2025-03-21

250円

ブックオフ中古DVDコーナーに妙なものがあったんだ。

そのDVDタイトルは『O46』。まったく聞いたことがない。

ジャケットには地味なスーツ中年男、どこにでもいるおっさんの後ろ姿が映ってるのみ。

価格は250円

ジャケット裏を見ると、あらすじが書いてある。

”O46(オーフォーティーシックス)は、独身中年男性岡崎誠のある一週間を淡々と描いたアニメーション作品特に大きな事件は起こりません。朝起きて、会社に行き、帰宅して、寝る。ただ、それだけ”

……なんだこれ。

最近AI技術の発達で、誰でもアニメを作れるようになった。

シナリオを書き、キャラデザイン指定すれば、AI勝手に動かしてくれる。

昔の「ボカロP」みたいなノリで、今は「アニP」と呼ばれる個人制作者が山ほどいる。

名作もあれば、駄作もある。だから個人製作アニメDVD中古コーナーに並んでいても、もはや珍しくはない。

でも、これは違う。

普通個人アニメってもっと「俺の考えた最強の異世界モノ」とか「青春群像劇」とか、そういうのを作るもんじゃないのか?

こんな、ただのおっさん日常アニメ化して誰が得するんだよ。

なんて思いながらも気になったので、買ってみた。

250円コンビニコーヒーより安い。

帰宅して、さっそくDVD再生してみたんだ。

オープニングなしでアニメ唐突に始まった。

朝、アラームが鳴る。

布団の中でゴソゴソと動く男。

起き上がる。寝癖のついた頭。

無言。BGMもなし。効果音だけ。

台所へ行く。冷蔵庫を開ける。納豆を取り出す。ご飯にかける。味噌汁をすする。

ただそれだけのシーンが、妙にリアル作画で描かれている。光の加減、箸の持ち方、納豆の糸の伸び方。こだわりがすごい。

けど、つまらない。圧倒的につまらない。

やっちまったな。

買ったことを後悔する。でも、なんとなく停止ボタンを押す気にはならなかった。

会社沈黙

男はスーツを着て、家を出る。

駅のホーム電車を待つ。電車が来る。乗る。吊革を持つ。スマホを見る。ニューススクロールする。イヤホンをつけて、音楽再生する。

画面にはスマホの中身が映る。Spotify再生画面。流れているのは80年代シティポップ。再生リストタイトルは”最近聴いてる”

会社に着く。

PCを開く。メールチェック。

資料作成会議適当に相槌を打つ。

セリフは一切ない。ただ、PCキーボードを叩く音、紙をめくる音、誰かが遠くで笑う声が聞こえるだけ。

終業時間になった。定時で帰る。

電車に乗る。家に着く。夕飯はコンビニ弁当風呂に入る。歯を磨く。布団に入る。スマホを見ながら眠くなってくる。

画面が暗転し、**「Day 2」**と表示される。

……えっ、まだ続くの?

何もない。何もないのに結局最後まで観てしまった。

何か劇的なことが起こるわけじゃない。というか何も起きない。

ただ40代独身男の平凡な1週間が淡々と流れていくだけ。

それだけなのに、目が離せなかった。

なぜだろう。それも、分からない。

画面の向こうの男は、全く知らない誰かだ。

でも、その生活ひとつひとつに妙なリアリティがあった。

冷蔵庫の中のラインナップ、スマホニュース画面、PCデスクトップフォルダ名、すべてが「ありそうなもの」ばかりだった。

男は何も語らない。モノローグもない。ただ、黙々と日々を過ごしている。

それなのに、なぜか引き込まれる。

面白い、とは違う。楽しい、でもない。だけど、目を逸らせない。

この感覚言葉にするのは難しい。

けど、ひとつ思ったのは、「人の生活って、それだけで物語になるんだな」ということだった。

もし、俺の毎日も誰かがアニメ化したら、こんな風に映るんだろうか?

そんなことを考えながらDVDをケースに戻した。

250円

悪くない、そう思える買い物だったかもしれない。

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