安倍政権が発足してから5月26日で150日を迎える。
安倍政権はまず、大規模な金融緩和と財政出動を柱とする「アベノミクス」を打ち出した。これを受けて株価は上がり、円安が進んだ。
外交面ではロシア、サウジアラビアなどエネルギー資源大国への積極アプローチに打って出た。国内での支持率は高まり、日中、日韓関係は冷え切ったままだが、北方領土交渉を再開する糸口もつかんだ。日ロ関係は動きそうだ。
普天間問題の解決にも意欲を見せる。アメリカが期待する環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加にも道を開いた。国内メディアの評判もすこぶる良い。
安倍政権の積極外交は、さぞかしワシントンでの覚えがめでたいだろう――と思い気や、実はそうではない。かつて米国務省高官を務めた専門家は「経済はB+、外交rではC-」と見る。
最大の難問、日中、日韓には手付かず
経済をB+と評価する理由はなんとなくわかる。
株価が上がり続け、それに便乗して為替は1ドル=100円の壁をいとも簡単に破った。だが、この円安が今後、実体経済にどう反映するのか。輸出量が伸び、生産も雇用も増えれば、日本経済は再び世界経済の牽引力になりうる。が、アメリカはまだそうなる確信を得てはいない。("How is Abenomics doing?," Noah Smith, Noahpinionblog.blogspot.com, 3/09/2013)
安倍首相はベトナム訪問を皮切りに外遊を開始。5月にはロシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコを歴訪した。100人近い経済人を伴って、エネルギー源の確保と原発売り込み促進のためのトップ・ビジネス外交を繰り広げた。もっとも、この種のことはアメリカはじめ中国でも韓国でもやっていること。別に目新しいことではない。
日本のメディアが大々的に報道した北方領土問題の交渉を再開する合意も、ワシントンから見れば、「それが直ちに、日ロ関係にコペルニクス的変化をもたらすとは考えられない」(米上院外交委員会スタッフ)。膨大な日ロ共同宣言文を読んでみても、日ロ接近が東アジア情勢に与える影響について神経質なアメリカの外交や国際政治を大きく変えるような話は特段出てこない。
「尖閣諸島の領有権を巡って対立する中国を牽制するため、ロシアに接近するのだろう。だが、中ロは中ロで既に首脳同士が意見を交換している。日中ロの三角関係における駆け引きの中でのロシアの立場を高めただけだ」(米上院外交委員会民主党系スタッフ)。
今、東アジアにおける最大の懸案は、北朝鮮の脅威だ。それに対処するには、アメリカを軸とした日韓米の協力体制を強化することが不可欠である。さらに、中国からの支援が必要になる。
「にもかかわらず、日中、日韓関係は過去10年の間で最悪の状況にある。日本だけが悪いわけではないが、この関係を修復しないまま、世界を駆けずり回っても世界はあまり評価しない」(米上院外交委員会共和党系スタッフ)
こうした意見を基に評価すれば、一見したところ華やかに見える安倍外交に対して米国がつける総合点は、せいぜいC程度ということになる。
外交の足かせは安倍首相自身の歴史認識
このCをCマイナスにランクダウンさせているのは、一にも二にも安倍首相の歴史認識だ。
安倍氏の歴史認識に対するアメリカの低い評価は、実は今に始まったものではない。6年前に首相を務めた時から、ワシントンには安倍氏の歴史観に対する一種のいらだち、懸念があった。
それを的確に指摘しているのが、米議会調査局(Congressional Research Service)が米上下両院議員全員に5月1日に配布(同時に一般向けに公表)したリポート、「Japan-U.S. Relations: Issues for Congress」だ。
これは、同調査局がテーマごとに随時公表している「CRS Report for Congress」(CRSリポート)の1つ。内政、外交、経済問題についての公表文書や新聞記事を整理し、米上下両院議員及び各委員会向けに専門官が分析したものだ。議員たちはこのリポートによって懸案の問題点を把握する。これを基に「議会のコンセンサス」が形成されるケースが少なくない。
同リポートは、「Abe and History Issues」(安倍首相と歴史認識)、「Comfort Women Issue」(従軍慰安婦問題)といった項目を設けて、次のように記述している。
「安倍首相は2006~07年に首相を務めた時、防衛、安全保障分野でより力強いスタンスをとるべきだと主張、提唱したナショナリスト(国家主義者)として知られていた。集団的自衛権行使に関する憲法解釈の変更といった安倍氏のいくつかの主張については、日米防衛協力促進に意欲的な米政府高官たちに歓迎された。だが、安倍氏は、大日本帝国による侵略やほかのアジア人を犠牲にした行為について日本政府が正式に認めている歴史認識を修正すべきだとほのめかしている。安倍氏は、日本の侵略や植民地政策は不当に批判されていると主張するグループに関係している」
「日本帝国陸軍による性奴隷、いわゆる従軍慰安婦に関する安倍氏の発言は、これまで近隣諸国及び米下院の2007年決議によって批判されてきた。安倍氏は、日本政府がこれら従軍慰安婦に対して正式に謝罪の意を表明した1993年の『河野談話』の修正(revising)を示唆している。こうした動きが日韓及びそのほかの国々との関係を悪化させていることは言うまでもない」(”Japan-U.S. Relations: Issues for Congress," Emma Chanlet6t-Avery, Mark E. Manyin, William H. Cooper, Ian E.Rinehart, CRS Report for Congress, 5/1/2013)
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