迎えた。ヤコブが居間にいた。
「長谷川さん、お座りください」とヤコブがブランデイをキャビネットから持って来た。長谷川が何か深刻なことを感じていた。
「長谷川さん、私たちは、もはや、ハルピンに住んでいることは出来ません。ドイツ、ポーランド、ロシアでユダヤ狩りが起きています。彼らは、キューバやアルゼンチン、イタリアのジェノバから船で上海の日本租界へ逃げているのです。このハルピンにもユダヤ難民が押し寄せます。杉村領事さんが、われわれを助けてくれているのです」
「この館はどうするんですか?」
「ユダヤ人の一家に売る話しをしています。領事さんのご紹介なんです」
「その先は何処へ行かれるんですか?」と言ってからカレンを見た。カレンが泣いていた。長谷川がカレンの手を取った。イリヤは何も言わなかった。
「判りません。多分、上海に移ります」とイリヤが言うと、長谷川が安心した。
*
長谷川は一晩中、寝返りをうった。デカンターの水を飲んだ。スタンドを点けて新聞を読んだ。夜明け近く、眠りに落ちた。
台所から食器を洗う音がして、目が覚めた。時計を見ると、8時である。寝巻きのままで顔を洗いに行った。歯を磨いた。鏡に映った自分の顔を見た。憂鬱に見えたので、微笑してみた。髪が長くなっている、散髪屋に行きたくなった。そこへカレンがやって来た。
「カレン、ドブラエ・ウートラ(おはよう)。下町の散髪屋に行きたい。その後で、朝食をしよう」
「うん、それじゃあ、用意するわ」とイリヤに伝えに行った。
「今日は天気がいいから歩きなさい」
「ぼくは、このまま龍門大厦に帰ります」
「まあ、随分豪華なホテルに滞在しておられるのね?」
「親方、日の丸ですから」と笑った。先週の土曜日を想い出してカレンの頬が赤くなっていた。
(註)筆者の知っているロシア人やユダヤ人の女性には含羞がある。両民族とも、アングロサクソンに比べて受身であった。一番、現実的なのは、ドイツ人である。あまり、センチメンタルではなかった。日本の女性は極端にセンチである。すぐ泣いた。
長谷川が散髪屋の椅子に座った。支那人の散髪屋はバリカンと鋏を上手に使った。耳の周りを剃った。そして椅子を傾けて、刷毛でシャボンを髭に付けた。ゾリンゲンの剃刀はよく切れる。スベスベに剃ってくれた。熱いタオルで拭くと風呂上りのような匂いがした。
「まあ、赤ちゃんみたい」
「ハハハ、これでも憲兵大尉なんだよ」とミチオが笑った。
「私が払うわ」と蝦蟇グチを開けた。散髪屋が「謝々」とにっこり笑った。長谷川が鏡の前に行って自分を眺めていた。
「良し」
「ミチオ、自分に惚れるなんて、あなたって面白い人ね」
「何食べる?」
「パンケーキが食べたいわ」と松花江に向かって歩いた。
――どうもカレンは、米飯、焼き魚、味噌汁、漬物が苦手のようである、、
カレンは、三枚重ねのパンケーキが来るとにっこりと笑った。バターと蜂蜜をびっくりするほど塗った。飲み物は紅茶なのだ。
「おかあさんが言ってた上海なら必ず会える」と長谷川が言うと、その目をじっと見ていた。
「もう少しいたいけど、明日、領事館で一緒に仕事するから」とカレンが立ち上がった。長谷川が外に出るとハイヤーを呼んだ。長谷川がカレンの唇に接吻した。バターの匂いがした。宣化街で降りた。
龍門大厦のロビーに入ると、磯村がフロントにいた。
「少尉、何をしてる?」
「電報を受け取りました」
長谷川が見ると、新京の憲兵司令部からである。明後日に戻れとだけだった。
*
翌日の朝、領事館へ行った。会議室に入ると領事~武官二人~イワノフ~カレンが待っていた。
「長谷川大尉、新京から司令部に戻れと電報があった。イワノフとウランはスター家の警護のためにハルピンに残ってもらう。特高よりも頼りになるからね。そういえば、特高からライフルが返された。イワノフは古い小銃しか持っていない。あげても良いか?」
「当然です」
「暗号解読の作業は、きみたちが留守の間にカレンがやってくれた。黒竜江は静かだが、ウスリー河との十字路であるハバロフスク~ウラジオストック~東京の交信が多くなっている。新京が領事館には流せない何かを掴んでいるのだろう」
「領事さん、イワノフと話があるのです。個室をお借りできますか?」
「勿論だよ」
「あの部屋には、盗聴装置がある」とイワノフが小声で言った。
「どうして判る?」
「オットーです」
「装置は見つかった?」
「天井の電球です」
「そのままにしてある?」
「そうです」
「どうしてか?」
「誤報を流すためです」とメモを渡した。シナリオである。長谷川が目を通した。
――関東特別演習を中止して、7月に張鼓峰で激戦した朝鮮軍第19師団を強化する~日本海軍はウラジオ艦隊を閉じ込める~日本海に潜水艦群を増強する~日独防共協定の締結は確固たるものである~張鼓峰は国境線が不明確な地点だ~もう一度爆撃する、
、
「これを流すとどうなる?」
「ソ連は東満州侵攻どころじゃなくなるワケヨ」
「う~む」と長谷川が「ちょっとなあ」と首を傾げた。
「虎頭要塞は完成するのに月日がかかる。ソ連は、現在、対独戦で血み泥デス。つまり極東軍が最も攻撃を受けやすいとナリヤス」とイワノフが脚本を売り込んだ。
「日本海軍は、ソ連海軍では太刀打ち出来ないからね」と長谷川が上海湾で見た出雲や戦艦長門を想い出していた。
「何と言っても、日本は海軍国なんです」と磯村が加わった。
「良し、それじゃその個室へ行こう」
イワノフが、ドアをガチャンと閉めた。三人が電灯の真下に座った。脚本通りの会議をやった。イワノフはときどき電灯を見上げていたが、しゃべらなかった。長谷川と磯村の会議というわけなのだ。磯村が、わざと「閣下」と長谷川を呼んだ。長谷川は「参謀」と磯村を呼んだ。田舎芝居である。
部屋を出て領事とカレンに会った。
「盗聴されたわよ」と可愛い目でウインクした。
「イワノフ、極東軍の電信内容を掴まえてくれ」
「ウランに松花江の電柱に上れと言います」
「それでは、明朝、新京に戻ります」
「山中君、カレン、三人を送って行きなさい」と領事が外出を許可した。
「んじゃ、最期の晩餐ダ。トトロに行こう」とイワノフ。
「ダ、ダ、」とカレンが言うと山中武官が笑った。
昨夜のようにイワノフが山のように注文した。
アコーデオンの音が聞こえた。哀愁のある調べである。フロアでスクエア・ダンスが始まった。カレンが「踊ろう」とミチオを誘った。長谷川は盆踊りしか出来ない男である。ためらった。すると、イワノフが一人の娘と踊り出した。ステップが軽い。相手の娘がにっこりと笑った。ジャポチンスキーは、たいへんなダンサーなのだ。ミチオが上着を脱いだ。カレンが、ミチオの手を引っ張って、フロアに出た。
山の娘ロザリア いつも一人うたうよ
青い牧場日昏れて 星の出るころ
帰れ帰れも一度 忘れられぬあの日よ
涙ながし別れた 君の姿よ
黒い瞳ロザリア 今日も一人うたうよ
風にゆれる花のよう 笛を鳴らして
帰れ帰れも一度 やさしかったあの人
胸に抱くは形見の 銀のロケット
一人娘ロザリア 山の歌をうたうよ
歌は甘く哀しく 星もまたたく
帰れ帰れも一度 命かけたあの夢
移り変わる世の中 花も散りゆく
山の娘ロザリア いつも一人うたうよ
青い牧場小やぎも 夢をみるころ
帰れ帰れも一度 忘れられぬあの日よ
涙ながし別れた 君の姿よ
ハルピンの夜が更けていく、、カレンが、ミチオの肩に右手を置いた。カレンは泣いていた、、ミチオも涙汲んだ、、二人は別れが迫ったことを知っていたのである。
(62)
輸送機が平房を離陸した。長谷川が眼を瞑っていた。何も言わないので。「写真機を貸してください」と磯村が訊いた。長谷川が「ハンザ・キャノンは、カレンにあげたと言った。「はあ?」と磯村平助少尉が驚いた。すると、あれが「別れのダンスだったのか?」と少尉は全てを知った。
南新京飛行基地に着いた。ドアを開けた地上兵が敬礼をした。関東軍指令本部に行く車の中から、興安太路に銀杏が黄色い絨毯を敷いているのが美しかった。秋風が吹いていた。
指令官室に行き「只今、戻りました」と報告した。「空中戦だってな。聞いたよ」と笑っていたが、長谷川が「はあ」と言っただけなのに驚いていた。磯村が話した。司令官は「フムフム」と言うだけであった。次に、憲兵隊司令部に報告した。「疲れておるようだな。休め」とだけ言った。
「は、休みます。明日一日、買い物に外出してよろしいでしょうか?」
「当たり前だよ。きみは大尉なのだ。必要なことをやり給え」
二人は食堂へ行ってビールを飲んだ。若い磯村はカツ丼を注文した。
「日本へ行きたいと思っている」
「青森のご家族ですか?」
「いや、任務だ」
磯村は、日本に帰ると聞いて胸が躍った。
「日本は何時になるのでありますか?」
「わからん。なにも今、わからん。新型のハンザ・キャノンを写真屋に2台頼んだ。明日から写真を教える」
「はあ。楽しいです」
「それもだが、憲兵隊情報部が何を掴んでいるのか聞かなければならない。それによって、行動が変わる」
長谷川は飛鳥の位置が何であったかを悟った。
(註)1936年に「97式自動二輪」が造られたが、米国製のハーレーダビッドソンのコピーであった。750CCであった。陸王と名付けた。
ハンザ・キャノンの新型が届いた。革のケースに入った見事な写真機である。50ミリ望遠レンズは強力だ。「まず、これを読め」と磯村にマニュアルを投げた。
「自分は嬉しいです」と磯村が感謝した。
「サンパチよりか?」
「人を撃つのは好きではありません」
「おれが撃てと言ったらどうする?」
「迷わず撃ちます」
「写真を撮りに外へ出よう。車が要るなあ」
「自分は自動二輪が乗れます。サイドカーを出して貰いましょう」
「おい少尉、これいいね」と長谷川が元気になっていた。
憲兵が、始動、変速機、ペダル、ブレーキ、スロットルを教えた。パンクした場合の修理もである。磯村が、チョークを引いた。キックを横に出して全体重を掛けて蹴った。二回のキックで始動した。もの凄い爆音である。長谷川がサイドカーに納まった。さすがの古年次兵も胸がドキドキした。磯村がスロットルを右親指で、わずかに捻った。ドッドッドッと走り出した。長谷川の身が締まった。
二人は興安大路から北に行った。新京駅に向かってるのだ。新京のメイン・ストリートである大同大街を走った。長谷川は、カレンが喜ぶ風景を撮った。同じ写真を青森にも送るつもりである。
巨大なロータリーを回ると、新京駅である。満州建国前には「長春駅」と呼ばれていた。右手に馬車が見える。三台のバスは、フォードのトラックをバスに改造したものだ。「円太郎バス」と呼ばれていた。日本は自動車の造り方をアメリカから習ったのである。そう言えば全部そうだが、、
長谷川と磯村は一日が短かった。どこまで走って行きたかった。「良し、これで兵舎に帰ろう」と長谷川が言った。磯村も写真を撮った。母親と妹に送るつもりなのだ。
「少尉、きみは恋人はいるのか?」
「はあ、おりますが、戦死した場合、可哀そうだから」と遠くを見ていた。
「いや、それは考えが間違っているぞ」
二人は兵舎に戻った。陸王の前で兵隊に写真を撮って貰った。風呂に入り、着替えた。食堂へ行った。
「明日、現像と印画を教える」
「大尉殿、自分は胸がワクワクしております」とビールで乾杯をした。
*
10月に近着いていた。カレンは、毎日、電信して来た。貞子と娘のミチルが手紙と青森の産物を送って来た。長谷川が八甲田の家族を想った。だが、一番近い女性は、カレンである。カレンの尽きない愛撫を想った。男の生理とはそういうものである。トトロで踊った「山のロザリア」を想った。長谷川は、この関東軍憲兵司令部を逃げて、カレンの元へ行きたかった。だが、自分は日本軍の兵隊なのだ、、
関東軍は、諜報と新兵の訓練のほか、やることが減っていた。日本軍きっての精鋭部隊、広島六師団も熊本五師団も広東へ行ってしまった。「新兵は全くどうにもならない」と軍曹や兵曹が憤慨していた。新兵の扱いが乱暴になっていく。長谷川が情報部に呼ばれた。
「ゆゆしいことが、東京で起こっている」と少佐が言った。
「ハッ、聞かせてください」
「きみたちに日本へ行って貰う。だが、東京も何日出発と決めていない。つまり、明日か、来年なのかも判らない」
その「ゆゆしきこと」を聞いた長谷川道夫が身振るいした。
「長谷川大尉、関東軍の命は君に掛かっている」
「しかし、内閣が、、」
「その通りである。60万名の関東軍のために出来ることをやってくれ」
*
長谷川と磯村が昼夜、日本から来る電信を絵図にしていた。長谷川がマルを付けた。磯村が、点と線を定規で結んだ。関係者のネームに色を付けた。赤~黄~青。そんな作業が続いていた。ときどき、陸王を借りて、走り廻り鬱憤を晴らした。10月の15日になった。憲兵隊司令部から手紙が配達された。カレンからであった。
私が最も愛するミチオへ、
私たちスターコビッツ家と親類は、あなたがこの手紙を読むときには、朝鮮半島を汽車で南に下っています。釜山から船で神戸へ行きます。神戸では、フリーメイソンが私たちの住居を提供してくれます。日本政府は、私たちユダヤにマルチ・ビザを許可しました。私たちは、日本郵船の浅間丸に乗ってサンフランシスコに行きます。全て、杉原領事さんのおかげです。ミチオが復員する日がくると信じています。私は、永遠にミチオを待っています。カレン・スター
「憲兵大尉の娘(上巻)」の終わり
「憲兵大尉の娘(上巻)」が本日終了しました。下巻を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また、「満州を掴んだ男(全編)」をアマゾン・キンドルで再出版致しました。この第二部「得体の知れない男」に、長谷川道夫が出てきます。「憲兵大尉の娘(上巻)」が、その長谷川憲兵大尉の続編です。今週末キンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、執筆に、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
連載小説「憲兵大尉の娘」(上巻)(61~62)
(61)
長谷川、磯村、イワノフまでが仮眠した。ドアにノックが聞こえたので、磯村が起きた。廊下にイワノフとウランが立っていた。長谷川が越中ひとつで起きて来た。
「ウラン、何か判ったか?」
「ダ(はい)。何も起きていないことが判りました」と電信の内容を報告した、、
――この黒河と対岸のブラゴベシチェンスクには、通信はほとんどなかった。璦琿基地から偵察機三機が飛び立ったときだけ、通信のボリュームが多くなった。アルザイノの飛行隊基地と交信していた。
「その後には?」
「その後には、ハバロフスクとウスリーの上流イマンのソ連軍基地との交信だけです。今、解読中です」
「イマンか。つまり虎頭要塞を調べている?」
「はあ?虎頭要塞は聞いた気がします」と磯村が考えていた。
「虎頭要塞は、見ておかなければならない」
4人が食堂へ行った。岩田、北上、小野田練習生が手招いた。小野田がビールをついでくれた。
「空中戦、面白かったですか?」と岩田二等飛行兵曹が磯村に訊いた。
「いやあ、もう結構です」と磯村少尉が言うと「賛成、賛成」とイワノフまでが笑った。
「実際は、ノモンハンまで飛ぶ考えがあった。ほんの20分だからね。ただ、細い川があったでしょ?その西岸なんです」
「去年、興安嶺まで行きましたから、あのあたりは森林ではなくて草原でした」
「あの地の果てで戦闘となると、飛行隊はチチハルかこの璦琿基地にしかない。制空圏はソ連にある」
「ノモンハンから機甲師団がチチハルなどにやって来る?」
「いや、それはないです。まず、森林には道がないし、日本軍には鉄道網がある。日本軍は、どこでも24時間以内に到着が出来るのです」
「内と外と考えた場合、満州は内側で鉄道網が敷かれている。これは突破が困難なんだよ。一番の問題は速やかな通信解読だよ」といつの間にか後ろに来ていた司令官が内と外の違いを解説した。全員が長谷川を見ていた。磯村が任務の重要性に体が震えた。そして、イワノフを見たのである。
「長谷川大尉、明日の9時に輸送機がやって来るから、それでハルピンへ帰りなさい」
「たいへん勉強になりました。それでは、ここで、お別れ致します」と長谷川が言うと、全員が一斉に立ち上がって指令官に敬礼した。
*
ハルピンの平房に午後の2時に着いた。領事館には電報を打ってあった。平房の憲兵隊が送ってくれた。ハルピンは前線の璦琿基地と違って平和に思えた。領事の執務室に入った。また、カレンが涙汲んだ。杉原領事は黙っていた。だが、空中戦を聞いてビックリした。イワノフが想い出したのか、恐ろしいものを見たという顔になっていた。
「きみたち、ご苦労さんでしたね。明日は一日休憩してくれ給え。明日は関東軍司令部かた訪問がある。カレンも来なくていい」
「ねえ、トトロに行かない?」とカレンがみんなの顔をみた。全員賛成であった。
山中武官がロシア料理店トトロに連れて行ってくれた。4時を過ぎていたので、領事館に帰る必要はないのだと行った。つまり、一緒に飲もうと、、「ダ、ダ」とイワノフが豪快に笑った。この二人は仲が良かった。
宴会が終わると、カレンが「今夜うちに泊まって?」と言った。山中武官が、磯村、イワノフ、ウランをダットサンに乗せて出て行った。長谷川とカレンが残った。ふたりは手をつないでいた。南崗区の館へ歩いて行った。
玄関で、イリヤが出迎えた。ヤコブが居間にいた。
「長谷川さん、お座りください」とヤコブがブランデイをキャビネットから持って来た。長谷川が何か深刻なことを感じていた。
「長谷川さん、私たちは、もはや、ハルピンに住んでいることは出来ません。ドイツ、ポーランド、ロシアでユダヤ狩りが起きています。彼らは、キューバやアルゼンチン、イタリアのジェノバから船で上海の日本租界へ逃げているのです。このハルピンにもユダヤ難民が押し寄せます。杉村領事さんが、われわれを助けてくれているのです」
「この館はどうするんですか?」
「ユダヤ人の一家に売る話しをしています。領事さんのご紹介なんです」
「その先は何処へ行かれるんですか?」と言ってからカレンを見た。カレンが泣いていた。長谷川がカレンの手を取った。イリヤは何も言わなかった。
「判りません。多分、上海に移ります」とイリヤが言うと、長谷川が安心した。
*
長谷川は一晩中、寝返りをうった。デカンターの水を飲んだ。スタンドを点けて新聞を読んだ。夜明け近く、眠りに落ちた。
台所から食器を洗う音がして、目が覚めた。時計を見ると、8時である。寝巻きのままで顔を洗いに行った。歯を磨いた。鏡に映った自分の顔を見た。憂鬱に見えたので、微笑してみた。髪が長くなっている、散髪屋に行きたくなった。そこへカレンがやって来た。
「カレン、ドブラエ・ウートラ(おはよう)。下町の散髪屋に行きたい。その後で、朝食をしよう」
「うん、それじゃあ、用意するわ」とイリヤに伝えに行った。
「今日は天気がいいから歩きなさい」
「ぼくは、このまま龍門大厦に帰ります」
「まあ、随分豪華なホテルに滞在しておられるのね?」
「親方、日の丸ですから」と笑った。先週の土曜日を想い出してカレンの頬が赤くなっていた。
(註)筆者の知っているロシア人やユダヤ人の女性には含羞がある。両民族とも、アングロサクソンに比べて受身であった。一番、現実的なのは、ドイツ人である。あまり、センチメンタルではなかった。日本の女性は極端にセンチである。すぐ泣いた。
長谷川が散髪屋の椅子に座った。支那人の散髪屋はバリカンと鋏を上手に使った。耳の周りを剃った。そして椅子を傾けて、刷毛でシャボンを髭に付けた。ゾリンゲンの剃刀はよく切れる。スベスベに剃ってくれた。熱いタオルで拭くと風呂上りのような匂いがした。
「まあ、赤ちゃんみたい」
「ハハハ、これでも憲兵大尉なんだよ」とミチオが笑った。
「私が払うわ」と蝦蟇グチを開けた。散髪屋が「謝々」とにっこり笑った。長谷川が鏡の前に行って自分を眺めていた。
「良し」
「ミチオ、自分に惚れるなんて、あなたって面白い人ね」
「何食べる?」
「パンケーキが食べたいわ」と松花江に向かって歩いた。
――どうもカレンは、米飯、焼き魚、味噌汁、漬物が苦手のようである、、
カレンは、三枚重ねのパンケーキが来るとにっこりと笑った。バターと蜂蜜をびっくりするほど塗った。飲み物は紅茶なのだ。
「おかあさんが言ってた上海なら必ず会える」と長谷川が言うと、その目をじっと見ていた。
「もう少しいたいけど、明日、領事館で一緒に仕事するから」とカレンが立ち上がった。長谷川が外に出るとハイヤーを呼んだ。長谷川がカレンの唇に接吻した。バターの匂いがした。宣化街で降りた。
龍門大厦のロビーに入ると、磯村がフロントにいた。
「少尉、何をしてる?」
「電報を受け取りました」
長谷川が見ると、新京の憲兵司令部からである。明後日に戻れとだけだった。
*
翌日の朝、領事館へ行った。会議室に入ると領事~武官二人~イワノフ~カレンが待っていた。
「長谷川大尉、新京から司令部に戻れと電報があった。イワノフとウランはスター家の警護のためにハルピンに残ってもらう。特高よりも頼りになるからね。そういえば、特高からライフルが返された。イワノフは古い小銃しか持っていない。あげても良いか?」
「当然です」
「暗号解読の作業は、きみたちが留守の間にカレンがやってくれた。黒竜江は静かだが、ウスリー河との十字路であるハバロフスク~ウラジオストック~東京の交信が多くなっている。新京が領事館には流せない何かを掴んでいるのだろう」
「領事さん、イワノフと話があるのです。個室をお借りできますか?」
「勿論だよ」
「あの部屋には、盗聴装置がある」とイワノフが小声で言った。
「どうして判る?」
「オットーです」
「装置は見つかった?」
「天井の電球です」
「そのままにしてある?」
「そうです」
「どうしてか?」
「誤報を流すためです」とメモを渡した。シナリオである。長谷川が目を通した。
――関東特別演習を中止して、7月に張鼓峰で激戦した朝鮮軍第19師団を強化する~日本海軍はウラジオ艦隊を閉じ込める~日本海に潜水艦群を増強する~日独防共協定の締結は確固たるものである~張鼓峰は国境線が不明確な地点だ~もう一度爆撃する、
、
「これを流すとどうなる?」
「ソ連は東満州侵攻どころじゃなくなるワケヨ」
「う~む」と長谷川が「ちょっとなあ」と首を傾げた。
「虎頭要塞は完成するのに月日がかかる。ソ連は、現在、対独戦で血み泥デス。つまり極東軍が最も攻撃を受けやすいとナリヤス」とイワノフが脚本を売り込んだ。
「日本海軍は、ソ連海軍では太刀打ち出来ないからね」と長谷川が上海湾で見た出雲や戦艦長門を想い出していた。
「何と言っても、日本は海軍国なんです」と磯村が加わった。
「良し、それじゃその個室へ行こう」
イワノフが、ドアをガチャンと閉めた。三人が電灯の真下に座った。脚本通りの会議をやった。イワノフはときどき電灯を見上げていたが、しゃべらなかった。長谷川と磯村の会議というわけなのだ。磯村が、わざと「閣下」と長谷川を呼んだ。長谷川は「参謀」と磯村を呼んだ。田舎芝居である。
部屋を出て領事とカレンに会った。
「盗聴されたわよ」と可愛い目でウインクした。
「イワノフ、極東軍の電信内容を掴まえてくれ」
「ウランに松花江の電柱に上れと言います」
「それでは、明朝、新京に戻ります」
「山中君、カレン、三人を送って行きなさい」と領事が外出を許可した。
「んじゃ、最期の晩餐ダ。トトロに行こう」とイワノフ。
「ダ、ダ、」とカレンが言うと山中武官が笑った。
昨夜のようにイワノフが山のように注文した。
アコーデオンの音が聞こえた。哀愁のある調べである。フロアでスクエア・ダンスが始まった。カレンが「踊ろう」とミチオを誘った。長谷川は盆踊りしか出来ない男である。ためらった。すると、イワノフが一人の娘と踊り出した。ステップが軽い。相手の娘がにっこりと笑った。ジャポチンスキーは、たいへんなダンサーなのだ。ミチオが上着を脱いだ。カレンが、ミチオの手を引っ張って、フロアに出た。
山の娘ロザリア いつも一人うたうよ
青い牧場日昏れて 星の出るころ
帰れ帰れも一度 忘れられぬあの日よ
涙ながし別れた 君の姿よ
黒い瞳ロザリア 今日も一人うたうよ
風にゆれる花のよう 笛を鳴らして
帰れ帰れも一度 やさしかったあの人
胸に抱くは形見の 銀のロケット
一人娘ロザリア 山の歌をうたうよ
歌は甘く哀しく 星もまたたく
帰れ帰れも一度 命かけたあの夢
移り変わる世の中 花も散りゆく
山の娘ロザリア いつも一人うたうよ
青い牧場小やぎも 夢をみるころ
帰れ帰れも一度 忘れられぬあの日よ
涙ながし別れた 君の姿よ
ハルピンの夜が更けていく、、カレンが、ミチオの肩に右手を置いた。カレンは泣いていた、、ミチオも涙汲んだ、、二人は別れが迫ったことを知っていたのである。
(62)
輸送機が平房を離陸した。長谷川が眼を瞑っていた。何も言わないので。「写真機を貸してください」と磯村が訊いた。長谷川が「ハンザ・キャノンは、カレンにあげたと言った。「はあ?」と磯村平助少尉が驚いた。すると、あれが「別れのダンスだったのか?」と少尉は全てを知った。
南新京飛行基地に着いた。ドアを開けた地上兵が敬礼をした。関東軍指令本部に行く車の中から、興安太路に銀杏が黄色い絨毯を敷いているのが美しかった。秋風が吹いていた。
指令官室に行き「只今、戻りました」と報告した。「空中戦だってな。聞いたよ」と笑っていたが、長谷川が「はあ」と言っただけなのに驚いていた。磯村が話した。司令官は「フムフム」と言うだけであった。次に、憲兵隊司令部に報告した。「疲れておるようだな。休め」とだけ言った。
「は、休みます。明日一日、買い物に外出してよろしいでしょうか?」
「当たり前だよ。きみは大尉なのだ。必要なことをやり給え」
二人は食堂へ行ってビールを飲んだ。若い磯村はカツ丼を注文した。
「日本へ行きたいと思っている」
「青森のご家族ですか?」
「いや、任務だ」
磯村は、日本に帰ると聞いて胸が躍った。
「日本は何時になるのでありますか?」
「わからん。なにも今、わからん。新型のハンザ・キャノンを写真屋に2台頼んだ。明日から写真を教える」
「はあ。楽しいです」
「それもだが、憲兵隊情報部が何を掴んでいるのか聞かなければならない。それによって、行動が変わる」
長谷川は飛鳥の位置が何であったかを悟った。
(註)1936年に「97式自動二輪」が造られたが、米国製のハーレーダビッドソンのコピーであった。750CCであった。陸王と名付けた。
ハンザ・キャノンの新型が届いた。革のケースに入った見事な写真機である。50ミリ望遠レンズは強力だ。「まず、これを読め」と磯村にマニュアルを投げた。
「自分は嬉しいです」と磯村が感謝した。
「サンパチよりか?」
「人を撃つのは好きではありません」
「おれが撃てと言ったらどうする?」
「迷わず撃ちます」
「写真を撮りに外へ出よう。車が要るなあ」
「自分は自動二輪が乗れます。サイドカーを出して貰いましょう」
「おい少尉、これいいね」と長谷川が元気になっていた。
憲兵が、始動、変速機、ペダル、ブレーキ、スロットルを教えた。パンクした場合の修理もである。磯村が、チョークを引いた。キックを横に出して全体重を掛けて蹴った。二回のキックで始動した。もの凄い爆音である。長谷川がサイドカーに納まった。さすがの古年次兵も胸がドキドキした。磯村がスロットルを右親指で、わずかに捻った。ドッドッドッと走り出した。長谷川の身が締まった。
二人は興安大路から北に行った。新京駅に向かってるのだ。新京のメイン・ストリートである大同大街を走った。長谷川は、カレンが喜ぶ風景を撮った。同じ写真を青森にも送るつもりである。
巨大なロータリーを回ると、新京駅である。満州建国前には「長春駅」と呼ばれていた。右手に馬車が見える。三台のバスは、フォードのトラックをバスに改造したものだ。「円太郎バス」と呼ばれていた。日本は自動車の造り方をアメリカから習ったのである。そう言えば全部そうだが、、
長谷川と磯村は一日が短かった。どこまで走って行きたかった。「良し、これで兵舎に帰ろう」と長谷川が言った。磯村も写真を撮った。母親と妹に送るつもりなのだ。
「少尉、きみは恋人はいるのか?」
「はあ、おりますが、戦死した場合、可哀そうだから」と遠くを見ていた。
「いや、それは考えが間違っているぞ」
二人は兵舎に戻った。陸王の前で兵隊に写真を撮って貰った。風呂に入り、着替えた。食堂へ行った。
「明日、現像と印画を教える」
「大尉殿、自分は胸がワクワクしております」とビールで乾杯をした。
*
10月に近着いていた。カレンは、毎日、電信して来た。貞子と娘のミチルが手紙と青森の産物を送って来た。長谷川が八甲田の家族を想った。だが、一番近い女性は、カレンである。カレンの尽きない愛撫を想った。男の生理とはそういうものである。トトロで踊った「山のロザリア」を想った。長谷川は、この関東軍憲兵司令部を逃げて、カレンの元へ行きたかった。だが、自分は日本軍の兵隊なのだ、、
関東軍は、諜報と新兵の訓練のほか、やることが減っていた。日本軍きっての精鋭部隊、広島六師団も熊本五師団も広東へ行ってしまった。「新兵は全くどうにもならない」と軍曹や兵曹が憤慨していた。新兵の扱いが乱暴になっていく。長谷川が情報部に呼ばれた。
「ゆゆしいことが、東京で起こっている」と少佐が言った。
「ハッ、聞かせてください」
「きみたちに日本へ行って貰う。だが、東京も何日出発と決めていない。つまり、明日か、来年なのかも判らない」
その「ゆゆしきこと」を聞いた長谷川道夫が身振るいした。
「長谷川大尉、関東軍の命は君に掛かっている」
「しかし、内閣が、、」
「その通りである。60万名の関東軍のために出来ることをやってくれ」
*
長谷川と磯村が昼夜、日本から来る電信を絵図にしていた。長谷川がマルを付けた。磯村が、点と線を定規で結んだ。関係者のネームに色を付けた。赤~黄~青。そんな作業が続いていた。ときどき、陸王を借りて、走り廻り鬱憤を晴らした。10月の15日になった。憲兵隊司令部から手紙が配達された。カレンからであった。
私が最も愛するミチオへ、
私たちスターコビッツ家と親類は、あなたがこの手紙を読むときには、朝鮮半島を汽車で南に下っています。釜山から船で神戸へ行きます。神戸では、フリーメイソンが私たちの住居を提供してくれます。日本政府は、私たちユダヤにマルチ・ビザを許可しました。私たちは、日本郵船の浅間丸に乗ってサンフランシスコに行きます。全て、杉原領事さんのおかげです。ミチオが復員する日がくると信じています。私は、永遠にミチオを待っています。カレン・スター
「憲兵大尉の娘(上巻)」の終わり
09/29 | |
中国の輸出後退が停まらない |
杭州港は、中国最大の輸出港である。ご覧の通りコンテナーが山積みだ。ほんの去年まで湧きに湧いていた中国の輸出港の姿である。だが、日本も同じなのだ。アベノミクスは挫折した。東証は先行き不安で売られるばかりである。安倍首相には、アイデアがない。相変わらず、アフリカなどに日本の資産をばら撒いている。外交官であるべき人なのだ。伊勢平次郎 ルイジアナ
おしらせ
「憲兵大尉の娘(上巻)」が数日で完了します。下巻を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また、「満州を掴んだ男(全編)」をアマゾン・キンドルで再出版致しました。この第二部「得体の知れない男」に、長谷川道夫が出てきます。「憲兵大尉の娘(上巻)」が、その長谷川憲兵大尉の続編です。今週末キンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、執筆に、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(60)
(60)
(註)九八式偵察機(キ36)は立川飛行機が造った。単発機で全金属製セミモノコック構造の胴体を有し、主翼は低翼単葉で、下方視界を得るために外翼前縁に13度の後退角が付いていた。翼端失速を防ぐために翼端に捩り下げを施し、前縁に固定スロット翼を装備したが、それでも限定された状況では翼端失速特性があり、軍も注意を促していたと言われる。離着陸特性を高めるためにスプリットフラップが装備された。風防や天蓋(キャノピー)は背の高い物を装備していた他、胴体下面に大型観測窓が開けてあり視界確保に配慮していた。また、飛行場以外の不整地での離着陸や緩降下爆撃・急降下爆撃を考慮して、主脚は固定式で、かつ頑丈な物が取り付けられていた。プロペラは2翅で、二段可変ピッチであった。
「南昌作戦で海軍飛行隊二等航空兵曹であった岩田純一少尉がお連れする。岩田大尉は陸軍に招かれ、この璦琿飛行隊の教官なのである」と璦琿飛行隊基地の指令官が長谷川に語った。二等航空兵曹の意味が長谷川には分らなかった。
「一機ですか?」
「いや、姉妹機が同伴する。三機である」
その九月の朝、イワノフが初めて神経質になっていた。飛行機に乗る、、それも偵察機に乗る、、ウムムム、、「嫌だなあ」
「叔父さん、生きて帰ってヨ」と、ひとり残って電柱に登るウランが笑っていた。
偵察機は、乗員2である。長谷川が岩田少尉の後部座席に座った。横に並んだ二番機には磯村少尉が乗った。三番機に、イワノフ・ジャポチンスキーが乗っていた。イワノフが真っ直ぐ前方を見詰めていた。長谷川が写真に収めた。
岩田二等航空兵曹が機銃の点検をしていた。
「この偵察機は戦闘機ではないのです。偵察が任務だから天蓋が高い。長距離を飛ぶため燃料を多く積んでいる。主脚は固定式である。翼も視界確保のために戦闘機とは微妙に違う。つまり、空中戦にはむかない」
「はあ?ソ連機が飛んで来たら、どうなるんでありますか?」と、さすがの古年次兵である長谷川まで心配になってきた。
「わからん。ま、そのときは、一人飛び降りて貰うといいんだがね」とイワノフを見て笑った。ジャポチンスキーの睾丸が縮まっていた。ウランが「フフフ」と笑っていた。
岩田少尉が発動機を始動した。いよいよ出発だ。二番機が始動した。「飯塚の母親に手紙を出すべきだった」と磯村平助少尉が凄い爆音で滑走し始めたとき呟いた。長谷川も同じ想いであった。イワノフは縮み上がっていた。
「長谷川大尉、偵察隊が作った黒竜江の写真地図です。この黒河の向こう岸がブラベシチェンスク。その北東100キロの平原にソ連軍の飛行基地があります。磯村少尉のご質問ですが、ソ連軍の機構師団はここにはありません。ハバロフスクです」
二番機の操縦士、北上一等航空兵も同じ説明を磯村にしていた。
「地の果て、古蓮という湖沼地帯まで行きます。片道450キロであります。ソ連軍の飛行基地はこの古蓮の向こう岸であるアルザイノにあります。満州国側には、全く鎮(村落)さえもありません。極寒の地であります。チチハルでさえ、満蒙開拓団は200人に過ぎないのです」と岩田隊長が言った。
「星さえ凍る夜だった」という歌が流行ったとチチハルで聞いたことを想いだしていた。
二番機でも北上一等航空曹が説明した。「故郷の三池炭鉱も酷いところですが、懐かしくなります」と笑った。
三番機の飛行兵は練習生であった。イワノフには言わなかった。
*
ソ連軍飛行部隊は、璦琿飛行隊基地を偵察機二機が飛び立ったことを察知した。璦琿飛行隊基地でも、その電探の発信地が近いとわかったからである。中洲の大黒河島に監視スパイがいるのであろう。
「露助がわれわれを追尾することはないです。操縦性、低速安定性もよく、エンジン故障が少なく整備も容易、最大速度は速くはないが時速350キロである。7.7mm機関銃2機」と岩田隊長が「心配するな」と言いたげであった。
八式偵察機(キ36)三機が縦一文字になって、北西へ飛んだ。快晴で風もない。岩田隊長が巡航速度に落とした。二番機、三番機も、一番機にならった。アムールが見えなくなった。古蓮に向かって内陸部を飛んでいた。眼下は全くの森林である。
「あと30分で古蓮の上空に入る」と岩田隊長が無線で姉妹機に伝えた。
北に大きな湖が見えたが、アムールに狭窄部があるので膨らんでいるのである。一番機がアムールの上に出た。
「向こう岸がアルザイノ」と岩田隊長が言ったが中間線で引き返す様子がない。それどころか、ソ連領空に入った。後続機も着いて来る。長谷川が緊張した瞬間である。
「隊長、ソ連領ですが?」
「わかっております」と言ったそのとき、ブザーが鳴った。
「敵機が発進した」と僚機に伝えた。その声が、実に落ち着いている。―-どうして、落ち着いてなどいられるのか?
ソ連機が5000メートル上空に点となって現れた。4機だ。岩田隊長が高度を5000Mに上げた。
「奴らは、あれ以上高く飛べないのです。5000メートルを超えると飛行が不安定になる」
「はあ?でも、どんどん近着いてきますが?」
「ちょっと、イタズラをしよう」と言って高度を下げた。
敵機が襲いかかって来た。見ると、なんと南京で日本軍に鹵獲されたI-16ではないか。鈍臭い感じがした。だが、このロシアのロバのようなI-16が朝鮮北部と接するソ連領で張鼓峰事件を起こしたのである。
岩田機が高度を5500Mに上げた。I-16が上げようとしている。敵の一機が迂回して、三番機に襲い掛かった。練習生は逃げようと高度を下げた。あわや一巻の終わり、、そのとき、二番機の北上一等航空兵が一回転して1-16の後ろに回った。敵は気が着いていない様子である。ソ連機の機銃が火を噴いた。練習生はジグザグに逃げている。北上機の7.7M機銃が火を噴いた。敵機の尾翼が吹っ飛んだ。飛行士が落下傘で飛び降りようとパニックしているのが見えた。だが、時遅し。北上一等航空兵の機銃がまた火を噴いたのである。ソ連機は、真っ直ぐ森林に落ちて行った。やがて、森の中に火が上がった。磯村少尉が気絶した。
だが、残り三機が仇討ちとばかり、姿勢を立て直す二番機を襲った。上空から岩田機が直行した。「あっ」という間に追いついた。敵機が火を噴いた。もうもうと黒煙を残して墜落した。あとの二機が踵を返すのが見えた、イワノフがパンツに小便を垂れた、、
*
「ということでありす」と岩田が指令官に報告した。
「君たちは休息せよ」と岩田大尉の肩を叩いた。
「指令官さま、ウォッカはありますか?」とイワノフが言うと、爆笑が起きた。
~続く~
09/28 | |
中国減速、経営に響く |
◆「中国減速、経営に響く」64% 社長100人アンケート
中国経済の減速について国内主要企業の経営者の64.1%が経営にマイナスの影響を及ぼすと警戒している。日本経済新聞社が27日まとめた「社長100人アンケート」でわかった。現地での販売減や訪日客消費の減少などが懸念材料だ。日本の国内景気については足踏みしているとの見方が55.4%で過半となった。(ダイアモンド紙)
これは、日本経済がチャイナに近過ぎるからだ。日本企業のトップが何をどう判断するのか伊勢には無関係だが、日本のバブルが崩壊したときを思い起こす。そのときは、アメリカに接近し過ぎたのだ。もう忘れたのか?喉元すぎれば熱さを忘れる、、これが日本民族の大きな欠点なのである。伊勢平次郎 ルイジアナ
おしらせ
「憲兵大尉の娘(上巻)」が数日で完了します。下巻を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また、「満州を掴んだ男(全編)」をアマゾン・キンドルで再出版致しました。この第二部「得体の知れない男」に、長谷川道夫が出てきます。「憲兵大尉の娘(上巻)」が、その長谷川憲兵大尉の続編です。今週末キンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、執筆に、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(58~59)
(58)
長谷川が松花江の船着場に行くと、カレンがすでに待っていた。白いブラウス~濃紺のスカート~ヘアバンドがカーブのかかった赤毛を引き立たせていた。
「どうする船に乗る?」とミチオが恋人に訊いた。
「私、ミチオのホテルに行きたいの」
「ホテル?何もないよ」
「私がいる」とカレンがフフフと笑った。ミチオもカレンが欲しかった。
異国の恋、、戦時下の男と女、、ミチオがカレンの手を取った。カレンの手に力が入っている。ミチオが立ち止って、カレンの顔を見た。カレンが、つま先立ってミチオの唇に接吻した。
ふたりが、龍門大厦のロビーに入った。フロントへ行って、鍵を貰った。そのボックスに、もう一つの鍵があった。磯村少尉の鍵だ。つまり、外出中、、ふたりが螺旋階段を上がって行った。カレンの脚は強い。ミチオを引っぱって行った。
ミチオがドアを開けた。「まあ、景色がいいわ」とカレンが窓際に行った。戻って来るとミチオの上着を脱がせた。次に、ズボンを脱がせた。カレンが接吻しながら、ブラウス、スカート、パンテイを脱いだ。
「一ヶ月もしてないのよ」とカレンが言った。長谷川は一ヶ月が一週間に思えた。女と男の生理が違うのである。
カレンがリードした。長谷川がビックリするほど男女の位置が代わっていた。「ミチオ、ミチオ、、」と愛撫が激しくなって行く。長谷川は降参したXXXがほとばしった。「カレン」と彼女を抱きしめた。二時間が経っていた。やがて、カレンはスヤスヤと寝てしまった。
長谷川が起きると、カレンも目を覚ました。時計を見ると、三時だ。腹が減っていた。
「何か食べる?」
「ミチオを食べたい」と笑った。
*
軽食とワインが届いた。食べて、また寝た。起きると、夕陽が松花江の西に沈むのが見えた。長谷川がカレンを抱き寄せると、カレンが長谷川のXXXを握った。
「明日も会いたいけど、従兄弟の結婚式があるの」
「ぼくも会いたいが、璦琿(あいぐん)へ行く準備がある」
「どのくらい行くの」
「今度は空中偵察だから、空中戦にならない限り5日で帰る」
カレンがスカートを穿いてブラウスを着た。そしてフラットシューズを履いた。ヘアバンドで赤髪を押さえるとエンジェルに見えた。
二人がドアの前で接吻した。
「璦琿から電信頂戴」と言って出て行った。
*
日曜日の朝、窓を開けると爽やかな風が松花江の方角から部屋に入って来た。サイドカーが宣化街の角を曲がってホテルの前に着いた。ウランが磯村を送って来たのである。
「スパシーボ」
「ドシダーニャ」
「磯村君、拳闘はどうだった?」
「ウランが判定で勝った。儲かった」と笑った。
「下で飯を食おう」
「大尉殿、明日、何時に出ますか?」磯村が憲兵に戻っていた。
「朝7時に平房から迎えが来る。出発時間はわからん」
「イワノフとウランは?」
「領事さんが監督している。平房で会う」
「武器は拳銃だけでありますか?」
「いや、それも要らん。平房の憲兵隊に置いて行く」
二人は、エッグ・サンドイッチと紅茶で朝食を済ませた。
「今度の旅で重要なのは何でありますか?」
「写真だ」とハンザ・キャノンを見せた。
「素晴らしい写真機ですね」
「少尉、新京へ帰ったら写真を教える。現像も全てだ」
「写真は武器なんですね」と磯村少尉は学習能力が高かった。
(59)
時間通りに平房飛行場に着いた。まず、憲兵隊へ報告に行った。拳銃を預け、乗馬用の長靴を手に持って背嚢を背負った。下士官が敬礼をした。駐機場には、一式貨物輸送機が待っていた。イワノフとウランが乗り込むのが見えた。
「カピタン、ドブラエ・ウートラ(大尉さん、おはよう)」
「ドブラエ・ウートラ」
「大尉殿はロシア語の専門なんでありますか?」
「まあ、そんなところだ」と長谷川が笑った。
乗客はこの4人だけで、あとは貨物なのである。一式貨物輸送機は、ここ1年で川崎飛行機に改良されていた。機体が大きくなり、発動機も車輪も大きくなっていた。上海~武漢三鎮~重慶~広州へと戦線が広がっているからである。揚子江の戦場を踏んだ長谷川は日本の航空技術の目覚しい発達に眼を見張った。「やはり、全て科学技術である」と確信した。
*
一式貨物輸送機は青空の下を快適に飛んだ。北にアムールが見えた。まさに「滔々と流れるアムール河」である。中洲の大黒河島の向こうのソ連の町ブラゴベシチェンスクが大きくなっている。だが、戦車の運搬船がどこにも見えない。ソ連軍の飛行場もどこにもなかった。「これは聞いておかなければいけない」と磯村少尉に言った。磯村がメモ帳に書いた。
滑走路に風向きを知らせる吹流しがある。操縦士が車輪を出した。一式貨物輸送機は「ドカン」と璦琿飛行場に着いた。去年の9月中旬に建設中だった飛行場が見事に完成していた。歩兵連隊の兵営も大きくなっている。シートを被った装甲車が40台並んでいた。地上兵が首を切る手信号を出した。機関士が発動機を切った。真昼の12時である。蒸気車なら丸一日掛かる距離を3時間で飛んで来た。「プ~」とサイレンが鳴った。
「昼飯です」と整備兵が笑った。―平和なら鐘を鳴らすだろうと長谷川が思った。
~続く~
09/27 | |
「憲兵大尉の娘」第二部(53~57) |
おしらせ
「憲兵大尉の娘」第二部が数日で完了します。第三部を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また今週、「満州を掴んだ男」及び「憲兵大尉の娘」をキンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(53~57)
(53)
長谷川が起きた。カレンを見た。唇に静かに接吻するとカレンが眼を明けた。そして両腕を長谷川の首に巻きつけた。「ミチオ、ティル・ビシュ・ミヤ?(ユーラブ・ミー?)」
「リュビュル・ティビャ(愛してる)」とカレンを抱いた。カレンが脚を開いた。
二日目も快晴だった。朝陽が東の万佛山から昇って来た。ふたりは湖で体を洗った。長谷川がテントを畳んで次郎長の鞍の後ろに括りつけた。カレンは背嚢を石松に括りつけた。吊水湖の東を流れる川を目指して歩き出した。
「カレン、この新旗村に行ってみよう」と地図を指さした。
「何があるのかしら?」
「農村とだけ書いてある」
吊水湖から2時間、潅木の茂る山稜を下って行った。山菊が咲き乱れている。気温が低いからだろう。峡谷に村が見えた。30軒もあるだろうか。村の真ん中に道がある。横に三本の細道あるだけだ。新旗村の北口に着いた。ふたりと二頭の馬が村道を南に向かった。山羊が放し飼いになっていた。道で遊んでいたこどもたちが集まって来た。
「漢族じゃないね」
「着ているものだと、回族じゃないかしら」長谷川は回族を聞いたたことがあるが会ったことは始めてである。こどもたちの目である。ペルシア人にも見える。カレンがチョコレートを割って分け与えた。親が出てきて感謝した。何か缶に入ったものをくれた。川の浅瀬に馬を入れて水を飲ませた。
「カレン、川に沿って南西に行くと、大平村~西河屯がある。この松峰山脈の裾野を行くと平山鎮に着くんだよ。今夜は、西河屯でキャンプしよう」
カレンが長谷川をじっと見ていた。昨夜、獣のようになった、、自分は女になった。もう少女ではない、、
大平村には茶園があった。カレンがパンを取り出した。ナイフで切ると、イリヤが作った苺ジャムとバターをぬった。二つを重ねて半分に切った。--カレンは妻になっている、、自分には貞子と三人の娘がいる、、何故、男は複数の女を愛せるのか、、長谷川が科学者になっていた。貰った缶を開けると、ヨーグルトであった。
西河屯は少しだが村が大きい。平山鎮の町に近いからだろう。つまり、鉄道が繁栄の基なのである。この意味で日本は満州に貢献した。
北の山稜に雨雲が広がっていた。八甲田山を想い出した。
「カレン、テントを張ろう。雨が来る」
長谷川がブナの森の中にテントを張った。雨が浸透しないようにもうひとつのテントを上に被せた。ついで、焚き火を作った。湯を沸かした。ハルピンから持って来た焼き鴨が夕飯だ。ひと口サイズに切って串に刺した。川原で米を研いだ。チチハルの野外訓練を想い出していた。「今、飛鳥大尉は何処にいるんだろうか?」と空を見上げた。
カレンはテントの中に軍用毛布を重ねて敷いていた。道端から野菊を摘んでワインボトルにさした。--貞子と自分は同じ歳だが、この娘は自分よりも10歳も若い、、自分の未来は何なんだろう?と憲兵少尉は遠くを見る眼になっていた。
*
気温が下がっていた。長谷川が馬にも雨具をかけた。
「ミチオは馬を良く知ってるのね」
「うちは酪農業なんだよ。仔馬が毎年春生まれる」
「日本に行きたいわ。私を連れて行って」長谷川は、答えずカレンを抱きしめた。
ふたりがテントに入ると、ボタボタと大粒の雨がテントに当たった。紅茶でクッキーを食べた。毛布に入ると、ふたりは抱き合った。カレンの眼が潤んでいた。長谷川のXXXがスムースにカレンのXXXに入った。
(54)
三日目の朝が来た。大気は冷たいが晴れていた。西へ向かった。三時間で平山鎮の街の南口に入った。ちょうど一周したのである。ふたりは騎兵隊駐屯所へ行った。内藤一等兵が笑いながら出て来た。
「匪賊は出ましたか?」
「いや、狸だけだった」と大笑いになった。騎兵はそのまま、ふたりを平山鎮の駅へ連れて行った。一等兵が敬礼した。長谷川が答礼を返した。ミチオが少尉に戻っていた。カレンが石松の長い馬面を撫でた。
ハルピン駅に着いた。午後の4時になっていた。駅前でハイヤーに乗り、スターコビッツ家に帰った。イリヤとヤコブがふたりを抱きしめた。
「まあ、随分日焼けしたのね」
「ママ、湖が美しかったの。真っ裸で泳いだの」とイリヤを驚かした。
「長谷川さん、娘を有難う」とヤコブが言った。
「ミチオはとても馬を扱うのが上手なのよ」
――ミチオ?イリヤは一瞬にして全てを理解した、、
「長谷川さん、領事さんから手紙が届けられたのです」とイリヤが封筒を長谷川に渡した。何か起きた?とその場で開封した。
「飛鳥大尉が射殺された。ハイキングから戻ったら、すぐ領事館に出頭するように」と書いてあった。長谷川が左手で眼を覆うのを三人が見ていた。
長谷川は夕食中も沈黙していた。誰も話さなかった。カレンが何か言おうとすると、イリヤが唇に人さし指を当てた。
「ごちそうさま。ぼく寝ます。カレン、明日の朝、ぼくと領事館へ来てくれ」
「勿論よ。洗濯物出しておいて」これもイリヤを驚かした。なぜなら、長谷川は自分で洗っていたからである。
*
朝になった。カレンと長谷川が天龍公園からハイヤーに乗って領事館に行った。領事の執務室に入ると、「池田に夏休みをやった。ベルリンに行くと言っていた」
カレンが「ほっと」した顔になった。
「飛鳥大尉に何が起きたのですか?」
領事の話しはこうであった、、
――二週間前、飛鳥大尉は上海から福岡に飛んだ~そのまま、奈良の実家へ墓参りに帰った~5日間休養して小倉へ行った~憲兵として竜神組の組長である神田川と面会した~神田川は危険を感じ取った~飛鳥大尉を暗殺するように子分に命じた。
「銃撃を受けたのでありますか?」
「きみは小倉に土地勘はあるの?」
「いいえ、ありません。行ったこともありません」
「うむ、飛鳥大尉はチチハルの戦闘で戦死された上官のお墓参りに門司へ行った。駅前で、花~線香~お供えする饅頭を買っていた。そこへ走って来たふたりの男に撃たれた」
カレンが泣いていた。長谷川がハンカチをカレンに上げた。領事がそれを見ていた。
「竜神組がやったという証拠はありますか?」
「ない。だが、神田川は上海の杜月笙と兄弟なのだ。妹が第三婦人になっている」
長谷川があの弁髪の太った支那人を想いだしていた。
「領事さん、私は上官を失ったのです。私の任務はどうなるのですか?」と言うと、カレンの目が大きくなった。
「新京の憲兵隊情報部に戻ってくれ。私は外務官僚。君に指図は出来ない。ただし、時々、ハルピンに来てくれ給え。露探の活動が活発になっている」
カレンがまた、「ほっと」していた。
「領事さん、池田の何が判ったのか話してください」
「池田は、移動式電信機を持っている。オットーというネームを使っている。どこに打電しているのか判らないが想像が着く。内容はハルピンの日本事情だ。人物~活動~移動などだ」
「すると、領事館の中は筒抜けですか?」
「武官の活動を除けばね」と領事が言ったとき、長谷川がカレンの顔を見た。
「いつ、新京へ出発すればいいのでありますか?」
「まだ決めていない。8月だ。その期間は領事館へ来てくれ」
カレンと長谷川がカレンの教室に戻った。カレンが「ミチオ、あなたは、これが必要よ」と暗号解読文を恋人に手渡した。
解読文を読んだ長谷川が顎に拳を当てて考えていた。――池田をどうするか?と、、
*
山中武官が、カレンと長谷川を聖ソフィア教会の広場で降ろした。
「私たち一家は、ハルピンにいられない気がするの」
「どうして?」
「パパが館を売りたいって言うの」
「何処へ行くの?」
「私たちユダヤには行くところなんてないの。ヨーロッパのユダヤ人は、北アフリカ~キューバ~アルゼンチン~上海へ行ったのよ。何をしてでも生き残らなければならないから」
ふたりが、ロシアン・テイールームに入って行った。カレンがコーヒーを二杯頼んでから、アップルパイを注文した。
壁を背に長椅子に座ると、カレンが長谷川の手を握った。そして、「ミチオ、アイ・ラブ・ユー」と英語で言った。
「カレン、アイ・ラブ・ユー。僕の愛しいひと」と長谷川が言った。隣の老夫婦の目が丸くなった。
(55)
「この池田の電信だけど、どうやってインターセプトしたの?」長谷川は、カレンの教室にいた。
「池田の電信機はロシア製なの。特別な雑音が入るから判るのよ。それに、池田の行動範囲を把握してるから」
「この発信地だけど、キタイスカヤ大街だね。池田はそこに住んでいる?」
「いいえ、ハルピンの豪華なアパートに住んでいるのよ」
「どうやって、キタイスカヤ大街に行ってるのかな?」
「仲間よ。写真があるわ」と長谷川に見せた。そこには池田とスラブ人の男が写っていた。特高が撮ったのである。
「この男は、セルゲイというユーゴスラビア人なのよ」
「でも、カレンやスターコビッツ家は出てこないね」
「多分、私たちなんかどうでもいいのよ」
「何が諜報の目的なんだろうか?」
「領事館爆破だろうって、領事さんが仰っている」とカレンが震えた。カレンを抱きしめた。長谷川がミチオに戻っていた。
「カレン、塔道斯(トトロ)へ行く?」長谷川はイワノフに会えるんじゃないかと思っていた。
「わ~い」
山中武官は若く明るい人柄だった。「塔道斯(トトロ)に連れてって」とカレンが言うと、「僕も一緒でいいですか?」と長谷川に訊いた。「勿論ですよ」と長谷川が笑った。
塔道斯(トトロ)に入ると、「こっちこっち」というイワノフの声がした。ウランもいる。
「もう注文してあるヨ」とみんなを驚かした。ロシアの休日とかで、特別な料理が出た。
「どうして、われわれが領事館を出て塔道斯(トトロ)に来るってわかったの?」と山中武官が訊いた。
「杉原領事さんは、ボクの上司ですよ」と笑った。――杉原領事も隅に置けないな~何をどこまで知っておられるのだろうか?と長谷川が思った。
「イワノフ、明日、ウランと領事館へ来てくれんか?」
「わかってます」と大男が笑った。
*
八月のベルリンは日中は27度が平均で~夜間は14度まで下がる快適な気温である。買い物袋を提げたオットー池田がブランデンブルグ門を東へ歩いていた。2ブロック先のフリードリッヒ大王通りを左折した。シュプレー川の北岸にある自分のアパートに向かっている。杜鴎外記念館がある洒落た地域である。オットーをふたりの男が30メートル離れて尾行していた。ふたりとも、ポケットに片手を入れてサングラスをかけている。オットーがビルの玄関の鍵を開けて入った。男の一人が簡単に鍵を開けた。スパイのプロだからだ。エレベーターの前にオットーが立っていた。旧式だが自動のエレベーターである。三人が降りて来たエレベーターに入った。オットーが三階を押した。だが、ふたりの男はどこも押さない。オットーが不思議に思って振り返った。その瞬間、一人の男が鉄のワイヤをオットーの首にかけた。
フロアで中年の婦人がエレベーターのボタンを押していた。上の表示を見ると、八階までランプが点いていた。ようやく、ドアが開いた。婦人が悲鳴を上げた。オットーが天井からぶら下がっていたのである。
*
「オットー池田がベルリンで殺されたよ」と領事が長谷川に言った。長谷川は黙っていた。
「領事さん、カレンには言わないでください」
「勿論だよ」
そこへイワノフとウランが入って来た。
「イワノフ、これからスター家の警備をお願いする」と領事が最も信頼出来る部下に頼んだ。
「死んでも、ぼくらが守ります」とイワノフが、珍しく真剣な顔になっていた。それが、長谷川の用件でもあった。
「カレンには、池田はクビにしたと言う。喜ぶだろう」
「少尉、武漢作戦は拡大したようだ。これを私は最も恐れていたのだ。ここから先は誰にも判らないんだ。多くの若者が死ぬことは明らかだ」
沈黙が続いた。
「イワノフ、長谷川少尉は新京に戻る。だが、ソ連は満州に必ず侵攻する。そのときは、長谷川少尉に戻ってきて貰う。情報分析ほど重要なものはないからだ」
*
長谷川とカレンが、松花江のほとりを歩いていた。チャムスへ行く河舟が下って行った。
「明日の朝、新京へ発つ」
「私も行きたい」とカレンが咽(むせ)んだ。長谷川がカレンを抱いた。カレンが唇を求めた。
(56)
長谷川が平房飛行場から新京に飛んだ。南新京飛行場に憲兵が運転するセダンが待っていた。関東軍司令部に着いた。植田謙吉司令官に挨拶に行った。
「きみが長谷川憲兵情報少尉なんだね?杉原さんから話を聞いた。飛鳥大尉は実に残念だ。きみがハルピンから飛んでいるうちに、張鼓峰事件が起きた。今も、戦闘中である。実質、ソ連と日本の戦争である」と上田指令官が説明した。
――張鼓峰は満州国領が日本国朝鮮とソ連領の間に食い込んだ部分にある標高150メートルの丘陵である。西方には豆満江が南流している。当時、この付近の国境線について、ソ連側と満州国つまり日本側の間に認識の相違があった。ソ連側は、清国とロシア帝国との間で結ばれた北京条約なるものに基づき、国境線は張鼓峰頂上を通過していると考えていた。一方、日本側は張鼓峰頂上一帯は満洲領であるとの見解を持っており、ソ連側の国境線の標識は改竄されたものだと考えていた。いずれにしても、この方面の防衛を担当していた朝鮮軍第19師団は、国境不確定地帯として張鼓峰頂上に兵力を配置していなかったのだ。このように、国境は常に紛争の種となる。
長谷川が関東軍司令部の横の憲兵司令部に入った。指令官に新京憲兵情報司令部着任を報告した。
「ごくろうさんだったな。飛鳥大尉は、貴重な人だった。きみは上官を失った。だが、本日を以って、きみは、二階級昇進して、関東軍憲兵情報部大尉となる」と襟章と任官状を手渡した。長谷川が驚いた。
「指令官官殿、私には、部下がおりませんが」
「明日、その人選をする。しばらく自由にしろ」と長谷川の肩に手を置いた。
長谷川に、将校宿舎の個室が与えられた。早速、風呂に入り、将校食堂へ行った。―-戦争さえなければ、軍隊というのは楽だなあと思った。比べて、百姓は楽じゃない、、死んだほうが楽だと思うことがある、、部屋に帰って、ガリ版刷りの戦況概略を読んだ。憲兵情報部は戦況の全容を把握していた。わからないことがあった。それは、日本政府の頭の中である。政治記事は読まないことにした。何も信じられないからである。
*
三人の憲兵将校が長谷川の前に立っていた。山本~磯村~三田、、どれも、25歳の少尉である。夫々が短く軍歴を述べた。長谷川が磯村少尉に興味を持った。その理由は、磯村が小倉出身だからである。
「磯村平助少尉、前へ出ろ」と少佐が言った。「貴様は、小銃の成績が良い。だが戦場に行ったことがないな。長谷川大尉、どう思うのか?」
「私が訓練します」
「それでは決まった」
少佐と兵曹長が出て行った。ふたりだけになった。
「きみは体格がいいが、何で鍛えた?」
「炭鉱のモッコ担ぎです」
「小倉育ちだが、親兄弟もかね?」
「いえ、父は亡くなり、母と妹が三池炭鉱のある飯塚に住んでいます」
「憲兵情報部に抜擢された理由は何かね?」
「自分は電気工事士の夜学を卒業しました」
「ははあ、分るなあ。全て電気だからね」
「外国語は?」
「苦手であります」と笑った。
「盗聴は習ったのか?」
「そればかりであります」
「明日から、練兵場へ行って新兵と一緒に体力をつけよう」
「願ってもないことであります」
長谷川はこの磯村平助が好きになった。ことばに忌憚がないからである。
朝起きると飯を食い、ふたりは練兵場へ行って二時間、新兵とともに訓練に励んだ。みるみる腕も脚も太くなった。二時間、新聞や戦況概略を読んだ。昼飯を食うと一時間昼寝をした。午後は射撃場に行った。トラック部隊へ行って運転を習った。ときどき、内務班へ行って調理を手伝った。内務班の給食兵が憲兵将校に失礼がないかと恐縮した。だが、よく笑うふたりの憲兵士官にすぐ打ち解けた。この料理体験は後日、役に立った。
新京へ来てから貞子の手紙がよく届いた。ミチルが大きくなっている。二番目の娘はおっとりした性格だと。かれこれ、一歳になる「ミチエ」は大きな子だ。
カレンから毎日、電報が来た。「池田がいなくなってから平和が続いている」「ウランが、また拳闘で勝ったのよ。私も儲かった」などと憲兵本部が知れば叱られる内容であった。必ず、最後に「アイ・ラブ・ユー」とこれも暗号だったが、、
*
9月に入った。興安大路に銀杏の枯れ葉が落ちるようになった。磯村と食堂で昼飯を食べていると、少佐が入って来た。長谷川のテーブルに向かって歩いて来た。長谷川と磯村が箸を置いて立ち上がった。敬礼をした。
「明日の朝、ハルピンへ飛べ」と命じた。長谷川はカレンに会えると胸が鳴ったが、、
「何か起きたのでありますか?」
「ノモンハンで戦闘が始まる動きがある。戦闘が始まればわが陸軍は苦戦する。ソ連の電信が増えている。暗号解読が必要なのだ」
あのハイラルに飛鳥と行った日を想い出していた。「この国境紛争は遠方だけにソ連の戦車部隊が有利なのだ」と飛鳥が言ったのを憶えていた。――南は重慶~北はモンゴルの国境、、「う~む」と長谷川大尉が唸った。
「磯村少尉、すぐに用意をしよう。乗馬は出来るのか?」と少尉の眼を覗いた。
「馬には触ったこともありません」
「長靴は騎兵連隊から貰ってやる」
*
磯村が新式の盗聴装置を持って貨物機に乗り込んだ。双発の九七式輸送機キ34は軽々と離陸した。昼下がりに平房飛行場に着陸した。憲兵が領事館へ送ってくれた。廊下を歩いて行くとカレンが驚いた。たちまち涙が目に溢れた。長谷川がカレンの手を取るのを磯村少尉が見ていた。
「大尉に昇級したんだね」と杉原領事が敬礼をして笑った。
「ハ、これは磯村平助少尉であります。私の右腕であります」
「随分、体格がいいね」
「ハ、恐縮であります」
「ノモンハンの話しをせんといかんが、明日にしよう。宿泊はどうなってる?」
「南崗区の龍門大厦に必要なだけ逗留します」
これを聞いたカレンが――うちから歩いて行ける距離だわと喜んだ。カレンはミチオと二人きりになりたかった。
(57)
「磯村少尉、部屋の電話を使ってはいけない」
「承知しております」
「何処かへ連絡が必要なときは、僕が英語ですることになっている。新京は全て暗号電信だ。これも僕がする」
「きみは酒を飲むか?」
「大好きでもないけど、嫌いじゃないです」
「バーで飲んではならない」
「はあ、自分は酒場が嫌いですから」
長谷川が飲み物リストを少尉に投げた。磯村がビール~焼き豚~枝豆~榨菜を選んだ。長谷川が電話を取った。上海で憶えた広東語が流暢になっていた。
*
領事館に行くとイワノフが領事と話していた。「ソ連の極東軍がノモンハンをしゃべっている。だが、機甲部隊の動きはない」とイワノフ。「来るとすれば来年の夏だろう。スターリンは対独戦で苦戦している。だが、暗号解読を止めるわけには行かない」と領事。
「イワノフ、璦琿(あいぐん)へ行って電信柱に登ってくれ。ハルピンの露探をリストしてくれ」
「私も璦琿にやってください」と長谷川が言った。カレンが、「自分は何故、日本の軍人と恋をしたのだろう?」と男女が結び合うことの不思議を想った。
「うむ、それでは、輸送機を出して貰おう。何時出発する?」
「璦琿へ行くには準備が要ります。まず、領事館で暗号解読をします」
「今日は金曜日です。月曜日に出ましょう」とイワノフが言った。みんな賛成した。
磯村がイワノフと話したいと言ったので、長谷川はカレンの教室に行った。カレンが後ろ手でドアを閉めた。
「ミチオ、明日、二人きりになれる?」
「うん、イワノフが磯村君をハルピンめぐりに連れて行くらしい。夜は例の拳闘の試合だって言ってる。遅くなるからキタイスカヤの自分のアジトへ泊めるって言ってた」
「明日10時、松北大道大橋の船着場に来て」とカレンが長谷川の眼を見た。
~続く~
「憲兵大尉の娘」第二部が数日で完了します。第三部を書くためにご寄付をお願いします。お一人さま、1000円で宜しいのです。また今週、「満州を掴んだ男」及び「憲兵大尉の娘」をキンドルで出版致します。集英社は、一年も待たして、未だに決定がありません。伊勢爺はこの「満州本」が完成すると、二年が経ったことになります。Mephist先生が「必ず本になるべきだ」と応援してくださっている。その温かいお気持ちが、老骨、伊勢を生かしてくれる。伊勢平次郎
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(53~57)
(53)
長谷川が起きた。カレンを見た。唇に静かに接吻するとカレンが眼を明けた。そして両腕を長谷川の首に巻きつけた。「ミチオ、ティル・ビシュ・ミヤ?(ユーラブ・ミー?)」
「リュビュル・ティビャ(愛してる)」とカレンを抱いた。カレンが脚を開いた。
二日目も快晴だった。朝陽が東の万佛山から昇って来た。ふたりは湖で体を洗った。長谷川がテントを畳んで次郎長の鞍の後ろに括りつけた。カレンは背嚢を石松に括りつけた。吊水湖の東を流れる川を目指して歩き出した。
「カレン、この新旗村に行ってみよう」と地図を指さした。
「何があるのかしら?」
「農村とだけ書いてある」
吊水湖から2時間、潅木の茂る山稜を下って行った。山菊が咲き乱れている。気温が低いからだろう。峡谷に村が見えた。30軒もあるだろうか。村の真ん中に道がある。横に三本の細道あるだけだ。新旗村の北口に着いた。ふたりと二頭の馬が村道を南に向かった。山羊が放し飼いになっていた。道で遊んでいたこどもたちが集まって来た。
「漢族じゃないね」
「着ているものだと、回族じゃないかしら」長谷川は回族を聞いたたことがあるが会ったことは始めてである。こどもたちの目である。ペルシア人にも見える。カレンがチョコレートを割って分け与えた。親が出てきて感謝した。何か缶に入ったものをくれた。川の浅瀬に馬を入れて水を飲ませた。
「カレン、川に沿って南西に行くと、大平村~西河屯がある。この松峰山脈の裾野を行くと平山鎮に着くんだよ。今夜は、西河屯でキャンプしよう」
カレンが長谷川をじっと見ていた。昨夜、獣のようになった、、自分は女になった。もう少女ではない、、
大平村には茶園があった。カレンがパンを取り出した。ナイフで切ると、イリヤが作った苺ジャムとバターをぬった。二つを重ねて半分に切った。--カレンは妻になっている、、自分には貞子と三人の娘がいる、、何故、男は複数の女を愛せるのか、、長谷川が科学者になっていた。貰った缶を開けると、ヨーグルトであった。
西河屯は少しだが村が大きい。平山鎮の町に近いからだろう。つまり、鉄道が繁栄の基なのである。この意味で日本は満州に貢献した。
北の山稜に雨雲が広がっていた。八甲田山を想い出した。
「カレン、テントを張ろう。雨が来る」
長谷川がブナの森の中にテントを張った。雨が浸透しないようにもうひとつのテントを上に被せた。ついで、焚き火を作った。湯を沸かした。ハルピンから持って来た焼き鴨が夕飯だ。ひと口サイズに切って串に刺した。川原で米を研いだ。チチハルの野外訓練を想い出していた。「今、飛鳥大尉は何処にいるんだろうか?」と空を見上げた。
カレンはテントの中に軍用毛布を重ねて敷いていた。道端から野菊を摘んでワインボトルにさした。--貞子と自分は同じ歳だが、この娘は自分よりも10歳も若い、、自分の未来は何なんだろう?と憲兵少尉は遠くを見る眼になっていた。
*
気温が下がっていた。長谷川が馬にも雨具をかけた。
「ミチオは馬を良く知ってるのね」
「うちは酪農業なんだよ。仔馬が毎年春生まれる」
「日本に行きたいわ。私を連れて行って」長谷川は、答えずカレンを抱きしめた。
ふたりがテントに入ると、ボタボタと大粒の雨がテントに当たった。紅茶でクッキーを食べた。毛布に入ると、ふたりは抱き合った。カレンの眼が潤んでいた。長谷川のXXXがスムースにカレンのXXXに入った。
(54)
三日目の朝が来た。大気は冷たいが晴れていた。西へ向かった。三時間で平山鎮の街の南口に入った。ちょうど一周したのである。ふたりは騎兵隊駐屯所へ行った。内藤一等兵が笑いながら出て来た。
「匪賊は出ましたか?」
「いや、狸だけだった」と大笑いになった。騎兵はそのまま、ふたりを平山鎮の駅へ連れて行った。一等兵が敬礼した。長谷川が答礼を返した。ミチオが少尉に戻っていた。カレンが石松の長い馬面を撫でた。
ハルピン駅に着いた。午後の4時になっていた。駅前でハイヤーに乗り、スターコビッツ家に帰った。イリヤとヤコブがふたりを抱きしめた。
「まあ、随分日焼けしたのね」
「ママ、湖が美しかったの。真っ裸で泳いだの」とイリヤを驚かした。
「長谷川さん、娘を有難う」とヤコブが言った。
「ミチオはとても馬を扱うのが上手なのよ」
――ミチオ?イリヤは一瞬にして全てを理解した、、
「長谷川さん、領事さんから手紙が届けられたのです」とイリヤが封筒を長谷川に渡した。何か起きた?とその場で開封した。
「飛鳥大尉が射殺された。ハイキングから戻ったら、すぐ領事館に出頭するように」と書いてあった。長谷川が左手で眼を覆うのを三人が見ていた。
長谷川は夕食中も沈黙していた。誰も話さなかった。カレンが何か言おうとすると、イリヤが唇に人さし指を当てた。
「ごちそうさま。ぼく寝ます。カレン、明日の朝、ぼくと領事館へ来てくれ」
「勿論よ。洗濯物出しておいて」これもイリヤを驚かした。なぜなら、長谷川は自分で洗っていたからである。
*
朝になった。カレンと長谷川が天龍公園からハイヤーに乗って領事館に行った。領事の執務室に入ると、「池田に夏休みをやった。ベルリンに行くと言っていた」
カレンが「ほっと」した顔になった。
「飛鳥大尉に何が起きたのですか?」
領事の話しはこうであった、、
――二週間前、飛鳥大尉は上海から福岡に飛んだ~そのまま、奈良の実家へ墓参りに帰った~5日間休養して小倉へ行った~憲兵として竜神組の組長である神田川と面会した~神田川は危険を感じ取った~飛鳥大尉を暗殺するように子分に命じた。
「銃撃を受けたのでありますか?」
「きみは小倉に土地勘はあるの?」
「いいえ、ありません。行ったこともありません」
「うむ、飛鳥大尉はチチハルの戦闘で戦死された上官のお墓参りに門司へ行った。駅前で、花~線香~お供えする饅頭を買っていた。そこへ走って来たふたりの男に撃たれた」
カレンが泣いていた。長谷川がハンカチをカレンに上げた。領事がそれを見ていた。
「竜神組がやったという証拠はありますか?」
「ない。だが、神田川は上海の杜月笙と兄弟なのだ。妹が第三婦人になっている」
長谷川があの弁髪の太った支那人を想いだしていた。
「領事さん、私は上官を失ったのです。私の任務はどうなるのですか?」と言うと、カレンの目が大きくなった。
「新京の憲兵隊情報部に戻ってくれ。私は外務官僚。君に指図は出来ない。ただし、時々、ハルピンに来てくれ給え。露探の活動が活発になっている」
カレンがまた、「ほっと」していた。
「領事さん、池田の何が判ったのか話してください」
「池田は、移動式電信機を持っている。オットーというネームを使っている。どこに打電しているのか判らないが想像が着く。内容はハルピンの日本事情だ。人物~活動~移動などだ」
「すると、領事館の中は筒抜けですか?」
「武官の活動を除けばね」と領事が言ったとき、長谷川がカレンの顔を見た。
「いつ、新京へ出発すればいいのでありますか?」
「まだ決めていない。8月だ。その期間は領事館へ来てくれ」
カレンと長谷川がカレンの教室に戻った。カレンが「ミチオ、あなたは、これが必要よ」と暗号解読文を恋人に手渡した。
解読文を読んだ長谷川が顎に拳を当てて考えていた。――池田をどうするか?と、、
*
山中武官が、カレンと長谷川を聖ソフィア教会の広場で降ろした。
「私たち一家は、ハルピンにいられない気がするの」
「どうして?」
「パパが館を売りたいって言うの」
「何処へ行くの?」
「私たちユダヤには行くところなんてないの。ヨーロッパのユダヤ人は、北アフリカ~キューバ~アルゼンチン~上海へ行ったのよ。何をしてでも生き残らなければならないから」
ふたりが、ロシアン・テイールームに入って行った。カレンがコーヒーを二杯頼んでから、アップルパイを注文した。
壁を背に長椅子に座ると、カレンが長谷川の手を握った。そして、「ミチオ、アイ・ラブ・ユー」と英語で言った。
「カレン、アイ・ラブ・ユー。僕の愛しいひと」と長谷川が言った。隣の老夫婦の目が丸くなった。
(55)
「この池田の電信だけど、どうやってインターセプトしたの?」長谷川は、カレンの教室にいた。
「池田の電信機はロシア製なの。特別な雑音が入るから判るのよ。それに、池田の行動範囲を把握してるから」
「この発信地だけど、キタイスカヤ大街だね。池田はそこに住んでいる?」
「いいえ、ハルピンの豪華なアパートに住んでいるのよ」
「どうやって、キタイスカヤ大街に行ってるのかな?」
「仲間よ。写真があるわ」と長谷川に見せた。そこには池田とスラブ人の男が写っていた。特高が撮ったのである。
「この男は、セルゲイというユーゴスラビア人なのよ」
「でも、カレンやスターコビッツ家は出てこないね」
「多分、私たちなんかどうでもいいのよ」
「何が諜報の目的なんだろうか?」
「領事館爆破だろうって、領事さんが仰っている」とカレンが震えた。カレンを抱きしめた。長谷川がミチオに戻っていた。
「カレン、塔道斯(トトロ)へ行く?」長谷川はイワノフに会えるんじゃないかと思っていた。
「わ~い」
山中武官は若く明るい人柄だった。「塔道斯(トトロ)に連れてって」とカレンが言うと、「僕も一緒でいいですか?」と長谷川に訊いた。「勿論ですよ」と長谷川が笑った。
塔道斯(トトロ)に入ると、「こっちこっち」というイワノフの声がした。ウランもいる。
「もう注文してあるヨ」とみんなを驚かした。ロシアの休日とかで、特別な料理が出た。
「どうして、われわれが領事館を出て塔道斯(トトロ)に来るってわかったの?」と山中武官が訊いた。
「杉原領事さんは、ボクの上司ですよ」と笑った。――杉原領事も隅に置けないな~何をどこまで知っておられるのだろうか?と長谷川が思った。
「イワノフ、明日、ウランと領事館へ来てくれんか?」
「わかってます」と大男が笑った。
*
八月のベルリンは日中は27度が平均で~夜間は14度まで下がる快適な気温である。買い物袋を提げたオットー池田がブランデンブルグ門を東へ歩いていた。2ブロック先のフリードリッヒ大王通りを左折した。シュプレー川の北岸にある自分のアパートに向かっている。杜鴎外記念館がある洒落た地域である。オットーをふたりの男が30メートル離れて尾行していた。ふたりとも、ポケットに片手を入れてサングラスをかけている。オットーがビルの玄関の鍵を開けて入った。男の一人が簡単に鍵を開けた。スパイのプロだからだ。エレベーターの前にオットーが立っていた。旧式だが自動のエレベーターである。三人が降りて来たエレベーターに入った。オットーが三階を押した。だが、ふたりの男はどこも押さない。オットーが不思議に思って振り返った。その瞬間、一人の男が鉄のワイヤをオットーの首にかけた。
フロアで中年の婦人がエレベーターのボタンを押していた。上の表示を見ると、八階までランプが点いていた。ようやく、ドアが開いた。婦人が悲鳴を上げた。オットーが天井からぶら下がっていたのである。
*
「オットー池田がベルリンで殺されたよ」と領事が長谷川に言った。長谷川は黙っていた。
「領事さん、カレンには言わないでください」
「勿論だよ」
そこへイワノフとウランが入って来た。
「イワノフ、これからスター家の警備をお願いする」と領事が最も信頼出来る部下に頼んだ。
「死んでも、ぼくらが守ります」とイワノフが、珍しく真剣な顔になっていた。それが、長谷川の用件でもあった。
「カレンには、池田はクビにしたと言う。喜ぶだろう」
「少尉、武漢作戦は拡大したようだ。これを私は最も恐れていたのだ。ここから先は誰にも判らないんだ。多くの若者が死ぬことは明らかだ」
沈黙が続いた。
「イワノフ、長谷川少尉は新京に戻る。だが、ソ連は満州に必ず侵攻する。そのときは、長谷川少尉に戻ってきて貰う。情報分析ほど重要なものはないからだ」
*
長谷川とカレンが、松花江のほとりを歩いていた。チャムスへ行く河舟が下って行った。
「明日の朝、新京へ発つ」
「私も行きたい」とカレンが咽(むせ)んだ。長谷川がカレンを抱いた。カレンが唇を求めた。
(56)
長谷川が平房飛行場から新京に飛んだ。南新京飛行場に憲兵が運転するセダンが待っていた。関東軍司令部に着いた。植田謙吉司令官に挨拶に行った。
「きみが長谷川憲兵情報少尉なんだね?杉原さんから話を聞いた。飛鳥大尉は実に残念だ。きみがハルピンから飛んでいるうちに、張鼓峰事件が起きた。今も、戦闘中である。実質、ソ連と日本の戦争である」と上田指令官が説明した。
――張鼓峰は満州国領が日本国朝鮮とソ連領の間に食い込んだ部分にある標高150メートルの丘陵である。西方には豆満江が南流している。当時、この付近の国境線について、ソ連側と満州国つまり日本側の間に認識の相違があった。ソ連側は、清国とロシア帝国との間で結ばれた北京条約なるものに基づき、国境線は張鼓峰頂上を通過していると考えていた。一方、日本側は張鼓峰頂上一帯は満洲領であるとの見解を持っており、ソ連側の国境線の標識は改竄されたものだと考えていた。いずれにしても、この方面の防衛を担当していた朝鮮軍第19師団は、国境不確定地帯として張鼓峰頂上に兵力を配置していなかったのだ。このように、国境は常に紛争の種となる。
長谷川が関東軍司令部の横の憲兵司令部に入った。指令官に新京憲兵情報司令部着任を報告した。
「ごくろうさんだったな。飛鳥大尉は、貴重な人だった。きみは上官を失った。だが、本日を以って、きみは、二階級昇進して、関東軍憲兵情報部大尉となる」と襟章と任官状を手渡した。長谷川が驚いた。
「指令官官殿、私には、部下がおりませんが」
「明日、その人選をする。しばらく自由にしろ」と長谷川の肩に手を置いた。
長谷川に、将校宿舎の個室が与えられた。早速、風呂に入り、将校食堂へ行った。―-戦争さえなければ、軍隊というのは楽だなあと思った。比べて、百姓は楽じゃない、、死んだほうが楽だと思うことがある、、部屋に帰って、ガリ版刷りの戦況概略を読んだ。憲兵情報部は戦況の全容を把握していた。わからないことがあった。それは、日本政府の頭の中である。政治記事は読まないことにした。何も信じられないからである。
*
三人の憲兵将校が長谷川の前に立っていた。山本~磯村~三田、、どれも、25歳の少尉である。夫々が短く軍歴を述べた。長谷川が磯村少尉に興味を持った。その理由は、磯村が小倉出身だからである。
「磯村平助少尉、前へ出ろ」と少佐が言った。「貴様は、小銃の成績が良い。だが戦場に行ったことがないな。長谷川大尉、どう思うのか?」
「私が訓練します」
「それでは決まった」
少佐と兵曹長が出て行った。ふたりだけになった。
「きみは体格がいいが、何で鍛えた?」
「炭鉱のモッコ担ぎです」
「小倉育ちだが、親兄弟もかね?」
「いえ、父は亡くなり、母と妹が三池炭鉱のある飯塚に住んでいます」
「憲兵情報部に抜擢された理由は何かね?」
「自分は電気工事士の夜学を卒業しました」
「ははあ、分るなあ。全て電気だからね」
「外国語は?」
「苦手であります」と笑った。
「盗聴は習ったのか?」
「そればかりであります」
「明日から、練兵場へ行って新兵と一緒に体力をつけよう」
「願ってもないことであります」
長谷川はこの磯村平助が好きになった。ことばに忌憚がないからである。
朝起きると飯を食い、ふたりは練兵場へ行って二時間、新兵とともに訓練に励んだ。みるみる腕も脚も太くなった。二時間、新聞や戦況概略を読んだ。昼飯を食うと一時間昼寝をした。午後は射撃場に行った。トラック部隊へ行って運転を習った。ときどき、内務班へ行って調理を手伝った。内務班の給食兵が憲兵将校に失礼がないかと恐縮した。だが、よく笑うふたりの憲兵士官にすぐ打ち解けた。この料理体験は後日、役に立った。
新京へ来てから貞子の手紙がよく届いた。ミチルが大きくなっている。二番目の娘はおっとりした性格だと。かれこれ、一歳になる「ミチエ」は大きな子だ。
カレンから毎日、電報が来た。「池田がいなくなってから平和が続いている」「ウランが、また拳闘で勝ったのよ。私も儲かった」などと憲兵本部が知れば叱られる内容であった。必ず、最後に「アイ・ラブ・ユー」とこれも暗号だったが、、
*
9月に入った。興安大路に銀杏の枯れ葉が落ちるようになった。磯村と食堂で昼飯を食べていると、少佐が入って来た。長谷川のテーブルに向かって歩いて来た。長谷川と磯村が箸を置いて立ち上がった。敬礼をした。
「明日の朝、ハルピンへ飛べ」と命じた。長谷川はカレンに会えると胸が鳴ったが、、
「何か起きたのでありますか?」
「ノモンハンで戦闘が始まる動きがある。戦闘が始まればわが陸軍は苦戦する。ソ連の電信が増えている。暗号解読が必要なのだ」
あのハイラルに飛鳥と行った日を想い出していた。「この国境紛争は遠方だけにソ連の戦車部隊が有利なのだ」と飛鳥が言ったのを憶えていた。――南は重慶~北はモンゴルの国境、、「う~む」と長谷川大尉が唸った。
「磯村少尉、すぐに用意をしよう。乗馬は出来るのか?」と少尉の眼を覗いた。
「馬には触ったこともありません」
「長靴は騎兵連隊から貰ってやる」
*
磯村が新式の盗聴装置を持って貨物機に乗り込んだ。双発の九七式輸送機キ34は軽々と離陸した。昼下がりに平房飛行場に着陸した。憲兵が領事館へ送ってくれた。廊下を歩いて行くとカレンが驚いた。たちまち涙が目に溢れた。長谷川がカレンの手を取るのを磯村少尉が見ていた。
「大尉に昇級したんだね」と杉原領事が敬礼をして笑った。
「ハ、これは磯村平助少尉であります。私の右腕であります」
「随分、体格がいいね」
「ハ、恐縮であります」
「ノモンハンの話しをせんといかんが、明日にしよう。宿泊はどうなってる?」
「南崗区の龍門大厦に必要なだけ逗留します」
これを聞いたカレンが――うちから歩いて行ける距離だわと喜んだ。カレンはミチオと二人きりになりたかった。
(57)
「磯村少尉、部屋の電話を使ってはいけない」
「承知しております」
「何処かへ連絡が必要なときは、僕が英語ですることになっている。新京は全て暗号電信だ。これも僕がする」
「きみは酒を飲むか?」
「大好きでもないけど、嫌いじゃないです」
「バーで飲んではならない」
「はあ、自分は酒場が嫌いですから」
長谷川が飲み物リストを少尉に投げた。磯村がビール~焼き豚~枝豆~榨菜を選んだ。長谷川が電話を取った。上海で憶えた広東語が流暢になっていた。
*
領事館に行くとイワノフが領事と話していた。「ソ連の極東軍がノモンハンをしゃべっている。だが、機甲部隊の動きはない」とイワノフ。「来るとすれば来年の夏だろう。スターリンは対独戦で苦戦している。だが、暗号解読を止めるわけには行かない」と領事。
「イワノフ、璦琿(あいぐん)へ行って電信柱に登ってくれ。ハルピンの露探をリストしてくれ」
「私も璦琿にやってください」と長谷川が言った。カレンが、「自分は何故、日本の軍人と恋をしたのだろう?」と男女が結び合うことの不思議を想った。
「うむ、それでは、輸送機を出して貰おう。何時出発する?」
「璦琿へ行くには準備が要ります。まず、領事館で暗号解読をします」
「今日は金曜日です。月曜日に出ましょう」とイワノフが言った。みんな賛成した。
磯村がイワノフと話したいと言ったので、長谷川はカレンの教室に行った。カレンが後ろ手でドアを閉めた。
「ミチオ、明日、二人きりになれる?」
「うん、イワノフが磯村君をハルピンめぐりに連れて行くらしい。夜は例の拳闘の試合だって言ってる。遅くなるからキタイスカヤの自分のアジトへ泊めるって言ってた」
「明日10時、松北大道大橋の船着場に来て」とカレンが長谷川の眼を見た。
~続く~
09/26 | |
米経済の司令塔 |
ジャネット・イエレン(69)のことだ。女傑であり可憐である。昨日、NY市場の終了後、イエレンが演説した。9・17に明確な方針を言わなかったために、5日間、市場が荒れた。イエレンは「今年中に利息を上げる~緩やかに上げていく」と明言した。演説の途中、一分間沈黙した。話し出したが、声が弱かった。演説のあと、演壇に医者が駆け上がった。脱水症状で入院した。それほど、ストレスが堪っていた。ジャネットが居なければ、オバマは為す術を知らない。次に、アシュトン・カーター国防長官は重要だ。そして、ジャック・ルウ財務長官である。この三人がアメリカの司令塔なのである。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(52)
(52)
「カレン、東支鉄道の牡丹江行きに乗って平山鎮へ行く。そこで馬を借りる」
「平山鎮って、何処にあるの?」
飛鳥が軍用地図をテーブルに広げた。
「70キロ南東にある。人口2万人と書いてあるから小さい集落じゃないね」
イリアとヤコブが心配そうに横で見ていた。訊いたことがあるが行ったことがないからである。
「馬は何処で借りるの?」
「山岳騎兵隊の駐屯所がある。平房の指令官が手配された」と言うと、ヤコブがほっとしたように吐息をついた。
「平山鎮から何処へ行くの?」
「40キロ北に吊水湖っていう滝がある。山道を上って行くけど、4時間で行けると騎兵が言っている」
「泊まる処はあるの?」とイリヤが訊いた。
「マダム・イリヤ、あるけど、テントを持って行きます」
「それじゃ、用意しよう」とカレンが立ち上がった。
長谷川が飛鳥大尉の背嚢を持って来た。カレンとイリヤが床一杯に持って行くモノを並べた。ブーツ~靴下~帽子~毛布~水筒~夏用のジャケット~パンティ~タオル~チョコレート~キャンデイ~胃腸薬~風邪薬、、
長谷川は部屋に戻った。背嚢に、トカレフ~ハンザ・キャノンを最初に入れた。
「朝、何時に起きる?」とカレンが開いたままのドアから顔を出した。
「発車時刻が十時だからね。山中武官が9時に来る」と言うと、カレンが、とんとんとスキップを踏んで台所へ行った。「幸せなんだな」と長谷川が呟いた。
*
起きると、カーテンの隙間から朝陽が射し込んでいた。
「おはよう」とカレンが長谷川に言った。カレンはすでに乗馬ズボンに着替えていた。上は白いブラウスである。小柄で勝気のユダヤ娘はトム・ボーイなのである。長谷川も乗馬ズボンを穿いた。上は登山シャツなのだ。
簡単な朝食を摂った。玄関に足音が聞こえた。山中武官である。
「用意は出来ましたか?」と笑っていた。
「まだなのよ。朝食をどうぞ」とイリヤが武官を手招いた。
カレン~イリヤ~ヤコブ~長谷川が玄関に出た。そこで記念写真を撮った。山中武官が背嚢をダットサンの後部のトランクに積んだ。
ハルピンの駅で平山鎮往復券を買った。「乗馬ですか?」と改札口の駅員が訊いた。
「どのくらいの時間で着きますか?」とカレン。
「ローカルなんで、2時間30分かかります」
「平山鎮には店はあるのですか?」と長谷川がショッピングリストを見て訊いた。
「農村ですが、駅前には、なんでもありますよ」
汽車は川沿いに走った。松花江の支流である。家鴨の一家が泳いでいるのを見て、カレンがはしゃいだ。長谷川がハンザ・キャノンをカレンに手渡した。
「撮り方、教えて」
長谷川が手を取って教えた。すぐに覚えた。そして、長谷川をじっと見た。白いブラウスに突起が見えた。長谷川が目を逸らした。
ハルピンを出てから、トーモロコシ畑が続いている。「あのネギに見える野菜はニンニクだろうか?」
「私、ニンニクが嫌いなの」
「そんなことを言ったら、中華料理は食べられないよ」
「違うのよ、中国人はニンニクを生で食べるから」
「ピロシキは、ニンニクが入っているの?」
「ママは好きなのよ。クニッシっていうコロッケもね」
ハルピンの南東は田園である。ここが松花江の西北と違うのである。ハルピンのマーケットを潤す肥沃な土地である。
平山鎮に着いた。長谷川が大荷物を担いだ。カレンは「ここ汚い」「ここダメ」と中華料理店を通り過ぎた。ついに、「平山鎮酒家」という看板のある中華料理店に入った。メニューを見ると、北方包子~牛のモンゴル焼き~麺入り鳥のスープである。
「私、餃子だけでいいわ」
「ニンニク入ってるよ」と長谷川が笑った。長谷川も豚肉饅頭にした。古老肉をテイクアウトした。店を出て、スーパーに入った。米~小麦粉~油~トイレットペーパー~紹興酒を買った。
「さてと、山岳騎兵隊の駐屯所はどこかな?」と言うと、「自分は騎兵ですが」と騎兵服の男が日本語で言った。
「ああ、あなたが長谷川憲兵少尉なんですね?馬を連れて来ました」と言ってから、外に出た。馬に荷物を積んでくれた。実に馬に慣れている。
「駐屯所は何処にあるんですか?」
「駐屯所と言っても、騎兵は5人なのです。農家の納屋を借りているだけなのです。このあたりは匪賊が出ませんから」と内藤と名乗った騎兵が言って、北の峰を指さした。
「あの峰の麓が吊水湖なんです。山紫水明、、美しいところですよ。少尉殿の馬は次郎長~お嬢さんのは石松です。それでは、楽しんでください」と十字路で別れた。
馬格の好いシベリア馬は、ロシア草原馬とアラビア種の混血なのである。首を上下に振って坂道を登って行く。カレンを見ると全く問題がない。ハンザ・キャノンが気にいったのか、パチパチ撮っている。「一時間で馬を休ませてくれ」と騎兵が言っていた。
頂上に展望台があった。岩水が湧いている。長谷川が馬から降りた。カレンも降りて、次郎長と石松を水飲み場に牽いて行った。石松が凄い量の水を飲んだ。長谷川が水筒に水を詰めていた。馬を潅木に繋いで、突き出た岩に登った。カレンを岩の上に引き上げた。カレンがすぐに抱き着いて来た。上に反って鼻腔が見える鼻が可愛い。長谷川の顔を見上げて、フフフと笑った。「幸せがいっぱい」という顔である。
長谷川がカレンに双眼鏡を渡した。「まあ、大きな滝が見えるわ。大きな湖なのね」
「細い川が南へ流れている。これが、このあたりを森林にしている。森林は、長春や奉天にはないんだ。長江でも、水利の良いところには鎮(集落)が出来ていた」
「長江のお話し、後で聞かせてね」
この松峰三鎮という山塊は700メートル級の低山群である。中国大陸には高峰はない。インド国境のカシミール高原かキリギスタンの南にある天山山脈ぐらいである。この地形は日本軍などに一気に攻め込まれるとトドメなく押し切られる。温暖だから、寒冷なロシアよりも攻めやすいのである。それが理由で、中国人は常に外敵を恐れているのである。
下りは速かった。滝が見えた。長谷川が腕時計をみると、5時かっきりである。陽はまだ高い。湖畔に着いた。人影が全くない。天地にふたりだけである。夏だのに、コスモスが咲き乱れている。長谷川がテントを張った。カレンを見てビックリした。カレンが乗馬ズボンを脱いでブルマ一枚になっている。それも取ってブラウスも脱いだ。長谷川を振り返ってにっこりと笑った。ダビンチのビーナス像のように美しい。
カレンが湖に飛び込んだ。「まあ、冷たい」と笑った。そして、長谷川を手招いたのである。長谷川がズボンを脱いだ。越中も外した。湖に走って行って、飛び込んだ。湖底は砂地だが意外に深い。そしてカレンの立っているところまで抜き手を切った。ビーナスが腕を長谷川の首に回した、、ユダヤ娘は下腹部をしっかりと男のXXに押し付けた、、男は下腹部が充血してXXXXのを感じた。
「あっ」とカレンが言った。そして男の唇を求めた。次に、長谷川を突き放すと笑った。ふたりが沖に向かって泳いだ。
岸に上がると、裸のままで焚き木を集めた。浅い穴を掘って石で囲んだ。長谷川がカレンのXXXを始めて見た。カレンは毛深かった。もの凄い色気である。また、下腹部が熱くなって来た。カレンがXXXXが空を向いているのをじっと見ていた。男の手を取って、テントの中に入った。ふたりは野獣になった。男がXXXを吸った。女が両足の膝を曲げて立てた、、男を引き寄せてXXXX。長谷川がカレンのXXXに入った。「ああ」とXXにカレンが息を吐いた。若い野獣たちはXXXを変えて何度もXXした。
「ミチオ・ハセガワ」「カレン・スターコビッチ」と呼び合った。やがて、カレンがミチオの胸の中で眠りに落ちた。石松が嘶いた、、
真夜中に長谷川が起きた。カレンに毛布をかけて、テントの外へ出た。大気が冷えている。運動ズボンを穿いて、ウインブレーカーを着た。焚き木に火を着けて薬缶を石の上に置いた。ついで、飯盒を架けて食用油と胡椒を入れた。「ジュウ」と音がして香ばしい匂いがあたりに満ちた。
カレンが起きて来た。ブルマの上にハンティングを着ていた。テイクアウトした酢排骨を持って来た。古老肉(酢豚)のことである。
「パンにする?」と長谷川が訊いた。
「何でもいいの、ミチオが好きなものなら」長谷川がミチオになった瞬間であった。
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/25 | |
自然衰退する日本 |
これが、USのブルームバーグ経済紙の安倍首相である。「新しい矢を声高々に演説したが、その到達の期限は述べなかった」と書いている。つまり「自信がない」と受け取られたのである。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(50~51)
(50)
長谷川が英国租界へ行った。領事館員の津村という女性が着いている。ふたりがハロッズに入って行った。長谷川にハロッズを勧めたのは領事である。領事が「髭を剃れ」とアドバイスした。
「何に興味がありますか?」と店員が挨拶をした。
「ダブルのスーツを見せてください」と津村が英語で店員に言った。どれも高価なものだ。何しろ、エジンバラ公が贔屓なのだから。女性の指さした濃紺のスーツをハンガーから外すと、「これがエジンバラ公のお気に入りなんです」とカネはあるのか?という顔をした。
「これがいい」と長谷川が言うと、「それでは寸法を測らせて頂きます」と店員が巻尺をポケットから取り出した。
胸~腕~腰~腰から足のくるぶし、、「肩、腕、腿ががよく発達されている。テーラーが必要です」と言った。津村が注文して、前金を日本円で払った。「やはり日本人か」と長谷川の顔を見ていた。それほど、長谷川は、ロシア騎兵の将校に似ていた。
次に向かいの「ワシントン」という靴屋に入った。津村が黒い革靴を選んだ。次に、帽子の老舗に入った。やはりアメリカ製の黒いソフトを買った。
長谷川が人力車に乗って海関大楼に戻って来た。飛鳥がいなかったがメモが机の上にあった。「玉仏禅寺へ行く。夕方帰るからフランス料理を食おう」
飛鳥が坊さん姿で戻って来た。シャワーを浴びて背広とネクタイに着替えた。ふたりは階下のフランス料理店に入った。
「俺は明日の昼に福岡に飛ぶ。しばらく日本で仕事がある」と長谷川を驚かした。
「はあ、自分の任務はなんでありますか?」
「明日の夜、サロン・キテイへ行って、上海の顔役と会って来てくれ。これは君にしか出来ない。阿片のルートだ。上海のギャングは欧米の政府に保護されている。兵器の仲介をしてる。日本兵がその兵器で死ぬ」
「自分も上海に留まれませんが」
「上海の闇のキングらのリストが出来たら、ハルピンへ帰り給え。飛行機は上海領事が手配している」
*
飛鳥がベルボーイに「記念写真を一枚撮ってくれ」と頼んだ。そして、ふたりは肩を組んでポーズを取った。
「お客さま、笑ってください。ハーイ」とボーイが言って、オリンパスのシャッターを切った。
飛鳥大尉がトランクを持って出て行った。長谷川は心が空になるのを覚えた。部屋に戻って、貞子に手紙を書いた。小樽の埠頭を離れててから、10ヶ月半が立っている。一人になった。いかに、飛鳥の存在が大きかったか、、
夕方、ハロッズからスーツが届いた。ネクタイ、広い手袋、ハンカチまで入っていた。
ベッドスタンドの電話が鳴った。「迎えが来ている」とベルボーイが言った。ロンドン仕立てのダブルを着て鏡の前に立った。自分でも驚くほど紳士に見えた。それも闇の紳士である。トンプソンを構える格好をしてみた。まるで、シカゴのイタリアン・マフィアなのだ。表情を練習した。これも、フランク・ニテイそのものである。「にやり」と口を歪めてひとさし指を立てた。「拒否」のジェスチャーである。
「ほう」とふたりの武官が感心していた。武官たちもヤクザ風なのであった。黒いスーツ~グレーのソフト~白い靴、、
「みなさん、よくお似合いですね」とボーイが黒いフォードのドアを開けた。拳銃は持って来なかった。セダンが南京路へ向かった。上海青竜江迎賓館に着いた。青竜の刺青のある支那人のヤクザがふたり立っていた。ドアを開けると長谷川が降りた。大男のヤクザが長谷川のか体をまさぐった。そして、ロビーに招いた。武官たちも同じように探られた。
ロビーを通って宴会用のボールルームに入った。シャンデリアの下に楕円形の豪華な円卓がある。スーツに飾りの白いハンカチを胸のポケットに入れた英国人の男が二人~カウボーイハットの赤ら顔のアメリカ人がひとり~支那服を着た中国人が三人立ち上がった。
「欢迎、欢迎(ようこそ)鯨神さん」と一斉に言った。これには、わけがあった。領事館が長谷川は広島の新興ヤクザ鯨神一家の組長に似ている。それに化けることに決めたのだ。若親分の鯨神辰夫は上海に来ていた。だが、子分ごと特高警察に拘束されて牢屋にいたのである。
「你好。我感谢你」と長谷川が挨拶をした。叩頭はしなかった。後ろの武官たちは叩頭した。
「若親分に乾杯」と太った親分が言った。黄金栄だと判った。横に弁髪の杜月笙がいた。黄金栄、杜月笙、張嘯林の三人の顔役は上海では有名であった。
「張嘯林さんは?」と長谷川が訊いた。
「張嘯林親分は都合が悪くて来れない」と杜月笙が答えた。長谷川が天井のシャンデリアを見上げた。
上海は法規制が緩く、阿片窟~売春宿~カジノなどの商売が繁盛していた。法治社会よりも裏社会が築かれていった。上海ギャング青幇の親分格である黄金栄~杜月笙~張嘯林の三人は裏の世界の顔役になっていた。青幇はおおっぴらに売春宿や阿片窟を営み、阿片の流通を支配した。さらに、行政に裏から手を回していたため、これらの行為が取り締まれることもなかった。この土台が更に国内外の犯罪者などを呼び寄せた。娯楽が豊富にあったために「この街を一度訪れたい」と思うような魅力を作り出していた。成功した者は黄浦江のバンドに現代的な建物を立て、最新の消費文明を享受した。豊かになるに従ってさらに多くの外国人が訪れるようになったのである。流入したのは外国人だけではなく、地方から多くの中国人も仕事を求めて流入し始めた。安い中国人労働力を求めて、黄浦江の東岸には多くの工場が建てられた。多くの人によって産み出された莫大な富は上海に摩天楼を築き上げた。ということは、この闇の帝王たちは上海に貢献したとなるのである。「暗黒外」とか「魔都」と呼ばれる由来である。
宴会が終わると、サイコロ賭博が始まった。「明日、それでは」と長谷川が上がった。黄金栄が不思議な顔をした。だが、「では、明日、商談をしましょう」と言って腕を広げた。だが、長谷川は見て見ぬふりをした。
「ああ、記念写真を撮りましょう」と想い出したように言った。そして円卓に再び座った。写真屋が「ボ~ン」とフラッシュを焚いた。この写真屋は領事館が手配したものであった。フォードの扉を閉めた。北の上海駅の方角に走った。
「尾行されている」と武官が言った。「駅前で停めろ」と長谷川が言った。セダンを降りて、駅へ行くふりをした。そして何か忘れたように戻って来た。セダンに乗ると、トカレフを引き抜いた。「ユーターンしてくれ」と運転手の武官に言った。黒いダッジが暗闇に停まっていた。三人乗っていた。長谷川がその運転手に向かってトカレフを発射した。運転手がハンドルに、うつぶせになった。のこりのふたりが逃げだした。ふたりの武官がフォードを飛び出して南部を撃った。上海のヤクザがひっくり返った。野次馬が集まって来た。その中には警官までいた、、長谷川がハンザ・キャノンで死んだ三人を撮っていた。武官がアクセルを踏んだ、、三十分後、海関大楼のドライブウエーに停まった。ベルボーイが飛んで来た。「乾杯しなおそう」と長谷川が言った。バーへ行った、、
*
長谷川道夫の乗った一式輸送機が上海浦東陸軍飛行場を飛び立った。朝から、ニョキニョキと東シナ海の上空に入道雲が立っている。七月なのである。
帰りも、やはり大連の周水子飛行場に降りた。カレンに電報を打った。海軍士官が乗り込んで来た。長谷川を見て敬礼をした。長谷川も答礼をした。
「上海はどうでしたか?」と隣に座った海軍中尉が訊いた。
「上海は不思議な街です。闇の世界が支配しているのですが、表では平和で楽しいのです。貧民街があるが、支那人は意外に明るいのです。これは希望があるからです」と中尉を驚かした。
「危険な目には会われなかった?」
「はあ、恐れている暇がなかったのであります」
「われわれは新京で降ります」
一式輸送機こと、ロッキードI-16は、ゴロゴロと快適に飛んだ。長谷川が飛鳥大尉を想った。「日本に帰れば安全だ」と思った。
新京駅と関東軍司令部の城が見えた。今度は陸軍士官が乗り込んで来た。どれも若い。古年次士官ではない。武漢三鎮や徐州会戦に出て行った第五師団と第六師団の穴埋めだろう。まだ戦場の洗礼を受けていない者たちだ。どおりで、よく喋る。遠足気分なのである。
上海を飛び立ってから、8時間が経っていた。「ガタン」とロッキードが脚を出した。夕陽が西に沈んで行く。ハルピン平房飛行場に着陸した。
(51)
ハルピンに帰ったその夜は、平房の憲兵隊将校宿舎に泊まった。カレンにもその
ように電報を打ってあった。
「長谷川少尉殿、ご苦労様であります。兵隊食堂で食事をしてください」と曹長が敬礼した。
「有難う。少し疲れたので、軽く食べて寝る」と笑った。
「今夜のおかずは秋刀魚であります」
「明日朝、指令官殿に会いたいんだが」
「食堂に居られますよ」
食堂に入っていくと司令官が立ち上がった。
「長谷川少尉、ご苦労であった。飛鳥大尉が日本に帰られたと聞いた」
「は、ご無事だと思います」
「報告は明日朝9時に司令官室へ来てくれ」
「は、沢山ありますので、よろしくお願いします」と言ってから足を揃えた。敬礼をして、自分のテーブルに着いた。給仕兵がビールを持って来た。
「秋刀魚を二尾くれんか?」新鮮な塩焼き秋刀魚が運ばれて来た。初茸の味噌汁~白菜の漬物~たくあんまでが懐かしかった。
*
指令官に報告をすると、「う~む」と唸った。
「飛鳥大尉は度胸があるな。そのようには見えないが」
花火を持ち込んだ話をすると、指令官が笑った。
「それに愛嬌もある。ストリッパーはどうしたのかね?」
「逃げました」
「もう上海に行かんでもええ」
「指令官殿、上海は不思議なところです」
「すこし休んでくれ。杉原領事もそう仰っている」
「乗馬に行こうと思っています」
「騎兵隊にいい馬を出せと言っておく」
一等憲兵がダットサンを運転して南崗区に戻った。天龍公園で降りた。ジュラニウムの花が咲き誇っていた。湿気が凄い。スターコビッツ家の館に着いた。ドアのベルを鳴らすと、カレンがドアを開けた。みるみる涙が頬を濡らした。母親のイリヤが娘を見ていた。「まあ、この娘(こ)ったら」と微笑んだ。長谷川がイリヤを抱きしめた。
居間にヤコブが居た。クラシックを聴いている。ヤコブは立ち上がって、長谷川を抱きしめた。そして、「飛鳥さんは?」と訊いた。
「飛鳥さんから預かった」と言って、清朝の花瓶を取り出した。
「まあ、なんと美しいこと」とイリアが花瓶を抱きしめた。
長谷川も、カレンに翡翠の首飾りと耳飾りのセットをプレゼントした。カレンが長谷川に抱き着いた。また涙がこぼれた。「ママ、今、すぐ着けてもいい?」と甘えた。
「さあ、カレン、親戚を呼んでくれ」とヤコブが言った。「今日、長谷川さんが帰ってくるというので、仔牛を煮込んだのよ。フランケンっていうの」とイリヤ。「パンは私が焼いたの」とカレン。
親戚一同がワインを持って来た。カレンの翡翠を見て口々に賞賛していた。長谷川が、衣服を換えたいと部屋に入った。カレンが長谷川のワイシャツを持って入って来た。ドアを後ろ手で閉めた。そして、長谷川の首に腕を巻き付けた。長谷川がカレンの赤い唇に接吻をした。
*
朝が明けた。紅茶の臭いが漂っている。
「私、教室があるの、午後には帰って来るわ」とカレンが新聞を読んでいる長谷川に紅茶とクッキーを持って来た。
「その生徒だけど、何か変わったことはある?」
「う~ん、表情が読めないの。とても、つまらない人なの」
「領事さんは何か言ってる?」
「何も仰らないけど、こないだ恐い顔してたわ」
午後になってカレンが帰って来た。
「明日朝、一緒に領事館に来てください」って領事さんが仰った。
「報告がある」
「イワノフから何か言ってこないの?」
「言って来たわ。それも領事さんから聞いて頂戴」
長谷川がハバロフスクに行ったジャポチンスキーとウランを想った。
「長江の日本軍はどうしてるの?」
「難しい質問だね」
「何処まで行くのかしら?」とカレンの目が遠くを見る目になっていた。
「飛鳥大尉がビルマロードを閉鎖するだろうって言ってた」
「飛鳥大尉はここへ戻って来るの?」
「満州の防衛に大事な人だからね」
*
カレンと長谷川が天龍公園に歩いて行った。
「特高はまだ向かいの家にいるの?」
「いいえ、この頃、見ないわ」
「露探はカレンに用がないんだ。それはね、カレンの生徒が領事館内にいるからだよ」
武官のダットサンが時間通りにやって来た。
「少尉殿、お久しぶりです」と敬礼をした。
領事館に入ると、カレンは教室に行った。長谷川は領事の執務室に入った。
「やあ、元気かね?」
「おかげさまで病気もしません」と報告をし始めた。
「上海領事館の報告で知っているが、重慶まで進軍した」
「日本軍はたいへん元気です。だが、30万の兵と機甲部隊の兵站が気になります。上海から1200キロですから」
「どこかで引き返すのが良いのだが」
「領事さん、ジャポチンスキーは何処に居るのですか?」
「ここ一ヶ月、連絡がないので心配している」
「あの池田という学生は問題ないのですか?」
「ある。飛鳥大尉が戻るのを待つ考えだ」
「少尉、君とカレンに休暇を出す。一週間だがね」
カレンと長谷川が天龍公園でダットサンを降りた。
「ねえ、カレン、ロシア料理食べる?」
「私、あの塔道斯(トトロ)って、お店が好きなの」
「ふたりが個室に入った。いつもの気の好い親父がカレンの好きなワインを覚えていた。カレンが長谷川に接吻をした。そのとき、「もしもし」とイワノフの声が聞こえた。ウランも居る。ふたりとも笑っていた。そして「ドカッ」と座った。イワノフが機関銃のように料理を注文し始めた。ウランはビールを舐めていた。
「もう、雰囲気をぶっ壊されたわ」とカレンがむくれた。長谷川が噴き出した。
「ハバロフスクはどうなったの?」
「危なくなったので逃げて来た。電信も打てなかったヨ」
「ドイツがスターリングラードに攻め込んだ。当分、満州はダイジョーブヨ」
「私たち、明日から、乗馬の旅に行くの。着いてきちゃダメよ」
「へえ、どうして?」とイワノフが笑っていた。
「もう、嫌な奴」とカレンまで笑っていた。
「ミス・スター、その翡翠、誰から貰ったの?」とまた笑った。
「もうやめなさい」と長谷川がイワノフに言った。すると、イワノフが歌い出した。
赤いサラファン ぬうてみても
たのしいあの日は 帰えりゃせぬ
たとえ若い娘じゃとて
何でその日がながかろう
燃えるような そのほほも
今にごらん いろあせる
その時きっと 思いあたる
笑ろたりしないで母さんの
言っとく言葉をよくおきき
とは言えサラファン ぬうていると
お前といっしょに若がえる
この体重200キロの巨人は、なかなか良い声をしていた。飛鳥大尉も、、自分は鳴かないカナリア、、ただの物理学者、、
料理を平らげると、イワノフが「オーチン・ハラショー」と立ち上がった。
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/24 | |
サンフランシスコのチャイナタウンに慰安婦像? |
サンフランシスコの中韓抗日活動につき
明らかに現在の日本人を「敵」としている。一方では、安倍晋三は中韓を「敵」としていない。それは孤高の精神なのか?孤高で勝てるのか?それとも貿易のほうが優先なのか?この曖昧さは、安倍晋三の性格が弱い証拠である。安保法制でも説明が足りない。先祖の墓に報告した?それでは、こどもではないか。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(49)
(49)
陸戦隊と歩兵連隊を乗せた輸送船のひとつが漢陽の岸に着いた。タラップを降ろして陸戦隊が続々と岸へ飛び降りて行った。そのとき「ヒュルヒュル」と朝の空気を裂く音がした。迫撃砲だ。続いて6発落ちて来た。
「伏せろ」と小隊長が叫んだ。兵隊には当たらず輸送船の甲板に落ちた。8名の歩兵が悲鳴を上げる暇もなく倒れた。「栗」の側面から98式機関砲が鳴り出した。九八式二十粍高射機関砲 ホキ砲は、日本陸軍が1938年(昭和13年)に採用した対空機関砲なのだが自走砲にも、沿岸砲艦にも搭載された。
陸戦隊が迫撃砲を三機、地面に据えた。砲身が長く大型の流弾を発射出来る。
「仰角45度~射程600メートル、400メートル、300メートル、、撃て」
敵の迫撃砲が黙った。死んだか逃げたか、、
「大尉殿、敵は誰なんですか?」
「共産軍だろう。武漢三鎮には、国民軍よりも共産軍が多い」
やはり共産軍だった。兵装が貧しいので判るのである。4人の共産兵が倒れていた。ひとりだけ生きている。両膝から下がない。日本兵をみて驚愕した。軍曹が「目を瞑れ」と言うと、額を撃ち抜いた。
共産軍が使った迫撃砲は第一次大戦のロシア製であった。
「持って帰りますか?」と一等兵が拳銃をケースに入れていた軍曹に訊いていた。
「いや、いらん」と笑った。
ちなみに、迫撃砲は英国のサー・ウイルフレッド・ストークスが考案したのが始めてだが、第一次大戦で始めて使われた。第一次大戦は兵器が一段と高度になったことで戦争そのものが凄惨となった。迫撃砲の特徴は軽便なことである。ストークは手榴弾を大きくすると効果があると考えたのである。だが、6ポンドもある手榴弾を投げれる巨人などいない。そこで、臼状の筒を作った。筒には螺旋がなく、底に撃芯の突起があるだけである。砲弾には尾翼が着いている。放物線を描いて飛んで行く。
「原始的とも言えるが、迫撃戦では迫撃砲ほど役に立つものはない。日本は迫撃砲の先進国なんだ」と出雲の砲手が長谷川に言った。長谷川が始めて兵器の科学に目覚めたのだ。―-自分は科学者である。それも平和目的の物理学である。しかるに人を殺す兵器とは?と呆然としていた。
「少尉、あまり思い悩むな。生き残れ」と飛鳥が言った。
「降りますか?」
「いや、やめとく」
ふたりは船室に帰った。飛鳥が「話しがある」と言った。
「明日朝、物資を降ろした輸送船で長江を下る。上海に戻る」
「上海でまだ何か?」
「うむ、ある」
「どのくらいの期間でありますか?」
「二、三日だ」
*
ふたりを乗せた艀(はしけ)が黄浦江の埠頭に着いた。領事館の武官が待っていた。三人は領事館に歩いて行った。会議室に入ると、髭の海軍少佐が待っていた。
「飛鳥大尉、あなたは青幇(ちんばん)に狙われている。青幇は秘密結社なのだ。張嘯林が面子を潰されたと子分に飛鳥暗殺を命じたのだ」
「日本陸軍の憲兵将校を暗殺ですか?」と長谷川が訊いた。
「そうだ。奴らは上海のギャングなんだ」
「その張嘯林ですが、何処におるんですか?」と飛鳥が訊いた。
「南京路にいる」
「はあ、図々しいんですな?」
「恐いもの知らずさ。何しろ、英米も、小刀団も張嘯林を利用しているからね」
飛鳥が考えていた。
「歩兵を一斑出して頂けないでしょうか?」
「出来ん。英米の特殊情報員と撃ち合う」
「わかりました」
*
「少尉、俺に命を預けてくれ」と飛鳥が長谷川に乞うていた。
「勿論です。私は大尉殿に助けて貰った人間です」
「今夜、話す。生きるか死ぬかだ」
長谷川もついに慣れた。「生きるか死ぬかだ。それだけだ」と、、
「大尉殿、でもどうしてあなたと判ったのしょうか?」
「蛇口菜館のホテルのフロントだよ。俺たちが憲兵姿で出て行ったのを張嘯林に通報したわけさ。それに俺たちは尾行されていた。尾行者は張嘯林に情報を売っただろう。南原竜蔵は張嘯林の子分なのだよ。その虎の子の子分が殺された」
「日本人が支那人の子分に?」
「ヤクザの世界に民族など関係がない。君のことは、わからなかったようだ」
その夜、ふたりは南京路の安宿に泊まった。翌日の夕方、海軍陸戦隊から花火が届いた。飛鳥が箱から取り出してテープで束にした。ふたりはスカートのような支那服に着替えた。人力車二台に乗って、珍宝楼に向かった。珍宝楼は城のような巨大なホテルなのである。一階に中華料理店がある。回転ドアである。
珍宝楼のななめ向かいのストリップ劇場に入ってストリップを見た。最後のショウが終わった。飛鳥がストリッパーに銀貨を投げた。「隣で飯を食うか?」と言うと「嬉しい」と6人も着いて来た。ストリーッパーたちに花火の入った買い物袋を持ってもらった。「コレナーニ?」と踊り子は騒いでいた。
8人が円卓に着いた。ストリッパーたちは勝ってにどんどん注文した。ワンタンスープ~鶏の足~焼き鴨~酢豚~五目チャーハン、、太ったウェイターがニコニコ笑っている。宴会が終わった。
「老板(親分)はいるか?」と飛鳥が訊いた。
「張嘯林老板にお会い出来るか?」と再び訊いた。ウエイターの表情が変わった。黙って、カネと皿を取ると奥へ行った。
「どこかにおるな」
「いますね」と長谷川が言うと、円卓の下に置いた一番大きい花火の導火線に赤燐マッチで火を点けた。急いで回転ドアを出た。「ど~ん」と凄い音がした。花火が次々と炸裂した。
「「鍵屋ぁ〜!」「玉屋ぁ〜!」」と飛鳥が笑っていた。南京路に野次馬がうようよと集まって観ていた。ふたりは北へ歩いた。振り返ると珍宝楼に火の手が上がっていた、、
「少尉、張嘯林は間違いなく復讐するわな」と笑っていた。
「今夜は南京路は危ないのじゃないですかね?」
「その通りだ。フロントにトランクは預けてある。受け取ってからフランス租界へ行こう。ふたりは化粧室へ行って背広に替えた。ハイヤーを頼んだ。
「東洋のパリだよ」
右手に寺が見える。「玉仏禅寺という」と飛鳥が天台坊主に戻っていた。
フランス租界は自由が基本なのだ、下町を通った。茶館、妓館、アヘン窟が集中している。
香港の大富豪ジャーデイン・マチソン一家が持つビルと横浜正金銀行が並んでいた。キャセイ・ホテルへ向かっていた。だが、ハイヤーは、海関大楼のドライブウエーに停まった。フランスのロワール地方にある「ジュノンソー城」のようである。
「ここへ泊まるんでありますか?」
「二日泊まる。これが上海の最後の宿だ」と長谷川を驚かした。
~続く~
明らかに現在の日本人を「敵」としている。一方では、安倍晋三は中韓を「敵」としていない。それは孤高の精神なのか?孤高で勝てるのか?それとも貿易のほうが優先なのか?この曖昧さは、安倍晋三の性格が弱い証拠である。安保法制でも説明が足りない。先祖の墓に報告した?それでは、こどもではないか。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(49)
(49)
陸戦隊と歩兵連隊を乗せた輸送船のひとつが漢陽の岸に着いた。タラップを降ろして陸戦隊が続々と岸へ飛び降りて行った。そのとき「ヒュルヒュル」と朝の空気を裂く音がした。迫撃砲だ。続いて6発落ちて来た。
「伏せろ」と小隊長が叫んだ。兵隊には当たらず輸送船の甲板に落ちた。8名の歩兵が悲鳴を上げる暇もなく倒れた。「栗」の側面から98式機関砲が鳴り出した。九八式二十粍高射機関砲 ホキ砲は、日本陸軍が1938年(昭和13年)に採用した対空機関砲なのだが自走砲にも、沿岸砲艦にも搭載された。
陸戦隊が迫撃砲を三機、地面に据えた。砲身が長く大型の流弾を発射出来る。
「仰角45度~射程600メートル、400メートル、300メートル、、撃て」
敵の迫撃砲が黙った。死んだか逃げたか、、
「大尉殿、敵は誰なんですか?」
「共産軍だろう。武漢三鎮には、国民軍よりも共産軍が多い」
やはり共産軍だった。兵装が貧しいので判るのである。4人の共産兵が倒れていた。ひとりだけ生きている。両膝から下がない。日本兵をみて驚愕した。軍曹が「目を瞑れ」と言うと、額を撃ち抜いた。
共産軍が使った迫撃砲は第一次大戦のロシア製であった。
「持って帰りますか?」と一等兵が拳銃をケースに入れていた軍曹に訊いていた。
「いや、いらん」と笑った。
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「原始的とも言えるが、迫撃戦では迫撃砲ほど役に立つものはない。日本は迫撃砲の先進国なんだ」と出雲の砲手が長谷川に言った。長谷川が始めて兵器の科学に目覚めたのだ。―-自分は科学者である。それも平和目的の物理学である。しかるに人を殺す兵器とは?と呆然としていた。
「少尉、あまり思い悩むな。生き残れ」と飛鳥が言った。
「降りますか?」
「いや、やめとく」
ふたりは船室に帰った。飛鳥が「話しがある」と言った。
「明日朝、物資を降ろした輸送船で長江を下る。上海に戻る」
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「うむ、ある」
「どのくらいの期間でありますか?」
「二、三日だ」
*
ふたりを乗せた艀(はしけ)が黄浦江の埠頭に着いた。領事館の武官が待っていた。三人は領事館に歩いて行った。会議室に入ると、髭の海軍少佐が待っていた。
「飛鳥大尉、あなたは青幇(ちんばん)に狙われている。青幇は秘密結社なのだ。張嘯林が面子を潰されたと子分に飛鳥暗殺を命じたのだ」
「日本陸軍の憲兵将校を暗殺ですか?」と長谷川が訊いた。
「そうだ。奴らは上海のギャングなんだ」
「その張嘯林ですが、何処におるんですか?」と飛鳥が訊いた。
「南京路にいる」
「はあ、図々しいんですな?」
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飛鳥が考えていた。
「歩兵を一斑出して頂けないでしょうか?」
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「わかりました」
*
「少尉、俺に命を預けてくれ」と飛鳥が長谷川に乞うていた。
「勿論です。私は大尉殿に助けて貰った人間です」
「今夜、話す。生きるか死ぬかだ」
長谷川もついに慣れた。「生きるか死ぬかだ。それだけだ」と、、
「大尉殿、でもどうしてあなたと判ったのしょうか?」
「蛇口菜館のホテルのフロントだよ。俺たちが憲兵姿で出て行ったのを張嘯林に通報したわけさ。それに俺たちは尾行されていた。尾行者は張嘯林に情報を売っただろう。南原竜蔵は張嘯林の子分なのだよ。その虎の子の子分が殺された」
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「ヤクザの世界に民族など関係がない。君のことは、わからなかったようだ」
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8人が円卓に着いた。ストリッパーたちは勝ってにどんどん注文した。ワンタンスープ~鶏の足~焼き鴨~酢豚~五目チャーハン、、太ったウェイターがニコニコ笑っている。宴会が終わった。
「老板(親分)はいるか?」と飛鳥が訊いた。
「張嘯林老板にお会い出来るか?」と再び訊いた。ウエイターの表情が変わった。黙って、カネと皿を取ると奥へ行った。
「どこかにおるな」
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「「鍵屋ぁ〜!」「玉屋ぁ〜!」」と飛鳥が笑っていた。南京路に野次馬がうようよと集まって観ていた。ふたりは北へ歩いた。振り返ると珍宝楼に火の手が上がっていた、、
「少尉、張嘯林は間違いなく復讐するわな」と笑っていた。
「今夜は南京路は危ないのじゃないですかね?」
「その通りだ。フロントにトランクは預けてある。受け取ってからフランス租界へ行こう。ふたりは化粧室へ行って背広に替えた。ハイヤーを頼んだ。
「東洋のパリだよ」
右手に寺が見える。「玉仏禅寺という」と飛鳥が天台坊主に戻っていた。
フランス租界は自由が基本なのだ、下町を通った。茶館、妓館、アヘン窟が集中している。
香港の大富豪ジャーデイン・マチソン一家が持つビルと横浜正金銀行が並んでいた。キャセイ・ホテルへ向かっていた。だが、ハイヤーは、海関大楼のドライブウエーに停まった。フランスのロワール地方にある「ジュノンソー城」のようである。
「ここへ泊まるんでありますか?」
「二日泊まる。これが上海の最後の宿だ」と長谷川を驚かした。
~続く~
09/23 | |
マイナス野郎とは、、 |
マイナス野郎とは、ハヤブサ~ぽん~露伊朝のことである。露伊朝を検索すると、稲美弥彦というイカガワシイ野郎の記事が出て来た。
稲美弥彦
Jul 14, 2015
露伊朝同盟の結束が強くなりつつある。ロシア、イラン、北朝鮮の3国の結束を崩すことが出来なくなってきた。同時にアメリカ、EUはそれを妨害することは不可能であり、同時に中国がEUを死守することも不可能になった。安倍支持者や親米主義者はアメリカを妄信し、安倍批判者や左翼はメルケルを妄信しているが、どちらも行きつく先は地獄に過ぎない。安倍政権を批判するならそれ以上にアメリカを擁護するメルケルも批判するべきだろう。
ロシア、イラン、北朝鮮の結束で新世界秩序が動き始めるだろう。
朝鮮統一に関してもアメリカが主導する韓国側からの併合ではなく、グローバリズムに頑なに拒む北朝鮮側の併合が濃厚になっているので露伊朝同盟が更に強くなることが濃厚である。
「ロシアも、イランへも行ったことがない」と書いているから、これはバカの一種である。小説が貼ってあった。読むと稚拙な文章だ。シリアでイスラム国に殺されたOKAMAと同じ人種なのだ。ま、ぽんも男色のように思える(笑い)。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(48)
(48)
朝が来た。朝霧が川面を覆っていた。水兵も陸戦隊も時間通りに朝めしを食った。朝8時、砲艦栗が碇を揚げる音が聞こえた。探照灯を点滅させて信号を送って来た。
「全艦船は碇を揚げよ」と岡艦長がラジオで命じた。120隻の艦船が抜錨を終えるのに30分かかった。漢口の山の上に朝陽がぼんやりと昇った。機関士こと釜焚きが石炭を6個の釜に投げ込んだ。機関長が「圧力よし」と伝声菅にどなった。「蒸気弁を開け」と航海長が機関長に答えた。全艦が「準備完了」と汽笛を鳴らした。栗を先頭に艦隊が動き出した。
時速10ノットでゆるゆると河を左に曲がった。左岸が蒋介石が新政府を建てた武昌である。蛇山が見える。右岸が漢口である。漢口に亀山という山がある。さらに南の漢陽とのあいだに漢水という支流がある。栗が汽笛を三回鳴らした。
「全艦停まれ」と岡艦長がラジオに怒鳴った。出雲が投錨した。輸送船団の水兵が艀(はしけ)を降ろしている。陸戦隊が次々と乗り込んで漢口の岸へ向かった。霧が晴れた。銃声が聞こえない。長谷川と飛鳥が艦橋に立って陸戦隊を撮っていた。
「蒋がまた逃げたな」と岡艦長が笑った。
「はあ、何処へ逃げたんでありますか?」
「重慶さ」
長谷川が太原で食った「ちゃんきん(重慶)」という麺と鶏肉の缶詰を想いだしていた。
「われわれも上陸出来ますか?」と飛鳥が水兵に訊いた。
「偵察隊が戻って来るまで艀(はしけ)は出さない」
そのとき、散発的に銃声が聞こえた。共産ゲリラだと航海士が言った。
「蒋介石に共産ゲリラか?」と長谷川が北満州の荒野を想い出していた。
12時頃、偵察隊が次々と戻って来た。すでに熊本第六師団が三鎮とも掌握していると報告した。
「第六師団は何処へ行くのか?」と艦長が訊いていた。
「八月に武漢のゲリラ掃討戦を行う。戦車部隊の到着を待っている。飛行場を造る。埠頭を造る」
「わが艦隊はやることがないな」
「いいえ、艦長殿、やることは傷病兵の看護~飯あげ~上海への送還~武器弾薬の管理と補充と多くあります」
「わかった」
「さらに、重慶攻撃となれば、今年中は上海へ戻れません」
(背景)南京陥落(1937年12月13日)後、中国国民政府は、首都を武漢に移しており、大本営は、1938年8月22日武漢攻略命令を発し、30万の兵力を動員して1938年8月下旬から戦闘を開始した。国民党軍は、1937年11月20日、重慶に首都を移していた。重慶は大爆撃を受けた。だが、日本軍との抗戦を続け、農村地帯では、共産党の抗日ゲリラが抵抗していた。毛沢東の台頭である。結局、その通りになったのである、、
「馬はありますか?」と飛鳥が陸戦隊長の少佐に訊いた。「バカを言え」とのご返事であった。だが、偵察隊の装甲車に乗せてもらったのである。
「太原が懐かしいな。こうなるとわれわれ憲兵は全く役に立たんわな」と噺家の飛鳥が偵察隊に南部8ミリを見せた。どっと全員が笑った。
「漢口はあまり抵抗がないが」と言いながら鉄帽をくれた。長谷川は兵隊に見えたが、飛鳥は鉄帽が似合わなかった。兵隊がクスクス笑っていた。本人は、わざと眉毛を下げおかしな顔をしていた。
漢口の市街は繁盛しているように見えた。中国の内陸部から来る産物は漢口に集まるからである。ここから南京や上海へ輸送された。英国は、19世紀に阿片戦争で得た上海租界の港へ内陸部の産物やクーリーに造らせた機械類を運んだのである。これは、英国に莫大な富みをもたらした。日本軍が上陸するまでは、、
漢口の住民は意外に従順であった。茶館と看板のある店へ入った。スカートのような支那福と帽子を被った店主が驚いたが「休憩だ」と飛鳥が広東語で言うとにっこりと笑った。陸戦隊長が飛鳥の流暢な支那語に驚いた。「やはり憲兵将校だけはある」と感心していた。
「少尉殿も支那語は出来るのでありますか?」
「少々出来るが、飛鳥大尉は支那人も驚く。天台宗のお坊さんだから」
「坊さん?」
「重慶に来て欲しいな。弔い必至だかんね」と兵長が言った。一同が静かになっていた。日本の家族を想っているのである。
*
翌日、武昌へ行った。蛇山の麓の道を東湖まで行った。畑は山西省の太原よりも豊かである。大きな鯉や鰻が採れる。すべて長江が潤している。「山がないですね」と誰かが言った。兵長が双眼鏡を長谷川に渡した。東湖のさらに東に山が見えた。だが、雲と山の境が判らなかった。
「この東湖からさらに東は、蒋介石軍よりも共産軍のほうが勢力がある」
「蒋さんもたいへんね」とサンパチを持った兵隊が言った。少年の面影を残した兵隊である。
「その共産軍はソ連の援助ですね?」と長谷川が確認した。
「そうだが、蒋介石と抗日で共闘している」
「不思議ですね。相反するイデオロギーのアメリカとソ連が組むとは」
長谷川が「ナチス軍はソ連軍よりも近代化が進んでいるの。アメリカが兵器、とくに戦車と飛行機を提供しなかったらソ連の主要都市はヒットラーのモノになってるわ」とカレンが言ったことを想い出した。「その通りだ」と杉原領事が言った。
「すると、いずれ、アメリカとソ連は日本軍を支那大陸から放逐する?」
「関東軍が南下すればするほど、満州はガラ空きとなる。太平洋に展開すればさらに兵站が困難になる」と領事が長谷川に語った。
今、自分は長江の武漢にいる。理数に能力が高い長谷川の速算では、「日本はどんどん行け行けの状態は明暗一変する」と暗澹たる思いに沈んだ。少年の面影のある兵隊の顔をじっと見た。
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
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2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
稲美弥彦
Jul 14, 2015
露伊朝同盟の結束が強くなりつつある。ロシア、イラン、北朝鮮の3国の結束を崩すことが出来なくなってきた。同時にアメリカ、EUはそれを妨害することは不可能であり、同時に中国がEUを死守することも不可能になった。安倍支持者や親米主義者はアメリカを妄信し、安倍批判者や左翼はメルケルを妄信しているが、どちらも行きつく先は地獄に過ぎない。安倍政権を批判するならそれ以上にアメリカを擁護するメルケルも批判するべきだろう。
ロシア、イラン、北朝鮮の結束で新世界秩序が動き始めるだろう。
朝鮮統一に関してもアメリカが主導する韓国側からの併合ではなく、グローバリズムに頑なに拒む北朝鮮側の併合が濃厚になっているので露伊朝同盟が更に強くなることが濃厚である。
「ロシアも、イランへも行ったことがない」と書いているから、これはバカの一種である。小説が貼ってあった。読むと稚拙な文章だ。シリアでイスラム国に殺されたOKAMAと同じ人種なのだ。ま、ぽんも男色のように思える(笑い)。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(48)
(48)
朝が来た。朝霧が川面を覆っていた。水兵も陸戦隊も時間通りに朝めしを食った。朝8時、砲艦栗が碇を揚げる音が聞こえた。探照灯を点滅させて信号を送って来た。
「全艦船は碇を揚げよ」と岡艦長がラジオで命じた。120隻の艦船が抜錨を終えるのに30分かかった。漢口の山の上に朝陽がぼんやりと昇った。機関士こと釜焚きが石炭を6個の釜に投げ込んだ。機関長が「圧力よし」と伝声菅にどなった。「蒸気弁を開け」と航海長が機関長に答えた。全艦が「準備完了」と汽笛を鳴らした。栗を先頭に艦隊が動き出した。
時速10ノットでゆるゆると河を左に曲がった。左岸が蒋介石が新政府を建てた武昌である。蛇山が見える。右岸が漢口である。漢口に亀山という山がある。さらに南の漢陽とのあいだに漢水という支流がある。栗が汽笛を三回鳴らした。
「全艦停まれ」と岡艦長がラジオに怒鳴った。出雲が投錨した。輸送船団の水兵が艀(はしけ)を降ろしている。陸戦隊が次々と乗り込んで漢口の岸へ向かった。霧が晴れた。銃声が聞こえない。長谷川と飛鳥が艦橋に立って陸戦隊を撮っていた。
「蒋がまた逃げたな」と岡艦長が笑った。
「はあ、何処へ逃げたんでありますか?」
「重慶さ」
長谷川が太原で食った「ちゃんきん(重慶)」という麺と鶏肉の缶詰を想いだしていた。
「われわれも上陸出来ますか?」と飛鳥が水兵に訊いた。
「偵察隊が戻って来るまで艀(はしけ)は出さない」
そのとき、散発的に銃声が聞こえた。共産ゲリラだと航海士が言った。
「蒋介石に共産ゲリラか?」と長谷川が北満州の荒野を想い出していた。
12時頃、偵察隊が次々と戻って来た。すでに熊本第六師団が三鎮とも掌握していると報告した。
「第六師団は何処へ行くのか?」と艦長が訊いていた。
「八月に武漢のゲリラ掃討戦を行う。戦車部隊の到着を待っている。飛行場を造る。埠頭を造る」
「わが艦隊はやることがないな」
「いいえ、艦長殿、やることは傷病兵の看護~飯あげ~上海への送還~武器弾薬の管理と補充と多くあります」
「わかった」
「さらに、重慶攻撃となれば、今年中は上海へ戻れません」
(背景)南京陥落(1937年12月13日)後、中国国民政府は、首都を武漢に移しており、大本営は、1938年8月22日武漢攻略命令を発し、30万の兵力を動員して1938年8月下旬から戦闘を開始した。国民党軍は、1937年11月20日、重慶に首都を移していた。重慶は大爆撃を受けた。だが、日本軍との抗戦を続け、農村地帯では、共産党の抗日ゲリラが抵抗していた。毛沢東の台頭である。結局、その通りになったのである、、
「馬はありますか?」と飛鳥が陸戦隊長の少佐に訊いた。「バカを言え」とのご返事であった。だが、偵察隊の装甲車に乗せてもらったのである。
「太原が懐かしいな。こうなるとわれわれ憲兵は全く役に立たんわな」と噺家の飛鳥が偵察隊に南部8ミリを見せた。どっと全員が笑った。
「漢口はあまり抵抗がないが」と言いながら鉄帽をくれた。長谷川は兵隊に見えたが、飛鳥は鉄帽が似合わなかった。兵隊がクスクス笑っていた。本人は、わざと眉毛を下げおかしな顔をしていた。
漢口の市街は繁盛しているように見えた。中国の内陸部から来る産物は漢口に集まるからである。ここから南京や上海へ輸送された。英国は、19世紀に阿片戦争で得た上海租界の港へ内陸部の産物やクーリーに造らせた機械類を運んだのである。これは、英国に莫大な富みをもたらした。日本軍が上陸するまでは、、
漢口の住民は意外に従順であった。茶館と看板のある店へ入った。スカートのような支那福と帽子を被った店主が驚いたが「休憩だ」と飛鳥が広東語で言うとにっこりと笑った。陸戦隊長が飛鳥の流暢な支那語に驚いた。「やはり憲兵将校だけはある」と感心していた。
「少尉殿も支那語は出来るのでありますか?」
「少々出来るが、飛鳥大尉は支那人も驚く。天台宗のお坊さんだから」
「坊さん?」
「重慶に来て欲しいな。弔い必至だかんね」と兵長が言った。一同が静かになっていた。日本の家族を想っているのである。
*
翌日、武昌へ行った。蛇山の麓の道を東湖まで行った。畑は山西省の太原よりも豊かである。大きな鯉や鰻が採れる。すべて長江が潤している。「山がないですね」と誰かが言った。兵長が双眼鏡を長谷川に渡した。東湖のさらに東に山が見えた。だが、雲と山の境が判らなかった。
「この東湖からさらに東は、蒋介石軍よりも共産軍のほうが勢力がある」
「蒋さんもたいへんね」とサンパチを持った兵隊が言った。少年の面影を残した兵隊である。
「その共産軍はソ連の援助ですね?」と長谷川が確認した。
「そうだが、蒋介石と抗日で共闘している」
「不思議ですね。相反するイデオロギーのアメリカとソ連が組むとは」
長谷川が「ナチス軍はソ連軍よりも近代化が進んでいるの。アメリカが兵器、とくに戦車と飛行機を提供しなかったらソ連の主要都市はヒットラーのモノになってるわ」とカレンが言ったことを想い出した。「その通りだ」と杉原領事が言った。
「すると、いずれ、アメリカとソ連は日本軍を支那大陸から放逐する?」
「関東軍が南下すればするほど、満州はガラ空きとなる。太平洋に展開すればさらに兵站が困難になる」と領事が長谷川に語った。
今、自分は長江の武漢にいる。理数に能力が高い長谷川の速算では、「日本はどんどん行け行けの状態は明暗一変する」と暗澹たる思いに沈んだ。少年の面影のある兵隊の顔をじっと見た。
~続く~
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日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
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2)口座番号 (普通) 2917217
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8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
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隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/22 | |
目も当てられないほどズサン、、 |
習近平と李克強さまである。チャイナには、ロマンがある。これは、いたる処に見られる。何でも大きいのが好き。古今、秦の始皇帝以来、支那は規模が大きい。そして原色が好き。日本はその逆さまである。幽玄を好む。だがこれは、唐代の墨絵の影響である。日本人は、「立って半畳、寝て一畳」とか小さいことを喜ぶ。伊勢爺は、大きいことが好きである。色彩はフランスの印象派が好きだ。
さて、中国の経済政策だが、これはダメだわ(笑い)。ゴールドマン・サックスのCEOが「チャイナの経済政策は、目も当てられないほど杜撰だ」とBB紙に書いている。その通りである。
株価は経済力の体温計。一目瞭然である。北京政府は、なんども介入したが、貧血は治らない。原因は数値ではなくて、その汚職文化だからだ。「善良な者がバカを見る」ではね(笑い)。だが、日本の政界、経済界にもその傾向がある。伊勢は、「安倍晋三は経済が理解出来ない」と思っている。日本は自然衰退の道を進む。つまり「ジリ貧」に向かう。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(47)
(47)
夜が明けた。ふたりがコップに入った紅茶を持って艦橋に出た。シトシトと雨が降っていた。雨季なのである。左手に老虎山が見えた。輸送船は停泊している。水深が深いことが判る。「良い港なんだ」と横に来た航海士が長谷川に言った。「南京で石炭を積むから港に入る」と言った。出雲が汽笛を鳴らして中山港に入った。
「降りれますか?」と飛鳥が訊いた。
「城内へは入れないが、港を歩くぐらいなら」
やがて、出雲が碇を降ろした。
「二時間で出港する。汽笛が聞こえたら帰艦するように」と水兵がタラップで注意した。
飛鳥と長谷川は水兵たちと川岸の商店を見て歩いた。ロッキードが雷雨の中を飛んで南京大校飛行場に着陸したあの五月が遠い昔に思えた。一ヶ月の予定が50日を過ぎている。多くのことが起きた。
「少尉な、日記では覚えられないほどの日々だった。写真帳を作ってくれよ」と飛鳥が今度は天台坊主になっていた。
「はあ、上海の領事から現像液と印画紙を頂いたのです。フィルムをください」
「フィルムは、買ってある。記録は写真で行こう」
茶園で饅頭を食っていると、汽笛が鳴った。こどもたちに日本の飴をくれていた水兵たちが立ち上がった。タラップを渡ると雨が強く降り出した。
出雲、姉妹艦の磐手、朝日、輸送船団が碇を上げた。砲艦「栗」が先頭に立った。
「全ての艦船に告ぐ~視界悪し~距離を置け。全ての艦は濃霧に備えよ。速度16ノット」とデッキのラジオがガナッタ。栗の艦尾に赤いランプが点いた。出雲が深照灯を栗の船尾に向けていた。
「栗の乗組員は揚子江の隅々まで熟知している。武漢の先の上流にまで行っている」と航海士が心配顔の長谷川に言った。
「少尉、武漢三鎮というのはね、鎮は中心都市の意味で、武昌~漢口~漢陽の総称なんだ。東湖のある武昌は政治、漢口は商業、漢陽は工業の要衝地とだね」飛鳥は天台で漢文を学んでいた。「それが、憲兵大尉に進級した理由なのだ」と長谷川に話した。長谷川がロシア語が出来ることと科学者であることで憲兵少尉の階級を頂いたと同じである。
「大尉殿、岡艦長が揚子江ではなく長江と呼ばれている」
「うむ、長江がわかりやすいからだろう」
「先月の徐州作戦がうまく行かなかったと水兵が言っています」
「軍部の意見が割れていた。この割れる状態は失敗の元なんだ。徐州作戦と一言で言うがね、三省という広範囲がいかん」
「作戦図を見ました。兵站が無理じゃないかと思いました」
「これを見たまえ。右上が南京だ。その南京を2時間前に出たわけだが、艦隊は速度を12ノットに落としている。その理由がこの長江さまよ」
「長江ではなく、腸肛ですね」と長谷川が飛鳥を笑わした。
「羊腸の小径、苔なめらか」と飛鳥が詩人に戻っていた。
「いい声ですねえ」と一等航海士が唸った。
「水兵のみなさん、飛鳥大尉は歌がうまいのであります。唄って貰いましょう」と言うと、艦長が椅子を持って来て座った。
飛鳥が箱根八里を唄い出した。
箱根の山は 天下の険
函谷関も物ならず
万丈の山 千仞の谷
前に聳え 後にさそう
雲は山をめぐり 霧は谷をとざす
昼猶闇き 杉の並木
羊腸の小径は 苔滑らか
一夫関に当るや 万夫も開くなし
天下に旅する 剛毅の武士
大刀腰に 足駄がけ
八里の岩根 踏み鳴す
斯くこそありしか 往時の武士(もののふ)
拍手が艦橋に響いた。
「実にこの風景におうちょるな」と機関士が感心していた。
*
河川砲艦「栗」を先頭にした日本海軍艦隊はその羊腸の小径とも言うべき揚子江をクネクネと舵を取りながら進んで行った。だが、武昌の手前で夜の帳が降りた。真っ暗闇である。出雲の艦長が全艦隊に投錨を命じた。艦隊は探照灯を空に向けていた。満艦飾に電灯を点けた。こうして、120隻に及ぶ、巡洋艦~修理艦~沿岸砲艦~航速艇~輸送船団が深い眠りに落ちたのである。
~続く~
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09/21 | |
「勝つ」という精神力 |
日本の青年を応援したい。「勝つ」という精神力があるから勝ったと思う。コーチも素晴らしいひとのようだ。伊勢爺が「憲兵大尉の娘」を書く理由が「日本は決して負けたのではない」という国民が持つべき精神を述べたいからだ。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(46)
(46)
日曜日の朝が明けた。長谷川が起きると、飛鳥が寝巻き姿で南部とトカレフを点検していた。
「少尉、パンを食え。食ったら、ハバカリへ行っておけ」とコッペパンと牛乳を一本くれた。
その後、体操をした。そして、憲兵将校の三式制服に着替えた。幅の広い革のベルトである。飛鳥が手榴弾を下げている。飛鳥がトカレフを手渡した。長谷川が点検した、、
フロアに降りると、フロントがびっくりした。飛鳥が靴音高く、となりの蛇口菜館の玄関を上がって行った。ドアは開いていた。中に入ると、「なんだ、なんだ」と大声がした。奥に座っていた何原竜蔵が立ち上がって、テーブルの上の自動小銃を取って構えた。飛鳥が南部8ミリを三発撃った。南原がテーブルと一緒に倒れるのが見えた。ガードが6人居た。その一人が「長谷川、お前か?」とわめいた。よく見ると、青森連隊で会った蒲田中尉である。鎌田が奥へ逃げた。残りの上海ギャングが一斉にピストルを抜いた。飛鳥が手榴弾をベルトから外した。だが、長谷川のほうが速かった。長谷川が教えられたように、4秒にセットして、アンダースローで床に放った。手榴弾がテーブルの下をゴロゴロと転がって行った。ふたりは外へ走った。「ど~ん」という破裂音が聞こえた。フォードが近寄って来た。犬養大佐が準備したものだ。すでに部屋は引き払っていたので、将校トランクも頭陀袋もフォードの中にあった。
「ちょっと待ってくれ」と飛鳥が武官に頼んでいた。飛鳥は、オリンパスを掴むと、蛇口菜館に入って行った。「記念写真一発撮ってきた。みんな、仲良くひっくりかえっておった」と笑った。飛鳥が右手に手提げ金庫を持っていた。
三人は、陸戦隊の司令部に向かった。半円形のドライブウエーに入った。いわゆるガリソンである。入り口で憲兵が憲兵将校を武装解除した。犬養大佐と海軍士官が待っていた。
「ごくろうさんでした」
「アジトは、どうなりましたか?」
「南京路のアジトは、昼から大宴会をやっとった。午後から総長賭博を会長しておった。小倉小鉄組~山口三谷組~広島海竜組の親分衆が集まっておった。姑娘にアメリカズロース穿かせて舞台で踊らしておったよ」
「それで、一網打尽なんですか?」
「いや、皆殺しにした。姑娘は真っ裸で逃げた」
「これは事件になりますか?」
「ならんよ。第六師団の命令なんだからね」
「さて、われわれは住家を失くした」と飛鳥が笑った。
「今夜は、ここへ泊まって行け」
二人はまた美味いメシを食った。日本海の魚~銀しゃり~赤だし~白菜の漬物、、
将校宿舎のひと部屋が与えられた。長谷川が電信機を取り出していた。カレンに電報を打った。
――任務完了なれども、先見えず、、上海ははなはだ不穏なり、、長谷川道夫。
この上海のマップをもう一度見てみよう。領事館が並ぶ共同租界と北京路がある地区との間に運河がある。点線は路面電車である。「チンチン」と鐘を鳴らして走る。南に南京路がある。どの地区もゲットーではない。
「南京路へ帰ろう」
海軍武官がフォードを運転して上海駅の前で停めた。二人は支那服に着替えていた。大佐から貰った土産の飛び魚の日干し、落花生、名酒剣菱を持って降りた。西へ歩いた。西へ行くほど貧民街になっていた。天守閣のある旅館があった。竜宮城迎賓館と金文字の看板がかかっている。
「ここにしよう」
「恐ろしく汚い竜宮城ですね」
「ま、そう言うな。店は汚いほど料理は美味いぞ」と大尉がまた笑った。だが、部屋は清潔であった。南京虫もゴキブリも居ないだろう。向かい側に公園がある。フロントが「植物園だから散歩にいいですよ」と勧めた。
池がある~太鼓橋がある~蓮が水面を覆っていて、巨大な錦鯉が泳いでいる。草木多い。公園の作業員が、梅~桜~桃の花~カイドウ~ハナズオウ~牡丹~モクレン~つつじと順番に咲くのだと話した。川柳と木楢が最盛期で青々と茂っていた。紅紫色の釣鐘型の花を下向きに沢山付けて実に可愛い。
飛鳥も長谷川も沈黙していた。新緑の杜の中で話すことがなかったのである。飛鳥が考え考え手帳に何か書いていた。見ると、漢詩であった。部屋に戻る前に階下でメシを食った。酢豚が美味かった。
「大尉殿、われわれはハルピンに戻るのですか?」
「いや、武漢へ行く。きみは武漢三鎮を知っているか?」
「いいえ、全く無知であります」
「明日は6月だが、日本軍は武漢へ出動する。日本史上最大の作戦になる」
「はあ?どうやって武漢に行くのでありますか?」
「軍艦出雲に乗って行く」と長谷川を驚かした。
「何故、われわれ憲兵が武漢へ行くのですか?」
「観戦だ。見て来いと新京の関東軍なんだ」
「蒋介石は海軍がない?」
「ゼロだよ」
「機雷もない?」
「ない。すでに、砲艦栗が先発した」
砲艦「栗」も日露戦争以来の沿岸砲艦である。
飛鳥と長谷川が戦艦出雲の艦橋に立っていた。艦長の岡大佐と航海士が横に立っていた。
「あれが姉妹艦の盤手である」と航海士が長谷川に話した。出雲は装甲型巡洋艦第一号なのだ。戦艦ではない。日露海戦で活躍した。乗組員は672名~速度は20ノット。日露以来、兵装を改良して来た。連射砲~速射砲~機関砲など36門を装備している。巡洋艦の特長は現場へ速く着くことである。
「南京まで300キロメートル~武漢まで810キロメートルである。出雲の航速は20ノット(37キロ)である。さらに揚子江を遡上するために、航速は、時速30キロと見積もっている。石炭船が続いておるが、輸送船団はさらに遅いのだ」
「すると、武漢には何日かかるのでありますか?」と長谷川が訊いた。飛鳥はただ聞いていた。
「湾曲部があるので、36時間と見積もっている」
「意外に速いのですね」と飛鳥が感心していた。
「陸軍は?」
「北支那方面軍は、2日前に出たが、南京までは、戦車は鉄道で南京から船で運ぶ。歩兵はトラック。途中で戦闘がなければ、ほとんど同時に着くかな」
飛鳥と長谷川が船室に帰った。
「大尉殿、もう一度訊きます。われわれは、観戦だけなのでありますか?」
「出雲~盤手~朝日には従軍記者が乗っている。記者の役目はな、勇ましく、美しい日本軍を記事に書くことなのだ。歩兵も海兵も勇ましいだろうが、美しいことはない」
「はあ?」
「われわれの任務は、実際の戦闘を記録して新京の関東軍に報告することだ」
「何故、関東軍は事実を知りたいのでありますか?」
「うむ、この武漢三鎮作戦は日本の大きな賭けなのだ。戦果がおもわしくなければ、満州に影響するからだ。もう影響しとるわな」
「山田乙三指令官と北支方面軍の大半が満州の広島第五師団や上海の熊本第六師団ですからね。満州が手薄になるのをソ連は待っている」
「少尉、その通りだよ」
夕日を見に艦橋に出た。揚子江の水は黄色く濁っていた。
「岡艦長殿、電信を打っても宜しいでしょうか?」
「出雲は巡洋艦だ。常に電信を使う。どこに打電するのかね?」
「ハルピンの杉原領事であります」
――カレン、元気にしてますか?飛鳥大尉とぼくは、今、巡洋艦出雲に乗って、揚子江を武漢へ向かっている。艦長が「日中戦争の最大の作戦だ」とおっしゃっている。武漢三鎮攻略戦と言う。兵員:350,000(9個師団)~航空機:500~艦船:120。杉原領事は、すでにご存知と思う。あと、30時間で武漢に着く。揚子江の水は濁っているが、夕日が美しい。飛鳥大尉も、自分も極く元気です。返事は上海日本領事館付け磐田武官に打ってください。磐田さんが出雲のコード番号を知っておられる。
カレンは何故か涙が出て仕方がなかった。そこへ、領事が入って来た。カレンを見て、「長谷川少尉か?」と訊いた。そして、暗号解読練習生の池田良一を見た。
「カレン、外でランチを食べよう」と誘った。武官が運転するダットサンが大和ホテルに着いた。「きみもどう?」と武官を誘った。
「は、お供させて頂きます」
三人は個室に入った。カレンが好きなものを注文した。
「ワインを飲んでもいいでしょうか?」
「勿論だよ。きみは何か飲む?」と武官に訊いた。武官はビールを頼んだ。飲み物が来る間、カレンが長谷川の電報を話した。若い武官が緊張していた。
「カレン、あの池田ね、電報を見せても話してもいけない」
「ハイ、でも領事さんが決めたのでしょう?」
「君たちにだけ話す。池田はコミンテルンのスパイだ。つまりソ連の間諜なのだ。逆に利用する考えだ」
「説得して日本側に着ける?」
「いや、一旦、共産主義者となると、命を落としてもソ連のために働く。日本がそれほど憎いのさ」
「わたしは何をすればいいのですか?」
「普段通り暗号教室をやってくれ。カレンが教える暗号は偽モノなんだ。肝心なところが逆に伝わる仕組みなんだ」
「わたしも、おかしいなと思ってたんです」とエクボを見せて笑った。
「監視カメラと録音機が設置されている」
料理がどんどん運ばれてきた。茶碗蒸しが出た。カレンと武官が目を輝かせていた。領事が「乾杯」と言った。
*
「上海湾が肛門で、揚子江は大腸のようなものだ」
「はあ、その大腸の中を大日本帝国艦隊が武漢三鎮の胃袋まで行くわけですね?」と珍しく長谷川がジョークを言うと、美濃の斉藤道三が大声で笑った。そこへ、一等水兵が「夕飯です」と呼びに来た。
~続く~
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09/20 | |
こどもの国(その2) |
井の中の蛙大海を知らず、、日本人の九割は視野が狭い。その原因は、1)一言語一民族~2)99.9%の国民が首相も含めて、日本語以外で、コミュニケーションが出来ない~3)日本列島以外で生きる能力がない~4)石橋を叩いて渡らない~5)モビリテイが徹底的に足りない、、つまり、蛇に飲まれる運命を選んでいる。その蛇とは、日本の大企業である。安倍政権は、その蛇に餌を与えた。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(45)
(45)
飛鳥と長谷川は、桃源郷大酒家に三泊した。唐園で粥を食い~浄慈禅寺で座禅を組んだ。西湖河畔を遊歩し~石窟を見て歩いた。
長谷川が尾行されていると感じた。振り返ったが密偵の姿などない。ただ静寂と新緑の杜があるだけだった。
「尾行されていたがね、消えたよ。俺たちが人畜無蓋な巡礼と見たんだろう。外で、日本語を話してはいけない。クチの動きだけで日本人だと判る」
二人は再び、海抗線の乗客となった。
「少尉、さあ、日本語でどんどんしゃべれ」
「はあ、この海抗線ですが安全なんですか?」
「支那に安全地域などという処はないよ」と飛鳥が笑った。飛鳥の解説は以下であった、、
――揚子江以南を華中と言う。河北はご存知の北平から徐州あたりまでだ。去年の7月の盧溝橋事件~君とぼくは太原へ行った。12月には南京が陥落~今年1938年に入って上海戦が収まった。今、杭州まで日本軍の支配下なのだ。だが、国民軍による河北、華南の鉄道襲撃は止まない。完全に掌握しているのは満鉄だけだ。華南の交通というのは、農作物や工業製品の輸送なんだが、河川が多いので運搬船が8割だ。鉄道は旅客用と言えるね。
二人は汽車の中で背広に着替えてソフトを被った。長谷川は泥鰌髭を直した。湯を持って来た車掌が「こんにちわ」と言った。車掌も機関手も日本人である。
上海駅でハイヤーに乗った。運転手が支那人ではない。西洋人なのだ。
「あなたは、何人なの?」と長谷川が英語で聞いた。
「ユダヤ人です。ポーランドから来たんです。何処へ行きますか?」
「サスーン・ハウスへ言ってくれ」と言うと、運ちゃんの目が大きく開いた。
20分で黄浦江のバンドに出た。ジャンク船やクーリーが漕ぐ舟が目に入った。やがて、淡緑色の三角の塔があるビルに着いた。
「飛鳥さんと長谷川さんですね。お客様が待っておられます」とフロントの英国人女性が言った。すぐに会議室に通された。
「犬養です。お久しぶり」とあの海軍大佐が椅子から立ち上がった。
「海軍特別陸戦隊はどうですか?」
「まだまだ増兵が要る。このサッスーン・ハウスを外交官との交流に使っている。実は、頼みがある。青竜会をご存知か?」
「は、福岡のヤクザと支那のギャングの地下組織ですね?」
「そうです。秘密結社などではない。だが、日本軍も、支那軍も、英米までが利用している」と大佐が言って地図を広げた。日本租界の一部を指さした。「蛇口」というスラム街である。
「日本人ギャング退治?」
「そうです」
「憲兵を送ったらいかがですか?」
「いや、難しい。公に出来ないからだ」
「任務となら、ハルピンの領事の指示が要ります」
「貰ってある」
「われわれ二人だけですか?」
「頭目の南原竜蔵に引導を渡してくれ」と南原の写真を数枚くれた。南原は頭を剃り、弁髪を下げ、支那人貴族の服を着て、アメリカ製の自動小銃を持っていた。凶悪な目付きの男だ。
「今は、五月の末日です。杉原領事に電報を打ちたいのです」と長谷川が大佐に言った。三人は屋上の見晴らし台に行った。サッスーン・ハウスは12階建てだ。今世紀始めてのエレベーターなのである長谷川が電信機を取り出した、、「返事は上海日本領事館にとキーをカタカタと打った。
カレンが「上海滞在は長期になる」と読んで驚いた。想像はついていたが、やはりそうなった。カレンが貞子から来ていた手紙を上海の日本領事館に郵送した。
「蛇口菜館」という料理屋の三階のホテル・アパートを手配していた。蛇口菜館が青竜会の本部だからである。長谷川が入ると、視線を感じた。奥のテーブルにひとりの男が座っていた。弁髪である。給仕がやって来た。
「ここはプライベートのクラブだ」と言った。飛鳥が左腕の刺青を見せた。小さな亀の刺青であった。奥の男が南原だろう、、給仕が南原と話をしていた。弁髪が頷くのが見えた。大阪の亀沼組はバイヤーだからだ。
「カネはあるのか?」と弁髪が言った。博多訛りがあった。奥の部屋に案内された。ボデイガードらしい支那人がふたりの体を触った。武器は持っていなかった。飛鳥が「ドサ」と革鞄をテーブルに置いた。
「南原さん、10万円ある。収めてくれ」
「インドの阿片の値段が騰がっている。戦争だからだ。来週の日曜日朝10時、残りの40万円持ってここへ来い」と南原が言った。飛鳥と長谷川が同時に頷いた。
南原は、ちょっとやそこらで、知らない人間を信用する男ではなかった。亀の刺青など誰でも出来る。飛鳥が見せた刺青は偽だと見抜いていた。
「少尉、南原な、俺の刺青は偽モノと見抜いているよ」
「どうしますか?」
「だが、あの10万円は本モノなのだ。残りの40万円を奪うだろう。日曜日だが、偽殺を持って行く」
「大尉殿、われわれの命は大丈夫なんですか?」と言うと、飛鳥が鞄から手榴弾二個を取り出した。
「拳銃も持って行く」と作戦を長谷川に教えた。長谷川の背中に戦慄が走った。「自分は科学者なのだ。妻も娘もいる。
日本料理店に入って、トイレに入った。支那人の商人の服に着替えた。日本人の女給がじっと見ていた。何も言わなかった。喋ることが危険だと知っているからである。天麩羅で日本の米を食った。長谷川が大きなチップをテーブルに置いた。蛇口菜館の三階に帰った。
飛鳥がオリンパッスをいじっていた。レリースに銅線を付けている。銅線の端に電池を付けて、スイッチを絆創膏で巻いた。スイッチを押すと、シャッターが降りた。長谷川が「何をしているのか?」と見ていると、飛鳥が飾り窓にオリンパスを取り付けた。その上に手鏡を取り付けた。元天台宗の小坊主は、なかなか器用なのだ。長谷川は飛鳥が何をしているのか判った。蛇口菜館の玄関に入って来る人間を撮るためだ。蛇口街は、有闇にすっぽりと包まれた。だが蛇口菜館はネオンで輝いている。手鏡を見ていると、何人かが出入りしていた。よく見ると、同じ男や女であった。椅子に座って紹興酒を舐め、舐め飛鳥がシャッターを切っていた。蛇口菜館がネオンを消した。二人の男と女が一人出て行った。
「少尉、実はな、特高警察に後を着けてもらっている」
「アジトですね?」
「青竜会は、いろんな商売をやっている。本屋~女郎屋~阿片屈、、」
「それをどうするんですか?」
「わからんが日本から親分衆が来るらしい」
「魔都というわけですね」
「阿片商売は日本人はヤクザしかやらん」
「満州映画の甘粕がやっております」
「だが、儲けるためじゃない。クーリーに払う賃金なんだ」
*
日曜まで、4日あった。二人は服装を替えて、サッスーン・ハウスに行き、犬養大佐に会った。
「手榴弾を投げたことがあるかね?」と大佐が長谷川に訊いた。「ない」と言う返事なので、陸戦隊基地へふたりを連れて行った。
「手榴弾はタイミングなんだ。間違えれば確実に死ぬ」長谷川がゾ~とした。軍曹が二人を特訓した。長谷川が握り方をなかなか覚えないので、「すみません」と言って、長谷川の手を叩いた。何度もやり直したのである。「ギャング諸共、豚死するのは御免だ」と飛鳥が心配して見ていた。
将校クラブで軽食が出た。海軍のメシは美味いと評判だったが、やはりその通りだった。船で日本から食材を持ってくるからである。コーヒーと菓子が出た。そのとき、、
「長谷川少尉、手榴弾を握ってみたまえ」と突然言った。練習用の爆薬が抜いてあるものだった。「そんなに強く握ってはいけない。持ち歩きたまえ。慣れるためだ」
二人は夕方まで、新兵と共に、上海上陸戦の講義を聞いた。北満州の馬賊征伐とは全く違う近代戦であった。長谷川が貞子と娘を想っていた。「もうすぐ、臨月だが」と天井を向いた。
*
「少尉、これを見てみろ」と飛鳥が領事館が届けた印画を見ていた。英国人、アメリカ人、日本人、支那人が写っていた。40人は出入りしていた。南原は写っていなかったが、南原の女と思われる姑娘(クウニャン)が写っている。長谷川が、この年に流行った「支那の夜」を想い出していた。
「こいつらが資本家だ。日本の敵なのだ」
「すると、日本は国民軍とだけ戦争していない?」
「その通りだよ。日本の軍部は総力戦を誤解しているんだ。陸大を優等で卒業と言ってもな」と言った飛鳥が美濃の斉藤道三に見えた。
「石原莞爾参謀は優秀な人ですか?」
「頭はいいね。世界最終戦争論は読む価値がある。だが性格は宥和タイプだから、性格の強い、譲らない、板垣征四郎大将に従う。この性格が弱い参謀が多いのだよ。そこへ、過激なバカモノが加わる」
「はあ?」
「つまり日本の参謀は理数に弱いのさ。感情に惑わされる。退くことを選ばず、突撃など無謀な手段に出る。頭の構造は日露戦争時代と変わらない。可哀そうなのは兵隊さ」と陸戦隊の80%が上海上陸戦で戦死したことを語ったのである。
「ああ、そうだ。君に手紙が来ている」と机の引き出しから一枚の封筒を取り出した。長谷川がナイフで封筒を丁寧に開けた。
――道夫さん、元気にしてますか?赤子が産まれました。大きな女の児です。また娘です。ごめんなさいね。お乳を吸う力がとても強いのよ。私は幸せです。名前を考えてください。急ぐことじゃないけど、名無しでは可哀そうだから(笑い)。陸奥湾のホタテが豊漁です。陸軍が買い上げていますから、兵隊さんは缶詰めで食べられるのよ。道夫さんがいたら、私とミチルが炭で焼いて食べさせています。秋田、新潟の米は中国戦線へ、みな送っているそうです。でも、あなたは今、何処にいるのでしょう?貞子
貞子が新生児に乳をやっている写真と一家の写真が入っていた。それを飛鳥がじっと見ていた。
「こどもが生まれました。また女の児です」と笑った。飛鳥がロビーへ行って紹興酒、ビール、焼き豚を持って帰って来た。
「今夜は作戦はやめよう」と斉藤道三が椅子に座ってビールを抜いた。長谷川のコップに注いだ。「吉野木挽唄を唄いたいが、となりに聞こえるだろうな」と笑った。
(註)支那の夜のレコードを持つ渡辺浜子。名前の由来は横浜生まれ。祖父がアメリカ人の血を引いていた。
「それなら、今年のヒット曲、支那の夜はどうですか?」
「よし、それで行こう」
“支那の夜、赤いランタン波間に揺れて、 港上海白い霧、 出船入船夕空の、
星の数ほどあればとて、 愛しき君を乗せた船、 いつの日港に着くのやら、
姑娘(クーニャン)悲しや支那の夜”
飛鳥が低音で唄った。元天台坊主は歌手になれる美声の持ち主なのだ。
――坊主~歌手~憲兵大尉、、不思議なひとだなあと長谷川が再び思った。このひとと旅をしていると戦争を忘れるのである。
~続く~
09/19 | |
こどもの国 |
「日本は、こどもの国」だと思う48年間だった。つまり、日本人は、こどもなのである。「こどものままで居たい」ということだろう。そう考えれば、日本人がわかる。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(44)
(44)
上海の南京路である。上海租界から近いこともあって、スラム街ではない。日本の百貨店もあった。
「飛鳥大尉、第六師団からチェコ銃と写真が届きました」と長谷川が箱を見せた。花園大酒家のフロントに人力車を回してもらうように頼んだ。姑娘が「二人乗りは結婚式で出払っています」と長谷川に言った。
人力車が二台、玄関に着いた。車夫は親子に見えた。息子が父親を労わるので判った。長谷川が清太郎の健康を想った。
黄浦江沿いのカフェに着いた。アグネスがすでに待っていた。中国人を連れている。ひと目で軍人だと長谷川はわかった。ふたりは車で来ていた。カフェを出て、そのデトロイト製の黒いフォードに乗った。運転する男も兵隊だろう。西へ走った。二人の日本憲兵は拳銃をホテルに預けて来た。長谷川は、丸腰が心配になった。だが、相手は身体検査を必ずする、、「自動車修理なら何でもOK」と看板のある建物に入った。6人の男が鋭い眼つきで、箱を持って降りた長谷川を見た。飛鳥が長谷川を見て「奴らは疑っている」とウインクした。
「古いな」と一人が言った。
「いや、これは名銃なんだ。買おう」
「何丁ある?」
「200丁だ」と飛鳥が答えた。富豪で取引監督業者のドイツ商人を入れて、現金と商品の交換を契約した。
再び、アグネスと運転手が黄浦江のカフェまで、憲兵ふたりを送った。飛鳥と長谷川は南のバンドに向かって歩いた。
「少尉、尾行されている」
「上海憲兵隊本部が500メートル先にあります。そのあたりで密偵は消えるでしょう」
二人はハイヤーの溜り場に行った。運転手に「南京路の百貨店へ行ってくれ」と頼んだ。百貨店で降りて店の中を見て廻った。飛鳥が、電池と細い銅線を買った。
「大尉殿、そのチェコはあるのですか?」
「ないよ」
「どうするんですか?」
「どうにもしない」
「南京路は危ないんじゃないですか?」
「そうだ。明日、われわれは杭州へ行く」
杭州は上海から160キロ南である。杭州は銭塘江沿いの工業都市である。その銭塘江は貯水湖の千島湖を上流として、杭州湾に流れ込み、東シナ海に注いでいる。清時代から中国の最大の工業港であった。杭州湾は銭塘江の大きな三角江になっているためか、銭塘江は世界でも最大級の海嘯が起こることで知られ、高さ9mほどの波が時速40kmほどで川の上流へと遡る。特に中秋の名月の頃に大きくなるとされ、大勢の観光客が集まる。
上海から杭州行きの汽車が出た。途中、停車があるので、杭州駅に着いたのは真昼であった。4時間の快適な旅だった。車窓の風景は特記するほどのモノではない。
「杭州へ来た理由は?」
「上海を一時逃げただけさ」
「はあ?」
「それで、あの朝日の記者ですが。何か判ったのでありますか?」
「いや、何も出て来なかった。内閣の参与の地位に着いたひとだ。問題はない」
「上海に帰ったら、もうひとつ仕事がある」
「それを聞かせてください」
「上海に帰ったらな」
「今日は、ここから4キロ西の西湖へ行って泊まる。西湖の南岸に行く」
「何かあるのですか?」
「山寺だけだよ」と飛鳥が笑った。
現在の浄慈禅寺である。
西湖は琵琶湖に似ていた。山、川、湖、、実に景観なのだ。二人の憲兵は乗り合い馬車で西湖へ行った。飛鳥が唐時代の詩人杜甫の詩を口ずさんでいた。「このひとは不思議なひとだ」と長谷川は思った。まったく、戦争の話をしない、、長谷川は小冊子を読むほかこの杭州を知る方法はなかった。馬車は「桃源郷大酒家」という旅館の前で停まった。数人が降りた。長谷川が御者にチップをはずんだ。「謝謝」と年寄りの御者がにっこりと笑った。
「今日のたびはこれでお終い」と飛鳥が頭陀袋を持って旅館に入った。速いが飯を食うことにした。長谷川はビールが飲みたかった。窓を開けると、五月のそよ風が入って来た。夕日の中に寺院が見えた。
「浄慈禅寺は日本の曹洞宗永平寺の本山なんだ。道元が、この寺の僧 如浄禅師の下で修業をしたのだよ」と飛鳥が言って、蛇腹の写真機を頭陀袋から取り出した。
ふたりは「唐園」と書かれた食堂へ行った。誰も、日本人だとは思わないようだ。飛鳥は金満家に見えるし、流暢な広東語を喋るからである。泥鰌髭に改造した長谷川はチベット人に見えたのである。
*
飛鳥が早く起きていた。二人は髭を剃り、唐園に行って山菜の粥を食べた。
「俺は座禅をするが、君はどうする?」
「は、お供します」
静寂の中の座禅は一時間だった。
「俺ね、こう見えても天台宗の坊主だったんだ」と飛鳥が長谷川を驚かした。
「どうしてですか?」
「俺の親は子供が次々と死んだので、歯止めに俺を坊主にしようとした」
「そのご体験は貴重です」
「その通り。人間の世界も宇宙のひとつと考えるようになった」
「奈良は日本そのものですから」
「そう、この浄慈禅寺も奈良京都も唐の時代に盛んになったんだからね」
名前から言って、禅寺なんですね?」
「そうだ。中国には5禅寺がある。この西湖畔の山に二つあるんだ」
「西湖十景」という名所がある。船に乗ろうか?」
*
長谷川はなんとなく飛鳥の人間性がわかる気がした。実に、憲兵に似合わないひとである、、
~続く~
09/18 | |
韓国はルビコンを渡った |
一般のアメリカ人は韓国がルビコン川を渡ったのを知っているのですか?
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/091500013/
統一は中国とスクラム組んで
帰国後も習近平を見つめる朴槿恵
鈴置 高史 2015年9月17日(木)
北京での抗日式典に参加し、国民から大きな支持を得た朴槿恵大統領。
帰国の機中で「中国と協力し統一を目指す」と宣言した。
この予想外の急速な中国傾斜に、
保守派も米中二股派も「韓米同盟が消滅する」と悲鳴をあげた。
◆支持率が20%も急騰
◆天安門の外で待たされた朝貢使
◆楼上の“怪しい指導者”たち
◆J社はC社の招待を断った
◆「国の行く末が心配」
◆「統一のために中国と協力」
◆中国のおもちゃになる
◆米軍撤収も中国と話し合うのか
◆「統一」で騙された大統領の暴走
◆俺の後ろには中国がいるぞ
◆もう、米国側に戻れない
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(43)
(43)
南京と上海の距離は301キロメートルである。揚子江の河幅だが、南京では、2キロメートル、上海は、真ん中に島があるが船が通過するのに充分な8キロメートルの幅がある。河口は、40キロメートルである。因みに、東京湾の湾口は、21キロメートルである。
ロッキードL15スーパーエレクトラが「ガタン」と脚を出した。上海の上空を通過して着陸姿勢に入った。湾口が見えた。日本の戦艦が4艦浮かんでいる。蒋介石の国民軍は海軍を持っていなかった。
「あれが戦艦朝日だよ」と海軍大佐が飛鳥に言った。
1938年、大日本帝国海軍の旗艦、出雲と朝日が上海沖に停泊している。「揚子江を逆上って南京に向かう」と海軍大佐が飛鳥に話していた。出雲は日本海軍の象徴として親しまれた戦艦であった。
「大佐殿は赴任されるのでありますか?」
「陸戦隊がどんどん上陸している。英米独仏の租界は今までイギリスが中心だった。90年前の阿片戦争以来だ。だが、日本疎開が中心になった。その日本租界や英米仏の租界まで蒋介石に無差別に空爆された。米ソの爆撃機だよ。つまり陸上戦で押し返すほかないのである」と大佐が言った。今で言う「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」である。
ロッキードが着陸した。空港は霧が立ち込めていて視界が悪い。五月だというのに湿気が凄い。
「でもなあ、この湿気が作物の助けなんだよ」と誰かが言った。農家出身だろう。
「何処に宿泊するのですか?」
「唐人街さ」飛鳥は南京路の桃園大酒店がここ一ヶ月の住家だと言った。
日本陸軍浦東飛行場で海軍将校たちと別れた。
「海軍陸戦隊にも来てくれ」と口髭の大佐が飛鳥に言った。在上海日本領事館の武官が待っていた。なんと、デトロイト製のダッジではないか。
上海の中心までで32キロである。黄浦江の橋を渡った。「バンド」と呼ばれる上海共同租界を通った。
バンドとは「海岸通り」を意味する英語で、中国人は「ワイタン」と言っている。当時の英国商人が貿易拠点として構えた豪著な建築物が並んでいる。ネオ・ルネッサンス様式~ネオ・バロック様式~1920年代から1930年代にかけて流行した、アール・デコの建築群なのである
(註)上部が北で、下部が南。日本大使館は北にあった。ヨーロッパ風のお洒落な一角はここだけである。スラム街が南に拡がっていた。中華街やユダヤ難民のゲットーであった。
外国租界を簡単に語ってみよう。1843年の阿片戦争の結果である。清国は英国に負けた。開国を余儀なくされたのである。清と英国が南京条約を結んだ。英国商人らはこのバンドに土地を租借することに成功した。だが清は華洋分居という条文を作った。ヨーロッパ人を隔離したかった。「いずれ追い出す」というわけだ。このイギリス租界の成立の影響を受けて、アメリカ租界、フランス租界がそれぞれイギリス租界の横に出来た。これら三つの租界が「近代都市」上海の原型となったのである。
ところで、2013年、死んだ豚がこの黄浦江に投げ捨てられたことを知っている人は多いと思う。
日本総領事館に着いた。早速、領事に会った。
「上海にこられた用件は杉原領事から聞いています。上海は魔都と呼ばれるほどに妖怪が徘徊しています。秘密結社小刀会の武装蜂起をご存知ですか?その他、麻薬マフィア、殺人請負会社、露探、日本人のスパイが跋扈しているのです」
「南京路にある中華料理店の杏花楼に連れて行ってください」
「朝日新聞の尾崎が住んでいた?」
「そうです」
「何か、尾崎がしたのですか?」
「ただの調査です」
飛鳥と長谷川が支那人の服装に着替えた。飛鳥は着物、草履、庇のある帽子で支那人の金満家に見えた~長谷川は詰襟の国民服と支那の布靴である。ふたりとも肩から頭陀袋を下げている。改良された南部8ミリ大型とトカレフが入っていた。南京路の桃園大酒店の登録カウンターに立った。
「身分証明書を見せてください」と姑娘(くうにゃん)が飛鳥に聞いた。飛鳥と長谷川が領事から貰ったIDを見せた。
「黄さんと張さんですね?何日ぐらいのお泊りですか?」
「10日かな?一番いい部屋をくれない?」と宿泊料を払った。もうひとりの姑娘が三階の部屋に案内した。南京路に面していた。飛鳥が部屋の中を見て廻った。頑丈な鍵が着いている。
「これ相当古いホテルですね」
「多分、清代のものだろう」
「杏花楼で飯を食おう」
杏花楼は清時代からの老舗なのだ。料理店の上にアパートがある四階建て出会った。飾り窓ああるお洒落なアパートである。尾崎秀実の趣味が女性趣味だと感じた。上海蟹や酢豚、海老の甘辛煮と焼き飯を食った。太った店主が二人を見ていた。ふたりが満州語で話していたからだ。外へ出た。
「俺も写真機が買いたいな」と飛鳥がカメラ屋のウインドウを見ていた。
「オリンパスですね。今年、開発したと雑誌で読みました」
「じゃあ、それにしよう」
「大尉殿、どうして写真機なんですか?」
「租界の西洋館を見て、これを撮らなければ、女房や倅に叱られるからね。教えてくれよ」と支那人の金満家が笑った。桃園大酒店の部屋に戻った。桃園大酒店は杏花楼の隣なのである。
「さて」と言って、長谷川がトンツーの電信機を取り出していた。キーを叩いた。領事館に電信を送った。暗号で長谷川と判った電信技士が即座に「トン、トン、トン」と返して来た。「なにもない」という信号なのだ。飛鳥は新しい玩具をマニュアルを見ながら勉強していた。
「少尉、カメラは面白いね。あのね、交通手段なんだが、人力車がベストと思う。もうバンドの領事館には行かれない。出入りすれば尾行される」
「はっ、電信技士と何処かで会えるようにします」
「ハルピンの杉原さんが何か掴んでいるからだね?」
「カレンです」と言うと、飛鳥が大声で笑った。
「デキテルのか?」
「どういう意味ですか?」
「明日だがね、あるアメリカ人に会う。女だ」飛鳥が話題を変えた。長谷川は「誰かに会う」と聞いて、JT朱を想い起こしていた。飛鳥をじっと見ていた。
「心配するな」
*
「アグネスです」とそのアメリカ人が言った。飛鳥はこの女性は黒人の血が混じっていると確信していた。二人は中国語で話した。三人は黄裏江のカフェにいた。500メートル北に外国租界の建物が見える。
「黄です。こちらは張さんです」二人の憲兵将校は背広を着ていた。長谷川は偽眼鏡をかけていた。長谷川が「目覚めつつある支那」を持っているのをアグネスが見た。1938年ベストセラーとなったドイツの共産主義者カール・ウィットフォーゲルが書いた名著である。名著というのは、「何故、ロシア~中国~インド~アフリカに共産主義思想が根着いたのか?」と言う疑問に答えているからである。「アジア・アフリカは社会主義専制政治を好む」とその洞察力は多くの共産主義シンパを生んでいた。
「あら、張さんはインテリなのね?」
「とんでもない。みんな読んでるからですよ」
「朝日新聞の尾崎秀実さんをご存知?」
「私が上海や南京、重慶をご案内しましたから。尾崎さんはとてもインテリなんです。ドイツ語~英語~ロシア語~中国語のどれも話せます」
「今、満鉄の重役になっておられます」
「マンチュウクオ?」
「いいえ、東京の本社ですが。内閣の参与にもなられています」と飛鳥がアグネスに言うと笑みを浮かべた。
「私に何か?」と言うと、飛鳥が何か囁いた。
「小銃と弾薬ですって?どこの製品ですか?」
「チェコです」と長谷川が言うと、アグネスの目が大きくなった。
「見せてくれますか?」
「来週、またここで会いましょう」
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/091500013/
統一は中国とスクラム組んで
帰国後も習近平を見つめる朴槿恵
鈴置 高史 2015年9月17日(木)
北京での抗日式典に参加し、国民から大きな支持を得た朴槿恵大統領。
帰国の機中で「中国と協力し統一を目指す」と宣言した。
この予想外の急速な中国傾斜に、
保守派も米中二股派も「韓米同盟が消滅する」と悲鳴をあげた。
◆支持率が20%も急騰
◆天安門の外で待たされた朝貢使
◆楼上の“怪しい指導者”たち
◆J社はC社の招待を断った
◆「国の行く末が心配」
◆「統一のために中国と協力」
◆中国のおもちゃになる
◆米軍撤収も中国と話し合うのか
◆「統一」で騙された大統領の暴走
◆俺の後ろには中国がいるぞ
◆もう、米国側に戻れない
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(43)
(43)
南京と上海の距離は301キロメートルである。揚子江の河幅だが、南京では、2キロメートル、上海は、真ん中に島があるが船が通過するのに充分な8キロメートルの幅がある。河口は、40キロメートルである。因みに、東京湾の湾口は、21キロメートルである。
ロッキードL15スーパーエレクトラが「ガタン」と脚を出した。上海の上空を通過して着陸姿勢に入った。湾口が見えた。日本の戦艦が4艦浮かんでいる。蒋介石の国民軍は海軍を持っていなかった。
「あれが戦艦朝日だよ」と海軍大佐が飛鳥に言った。
1938年、大日本帝国海軍の旗艦、出雲と朝日が上海沖に停泊している。「揚子江を逆上って南京に向かう」と海軍大佐が飛鳥に話していた。出雲は日本海軍の象徴として親しまれた戦艦であった。
「大佐殿は赴任されるのでありますか?」
「陸戦隊がどんどん上陸している。英米独仏の租界は今までイギリスが中心だった。90年前の阿片戦争以来だ。だが、日本疎開が中心になった。その日本租界や英米仏の租界まで蒋介石に無差別に空爆された。米ソの爆撃機だよ。つまり陸上戦で押し返すほかないのである」と大佐が言った。今で言う「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」である。
ロッキードが着陸した。空港は霧が立ち込めていて視界が悪い。五月だというのに湿気が凄い。
「でもなあ、この湿気が作物の助けなんだよ」と誰かが言った。農家出身だろう。
「何処に宿泊するのですか?」
「唐人街さ」飛鳥は南京路の桃園大酒店がここ一ヶ月の住家だと言った。
日本陸軍浦東飛行場で海軍将校たちと別れた。
「海軍陸戦隊にも来てくれ」と口髭の大佐が飛鳥に言った。在上海日本領事館の武官が待っていた。なんと、デトロイト製のダッジではないか。
上海の中心までで32キロである。黄浦江の橋を渡った。「バンド」と呼ばれる上海共同租界を通った。
バンドとは「海岸通り」を意味する英語で、中国人は「ワイタン」と言っている。当時の英国商人が貿易拠点として構えた豪著な建築物が並んでいる。ネオ・ルネッサンス様式~ネオ・バロック様式~1920年代から1930年代にかけて流行した、アール・デコの建築群なのである
(註)上部が北で、下部が南。日本大使館は北にあった。ヨーロッパ風のお洒落な一角はここだけである。スラム街が南に拡がっていた。中華街やユダヤ難民のゲットーであった。
外国租界を簡単に語ってみよう。1843年の阿片戦争の結果である。清国は英国に負けた。開国を余儀なくされたのである。清と英国が南京条約を結んだ。英国商人らはこのバンドに土地を租借することに成功した。だが清は華洋分居という条文を作った。ヨーロッパ人を隔離したかった。「いずれ追い出す」というわけだ。このイギリス租界の成立の影響を受けて、アメリカ租界、フランス租界がそれぞれイギリス租界の横に出来た。これら三つの租界が「近代都市」上海の原型となったのである。
ところで、2013年、死んだ豚がこの黄浦江に投げ捨てられたことを知っている人は多いと思う。
日本総領事館に着いた。早速、領事に会った。
「上海にこられた用件は杉原領事から聞いています。上海は魔都と呼ばれるほどに妖怪が徘徊しています。秘密結社小刀会の武装蜂起をご存知ですか?その他、麻薬マフィア、殺人請負会社、露探、日本人のスパイが跋扈しているのです」
「南京路にある中華料理店の杏花楼に連れて行ってください」
「朝日新聞の尾崎が住んでいた?」
「そうです」
「何か、尾崎がしたのですか?」
「ただの調査です」
飛鳥と長谷川が支那人の服装に着替えた。飛鳥は着物、草履、庇のある帽子で支那人の金満家に見えた~長谷川は詰襟の国民服と支那の布靴である。ふたりとも肩から頭陀袋を下げている。改良された南部8ミリ大型とトカレフが入っていた。南京路の桃園大酒店の登録カウンターに立った。
「身分証明書を見せてください」と姑娘(くうにゃん)が飛鳥に聞いた。飛鳥と長谷川が領事から貰ったIDを見せた。
「黄さんと張さんですね?何日ぐらいのお泊りですか?」
「10日かな?一番いい部屋をくれない?」と宿泊料を払った。もうひとりの姑娘が三階の部屋に案内した。南京路に面していた。飛鳥が部屋の中を見て廻った。頑丈な鍵が着いている。
「これ相当古いホテルですね」
「多分、清代のものだろう」
「杏花楼で飯を食おう」
杏花楼は清時代からの老舗なのだ。料理店の上にアパートがある四階建て出会った。飾り窓ああるお洒落なアパートである。尾崎秀実の趣味が女性趣味だと感じた。上海蟹や酢豚、海老の甘辛煮と焼き飯を食った。太った店主が二人を見ていた。ふたりが満州語で話していたからだ。外へ出た。
「俺も写真機が買いたいな」と飛鳥がカメラ屋のウインドウを見ていた。
「オリンパスですね。今年、開発したと雑誌で読みました」
「じゃあ、それにしよう」
「大尉殿、どうして写真機なんですか?」
「租界の西洋館を見て、これを撮らなければ、女房や倅に叱られるからね。教えてくれよ」と支那人の金満家が笑った。桃園大酒店の部屋に戻った。桃園大酒店は杏花楼の隣なのである。
「さて」と言って、長谷川がトンツーの電信機を取り出していた。キーを叩いた。領事館に電信を送った。暗号で長谷川と判った電信技士が即座に「トン、トン、トン」と返して来た。「なにもない」という信号なのだ。飛鳥は新しい玩具をマニュアルを見ながら勉強していた。
「少尉、カメラは面白いね。あのね、交通手段なんだが、人力車がベストと思う。もうバンドの領事館には行かれない。出入りすれば尾行される」
「はっ、電信技士と何処かで会えるようにします」
「ハルピンの杉原さんが何か掴んでいるからだね?」
「カレンです」と言うと、飛鳥が大声で笑った。
「デキテルのか?」
「どういう意味ですか?」
「明日だがね、あるアメリカ人に会う。女だ」飛鳥が話題を変えた。長谷川は「誰かに会う」と聞いて、JT朱を想い起こしていた。飛鳥をじっと見ていた。
「心配するな」
*
「アグネスです」とそのアメリカ人が言った。飛鳥はこの女性は黒人の血が混じっていると確信していた。二人は中国語で話した。三人は黄裏江のカフェにいた。500メートル北に外国租界の建物が見える。
「黄です。こちらは張さんです」二人の憲兵将校は背広を着ていた。長谷川は偽眼鏡をかけていた。長谷川が「目覚めつつある支那」を持っているのをアグネスが見た。1938年ベストセラーとなったドイツの共産主義者カール・ウィットフォーゲルが書いた名著である。名著というのは、「何故、ロシア~中国~インド~アフリカに共産主義思想が根着いたのか?」と言う疑問に答えているからである。「アジア・アフリカは社会主義専制政治を好む」とその洞察力は多くの共産主義シンパを生んでいた。
「あら、張さんはインテリなのね?」
「とんでもない。みんな読んでるからですよ」
「朝日新聞の尾崎秀実さんをご存知?」
「私が上海や南京、重慶をご案内しましたから。尾崎さんはとてもインテリなんです。ドイツ語~英語~ロシア語~中国語のどれも話せます」
「今、満鉄の重役になっておられます」
「マンチュウクオ?」
「いいえ、東京の本社ですが。内閣の参与にもなられています」と飛鳥がアグネスに言うと笑みを浮かべた。
「私に何か?」と言うと、飛鳥が何か囁いた。
「小銃と弾薬ですって?どこの製品ですか?」
「チェコです」と長谷川が言うと、アグネスの目が大きくなった。
「見せてくれますか?」
「来週、またここで会いましょう」
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/17 | |
孤独の論戦 |
往年の名画「真昼の決闘」を想い出す。保安官を誰も助けない、、ひとりで決闘に行く、、伊勢爺も同じ気持ちを持っている。伊勢平次郎 ルイジアナ
BB argument 9.16.15
Marcus Grant JB • 10 hours ago
Where did they demonstrate that -- ever? Ukraine? Georgia? Afghanistan? Poland? Japan? Finland?
=======
Ukraine - referendum of LOCALS in Crimea to cessed from Ukraine after UnConstituional coup in Kiev ...also rebbelion in Donbas again after UnConstituional coup in Kiev (+ Russia agree Donbass should stay a part of Ukraine) - so where is contradiction to support of idea that "states have full authority over their territories; no outside players may interfere"?
Georgia - Georgian illegal agression in disputed separatist regions where locals voted for independance - Russia had to stand by with locals (according to its Peacekeeping mandate)) against the attacking side (Saakashvilli's Georgia) - Russian Peacekeeping mandate was sponsored by OSCE and UN by the way - where is contradiction?
Afghanistan - first of all it was USSR, not Russia - Russia didn't exist as independent state those times - but even USSR dispatched troops to Afdganistsn on request of Afghan government to fight Islamists in the South - the fact that USA helped Islamists to spoil everythinbg for soviets doesn't make USSR to be wrong in those circumstances...
Poland - and what exactly about Poland?
Japan - and what about Japan? - Japan was agressor in ww2 and was defeated by USA, USSR, China etc - so where is Russia's illegal involvement in Japan?
Finland - USSR illegally attacked Finland in 1939 - it was Stalinist USSR, Russia as one of 15 republics of USSR had no say in USSR those days same like no any other repoublic had any power to protest Soviet Politburo decigions (which were actually Stalin's individual decigions)....later Soviet -Finnish border was demarcated in 1945 as a result of ww2 (in which Finland was on Hitler's side and was defeated by USSR, UK and USA), current border is not a result of winter war of 1939-1940
Iseheijiro Marcus Grant • 9 hours ago
"Japan - and what about Japan? - Japan was aggressor in ww2 and was defeated by USA, USSR, China etc - so where is Russia's illegal involvement in Japan?"
Ignorant man. You know nothing. Chiang Kai-Shek broke every treaty with Brits, US, France, Germany and Japan 1937. KMT indiscriminately bombed Shanghai international community by bombers provided by FDR the crook.
Soviet never defeated Japan in its history. Neither China. Soviet took northern islands after August 15 1945. You are ignorant man.. KMT indiscriminately bombed Shanghai international community by bombers provided by FDR the crook. Soviet never defeated Japan in its history. Neither China. Soviet took northern islands after August 15 1945. You are ignorant man.
R.W. Emerson II Iseheijiro • 9 hours ago
The Soviet Union defeated the Japanese army in Manchuria. The loss of the army made it impossible for Japan to continue the war.
The U.S. use of atomic bombs on Japanese cities was completely unjustified -- yet you defend the U.S. Empire and hate Russia!
Why did Japan side with Germany in WW II? When it did so, it made itself the enemy of Russia. That was a stupid mistake.
Iseheijiro R.W. Emerson II • 7 hours ago
Hey moron, US dropped a-bomb in Hiroshima August 6, Nagasaki August 9. Soviet that had a treaty with Japan declared war
against Japan on august 9 at 11 PM. Russians raped, killed women and little girls as young as 8 years old, committed armed robbery all over Manchuria, took even toilet. And you are proud of it huh? Russians are animal. Go to hell.
R.W. Emerson II Iseheijiro • 7 hours ago
Can you tell me why Japan sided with Germany in WW II?
Russians and Mongolians were busy defeating Japan's Kwantung Army. This was not a long campaign. When did Russians have time to rape women, kill little girls and eat babies? These atrocity tales seem like a Japanese attempt to deflect attention from the ignominious defeat of its army.
What was Japan doing in Manchuria, anyway?
Iseheijiro R.W. Emerson II • 5 hours ago
The truth of the matter is you are the rapist. Russians, Chinese and Koreans are inferior species. US, EU and Japan keep sanctions on you. Moron.
R.W. Emerson II Iseheijiro • 4 hours ago
Thank you for telling us exactly what is at the root of the Anglosphere's hatred for Russia and Russians -- delusions of ethnic supremacy. The very fact that we in "The West" see the world in such a primitive way is proof that we are not Superior or Exceptional.
Iseheijiro R.W. Emerson II • 19 minutes ago
Russia is still a backward country as well as China. We need a leader that is USA. When Putin returns Crimea, Georgia and northern islands of Japan? We will continue to impose sanctions against Russia believe or not.
Marcus Grant Iseheijiro • 6 hours ago
Iseheijiro wrote :" Russians raped, killed women and little girls as young as 8 years old, committed armed robbery all over Manchuria
====
Manchurians claim those were Japanese who did it, not Russians - Japanese rapes in China, Manchuria and Korea during ww2 (as well as forcing Chinese and Korean girls to work in bordels for Japanese army) are reasons why China and Korea (both Koreas actually) demand apology from Japan even today - and you know it...lol
Iseheijiro Marcus Grant • 5 hours ago
Sooo you are representing Chinese or Koreans? lol
Deen335 R.W. Emerson II • 2 hours ago
I like you.
Marcus Grant Iseheijiro • 9 hours ago
Iseheijiro wrote : "Soviet never defeated Japan in its history. Neither China. Soviet took northern islands after August 15 1945.
=========
in 1939 Soviets defeated Japan in Khalkhyn Gol battle and thus secured independence of Mongolia....
wiki: "the Battles of Khalkhyn Gol were the decisive engagement of the undeclared Soviet–Japanese border conflicts fought among the Soviet Union, Mongolia and the Empire of Japan in 1939. The conflict was named after the river Khalkhyn Gol, which passes through the battlefield. The battles resulted in the defeat of the Japanese Sixth Army and preventing Japanese occupation of Mongolia.
Japanese records report losses for this battle as 8,440 killed, 8,766 wounded, 162 aircraft lost, and 13 tanks lost (29 more later repaired
and redeployed). Some sources, however, put the Japanese casualties at 45,000 or more killed, with Soviet casualties of at least 17,000
After the war, at the International Military Tribunal for the Far East, fourteen Japanese were charged by delegates of the conquering Soviet
Union, with having "initiated a war of aggression against the Mongolian People's Republic in the area of the Khalkhin-Gol River" and also with having waged a war "in violation of international law" against the USSR. Kenji Doihara, Hiranuma Kiichirō, and Seishirō Itagaki were convicted on these charges."
--
then in august 1945 Soviets defeated Japan in Korea and Manchuria - wiki:"Soviet gains on the continent were Manchukuo, Mengjiang (Inner Mongolia) and northern Korea. The Soviet entry into the war and the rapid defeat of Japanese forces was a significant factor in the Japanese government's decision to surrender unconditionally, as it made apparent the USSR would no longer be willing to act as a third party in negotiating an end to hostilities on conditional terms."
so there was nothing wrong to take islands after august 15 - there were japanese troops there and they refused to surrender - so they were defeated and islands taken..
wiki :"By the end of World War II there were from 560,000 to 760,000 Japanese POWs in the Soviet Union ....
and you say "Soviet never defeated Japan in its history"?,... lol !!!
Iseheijiro Marcus Grant • a few seconds ago
"wiki :"By the end of World War II there were from 560,000 to 760,000 Japanese POWs in the Soviet Union ....and you say
"Soviet never defeated Japan in its history"?,... lol !!!"
No, your rhetoric doesn't work. Soviet had never defeated Japan US did. Soviet took prisoners to Gulag in Magadan and killed them by starvation. Shame on you Russki.
Сергей • a day ago
Prophecy Gaddafi.
March 7, 2011, eight months before his death, Muammar Gaddafi gave an interview to Turkish television. Emphasis is placed on the following prescient prediction: "Neglect stability of Libya would entail the collapse of the peace in the world, through the instability in the Mediterranean. If our government in Libya will have to stop, millions of Africans will flood illegally into Italy, France. .. "
Gaddafi in Libya satisfied socialism that smacks of communism. Thanks to petrodollars, he can afford it. Revenues from oil Libyan leadership for social needs. What it allowed to the mid-seventies to implement large-scale program for the construction of public housing, health and education. For a long time, gasoline was in the country free of charge. In Libya, all the children went to school. The leader of the Jamahiriya, so he named was the Libyan state, strictly followed to ensure that Libyan women have education, if desired, can serve in the military a career.
With Gaddafi massacred as with Saddam Hussein and finish with Bashar al-Assad. What is it? Fight in the name of democracy?
According to the UN in military conflicts we are now not cease in Syria, Iraq, Libya, Yemen, Afghanistan, killing more than 1 million. Civilians.
Iseheijiro Сергей • a day ago
Unfortunately I have to agree. I still don't understand why Americans killed Saddam and half millions Iraqi civilians. Why US got rid of Gaddafi? I think it's the same thinking that Truman burned and killed innocent women children and babies in Hiroshima and
Nagasaki. Self-righteous American Christian killed non-Christian men and women in unnecessary wars for centuries.
Joseph Siew Iseheijiro • 21 hours ago
Finally something good from Ise the old spy. Americans killed Saddam because they thought they could control Iraq after the passing of saddam, with the help of the Shiites. Unfortunately, they were wrong. The Arabs are not the same as Japanese. Japanese dearly stuck to the Yankees after being bombed, idolizing the strong and smarter white people. The Arabs fought back no matter how devastated they were.
Iseheijiro Joseph Siew • 20 hours ago
Joe, are you teaching me something? I was in
Sicily when the first Gulf War started. I was in Leipzig when Saddam was hanged. I was always against US involvement in Iraq since Reagan era. BTW, Japanese are richer, stronger and smarter than you.
Joseph Siew Iseheijiro • 20 hours ago
Ise-san, I complimented your speaking up against the US involvement in the Middle East affairs disguised as a fight against dictatorships, WMD, and terrorism.
Iseheijiro Joseph Siew • 18 hours ago
Joe, I wrote many articles here US and Japan. It’s not America nor Americans it’s Neoconservative's conspiracy. Bush, Cheney,
Wolfowitz and a rat Rumsfeld. GWB lied and took us to war. Bush is criminal.
Joseph Siew Iseheijiro • 17 hours ago
Obama is worse. IS, Pivot to Asia, Sanctions of Russia etc all happened during his reign. It's worse because he's got a nobel peace prize.
Iseheijiro Joseph Siew • 9 hours ago
Disagree.
Joseph Siew Iseheijiro • 4 hours ago
Me too. Obama To Receive Second Nobel Peace Prize
Iseheijiro Joseph Siew • 3 minutes ago
China will never become a world leader. You don't have allies except another rogue nation Russia and North Korea. lol
お知らせ
今日は「連載小説「憲兵大尉の娘」を休みます。疲労困憊のためです。伊勢
09/16 | |
ならば、慰安婦像の撤去を求めよ |
駐日韓国大使、産経電子版コラムの削除求める
2015年09月16日 07時31分
【ソウル=井上宗典】産経新聞電子版が8月31日に掲載した韓国外交を批判するコラムを巡り、柳興洙ユフンス駐日韓国大使が15日、産経新聞東京本社を訪れ、コラムの削除と謝罪を求めた。
産経新聞広報部によると、コラムが韓国の対中国外交などを「事大主義」と指摘したことについて、柳大使は「憤りを覚える内容で朴槿恵パククネ大統領や韓国国民を冒涜ぼうとくしている」と抗議したという。同社は熊坂隆光社長が対応し、削除や謝罪には応じない考えを示した。
ならば、慰安婦像の撤去を求めよ
日本の新聞界は、赤い朝日~偏向報道の沖縄紙~ポルノ新聞の毎日~子供新聞の読売、、にぎやかだ。産経新聞だけがまともな新聞社である。この新聞社がなければ、中韓に日本を売る売国新聞だけが残る。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(42)
(42)
夕闇が迫っていた。雨が止んで、西の空が夕焼けで桃色である。ハルピンの平房を離陸してから8時間が経っていた。揚子江の川べりに市街が見えた。城壁が見える。南京は、意外に小さな都市である。8キロメートルX8キロメートルである。筆者夫婦はイエルサレムに行ったが、南京城のサイズよりもひと回り大きかった。それでも、歩いて廻れた。滑走路が見える。南京大行飛行場だ。勿論、日本陸軍大行飛行場なのだ。
「ガタン」とロッキードが着陸した。地上兵が旗を振っている。海軍大佐が将校と話していた。宿舎のことだろう。大行飛行場は揚子江の支流の南岸にある。
「雨花台に将校宿舎があります」と西のバラックスを指さしていた。小型のバスが来て、宿舎に着いた。レンガ造りである。砲撃は受けていなかった。
「砲弾は城内に撃ち込まれたのだろう」と飛鳥が言った。
「城壁だけであります」と運転する兵隊が言った。玄関に着いた。
「大尉殿、おふたり相部屋になります」とトランクを持って廊下を歩いて行った。
揚子江から五月の風が吹いて来る。
「南京の気候は、東アジアモンスーンの影響を受ける亜熱帯湿潤気候に属しています。雨が多く非常に暑い夏が南京の特徴です。中国では、武漢と重慶に並んで「中国三大火炉の一つ」と言われるほど南京の夏は酷暑となります」と部屋に案内した内務班の一等兵が言った。
「だが、涼しいね」
「はっ、昼は25度、夜は18度で五月は雨が多いのですが、快適なんです。ご夕食は、兵隊食道へ七時にお出かけください」
ふたりはシャワーを浴びて私服に着替えた。兵隊食道の将校コーナーに海軍大佐一行が来ていた。
「みなさん、ご苦労様です」と熊本第六師団の准尉が挨拶をした。日本酒、カツオ、タケノコ飯、アサリの入った味噌汁が運ばれて来た。長谷川の腹が「ぐ~」と鳴った。戦争中かと思われるほど平和なひとときであった。
「戦況をすこし説明致します」と准尉が言うと12人の将校たちが身を乗り出した。包囲の襟章を着けた士官が壁の白布に幻燈を写してから部屋の明かりを消した。去年12月の南京攻略と陥落後の写真であった。
長谷川の印象は、明らかに日本軍の勝利であるが、蒋介石は何処に逃亡したのか?
「蒋介石は徐州へ逃げた。そこで立て直すために臨時政府を建てている。どういう意味かというと、蒋に失望したルーズベルトの支援を再び得て、南京を奪回すると言っている。国民軍の士気は低く、南京市民を殺し奪略強姦した。市民もやられてばかりおらず、人数にもの言わせて便衣隊を棍棒で叩き殺した。便衣隊は国際法違反である」
「それで、南京の治安は収まったのか?」と海軍大佐が質問した。
「はっ、治安は一応収まっていますが、便衣隊が出没しております。敵の武器は爆弾であります。憲兵隊が私服の市民を取り調べるのはこれが理由であります」
飛鳥と長谷川が「あっ」と言った。スクリーンにあのソ連機が写ったのである。使えないように翼がもぎってある。
「ご存知でありますか?ソ連製ポリカルポフI-16戦闘機5型であります。大行飛行場の格納庫で押収したのであります。国民軍は捨てて逃げたわけであります」と言うと全員が笑った。
「支那兵とはそういうもんです」と大連の海軍士官が言った。
「すると、蒋介石はソ連の支援も受けている?」
「そうであります」
「だが、北満には侵攻して来ない」
「独ソ戦の準備で、それどころじゃないのでしょう。ただ、好機到来を待っている」
「みなさんが上海へ行かれるのは明後日の朝になります。明日一日は、南京の城内をご案内致します」
「准尉殿、感謝する」と海軍大佐が言うと、みんな部屋に帰って行った。
*
准尉と一等兵が運転するバスが中華門を入った。長谷川が、ハンザ・キャノンを取り出していた。中華路から中山路で降りた。左の国際安全区に入った。意外に城内は爆撃を受けていなかった。印象に残った。日本軍は考えが深かった。「無差別攻撃をしないのは侍コードだからか?」と飛鳥が想っていた。市民も店を開けていた。「タイショー、カッテチョーダイ」と置物屋の女が言った。長谷川が絵葉書一式を買った。
~続く~
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2015年09月16日 07時31分
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(42)
夕闇が迫っていた。雨が止んで、西の空が夕焼けで桃色である。ハルピンの平房を離陸してから8時間が経っていた。揚子江の川べりに市街が見えた。城壁が見える。南京は、意外に小さな都市である。8キロメートルX8キロメートルである。筆者夫婦はイエルサレムに行ったが、南京城のサイズよりもひと回り大きかった。それでも、歩いて廻れた。滑走路が見える。南京大行飛行場だ。勿論、日本陸軍大行飛行場なのだ。
「ガタン」とロッキードが着陸した。地上兵が旗を振っている。海軍大佐が将校と話していた。宿舎のことだろう。大行飛行場は揚子江の支流の南岸にある。
「雨花台に将校宿舎があります」と西のバラックスを指さしていた。小型のバスが来て、宿舎に着いた。レンガ造りである。砲撃は受けていなかった。
「砲弾は城内に撃ち込まれたのだろう」と飛鳥が言った。
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揚子江から五月の風が吹いて来る。
「南京の気候は、東アジアモンスーンの影響を受ける亜熱帯湿潤気候に属しています。雨が多く非常に暑い夏が南京の特徴です。中国では、武漢と重慶に並んで「中国三大火炉の一つ」と言われるほど南京の夏は酷暑となります」と部屋に案内した内務班の一等兵が言った。
「だが、涼しいね」
「はっ、昼は25度、夜は18度で五月は雨が多いのですが、快適なんです。ご夕食は、兵隊食道へ七時にお出かけください」
ふたりはシャワーを浴びて私服に着替えた。兵隊食道の将校コーナーに海軍大佐一行が来ていた。
「みなさん、ご苦労様です」と熊本第六師団の准尉が挨拶をした。日本酒、カツオ、タケノコ飯、アサリの入った味噌汁が運ばれて来た。長谷川の腹が「ぐ~」と鳴った。戦争中かと思われるほど平和なひとときであった。
「戦況をすこし説明致します」と准尉が言うと12人の将校たちが身を乗り出した。包囲の襟章を着けた士官が壁の白布に幻燈を写してから部屋の明かりを消した。去年12月の南京攻略と陥落後の写真であった。
長谷川の印象は、明らかに日本軍の勝利であるが、蒋介石は何処に逃亡したのか?
「蒋介石は徐州へ逃げた。そこで立て直すために臨時政府を建てている。どういう意味かというと、蒋に失望したルーズベルトの支援を再び得て、南京を奪回すると言っている。国民軍の士気は低く、南京市民を殺し奪略強姦した。市民もやられてばかりおらず、人数にもの言わせて便衣隊を棍棒で叩き殺した。便衣隊は国際法違反である」
「それで、南京の治安は収まったのか?」と海軍大佐が質問した。
「はっ、治安は一応収まっていますが、便衣隊が出没しております。敵の武器は爆弾であります。憲兵隊が私服の市民を取り調べるのはこれが理由であります」
飛鳥と長谷川が「あっ」と言った。スクリーンにあのソ連機が写ったのである。使えないように翼がもぎってある。
「ご存知でありますか?ソ連製ポリカルポフI-16戦闘機5型であります。大行飛行場の格納庫で押収したのであります。国民軍は捨てて逃げたわけであります」と言うと全員が笑った。
「支那兵とはそういうもんです」と大連の海軍士官が言った。
「すると、蒋介石はソ連の支援も受けている?」
「そうであります」
「だが、北満には侵攻して来ない」
「独ソ戦の準備で、それどころじゃないのでしょう。ただ、好機到来を待っている」
「みなさんが上海へ行かれるのは明後日の朝になります。明日一日は、南京の城内をご案内致します」
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*
准尉と一等兵が運転するバスが中華門を入った。長谷川が、ハンザ・キャノンを取り出していた。中華路から中山路で降りた。左の国際安全区に入った。意外に城内は爆撃を受けていなかった。印象に残った。日本軍は考えが深かった。「無差別攻撃をしないのは侍コードだからか?」と飛鳥が想っていた。市民も店を開けていた。「タイショー、カッテチョーダイ」と置物屋の女が言った。長谷川が絵葉書一式を買った。
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09/15 | |
上海株は下げ止まったのか? |
ま、チャイナが読めるなら苦労しない(笑い)。USの巨大銀行CITYのCEOは、「チャイナの数字は出鱈目だ。不良貸付の底が判らない。GDPを7.3%などと言っているが、4%だろう」と糞味噌にけなした。米国債を売って~人民元を買い~株と通過を下支えしていきたが、投資が息消沈している。外資どころか国民までが海外に資産を移している。まだまだ鎮火しないだろう。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」第二部(41)
(41)
4月の8日の朝、長谷川道夫憲兵少尉がロシア語の暗号解読を卒業した。先生が21歳のカレンであること~地理を学んだこと~暗号を解くのは面白いことが長谷川を飽きさせなかったのである。カレンは天生の教師であった。長谷川が行き詰まると、チェスを持って来た。クリル文字を入れて言葉を横に繋ぐパズルのブックを買って来た。暗号解読はこのパズルに似ていたからだ。それに、ソ連情報局は800のワードを使うだけであった。ロシア語は日本語のように定義が曖昧でなく、二重に取れる表現がなかった。名前は数字なのだ。その数字も変わらなかった。カレンが、ソ連情報局員の数字にニックネームを付けた。ナターシャー~イリーナ~アンナー~アレキサンドラ、、暗号員は女性が多いと言った。暗号部員が300人であると判った。変わっても、ほんの30人が一年に代わるようだ。カレンは全ての数字にネームを付けた。つぎに班に分けた。東京班~上海班~ハルピン班~新京班~天津班~奉天班、、という風に分けた。
「班に帰属すると代えられないようですね」と長谷川がカレンに言った。
「代えると機密情報のコントロールを失うからでしょう」
「つまり同志を信用しないと?」
「そうよ。ロシア人ほど疑い深い人種はいないのよ。ユダヤ人もだけど」
ふたりが話している部屋に領事と飛鳥大尉が入って来た。
「卒業したってカレンから報告があった。ご苦労さまでした。しかし、仕事はこれからです」と領事が長谷川に言った。八の字眉毛の飛鳥の目が笑っていた。
「お祝いするわけじゃないが、小崑崙でランチ食べないか?」
「あそこ美味しいわよ。私、圓篭排骨(蒸したスペア・リブ)~酸菜白肉(白菜漬けと白身の煮込み)~牛肉柿子(牛肉と柿の煮込み)のどれも好きなの」
「カレン、今日の仕事は、これでお終い。三人で楽しんで下さい」と領事が武官を呼んだ。武官の運転するダットサンのヘッドライトの横に日の丸の旗が着いている。警官が外交官だと判る。20分で大安街の小崑崙に着いた。
「中尉殿、ちょっと待っててください」と飛鳥が武官に言った。圓篭排骨を二箱買って出て来た。
「いやいや、有難う」と武官が感謝した。ダットサンが走り去った。三人が店に入ると個室を頼んだ。カレンは赤いスカーフで顔を見られないようにして座った。カレンがどんどん料理を注文した。すると、「僕の分もお願い」とイワノフの声がした。イワノフは神出鬼没だが、その秘密をカレンは知っていた。
「イワノフが出ると思ってたよ」と飛鳥が笑った。
「ハバロフスクのソ連情報局は何を話してる?」と長谷川が訊いた。
「1933年にヒトラーが政権を握ったことはご存知ですね?ナチスは反共を唱えて、ソ連はナチスを「ファシスト」と呼んで批判している。双方の独裁者はお互いを「人類の敵」「悪魔」と罵り合っている。一方で、ソ連情報局は「独ソ不可侵条約を話してる」
「ドイツは対ソ連戦を考えている?」と飛鳥。
「ベルリンは、戦車師団~飛行師団~軍用トラックを増強している」
「戦力はどっちが上か?」
「明らかにドイツです。機動力と飛行機が一段とソ連よりも優れている」
「よし。少し聞きたいが今日は少尉の卒業式だ。この話しは、武官から講義を受けるよ」
「イワノフ、これから何をする?」と飛鳥が訊いた。
「領事がハバロフスクへ行けと命令された。ウランと明後日、出発します」とタタールの力士が言った。
「帰って来てね」とカレンがイワノフの手を取った。イワノフが「スパシーボ」と感謝していた。ジャポチンスキーは力持ちだけではなく、インテリなのだ。もの凄い量の焼肉を食った。パンに、べったりとバターとイチゴジャムを塗っていた。飛鳥が笑って見ていた。
「ミス・スター、アパートを引き払うって?」
「領事の命令なの」とロシア語で話していた。
「その方がいい。向かいの家に特高(刑事)が住むよ。ソ連製のライフルを一丁上げた」と飛鳥が驚かした。
「どうやって通うの?」と長谷川。
「山中武官が天龍公園まで向かえにくるの」カレンは長谷川と館に住めるので嬉しかった。
「飛鳥大尉と長谷川少尉はこれから何をします?」とイワノフが言うとカレンが身を乗り出した。
「われわれに上海へ行く命令が出た。だが、出発はまだ決めていない」
「まあ、どのくらいの期間行かれるのですか?」とカレンが心配になった。
「多分、一ヶ月」
「ドシダーニャ」とイワノフが出て行った。三人が外へ出ると春風がそよそよと吹いている。松花江も解氷期に入った。川岸の柳が芽を吹き出していた。三人はチューリップの庭のある喫茶店に入った。
ハルピンの4月の気温は、最低が5度~最高が14度なのである。5月になると気温が最高22度と上がる。北海道に似ているかと言うと、そうではない。高低の激しい大陸性気候なのである。最も寒いのは1月で、マイナス22度まで下がる。
*
上海に出発する前の日、飛鳥と長谷川は向かいの家の特高(刑事)に会った。特高はペアなのである。一人は中年で、一人はその息子かと思うほどの若い男であった。「ミス・カレンが無事に武官と領事館へ行かれた。満州警察の射撃場でライフルを練習する」と言って貰ったライフルを喜んでいた。「上海へ一ヶ月行くので、カレンを頼む」と飛鳥が歳上の特高に言うと、「あの女性は日本にとって重要です」と目が強くなった。「刑事は恐いな」と長谷川が思った。
その夕方、家族だけの晩餐が用意された。カレンがエプロンをかけてイリヤをヘルプしていた。テーブルの上に、赤と黄色のチューリップの鉢が置いてある。ヤコブがワインを配った。カレンが長谷川の横に座った。
「少尉が卒業した。カレンは何をするの?」と飛鳥がカレンに話しかけた。
「もう一人暗号解読員を訓練するのよ。この人はベルリンで育った日本人でロシア語はベルリン大学で習った人なの。お父さまが日本大使館員なんです。だから難しくはないの。でも、、」
「でも?」
「いいの。上海から帰って来られたら話します」
「杉原領事さんが選んだの?」
「そうです」
長谷川は「カレンは何か気になっている」と思った。
ロッキードL15スーパーエレクトラ
飛鳥と長谷川が平房飛行場の駐機場に立っていた。空は薄曇りだった。平房では、4人の将校が乗っただけである。お互いに敬礼し合った。座席が大きく快適である。
「アメリカの富豪がこのロッキードで世界一周をしたと聞いた。去年、これを立川飛行機がアメリカから30機買ったんだ。だが、低空での安定性が悪い。失速して墜落するらしい。そこで、国産のエンジンを載せて、翼に改良を加えた。それが一式輸送機なんだよ。12人乗りで時速420キロと遅いが、航続距離が3240キロと長いのが特徴なんだ」
「上海まで直行ですか?」
「いや、大連の周水子に寄る。エライサンが乗る。大連から上海浦東陸軍飛行場に向かう。ハルピンから上海まで6時間だと言っている」
「なるほど。だから渡洋爆撃なんですね?」
「済州島か鹿児島の鹿屋から飛んで行くわけさ。重慶まで爆撃したからね。台湾にも飛行場を造っている。これからは、飛行機の時代だと思う」
大連の周水子に向かって、一式輸送機が高度を下げた。「大丈夫かな?」と長谷川が気になった。気流が翼を揺らした。飛鳥を見ると、膝に両手を置いて、目を瞑っていた。
「ガタン」と着地した。平房から2時間30分であった。
8人の士官が乗って来た。口髭を蓄えた大佐がいた。右側の座席に座った。「海軍大佐だ」と飛鳥が囁いた。一式輸送機は再び空に舞い上がった。眼下は海原ばかりである。
「君たちは憲兵将校だね?」と海軍大佐がは話しかけて来た。
「はっ、そうであります」
「上海の何処に行かれるのか?宿所が決まっていないなら海軍士官宿舎を使いたまえ」
「はっ、有難うございます。宿所は決めています」と飛鳥が頭を下げた。あと1時間で、上海浦東陸軍飛行場だ」とアナウンスがあった。黄海は雨雲に覆われていて見えなかった。一式輸送機はゴロゴロと爆音を立てながら雨雲の中に入った。雷の閃光が走った。翼が左右に揺れた。雲の下は豪雨だった。上海は全く見えない。飛沫が窓を叩いた。
「視界不良の為、揚子江の北へ向かう」と機長がアナウンスした。
「南京だな」と大佐が言った。
「飛行場はあるんですか?」と飛鳥が心配になっていた。
「今年一月に爆撃した南京大校飛行場じゃないかな?もう修復したはずだからね」と大佐。
雷雨が収まりつつあるのか、南京の小高い山が見えた。滑走路が見えた。建物も新しい。機長がラジオで話していた。アメリカ製のラジオは真空管で増幅されていた。大容量のバッテリーが必要であった。日本は鉱石ラジオが主流であった。
「迂回した飛行機が集中しているので、旋回して待機します」と高度を上げた。30分ほどすると、ラジオが鳴った。一式輸送機ことロッキードが下降し始めていた。
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
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新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/14 | |
国が衰退しようが、男がピンクのパンテイを穿こうが、、 |
これがテキサスの女である。えっ、セクシーじゃないって?
最近、歳をとったからか、「日本が衰退しようが、男が化粧しようが、どうでもいい」と思うようになった。日本の運命は日本人が決めれば良いのだからと。だいたいのアメリカ人は、そう思っている。だから、沖縄が嫌なら、他のチョイスを考えるだろう。伊勢でも沖縄にはうんざりする。一方、ハヤブサやぽんにも、うんざりしている。こういう連中はどうにもならない精神を持っているからだ。いったい、何人ぐらいいるんだろうか?伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(40)
(40)
島崎伍長を先頭にして80キロ北の満蒙開拓移民団の村落を目指した。食料とテント、鍋、釜を積んだラバ二頭を従えていた。
二・二六事件の起きた1936年に広田内閣は満蒙移民政策を施行した。当初500満員を入植させると行きごんでいたが、1945年までの期間に27万人が入植しただけである。
「満州拓殖公社が無人地帯を安価に買い上げたんです。何故、無人地帯かと言うと、やはりソ連国境の恐怖です。今年は、20万人が入植予定であります」と伍長が轡を並べている長谷川に語った。
「しかし、何故、そのソ連国境を選んだのかな?」
「ま、土地が安いが第一で~開拓団を一種の国境守備隊にするというのが第二の理由でしょう」
「国境守備隊?」長谷川が苦い顔をした。
「自分も賛成ではありません」
北風が吹いていた。長谷川が寒気を覚えた。
「気温が下がっている。雪が降るでしょう。6時間来たから野営を準備しましょう」
「イワノフ、ここで野営する」
「オーチン、ハラショー」とオールド・ドンを降りたイワノフがラバから荷を降ろした。ウランが枯れたモミの木を一本見つけて斧を振るった。ドッサンと大木が倒れた。イワノフが代わった。ウランが焚き木に火を着けた。島崎伍長は馬に飼葉をやっていた。最初に湯を沸かして凍った雪を溶かした。暖かい水を三個のバケツに分けた。長谷川が米を研いでいる間にイワノフが一束の薪を持って来た。焚き火がごんごんと立ち上がった。イワノフとウランがテントを張って毛布を数枚投げ込んだ。今夜の献立は駐屯所の給食兵が持たせた鶏肉の煮込みだった。イワノフがウォッカを取り出していた。冷たい黒パンをむしりながら食べていた。普段、飲まない長谷川が「イワノフ、俺にも一杯くれ」と言ったのでイワノフが驚いた。それほど寒いのだ。「俺にもくれ」と伍長まで加わった。ウランだけが飲まなかった。キャンバスのシートを敷いて枯れ草を盛り、馬とラバの足を守った。やがて雪が降り出した。
「雪だ。これ以上は気温は下がらない」と島崎伍長が喜んでいた。イワノフが信じられないほどの太い薪を担いで来た。ウランがそれを上手に組んでいた。
「湯は一晩中あります。のろの胡椒焼きもあります」とイワノフ。実に頼り甲斐のある韃靼なのである。「馬でも担げそうだな」と伍長が笑っていた。長谷川は「米作民族の日本人は体格が悪い」と思った。
*
起きると朝陽が射していた。あたり一面が銀世界なのだ。ウランとイワノフが焚き火を起こしていた。昨夜の残りを温めて食った。馬たちは元気に大麦を食っている。みんなで、バタバタとテントを畳んでラバに載せた。馬に跨った。
「ご一同さん、今日は40キロは行ける。北に川がある」と伍長がタバコの煙を輪にして澄んだ空気の中にはいた。
昼飯はパンとスープで終わらせた。午後の4時過ぎに川が見えた。イワに氷が張っていたが、流れのある処は凍っていなかった。イワノフとウランが馬から飛び降りて丸裸になった。
「え~?川に入るんじゃなかろうな」と伍長。
イワノフが「クプチャクカーン」と叫んで小川に飛び込んだ。ウランが続いた。さすがの伍長もぶったまげた。
長谷川と伍長がラバから薪を降ろして焚き火に取り掛かった。イワノフが裸のままで、薪を割った。ウランは馬の世話をした。やはり裸のままで、、
「こいら、どうなっとんじゃ?」と伍長が笑った。
イワノフが服を着ると、給食兵から貰ってきた鴨を二羽袋から取り出した。支那包丁で叩き切り、金串に刺して、胡椒、塩、醤油、ウォッカ、砂糖を手で揉み込んだ。焼けるまで湯にウォッカを入れて飲んでいた。ウランがパンを炙った。あとは、乾し椎茸と鶏がらのスープだけだ。
開拓団の集落が地平線に見えた。全くの平野である。ここは2万人の入植だと伍長が話した。金沢県の人たちで若い夫婦と子供が多いのだと。だが、彼らはスッピンピンで移民したのではなかった。広田内閣は一応、開拓希望者に土地購入費(二十五エーカー)一千円~家屋二百円~農具その他必要品二百円~生活費(移住後一年間、四百円~渡満費(一人当り五十円を支給すると始めたが、未曾有の不況のために、たちまちのうちに予算がなくなって行った。実際に支給した条件は記録にない。
(註)満州は記録がないか失われたのか実像が不明なことが多い。戦車の数~航空機の数~や放の数、、シベリア抑留者~満蒙開拓団~どのくらいのお墓が残っているのか。これほど、東京政府も関東軍も余裕がなかったことだけが明らかである。
一軒の開拓団一家の家に向かった。意外に大きな家屋で馬小屋と納屋もあった。犬が吼えた。4人のキャラバンが近着いてくるのが判ったらしい。若い男が扉を少しだけ開けて銃を持って立っているのが見えた。
「お~い。佳木斯の連隊だ」と島崎伍長が叫んだ。男が銃を降ろした。一家全員が出て迎えた。若い夫婦と子供が3人である。
「むさ苦しいところですが、どうぞ入ってください」と中村と名乗った亭主が言った。中に入ると室内は暖かかった。囲炉裏があって大鍋が下がっていた。暖炉もある。ノロの薄切りや家鴨を燻製にしていた。
「これが冬の収入元なんです」と主婦が言った。
「何か不足なものはある?」と伍長が訊いた。
「家庭薬が不足なんです」
伍長が富山の家庭薬一式を差し出した。主婦が喜んだ。子供に酒保から持って来た菓子を与えた。仏壇があった。
「誰か亡くなったのですか?」と長谷川が訊いた。
「ええ、妹が先月肺炎で亡くなったんです。この村には医者がいませんので子供がよく死にます」と主婦が目を伏せた。
「その死亡記録は何処に出しているのですか?」
「佳木斯の市役所です。週に一回、村の若者が郵便を取りに行きます」
「今夜、お宅に泊めていただけるか?」と伍長。
「勿論ですよ。床に寝るしかないですけど」
イワノフが米、醤油、味噌、砂糖、塩を運んで来た。主婦が泣きそうになった。
「さあ、何を作りましょう」と主婦がひとりごちていた。
*
長谷川は、雄鶏の時の声で目が覚めた。イワノフを見ると大きな犬と寝ていた。ウランと島崎伍長の床は空である。馬の世話に出ていた。
「今日の昼に村の寄り合いがあるんです。みなさんも、どうですか?」
「それは有難い。話しが聞ける」
寄り合いは村の中で一番大きい家族の家で行われた。この一家は商家の出で村役場でもあった。「庄屋」と呼んでいた。
この日の議題は共同墓地を造るかどうかであった。共同墓地にすればお坊さんに来てもらえるからである。長谷川たち四人はただ聞いていた。クチを挟む話題じゃない。聞いていて判ったことは、現在のお墓は畑にあるということだ。「この2万人の入植者らは将来、バスが走る町を造るだろうか?」と長谷川は思いに耽っていた。
共同墓地は、しばらくは造らないことになった。つぎに佳木斯のマーケットに売る肉の燻製や筵(むしろ)の競売が行われた。庄屋が一手に引き受ける役目なのである。これが、一時間で終わると餅が配られた。旧正月なのだ。
最後に匪賊の話しが出た。この村から20キロ西北の村が匪賊に襲われたのだと。
「被害はあったのかね?」
「一人、青龍刀で殺されて、馬を二頭盗られた」
話しだとどうも共産匪ではなく、盗賊のようである。だが、伍長はメモに取った。長谷川は写真を撮らせてもらった。
外に出ると、飛行機の爆音が北から聞こえた。やがて、姿を現した。ずんぐりした形の戦闘機一機である。尾翼に赤い星があった。ソ連機だ。ゴロゴロと頭上を通り過ぎた。見上げると操縦士の顔が見えた。操縦士は写真機をこちらに向けた。長谷川が、ハンザ・キャノンの望遠レンズをいっぱいにして数枚撮った。
「時々、飛んで来ますよ」と庄屋が言った。
「偵察か写真を撮って地図を作っているかだ」と長谷川が伍長に言った。
「日本人が入植したと知っている」
4人は中村家に戻って、帰り支度をした。島崎伍長が、ノロの半身の燻製と中華風焼き家鴨20羽を「兵隊に食わす」と買った。亭主がお土産にと鑑餅をくれた。
帰りも三泊となった。家鴨を一羽食った。これは美味かった。三日目の昼、ようやく松花江の鉄橋を渡って連隊に帰った。
「何かあったか?」と黒木連隊長が迎えた。
「はっ、ソ連機を見ました。長谷川少尉が写真に撮りました」
「ハルピンにお帰りになったら一枚送ってくれんか?」
「勿論です。たいへんお世話になりました。連隊の安全を祈っています」と長谷川がお礼を述べた。
「スパシーボ、ドシダーニャ」と、イワノフとウランが同時に言った。
「おお、ちょっと待ってくれ」と伍長が兵舎に走って行った。騎兵と歩兵の30名を連れて帰った。歩兵4人がバーベルを持っていた、、
*
長谷川、イワノフ、ウランが佳木斯発上りハルピン行き急行列車に乗った。客車二両と貨車一両と軽かった。途中、牡丹江で停車しただけで、ハルピンに12時間で着いた。駅前のロータリーでハイヤーに乗り込んだ。長谷川は天龍公園で降りた。イワノフとウランを乗せたハイヤーが走り去った。長谷川がスターコウイッツ家の玄関に着いた。べるを押すと、イリヤが扉を開けた。カレンはいなかった。
翌日の朝、長谷川は領事館に行った。杉原領事とカレンに報告した。
「そのフィルムを現像しよう。待っている間に出来る」と写真技術者を呼んだ。
「僕も暗室に入っても良いでしょうか?」
「私も」とカレンが技術者に訊いた。勿論オーケーである。
技術者がフィルムをカメラから抜き取って現像液に浸けた。酸っぱい臭いがした。ピンセットでフィルムを洗った。佳木斯の大通り~松花館~松花江~オールド・ドン~連隊の食堂~イワノフの裸と泳いだ川~開拓団の寄り合い、、そしてソ連機が浮かび上がった。技術者が洗濯鋏に吊った。
「印画しますからお部屋で待っててください」と追い出された。会議室に入ると、領事と武官二人が話していた。カレンが紅茶とクッキーを持って来た。武官の一人がアルバムを見ていた。そこへ技術者が引き伸ばした印画を持って現れた。
「やはり思った通りですね。これです」とアルバムを開いてテーブルに置いた。武官が解説を読んだ。
「ソ連製ポリカルポフI-16戦闘機5型(1936年)、、最高時速440km~7.62mm~機銃4丁装備。高速の一撃離脱による攻撃に向いているが全てが重く愚鈍である。去年、南昌でソ連が提供した国民軍の同機は一式陸攻にボトボトと蝿のように落とされている。日本の中島97式陸攻キ27は、逆に軽量で俊足、空中戦を考えて設計されている。脚は出たままである。だが、まだ戦闘には遭わず偵察のみである」
~続く~
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09/13 | |
連載小説「憲兵大尉の娘」(38~39) |
連載小説「憲兵大尉の娘」
(38)
時間かっきりにイワノフがベルカで迎えに来た。ハルピンの駅前のロータリーを通って、西へ行った。カレンが言ったようにキタイスカヤ大街に入った。1800年代のロシア風の四角い建物の庭に入った。噴水があるが凍っていた。地下室に下りた。歓声が聞こえた。中に入るとタバコの煙が凄い。ソーセージ、ウォッカ、ビールを売っている。みんなロシア人だ。長谷川を見て不審な顔をする者がいたが、イワノフを見て「カクディラ(元気かい?」と訊いた。「オーチンハラショー」と肩を叩き合った。
「ウランはどうしたの?」とカレンが訊いた。
「え~と、ウランは、ちょっと忙しい」とイワノフが笑っていた。観衆がウォッカを回し飲みしていた。イワノフが長谷川にも飲めと壜を差し出したが手を横に振った。
拳闘は4回戦と決められていた。床の上でリングはない。グローブは馬革だが現在のものに比べて小さい。一発食らうと痣(あざ)になる。大概、パンチの激痛に顔を歪める。だから、なかなか殴り合わない。コンテンダーが両腕を高く挙げて顔を防御していた。グルグルと回った。二人共、一発勝負を狙っているのである。
群集は最後のグランドマッチに来ている。最後のマッチだけが6回戦である。賭けの切符が売られた。ビラが配られた。長谷川がビラを見ると、なんと「ウラン対ボルガ」がラストなのだ。勝利比率は3対1でボルガに賭ける者が多いい。二人が秤に乗った。判定が「合格」と叫んだ。掛け金の5%が勝利者に払われる。8%が胴元に入る仕組みである。
「ミドル級チャンピオン、ボルガ/モスコビッチ~」とメガホンで発表すると大歓声が上がった。
「ミドル級ナンバーエイト、ウラン・サマルカンド~」「わ~い」とカレン、イワノフと親戚が叫んだだけであった。
「ウラン、大丈夫?」とカレンがウランに話しかけた。ウランは「ミス・カレン、オーチン、ハラショ」と言って、にっこり笑った。長谷川が頷いていた。
「カーン」と鐘が鳴った。ボルガが飛び出した。ウランが追い込まれた。ボルガは次々とパンチを繰り出した。ウランが両腕を挙げて顔を守った。ボルガがウランのみぞおちの辺りに一発入れた。これは効いた。ウランの右腕が下がった。左のパンチが顔に当たった。これも効いた。ウランが逃げ回った。右フックが横っ腹に炸裂した。一回戦でダウンしそうだ。そのとき「カン、カン、カン」と鐘がなった。ウランが椅子にドタンと座った。イワノフが冷たいタオルをウランの頭に載せた。ウランが水を飲んでバケツに吐いた。
「3回も持つかな?」と誰かが言った。イワノフがその男を睨みつけた。男はギョッとした顔をして目を伏せた。
「カ~ン」と鐘が鳴って二回戦が始まった。今度は決心したようにウランがボルガに向かって行った。「このままだと三回も持たない」と思ったのである。ボルガが背中を屈めて牛のように突進して来た。左右パンチを繰り出した。空振り、、ウランが右のグローブでボルガの額を押さえていたからである。ボルガがウランの腕にパンチを入れた。腕が下がった、、ボルガのパンチのラッシュが始まった。右の耳~左の目~わき腹~クチ、、唇が切れた。鼻血が吹き出た。ウランの右目のまぶたが目に被さり、顔が腫れ上がって化け物のようだ。「もうだめだ」とイワノフが言った。審判が中に入って停めた。鐘が鳴った。イワノフがウランの鼻にワックスを塗った。「どうする?」「続ける」とウランが言った。
「カ~ン」と鐘が鳴った。三回戦が始まった。ボルガが信じられないという顔をしていた。ボルガが殺しにかかった。右のストレートにウランがよろめいた。「停めて」とカレンが叫んだ。ウランが姿勢を立て直した。その化け物のような顔を見て、ボルガが天井を仰いで笑った。大口を開けて笑っていた。そのとき、ウランが渾身の力を絞って右のアッパーカットをボルガの顎にブチ込んだ。首の頚椎に電気が走った。ボルガが床に倒れた。審判がボルガを見ると、眼が虚ろになっていた。タオルを振った、、
観衆が割れるような歓声を上げた。カレンも飛び上がって叫んでいた。そのカレンに酔っ払いが抱き着いた。長谷川がその男を両手で押すと殴りかかって来た。イワノフがその拳を掴んだ。男が恐怖に青くなった。長谷川はこの決闘の顛末を始めから終わりまでハンザ・キャノンに納めていた。飛鳥に見せたいのだ。
「面白かった」とカレンがまだ興奮していた。そしてクールな長谷川に「あなたは面白かったの?」と訊いた。
「始めてなんで驚いた。でも面白かった」
「私、ウランに賭けたのよ」と分厚い満州円の札束を見せた。
「それどうするの?」とイワノフが笑っていた。
「みんなにビールを奢るわ」
再び、ベルカに乗った。今度はチャンピオンとなったウランも一緒なのだ。「中央大街」へ向かっていた。1900年代の「極東のパリ」と呼ばれた街だ。
ハルピンのビールは青島ビールよりも先だった。1937年に日本麦酒が投資して世界で第四位なのである。日本軍が大量に消費していたからである。
4人は大きなテーブルに陣取った。その可憐なカレンが女王に見えた。「仔羊食べたい」とイワノフが言った。「いいのよ何でも」とカレンが太っ腹になっていた。
「僕が払う」とウラン。賞金の入った布袋をテーブルの上に乗せた。「ひゃ~」とイワノフが笑っていた。重量上げの芸人とボクサーだった。クールな長谷川までが笑っていた。
*
佳木斯(チャムス)へ出発する朝が来た。
「660キロ」と長谷川が言った。イワノフとウランが客車に大きなトランクを持ち込んだ。「そうとう未開地だから」とウラン。
「小銃も持って来たの?」
「はい、トカレフもね」とイワノフ。長谷川がトカレフを見せた。
「それは最高のトカレフ。ただ、安全弁がないから、最初の弾は空にする」
「ああ、そうなんだ。おれも安全子がないのを不思議に思っていたよ」
「銃は気が利く人間にしか使えない」
「午後二時に牡丹江に着く。ちょっと用事がある。明日の朝、佳木斯丹出発する」
「ラクチン、ラクチン」とイワノフ。すでに、大きなパンの塊を右手に持っている。ウランの顔は腫れは退いたが黒い痣(あざ)が各所にあった。それで、白粉を塗っていた。
長谷川が封筒を開いていた。
「拝啓、道夫さん、昨日、お医者さんに行ったら、赤ちゃんは順調で心音が強いって言ったのよ。男の子かも知れない。私、涙が出て仕方がなかった。ミチルも、ミチコも元気元気。お義父さんが一人で八甲田温泉に行ったわ。大きな商いが出来たって喜んでいるのよ。お餅は青年団が突いてくれた。あなたがいれば、あなたが突いた。今日は、お汁粉を作ります。くれぐれも危険から身を避けて元気にしていて下さい。貞子」
写真が入っていた。ミチコが貞子のお腹に触って笑っていた。長谷川は涙がこぼれそうになった。それをイワノフが見ていた。
*
牡丹江の駅。多分、満鉄の絵葉書だろう。上手に色を着けている。
列車が牡丹江の駅に滑り込んだ。日本軍の一大隊が下りた。駅前で整列して点呼が行われた。
「ハルピンから来られたのですか?」
「いや、熊本第6師団歩兵第23連隊第2大隊だ。華南の戦闘が収まったので、宣昌から満州へ移動した」
「歩兵連隊ですか?牡丹江は飛行隊ですが?」
「虎頭要塞へ行く」と陸軍大尉が答えた。精悍な古年次兵であった。鹿児島訛りがあった。
「豪雪ですが?」
「命令なのだ」
「何か異変が起きた?」
「いや、実地訓練である。地形を経験しておかなければ防衛にもならん」
華北省の国民軍を攻撃する熊本第六師団。その後、南下して南昌作戦に出た。
(註)第6師団は、1872年(明治5年)に設置された熊本鎮台を母体に188年(明治21年)5月14日に編成された師団であり、熊本~大分~宮崎~鹿児島の九州南部出身の兵隊で編成され衛戍地を熊本とする師団である。
*
「イワノフ、唐人街へ泊まれ。朝8時に駅で会おう」と長谷川が迎えに来たダットサンに乗り込んだ。
飛行隊に着くと真っ直ぐ、例の中尉に会いに食堂へ行った。中尉と暗号解読技士が待っていた。中尉が餃子とビールを頼んだ。
「猪呉元以来、何かありませんでしたか?」と長谷川が露探の動きを気にしていた。
「いや、ぱったりとハルピンから電信は聞こえなくなった。ただ、、」
「ただ?何ですか?」と気になった。
「東京からハルピンに暗号電文が多くなった」
「東京から?送信元は誰ですか?」
「移動式電信機なので特定が出来ないと市ヶ谷の情報部が言っている。心あたりはある。私服の特高が朝日新聞の上海支局の記者を追っている」
「ハルピンの領事を知っていますか?」
「杉原領事には伝えた」
長谷川はカレンと南崗区のユダヤ人一家が心配になった。だが、杉原領事は信頼出来る人だと思い直した。
*
牡丹江の駅でイワノフとウランに会った。
「唐人街で何をした?」
「笑福肉店は閉めていましたぜ」とイワノフがゲラゲラ笑った。
列車が入って来た。三人は再び乗客となった。8時間の旅である。なだらかだが、北へ上って行く。イワノフが雪景色を見ていた。
「イワノフは恋人はおるのか?」と長谷川が訊いた。白粉を塗ったウランを見ると笑いを堪える表情をしていた。
「いいえ、おりません」と重量挙げの大道芸人ジャポチンスキーに戻っていた。
(39)
佳木斯の関東軍騎兵連隊所属の騎兵が馬を三頭連れて迎えに来ていた。
「有難う」と長谷川が騎兵に言った。騎兵は馬から降りて少尉に敬礼した。
「君は随分若いが、いくつか?」
「ハッ、自分は、24歳であります」と宮崎県延岡出身であると言った。
長安大路に出た。騎兵連隊の駐屯所は松花江の南岸にあった。
「騎兵30騎のみであります。飛行場はありませんが松花江が解氷する4月には、ハルピンから河船が来ます」
「300キロ東の下流なんだ」と長谷川がイワノフに言った。松花江が見えた。「ハルピンよりも河の幅が少し狭いだけで水深は深い。ここからさらに北の黒竜江(アムール)へ160キロ流れている」のだと騎兵が言った。カチカチに凍っていた。大きな旅客船が2隻、氷に閉じこまれていた。長谷川がハンザ・キャノンに収めた。兵営の中はスチームが入っていて快的であった。「明日、厩舎にご案内します」と延岡の騎兵が言った。内務班の歩兵が宿舎に案内した。もの凄い体格のイワノフを見て、長谷川に「何国人ですか?」と訊いた。
「露助でアリマス」とイワノフがふざけた。だが、指紋と杉原領事の発行した証明書を見せた。
「こちらの方は?」
「プロボクサーです。僕の甥です」
三人に大部屋が提供された。風呂まであった。
その夜の飯は「ノロ」の朝鮮焼肉~ジャガイモ~白米のご飯~コンソメスープであった。イワノフが5人前を平らげた。駐屯兵と騎兵が約60人であったが親戚のように仲が良い。九州人だからだろう。連隊長の黒木大尉は鹿児島県人であった。食後、熱い茶が出た。
「少尉殿は何県のご出身か?」と陸軍大尉の襟章を着けた連隊長が長谷川に訊いた。
「青森の八甲田山であります」
「ほう、それにしては訛りがないね」
「父親が青森では出世しないと札幌へ進学させたのです」
「大学?」
「はっ、北海道帝国大学であります」
「佳木斯の第六師団歩兵連隊は中学も出ていない兵隊だよ。だが、軍のおかげで中学校の卒業者よりも体格が優秀なのだよ。それで少尉は何の選科だったのか?」
「理論物理学であります」と言うと薩摩侍の連隊長が驚いた。
「核物理のことかな?」
「そうであります」
「原子を融合させると6千度の熱が発生すると聞いたが本当なのか?」
「本当であります」
連隊長が天井を向いて「う~む」と言った。ジャポチンスキーまでビックリしていた。ボクサーのウランは「何のことか?」とチンプンカンプンのようである。
「連隊長殿、酒保に行けば、絵葉書はありますか?」
「貰ってあげよう」と薩摩人が伍長を呼んだ。伍長が立ち上がって出て行った。満鉄が発行していた絵葉書のパックを持って帰って来た。
兵舎に帰った三人は絵葉書を書いた。長谷川は貞子と新京にいる飛鳥大尉に~イワノフは誰かに~ウランは誰もいなかったので、ポツンと一人ボッチであった。長谷川がウランに菓子をやった。ウランは菓子を持ってベッドに横たわった。「ウランの一家も僕の親兄弟も赤軍の皆殺しに遭ったのです」とイワノフが悲しそうな眼をした。
「僕は汗かき。風呂に入ってもいいですか?」
「当たり前だよ」と長谷川が笑った。
*
朝飯は、ご飯~鰯~焼き卵~焼き海苔~赤だしの味噌汁だった。「うんまい」とイワノフが言うと兵隊が大笑いした。
宮崎県人の騎兵が三人を厩舎に案内した。「自分は島崎伍長である。黒木連隊長がお供をするように命令された」馬を引き出した。島崎伍長がジャポチンスキーを見て「体重は何キロか?」と訊いた。
「200キロです」
「ほほう。200キロを持ち上げると聞いた。後で兵隊たちに見せてあげてくれんか?」と言ってからひと回り馬格の良いロシア馬を引き出した。
「オールド・ドンと言う。ロシア草原馬とアラビア馬を交配した馬だ。カラバ馬とも言う。非常に優秀な馬なのだ。俺のお気に入りなのだ。怪我をさせないでくれよ」と伍長。イワノフが感激した。
「島崎伍長殿、今日は佳木斯の市街と松花江の埠頭を見せてください」
「そうですね。満拓団の入植地はソ連国境沿いなんです。騎兵連隊の駐屯所から80キロ北なんです」
佳木斯の市街地はチチハルよりも規模が大きかった。理由は、南に下がると、牡丹江~延吉~羅津港~新潟港と障害なく繋がっている為である。これらの集落に日本軍の10万人の兵が集中していた。歩兵師団と陸軍飛行隊である。保有機の数は1千機を越えていた。さらに、日本海には、日本海軍の誇る戦艦が浮かんでいたのである。だが、それは、1941年12月8日、太平洋戦争が始まるとこの兵員も飛行機も激減したのである。
佳木斯はチチハルと違って、山も丘もない平坦な土地である。松花江や黒竜江の水流が土地を豊穣にしていた。満州は穀倉地帯なのである。満鉄は、ゆくゆくは広軌鉄道にする計画であった。
市街に入ると、呉服屋とか旅館とか日本食堂とか看板が眼についた。
「伍長殿、佳木斯は発展しますか?」
「明らかであります」
「河船と鉄道の交差点だからですね?」
「ただ、この街は舗道しないと住めない」冬は凍土となり~春は泥土となり~夏は砂塵が吹きまくる」
「う~む」
「満人や支那人の肌はトカゲのように皮膚が厚く、ザラザラしてるんです」と島崎伍長が言うと、イワノフが何故か笑った。「僕、支那の女、好きじゃない」と言った。「惚れた支那の女に騙されたヨ」とウランが言うと、イワノフが睨みつけた。伍長が笑い出した。
「伍長殿、昼飯は何を食いますか?」
「日本食がいいな」
「さっき通った松花館でどうでしょう?」
「高いという評判だが」
「出張費をたっぷり貰っていますから」と言うとイワノフが喜んだ。
松花館は大阪が本店だと女将が言った。畳座敷なのだ。献立を見ると、道頓堀に来たかと錯覚するほど豪華なのである。鯛~ふぐ~烏賊~蛸~ハマグリ、、氷に詰めて日本から持って来るのだと。マツタケまであった。
「どうする?」と島崎伍長が心配になった。すると、「僕も払いますから」とボクサーが言って賞金の入った布袋をテーブルに置いた。ウランはなかなか太っ腹なのである。「僕、あんまり食べないヨ」とイワノフが言うと爆笑が起きた。長谷川がシャンシャンと手を打った。
4人は、満腹の腹を撫ぜ撫ぜ松花館を出た。埠頭を見に行くのである。長谷川が「この佳木斯の埠頭は重要になる」と思った。松花江がハルピンから流れてくるからである。一方で、ソ連に取ってもアムール河から160キロなのだ。「将来の戦闘は、ここで起きる」と確信があった。松花江の真ん中に砂洲がある。ペンペン草まで生えている。「あの砂洲も重要なのかも知れない」とハンザ・キャノンに撮った。島崎伍長が見たことがないカメラを凝視していた。
「キャノンという名前ですが、日本光学が開発した世界でも最高の35ミリ写真機ですよ」と手渡した。伍長が「これは何ですか?」と訊いた。
「レリースと言うんです。これを使うと写真がぶれないのです」とポンプを押して見せた。
「このカメラは高いもんですか?」
「軍徳用品で買えません」
4人は厩舎に戻った。「僕、このオールド・ドン欲しいヨ」とイワノフが言った。
「だめだ。俺の愛馬なんだからヨ」と伍長がイワノフを睨んでいた。
~続く~
09/13 | |
ポンジー・スキーム |
アメリカの経済紙は「日本経済は方向を失った」と書いている。「デフレ脱却がキャンペーンだったが日本政府は解決出来そうもない」と悲観的である。伊勢は「アベノミクスは、ロジックがない」と始めから期待しなかった。この首相は絹の産着にくるまれて育った人である。住宅ローンさえ払ったことがない人である。自分の力で留学もしなかった。一年ほど、カリホルニアにホームステイしたとか聞いた。皿さえも洗ったことがないだろう。規制緩和に踏み切れないなら「成長戦略」はうわ言なのである。一方で、確たる担保のない日本の財政は、「ポンジー・スキーム」なのである。つまり、押さえ込まなければいずれ破綻する。伊勢平次郎 ルイジアナ
いよいよ、来週のお木曜日に連銀が利上げするか、しないかを決める。日本の新聞は子供新聞だが、その原因は新聞社でなく、大衆の学習能力が後退したと思う。イエレン議長は、「利上げしないでも、市場は既に修正し始めた~ドルが対16カ国の通貨に対して強い~米国債に危険信号がない、、」と今年中は上げないで静観するのじゃないか?と今朝の社説である。利上げは、いずれする。さっき、書いた「ポンジー・スキーム」だからだ。まだまだ株価の修正は続く。
お知らせ
連載小説「憲兵大尉の娘」は月曜日まで休刊です。伊勢
09/12 | |
暴走列車 |
暴走列車とはチャイナのことだ。シテイ・バンクのCEOが「チャイナは、完全にコントロールを失った。経済成長率をいじくっているが、実際は4%かそれ以下だろう。チャイナは、確実に後退する。だが世界不況にはならない」とBBのインタビューに答えたのである。別の記事では、「チャイナとUSは攻守の位置が変わった。チャイナはアメリカ頼みなのである」と(笑い)。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(37)
(37)
「ユダヤ教のお正月はいつなの?」
「九月なのよ。三月まで祭日はないの」
「でも、クリスマスは?」
「キリスト教じゃないから。教会に行きたいの?」
「日本の田舎は、お釈迦様のお寺だけだから。滅多に教会やお祈りをすることがない」
「今日から新年まで領事は日本にお帰りになる。私たちも冬の休暇なのよ。
カレンと長谷川がペチカの燃える居間で話していた。飛鳥はひとりで唐人街へ行った。飛鳥には息子がいると言っていたから、何か送るんだろう。
「昼のミサに行く?」
「そうだね。行こう」
カレンはミンクのコート~長谷川はハルピンの市民の姿にソフトをかぶった。ふたりはハイヤー会社に歩いて行った。今日も小雪が降っている。窓からイリヤが見ていた。手をつないでいないので、イリヤはひと安心した。長谷川が上着の内側に吊った南部を感じた。胸の中で、自分は憲兵少尉なのだと言い聞かせていた。カレンが長谷川をじっと見ていた。
「なにを考えているの?」
「何も」
「今日は私のことだけ考えて。明後日、私は21歳になるの」
初めての愛の告白であった。長谷川はカレンをじっとみて頷いたのである。ソフィアスカヤの広場でハイヤーを降りた。石段を登って伽藍の中に入ると、ローソクの光りでキューポラの天井の天使の絵が見えた。その周りを聖人が取り囲むんでいる。二人共、ロシア正教のキリスト教徒ではない。カレンが口にハンカチを当てて咳をした。お香の匂いにむせたのだろう。二人は儀式を信者の後ろに立って見ていた。長い時間が経ったように思えた。鐘楼の鐘が鳴った。外へ出ると群集が抱き合って頬に接吻をしていた。長谷川がカレンを引き寄せた。そしてカレンの林檎のような頬に接吻をした。長谷川が自分に驚いていた。――自分は、ロシアナイズしたのか?それとも自然なのか?
「何処へ行く?」
「ロシアン・テイー・ルームに行かなあい?お土産コーナーもあるから」
ショーケースの中をカレンが覗いた。どれも甘そうで面白い図柄なのである。そのうちの一つを指さした。何の絵かわからないが、どうもサンタクロースのようである。カレンが振り返って「これでいい?」と言う風に長谷川を見た。店員が皿に載せた。コーヒーを頼んで、テーブルに着いた。お土産コーナーで、紫色の切り子ガラスのお皿をイリヤに買った。
店の中はソフィア教会から来た人たちで一杯であった。長谷川がジャンパーを着たアイリッシュ・キャップをかぶった男を見て、「何処かで見た顔だな」と思った。想い出せなかった。その中年の男も見ぬふりをしていたが、長谷川は視線を感じていた。「トイレに行く」とカレンに言って立ち上がった。やはり男がチラッと見た。
トイレに入った長谷川が南部をホルスターから抜いてクリップを確かめた。カレンに出よう」と言って手を取った。カレンの頬が火が着いたように赤くなった。店を出てからも手を放さなかった。カレンを引っ張るようにどんどん歩いた。
「どうしたの?」
「ビアホールの角を曲がったところで、やはり角を曲がる数人の足音がした。美術店のウインドウにあの男の姿が映った。長谷川がカレンの手を引っ張って走った。カレンが氷に滑って倒れそうになった。切り子の皿が飛び散った。長谷川がカレンを抱きかかえて走った。ウエストが細く意外に軽い娘だと思った。
二人は、トラックの陰にしゃがんだ。カレンが怯えていた。石畳の上を足音が近着いて来る。足早になっている、、長谷川が外套のボタンを外した。カレンに手まねで腹ばいになれと、自分から腹ばいになった。カレンの顔の下に自分の帽子を入れた。そして、94式南部を引き抜いた。安全子を落として、ハンマーを引いた。
追ってきた男たちは3人であった。一人がトラックの陰から顔を出した。長谷川は「このへんだろう」と照星(しょうせい)を定めていた。ふたりの男が姿を現した。手にピストルを持っている。その瞬間、長谷川が引き金を引いた。発射音が空気を裂いた。カレンが悲鳴を上げた。一人が驚いたように仲間を見た。――当たらなかったのか?数秒して男が前のめりに倒れた。アイリッシュ・キャップの男が助け起こそうとした。長谷川が銃口を20センチ下げた。撃ったが右肩に当たったようだ。今度は、銃口を左下に下げて両手で撃った。ジャンパーはまだ立っている。数秒してからドタっと倒れた。三人目は逃げた。
カレンを見ると、人間が目の前で死ぬ恐怖で唇が真っ青だった。長谷川が抱き起こした。カレンが長谷川の首に両腕を巻いた。長谷川がその唇に接吻をした。
サイレンの音が遠くで聞こえた。ハルピン市警だろう。足早に歩いて中華料理店に入った。カレンが化粧室に行った。二人の満人の警官が入って来た。店の中を見渡すと真っ直ぐ長谷川のテーブルに歩いて来た。「リーベンレン(日本人)?」と誰何した。長谷川が襟章を見せると顔を見合わせて出て行った。二人は、ソフィア教会へ行って、ハイヤーに乗り込んだ。同じ運ちゃんであった。カレンは、館に帰るまで長谷川の手を握っていた。「今日の出来事をママに言ってはいけない」と長谷川が、カレンの耳に囁いた。
部屋に入ると、飛鳥が「聞いた」と読んでいた新聞を置いて言った。
「誰にですか?」
「ウランだ」
「君たちの警備に出したが、ウランは地段街の百貨店のある通りで見失った。怪我はなかったか?」
「ありませんでしたが、南部の7ミリメーターはダメだと思います」
「知ってるよ。今、口径を大きくしている。銃身も長くなる。それまで、トカレフを使え」
科学者の長谷川は「日本の技術者は考えがチャチではないか?」と思った。
「私を狙った殺し屋は誰なんですか?」
「あのハイヤーの運転手は露探だ。後の者はゴロツキだろう」
「ゴロツキ?」
「逃げたからね」
「何故、私を狙ったのでしょうか?」
「陳王明を忘れたか?」
「復讐?」
「そうだ。ソ連中央情報局の面子をイワノフが潰したからね」
「どうして私と陳を繋いだのでしょうか?」
「われわれが牡丹江に来たことを陳が知らせたんだろう」
「なるほど。カレンも尾行されているのですか?」
「いや、彼女は領事館の隣のビルの地下道から領事館に入っているし出勤時間も自由となっている。さらに守られている」
「守られている?」
「私服の特高さ。それに領事館の横にハルピン関東軍憲兵分隊の駐屯所がある。恐くて、露探は近着けない」
「彼女のアパートは大丈夫ですか?」
「同じアパートの階下にその特高が住んでいる。カレンが出勤すると後ろから、ぶらぶらと着いて行く。いずれにしても、この仕事が危険なことを彼女は熟知している」
「何故、危険な仕事を引き受けたのでしょうか?」
「赤軍に追われたユダヤ難民は、杉原領事さんに恩がある。領事さんが辞めてもいいと言ったが、一年続いた。ドーチも命を賭けているんだ」
長谷川は、カレンと一緒に出かけることは、もはやないと思った。ドアをノックする音がした。開けると、カレンが「夕飯よ」と言った。いつもの天心爛漫なドーチに戻っていた。
*
1938年の正月が来た。飛鳥が新京の関東軍憲兵司令部に呼ばれた。
「戦況を聞いてくる。一ヶ月だ。機嫌よくやってくれ」と笑った。カレンが長谷川にスケジュールを書いて渡した。自分のアパートに帰って行った。翌日、領事が長谷川を新年会に招いた。
午後の三時に領事館に行くと、カレンも、イワノフも呼ばれていた。驚いたことに、イワノフが背広を着ていた。なかなかハンサムだ。招待客は日本企業の支社長夫妻たちであった。武官二人も夫婦で現れた。長谷川は堅苦しい宴会でないので安心した。片隅にバーがあった。バーテンがワイングラスを並べている。しばらく立ったままでワインを飲んだ。領事はシェパードを三頭飼っていた。大の犬好きなのだ。シェパードたちは、おとなしく座っていた。領事の奥様と娘二人が入って来た。和服を着ていた。全員が席に着いた。薄紫のドレスを着たカレンが長谷川の横に座った。菫(すみれ)の花のようである。何とも言えない気品がある。領事の娘が「まあ、美しいかた(女性)ね」と見とれた。
領事が新年の挨拶を行った。「妻も、娘たちもハルピンは初めてなんです。来てから買い物ばっかり行っています」と笑った。「この戦争が早く終わって、みなさんが平和に暮らせる日を祈ります。それでは、乾杯」と飲み乾した。おせち料理が次々に出て来た。イワノフを見ると布袋(ほてい)さんのように笑っていた。宴会は短かったが新春は気持ちがいい。カレンが領事がくれたお土産のお重を持っていた。カレンはスカーフを巻いていたので本人に見えない。長谷川の妻に見えた。またそのように振舞っていた。玄関に二頭立てのベルカが待っていた。御者はウランだ。カレン、長谷川、イワノフが乗り込んだ。ベルカが鈴を鳴らして雪の上を走り出した。
「少尉さん、明日の夜、何をしてます?」とイワノフが長谷川に訊いた。
「手紙を書くぐらいで何も予定はないよ」
「拳闘の試合があるんです。見に行きますか?」
「私も行く」とカレン。
カレンと長谷川が天龍公園で降りて歩いて館に帰った。密偵の尾行が気になったが、「組織が素人臭い。契約殺人だ。ジャンパーは死んだ。しばらくは襲撃はないだろう」と言った飛鳥を信頼していた。飛鳥は朝早く迎えに来たダットサンに乗って平房飛行場へ行った。
「少尉、これを読んでおけ」と封筒を渡した。部屋に入って封筒を開けると、――チャムスの満蒙開拓団の入植地の地図と便箋に「命令書」と書いてあった。「一月は、佳木斯(チャムス)へ行って貰いたい。イワノフとウランと三人で行け。行程はイワノフと相談しろ」と書いてあった。長谷川が居間へ行って、カレンに話した。
「佳木斯?恐くない所?」と心配で堪らないという目をしていた。
「全然。雪原の畑だけですよ」と笑った。
「いつ発つの?」
「イワノフと決める」
カレンが書斎からアルバムを持って来た。
「キタイスカヤ大街っていうのよ。今夜ここへ行くと思う。イワノフとウランはこの街に住んでる」
「どうして判ったの」
「私こう見えても暗号解読員よ。イワノフは移動式電信機で連絡してる」
「カレン、解読は勝っ手にしていいの?」
「私が解読して領事さんに渡すの。武官が解読したものと照合するから」
「僕にも解読文をくれる?」
「領事さんか武官の承認が要ります」
「僕がカレンからロシア語を習って解読が出来るようにって領事さんの要請でしょ?」
「そうだけど、私、おしゃべりだから」と笑った。
~続く~
09/11 | |
ヘッジファンドvs.乗っ取り屋 |
ビル・アッカマン(49)VSカールアイカーン(79)。アッカマンは、3600億円の富豪となった。アイカーンは、2.4兆円の富豪である。ふたりともニューヨーク生まれのユダヤ人である。アッカマンは、ハーバードビジネス修士号~アイカーンは、プリンストン大学哲学科卒業。おやの家で、ぶらぶらして父親に追い出された。伊勢の観察では、アイカーンは終わった。アッカマンの時代である。この二人の相場の戦略は水と油である。アッカマンは、いわゆるヘッジファンドである。つまりハイリスク、ハイリターンの投機や空売りをする。一方のアイカーンは、乗っ取りや合併の仕掛け人なのだ。
先週、アイカーンは、Chernier Energyの8%を買い~役員を二人送り込んだ。この会社は天然ガス掘削と輸出である。伊勢は、アイカーンは転落すると思っている。アッカマンだけでないもう一人の「ショート(空売り)屋」が「逆張りする」と宣言している。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(36)
(36)
「マダム、イリア、私たちは、領事館に行きます。鴨を6羽分けてください」
「勿論よ、領事さんや武官に上げてください」
「4時から鴨の晩餐なの。それまでに帰って来れる」とカレンが長谷川に訊いた。長谷川が飛鳥を見た。
「誰が14羽の鴨を解体するんですか?」と飛鳥がカレンに訊いた。
「パパと叔父さんです」
「お上手?」
「いいえ、やったことがないのですけど、本があります」と聞いた飛鳥が――イワノフがおれば、、と思った。
「長谷川さん、領事さんに、スパシーボって言って頂戴。私、ボーナスを頂いたの。ママが長年、欲しがっていたロココの家具を買ったの。午後に配達されるのよ」と微笑んだカレンは牡丹の花のように美しかった。イリアは、娘は、もはや少女じゃないと思っていた。
飛鳥と長谷川が手提げ袋に鴨を入れて、ハイヤー会社に歩いて行った。二人共、普段着である。ソフィアスカヤ(聖ソフィア教会)の前を通って領事館に着いた。クリスマスが近いので教会はイルミネーションに飾られていた。
「おお、有難う。家内と息子が喜ぶ」と領事が長谷川から鴨を受け取った。
「羽に虫がいます。調理人を呼んでください」と飛鳥。日本人のコックがやって来た。
「これは脂の乗ったいい鴨ですね。野鳥は慣れていると」言った。
杉原領事にソ連国境を超えたこと~今のところ平穏であること~陳王民が死んだこと~虎頭要塞には行けなかったことを話した。飛鳥の表情はいつもと変わらない穏やかな顔であった。「うむ」と領事は言って満足したようである。長谷川に「ロシア語は通じたか?」と訊いた。
「ロシア語は印象が大事です。少尉は受け入れられました」と飛鳥が答えた。
「学習能力が高いね」とコックにフランスのワインを一ケースを持って来させた。
二人を武官が送ったが、天龍公園で降りた。歩いて帰ると館の前の道路に木炭トラックが停まっていた。家具屋である。二人の男が家具を運んだ。
「あれ、イワノフじゃないか?」と言うと、ジャポチンスキーが振り向いて笑った。甥のウランが相棒なのだ。運転手に帰れと言った。カレンがチップを上げるとトラックがモウモウと煙を上げて走り去った。
「マダム、僕たちが鴨の羽毛を抜きます」とイリアに言った。
「もう宴会はダメかと思ってたんです」とイリヤがにっこりと笑った。
イワノフはハバロフのフスクの肉屋の息子だった。甥も一緒に働いていたのだと。16羽の鴨は瞬く間に真っ裸になった。新しい羽毛がとげのように突き出ている。それをペンチで抜いた。その後、暖炉の火で残りの羽毛を焼いた。キッチンへ帰ると、支那包丁で足と首をバンと切った。横のウランが小刀で肛門から腸を引き出し~肝臓~砂肝~心臓(ハツ)をボールに入れた。ついで、首に指を入れて食道の皮を引き抜いた。カレンは逃げてしまった。
「どう感謝してよいのかわからない。スパシーボ、スパシーボ」とヤコブがイワノフの手を取っていた。イリヤが姪たちと料理に取り掛かった。長谷川がワインのケースをキッチンテーブルに降ろした。
「まあ、シャンペンまであるわ」とカレンが驚いた。
「ブルゴーニュのワインよ」とイリヤがラベルを見てヤコブを振り返った。
「杉原領事さんの贈り物です」と飛鳥。一同が集まって来た。ワインに向かって、手を合わせている。ヤコブが旧約聖書の教えを呟いていた。
*
また、盛大な晩餐が始まった。ヤコブが音頭を取って乾杯した。まず前菜から始まった。マッツァボールスープはない。カレンが長谷川にハンティングの話をねだった。
「話すほどの冒険じゃなかったけど、良い想い出になった。でも、イワノフのライギョはやはり不味かった」と言うと、一同がどっと笑った。
「ああ、そうそう、猟犬だけどね、冷夏20度の水に飛び込んでも何ともない。それと、どうしてあそこの一部分だけが凍らなかったのだろうか?」
「それね、湧き水なのよ」とカレン。
「あの犬は、スコットランドの伯爵がほかの犬と配合させて作った名犬なんです」とウランが解説した。
「毛が二重になっているんだ。下の毛は体温が下がらない緻密な構造で~上の毛は水を跳ね返すってわけさ」とイワノフ。
「ところが、このリトリーバーと世界にその名が広がったけど、ガードには向かないんです。だけど、盲導犬のベストです~聾唖者の友~鳥撃ちには欠かせないものです。満州北部はシベリアなんです。馬~銃~リトリーバーの国なんです」とウランが誇るように胸を張ったのである。
「ということは、赤軍も、コザックも、白系ロシア人も、タタールも、みんな「母なるロシア」を愛しているということですね?」と長谷川が聞いた。
「その通りです」とヤコブが言って、再び全員が指を組んだのである。長谷川がカレンを見るとお祈りをしていた。カレンは信心深い女性であった。
イリヤと姪たちが鴨の丸焼きを持って現れた。「おお」と言う歓喜の声が上がった。長谷川が北大時代に読書クラブで読んだトルストイの「戦争と平和」を想っていた。
(註)1800年代始め、ナポレオンによるロシア遠征ガ起きた。露仏戦争とその失敗が背景だが、同時にロシア貴族の没落の始まりだった。トルストイは、アウステルリッツの戦いやボロディノの戦いなどの歴史的背景を精緻に描写している。ロシア貴族の3つの一族の興亡を描いている。「戦争と平和」は、ピエール・ベズーホフとナターシャの恋と新しい時代への目覚めを点描しながら綴った群像小説である。伊勢は、「ピエール・ベズーホフ」がトルストイの分身だと思う。没落していくロシア貴族、、大地で力強く生き続けるロシアの農民の生き様、、そして魂の遍歴はトルストイの心の動きの反映なのである。
イワノフの前に一羽置かれている。イリヤが大男の食欲をわかっているのだ。数人がナイフで切り分けている。野菜は、茹でたメキャベツ~蕪の酢漬け~茹でたニンジンである。パンとバターが大皿に盛られている。行儀作法はない。イワノフがワインをガブガブ飲む無ので、カレンがロシアワインを持って来た。量さえあれば、なんでもいいらしい。デザートが出た。カレンが蓄音機のハンドルを廻した。ロシア民謡の「ヴォルガの舟歌」である。12人が歌い出した。ヤコブが指揮を取った。
我らにとっていちばん慕わしいヴォルガ、ヴォルガ、母なる河よ
エイコーラ、エイコーラ
もういっぺん、もういっぺんだぞ
エイコーラ、エイコーラ
もういっぺん、もういっぺんだぞ
エイコーラ、エイコーラ
三分で終わった。「どれも短いのよ。どれが聞きたい」とカレンが長谷川にレコードの箱を持って来た。
*黒い瞳
*カチューシャ
*ヴォルガの舟歌
*コザックの子守歌
*赤いサラファン
*泉のほとり
*仕事の唄
*ともしび
*モスコー郊外の夕べ
*バイカル湖のほとり
*カリンカ
*ウラルのぐみの木
*一週間
*トロイカ
*すずらん
*私が郵便馬車の馭者だった
長谷川は、ほとんどのロシア民謡を聞いた。「それほど北大はロシアに傾いていたのだろうか?」と想っていた。
「ミス・カレン、すずらんを聞かせてくれる?」と言った。長谷川は八甲田山の麓の草原に咲く可憐な鈴蘭を思い浮かべていた。飛鳥が何か考え事をしていた。
盛大なる晩餐が終わった。イワノフとウランの姿が消えていた。最後に見たのはトイレに行く姿だけだ。「あら、イワノフ、帰っちゃったのね。お土産があるのに」とイリヤ。
「明日から教室よ」とカレンが長谷川に囁いた。その目が輝いていた。
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
2)口座番号 (普通) 2917217
3)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
B) 郵便局口座
1)口座番号 10940-26934811
2)口座名 隼機関 ハヤブサキカン
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
[ メッセージ ]
隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/10 | |
化粧する日本の男 |
本人はそう思っていなくても、世界の日本人男性に向ける目は不健康と見ているのだよ。どう良心的に見ても、このシャツはいかん。なぜなら、「抱かれたい」女性の服装だからね。伊勢平次郎 ルイジアナ
女性化する男性消費、背後にちらつく「ママ」
日本経済新聞 編集委員 永井伸雄
化粧品、美容家電など女性向けのイメージが強い分野で、男性用の存在感が高まっている。中高年の男性には抵抗感がある日傘を持つ若者も現れた。社会進出とともに女性が男性と同じものを身につけるようになったが、最近は若い世代で「男性の女性化」が進む。
連載小説「憲兵大尉の息子」(35)
(35)
さて、飛鳥の通信手段を語ろう。館から領事館にはどう連絡するのか?まず、暗号伝票を書く~次に、ヤコブかイリヤに渡す~甥か姪に渡す~2ブロック歩いてハイヤー会社に行き~領事館に届ける、、逆さまに、領事館付き陸軍武官が用件の返事を暗号で書く~待たしているハイヤーにメモを渡す~ハイヤーは事業所に帰る~館に使いを出す、、一時間以内がルールである。一時間を越えた場合は「事故があった」と見て全てを破棄する。館に住んでから事故はなかった。
飛鳥と長谷川が「白鳥を撃ちに行く」とカレンに言った。「そんなことダメよ」と恐い顔をした。長谷川は「もうダメだ」と思った。メッセンジャーがハイヤー会社からやって来た。封筒を開けてメモの暗号数字をカタカナに変えた。
――ならぬ。満州国とロシアには紳士協定がある。白鳥はロシアの象徴なのだ。これを許すと、湿地帯の自然保護区が密漁に荒らされるからだ。三川保護という。イワノフにバカモノと言ってくれ。領事S
「そら見たことか」とカレンが笑っていた。約束のビアホールでイワノフと会った。
「バカモン」と飛鳥が言うとイワノフは笑っていた。
「ワカッテマンガナ。私もロシア人ですよ」あれは冗談です。鴨を撃ちに行くんだと言った。
「飛鳥大尉さん、文昌街を北へ行くと馬家溝河という細い川と交差します。そこで、9時に待ってます」
「俺たち、散弾銃なんか持ってないよ」
「古いけど4丁ある」
*
「行ってらっしゃい」とエプロン姿のカレンが二人に言って、長谷川にランチの入ったバスケットを渡した。飛鳥と長谷川が粉雪を踏んで松花江の方角へ歩いていた。二人は何人か判らないほど着膨れていた。文昌街に出た。一時間で馬家溝河の川辺に着いた。反対方向からトロイカが走って来るのが見えた。痩せた男が立ち上がった。イワノフの甥だろう。
「ウラー、ウラー(ホ―イ、ホーイ)」と三頭の挽馬に声をかけて手綱を引いた。イワノフが飛び降りた。四角い黒パンを左手に持って食っている。6人が乗れる橇(そり)には幌が掛かっている。中型の猟犬が後ろに座っていた。飛鳥の髭に怯えて吠え出した。イワノフが手を上げると黙った。二人が乗りこんだ。ベンチと橇の間にバネが付けてある。快適だ。イワノフが毛布を投げてくれた。殺し屋にしては親切だ。長谷川は、ロシアの大地に生まれ育った不思議な民族が解かる気がした。彼らには、日本人にはないユーモアがあった。
トロイカは馬家溝河の上を滑るように走った。川は凍っていて雪が積もっている。飛鳥が地図を見ると、この細い川は東北へクネクネと続いている。松花江の南岸の支流なのだ。
「馬家溝(まちゃこ)っていうボルシチの店が流行ってる。帰りに寄りまっか?」
「おおきに」と飛鳥が大阪弁で言ったのでみんなが笑った。やがて、松花江の雪原に出た。この河は幅が1.6キロメートルある。両岸に漁師町がある。このあたりの魚はでっかいのだ。体長5メートルの淡水サメがいる。化け物としか言えない鯉がいる。ライギョ、なまず、白魚、、ウヨウヨ泳いでいる。筆者はこの魚をホテルで注文した。油で揚げて、甘酸っぱい「あん」のかかった鯉が出た。わが青い目の妻が吐き出した。「どうしたの?」「もの凄く泥臭い」とだった。値段が安かったから食わなかった。今でもその話しをする。
松花江を横切って行った。河の真ん中でトロイカを停めた。イワノフが氷に穴を掘っている漁師から魚を買ってきた。みると、ライギョである。
「こんなもん食えるか?」飛鳥が奈良の田んぼのライギョを想い出していた。
「大尉さん、料理人次第デッセ」
トロイカは東北へ6時間走った。挽馬は脚が太く疲れを見せない。途中で麦を食わせた。イワノフがビールをラッパ飲みしていた。長谷川がバスケットの中からサンドイッチを取り出した。パストラミというユダヤのサンドイッチである。胡瓜の漬物が美味かった。ナプキンに包んだクッキーもあった。カレンが自分に一歩一歩、近寄ってくる、、
「あと、一時間で湖に着く」とイワノフ。西に陽が射している。湖畔に着くとイワノフと甥のウランが一人一人にテントを張って、毛布を投げ込んだ。テーブルを作った。地面に穴を掘ってトイレも造った。長谷川と飛鳥が枝を集めた。イワノフが枯れた大木をひきずって来た。斧を振りかざして薪にした。次いで、カンテラに灯を入れてブナの枝に吊った。イワノフが魚を焼いている間に飛鳥が米を研いだ。味噌汁を長谷川が作っている。具はジャガイモしかない。
日がとっぷりと暮れた。月がぼんやりと地平線に出た。もう寝るほか何もない。熊のように冬眠するのだ。遠くに狼の遠吠えを聞いた。ウオッカが廻って来た。やがて、眠りに落ちた。
朝、起きると、イワノフが焚き火に薪を入れた。湯を沸かして紅茶を飲んで、パンを焼いていた。甥のウランは散弾銃を点検している。
「それ、かなり古いね」と長谷川がウランに話しかけた。飛鳥が一丁を手に取って、しげしげと見ていた。
「散弾銃を撃ったことありますか?」とイワノフ。
「ない」と素っ気なかった。
「これは、1900年のポーランド製です」とイワノフが二人の憲兵将校に扱い方を教えた。イワノフが構えると玩具に見えた。
「よく出来とる」
「小銃と同じで照準を合わせて撃つヨ。飛ぶ鳥の方向に向けて撃つても当たらないヨ」照準から眼を離さず銃を左から右上へ30度の角度でスイングした。「両目を開けてネ。飛鳥大尉さんの眼はいいの?」
「いや、良くない」
「僕も良くない。でも親父と山へ行って、雉を撃った」と長谷川。
4人は湖まで歩いた。イワノフが指さした方向に氷が解けている部分があった。
スコットランドの名犬ゴールデン・リトリーバーが同時に枯れ草の中に身を沈めた。ウランが、「用意!」と小声で言ったとき、鴨が水面を滑走した。「照準!」鴨猟が生まれて初めての飛鳥が立ち上がった。長谷川も続いた。「撃て!」とタタールのウランが司令官になっていたが、誰も気にしなかった。バ~ン、バ~ンと、一大音響が湖面を渡った。飛鳥が遅れたが、4羽の鴨がボトボトと水面に落ちた。二匹の犬が鳥を取りに行った。自分の役目をよく知っている。泳ぐのが上手なのだ。
「鴨は記憶が悪い。撃たれてもすぐ忘れる。飛んで行った南へ行こう」とウラン。身を屈めて、30分、ズブリ、ズブリと葦の湿地を進んだ。案の定、1000メートル南に鴨の群れが泳いでいた。「用意!」「照準~」「撃て!」今度は飛鳥も遅れなかった。
結局、20羽を持ってキャンプへ帰ったのである。
「う~む、何か美しい鳥だなあ」と八文字眉毛が奈良の詩人に戻っていた。長谷川がハンザ・キャノンで記念写真を撮った。
「ぼく、2羽は食うヨ」とタタールの力士が宣言した。飛鳥は、ジャポチンスキーは大型トラックのような男だからと思った。
~続く~
海外広報に、ご献金を頂きたい
日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
A) 振込口座
1)金融機関 みずほ銀行・上大岡支店・支店番号 364
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8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
新藤義考さんにメールを出した
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隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/09 | |
チャイナは蟻地獄なのだ |
6月のピークから41%急落して、昨日、再び政府が介入、マイナス38%になっている。これは、600兆円が90日で消えた計算になる。さらに、北京は米国債を50兆円ほど売って、人民元(RMB)を買い支えている。人民元が売られて海外へ逃亡するからだ。さて、この政府が株式市場やFXに介入するほどバカゲタことはこの世にはないのである。7.3%まで落ちたチャイナの経済を持ち上げるには、抜本敵な構造改革や法制化が必要なのだ。抗日戦勝記念パレードでは治らないよ(笑い)。チャイナを癌で言えばステージ3かな?そこへ、おなじように蟻地獄へ向かっているロシアと韓国が擦り寄っている。これもナンセンスである。つまり、チャイナはまだまだ後退する。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(33~34)
(33)
翌日も快晴だった。雪は凍結してカチカチになっている。二人はセーターを着てマフラーを首に巻いた。平安街の桃園迎賓館を出た。街で庶民の帽子を買った。そして買い物袋を手に提げていた。全て、密偵の感心を惹かないためだ。飛鳥は髭を伸ばし放題にしていたので、契丹人に見えたのだ。長谷川も支那人の挙動を真似ていた。気分は野次喜多コンビである。
綏芬河市街は、でっかいチャイナタウンに見えた。渤海国の発祥地としては汚い印象があった。「天津は国民軍のテロが頻発するが、外国租界は瀟洒なのだ。第五連隊が基地を大きくしてからは日本人襲撃事件も減った。綏芬河では虐殺事件は起きていない。「これを満州国の成功と見ても良いのだろうか?」と飛鳥が言った。
一時間も歩いただろうか、通天路に出た。甘い菓子を焼く匂いがした。ふたりは茶園に入ってジャズミン茶を注文した。待っている間、長谷川がフィルムをハンザ・キャノンに装填していた。茶園の娘が珍しいものを見るという風に立ち止まってみている。長谷川がそれに気着いた。
「喜欢(好き)?」と飛鳥がカメラを指さした。
「摄影机最爱好」
長谷川が彼女に手渡した。彼女はひっくり返したり、ファインダーを覗いた。
「ウォスライオミー、ヨシンコー(こんな写真機、見たことがないわ)」
「一枚とって見る?」と教えた。すぐに憶えた。そして家族を呼んだ。飛鳥が住所を書かせた。現像したら送るつもりなのだ。
「シェシェ」と満面の笑みで言った。飛鳥が月餅(ゆいぴん)を袋に入れて貰った。
「自由(タダです)」と母親が言ったが、飛鳥が笑ってカネを置いた。
*
外に出ると、人力車が目に入った。昨日、世話になった契丹だった。「また会ったね」と飛鳥が言うと契丹が笑った。
「今日は観光だ。鳥芬里大路へいってくれ」と地図を見て言った。契丹は2キロ走った。そうとう健脚である。左に綏芬河が見えた。ウスリーの支流である。ウスーリの本流はロシア側の40キロ内部にある。
「大尉殿、すると、ソ満国境は河で分けられていないのですね?」
「綏芬河の都市を出るとボグリニチまで何もない」と鉛筆で地図に丸を付けた。
「ソ連国境まで8キロですね」と飛鳥の目を見た。八の字眉毛の目に何の変化もなかった。長谷川が契丹に月餅をあげた。
「さっき見た綏芬河へ行こう」
契丹が勢い良く走り出した。月餅のパワーである。
綏芬河の中ごろが膨らんで湖になっている。数珠繋ぎになった艀(はしけ)が綏芬河市へ向かっていた。原木を満載していた。
「ロシアから来る」と車夫が言った。
「そうか、道理で製材所ののこぎりの音がしていたな」
「それが東清鉄道の目的だったんですね?」
「露清貿易は、渤海国時代から両国の命の綱なんだ」
「ロシア語は解かる?」と長谷川が契丹に訊いた。
「Tokaru(解かる)。ロシア人の客があるから」と答えた。飛鳥が長谷川に何か囁いた。やがて、平安街の桃園迎賓館の前に着いた。
「馬を借りるところを知っている?」
「私の両親が馬を貸す商売なんです」と笑った。
「明日朝8時に迎えにきてくれ」と飛鳥が乗車賃二人分を払った。
*
契丹の両親が、しげしげと飛鳥と長谷川を見た。
「あなたがたは、日本人ですね?」
「そうだ」
「くれぐれも、ソ連の国境を越えないでください」
「や、あの岡に行って景色を見たいだけだ」
「大雪が降ると言ってますが」
「そうだな、ま、最後の綏芬河の日だから借りよう」
契丹が厩に行って馬を引き出した。「日が沈むまでに戻ってください」と契丹のパパが言ったが心配そうな顔であった。「别担心(心配要らない)」と飛鳥が手を横に振ってパパに言った。鳥芬里大路に向かって行った。馬はロシア馬であった。鳥芬里大路に出る前に田舎の店に入り中華丼を食った。便所へ行って服装を変えた。長谷がソ連陸軍将校になった。飛鳥は八路軍の綿入れである。武器は南部とトカレフだけである。
「撃たれないだろうか?」と長谷川が心配になった。
「その可能性は、ほとんどないだろう。われわれはブナの森の中を行く」
鳥芬里大路が見えた。飛鳥が右方向に馬を向けた。あたり一面が雪原である。ブナの森に向かった。昼下がりに国境を超えた。監視塔が見えた。騎兵らしいものが出て来た。だが、一瞬で見えなくなった。それまで舞っていた小雪が雪に変わっていた。飛鳥も長谷川も外套の襟を立てて毛皮の帽子を深く被った。手拭いで顔を覆った。バンダナで覆面をした西部劇の列車強盗に見えた。
綏芬河の騒々しい街に比べて別の世界なのだ。全く、人家はなく、畑すらもなく、森が雪の中にぼんやりと佇んでいるのみである。これほどの静寂がこの世にあるか。「これがソ連の沿海州なのか」と長谷川は雪の森を写真に撮った。
「ボグリニチまで10キロです」
雪が深く馬がしばしば立ち止まった。村落が見えた。長谷川が腕時計を見ると、3時間が経っていた。ボグリニチは森林伐採が産業なのだ。大きなレンガ造りの家から煙が出ている。ペチカを焚いている。電話線が一本だけあった。長谷川が電柱に登って切断した。兵隊の監視所はない。夫々自衛なのであろう。飛鳥が離れた農家を指さした。馬をその家に進めると、突然、ドアが開いた。二人の男が銃を向けていた。
「Редкие и остановить(停まれ)」と言った。飛鳥が手を挙げて「同志」と声をかけて馬から降りた。長谷川も同じようにした。男たちはふたりを凝視していた。
「товарищ トバリシ(同志)」と長谷川がカレンから習った掛け言葉を使った。男たちがにっこりと笑った。長谷川がコサック騎兵に見えたからだ。
二人は居間に招かれた。ペチカの中で丸木が燃えていた。暖炉のそばに大鍋が置いてある。飛鳥が持ってきたウオッカのボトルを差し出した。男のひとりが「何故、小銃を持っていないのか」と訊いた。「この吹雪じゃ役に立たないから」と長谷川が言うと納得した。「同志、あなたは支那人か?」「女真だ」と飛鳥が答えた。
太った主婦が出て来たが無言で鍋をテーブルに載せた。そして、男の子が黒パンを持って来た。みんなでボルシチを食べた。主婦も子供も一言も話さなかった。ウオッカを飲んでいた男が立ち上がって別の部屋に行った。戻って来て「電話が通じない」と言った。飛鳥が男の子に月餅をあげた。にっこりと笑った。
「一晩泊まって行け」と亭主が言ったが、兵舎に帰る義務があると断った。抱き合って接吻をして馬に跨った。そして、吹雪の中を綏芬河に帰って行った。
厩に戻ったのは、夜の8時を過ぎていたが、契丹は安心したのか文句を言わなかった。息子の車夫がペルカを引き出して桃園迎賓館まで送ってくれたのである。ホテルのフロントが長谷川の服装に驚いた。部屋に帰った二人はロシアの蒸し風呂に行った。
「経験になったかね?」
「やはり、現場でしか、あの緊張感は得られないですね」
「ロシア人は軍人でない限り、人懐っこいんだよ」
「明日の昼の汽車で牡丹江へ帰る。虎頭要塞はこの雪では無理だな。ゆっくり寝てくれ」
*
牡丹江に午後の3時に着いた。飛行基地の食堂に入ると、例の少尉が手を振った。
「ソ連国境を超えましたか?」
「超えたが、なにも起きなかった。ロシア人の家で美味いボルシチを食った」と少尉を驚かした。
「飛鳥大尉殿、留守中に事件が起きた」
「猪呉元かね?」
「どうして解かるのですか?」
「俺は情報特務将校だよ」
「猪呉元が冷凍室で牛の肩肉の間に吊られていたんです」
「そうかい、ハハハハ」と笑った。長谷川は体格の良いモンゴルが笑福肉店に雇われたと聞いてから、ジャポチンスキーじゃないかと思っていた。すっかり納得が行った。
「誰が殺(やった)のかねえ?」などと飛鳥が言ったのを見ていた。飛鳥が長谷川にいたずら小僧のようにウインクした。
(34)
1937年12月14日、昼過ぎに、ふたりが帰って来た。ハルピンは冷たい雨が降っていた。駅のハイヤーで館に帰った。ベルを押すと、カレンがドアを開けた。
「まあ、無事だったのね」とカレンが、そのへーゼル色の眼に涙を浮かべた。カレンは多感なのである。飛鳥がそれを見ていた。
居間に入っってカレンの両親や親戚と再会した。「今日は、ユダヤ教の祝日なのよ。6時の晩餐に来て下さい」と母親が言った。
二人は風呂に湯を入れて一人つつ入った。飛鳥が髭を鋏で手入れしていた。風呂から上がると「明日、散髪屋に行こう」と言った。飛鳥は意外にダンディなのだ。机の上に日本の新聞が積んであった。カレンが領事館から持って帰ったのだろう。二人の憲兵将校は新聞を読んでいるうちに眠りに落ちた。やがて、飛鳥が軽い鼾をかき出した。
「Happy Hanukkah」とカレンが英語で祝日を祝った。カレンはユダヤの白いブラウスに黒いひだのあるスカートを穿いていた。
ハヌカはヘブライ語である。2世紀にイエルサレムに第二のユダヤ教寺院を建てたことを祝う。ハヌカは別名「光りの祝日」といい。毎日一本つつローソクに火を点す。その最終日が晩餐なのである。必ず、外国人を招く。今夜の招待外人は飛鳥と長谷川であった。親戚やカレンの母親のイリヤが料理を次々にテーブルに並べた。
「ママが一日中、クックしたのよ」と長谷川の横に座った。
席に着いて手を組んだ。父親のヤコブが旧約聖書の一部を唱えた。終わると一同がメロンパンをちぎってスープに入れて食べた。「ボスクヒーテニ(美味い)」と飛鳥が言うとみんなが笑った。ほかにプリッツェルというリボンの形をしたパンがあったが、塩味であった。これはクリームチーズを塗って食べる。
「マッツァボール・スープと言うのよ」
「もう一杯頂ける?」というと、カレンが立ち上がって、長谷川のわんを持った。木製の玉杓子でスープを掬って入れた。それを母親のイリヤが見ていた。
最後に小鴨の料理が出た。焼いてから煮たのだとイリアが言った。飛鳥が食欲が出たのかバリバリと食べていた。
食後、茶と甘い菓子が出た。それから椅子を並べて小さな劇場を作った。カレンがスタンドピアノの前に座った。一瞬間、十本の指を鍵盤の上で止めた。叩くように弾き出した。やがて、メロデイが緩やかになって聴衆を引き込んで行った。チャイコフスキーのピアノコンツェルト、ナンバー1である。演奏は34分で終わった。カレンが立ち上がって両手を合わせると頭を下げた。割れるような拍手が起きた。ハンカチで涙を拭く者もいた。去ったロシアの日々を想い出しているのだ。カレンが拍手をしている長谷川を見た。飛鳥の眼が感動しきっていた。
飛鳥と長谷川が礼を言って部屋に戻った。
「おい少尉、あのドーチ(娘)、キサマに惚れているぞ」と笑った。長谷川は黙っていた。
「新聞には何かありますか?」と飛鳥を現実に引き戻した。
「昨日13日、南京を陥落させたとある。蒋介石は飛行機で逃亡した。それ以上のことは新聞社には分らないはずだ」
「パナイ号事件って何ですかね?」
「ああ、これも詳しくは分らんが、アメリカの軍艦が揚子江を遡上していたらしい。それを空母加賀の艦載機が攻撃して、死者3人と負傷水兵多数とだけだ。これぐらいではカネで解決する。アメリカは直接参戦しないだろう」
「これからの予定は何でしょうか?」
「君は暗号解読の勉強があるが、明日、俺に付き合え。散歩だがね」
*
カレンは、一週間の休暇を貰っていた。「教室は来週からよ」と、いたずらっぽい目をして笑っていた。長谷川に対する慕情がカレンの胸に急激に膨らんでいた。長谷川は気が着かないふりをした。
飛鳥が満人の綿入れを着て出て来た。カレンがクスクスと笑っていた。「何がおかしい?何でも笑うドーチ(娘)だな」と飛鳥も笑っていた。
「おい行こうか」
長谷川も普段着を着て毛糸のスケート帽子を被っていた。二人は天龍公園に向かった。唐人街の門をくぐって、ロシア料理の塔道斯(トトク)に入った。店主が「お友達が待っています」とテーブルに案内した。長谷川は、イワノフに会うと知っていた。ユダヤ坊主になりきったイワノフが隅のテーブルにひとり座っていた。
「何を食うかな?」
「もう注文しました」とイワノフ。店主がオードブルとワインを二本持って来た。イワノフが水を飲み干し、そのグラスにワインをドクドクと満たした。あっと言う間に突き出しもなくなった。これでは競争ではないか、、「もっと来ますからご心配なく」などと言う始末なのだ。
「猪呉元をどうした?」
「はあ?ランチですけど」
「食欲が落ちるようなことを言うなよ」と飛鳥が笑った。
それでは、、とイワノフが顛末を話した。
――従業員が帰った後のことである。イワノフが猪呉元に「社長さん、今夜、残業するから、明日は休ませてくれ」と言ったのである。「じゃあ、おれも残る」と猪呉元が言った。牛肉を盗まれたくないからである。猪呉元は誰も信用しない男であった。
――イワノフがひとりで牛の肩肉を解体していた。肉切り包丁で、バンバンと切っていた。一時間経った頃、「親方、これで明日は充分か見てよ」と猪呉元に声をかけた。猪呉元が冷凍室に入って来た。肉塊を数えていた。そのとき、「社長さんは、天津の陳王明(ちんわんみん)さんですね?」
――「えっ?」と振り返ったその顔が引きつっていた。そして肉切り包丁を掴んだ。イワノフがその腕を捻った。ボキッと肩甲骨が折れる音がした。陳王明が悲鳴を上げた。イワノフの野球のグローブのような手が陳王明の後ろ首を掴んだ。今度は頚椎が折れる音がした。
「ということですわな」とイワノフが笑った。飛鳥も笑っていた。長谷川が苦しい顔をしていた。自分は、段々、兵隊になって行く。青森に帰っても普通の人間に戻れるのだろうか?自分には娘が二人いる、、もう一人生まれる、、何時、日本に帰れるのだろうか。
「長谷川少尉、悪かったな。飯を食おう。イワノフ、スープを頼んでくれ」とワインを長谷川のグラスに注いだ。
「イワノフも休暇を取れ。猟にでも行け」
「3日下さい。白鳥がここから30キロ北の湖にシベリアから飛来しているのです」
「そんな鳥を撃っていいのかねえ?」
「私はタタールよ」ユダヤ坊主が言ったので可笑しかった。
「飛鳥さん、長谷川さんも行きますか?」
「少尉、どうする?」
「行きましょう」
~続く~
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日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
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09/08 | |
日本VS沖縄の戦争開始 |
辺野古集中協議は決裂…政府、移設作業近く再開
2015年09月07日 22時09分
政府と沖縄県は7日、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡る集中協議の最終会合を首相官邸で開いた。
政府が改めて移設に理解を求めたものの、翁長おなが雄志たけし知事は反対姿勢を崩さず、協議は決裂。政府は県に対し、中断していた移設作業を近く再開する方針を伝えた。翁長氏は「全力を挙げ、あらゆる手段で阻止する」と明言した。
5回目となるこの日の会合は約30分間行われ、政府側は安倍首相が初めて出席。首相は、政府による基地負担軽減への取り組みを説明した上で「一刻も早く飛行場の危険除去を進める必要がある」として、移設への協力を求めた。翁長氏は「100年後に解決するつもりなのか」と述べ、負担軽減策の実現性に疑問を呈した。(読売新聞)
理不尽とはこのことなり。呆れて物も言えない。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(32)
(32)
「明日の始発でソ連国境へ行く」
「猪呉元はどうしますか?」
「手は打ってある」
「虎頭要塞へ行くのも電探の盗聴のためですね?」
「そうだ」
「ようやく自分の任務が何であるのか理解しました。ただ、自分は言語学者じゃない」と長谷川が心配顔になった。
「杉原領事さんが、ロシア語は重要じゃない。暗号解読は素早く意味を正確に把握することだ」とおっしゃった。
「それには言葉が良く理解出来ないと、、」
「いや、数学だよ。それと答えを速く出すロジックだ。つまり、詰め将棋だよ」
「カレンもそう言っていました」
「Who? Where? Why? という3Wを知ってるね?それを割り出すのさ」と言ってから飛鳥が地図を机に置いた。長谷川が身を乗り出した。
「牡丹江が交通の要衝だとよく判っただろ?」
「はあ。虎林(ふりん)へ行くのですか?」
「いや、東のソ連国境まで行く。終着駅は綏芬河(すいふんか)だ。距離は100キロメートル」
「馬でも行ける距離なんですね。何が目的ですか?」と長谷川は、天津のJT朱(チュウ)を想いだして恐れた。
「少尉に、ソ満国境を体験して欲しいからだ。それだけだ」
――飛鳥大尉は不思議な人物である。詩人のロマンも持っている。その風貌と違う行動をとる。JT朱銃殺~太原の戦闘~嫩江のコザック騎兵爆殺それも馬もろともの、、今度は何をするのだろうか?
窓の外に粉雪が降っている。やがて、こんこんと降り出すした。
「汽車は大丈夫ですか?」
「ダメなら待つさ。ここは快適だよ」と笑った。
確かに軍隊は戦場へ行かない限り快適なところであった。
*
その1937年12月の7日の朝、外に出るとあたり一面が銀世界であった。二人は車中の人となった。二人共旅行者風の普段着だが背嚢の中に拳銃~制服~二食分の弁当が入っていた。
「2時間ちょっとで終着の綏芬河だが昼に着く。そこで二晩泊まる」
「はあ?何かあるんですか?」
「君は渤海国を知っているかね?」
「ボッカイコク?」
飛鳥が絵図面を見せた、、
「渤海国は7世紀後半から10世紀に中国東北部から朝鮮半島北部~ロシア沿海地方にかけて存在した国なんだ。唐の時代さ。その200年間の間に34回も渤海使が日本に派遣された。軍事~文化~商業における当時の日本との交流があった。奈良平安時代さ。現在のソ連沿海州も渤海国だったわけさ。ロシア側のウスリースクは人が定住していたという点で200キロ南のウラジオストックよりは、遥かに古い歴史を持つ町なのだ。満州国の一部となった今でもロシアとは仲がいいんだ。ここが紛争の多いハイラルと違う」
「この鉄道もロシアが建設した東清鉄道ですね?」
「浜綏線(ひんすいせん)と言う。日露戦争の10年前に帝政ロシアのニコライ二世が建設したが日本に負けて日本のものとなった。正確に言えば、1935年に満州国のものとなった。問題が残った。スターリンが買収交渉を拒否している」
聞いた長谷川は「これは、大問題になる」と思った。車掌が湯を持って来たので飛鳥が弁当を開いていた。寿司の焼き卵と海苔だけだったが美味かった。
汽車が速度を落としていた。信号の鳴る音が聞こえた。やがて、蒸気機関車が動輪を軋ませて終着駅に停まった。とてもじゃないが素敵な景色とは言えない。
綏芬河(すいふんか)の駅を出ると、饅頭(まんとう)売りが一斉に「ブーヨーマイ?(買わないか)」と声をかけた。二人は人力車に乗った。
「桃園迎賓館へやってくれんか?」と飛鳥が流暢な支那語で話しかけた。車夫だが支那人ではなかった。日本人に似た顔と体型をしていた。契丹だろう。
「当然可以(勿論いいですよ)」とにっこり笑った。飛鳥は牡丹江で満州開拓団が綏芬河の近くに入植したので反日が多いと聞いていた。「そうでもないのかな?」と思った。実際は人種に依るのである。契丹人などは日本人が好きなのである。
桃園迎賓館に着いた。飛鳥が車夫にたっぷり乗車賃を払った。契丹が「您可以请(楽しんで下さい)と飛鳥の手を握った。
ロビーに入ると、ベルボーイが台車にトランク二つを持って部屋を案内した。背嚢には拳銃やカメラが入っているので、渡さなかった。部屋は二階なので階段を上がった。
窓を開けると冷たい風が東から吹いて来た。市街の真ん中に川がある。ウスーリの支流なのだ。その向こうに低山が連なっている。ソ連はその向こうなのである。
「大尉殿、契丹って人種は何ですか?」
「大きな質問だな。話しが長くなるぞ。まず紹興酒を頼もう」と飛鳥が笑った。
ベルボーイが紹興酒と甘栗を持って来た。長谷川が受け取り小銭を上げた。
「契丹人を見たまえ。頭の真ん中をぞっくりと剃ったり、弁髪は契丹の風習なんだよ。ま、ヘアスタイルの文化だ。日本人の先祖は女真(ジョルチン)かな。みんなモンゴル系だ。だがね、蒙古の歴史は記録がほとんどない。契丹文字も解明されていない。契丹は4世紀ごろからあるが、国号に漢字を使い「遼」と号した。しかし12世紀に入ると、勢力を強める女真が「宋」と結んで南下し、挟撃された遼は12世紀に滅ぼされた。鎌倉時代に当たる。その後、契丹人の多くは女真に取り込まれた。今では見分けもつかない」
「どうして大尉殿は、蒙古に詳しいのですか?」
「親父が、大和(やまと)は奈良の人間。古代のルーツを辿るのが大好きだったからね」
「蒙古襲来の元(げん)も匈奴でしょう?」
「モンゴルは漢民族から匈奴と呼ばれていた。つまり獣にも劣る野蛮人だと。日本人は貉(むじな)の同類だと。これが中華思想だよ」と飛鳥が笑った。
「ところが、匈奴というモンゴルは、馬と剣で暴れまわる騎馬民族なんだ。紀元前の話しだが、匈奴の巨人、冒頓 単于(ぼくとつ ぜんう)は、南下して、漢民族を支配下に置いた。三蔵法師の西域もな。ま、100年後に秦の始皇帝が匈奴を追っ払って万里の長城を築いたわけだ。だが、始皇帝が死ぬと再び匈奴の支配下になったんだ」
• 東夷、、古代は漠然と中国大陸沿岸部、後には日本・朝鮮などの東方諸国。貉の同類。
• 西戎、、西域と呼ばれた諸国など。羊を放牧する人で、羊の同類。
• 北狄、、匈奴・鮮卑・契丹・蒙古などの北方諸国。犬の同類。
• 南蛮、、東南アジア諸国や南方から渡航してきた西洋人など。虫の同類。
(註)貉(むじな)はラクーンのことだが、漢民族は他民族を下目に見ることで「自分は優等だ」として来た。抗日戦勝軍事パレードはその象徴である。伊勢
「たいへん勉強になりました」と長谷川が飛鳥に頭を下げた。そして「地政学は物理学でも人類学でもない」と思った。
「明日は、一日中、市街を見物する」と飛鳥は言って、ロシア風呂に行こうと長谷川を誘った。ロシア風呂とは腰にタオルを巻いて入る蒸風呂なのである。二人は紹興酒が適当に回って心地良くなっていた。「これが冒頓単于さんも入った風呂かな?」と飛鳥が笑っていた。やがて、吉野木挽き唄を歌いだした、、長谷川も唱和していた、、
~続~
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日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
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隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
09/07 | |
韓国は日米を裏切ったのである |
説明は無用だろう。プーチンの後ろに、潘基文国連事務総長が従っている。韓国は日米を裏切ったのである。忘れてはならない。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(30~31)
(30)
「嫩江(のんこう)まで100キロメートルだな」と飛鳥がイワノフに言った。騎兵二人、飛鳥、イワノフの4人が雪原となった松花江を渡った。
「ベルカは一日30キロメートルが限界です。雪中行軍は馬でも、しんどい」とイワノフが大阪弁を使った。――何処で習ったんだろう?
「満州の冬は全てに時間がかかる。われわれの動作も鈍いし、寝る時間まで長くなる。すると、3日走って、4日目の朝に嫩江が見えるかな?」
「見渡す限り雪原の荒野でアリヤス」とイワノフが笑った。ジャポチンスキーはその体格に似合わぬ喜劇役者であった。
嫩江は、アムール川(黒竜江)水系に属する松花江最長の支流である。水量はアムールのように多くはなく、流れは緩慢である。上流は大興安嶺山脈の北部にある伊勒呼里山系に発する。大興安嶺と小興安嶺の間を流れて、黒竜江省と内モンゴル自治区の境界をなす。中流域以降は黒竜江省の西部を流れて、チチハルなどの都市を経由し、吉林省白城市(大安市)で松花江に合流する。下流域の松嫩平原は黒土地帯で、中国の重要な穀倉地帯・牧草地帯なのである。因みに、1932年に関東軍と馬占軍が嫩江の鉄橋で激突して関東軍は馬占軍をチチハル以北に追い払っている。関東軍はチチハルを制圧して基地を建設したが、小競り合いは続いていた。
「イワノフ、ソ連の偵察騎兵隊の目的は何かね?」
「浜北線を爆破する計画です。杉原領事さんが解読された」と今度は真面目になった。
(註)ソ連極東軍の騎馬隊はコサック兵である。モンゴルの血をひくタタール(韃靼)系ロシア人なのである。
「敵の数は?」
「判りませんが、敵が鉄道に到着する先にわれわれが着いてます」とイワノフ。コサック騎兵との始めての戦闘である。さすがの飛鳥も緊張した。
一行は白樺林の中に一箇所空き地を見つけた。まず、騎兵たちが焚き火を作った。ソリを外すと馬に麦藁と烏麦を与えた。雪中に4つテントを張った。イワノフがトナカイの肉で二皿作った。ひとつは塩焼き~ひとつは満蒙鍋。イワノフは料理が上手だった。カチカチに凍ったトナカイの肉を焚き火の上で煮えたぎった鍋に入れた。ニンニク~塩~胡椒~唐辛子~中華麺~干したあんず茸、、飛鳥を除いて騎兵たちもウオッカを飲んだ。飛鳥が「一杯だけだぞ」とだけ注意した。イワノフが三人分を食べた。若い騎兵が驚いた。
翌日も雪原の荒野を西北へ走った。馬格の良い7歳馬は快走した。空はどんよりと曇っていたが、日中はそれほど寒くはなかった。昼飯は、火を焚いて湯を沸かして黒パンに蜂蜜と軍用バターを塗って食べた。湯に雪を投げ入れて馬に飲ませた。体が温まった馬たちが勢い良く放尿した。
その11月の中旬の日、朝から小雪が舞っていた。真っ直ぐ西へ進路を変えた。
「浜北線の線路まで10キロになった」騎兵の一人が偵察から戻って来た。
「よし、熱い昼飯を作ろう。イワノフ、スキ焼き頼む」と飛鳥が言うと、自分で米を研いだ。2升したのは、牛丼の弁当を作るためだ。
「飛鳥大尉殿、自分がやります」と騎兵が言ったが「いや、俺ね、米を研ぐのが好きなんだ」と笑った。そして自分は奈良の百姓の倅だと八の字眉毛が言ったのである。みんな笑った。なぜなら、4人とも農家の出身だからである。
昼下がり、浜北線の鉄橋を渡った。太陽は全く見えないがあたりは薄明るかった。ひとりの騎兵が昼飯を食うと偵察に出た。その騎兵はなかなか帰って来なかった。日が暮れて、あたりは月明かりだけになった。イワノフが「どこまで行ったんだろう?」と心配顔になっていた。すると、サクサクサクと雪を踏む馬の音が聞こえた。
「敵が見えました。敵は6人のコザック騎兵と隊長です。トロイカのソリが見えました。爆薬でしょう」と騎兵が報告した。体重200キロのイワノフまでが緊張した顔になった。
「どのくらいの時間で敵はこの鉄橋に来る?」
「今、夜ですから、明日の昼に来る。白系ロシア人が隊長だと、真昼の行動開始が好きなんです」
「よし、好都合だ」
4人は夜明けに起きた。雪が止んでいる。あたりは驚くばかりの静寂だ。イワノフがすき焼きの残りを温めた。「大量に食っておけ。大小も済ませておけ。露助を吹っ飛ばしたら現場へ行って確認する」と飛鳥が腹に力を入れて言った。全員が賛成した。
朝めし後、鉄橋から100メートル離れた地点へ行き、雪の中に爆薬100キログラムと瑠砲弾二発を埋めた。これは、100人を葬ることが出来る爆薬の量なのだ。飛鳥には皆殺ししかチョイスはなかった。犠牲になる馬が可哀そうになった。
銅線を白樺林の中まで敷いた。騎兵ふたりを残して馬もソリも東側に引き返した。馬を白樺林に隠すと、イワノフと飛鳥は散開して小銃を麦袋の上に置いた。ふたりは、ロシア帽子を鉄帽に換えていた。射程距離300メートル。両目を開けて照準を合わせた。
*
コサック騎兵が地平線に現れた。次々と線路で馬を下りた。やはり真昼かっきりである。白樺林の騎兵が互いの顔を見合わせると、Tの字の起爆装置を両手で押した。ぐわ~んと大音響が雪原を震わせた。「やった、やった」とイワノフが飛び上がってはしゃいだ。よほど赤軍に恨みがあるのだろう。
「見に行こう」
既に、騎兵たちが起爆装置を畳んでいた。飛鳥が雪上に横たわった馬を見ていた、、
「爆破に失敗したことを知って追っ手が来る」とイワノフ。
馬を三頭並べて繋いだ。トロイカに組んだのである。ひとりの騎兵が先頭に立ち、南東に向かった。荷が軽くなったので、馬の脚が速い。「これだと、二日半でハルピンへ帰る」とイワノフが言った。飛鳥が大きく笑った。途中でイワノフが400メートルの距離から「ノロ」を一頭撃った。ノロはトナカイではない。鹿の一種である。イワノフを見ると、腹を割き~臓物を搔き出していた。心臓~胃袋~肝臓はトイレット用の新聞紙に包んだ。
「長谷川大尉、杉原領事、カレンへのお土産です」と言うと、、
「おいおい、俺たちにはないのか?」と騎兵たちが笑った。
「豆腐を入れてモツ鍋を作りますよ」とイワノフ。
(31)
「みなさん、ごくろうさんでした。ゆっくりと休んで下さい。勲章を頂くように新京に電報した」と杉原領事が4人をねぎらった。横でカレンと長谷川がニコニコ笑っていた。
12月に入った、、気温はぐんぐん下がっている。天龍公園の池が凍ってロシア人のこどもたちがスケートで滑っていた。山栗を焼く匂いがした。
「やはり南京が陥落したね。蒋介石は逃げた。毛沢東が手を叩いて喜んだと聞いた。だが、アメリカはこのままでは済まさないだろう」館の部屋で飛鳥が口を開いた。
「それで暗号文は解読できるようになったのか?」
「字引と解読の手引きがあれば、ほとんどわかります。ただ、そのコードが頻繁に変わるんです」
「その場合はどうするのかね?」
「杉原領事さんが変更を指導します」
「新しい手引きはどうして手に入れる?」
「無線電話です。明日、お見せします」
(註)TYK式無線電話機は、日本が世界に先駆けて開発した。誇りのある歴史である。
飛鳥が口をあんぐりと開けて無線電話機を見ていた。
「でも盗聴されるだろ?」
「ええ、されています。だが、軍では自動的にバラバラにされて、盗聴しても意味がわからないのです」
(註)だが、太平洋戦争のさなか、アメリカは解読に成功した。日本の敗戦の一原因なのである。
ふたりがロシア語教室へ向かった。カレンの笑い声が聞こえた。なんと、イワノフがカレンを頭上に持ち上げているではないか。イワノフは飛鳥を見て、カレンをそっと降ろした。カレンはイワノフの腕の筋肉を指で押して、子猫のようにじゃれていた。まだ小娘なのだ。
「イワノフ、来週から俺たちは牡丹江に行く。カレンと領事さんを頼む。電信柱には登っておいてくれ」
「ハバロフスクのソ連情報局はわれわれがコザック騎兵を殺したことを知っています。充分に気を着けてください」
「どうして判ったのか?」
「露探はハルピンにを徘徊してますから。日本の味方だと思ってドイツ人の新聞記者と親しくしてはいけません」
「うむ、上海でもドイツ人の新聞記者が上流社会に出入りしていると聞いた」
「東京のゾルゲも同じ新聞記者です」
*
「あなたは、牡丹江に行くのね?生きて帰ってきてください。わたしのたった一人の生徒なんだから」とカレンが長谷川の眼をじっと見ていた。カレンの眼は、へーゼルという灰色がかった緑色なのだ。瞳孔が大きく、二重まぶたである。見詰められるとドキっとする。長谷川が吐息をついた。
「大丈夫。クリスマスには戻ります。ふたりで、ユダヤ教会へ行きましょう」と言うと、カレンの眼が輝いた。
出発の日が来た。服装は憲兵将校だった。
「ロシア将校の制服とトカレフを持って行こう」と飛鳥が言った。平房へ行くと軍用機が待っていた。
「冬は曇天が多いが、気流は安定しているのです。みなさんは牡丹江は始めてですか?初めての方は手を挙げてください」と操縦士が乗客に訊いた。全員が手を挙げた。
「牡丹江までの距離は330キロメートルなんです。九七式輸送機キ34は航続速度が450キロメートルです。50分で牡丹江陸軍飛行隊基地へ到着します」
「大尉殿、何故、今回は飛行機にされたのですか?」
「牡丹江までは見ておかなければならないモノがない。東満州の防衛はそこから東北のウスリー河までなのだよ。牡丹江からは汽車で行く。見なければならないのは虎頭要塞なのだ」と長谷川に地図を渡した。
「ウスリーはロシア語が起源。鳥蘇川は当て字なのか?」と長谷川が考えていた。
眼下に汽車が西へ向かっているのが見えた。長谷川がハンザ・キャノンを取り出した。
「やはりこれも軽便鉄道ですか?」
「そうだ。広軌は南満州鉄道と京浜線だけなのだよ」
「ハイラルも快適だっただろう?」
「いやあ、モンゴルが襲って来ましたからね」と笑った。1937年の日本軍は、のどかだったのである。それが、1939年の初夏、ノモンハン事件が起きると雰囲気が一変した。
九七式輸送機キ34が下降し始めていた。やがて、ドカンと着陸して地上員に依って駐機場に導かれた。長谷川が小高い山を見ていた。長谷川は、7年後の夏に、この牡丹江へ戻ってくるなど夢にも思わなかった。
下士官が飛鳥と長谷川を食堂に案内した。新築の二階建てなのだ。指令官、将校、飛行隊の戦闘機乗りと土木技士が集まっていた。給仕兵が押し車にカツカレーを乗せてテーブルに並べた。ビールまで出た。司令官が憲兵将校のふたりを招いた。
飛行隊の士官が壁に満州の地図を画鋲で留めた。長谷川は畿内丸の船内で貰ったこの地図を脳裏に刻み込んでいた。改めて、南満州鉄道と新京ハルピン間の京品線が広軌なのだと理解出来たのである。――それにせよ、満州は大地だと再び想った。こうして見ると、日本がそれほど遠くにあると思われなかった。
カツカレーを食った後の会議は、もの凄いことを話していた。というか、命令を下していたのである。関東軍牡丹江飛行隊指令官が飛行部隊の構想を述べた。武官の横に飛行士が立っていたので、技士たちは飛行場建設の重要さに気が着いた。まず、日本の戦車はソ連の戦車に劣る。その理由は、日本は島国で、船で戦車を運ぶために設計が軽量になるのだと。ヨーロッパやロシアは大陸なので貨物列車が運搬手段であった。だから戦車が大型なのだと。戦車一台の製造費は爆撃機よりも高い。だから、日本軍には飛行機が向いている。飛行機には滑走路が必要である、、
「百キロメートルの間隔で、ウスリー河とハルビンの間に飛行場が要る。森林の中にも滑走路を置く必要がある」と飛行士が言った。
「どのくらいの工期で造るお考えなのか?」と土建の親方が最も重要な質問をした。
「道路~複線の鉄道~地下倉庫~兵舎~武器弾薬庫~病院~虎頭要塞…膨大な工事である。だが期限は一九四三年を越えてはならない。つまり今から六年以内だ」
「どうして六年以内なのですか?」
「今のところ、イギリスの輸送船がUボートに沈められているだけだが、いずれ英米軍のドイツ空爆が始まる。アメリカは物量に優る…ドイツが負けたときに、ソ連軍の戦車部隊が満州に入ってくる。計算すると六年となるのだ」
さすがの飛鳥も「ゾ~」とした。ハルビン飛行部隊の武官の言った「1943年までだ」と言った、きつい表情が気になった。新京の関東軍司令部の中では、「ドイツは勝つ」と笑い声に充ちていた。飛鳥がが始めて、「日本は負けるのかも知れない」と思った瞬間であった。
「牡丹江では通信の手段は何ですか?」長谷川が同じ少尉の襟章を着けた士官に話しかけた。司令官室だけが無線電話で飛行隊はトンツーです。どれも暗号です。
「盗聴されている気配はありますか?」
「ある。プツンと小さいが特殊な音がするので判る」
「基地内に支那人は入ってくる?」
「クーリーは入らないが商人の出入りがある。間諜がいるとしたら、業者だろう」
「業者の名簿をください」
「少尉殿は憲兵ですが?」と拒否する姿勢を見せた。飛鳥がその士官に杉原領事の刻印のあるレターを見せた。「わかりました」とだけ言った。
士官が名簿の写しを持って来た。ガリ版である。モノクロの写真が貼ってあった。出入り業者は20人いた。飛鳥がじっと見ていた。
*
ふたりに士官宿舎の部屋が与えられた。有線電話さえもない。スチームが入っていた。飛鳥がぶら下がっている電灯を凝視した。スタンドをひっくり返して見ていた。「大丈夫だな」と長谷川に言った。さっき士官から貰った名簿の写真を再び見た。鉛筆でひとりに丸を付けた。
「少尉、この男を見たまえ。どこかで会った顔なのだ」と腕を組んでいた。
「自分には記憶がありませんが,そういえば何処かで会った気がします」
「天津の飲み屋じゃないか?和平路の角の」
「おお、あのエプロンの支那人です」と長谷川が言ってからアルバムを取り出した。日にちをめくって一枚の写真を指さした。
「このおとこの行動を監視しよう」と温和な顔の被疑者の写真を見詰めた。
「肉野菜問屋と書いてあるね」
*
朝がやって来た。食堂で朝めしを食った。そこへ「おはようどざいます」と士官の声がした。飛鳥が向かいの椅子に座るように指さした。
「その問屋は新京の関東軍司令部の指名なのです。われわれも立会い検査に行きました。何度も、、」
「この猪呉元の素性を調べましたか?」
「ええ、奉天の人間です。何か?」と長谷川が和平路の飲み屋の写真を見せた。少尉は驚いた顔をした。
「今からその笑福肉店へ行きませんか?」
ふたりの憲兵将校が陸軍少尉の運転する小型トラックで出かけた。牡丹江の下街に1時間で着いた。
「この店は犬の肉を扱わないので雇ったのです」と少尉がトラックを店の前で停めた。
「支那語を話すな」と飛鳥が長谷川の耳に囁いた。猪呉元がエプロンをかけて出迎えた。飛鳥と長谷川を見て頭を下げたが表情に変化はなかった。飛鳥はもとの黒髭を生やし、長谷川は立派な口髭を蓄えていたからだ。さらに、憲兵将校の帽子と外套は威厳があった。
肉の加工場に入った。鶏をさばいていた女工たちが憲兵に怯えた。猪呉元が「基地が大きくなって、腕のいい職工が足りない」と嘆いた。だが、ほっとしたように見えた。長谷川が写真を一、二枚撮った。それだけで帰った。「その写真を天津の加藤洋行の山田社長に送って、喫茶店を確認するように頼め」と飛鳥が言った。
*
加藤洋行の山田社長が天津歩兵連隊へ行った。新京の関東軍憲兵司令部を介して、杉原領事に暗号電報を打った。それが、牡丹江の飛行隊に着いた。長谷川が暗号を解読した。やはり、猪呉元は虚名で、陳王明(ちんわんみん)が実名だった。和平路の飲み屋に雇い人の支那人を行かせた。背広を着た男が出てきて「今、商用で旅行中だ」と言った。全てが明らかになった。
翌日、ひとりのモンゴルが笑福肉店に雇われた。もの凄い体格の持ち主である。牛の半分を吊り鍵から外して運ぶのに助手を必要としなかった。問題は北方民族の訛りがあることだったが、鶏~家鴨~豚~牛の解体のプロである。猪呉元が「五人は首に出来る」と両手を挙げて喜んだ。モンゴルも笑っていた。
長谷川は電信室に技師と二人で篭った。有線ネットワークに不思議なトンツーが入ることがあった。日本軍ではない、、なぜなら三文字の音が多いからだ。“ん“が多いのだ。「馬占山か蒋介石が通信手段に線路わきの電線を使っている」と技士が言った。
「それ、解読できないかね?」
「奴らは暗号を使わない。漢語の解読は新京でしか出来ません。パンチカードを取って無線で送ります」とテープに穴を開けるパンチャーを取り付けた。
「それとロシア語も入りますよ」
「それもパンチしてくれ」
電信室を出ると食堂に行った。「すわれ」と飛鳥が言った。憲兵大尉は餃子でビールを決め込んでいた。長谷川もビールが飲みたくなった。給仕に手を挙げた、、
~続く~
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09/06 | |
US・チャイナ成敗に踏み切るか? |
チャイナの対米軍事挑発がエスカレートしている。アラスカ海岸12海里に入ったことだが、アメリカは無視した。だが、今、財務省長官のジャック・ルウは対チャイナ経済制裁の選択肢を製作している。ブルームバーグに寄ると、ロシア経済制裁に似ているのだと。
After Russian forces took over Crimea in February 2014, the U.S. imposed asset freezes and travel bans on officials including ousted Ukrainian President Viktor Yanukovych. The U.S. later expanded the penalties to billionaire Gennady Timchenko and companies such as Bank Rossiya and eventually targeted large Russian banks, energy and defense companies. The European Union also imposed sanctions.
クリミアをロシア領に編入したプーチンのロシアに対して経済制裁が発動された。1)資産凍結~2)旅行ビザの停止~3)ロシア財閥のティムシェンコに罰金~4)ロシア銀行などに罰金~5)オイル・ガス企業と防衛産業に罰金を課したのである。
ロシア経済制裁を起案した米財務省は、「プログラムを作っておいて、北京の出方を待つ」という。同じ効果があるからだ。アシュトン・カーターさんは何も言わないが、「チャイナは五月蝿い(うるさい)だけで軍事攻撃に移る様子はない」とペンタゴン。そうかも知れない。だが、安倍晋三首相は安保法制は通しておくべきなのだ。なぜなら、もっともカネの掛からない国家及び南東シナ海の防衛力になるからだ。いずれにせよ、アメリカは経済制裁を実施すると伊勢爺は思っている。伊勢平次郎 ルジアアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」は月曜日まで休刊です。
09/05 | |
核なき日本は滅びる |
これが中国のICBMだ。その数は判らないが核弾頭を積んでいる。米国本土にも届く。これがアメリカを怒らせた。大衆までもである。ジャック・ルウ財務長官は対中経済制裁を考えている。すでに、プログラムが出来た。日本が核武装することがベストなんだが、日本の国民の何人が理解するのかに掛かっている。安倍晋三さんにも不思議な理念が見える。非核三原則を厳守するとか?核なき日本は滅びると言っておく。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(29)
(29)
「カレン・スターです」とロシア語の教師が自己紹介した。あまりにも若いので、長谷川が歳を訊いた。二十歳になったばかりだと。小柄でロシア人の顔ではない。また、訊くと、ユダヤ人なのだと。長谷川は納得が行った。杉原領事がビザを日本政府の許可なくユダヤ難民に、どんどん発行したと聞いていたからである。
「ロシア語をマスターするには何年掛かる?」
「長谷川少尉さんは、マスターする必要はないです。会話がわかる程度で良いのです。ただ、暗号解読にはロシア語が読めないと出来ないのです。6ヶ月の特訓でやれと杉原領事です」
「だが、東満州を見て回るから、8ヶ月はハルピン中心の生活になると思う」
「この教科書でロシア語や文化を習います」とカレンが分厚いテキストブックをくれた。そのとき、長谷川の手がカレンの手に触った。
「すみません」と言ったがその手の美しさに心が揺らいだ。長谷川が自分の弱さに気が着いた。そして、妊娠した貞子を想った。
「長谷川さんは科学者なんですってね?」
「科学者だが、農夫でもあるんです」と笑った。
「哈爾浜館にはどのくらいご滞在するのですか?」
「イワノフがアパートを探しているんです」
「イワノフに会わせてください。私の両親が持っている館を見せますから」
そこへ、領事とイワノフが入って来たので、館を見に行くことになった。日本人運転手とダットサンに乗った三人がハルピンの南西へ向かった。
「飛鳥大尉は軍司令部にお出かけです。4日間の出張だそうです」とイワノフ。
建物が混雑した支那の街に入った。「う~む」と長谷川がイワノフの顔を見た。
「南岡区というんです。こういう場所が意外に安全なんです」とイワノフが心配顔の長谷川に言った。
ダットサンが瀟洒なロシア風の館の前に停まった。道路の向かい側は公園のようだ。
「天龍公園ですよ」と運転手。
カレンの両親が玄関で出迎えた。長谷川が、カレンは父親に似ていると思った。
「さあ、どうぞ遠慮しないで」と居間に通された。天井が高く、シャンデリアが下がっているゴシックな設計であった。母親とカレンが、お茶と菓子を持って来た。借りる部屋を見た。重い家具と額に入った鏡のある豪華な部屋だ。仕切りがある。飛鳥大尉が喜ぶだろう。
「東向きなのよ」とカレン。それとダイニングとキッチンを見せた。
「ほかには住人はいないのですか?」
「血縁だけです。カレンは領事館の近くのアパートに住んでるのよ。この娘は独立心が強いの」と母親。
「ママ、そうじゃないのよ。領事館に歩いて行けるから」と笑った。そのエクボが可愛いかった。
話しは決まった。引越し荷物はトランクひとつ。拳銃とハンザ・キャノンだけだ。
*
「совершенно секретноってどういう意味?」とロシア語教室が始まった。
「シェべシェンノ シェクペトナ。極秘という意味です」
「товарищ Зоргеは?」
「トバリシ ゾルゲ (同志ゾルゲ)」
長谷川が唇に手を当てて想いに沈んでいた。カレンはその理由がわかっていた。長谷川が口を開いた。
「この解読任務は危険ですか?」
「危険です」と長谷川の眼をじっと見詰めた。
「少尉さんには娘さんがいるのね?」
長谷川は頷いただけであった。
4日後の午後に飛鳥が南の関東軍平房飛行隊基地から戻って来た。早速、南岡の館へ引越しした。ユダヤ人の夫婦は温厚な顔の落語家が好きになった。飛鳥が平房のお土産を夫婦に渡した。
「スパシーボ」
「パジャールスタ (どういたしまして)」
「ロシア語はどう?」と部屋に入ると長谷川を振り返った。
「意外に易しいんです」
「おい、あの先生、可愛いね」と笑った。
「はあ、ときどき見詰められると困るんです」
「大尉殿、ゾルゲってどういう人物ですか?」
「暗号解読を憶えたら、実地に教える」
*
「イワノフの住所が判らないのですが、どうして連絡するのですか?」
「イワノフから連絡がある。こちらからはない」
「天龍公園でも行こうか?昼飯はそこらで」と外套を着て白いマスクをした。
二人は歩いて行った。歓声が上がった方角を見ると人だかりがあった。見世物だろう。人垣の後ろから見ると、なんと熊皮のパンツ一枚のジャポチンスキーが160キロのバーベルを挙げていた。どす~んとバーベルを地面に落とした。地面が揺れた。イワノフが笊を持って一巡した。飛鳥と長谷川を見たが表情を変えなかった。
「200キロ」という声が聞こえた。
「賭けをしよう」とイワノフがその支那人に言った。ひとりの支那人が紙に鉛筆で掛け金と名前を書き込んだ。大金が賭けられた。200キロを挙げる人間などいないからだ。イワノフが200キロのバーベルに挑戦した、、手に粉をふるとバーベルを掴んだ。群衆が息を呑んだ。歯を食い縛って膝まで挙げた。「ウン」と言うと、肩まで挙げた。無言で左脚を後ろに退くと一気に頭上に挙げたのである。バーベルがその重量にしなっていた。歓声と拍手が沸いた。憲兵将校までが手叩いていた。
ふたりは、鯉を見に池へ行った。公園を出て、文昌街を南に歩いた。左手にカトリック教会の鐘楼が見えた。「唐人街」と金の文字の或る門を通った。
「ロシア飯食うか?」
「面白そうですね」
塔道斯というロシア文字で書かれた看板があった。たてものは重苦しいが、中へ入ると、テーブルにはクロスが掛かっていて上品であった。まだ、昼には早いのか、客は二人だけであった。ロシア語学生の長谷川が、野菜スープ、魚料理、ラム、ビーフと豚肉のフィレ、ハウスワインを注文した。焼きたての素敵なパンが出た。
「飛鳥大尉殿、多かったかな?」
「いいえ、多くないです」とイワノフの声がした。飛鳥がビックリしていた。イワノフはユダヤ教の坊さんに見える服装をしていた。黒い帽子を被ると別人に見えた。食事中もイワノフは帽子を取らなかった。
「何をしてた?」と飛鳥が訊いた。
「松花江の川べりの電信柱に登ってた」とイワノフ。そしてポツポツと穴の開いた紙のテープを長谷川に渡した。その間、飛鳥が店の中を見ていた。
「ひとり住まいなのか?」
「甥が昨日来ましたので二人です」
イワノフはビーフとラム肉、スープとパンを驚くスピードで食べた。ワインをガブ飲みして、ほとんど食ってしまったのである。長谷川が給仕を呼んだ。また皿が並んだ。餃子に似たピロシキが出た。
「平房はどうでしたか?」
「北支那方面軍は徐州へ向かっている。済州島から渡洋爆撃が増えた。上海、南京、重慶まで爆撃している。蒋介石を絶対服従に追い込む言っている。少尉には関係ない」
長谷川は、それが聞きたかったのだ。
「12月に君と牡丹江へ行く。それまで俺は、イワノフと仕事をする。」
11月に入ると雪が降った。降っただけでなく積もった。長谷川もミンクのロシア帽子を買った。口髭を蓄えた。
「まあ、ハンサムですねえ」とカレンがクスクスと笑った。長谷川は、29歳となった。貞子とミチルから頻繁に手紙が着いた。このユダヤ娘に惚れてはならないと誓った。
「暗号解読も随分早く正確になっています」
「面白いんでね」
「イワノフさんと飛鳥さんはどこに行ったんですか?」
「一週間帰らないと言っただけです。馬そりで何処かへ行きました」
「Верховая санях、、ベルカと言うのよ。ソリだと何処か遠くに行ったんだわ」
飛鳥が小銃を二挺ソリに積むのを見た。騎兵二人を先頭に出て行った。敵地へ侵入すると思った。
~続く~
*連載小説は月曜日まで休刊です。伊勢
09/04 | |
アメリカと同格の国だとさ |
こいつら兵隊かい?腰つきがなってないよ。大体、毛沢東が日本に戦勝したことなどないよ(笑い)。1937年の12月、南京が陥落した。毛沢東さんは喜びのあまり酒を一晩中飲んだと。蒋介石は台湾へ逃げたんじゃなかったの(笑い)。
安倍首相と話し合いたいのだと。それなら、東京へ呼びつければいい。伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(28)
(28)
「結局、馬占山のゆくえは判らなかったね」と飛鳥。
「だけど、大尉、アムールを見て満州の難しさが理解出来ました」
「イワノフはいいな」
「これからわれわれはどう行動しますか?」
「ハルピンに年末までいる考えだ」
「それは嬉しいですが」
「少尉は、ロシア語を習熟してくれ。イワノフが教えてくれるが、まず、杉原さんに聞こう」
「でも大尉、盗聴は、ひとりでは不可能です」
「うむ、班が必要だが、部員が多いと漏洩する」
「ハルピンは、間諜の天国と聞きました」
「ハルピンが関東軍の最大の基地だからね」
「日本人にもロシア間諜がいるのですか?」
「いるよ。将校の中にもね」と飛鳥。長谷川の眼が丸くなった。飛鳥が続けた。
「間諜の世界は科学の世界ではない。理論などなく、敵国の秘密情報を得て軍事作戦に使う、、それだけなのだ。スパイの宿命は殺されるものだ。ハルピンだけじゃない。ベルリン~東京~上海がスパイの仕事場なのだよ」
長谷川が、天津のホテルで、泣いて命乞いをしたJTチュウを想い出していた。
*
入り口の階段の左が伊勢だよ。6年前に行った。
朝が来た。霧に包まれていた。松花江が原因である。ホテルで朝飯を済ませた三人はロビーを出るとボーイが笛を吹いてハイヤーを呼んだ。飛鳥がボーイにチップをやり乗り込んだ。三人とも背広姿である。ジャポチンスキーの背広は特大である。胸も、腕も、脚も、はち切れそうであった。
「日本領事館へやってくれ」と飛鳥が運転手に言うと、「ダ」と返事があった。運転手の横に座ったイワノフが「ラスキー?」と訊いた。老年の運転手が「べラルーシ」と答えた。白ロシア人なのだと。飛鳥が口に指を当てた。「しゃべるな」という合図だった。ハイヤーが、セイント・ソフィア教会の広場の大通りを西へ走った。黒い外套を着た信徒が教会へ入って行くのが見えた。ハルピンはロシア人が多いのだ。長谷川がハンザ・キャノンで広場を撮った。飛鳥が市内地図を見ていた。
「おお、元気そうだね」と杉原領事が三人を迎えた。ジャポチンスキーと領事が抱き合って頬に接吻していた。三人をソファーのある部屋に案内した。領事がイワノフを見て、、
「カーク ヂェラ?(元気にしていたか?)と訊いた。
「オーチン ハラショ(たいへん元気です)」
「明日朝、もう一度、ひとりで来てくれ」
「はい、わかりました」
「飛鳥大尉と長谷川少尉は新京にお帰りになる?」
「いいえ、年末までハルピンにいます。牡丹江~鳥西~虎頭要塞を見て回ります」
飛鳥大尉は長谷川を驚かした。そう言えば、青森歩兵第五連隊で初めて会ったときから驚愕の連続であった。――自分の運命はこのひとに掛かっている、、
「長谷川少尉さん、あなたには、ロシアの暗号電文の解読を教えます」と杉原領事までが長谷川のど肝を抜いたのである。
「何処でロシア語を習えますか?」
「この領事館です」
「領事さん、フィルムを現像して頂けますか?」
「勿論です」
三人が立ち上がった。
「ぼくは、ひとりの方がいい。地下の通路から出ます」とイワノフが言った。
「そう言おうと思ったところだよ」と飛鳥が笑った。
領事が車を出してくれた。領事館員の運転手であった。
「どこかへお連れしますか?」
「ソフィア教会で降ろしてくれたまえ」
「さっき来た道と違いますね?」と長谷川が首をかしげた。
「気が着いたかね?」
二人はソフィア教会の広場で降りた。
「露探が尾行している」
「ロタン?」
「露探とはロシアの密偵のことである。国家秘密警察の一部で日露戦争の時代から活発になった」
「ロシア人に気をつけろと?」
「ロシア人とは限らない。張学良も、馬占山も、ソ連の援助を受けているからね。日本人にも露探がいる」
「国を売る日本人がいるのか?」と長谷川の眼が暗くなった。
「赤色思想とはそういうもんだ」
ふたりは伽藍の中へ入っていった。概観は壮大だが、中は意外に狭かった。長谷川が視線を感じた。振り向いたが黒い外套を着たロシア正教徒の団体のほか誰もいなかった。
~続~
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日本人で、伊勢一人がブルームバーグ紙で論戦している。中国経済が劣化してから中国人の書き込みがゼロとなっている。いかに習近平が窮地に陥ったかがよく判る。日中貿易を見直すときである。
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隼速報の伊勢です。1941年、新京で生まれました。一家七人は終戦一年前に日本へ帰りましたが、兄三人は学徒出陣と予科練へ行きました。みな生還しました。「満州を掴んだ男」が現在集英社の手にあります。出版はわかりません。応援してください。ブログで「憲兵大尉の娘」を連載中です。是非、ご覧ください。
8月30日、MIZ・TAKさまから、20、000円~WA・EIさまが今月も(毎月)、1000円の寄付を下さった。この方々は何年もの期間、伊勢を応援してくださった。たいへん感謝しています。
09/03 | |
地球は「エゴ」がいっぱい |
習近平は先月まで、$4 TRILLION(480兆円)あった米国債を売って、$360 TRILLION(432兆円)となっている。人民元買い支えなのだが、RMBはどんどん海外へ逃げ出しているので、売買に規制までも持ち出した。この意味するところは、中国共産党の経済運営は底のない「闇」ということだ。プーチンが抗日戦勝記念日の軍事パレードに出席する。この男の精神状態は異常なのだ。360兆円の天燃ガス・パイプライン契約が破棄されるからだ。ざまあみろい!伊勢平次郎 ルイジアナ
連載小説「憲兵大尉の娘」(27)
(27)
飛鳥と長谷川が満州国軍黒河警備隊に預けていた馬に股がった。タタールの力士、ジャポチンスキーを見た。
「ぼくは歩きます」とタタールが言った。
アムールの支流に沿ってゆっくりと馬を進めた。璦琿は8キロ南西にある。大した距離ではない。
「璦琿は満州語で恐ろしいという意味です」とタタール。
「コムレッド(同志よ)、君の名前は実名ですか?」と飛鳥。
「実名です。ジャポは、日本人~チンは、チンギス汗~スキーは、コザック兵。名はイワノフ」と日本語が流暢なのだ。
「日本語はどこで習った?」
「ハバロフスクです」そのときイワノフの眼が曇った。
璦琿基地に着いた。守衛兵がタタールの力士に手を挙げた。周知の仲らしい。夕闇が迫っていた。今夜は冷えそうだ。騎兵がやってきて馬を厩舎へ連れて行った。
「飯食う前に風呂に入ろう」
「ぼくも入りたい。日本のご飯が食べたい」と大男がこどもになっていた。
「明日、ゆっくり、話を聞かせてくれ」と飛鳥がイワノフと握手した。
*
食堂へ行くと、土建の技士たちに混じってイワノフが飯を食っていた。何やら川魚を食っている。指示兵が桶から炊き立ての飯をイワノフの食器に持った。「三杯目です」と横の技士が笑っていた。チチハルから一緒に来た騎兵はすでにアムールの東へ出発していた。ソ連の騎馬連隊が川を渡ったと報告されたからだ。日本軍の伝書鳩が夜明けに巣箱に飛び込んで来たのだ。――鳩は自分が生まれた場所をどうして記憶できるのだろうか?と科学者は考えていた。
三人が憲兵隊司令部の部屋に入った。
「鳩が巣に帰るのはね、訓練なんですよ」とイワノフ。
「イワノフはどこで生まれたのか?」
「ハバロフスクです」
「両親は?」
「赤軍に殺されました。兄らも」
「すると、ロシア国籍か?」
「そうです」
「満州に入るときは?」と長谷川が訊いた。すると、「指紋」とひとさし指を立てて見せた。
「ハバロフスクにいたんだね?」
「そうです。電信の盗聴をやっていたんです」
「上官は誰なのか?」と飛鳥が次々と質問を発していた。ダブルスパイの可能性を感触で得ようとしていた。だが、その疑心暗鬼は打ち消されたのだ。
「ハルピンの杉原領事です」と言ってから盗聴のプロセスを説明した。
――ソ連の国家秘密警察であるGPU(ゲー・ペー・ウー)の本拠はモスクワである。極東の本拠はハバロフスク。そこから日本海に面したウラジオストック。そこまでは電線である。ウラジオストックから無線で東京のソ連スパイへと繋がっている。イワノフには年下の甥がいる。ふたりで線路際の電柱に登って銅線を畑に引き込んで電信を紙にプリントした、、
「だが、それでも暗号だろう?」
「そうですが、杉原さんが解読されていたのです」
「う~む、、」と飛鳥が腕を組んでいた。
「ソ連は杉原領事を暗殺するだろうね」
「いいえ、領事さんを殺せば日本は東京の、または上海の、またはコミンテルンの国の外交官を殺して報復しますから」
「なるほど、イワノフは頭がいいな。でも、誰がソ連の外交官を殺る?」
「ぼくです。ハバロフスクのGPUは、街の爆破を恐れているのです」と言ったジャポチンスキーを飛鳥がじっと見つめていた。長谷川は、「ソ連は、いずれ満州に侵攻する」と確信していた。
「それで最近のソ連の動きは?」
「上海のソ連大使館が日本軍の電信を盗聴している。それだけでなく、スターリンは、毛沢東という江西省の共産軍に兵器やカネを提供している。北満では張学良軍に同じように戦闘機やロシア製の機関銃を提供している」
「アメリカは?」
「蒋介石軍に兵器とカネを提供している」
「日本軍は?」
「8月15日、陸軍飛行隊400機が、南昌、重慶、南京を爆撃した。済州島から渡洋爆撃です。どれも成功している。日本の飛行機は優秀です。戦闘機乗りも優秀です」
「北はソ連。南はアメリカ」と言って飛鳥が沈黙した。長谷川も黙っている。
「飛鳥大尉さんはここから何処へ行くのですか?」
「明後日の朝、ハルピンへ帰る」
「ぼくもハルピンへ行きます」
*
ハルピンへ帰るその朝、冷たい雨が降っていた。アムール方面の空は真っ暗である。食堂へ行って飯を食い、わかめの入った味噌汁を飲んだ。炊事兵が握り飯を包んでくれた。イワノフは握り飯を飯盒に詰めた。それを見た当番兵がもうひとつ稲荷の入った重箱をくれた。イワノフがにっこりと笑った。飛鳥はイワノフがすっかり好きになっていた。
北安駅。街の建物は数個である。後は畑だけ。ハルピンと黒河の真ん中なので、野菜、トーモロコシ、鶏の産地である。
黒河からハルピンへ行くには、北安で分岐する浜北線で南下するのだ。14時間の行程である。ハルピン駅に着くのは夜の10時だ。将校数人、技師数人、傷病兵数人、看護兵がひとりで車内は空いていた。飛鳥とイワノフが並んで座った。長谷川は弁当係りなのだ。どういうわけか、野菜と茶色の鶏とアムールでとれる皮魚の塩漬けを満載していた。ハルピンにはないものだろう。窓外は雨模様で降ったり、止んだり、、軽便列車はたったの3両だった。針葉樹の森を出ると後は全くの荒野になった。列車は広い農地の真ん中を走って行く。
「大地ですね」と長谷川が言った。イワノフが頷いていた。
「ず~とハルピンまで山などないよ」と飛鳥。長谷川が写真機を弄っているのをイワノフが珍しいらしく見ていた。長谷川がカメラをイワノフに手渡した。
「ハンザ・キャノンというんだよ」と言うと、カメラの操作を教えた。
「大尉さん、一枚撮っていいでしょうか?」そこへ車掌が薬缶を持って湯を配った。
「私が撮りましょう」と車掌がカメラを受け取った。
夜の9時にハルピンに着いた。予定よりも早かった。ハイヤーに乗り込んで哈爾浜館へ向かった。全て璦琿基地の憲兵隊が手配していたのである。イワノフを見ると満面笑みであった。杉原領事に会えるからだろう。
~続く~
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09/02 | |
日本に敵意丸出しの中韓政府 |
2011年6月、中国に招待され~PLAを閲兵した。これが、スーダンの大統領ハッサン・バシールである。バシールは、ダルフールの黒人を30万人殺した。現在、国際戦争犯罪裁判所が出頭を命じている。勿論、知らんぷりである。このバシールを習近平が抗日戦勝記念日という反日軍事パレードに招待した。アメリカと欧州が非難した。だが、何故か国連は非難しない。
大島衆院議長、潘基文国連事務総長に直接「懸念」伝える
09/01 16:41
アメリカ・ニューヨークを訪れていた大島理森(ただもり)衆議院議長は、8月31日、国連本部で、潘基文(パン・ギムン)事務総長と会談し、中国・北京で行われる「抗日戦争勝利70年」の記念式典に、潘事務総長が出席することへの懸念を伝えた。大島議長が、「日本国民と日本政府で懸念がある」と伝えると、潘事務総長は、「出席は平和のために重要だ。日本側にそのような思いがあることには留意する」などと答えたという。事務総長の報道官は、定例の会見で、軍事パレードへの出席も問題はないとの考えをにじませた。(FNN)
安倍晋三首相への忠告
福沢諭吉翁が何を警告したか?もう一度「脱亜論」をお読みください。伊勢平次郎 ルイジアナ
*
連載小説「憲兵大尉の娘」(26)
璦琿(アイグン)に着いた。現在の璦琿地区は黒河市の西にあるが、1937年には南であった。地図を見るとアムールは見えないはずである。読者の方々の中には「璦琿条約」をご存知の方がおられるだろう。ロシア帝国東シベリア総督ニコライ・ムラヴィヨフ・アムールスキーが、停泊中のロシア軍艦から銃砲を乱射して「調印しなければ武力をもって黒竜江左岸の満洲人を追い払う」と脅迫し、清国全権に認めさせた。このロシアの国土拡張政策は、プーチンのロシア連邦でも変わらない。砲艦外交の結果、清国が帝政ロシアに清国領であったアムール河の西側を割譲した。いわゆる「雪辱条約」なのである。ロシアは勢いに乗って鉄道を南下させた。これが東清鉄道なのである。
写真はロシア時代のもの。なかなかいい蒸気車を作っていたようです。
「ロシアの東清鉄道が旅順まで完成し日本海へ進出してきたのが、 日本にとっては脅威で、これが日露戦争勃発の原因となったのだよ」と飛鳥が長谷川に東清鉄道の解説をした。
「そして日露戦役で日本が勝った。25年後には満州国が出来た。関東軍がハルピンに基地を造った。ロシアをアムールの向こう岸まで追っ払ったのだ」
「それで、東清鉄道は日本のものになった?」
「そうだが、温和に解決しようと代金を払おうとした。だが、スターリンは拒絶した」
「杉原領事のお仕事だったのですね?」
*
璦琿基地は建設中だった。新京から来た土建家が滑走路を完成させていた。針葉樹の森なのだ。二人は指令官に挨拶した。
「よく見ておいてくれ」と中年の司令官。中佐の襟章を着けていた。
「ロシアは仕掛けてこないのですか?」
「ときどき、偵察隊が東のアムールを渡るぐらいだ」
「中洲の大黒河島では今でも貿易の拠点ですか?」
「大黒河島は黒竜江省つまり満州国の領域だが、ロシア商人は通行料を払ってやってくる」
夢に見たアムール河が見えた。「滔々と流れるアムール」というが流れは湖のように緩慢だった。水は透きとおっている。浅瀬だ。黒河側から木橋が架かっている。――距離は200メートルか、、島というより中州である。樹も生えていない。
「軍艦島ぐらいの島だな」
二人は外套を着ていた。木橋を歩いて渡った。満人が天秤棒を担いでいる。チンゲン菜やてん菜を運んでいるのである。市場が見えた。スカーフで頬被りしたバブーシュカ(ロシア人おばさん)が買い物をしている。こどもを連れている。実に平和な風景なのだ。だが、満州軍の警備兵が立っていた。日本兵ではない。
焼鴨火鍋と看板があった。飛鳥が指さした。二人がテーブルに陣取った。焼き鴨とチンゲン菜の入った麺のスープを注文した。
「ウオッカ?」と満人の亭主が訊いたが飛鳥が手を振った。
店を出ると広場に出た。ロシア民謡の合唱が聞こえた。
見よアムールに波白く
シベリアの風たてば
木々そよぐ河の辺に 波さかまきて
あふれくる水 豊かに流る
舟人の歌ひびき
くれないの陽は昇る
よろこびの歌声は 川面をわたり
はるかな野辺に 幸をつたえる
うるわしの流れ 広きアムールの面(おも)
白銀(しろがね)なし さわぐ河波
広き海めざし 高まりゆく波
白銀なし さわぐ河波
自由の河よアムール うるわしの河よ
ふるさとの平和を守れ
岸辺に陽は落ち 森わたる風に
さざなみ 黄金をちらす
平和の守り 広きアムール河
わが船は行く しぶきをあげて
舳先(へさき)にたてば 波音たかく
開けゆく世の 幸をたたえて
見よアムールに波白く
シベリアの風たてば
木々そよぐ河の辺に 波さかまきて
あふれくる水 豊かに流る
ロシアの合唱団である。飛鳥が長谷川を見ていた。長谷川がロシア語で口ずさんでいたからである。
「少尉、君は赤か?」
「いいえ、赤ではありません。大連の小学校で習ったんです」
「関東軍のいるところでは歌うな」
「わかっております」と微笑した。
「だが、いい歌だな」
「アムール河の波はロシア民謡じゃないんです」と今度は長谷川が先生になっていた。
――アムール河の波は、日露戦争中に作られた、、アムール河を称える地方民謡をポポフがロシア語に訳した、、お聞きの通り、ワルツで、北大の寮でも学生たちは、よく歌ったのです。
「北大には、赤が多いのかね?」と飛鳥が長谷川の目を覗いた。
「マルクス・レーニンの豆本を聖書のようにポケットに入れていた先輩を知っております」
「名前は?」
「忘れました。思想に興味がないので」
これが長谷川が原子物理学を選んだ理由だろうと飛鳥は思った。
合唱が終わって、大きな拍手が起きた。ブルゴシチェンスクが手が届く距離にあった。中州と向かいの岸の間には橋はなく、運搬船がのんびりと行き来していた。
「真ん中に国境線があるんだ。満州国もソ連も交通権を昔から認めあってきた」
歓声が聞こえた。人が大勢集まっている。見世物らしい。ロシア人の親子連れが日本人の二人を見て道をあけた。「スパシボ」と長谷川が言って、しゃがんで見ているこどもたちの後ろに立った。なんと、半裸のロシア人の男が重量上げをしているのだ。熊の革のパンツを履いている。上げるたびに小銭をせびった。そして重りを加えた。口を引き締めると上げた、、歓声が上がった、、長谷川がハンザキャノンを取り出していた。大男が「ヤポンスキー、カネくれ」と手を出した。飛鳥が満州円をやった。すると、「コンニチワ、アリガト」と日本語で言った。
「オーチンハラショ」と長谷川が言うと両腕を曲げて筋肉の瘤を見せた。
ショウが終わった。ウエイトリフターは、外套を着るとコインや紙幣の入った笊を腕に抱えた。そして、「ジャポチンスキー」と言ったのである。ふたりの憲兵将校は驚いた。ジャポチンスキーの顔だが、蒙古系なのか眼尻が細い。一種、眠そうな眼なのである。その疑問に答えるように、「タタール系のスラブ人」と言った。
「日本語は何処で習った?」と飛鳥。
「お祖母ちゃんが樺太のひと。ぼくは、タタールの力士」と笑った。実に不思議な人物なのである。――ハルピンの杉原領事はどうしてこの男を知るようになったのか?
*
憲兵と力士が木橋を渡った。
「そこの三人、停まれ!」と交番にいた警備兵が銃剣を持って飛んで来た。飛鳥が襟章を見せると敬礼した。だが、「その男を調べる」とジャポチンスキーを指さした。何語か判らないことばで話している。すると、突然、警備兵と力士が抱き合った。「ドシダーニャ」と頬にキスをした。
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