2025-08-09

推し終焉

新宿タワーマンション女優が刺されたのは、もう五年前のことだった。

犯人は“思い詰めていた”と語り、二十数回の刺傷を与えながらも、事件後は「記憶曖昧で…」と供述した。放心状態だったという。

一種の発作、あるいは情念の暴発。

だが、それが事件の**“原型”**だった。

次に起きたのは、高田馬場地下道

シンガーソングライターの女が、何の前触れもなく背後から刺された。

数年前に同様のライブに通っていた男が犯人だった。

「金を返せと言っているわけではない。ただ、彼女幸せそうだったのが腹立たしかった」と。

推しに費やした十年間が、生活保護病院通いだけが残った自分人生の唯一の“意味”だったという。

そして、今。

犯人名前は田坂隼人。67歳。

年金額は月5万。

毎月、腰にヒアルロン酸注射を打ち、心臓の薬をもらいに病院に通っていた。

10年前に脳梗塞を患い、利き手に軽い麻痺が残った。

それでも、深夜の倉庫作業で月12万を稼いでいた。

彼にはかつて「推し」がいた。

彼女名前は“志帆”。

元・地下アイドル、現・パート介護士

推し活全盛期には、田坂は彼女配信に月20万円を投げていた。

年収130万で、月20万だ。サラ金家賃滞納、食事制限

当時の記憶は断片的だ。

とにかく彼女の声が、自分を「選んでくれている」と思っていた。

──「ありがとう、田坂さん、いつも一番で嬉しい!」

それだけで、生きる意味があった。

だが、彼女は突然いなくなった。引退

人生を取り戻したいから」

彼にとっては、「捨てられた」としか思えなかった。

田坂は怒りに駆られなかった。ただ、耐え続けていた。

年金は3万円減額された。医療費は2倍になった。

それでも、自分を押さえていた。

彼女が姿を消してから、6年が経っていた。

しかし、ある日。

志帆がテレビ再現ドラマで“おばあちゃん役”として出演しているのを見た。

画面越しに笑う彼女は、まったく老いて見えなかった。

白髪交じりのウィッグ、少し猫背の演技。

だが、その笑顔に、田坂の心は焼かれた。

──「なんで、そんなに幸せそうに笑っていられるんだ?」

スイッチが入った。

しかし、彼は刺さなかった。

そんな原始的な怒り方は、もう古い。

田坂は、志帆の勤務先を調べた。

彼女デイサービスで働いていた。

記録係。月収14万円。実家暮らし推しの残骸として、静かに暮らしていた。

彼は彼女の後をつけた。

ゴミの出し方、帰宅時間服装のくせ。

「殺す気はない」

そう自分に言い聞かせた。

ただ、「知らせたい」。

この“人生の代償”が、どれほど重いか

田坂はある日、深夜のコンビニで志帆の背後に立った。

手にしたのは、カッター

それを握りしめ、彼女の片目を切りつけた。

悲鳴、血、倒れ込む志帆。

逃げる田坂。

数日後、自首

彼女が、もう二度とテレビに出られないようにしたかった」

裁判で田坂は言った。

「俺は初代の連中みたいに、殺して逃げる気はなかった。

 生きさせて、苦しませる。

 それが一番の“恩返し”なんだよ」

傷害罪懲役5年。

判決を聞いた田坂は静かに笑った。

「5年後、俺は72。まだ生きてる。彼女も、生きてるだろう」

その言葉が、次の“後輩たち”の心に火をつけるとは、

まだ誰も知らなかった。

  • 『推されていた数年間』 名前を呼ばれるのが、怖かった。 画面越しで何千回も呼ばれたその名は、もう本名より重く、苦しかった。 「しほたん」「しほぴ」「女神しほ」── それは私...

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